それではどうぞ。
次の日、朝になると砂嵐は収まっていた。外は相変わらず太陽が元気に顔を出している。
「よかったあ。砂嵐が晴れて。これで砂漠が越えられる」
もし砂嵐が収まらなかったら、ここで立ち往生することになっていた。
「そうね。予報によると砂嵐はしばらく吹かないみたいだから砂漠を越えるなら今のうちね」
休憩所にはラジオなどのメディアがあるのでそういった情報を収集することが可能だ。
「さ、準備をして行こう、ミスティ」
ミスティはそれに同意して頷く。私たちはついに4番道路の関門、整備された道路のない、真の砂漠に足を踏み入れた。
「う゛あ゛~。あづい~。道路じゃないだけでこんなに暑くなるなんて」
おそらく温度はそう変わらないのだろうけど。気持ちの問題?
「暑い暑い言わないで。こっちまで暑くなってくる」
「ごめん。ミスティ。黙ってる」
私はそれ以上はしゃべらず、黙ってミスティと砂地を進む。時折、ポケモンたちを見かけながら、ひたすら歩く。辺りをいくら見てもオアシスのようなものはなく、同じ風景だけが広がっている。ポケモンたちもよくこんなところに住めるものだ。そんなことを考えながら、時々休憩をはさみつつ、砂漠を行く。そして夕日が辺りを照らす頃ようやく砂漠を越え、整備された道路と休憩所が見えてきた。
「つ、着いたあ~、ようやくだ。もう今日は歩きたくない。めっちゃ疲れた……」
「……同意。やっぱり砂漠越えはきつい」
そうか、ミスティは何度か砂漠越えをしてるんだよね。よくもまあ何度も砂漠を越えられるもんだよ。……道路が完成するまでもう帰らないでおこうかな? まあとにかく、しばらく砂漠はごめんだぜ。
「もう休もう」
「賛成~」
私たちは休憩所に着いて二人してソファに倒れこむ。
「ふい~」
「ふう~」
私とミスティは大きく息を吐く。
「ははっ、お二人ともお疲れ様です」
すると誰かが笑って話しかけてくる。おっと先客がいたみたいだ。声からすると女性みたいだが。私とミスティが振り返るとそこにいたのは、髪は赤く腰まで伸ばしたストレートヘアーで側頭部の髪を編み上げてリボンを付けて垂らしている女性だった。この女性もゲームのキャラクターに似ている。出典はもちろん例のシリーズだ。
「こんにちは、私はメイリン。ポケモントレーナーです」
その女性、メイリンがニッコリ笑って自己紹介してくれる。どうやら名前もゲームと同じのようだ。
「これはご丁寧にどうも。私はメイ、あなたと同じポケモントレーナーです」
「ミストラル。同じくポケモントレーナー」
私たちも自己紹介をする。
「おお、やはりあなたたちもポケモントレーナーでしたか。わざわざこの砂漠を歩いて越えようなんて人はそうそういませんからね」
え? それって……。
「それってどういうことですか?」
「え? 知らないんですか? ピジョット便っていう運送サービスがあるんですが、それを使えばピジョットに乗って空を飛んで、簡単にこの4番道路を越えられますよ」
「え゛? なにそれ?」
私は変な声をだして訊いてみる。
「……もしかしてメイ知らなかったの?」
するとミスティが逆に訊いてくる。
「ミスティも知ってたの!?」
「てっきり知ってて歩くのを選んだと思ってた」
どうしてそういう結論に至ったんだ!
「い、言ってくれれば……」
私は膝をついてがっくりと肩を落とす。今思うと空を見上げればピジョットの姿が見えていたかもしれない。ちなみにピジョットというのはカントー、ジョウト地方でよく姿が見られるとりポケモンだ。
「まあまあ、元気だしてください。砂漠を越えるという貴重な体験ができたことを喜ぶ……ことはできませんかねえ?」
メイリンさんは慰めてくれようとしているようだ。
「ふう、もういいです。終わったことですし。メイリンさんの言うとおり貴重な体験をしたということにしておきます」
私は失敗から立ち直って言う。だが誰が何と言おうと砂漠を歩いて越えたのは失敗だ。今度ここを通る時は絶対ピジョット便を利用しよう。
「あら、立ち直りが早いですね」
「それがメイのいいところ」
ミスティがうんうんと首を振る。
「では立ち直ったところでひとつお願いが。メイさんは何かの武術を修めていませんか? もしよろしければお手合わせ願いたいのですが」
うお、メイリンさん鋭い。どうしてわかったんだ?
「確かに合気道をやっていましたが、弱いですよ? 私なんて」
もう何年もやっているが先生に勝てたことは一度もなかった。当り前か。
「いえいえ、それはやってみないとわかりません。それで受けてくださいますか?」
そこまで言うなら、まぁいいか。
「わかりました。受けましょう」
「ありがとうございます。ではここでは少し狭いので外でやりましょう」
夕日が辺りを照らす外に出てきて私とメイリンさんは構える。
「ミストラルさん、始まりの合図をお願いします」
「了解。それでは、初め!」
「さあ、メイさん! 来なさい!」
メイリンさんの雰囲気が一変する。
「ッ! 行きます!」
私はメイリンさんに向かう。そして十数分後、私は肩で息をし、メイリンさんはすずしい顔で立っていた。
「このくらいにしておきましょう」
メイリンさんはニッコリ笑って言う。
「はあ、はあ、メイリンさん、強すぎ」
波導の力まで使ったのにほとんどの技が見切られて通用しなかった。
「それにしても――」
「ストップ」
「?」
ミスティが話そうとするメイリンさんを止める。
「話は休憩所の中入ってからにして。寒くなってきたし」
「そうですね。話の続きは中に入ってからにしましょう」
そうして私たちは休憩所の中に戻る。
「それにしても、メイさんは不思議な力を使うんですね。気とは少し違う感じでしたが、いったい何の力なんですか?」
メイリンさんが波導の力について訊いてくる。ちなみにミスティには波導の力については話してある。
「ああ、それは波導の力です。小さい頃から訓練してようやく最近になって使えるようになったんです」
ポケモンの言葉が分かるのは結構前からだけど。
「へえ、すごいですね。さっきの試合で使っていたのはそれでしたか」
「知っているんですか?」
ルカリオのことを知っているならわかることだから知っていてもおかしくはない。
「ええ、ルカリオが使う力だと聞いたことがあります。人間でも使えるんですね」
メイリンさんはふむふむと頷く。
「て言うか、メイリンさん気なんか使ってたんですか?」
「ありゃ、気付いちゃいましたか。いやあ、予想外に強かったものですから、思わず使っちゃいました」
メイリンさんはてへへと笑ってごまかそうとする。
「はあ、なんかどっと疲れました」
「どんまい、メイ」
うん。慰めてくれてありがとう。ミスティ。
「まあまあ、元気出してください。メイさんは本当に強かったですよ。その年にしては驚くほどに」
「私の年、知ってるんですか?」
私はブスーとした顔で言う。
「12歳くらいでしょ?」
「あ、当たってる……どうして?」
「気を使えば」
メイリンさんは笑って言う。気っていったい何なんだろう。
「メイリンさんはどうしてそこまで強いんですか?」
「ははは、私なんてまだまだですよ」
メイリンさんは謙遜する。またまた~御冗談を。
「私からするとどっちもすごい動きだったんだけど」
ミスティが言う。そうかな?
「自信持っていいのかな?」
「そうですよ。メイさんは強いです。私が同じ年の時よりずっと。このまま鍛錬を怠らなければ大成するでしょう。メイさんがうらやましいです」
「い、いやあ。それほどでも……」
おお、なんか自信がわいてきた。
「ただし! 怠らなければですがね」
メイリンさんがウインクをして言う。おお、かわいいな。
「は~い。がんばりま~す」
「ふふ、調子がいいんだから」
ミスティはやれやれといった風に言う。
「そうだ。メイリンさん、よかったら夕食、一緒に食べませんか?」
「ご一緒してもよろしいのですか?」
「いいよね? ミスティ」
「いいよ」
「ではお言葉に甘えて」
そうして、私たちはメイリンさんと一緒に食事をし、楽しく談笑して夜を過ごした。
次の日の朝、私はメイリンさんと一緒に外で朝の体操をしていた。
「ふむ、どうやら毎日の鍛錬は欠かしていないようですね」
メイリンさんが自分の体操をしながら言う。メイリンさんのそばには相棒と思われるコジョンドがいる。
「もうこれは習慣のようなものです。しないと気持ち悪くて。ね、リオ」
リオはコクンと頷く。私のそばにもリオがいて一緒に体操をしている。そして私は体操を終え、波導の訓練に入る。リオももちろん一緒だ。
「へえ、それが波導の力というわけですね」
「そうです」
「ではこちらも……ふっ!」
メイリンさんから何らかのパワーが溢れ出す。この人本当に人間かよ。そしてなんとそばにいたコジョンドと組み手を始めた。しかも見たところ互角に見える。もうこの人、人間じゃなくて妖怪かなんかなんじゃね? しばらくメイリンさんとコジョンドの組み手をぼーっと見る。すると組み手が終了する。
「ふう、ありがとうございました」
『ありがとうございました』
メイリンさんとコジョンドは互いに礼をした。
「メイさんもどうですか? そのルカリオと組み手をしてみては?」
メイリンさんが提案してくる。……やってみようかな。
「リオ、お願いできる?」
『え? 大丈夫なの?』
「大丈夫、大丈夫、リオが手加減してくれればいいだけだし」
『それもそうか』
リオも納得たところで、私はリオと向かい合う。それを横からメイリンさんとコジョンドが見つめている。
「お願いします」
『お願いします』
私とリオは互いに礼をして構える。
「それでは、初め!」
メイリンさんの合図で組み手が開始する。そして十数分後、リオとの組み手が終了する。
「はあ、はあ、リオって、こんなに、強かったんだね……」
私は息を切らして言う。マジで強かった。具体的にはメイリンさんと同じくらい。これで手加減してるって言うんだからポケモンってすごい。全然かなわなかった。まあ当然か、リオと私じゃ立っているステージが違う。
『まあね、メイも強かったよ』
そうだといいけど。
「いつか、倒してやるから、覚悟しなさい」
『はは、期待して待ってるよ』
「ふ、ふふふ、ふう……。メイってやっぱり変」
するとミスティがひきつった顔からため息を吐いて言う。い、いつの間に。
「い、いつから見てたの?」
「メイがリオと向かい合った時から」
最初からかよ!
「なんだか、メイが遠い人になった気がする」
ミスティはそう言って扉をバタンと閉めて休憩所に入っていく。あわわわ、追いかけないと! 慌ててミスティを追いかける。ミスティはショボーンとして膝を抱えてソファに座っていた。
「ミ、ミスティ!? こ、これはね、え、えっとほら、あれだよ、ポケモンとの交流っていうか、なんていうか、その……」
「メイがこんなことをする人だとは思わなかった。なんか壁を感じちゃうな」
「ご、ごめん! ミスティ! 気に入らなかったのならすぐやめる! ああー、なんであんなことしたんだろうなー。私、ちょっとおかしかったのかなー……な、ん、て……え?」
ふとミスティを見てみると肩を震わせている。
「ふふふ、あははは! あー、面白い! 冗談だよ、メイ。こんなことであなたを嫌いになるわけないじゃない」
ミスティは涙を流しながら大きく笑った。
「はえ? は、はは、はああああああああああ。よかった」
私は盛大にため息を吐き、安堵する。
「そこまで? ごめんごめん。ちょっとやりすぎたかな?」
「まったく、勘弁してよ。もう、冗談はほどほどにしてよね」
「は~い」
くっ、適当に返事しやがって。絶対またするぞこいつは。
「冗談だったのですか。よかった。私のせいでお二人の仲を引き裂いてしまったのかと思いました」
メイリンさんとコジョンド、リオが休憩所に入ってくる。メイリンさんはほっとした様子を見せる。
「ほら、メイリンさんも気にしているじゃない」
「だから、悪かったって。ほらこの通り、ね?」
ミスティは顔の前で手を合わせて、謝罪の意を示す。
「わかった。許す」
「うん。ありがと」
「では、この件が解決したところで私はそろそろ失礼します。短い間でしたけど楽しかったです」
メイリンさんが言う。
「そうですか。メイリンさん、お手合わせありがとうございました。私たちも楽しかったです」
「ですー」
「それでは、またどこかで会うことがあればよろしくお願いしますね」
そう言ってメイリンさんは去って行った。
「いっちゃったね」
「そうね」
「私たちも行こっか」
「そうね。出発しましょう。あ、その前に私まだ朝ご飯食べてないから食べてからね」
「はいはい」
そうしてミスティの朝食を終えて、私たちはライモンシティに向けて出発した。そして、その日の夜のうちにライモンシティに着き、ライモンシティのポケモンセンターで休んだ。
ありがとうございました。