やはり彼らのラブコメは見ていて楽しい。   作:ぐるっぷ

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いつかのように葉山隼人は爽やかである。

 「今日のサティ、結構良かったよ」

 五千円札を俺に差し出し、微笑みながらゆか姉は語りかけてきた。

 「そうか? 今日は楽譜すらマトモに見たことない曲しか弾いてないんだけど」

 「あー、やっぱり耳コピだったか。七之助っぽいアレンジだったもんね」

 「俺っぽいアレンジってなんだよ……」

 「んー、何というか、やる気ない感じ?」

 「じゃあ良くねえだろ……」

 相変わらず、ゆか姉の言うことはよく分からない。

 「しばらく聴かん内に随分うまなったな、シチ」

 「大して変わってねーよ」

 珍しいことに、今日は楽太郎もバー紫に来ていた。さっきまではゆか姉と客に弄られまくっていたからなのか疲れきった表情だったが、営業が終わった途端元気になりやがった。現金な奴だ。

 「そういや、カビラさんはどうなったん?」

 「カビラじゃなくて三浦な……。三浦さんは、もう一回ナナに化けてボコっといた」

 「それ解決になってないやろ……」

 「良いんだよ、適当で」

 肩を竦めて答える。何事も適当に、妥協するというのが今月のスローガンなのだ。

 いつもの俺は、何事にも全力投球で納得するまでずっとやり続けるタイプの人間なのだが、やはり一つの思想に凝り固まり過ぎるのも良くないだろう。

 「ていうか七之助まだ女装してんの!? ハマっちゃった!?」

 「ハマってねえよ。必要に応じてやるってだけだ」

 あんな面白そうなこと他の奴にやらせるのも癪だったしな。まあ実際はあんまり面白くなかったわけだが。

 「なんにせよ、ナナにももうちっと構ったれよ? お前の代わりにあいつのお守りすんの疲れるし」

 「馬鹿言えよ。嬉しい癖に」

 俺が流し目で楽太郎を見ると、奴はみるみる顔を紅潮させ、茹でダコみたいな顔色になっていた。……男のこれは気持ちわりーな。

 「は、はぁ!?」

 声を荒げる楽太郎を見ていると、少し気分が良くなった。やっぱりこいつと居るのは面白い。

 「ラクちゃん、まだナナちゃんのこと諦めてないんだ! 長い片思いだねぇ」

 ニコニコ、というよりニヤニヤしながらゆか姉も楽太郎弄りに参加する。この女は暇さえあれば他人で遊ぶ嫌な奴なのだ。もう少し自分との対話を重視すべきだと思う。じゃないと卍解出来ねえぞ。あ、アレは違うか。

 「ナナはそんなんちゃいますよ! ホンマに!」

 「キッキッキ! ラク、こういうのは、否定すればするほど泥沼にハマるんだよ」

 俺が笑いつつもそう忠告すると、ゆか姉と楽太郎は何故かこちらを見たまま固まっていた。

 「……どうした?」

 「その笑い方、えらい久しぶりやな。ラクってのも久々やし」

 「だよねー! 喋り始めてから小学校卒業するくらいまでずっとその笑い方だったのに、最近めっきり聞かなくなって寂しかったんだよねぇ」

 そこまで言われて、ようやく奴らが何を言っているのかに気がついた。

 「待て、今のは無しだ……」

 「「キッキッキ!」」

 「……殺す」

 楽太郎に全力で殴りかかると、前腕を軽く弾かれていなされた上、あろうことか抱きつかれた。

 「何しやがる! 離せ!」

 ジタバタと、傍から見ると見苦しいことこの上ないであろう暴れ方をして、楽太郎の拘束を逃れようともがく。

 「おーおー七之助ちゃんはちっこてかぁいいなぁ! お兄ちゃんがナデナデしたろ!」

 そう言って楽太郎は俺のアタマをグシャグシャと撫で回してくる。

 「てめぇ!」

 「ひゃーこわ。ゆかさんパース!」

 気が付くと俺は楽太郎に押し出されてぶっ飛び、ゆか姉の胸に抱きとめられていた。

 「なになに? ママのおっぱいが恋しいの? 飲ませてあげようか?」

 「…………」

 「……ねえラクちゃん。何か七之助すっごいブルブル震えてるんだけど。何かドリキャス思い出しちゃう」

 「可愛いおねーちゃんに抱っこされて嬉しいんとちゃう? てかぷるぷるパックとかごっつ懐かしいな……」

 「やーん、ラクちゃんったらお上手!」

 ゆか姉はクネクネ動きながら、楽太郎のように右手で俺の頭を撫で回す。

 しばらくしてからゆか姉はその手を止め、しばらくの間楽太郎と共に押し黙り始めた。

 「あ、あれ? 七之助くん?」

 遂に視界がゆか姉の胸から解放される。眩しい。

 「し、死んでる……!」

 死んでねーよ。ブッ殺すぞ。

 「……おーい、七之助くん?」

 うっせーよ。何だよ。

 「ラクちゃん……何か七之助の口がパクパクしてるんだけど……。しかも顔色真っ青だし……」

 「いや、痩せとる時の顔色はいっつもこんなんやろ。口パクパクしてんのはゆかさんがやたら触りたくったからちゃう? ホラ、こいつ人にくっつかれるのやたら嫌がるし」

 「そこまで分かってんならやるんじゃねぇよ!!」

 我慢出来ずに叫び声を上げる。こいつらいつか絶対にブッ殺す……。

 

 こんな感じで、俺は幼馴染共と最高に愉快でクソッタレな夜を送ったのである。

 この後ゆか姉と楽太郎が「久々のゴミ屑トリオ集合記念!」とか言い出しておっぱじめた酒盛りに無理矢理参加させられ、喉が焼けるんじゃないかと疑う程に度数の高い日本酒をガブガブ飲まされた挙句十分で潰れたのも中々愉快な経験だった。声を大にして言わせてもらうが、俺はゴミ屑トリオとやらに入った覚えはない。お間違えのなきよう。

 ……ホント、これも嘘なら良かったのにね。残念ながらアニメでも嘘でもなく、翌日は割れるような頭痛のせいで学校サボって寝てました。許せサスケ。

 あ、ちなみに、俺だけじゃなくてゆか姉と楽太郎も一緒になって雑魚寝でくたばってました。まる。

 

 

 

 

 「あ、川崎さん。どうも」

 昼休み、俺はまたもや屋上に来ていた。どうやら俺は、非常用階段ではなく屋上を選ぶ程度には川崎さんを気に入っているらしい。

 「……何しに来たの?」

 「もちろん川崎さんに会いに!」

 「……あっそ」

 すげない返事を聞き流し、給水塔に上ってみると、そこにいた明らかに寝不足な顔の川崎さんに驚いた。

 少なくとも俺の知っている彼女は、人に弱みを見せることを良しとしない人間だった筈だ。

 何かあるなと、直感的に理解する。前にも言った気がするが、こういうときの勘を外したことは、今まで唯の一度もなかった。

 「……川崎さん」

 「なに?」

 川崎さんがこちらにパッと向き直る。ちょっとビックリして転落しかけた。あぶねえ。

 「……夜はちゃんと寝た方が良いぞ。身長が伸びなくなる」

 川崎さんの身長は、女にしてはそこそこ高い部類ではあるのだが、もう少し高くても俺はウェルカムである。出来ればそっちの方が良い。

 ……流石に百八十センチとか言われると、百五十五と少しの俺には無理があるけど。

 「……これで満足してるし」

 「じゃあ、肌が荒れる」

 身なりに気を遣わない女というのは周囲から低く見られがちだしな。

 それに文句を言う人もいるが、可愛けりゃ持ち上げられるんだから整形でもなんでもすれば良いと俺は思っている。

 文句を言う女に限ってヒゲ生えてたりするし。彼女たちに種としての存在価値があるのかは、俺の中で永遠の疑問である。

 「……別に良いし」

 言い終えると川崎さんは鼻白んだように俺から視線を外し、遠くを見る作業に戻った。川崎さん、歩哨とかそういう職業に向いてるんじゃなかろうか。

 それにしても川崎さん、何で夜更かしなんてしてるんだろう。出来ればやめてもらいたい。彼女に体調を崩されるのはあまり嬉しくないからだ。少し理由を考えよう。

 んー、夜更かしか……。

 「そう言えば……川崎さんってゲームとか好き?」

 「別に。何で?」

 これはハズレ、と。

 「いや、今度面白そうなゲーム出るから、一緒にやってくれないかなーと」

 「無理。ゲーム買うお金なんて無いし、やってる時間もない」

 ゲームを買うお金がないかぁ。川崎さんって、家計が結構大変な家の娘さんなのかな。

 欲しいものが買えなかった経験というのをして来なかったし、今でも欲しいものは大体買える程の小遣いを貰っているので、そういう感覚は全く感じたことのないものだ。

 「そうなんだ、すまんち」

 そう言いながら俺はようやく、川崎さんは参考書を欲しがっているという情報を記憶の隅から引っ張り出せた。

 なるほど。これで全ての謎は解けたぞ。

 つまり、川崎さんは苦しい家計を助けたいがそれと同時に大学にも行きたいから、出来る限りお金のかからない大学に行く為に頑張って勉強しているのだろう。リアル蛍雪の功である。

 こう仮定すると、お金と時間に余裕がないという川崎さんの言には確かな説得力が生まれる。

 ……ふぅ、我ながら素晴らしい推理力だ。これがこの問に対する最適解だろう。

 それにしても、大学に行きたいから勉強するという精神性は相変わらずよく理解出来ないな。周りの人間から『そういうもんなんだ』という知識を仕入れていなければ、確実に解けない問題だっただろう。

 「親に迷惑かけたくないってのも分かるけどさ、無理しないで早く寝るのも大切だぞ?」

 俺がしたり顔でそう言うと、川崎さんはハトが豆鉄砲喰らったような顔で俺を見た。

 「……あんた、なんで……」

 「ん?」

 「……誰にも言わないで」

 「は? 何を?」

 意味が分からなかったので聞き直したが、それを無視した川崎さんは、ハシゴをカンカン鳴らしながら給水塔を降りていく。しばらくすると扉の閉まる音がして、後には風の音しか残らなかった。

 ……一体何だったんだ?

 寝転がって目を瞑ると、疑問が鎌首をもたげ始めたが、一気に眠くなってきたので考える事を放棄して寝ることにした。

 ……うん、午後の授業はこのままフケよう。

 

 

 

 

 夕陽が海へと還る頃、ようやく目を覚ました俺は、とりあえず奉仕部へ向かうことにした。みんなはもう帰ってしまっているかもしれないが、一応。

 部室の扉を開くと、そこには何故か材木座くんが立っていた。

 「は、八幡、ではな!」

 そう言って材木座くんは何故か微妙に微笑みながら、目の前に立っている俺に気づかずそのまま部室から出て行った。俺の身長じゃ材木座くんの視界に入らないから仕方ないね。……言ってて哀しくなってきた。

 材木座くんを見送って部室に足を踏み入れると、そこではいつもの四人が謎会話を繰り広げていた。雪ノ下さん、比企谷くん、由比ヶ浜さん、そしてマンソンだ。よし、いつもの四人だな! いつものリズムだ!

 「……何で葉山くん?」

 ハイ、マンソンじゃなくて葉山くんでした。いつもの四人なんて最初からいなかったんだ。

 一斉にこっちを見るいつもの三人と葉山くん。

 「えっと……ごめん、誰だっけ? クラスメートだよね?」

 しばらく記憶をさらっても俺の名前が出てこなかったのか、申し訳なさそうな顔をこちらへ向けた葉山くんが、友好的な態度で応えてくれた。

 彼の事をしっかり認識するのは前のテニス以来だが、相変わらず爽やかな奴である。俺も葉山くんを見習って、爽やかな人間を目指して余生を過ごそう。

 「七里ヶ浜七之助ね、愛称のしちっちで呼んでくれ」

 「しちゅっ……しちっち……?」

 雪ノ下さんが何やら呟いていたが無視してやることにした。これを弄ってやるのは余りに哀れである。顔真っ赤にしてるし。そんなに恥ずかしいなら試すなよ……。

 「言いにくそうだしやめとくわ」

 葉山くんは朗らかな笑みを浮かべながらサラッと俺の張ったトラップを躱した。中々のツワモノである。

 「……由比ヶ浜さん、説明してくんない?」

 「え!? わたし!?」

 今の雪ノ下さんに説明させると物凄い早口になりそうだし、比企谷くんだと妙なバイアスのかかった情報を聞いてしまいそうなので、ここは由比ヶ浜さんにワトスンくんをロールしてもらうことにした。頼むぞワトヶ浜ちゃん。

 「えっと……」

 由比ヶ浜さんの割と分かりやすい説明を聞きながら、自分でも情報を纏める。

 どうも、クラスメートの中で特定の人物──戸部くんと大和くんと大岡くんの三人──を中傷するチェーンメールが出回っていて、それに心を痛めた我らが葉山隼人様がその腰を上げてここへ来たということらしい。

 「なるほど。なら、回した奴を全員半殺しにして回ったら良いんじゃない? 二度と携帯電話なんて持てない身体にしてやろう」

 軽く笑いながらそう言うと、他の四人がドン引きしていた。何故だ。

 「なんでそんなバイオレンスなんだよ。お前はそういうキャラじゃないだろ」

 「比企谷くん。俺の座右の銘が『酒と煙草と女と喧嘩』なの知らなかったのか?」

 「流石に初耳過ぎるわ。つーか七里ヶ浜。お前もちっとは真面目に考えろ」

 比企谷くんに叱られてしまったので、少し考えてみようと思ったが、残念ながら考える材料が少なすぎる。これの解決方法は、関わった奴を全員皆殺しにするくらいしか思いつかない。

 「原因とかの察しはついてんの?」

 「そうね。由比ヶ浜さん、いつからそのメールが回り始めたか分かる?」

 ようやく持ち直したらしい雪ノ下さんの言葉を受け、由比ヶ浜さんは携帯電話をカコカコと音を鳴らしながら操作する。

 「んーと、先週くらいから……かな?」

 「何か原因として思い当たるような出来事はなかったかしら」

 雪ノ下さんがもう一度由比ヶ浜さんに尋ねると、流石にすぐには思いつかなかったのか、由比ヶ浜さんは押し黙ってしまった。

 「あったことっていうと……職場見学の班分けとか」

 比企谷くんがボソッと呟くと、由比ヶ浜さんがパッと視線を上げ、比企谷くんの方を見て呟く。

 「それかも……」

 「「え? そんなことでか?」」

 いわゆる一つのシンクロニシティが比企谷くんと葉山くんの間で起こり、葉山くんはニカっと笑い比企谷くんはバツの悪くなったのかソッポを向いた。

 「こういうのはその後の人間関係に影響するらしいからな。……つまり、ハブられたくない奴がばら撒いたってことだろ」

 「たぶん……」

 俺の見解を述べると、由比ヶ浜さんは自信なさげに頷いた。

 こういう事でナイーブになる人間を中学の頃は腐るほど見てきたので、理解は出来ないが知識としては持っている。

 「けど、それならなんで葉山くんについての悪口は回ってないんだ?」

 「そりゃ、単純にハブにされたくないってだけじゃないからだろ」

 比企谷くんが俺の質問に答えたので、俺は黙って続きを促した。

 「あくまで、葉山と同じグループになることが重要なんだ」

 「なんで?」

 「そりゃお前……葉山だぞ?」

 比企谷くんの伝える努力をほとんど放棄したような返答を聞いた俺は、ようやく納得することができた。

 つまりこの内ゲバは、葉山くんと愉快な仲間たちのものではなくて、三人の愉快な仲間たちが葉山くんと同じ班になるために二つの枠を巡って争っているということなのだろう。

 つくづく、面倒くさい奴らである。自分の価値すら自分で決められないなんて、生きてる意味がないだろう。

 「俺が言えた義理じゃないな……」

 誰にも聞こえないよう、苦笑いしながら一人自嘲する。

 「ま、そういう事なら簡単だろ。葉山くんが上手いこと『お前らとは組まない』って言えば、全部丸く収まるんじゃない? もし犯人探しがしたいなら、全員殴って回るけど」

 「……確かにそうだな。いや、犯人探しがしたいわけじゃないんだ。……うん、七里ヶ浜くんの言ったようにするよ。ありがとう」

 そう言って葉山くんは人好きのする笑みを浮かべ、ペコりと一礼してから部室を後にした。

 葉山くん、去り際まで爽やかだったな……。

 「……なあ雪ノ下さん」

 「どうかした? 七里ヶ浜くん」

 俺は雪ノ下さんに思いっきり人の悪そうな笑みを向けて、勝利の宣言を高らかに謳い上げた。

 「今からでも遅くないから、どじょうすくいの練習したらどうだ?」


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