それではどうぞ。
― Side メイ ―
ぼんやりとする意識の中、声が聞こえてくる。
「アリア、このままメイが目を覚まさなかったら、私はあなたを許せなくなる」
この声はミスティかな?
「当然だろう。私はとうてい許されないことをした」
こっちはアリアさん?
「でも、メイならきっとこう言う。“そんな細かいことは気にするな”と」
ふふふ、よくわかってるじゃん。アリアさんはきっと葛藤していたんだと思う。人を信じたい気持ちとそうできない気持ちとで。そんな状態だったアリアさんを責めることはできない。
「……メイという人間は分からない。どうしてそこまで他人のために必死になれる?」
別に他人のためにやってるわけじゃない。
「メイは別に他人のためにやってるわけじゃないと思う。メイはこう言ってたことがある。“私は自分のやりたいようにやっているだけだ”って、“言ってしまえばただの自己満足だ”って。でも、私はそんな自己中心的な欲求によって救われた。メイは自覚していないんだと思う。自分がどれだけすごいことをしているか。誰かを救うなんてこと簡単にできることじゃないのに。自覚がないから驕ることもない」
そうかな? ただの自己満足ってのも本当のことだと思うんだけど。
「……メイという人間は無自覚で誰かに手を差し伸べられるのだな。しかも、一度その手を払われても決して諦めることのない強情さ、驚嘆に値する。それにただの自己満足だと思っていてもそれで他人が救われ、感謝しているのなら、それは自己満足ではなくなる。そういうものだ。メイはそれをわかっていないようだな」
そういうもの?
「そうね。でもそれも含めてメイという人間だから」
なんか、ミスティには全部見透かされているような気分になってきた。でも、ミスティにならいいか。
「ミストラルはメイのことを理解しているのだな」
「そうでもない。わかることだけ。一応今まで一緒に旅をしてきたから」
「そうか。ふう、やはり私はとんでもないことをしてしまったようだ。許されることではない」
だから~私は気にするなって言ってるじゃん。
「……私はメイが目覚めてくれると信じている。だから、あなたも信じてみてはどう?」
あれ、私まだ目覚めてない?
「お前も私に信じろというのか。お前たちはそろって私に酷なことを言う」
「人間の生命力を侮らないで。今から楽しみ。メイが起きてあなたにかける言葉が、ね」
「そうか……」
そこで会話は途切れた。さてじゃあご期待に添って目覚めるとしようか。あれ? うまく体が動かない。なんてやわな体だ。しょうがない、お前がそんなんなら、回復させてやるよ。まずは波導を探って……。
「ふう、やっとできたぜ。あれ……ここは……」
私は目を覚まして寝かされている状態から起きあがった。
「メイ! よかった! 大丈夫?」
ミスティが隣で大声を出す。
「うわわ! そんな大きな声を出さなくても聞こえてるって。それよりここは?」
周りを見てみるとどこかの病室のようだ。
「ここはライモンシティの病院だ」
「アリアさん……」
病室の隅っこにはアリアさんがいた。アリアさんは人間の姿だ。
「メイ、すまない! 私はお前にひどいことを……」
アリアさんは頭を下げて謝ってくる。
「……そうですね。酷い目に逢いました」
ポケモンの技を直にくらうのは二度目だ。
「せっかくお前が私を救ってくれようとしていたのにこれでは救われる資格がない」
アリアさんは悲痛な面持ちで言う。
「そうかもしれませんね」
資格がない、ね。
「だがせめて私にできることはしよう。どうすれば許してもらえるだろうか」
アリアさんは何か決意を固めたような表情で問う。
「そうですね。なら私たちの旅に同行してもらえませんか?」
「なんだと? 今言っただろう。私には救われる資格はないと」
アリアさんは驚いた表情を見せる。
「おお? ということは私たちと来れば救われると考えているんですね?」
私はニヤニヤ笑う。
「揚げ足をとるんじゃない! 私がお前たちと共に行けるわけがないだろう」
アリアさんは怒って俯いてしまう。その表情は悲しげだ。
「もう! アリアさんは堅いですね。いいから私たちと来ればいいんですよ! 資格があるとかないとか関係ないです。私は救いたいものを救うんです。いいですか? 私たちの旅についてきなさい。これは命令です。従うまで私はあなたを追い続けます」
アリアさんは私の言葉に面喰うが、すぐに呆れた様子を見せた。
「ふふふ、自己中心的なやつだな。しかもケガ人のくせしてストーカー発言か、全く元気だな」
「で? どうするんです? 私の命令に従いますか?」
私はニッコリ笑って脅すように迫る。
「私はお前に甘えていいのだろうか」
アリアさんはつぶやく。
「こうなったメイにはおとなしく従ったほうがいいと思う。でないと何するかわからないし」
アリアさんのつぶやきを聞き逃さなかったミスティが言う。
「そうか、なら仕方ない。お前たちの旅に同行しよう」
そう諦めたように言うアリアさんはどこか嬉しそうだ。
「はい! 決定! じゃあ、これからの旅の仲間なんだし、アリアさんなんて言う他人行儀な呼び方はやめてアリアって呼び捨てにする。あと敬語もやめる。これも命令だから。文句は受け付けません!」
「ふふ、ああ、わかった。これからよろしく頼む」
「うん! よろしく」
「よろしく」
私たちは握手を交わす。
「じゃあ、アリアも一緒に戦ってくれる?」
「私は、まだ戦えない。お前たちのことは信じたい。だけど、やっぱりまだ怖いんだ。だからお前たちを信じられるようになったときに力を貸そう」
「わかった。その時まで待ってる。楽しみにしてるから」
そっか、残念無念。
「そういえば、私って何日ぐらい寝たままだったの?」
意識を失ってからどれくらいたってるんだろう。
「メイは二日間ほど寝たままだった。ホントに心配したんだから」
ミスティが言う。
「ごめんごめん、回復に手間取っちゃって」
「そういえば、医者を呼ばなくていいのか? 確か目を覚ましたら呼んでくれと言っていた気がするが」
アリアの指摘にミスティはハッとする。
「そうだった。今呼んでくる」
そう言ってミスティは病室から出ていく。
「……メイ。本当にありがとう。私のために」
アリアが話しかけてくる。
「いいって。私はやりたいようにやってるだけだから」
私はいつかの言葉を繰り返す。
「ふふふ、本当に、心からそう思っているようだな。おもしろいやつだよ、お前は」
アリアは笑顔を見せる。お、ログハウスの時とは笑顔が違う。
「やっとホントの笑顔を見せてくれたね。ログハウスの時はどこか笑顔が変だったから」
やっぱり女性に似合うのは笑顔だよね!
「そうだったか。お前はどこか聡いところがあるな」
「そうかな~。ミスティにはバカって言われたこともあるんだけど」
私とアリアはふふふと笑い合った。そうしているとミスティが医者を連れて戻ってきた。医者から簡単な診察を受け、その後は検査を受けることとなった。結果はどこも異常なし。そして翌日晴れて退院することとなった。私は患者服からいつもの服に着替え、いつもの髪型にセットし、旅立つ準備は万端となった。といってもしばらくはライモンシティにとどまるのだが。
「ふう、退院の許可も出たし、とりあえずポケモンセンターに行ってこれからのことを話しあわない?」
「そうね。アリアが仲間に加わるのだからその必要がある」
ミスティも私の意見に同意する。
「そうだな。ではポケモンセンターに行くとしよう」
そうして私たちは病院を出て、ポケモンセンターに行く。そこの休憩所で話し合う。
「は~い、ではでは、これからの旅の方針について話し合いま~す」
私はノリノリで言う。
「退院したばかりだというのに元気だな」
アリアは苦笑する。
「メイは健康と明るさが取り柄だから」
ミスティはもう慣れたという風に言う。
「ミスティはこれまで通り、私を観察するのが目的ってことでいいんだよね?」
「それでもいいけど、ちょっと変わったかな。今は一緒にいたいから一緒にいる」
ミスティ~、照れるぜ、一緒にいたいなんて。
「ミストラルは昔はそんな目的でメイと一緒にいたのか。お前もお前でおもしろいやつだな」
アリアはミスティの言うことに驚いている。そうだよね、普通誰かを観察するために旅についてきたりしないよね。
「ありがとミスティ。基本的に私のやりたいようにすればいいってことは変わらない?」
「それでいい」
ミスティはコクリと頷く。
「で、アリアなんだけど旅を通して何かやりたいこととかある?」
「そうだな。私もミストラルと同じ意見だ。メイのしたいようにすればいい。私はそれについていこう」
アリアもか。そんなんでいいの?
「そっか、じゃあ決定ね。まあ、二人がやりたいことがあったら遠慮なく言ってね。あ、そういえばアリアはトレーナーカードなんて持ってないよね?」
ポケモンだから持っていないだろう。きっと。
「ん? ああ、持っていないが?」
やはりか。となると問題はお金だな。
「旅の資金とか大丈夫なの? トレーナーカードがないとかなりお金がかかったりすると思うんだけど」
トレーナーカードがないといろいろなサービスにお金がかかってしまう。
「それなら大丈夫だ。偶然拾った宝くじが私のものになってそれが当たったんだ」
ええ! マジかよ。何という豪運。
「ホントに!? すご。でいくら当たったの?」
「少なくとも、多少の贅沢をしても人間が一生余裕で暮らせるくらいはある」
うほ! やべえ。一体どれだけ?
「そんなに……じゃあ旅するのには問題ないわけね」
「ああ、お前たちが心配することじゃない」
「そっか。あと、アリアは本来の姿を隠して人間として旅をするつもりなの?」
私は周りに聞こえない声量で言う。
「ああ、そのつもりだ」
「わかった。それじゃ、話し合いは終わり! 今日はこれからどうしようかな」
私がそう言ったとき、外から少女の二人組が入ってきて何やら話しこんでいる。
「ねえ、聞いた!? ついにこのイッシュ地方でポケモンコンテストが開かれるんですって!」
「うん、聞いた聞いた。しかも今いるこのライモンシティで、だもんね。確か一ヶ月後だったよね」
「楽しみ~。ねえねえ。あなたは出場したりしないの?」
「え~、だってこの大会、たくさんの一流コーディネーターたちが出場するって噂なんだよ? なんでもイッシュ地方初の大会だからデモンストレーションの意味もあるんだって。だから、素人の私が出てもバカにされるのが落ちよ」
「そっか~、でも、観戦はするわよね?」
「もちろん」
「そうよね~……」
そうして少女の二人組は私たちの近くから去っていく。へえ、ポケモンコンテストね。
「よし決めた! 私、ポケモンコンテストに出る」
私は突然手を握りしめて言う。
「あの娘たちが言っていたことか。ポケモンコンテストとは一体なんだ? 私にはわからないんだが」
「私も」
アリアとミスティはコンテストを知らないようだ。
「う~ん、簡単に言うと、バトルの強さではなくポケモンの魅力を引き出してそれを競う大会のこと。多分言葉で説明するより実際にみたほうが早いと思うんだけど」
そう言って私はどこかにチラシがないか探す。すると掲示板にコンテストのチラシが貼ってあることに気付く。
「こっちこっち」
私はミスティとアリアを手招きし、掲示板のコンテストのチラシを見せる。
「なになに……“君のポケモンたちの魅力を再発見しよう! ポケモンコンテストライモン大会開催!”」
「“各地の一流コーディネーターたちが参加! 君もコーディネーターに混じって華麗な演技を見せてくれ! 参加者募集中”……これじゃよくわからないな」
アリアの言うことももっともだ。これじゃ何をするかよくわからない。ちなみにコーディネーターというのはコンテストに出場する人たちの総称だ。
「あら? あなたたちコンテストに参加するの?」
するとジョーイさんが話しかけてくる。
「あ、はい。私はそのつもりです」
私はジョーイさんに返事をする。
「私はしない」
「私もだ」
ミスティとアリアは出ないようだ。アリアはポケモンだから当然だとして、ミスティも出ないとは。こういうのには興味がないのかな?
「ミスティは出ないんだ。興味ないの?」
「違う。あまりにも内容を知らなすぎるから今回は情報収集に徹するってだけ。まったくの素人がたった一カ月で大会に出て勝てるとは思わないし。メイはコンテストの経験、あるの?」
「いや。ない」
私はニヒヒッと笑う。
「はあ、また唐突なんだから。まあいいよ。メイの好きなようにすれば?」
ミスティはため息をつく。
「……メイはいつもこうなのか?」
アリアも若干呆れているようだ。
「そ、突然あれやろうって言い出すことがたまにあるからアリアも慣れたほうがいいよ」
ミスティはいつものことだと諦めているようだ。
「そろそろいいかしら? 実は私、審査員を頼まれていて今、コンテストの勉強中なの。よかったら、過去の大会の映像を一緒に見ない?」
話すタイミングをみはからていたジョーイさんから提案される。
「え? それっていいんですか? 贔屓になるんじゃ……」
大丈夫なのかそれ。
「大丈夫、映像自体はコンテスト事務局で公開されているものだから贔屓には当たらないわ。それでどう? あなたたちさえよければだけど」
私たちは顔を見合わせる。
「いいんじゃない? 参考になるだろうし」
ミスティが言うならいいか。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「ええ。わかったわ。今は仕事中だから駄目だけど、夜なら時間があるからその時に私のところまで来て頂戴。それじゃあね」
そう言ってジョーイさんは仕事に戻っていった。
「さてと、私はコンテスト事務局にでも行って参加申請してくる。ミスティたちはどうする?」
「私はメイについてく」
ミスティは一緒に来るようだ。
「では、私は一度家に戻って家を片づけて旅の準備をしてくる。今日の夜には戻ってくる」
アリアは旅の準備をしに行くみたいだ。
「わかった。じゃあ夜にこのポケモンセンターで」
「ああ」
アリアはそう返事をするとポケモンセンターから出て行った。
ありがとうございました。