やはり彼らのラブコメは見ていて楽しい。   作:ぐるっぷ

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三巻部分開始(話が進むとはry)


こうして俺はまたもや懐かれる。

 「大体なんで買い出しなんかしに行ったんだよ……。楽太郎に言えばよかったじゃねえか」

 六月、辛気臭く広がる分厚い雲の下、俺はゆか姉と共に荷物を持っててくてくと歩いていた。

 「いーじゃんたまには! 最近沙希ちゃんずっといるし、久しぶりに二人で喋りたかったんだもん!」

 「どの口がほざいてんだ……」

 当然荷物は全て俺が持っているので、腕のダルさと精神的なダルさがない交ぜになった、とてつもなくダルそうな声で文句を付ける。天候のせいもあり、俺の気分は相当滅入っていた。

 あー、雲全部消えねーかなぁ。直射日光カモン。俺の夏を演出するため、奴らには片っ端から消え失せてもらいたい。

 「ぶー……だって、最近構ってくれないしさぁ……」

 そう言ってゆか姉は頬を膨らませてこちらをジトリとねめつける。タダでさえジメジメした空気が、更に身体にまとわりつく錯覚を覚えた。端的に言えば、暑苦しい。

 「別に構ってないってこともねぇだろ……いつも通りだよ、全部」

 「うーわ、出たよ七之助の口癖トップテン、『いつも通り』。それ、辛気臭くてあんまり好きじゃないなー」

 「トップテンってなんだよ……。俺にそんな大量の口癖はない」

 大体辛気臭いのはこの天気だ。誰かドライアイスでもヨウ化銀でも何でも良いからバラ撒いて晴れにしてくれ……。

 「いーや、いっぱいあるよ、七之助の口癖。『勘弁してくれ』とか『嘘だけど』とか『コーラ飲ませろ』とか『ナナ死ね』とか。あ、あと『キッキッキ』も!」

 「……キッキッキなんて笑い方をした覚えは、誓って一度もねえ」

 「流石にそれは無理があるでしょー」

 カラカラ笑うゆか姉をどう言い込めてやろうか考えていると、ゆか姉は急に、獲物を見つけた肉食動物のように目を見開いてからいきなり走り始めた。

 「……ほっとくか」

 薄情にもそう呟き、俺はポケットからタバコとライターを順に取り出し火をつける。

 「うげっ、すげーラム酒の味する……」

 この、舌先がピリピリと痺れる感覚はあまり好きじゃない。

 それなのに、なんだかんだ言ってこのタバコを選んでいるあたり、相変わらずの我ながらあっぱれな中二病っぷりである。

 「おーい! 七之助ー! こーい!」

 いつの間にか結構遠くでしゃがみこんでいたゆか姉の大声で現実に戻される。ああそうだ、荷物運びをしてたんだな。

 返事をするのも面倒に感じたので、俺は軽く走ってとっととゆか姉のいる場所へと向かうことにした。

 「何やってんだ?」

 「ネコ」

 そう言ったゆか姉の視線の先には、段ボールの中から間抜けヅラを晒してこちらを見ている、大方成長しきった黒い猫と灰色の猫がいた。

 「……まさか、その段ボールの中身、あの距離で判別したんじゃないだろうな?」

 「いや、特に何が入ってるとかは考えてなかったかなぁ。面白そうだなーと思って!」

 ゆか姉はうりうりと両方の猫を撫で回し始め、猫たちは嫌そうに身体をよじって魔の手から逃れようとしている。

 「……おい、やめてやれよ」

 どうにも他人事と思えなかったので、俺は珍しくマトモな事を言ってゆか姉を止めようと試みる。

 「んー……ねえ七之助、この猫の種類分かる?」

 「……スコティッシュフォールドと……ブリティッシュショートヘアだな。何でこんな良い猫が野良になってんだ?」

 俺は二匹の猫──特に耳の折れた黒い猫を注視しながらゆか姉にそう告げる。

 「珍しいの?」

 「んなことも知らねえのかよ……。スコティッシュなんかは長毛種みたいだし、かなり珍しいんじゃねえの。長毛は短毛に比べて劣性遺伝だからな。確か……ハイランドフォールドっていうんだったか。もう片方のブリティッシュも、イギリスやらアメリカだと色まで含めて一番人気の猫種だ」

 俺が薀蓄を垂れ終えると、ゆか姉がちょっかいを出すのをやめたせいか猫たちは幾分落ち着いた様子になり、かと思えば俺を見てまたもやソワソワし始めた。このパターンは……。

 「相変わらず詳しいねぇ……引くわ……」

 「なんでそんなことで引かれなきゃなんねえんだよ……早く帰るぞ」

 これ以上ここにいると、また厄介なことになる。俺の直感がそう告げていた。

 「ね、そんなことよりさ」

 俺の呆れた声をまるで無視した風に、ゆか姉は能天気な声で余計なことを言い始めた。

 「この猫ちゃんたちさ、店で飼えないかな?」

 「……勘弁してくれ」

 「出たよ、『勘弁してくれ』」

 

 

 

 

 「ダメな理由その一、飲食店なのに店内で猫が闊歩してるって、何の冗談だ?」

 懇々と諭すように、俺はゆか姉を説得する羽目になっていた。ちなみに全く諦める素振りすら見えないので、既に半分以上諦めている。今までの人生の中で、ゆか姉がやりたいと言ったことを俺が止めれた事は、全くと言っていいほどなかった。今回も例に漏れず、と言ったところだ。

 「猫カフェとかあるじゃん。別にダメならウチで飼えば良いし」

 「……ダメな理由その二、川崎さんは猫アレルギーだ」

 「それもウチの中で飼えば良いだけでしょ?」

 「はぁ……。二匹とも連れて帰るつもりなのか?」

 もうどうにでもなれーみたいな投げやりな気持ちで俺はタバコに火を付け、煙を上空へと吐き出す。

 どのみち、ゆか姉の店なのだから、俺がこれ以上何を言える義理もないだろう。俺は基本的に、彼女には感謝しているのだ。

 「そうだけど?」

 「悪いことは言わねえから、スコティッシュの方はやめとけ」

 俺はそう言って空いた方の手を段ボールに突っ込む。

 案の定二匹とも、興味津々といった様子で俺の手の匂いを嗅ぎ始め、遂にはペロペロ舐め始めた。くすぐったいし、猫特有のザラザラした舌のせいでちょっとした痛さすらある。まあ、心地の良い痛さだからそこまで苦にはならないが。

 「どうして?」

 「リスクが高過ぎる。血統書なしのスコティッシュ飼おうだなんて、バカにも程がある」

 「じゃあこの子だけ置いて行くの? そっちの方がよっぽど酷いじゃん」

 「んなこと言っても……。じゃあ、ゆか姉はこいつが人生……いや猫生か、の半分くらい歩けない状態で生きていくのを、間近で見ていられるのか?」

 俺はゆか姉の方を見ず、黒い猫をずっと見ながら、その尻尾をフニフニと動かす。触った感じだとしなやかではあり、少し頬が緩むのを感じながら「良かった」と小さく呟いた。

 こういう品種改良を重ねた愛玩動物は、その見た目の愛らしさと引き換えに、生物種として大きな欠陥を持っていることが多々としてある。

 例えば、今目の前にいるスコティッシュフォールドなんかだと、耳が折れる因子を持った遺伝子のホモ接合が原因で関節異常をわずらう場合が多いのだ。

 こいつ自体は尻尾もちゃんと動くみたいだから今のところその兆候が見られないけど、それでも油断は出来ない。そもそもこいつらは、骨格に異常をきたさなくとも、遺伝性の内臓疾患で普通に死ぬ確率だって相当高い。

 意識の高いブリーダーやらなんやらのお陰でアホな交配をさせているクソ野郎の数は減ったが、それでも先天性の内臓疾患は外見からだと見分けが付かない為、飼ったそばから死ぬなんてこともザラだ。

 そんな猫を家に連れ帰り、見事に死なれてワンワン泣いてるゆか姉の守りをする役目なんて引き受けたくはない。絶対にゴメンだ。それに、俺も……。

 「やっぱり七之助は動物好きだねぇ……」

 深く思惟の海に潜っていると、いきなり頭をグリグリされたせいで飛び起きるように意識が覚醒していった。

 「別に。図鑑やら動物園で見るのは好きだが、飼うのはノーサンキューだ」

 ゆか姉とは目を合わせずに言い切ると、段ボールの中の猫どもが一斉に俺の手をカジガジ齧り始めた。なんか文句あんのか。ていうか普通に痛えよ。

 「またまた、心にもないこと言っちゃって。素直じゃないなぁ……」

 そう言ってどこかこそばゆい視線を送るゆか姉は、こちらを見て微笑んだ。

 「大丈夫だよ、七之助。絶対に、ちゃんと面倒見るからさ」

 不意に、俺は胸が締め付けられるような息苦しさを覚える。それがゆか姉の笑顔のせいなのか、それとも彼女の言葉のせいなのかは、俺には判別が付かなかった。

 「……そうか。それなら、俺からは何の文句もねーよ」

 なんとか言い切ると、ゆか姉は満面の笑みで俺に抱きついてきたので、それを軽くいなしてからポケットに入った携帯電話に手を掛ける。

 「なら、とりあえず楽太郎だな」

 「ん、そだね。てかそのケータイで電話するの?」

 「これしか持ち歩いてないし」

 「そのケータイは私と電話する用だからダメ!」

 「……まあ、お金払って貰ってる訳だから、言うことは聞くけどさ……」

 面倒臭い奴である。携帯電話なんだ、電話しなきゃ意味ないだろ。大体、自分だって大して電話かけてこないくせに、何でわざわざわこんなもん持たせてるんだ。俺は携帯電話なんて欲しくないっての。

 「ていうかそのケータイにラクちゃんの番号登録してあんの?」

 「してないけど覚えてる。……そもそも登録ってどうやるんだ?」

 「……七之助に聞いた私がバカだった」

 「触らないんだから仕方ねえだろ……」

 名誉のために言っておくが、俺は機械オンチではない。事実パソコンはちゃんと扱える。ネットゲームくらいしかしないけど。あ、機械オンチかもしれない。だが、携帯電話くらい、必要さえあればちゃんと扱えるのだ。

 「まいいや。そんじゃ帰ろっか」

 「……こいつらは?」

 「んー、こうでしょ!」

 そう言って、ゆか姉は黒い猫を俺の頭へ、灰色の猫を俺の肩へと順番に乗せていった。

 「…………おい」

 屋上へ行こうぜ……久しぶりに……キレちまったよ……。

 「良いじゃん、ほら、猫ちゃんたちも喜んでるしさ」

 言われてみて気付いたが、確かに猫たちはゴロゴロと喉を鳴らしながら呑気に眠っている。おかしいだろ……。

 「相変わらず、すごい懐かれっぷりだよねー。七之助、ムツ◯ロウさんより凄いんじゃない?」

 「う、嬉しくねえ……」

 ゆか姉はこちらを振り返りもせずに言うだけ言って、とっとと一人で帰り始め、俺の魂の叫びに応えたのは猫どもの呑気な寝息だけだった。

 

 

 


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