東方理想郷 ~ Unknowable Games. 作:まこと13
この話はちょっとしたアクシデントにより、執筆途中に誤って投稿してしまったために内容を訂正したことのある部分です。投稿直後の数時間とは少し違う内容となっているのですが、ご了承ください。
東方理想郷 ~ Unknowable Games.
第18話 : 奇怪
その光は、あまりに矮小な輝きを放っていた。
空間に咲く弾幕の花は、決して美しいとは言えないほどに弾道が乱れていた。
そして、それを避ける少女もまた、あまりに鈍く重い足取りで跳び回っていた。
何もないところで突然膝の力を失ったように躓き、地面を這うようにそれを避ける。
弾幕ごっこという名のその勝負は、先の戦いと見比べると文字通り児戯に等しい「遊び」だった。
強大ではない、多彩でもない、美しさすらもない。
だが、それを愉しむ少女たちの表情は、何よりも魅力的だった。
既に生きることもままならないはずの身体で、凛として君臨する妖怪の姿。
既に動くこともままならないはずの身体で、まっすぐに立ち向かう人間の姿。
そんな、命という花を誰よりも美しく咲き誇らせる姿に、
「……カッコいいなぁ」
紅魔館の残骸の上に座りながらそれを眺めていた小悪魔は、ぽつりと呟いた。
自分に、そんな力がないことくらいわかっていた。
自分が、そんな物語の主人公のようになれるわけがないことくらいわかっていた。
それでも、その姿は小悪魔の心を羨望でもって魅了していた。
「あの状態でスペルカード戦とかバカじゃないのかしら」
「……それ言っちゃダメですよ、アリスさん」
だが、アリスはそんな空気に流されずに呆れたような目で魔理沙たちを見ていた。
治ってからやれと言わんばかりに、ため息をついていた。
自分もその勝負に半ば魅了されつつあった美鈴は、アリスに隣でそう言われて我に返ったようにツッコミを入れた。
「……さて。 それじゃあ私たちもそろそろ一仕事しましょうか」
「え?」
そして、アリスが一人魔理沙たちのもとへ歩き始める。
少しだけ気を抜いてその戦いを見ていた美鈴と小悪魔は、一足遅れてそれに続く。
「どうしたんですか、アリスさん」
「何もう終わった気になってんのよ美鈴。 別に幽香を止めたところでこの異変は終わらないっていうのに」
「それは、そうですけど……」
少し前にやっと人形の修理と美鈴の治療が終わった3人は、ちょっとでも魔理沙のサポートができないかと思って紅魔館の外に出た。
だが、そこにあったのは既に美鈴一人でも倒せそうなほど弱り切った姿で弾幕ごっこをしている幽香と魔理沙の姿だった。
それは傍目から見れば幽香を叩くチャンスではあるが、あまりに生き生きとした表情で弾幕ごっこに身を投じている2人の姿は、その戦いを遮ることすらも無粋に思わせていたのだ。
しかし、そう思っていた美鈴と小悪魔をよそに、アリスだけはあくまで冷静に物事を進めようとする。
「でも、これから何をしようっていうんですか?」
「まぁ、とりあえず今のうちにいろいろと聞いておかなくちゃいけないこともあるかなと思ってね」
「聞いておくって…」
「おーい!!」
そう言って、アリスは突然手を振りながら呼び声を上げた。
それを見た美鈴と小悪魔は少し苦々しい表情をした。
あの勝負の中に割って入るような無粋なことを本当にするつもりなのかと、いくら何でも少しくらい空気読めよと言わんばかりの苦笑だった。
「って、無視すんじゃないわよ、おーい!」
「あー、もうちょっとくらい待ってあげましょうよ」
「そうですよ、私も流石にそれは無粋だと思いますよ」
美鈴と小悪魔はアリスを制止しようと声をかける。
だが、アリスの視線は魔理沙たちから少しだけ逸れた方向を向いていた。
そのまま目の前の空間に向かって手を振り上げて、
「だから無視すんなって言ってんでしょコラァ!!」
「痛っ!! ……えっ!?」
「え?」
「えっ!?」
その手を振り下ろすとともに、何もなかった空間に突如として一人の少女の姿が現れた。
閉じた第三の瞳から細長く伸びた何かがその身体に力なく巻きつき、血のシャワーを浴びたかのように痛々しく全身を赤く染めた少女の姿。
何が起こっているかもわからない3人は呆然としていたが、アリスだけは淡々と話を進める。
「さて、いろいろ聞きたいこともあるんだけど、まずは貴方が何者なのか聞いていいかしら」
「え、あの……」
「アリスさん! この子、今どこから来たんですか!?」
「ってよりも、すごいケガじゃないですか!! じっとしててください、今治療しますから」
大急ぎで駆け寄って治癒魔法を使い始める小悪魔だったが、それに気付かないほどに、こいしにはアリスの姿しか目に入らなかった。
既に誰一人として、さとりすらも認識できないはずのこいしの姿が当然のように見えていたアリスを前に、今の状況を理解できなかった。
だが、同時に何か奇妙な納得感もこいしの中にはあった。
「まぁ、ずっと古明地さとりの傍にいたこととかその第三の瞳から考えると、どうせ姉妹とかそんな感じでしょうけどね」
「あー……やっぱり、見えてたんだ。 地霊殿の時にはもう」
「他の奴は見えてない感じだったからポーカーフェイス気取るのも大変だったけどねー。 それより、貴方が私の人形壊したせいでだいぶ時間無駄にしちゃったじゃないどうしてくれんのよ」
「あはは」
こいしの能力は姿を消すのではなく、「認識されにくさ」を極限まで高める力である。
それ故、誰かがその存在を個としてはっきりと認識した上でそこに存在しているように振る舞うことによって、一時的に第三者が認識することも可能となるのだ。
完全な孤独のまま自分が死んだと思っていたこいしは、アリスが自分を再び世界に連れ戻してくれたことに、心の中で深く感謝していた。
だが、同時に畏怖の念も抱いていた。
目の前の魔法使いの得体の知れなさは、今までこいしが見てきたどんな相手よりも不気味で恐ろしいものだからだ。
「……そうだね、あの時はごめんなさい。 私は古明地こいし。 貴方の言う通りさとりお姉ちゃんの妹で、『無意識を操る能力』っていう、簡単に言えば無意識に混じって認識から外れたり、相手の意識の外側を操ったりできる能力を持ってるの」
「あら、やけに素直に正体をバラすのね。 それは…」
「私なりの敬意だよ。 お姉ちゃんすら出し抜いた貴方には嘘をついても無駄な気がするからね」
「それは私を買いかぶりすぎよ。 あの時だって、私は元々古明地さとりのことを知っていたけど私のことは知られていなかった。 ただそれだけの差よ」
「それも含めて、実力だよ。 誰の目からもわかる強者よりも、本当の力を隠してる相手の方がよっぽど怖いからね」
こいしは、アリスの目をじっと見ながらはっきりとそう言った。
たとえ命を救われたとしても、こいしはそんなことでその相手に服従したりはしない。
運よく生きることができたのだから今自分が成せることは何であるかとすぐに思考を切り替え、アリスを利用しようという結論に至ったのだ。
だが、アリスは簡単に利用できるような相手ではない、さとりと同等以上の相手であるとこいしは認識していた。
心を読むというさとりの「意識」を司る能力から、「無意識」を司る能力をアリスが連想していてもおかしくはないと思っていた。
だから、ここで至らぬ自分が下手に出し抜こうとして結局見抜かれるくらいなら、最初から争わずに信頼を得に行こうと考えたのだ。
そのこいしの反応を受けたアリスは、少しめんどくさそうに言う。
「……なるほどね。 そのいけ好かない反応、貴方は確かにあいつの妹みたいね」
「ありがとう。 私にとってそれは最高の褒め言葉だよ」
「まぁ、だからこそ私は貴方を信用しないけどね」
こいしは全く裏のなさそうな、無邪気な笑みを向けながらそう言う。
だが、それとは対照にアリスの表情には、胡散臭い何かを敬遠するかのような、誰の目からもわかるほどの拒絶が貼り付いていた。
「ちぇっ。 なんで貴方はそんなにお姉ちゃんを目の敵にするの?」
「貴方が今自分で言ったことでしょうが、本当の力を隠してる奴の方がよっぽど怖いって。 私は正直、幽香やルーミアなんかより古明地さとりの方がよっぽど警戒に値すると思ってるわ」
「……ふーん」
実は、相手に必要以上の警戒を煽らせるというのは元々はさとりの戦略だった。
アリスのように平和に暮らすことのできる妖怪は、今回のさとりを相手にした時のように、とるに足らない存在であると相手に認識されていた方が優位に立ちやすいこともある。
その一方で、嫌われ者であるにもかかわらず地底を管理する立場にあるさとりはただでさえ敵が多く、少しでも自分の弱さを露呈してしまえばそれを突いてくる者が後を絶たない。
それ故、自分に刃向うおうと考える者自体が一人でも減るように、自分のことを周囲に必要以上に警戒させるよう振る舞っているのだ。
それを知っているこいしからすれば、アリスがさとりのことを警戒している現状は、アリスがさとりの戦略の内にいるようにも見える。
だが、アリスが実はその戦略を知った上でなお、さとりの根底を警戒しつつ見透かそうとしているのだろうことが、こいしにはわかっていた。
「さて。 じゃあ無駄話はこの辺にしておいて、そろそろ本題に入りましょうか」
と、こいしが考えていたところで、アリスが突然会話の流れを切った。
無駄話とアリスが言うが、それは無駄ではなかった。
恐らくこれから始まるのは、情報交換という名の戦い。
自分の持っているカードをいかにうまく使って、より少ない情報で相手からより多くの情報を引き出すかという戦争である。
だが、こいしは現時点で既にアリスと自分の力量差を感じ取らされていた。
心理戦において右に出る者のいないと思っていたさとりを出し抜き、逃れられる者などいないと思っていた自分の能力すらもいとも簡単に破って見せたアリスは、今のこいしにとっては全く掴むことのできない奇怪な存在なのだ。
だから、こいしは自分の優位な点を見出せない情報戦を挑むという選択肢を排除し、アリスにいかに上手く取り入るかだけを考えながら言った。
「私が知ってることは全部話すよ。 それで、何を聞きたいの?」
「あら、物分かりがよくて助かるわ。 レミリアのことよ。 あの枯れ切った吸血鬼に、貴方たちが一体何をしたのか聞かせてくれないかしら」
アリスは、こいしたちがレミリアに何かをしたと確信めいた口調で言う。
だが、こいしはもうそれに驚くことはなかった。
「うーん、あの人を変えたのはお姉ちゃんだからさ。 私には詳しいことはわからないよ?」
「それでもいいわ。 全てを聞こうだなんて思ってない、知ってる範囲のことだけでいい。 その「無意識」とやらを操る能力で見たことだけで、ね」
「そっか」
知ってる範囲のことだけ。
だが、ただ見て得た情報だけでは恐らくアリスが満足しないだろうことはわかっていた。
アリスがこいしの実力を、そして少なくともこいしが信頼に値する相手であるかを試していることくらいは理解していた。
こいしは自分が間違えないように一度落ち着いて息を整えてから、ゆっくりと語り始めた。
「……あの人の心はね、私たちが会った時にはもう死んでたんだ。 何も信じていない、何一つ希望を抱いていない、絶望に支配されたような目をしてた」
「そうね、それは私たちもよく知ってるわ。 昨日までのレミリアは何を言っても感情すら抱かないような、つまらない奴だったはずよ」
レミリアの反応には、少しの冗談を交える程度の人間臭さを感じさせる部分もある。
だが、あくまで文字的にしか人間味を感じさせないその半端な反応が、レミリアの心や感情の無機質さを余計に際立たせていたのだ。
それ故、アリスは今まで本能的にどうしてもレミリアと上手く打ち解けることができなかった、というよりも少し苦手意識を持っていた。
「でもね、あの人の無意識を覗いてて気付いたんだ。 あの人が抱く絶望の根底には、一種の強迫観念とでも言っていいような核があったことに」
「強迫観念?」
「うん。 決められた『運命』を絶対に変えてはいけないってこと」
「変えてはいけない? 変えられない、ではなくて?」
「そうだね。 変えること自体は簡単だけど、たとえどんな些細な運命でも変えてはいけないみたい。 あの人は運命というものの不可侵性を、自分の力の絶対性を無意識の内に盲信しようとしていたんだ」
「……自分の力の絶対性、ねぇ。 確かに自尊心の強い奴らには時々あることだけど」
自分自身の絶対性を貫こうとする者はよくいる。
例えば鬼などは、「自分が誰よりも強い」という先天的に備わった絶対的な感情が、その行動や倫理観、アイデンティティーすらも作り上げている。
確かにレミリアのそれも、鬼と同じように自分の力の絶対性を誇示するものと考えることもできる。
だが、こいしはそれを否定するように少し首を傾げて言う。
「でも、あの人のは多分自尊心とかとは違うんだ。 自分自身の能力を誇ってる訳でもなく、まるで誰かに無理矢理植えつけられたかのように無意識の底に深く絡み付いてたんだ」
「ふーん。 で、貴方がそれを解いたってわけ?」
「ううん、私には無理だったの」
「無理? 貴方は相手の無意識を操れるんじゃないの?」
「無意識の中だけの単純な問題だったら、できたかもしれないけどね。 だけど、あの人は意識の領域においてはその絶対性に抗おうとしてるみたいだったから」
「何?」
それを聞いたアリスたちもまた、首を傾げていた。
レミリアは無意識の内では運命を変えないようにしていたが、一方で意識の内では運命を変えようとしていたという。
無意識と意識が相反しているそんな状態を、うまく理解することができなかった。
話についていけなくなりそうになった小悪魔が、こいしの身体を治癒しながら恐る恐る尋ねる。
「えーっと…お嬢様の無意識は運命を変えないようにしてたけど、自分の意志では運命を変えようとしていたってことですよね。 でも、それって何か矛盾してませんか?」
「うん。 だからお姉ちゃんが心を読んで、その自己矛盾を無理矢理解いたんだ。 そしたら、いつの間にかあの人の無意識は解放されてたんだよ」
ただ見ていただけのこいしには、さとりとレミリアの心の間に何が起こっていたのかはわからない。
だが、確かにさとりがレミリアに接触した結果、レミリアの無意識からその強迫観念が消えていったのは事実だった。
「なるほどねぇ。 それで、その変えてはいけない運命ってのを変えたことで、一体何が起こったのかしら」
「わからないけど、見た感じ別に何も起こらなかったよ」
「はあ? だったら、レミリアはそもそも何のために苦しんでたのよ」
「それは私にはわからない。 だけど、私の個人的な意見を言わせてもらうと、運命を変えたらあの人の大切な人を守れないからじゃないかと思うよ」
「大切な人?」
こいしは、少しだけ目線を美鈴に移して言う。
「えっとね。 さっきまで私とあの2人の他に、ここにもう一人いたのを知ってる? そっちのお姉さんは目の前で見てたから、多分わかると思うけど」
「あ、もしかしてあの変な羽の子のこと?」
「うん。 あの子の名はフランドール・スカーレット。 あの屋敷の地下に500年近くも幽閉され続けてきた吸血鬼で、あの人……レミリア・スカーレットの実の妹だよ」
「「えっ!?」」
それを聞いた美鈴と小悪魔は驚きの声を上げた。
「待ってください、その、お嬢様の妹って……そんなの、私初めて聞きましたよ!?」
「そうだね。 あの人はフランちゃんの存在を誰にも話さなかった、というよりも誰にも気付かれないように隠してたみたいだからね」
「ふーん、そういうこと。 そいつを隠した原因も、例の強迫観念にあるってことかしら」
「多分ね。 フランちゃんが地下から外に出られないという運命。 それを誰かに気付かれることをあの人は恐れてたの。 その運命を変えてしまった結果何が起こるのかはわからないけど、少なくとも知られれば何かが変わりかねないから」
「それを、古明地さとりがレミリアの心を読んで変えてしまったと」
「まぁ、お姉ちゃんが何をしたのかは詳しくはわからないけどね。 でも、あの人はフランちゃんを守るためにずっとその運命に縛られてきたんだと思うよ」
さとりが「フランを殺せ」という命令をこいしに下した瞬間のレミリアの焦り様はあまりに強烈にこいしの中に残っていた。
フランを殺すことが、レミリアの全てを壊してしまうほどの重大な出来事であるのは、こいしは一人の妹である身として何となく感じることができた。
だが、それを聞いたアリスは不審な目をこいしに向けて言う。
「……でも、何故そもそもそんな運命が発生したのかしら。 500年も幽閉し続けなきゃならないなんてのは、普通じゃ考えられないほどに残酷な行為よ。 そいつは何か、そんな運命を背負わなきゃいけないほどのことをしたのかしら?」
「うーん……断言はできないけど、多分フランちゃんの持つ異常な力のせいだと思うよ」
「異常な力?」
「うん。 生い立ちや能力から色々と特殊な部分は多いけど……一番の問題はあの精神状態と驚異的な再生能力だね」
「ああ。 確かにとてもお嬢様の妹だなんて思えないほど危ない人でしたしね」
美鈴がフランを見た瞬間に感じたのは、明確な死のイメージだった。
あの時、美鈴はほぼ反射的に命の危険を察知できるほどに、フランの存在の異質性を本能が警告していたのだ。
確かに吸血鬼という種族の力は美鈴にとって強大すぎるものだが、美鈴はその時あまりに極端に反応した自分に、自分自身でも違和感を感じていたのだ。
「なりふり構わず全てを破壊する狂気の衝動に、全身が粉々になってなお瞬時に元に戻る再生能力。 でも実はね、あれはフランちゃん自身の狂気でも再生力でもないんだよ」
「え?」
「あの再生力は、フランちゃんが狂気に支配されている間だけ、吸血鬼の再生力も満月の力も使わずに瞬時に全身を再生する力なんだ」
確かに満月の吸血鬼は最高クラスの再生能力を持つが、それを考えてもあの時のフランは異常だった。
全身を粉々にされたのなら、万全の状態のレミリアさえも数秒の内に完全に元に戻ることなどできない。
だが、確かにフランは粉微塵にされた自分の身体を、瞬きをする程度の時間で何度も完全に再生させていたのだ。
「満月の吸血鬼以上の再生力なんて想像できないけど……でも、別にそいつが自由に使える能力って訳じゃないのよね?」
「そうだね。 まぁ、フランちゃんの意識も力も、狂気に支配されてる時には曖昧なまま無意識下に置かれてるからこそ、私がフランちゃんを元に戻すことももう一度狂気に支配させることもできたんだけどね」
こいしがフランの無意識を操ることで、フランは自分の意識を取り戻す。
だが、その間フランは自分の吸血鬼としての再生能力の範囲でしか生きられない。
その性質を利用して、こいしは自身の能力のオンオフを使い分けることで、フランの再生と沈黙を自在に操ってきたのだ。
それを聞いた美鈴が、心配そうにこいしに聞く。
「……でも、今はその子はどうしてるんですか? まだ、生きてるんですか?」
「うーん、今のフランちゃんの身体は吸血鬼としての再生力だけじゃどうにもならないくらい限界がきてるからね。 今は私がその狂気を引っ込めてるから再生はしてこないけど、狂気の状態でなら再生できると思うよ」
「やめて。 今そんなのに出てこられちゃ面倒でしょうがないわ」
「あはは、そっか」
こいしは冗談を言うような気軽さで笑った。
それとは対照に美鈴と小悪魔の顔は不安に満ちていた。
自分の主人がずっと守り通そうとしてきたものの存在をたった今知り、その生死が曖昧な状況で笑っていることなどできなかったからだ。
だが、笑っているように見えながら、こいしも真剣だった。
フランのことを心配しているのではない、ただアリスの様子をじっと窺っていた。
自分の持つカードの情報が一番印象強く伝わる瞬間を、窺っていた。
そして、アリスが少し考えるように目線を逸らしたのを見計らって、奇襲するかのように言う。
「ああ、ちなみにね。 フランちゃんを支配してる狂気と、さっき戦ってた妖怪さんの無意識は繋がってる部分があったんだ。 だから、2人を支配してたのは同じ人の力だと思うよ」
「なっ……!?」
突然出てきた情報に、小悪魔は驚きの声を上げる。
それは、幽香を支配していたものとフランを支配していたものが同じ人物、つまりはルーミアの力であることを示唆していた。
だが、アリスはそれに返事をしなかった。
ただ一人考え込むように黙っていた。
そんな中、美鈴はその事実から考えられることを予想して聞く。
「じゃあ、その子もルーミアって妖怪の手先の一人だったってことですか!?」
「……いいえ、少なくとも幽香とは敵対関係にあったし、その可能性は小さいわ。 それに、幽香や河城にとりのことから判断した限りでは、その再生能力はルーミアの手下に与えられた力ではない。 だから、これは多分もう一つの可能性の方だと思うわ」
「もう一つ?」
美鈴は何のことか全くわかっていなかった。
だが、それを聞いた小悪魔も何かに気付いたように考え込んで言う。
「……ああ。 確かに、重なりますもんね」
「ええ。 藍が言ってた、封印の時期とほぼ一致するからね。 だけど、これは……」
「え? 何の話ですか?」
妖怪の山での出来事を詳しく知らない美鈴は首をかしげるが、アリスと小悪魔はそれに気付かないほどに集中していた。
フランが幽閉された時期と、妖怪の山で藍が言っていた、紫たちが邪悪を封印した時期は重なる。
幽香と繋がっているということは、フランを支配する狂気や再生能力も、その邪悪の力だと考えられる。
だが、藍は確かにその邪悪の要素が3つだと言った。
一つは地底の最深部、一つはルーミアの中、そして、もう一つは霊夢の中に封印されていただろうことは容易に想像できる。
だとしたら、そこから考えられることは……
「邪悪の4つ目の要素である『狂気』とでもいうものを封印した、フランドール・スカーレットの存在を紫たちが隠しているか、もしくは…」
「本当に紫さんたちは何も知らない。 紫さんたちの封印とほぼ同時期に、知られざる第三者がその子に力を与えていたということですか」
こいしはそう推理したアリスを見て、少しだけ安堵の表情を浮かべていた。
自分が恐れた相手が、ここでフランが幽香の支柱だという安易な発想に帰着する者ではないことを再確認したのだ。
そして、こいしはその話に割って入る。
「多分ね。 お姉ちゃんも、フランちゃんに何か悪いものを植え付けた人がいるってことは教えてくれたから」
「古明地さとりが?」
「うん。 だけど、お姉ちゃんはそれが誰なのかを教えてはくれなかった。 多分、自分の行く場所を私に悟らせないために」
「じゃあ、さとりさんはそれを与えた人を最初から知ってたってことですか?」
「もしくはレミリアからそれを読み取ったか、ね。 でも、だとしたらレミリアは500年も前からその力のことを……それを与えた相手のことを知っていた? そもそも何のためにそれを受け入れた? いや、むしろ古明地さとりの能力を考えるのなら、あるいは……」
アリスは目を瞑ったまま、独り言のように呟きながら思考を巡らせていた。
憶測でなら、いくらでも可能性は出てくる。
しかし、どれだけ考えても確実な答えは出なかった。
「まぁ、とりあえず私の知ってることはそのくらいだね。 お姉ちゃんがその運命を変えた途端、あの人は突然人が変わったように飛び出して行ったから、その後のことはわからないかな」
「……そ。 まぁいいわ、礼は言わないわよ」
「え?」
そう言って、アリスは一人満足気な笑みを浮かべる。
そのままこいしのもとまで歩いて、その肩をポンと叩く。
そして、すれ違いざまにこいしにしか聞こえないほどの小声で、
「――貴方には、もう少しだけ役に立ってもらうからね――」
耳元で、そう囁いた。
こいしは返事をしないまま、ただその場に立ち尽くす。
やがて、こいしの口元が少し笑ったようにも見えた次の瞬間……
「……あれ? 私たち、何してたんでしたっけ?」
美鈴は、少し首を傾げてそう言っていた。
「もうボケたの、美鈴? とりえあずこれから3人で魔理沙たちのところに向かうんでしょうが」
「……あ、そうでしたね。 っていうかアリスさん、流石に勝負がつくまで待ってあげた方が…」
「嫌よ、面倒くさい」
「あ……ま、待ってくださいよ、アリスさん!」
そのまま、アリスは美鈴と小悪魔に背を向けて一人歩き出す。
ごく自然に、こいしの姿と記憶はその場から消え去っていた。
そして、釈然としない表情で魔理沙たちのもとに歩き出す美鈴と小悪魔をよそに、ただアリスだけが別のどこかを一瞥して微笑んでいた。