やはり彼らのラブコメは見ていて楽しい。   作:ぐるっぷ

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完全無欠に雪ノ下雪乃は猫好きである。

 「……七里ヶ浜くん、あなたは一体何をしているのかしら?」

 「……名前を考えなきゃいけない羽目になってな……。まさか自分の子供の名前を付ける前に名付け親になるとは……」

 部室にて、珍しく普通に座って図書室から借りてきた名前辞典を真剣な顔でペラペラめくっていると、不思議そうな顔をした雪ノ下さんが話しかけてきた。

 「あなた、叔父にでもなったの?」

 「叔父ってことは……ナナにガキが出来たって事になるのか。もしそうだったらあいつも家から出てってくれて最高なんだけどな。残念ながら、俺にはまだまだ甥も姪も出来そうにないなぁ」

 あいつが結婚出来るとなると、割とマジで楽太郎くらいしか相手がいなさそうで、今から少し妹の行方が心配である。あいつ、俺と楽太郎以外に素面で喋れる男とかいるのか……?

 「なら、何に名前を?」

 「いや……まあ、色々。そんなことより、今日も由比ヶ浜さん来ないの? ここ最近全然見てなくないか?」

 以前、動物を飼う気などさらさらないと言った手前、雪ノ下さんに「猫飼う事になったんだよね〜」なんて恥ずかしくて言えないので、俺はやたら分厚い本から目を上げて話題を逸らすことにした。

 「……そうね。今日も、来ないそうよ」

 そう言って気まずげに俺から目を背ける雪ノ下さんを見て、中々可愛らしいところもあるじゃないかとぼんやり考えていると、いきなり部室のドアがガラガラと耳障りな音を上げながら開いた。

 「まいど〜」

 能天気な声の主は楽太郎。幸せそうな面をしていて、見れば見るほど殴りたくなってくる。こいつは俺をムカつかせる世界選手権とかがあれば相当な上位に食い込むポテンシャルを持っているな。優勝はゆか姉で、特別審査員賞が裸足で家の中をペタペタ歩く奴。……何人いるんだよ、それ。

 「もう持ってきたのか。相変わらず仕事が早いな」

 楽太郎の荷物に視線を移すと、奴はキャリーバッグを軽々と振り回し、ニンマリと笑った。

 「そりゃあ、お客さんのご要望とあらばヒマラヤやろうがマリファナ海溝やろうがひとっ飛びやからな」

 「海溝はマリアナだろ……。お前運び屋までするつもりか?」

 前持って楽太郎から言われた分のお金を渡しながら、ツッコミを入れる。流石に危険過ぎるわ。病院でも仕入れたら捕まるってのに……。

 「欲しいんやったら持ってくるけど?」

 「何考えてんだよ……」

 「アッハッハ! 楽太郎ジョークやん! それくらい笑い飛ばしてくれな困るわぁ」

 何でもない事のように言う楽太郎に、心底頭を抱える。こいつも相当吹っ飛んでやがるな。勘弁してくれ。

 「てか、何で昨日来なかったんだよ。ゆか姉ブチ切れてたぞ」

 「……ほ、ほんまに?」

 先ほどまでの余裕を一切合切失った楽太郎は、一転して哀れなほどに顔を青く染め、懇願するような目でこちらを見た。いや、俺に懇願するなよ……。

 「嘘だけどさ」

 「タチの悪い冗談やな……」

 「七之助ジョークだ。これくらい笑い飛ばしてくれねーと困るな」

 ニヤリと笑って言ってやると、楽太郎もようやく趣向を理解したのか、ポンと手を打ち笑い始めた。

 「うーん、一本取られたな、こりゃ。キッキッキ!」

 「……殺されたくなかったら、今すぐここから消え失せろ……」

 「ほんじゃま。あぁ、雪ノ下さんもお邪魔しましたー」

 ケラケラ笑いながら後ろ手を振って部室を出て行く楽太郎に軽く殺意を抱きながらも、どうにかこうにか抑え込んで、奴の持ってきたキャリーバッグに目を通す。

 なるほど、一通りは揃っていそうだ。やっぱり、モノを頼むならあいつに言うのが一番早くて確実だな。

 「……七里ヶ浜くん、順を追って説明してくれないかしら」

 どうやら雪ノ下さんは、キャリーバッグの中の猫砂に興味津々のようだ。私、気になります!

 「いや、ちょっと猫拾っちゃってさ。で、名前もそれで」

 「へぇ、そう。写真とかは持ち歩いているの?」

 「写真? なんで?」

 ……今の俺は、ものすごくイヤらしい顔をしていると思う。こういうアウトボクシング的なやり口はあまり趣味じゃないが、たまにはやってみてもいいだろう。雪ノ下さん面白いし。

 「別に私自身が興味を持っている訳ではないのだけれど部員の趣味趣向を把握するのももしもの際に役立つ可能性がなきにしもあらずだしそもそもあなたは以前動物は嫌いだと言っていたからそのダブルスタンダードを矯正するためにも私には奉仕部部長としてその写真を見てあなたを咎める義務があるわ」

 一息に言い切る雪ノ下さんの様子に内心腹を抱えて笑いつつも、そんな様子はおくびにも出さずに俺はもう一度楽太郎の持ってきた荷物の確認作業に移る。

 ……うん、完璧だな。総重量が約三十キロくらいありそうなモノをこれから運ばなければいけないと思うと、とてつもなく気が重いが、やはりあいつは役に立つ。……ていうかあいつ、なんでこれを片手で振り回せるんだよ……。

 「で、写真は?」

 「まだ言ってんのか……。あー、写真は持ってないなあ。携帯電話とか使いこなせれば簡単に撮れるんだろうけど、残念なことにイマイチ使い方がわからないし」

 「あなた、どれだけ携帯電話が嫌いなの……」

 「可愛い女の子と連絡の取れないコミュニケーションツールなんて何の意味もないからなぁ。あ、雪ノ下さんがメールアドレス交換してくれるんなら使いまくるけど」

 軽く笑って冗談を飛ばしてポケットからゆか姉専用機の携帯電話を取り出して雪ノ下さんを見やると、彼女も何故か携帯電話を構えてこちらを見ていた。

 「え? どしたの?」

 「あなた、自分が数秒前に言っていたことすら覚えていられないの? 大した記憶力ね」

 「いや、マジで交換するの? 要らなくない?」

 「今の奉仕部には、能動的にあなたへと連絡を取れる人物が一人としていないの。よくよく考えると、これは少々いただけないわ」

 やれやれと首を振る雪ノ下さんは、最後に「比企谷くんですら取れるのに……」と小さく付け加えていた。おい。……おい。

 「あ、あー、ホントに交換してくれるのか。いやー嬉しいなー! でも今ちょっと恥ずかしいメールアドレスにしてるから、今度にしない?」

 藪蛇だったなと思いつつ、お茶を濁すために適当な嘘をつく。この携帯電話にゆか姉以外のアドレスを入れる気は今のところないのだ。余計なメールや電話が増えるのはノーサンキューだし。

 「あなたにメールアドレスが変更出来るとは思えないのだけれど……」

 雪ノ下さんは、冷たく射抜くような目で俺の嘘をなかなかえげつなく抉った。いや、確かにメールアドレスの変え方なんて知らねえけどさ、もうちょっと優しいアレはないんですか? いや、アレってなんだよ。ついでに若さってなんだよ。

 「……あー、ちょっと待っててくれ。これ実はオモチャのチャチャチャで、モノホンはカバンの中にあるんだわ」

 「……その寒いギャグに、私はどう対応すればいいのかしら?」

 「ハンドは?」

 「抹殺、屠殺、殲滅ね」

 「ハンド三枚じゃ落ち着かないだろ? 求婚とかいれてみない?」

 「……うざ」

 カバンの中からお目当てのブツを取り出して電源を入れるのに集中することにより、雪ノ下さんの冷たい視線をかいくぐる。……あ、ついた。

 「いや……流石にこれは……」

 約三ヶ月振りくらいに電源を付けた携帯電話は、ナナからのメールを五百件ほど着信していた。何を言っているか分からないと思うが、俺も分からん。普通にこえーよ勘弁してくれ。

 「? どうかしたの?」

 「……悪質な迷惑メールで気分を害したってとこだな、うん」

 「へぇ、あなたごときを貶めるのにそんな姑息な手段を使う必要があるなんて、相手も大したことないのね」

 「いや、貶めるっていうか……まあいいや。交換の仕方とか知らないから、全部任せていい?」

 「躊躇いなく他人に携帯電話を渡せるところは比企谷くんと同じね」

 そう言って、雪ノ下さんがくすりと笑った。そんなことで笑われても何一つ嬉しくねえです。

 俺は雪ノ下さんに携帯電話を手渡し、我関せずを決め込んでもう一度名前辞典という大海原へと帆を上げ……。

 「出来たわ」

 「うっす」

 ることは出来ませんでした。早いなおい! シューマッ浜さんならぬセナノ下さんかよ! 語感悪いわ!

 「それにしても、あなたらしいメールアドレスね」

 「へ? どんなアドレスになってんの?」

 全く覚えがなかったため、気になって雪ノ下さんの携帯電話を横から覗き込むと、画面にはやたらと七が並んでいて、なるほどと小さく声を出してしまった。

 「……七里ヶ浜くん、離れてくれないかしら。くすぐったいのだけれど」

 「あ、ゴメン」

 パッと雪ノ下さんから距離を取る。流石に好奇心に負けすぎだ。

 雪ノ下さんは髪をさらりと掻き上げて、こちらを睨みつけながら座り直した。

 「あなたね……」

 雪ノ下さんの目を見ていると、ようやく思い出した。そうだ、家で買い与えられた時、父さんに勝手にアドレス変えられたんだった。あの人も大概俺と同じ神経してやがる……。

 ちなみに俺は、七は好きだがセブンスターは臭いから嫌いだ。いえこれは別に平塚先生をdisっている訳ではなくてですね……。あ、そういえば父さんもセブンスター吸ってたな……。

 徹底してるなぁと一人苦笑いしていると、雪ノ下さんはこちらを睨む眼力を更に上げ、今にもナイフでも持ち出しそうな顔になっていた。ていうかもう視線がナイフ並みに鋭い。怖い。

 「それから、写真の撮り方なのだけれど」

 「分かった! 分かりました! 喜んで撮って来させていただきます!」

 まだそれ引っ張るのかよ……。ここまでくると呆れるのを通り越して尊敬するわ。雪ノ下さん、猫ガチ勢だな。なんだよ、それ。

 「そう、分かればいいのよ」

 そう言って、満足げに頷く雪ノ下さんを見て、この人には敵わないなと再確認した六月の昼下がりだった。

 あ、猫の名前は結局決まりませんでした。ていうか見てた図鑑が人名図鑑だったし。指摘してくれた雪ノ下さんにはDJ並の感謝とひとしくん人形を差し上げます。持ってないけど。




猫の名前を募集してます。言ってくれると嬉しいです。あと、出来れば神奈川の地名でオナシャス!
……これくらいのアンケートなら大丈夫ですかね?w

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