姫松高校麻雀部監督代行播磨拳児   作:箱女

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47 尺度の差

―――――

 

 

 

 「あれ、これ阿知賀の松実さんむっちゃキツいんとちゃいます?」

 

 ペットボトルを傾けつつ絹恵がこぼした。今さら彼女が触れずとも良さそうな事柄である。現実問題として松実玄の異能は調査や研究とは程遠いところに存在しており、常時発動型とでも言えばいいのか、彼女が卓に着けば彼女以外のところに赤ドラを含めたドラが行くことがなくなるのだ。もちろん一局の中で全てのドラを集め切るわけではないが、少なくとも場に出得るドラは松実玄のもとへと集まる。また今大会のデータをを見る限り、彼女がそれ以上のものを持っているとは到底思えない。つまるところ、見ればわかってしまうのだ。そして隠すことができない異能が有用かと問われれば、首を縦に振るのは難しいだろう。

 

 麻雀のルール上でドラが果たす役割は単純なものである。それ単体では役を成さないが、和了ったときに持っていればそのぶんだけ翻数が上がるというものだ。お手軽に火力を上げる便利な武器と捉えることもできるが、逆にドラを捨てて振り込んでしまえば目も当てられないことになる。それだけに扱いは慎重になることが多く、勝負を懸けた手の場合を除いて、打ち手のレベルが上がれば上がるほどドラでのロン和了りというのは見られなくなっていく。時にはドラを捨てられないがために和了りを逃すなどということもあるくらいで、絹恵が思い至ってつい口にしたのはそこについてのことだった。

 

 「漫ちゃんが安全ってわけじゃないけど、たしかに松実さんがエサになっちゃいそうなのよー」

 

 自チームでないとはいえ穏やかではない見解を由子が述べる。当然ながら彼女は松実のその力がもたらす影響を、二日前のミーティングの段階で良い面と悪い面のどちらの意味においても理解していた。というよりは改めてこの控室で気付いたのは絹恵だけで、拳児を除く誰もがそれを把握した上で観戦をしている。拳児はそもそも理解をしようというつもりがさらさらないため数えるだけ無意味である。

 

 「さすがにドラ捨てやんと逃げ道なくなりますよね?」

 

 「フツーに考えたらな。でもたぶんアレがドラ実ちゃんのルールなんやろ」

 

 「主将、対戦相手なんですから名前くらいちゃんと言ったってください」

 

 絹恵と由子の会話に洋榎が割り込んで、それに恭子がダメ出しを入れる。姫松ではよく見られる光景である。いきなり割り込んできた洋榎の言葉に絹恵は振り向いて続きを促した。

 

 「もし意味なくドラ溜め込んどるんやったら小学生のガキンチョと変わらんからな」

 

 「ドラを捨てへんかわりに逃がさへんいうこと?」

 

 「大雑把にはそんなとこやろ。細かいところは本人に聞かなしゃあないけどな」

 

 そう口にした洋榎の目だけがひどく冷めていた。たとえば軍事訓練が行われている場にひとりだけピエロがいるような、なにかの手違いで極端に場違いなものが紛れ込んだのを見ているような目をしている。あと一歩で不機嫌の領域まで踏み込みそうなほどだ。彼女の視線は絹恵との会話の間もずっとテレビ中継に注がれており、そこに何かがあるのは明白だった。

 

 一方でただ黙って話を聞いていた拳児は、これまで培ってきた麻雀の知識と考え方を活用して、今の彼女たちの話の意味を考えていた。おそらくこの話は異能ではなく試合展開に関わる話であると理解したからだ。拳児は既に現在の立場に対して責任感のようなものを大きく育てている。それは麻雀に対する興味よりもはっきりと強いものになっていた。

 

 ( ドラが捨てらんねえってなるとどうなんだ……? )

 

 まず拳児の頭に思い浮かんだのは手牌の圧迫だった。たしかにドラが二枚なり三枚なり固まれば手を仕上げるのに邪魔にはならないが、オリたいときに選択肢が狭まってしまうのは事実である。これがおそらく絹恵の言っていたことだろうと拳児は推測した。また赤ドラが寄ってきてしまうのもその意味では望ましくない。余計に逃げ道がなくなるし、役を作るときにも必ず五の牌を使わなければならないという制約がつく。そしてそれが対戦相手にすべてバレているのだ。和了れば大きいし他家がドラで打点を上げるのを防ぐこともできる。だがそれがたとえば宮永照や辻垣内智葉に有効かと問われれば、むしろ逆利用されるとしか答えようがなかった。

 

 そこまで考えて拳児はなにか引っ掛かりを覚えた。どう考えても阿知賀の先鋒が不利であることに間違いはないのだが、最近、具体的には二日前に見た映像の中に重要な場面があったはずだ。それがなんだったかを思い出そうとしていると、まだ松実玄の話を続けていた部員たちの話が拳児の思考に割って入った。

 

 「でも準決勝の最後の最後でドラ捨ててへんかった? お姉ちゃん」

 

 「あれは一回こっきりの大道芸やな、切り札にしても切るタイミング間違うとる」

 

 その一言で、拳児の頭には鮮やかに姫松とは反対側の準決勝の映像が戻って来た。あのシーンではたしかに松実はドラを切っていた。それならば彼女がドラを捨てられないというのはブラフということになる。しかしこの決勝ではまだそんな姿は見られていない。タネの割れているブラフほど無意味なものはないというのに。拳児の頭の中が “よくわからない” で埋め尽くされていく。

 

 「一回こっきりの大道芸、ってどういうことやの?」

 

 「そのまんまの意味やって。少なくとも今の卓じゃ成立せーへんし、そもそも意味もない」

 

 言外にいくつかの言いたいことが感じ取れるような物言いだった。絹恵は姉の言葉をできるだけ自力で解釈しようと努める。今の卓では成立しない、ということはおそらく面子の問題だろう。しかしその根拠は明らかにはできなかったし、もう一歩踏み込むとなると更に不明瞭だ。

 

 「お姉ちゃん、もうちょっとわかりやすく言うてよ」

 

 「宮永止めるのによそと組む必要があるかーいうことや。辻垣内は一人で十分やし」

 

 洋榎の足りない言葉をいくつも補って、ようやく絹恵は姉の言いたいことを捕まえた。つまり準決勝では宮永照を止めるために他の三人が協力しなければならないほど力の差が開いており、そうやって囲んだ結果が松実玄のドラを捨てての和了だったのだ。それが決勝では辻垣内智葉という強靭なプレイヤーがいることで解消されてしまい、成立条件である “三家で囲む” という戦い方が採れなくなったのだ。表現にどこかトゲのようなものを感じるが、一回こっきりの大道芸と呼んだのも頷けるところではある。もちろん絹恵もその試合を観戦してはいたが、その時にはそんなところまで意識を回すことはできていなかった。

 

 そこまで納得した絹恵に、もう一つの疑問点が浮かんできた。せっかく才気溢れる姉に質問するチャンスが巡ってきているのだから尋ねておかねば損というものだろう。あまりにも速すぎる彼女の頭の回転についていくのは難しいが、内容を絞ればなんとか追いつける。絹恵は内容をしっかりと吟味してから口を開いた。

 

 「大道芸はわかったけど、それの意味がないってどういうこと?」

 

 「ん、たとえばな、絹。後ろから声かけてびっくりさせよーいうときにバレてたらアホやろ?」

 

 「それはアホやね、よー驚かんわ」

 

 「それとおんなじや、もうドラ実ちゃんはドラ切れるーてバレてるから誰も驚かへん」

 

 「あー、奇襲にならへんいうことね」

 

 不明瞭だった部分に理解が及んだことへの感謝と同時にこの一連の問答で絹恵が思ったのは、自分の姉がプロになった際に解説席には座らないほうがいいのではないだろうかということだった。

 

 

―――――

 

 

 

 最大の武器であると思われる連続和了をそれなりに早い段階で止められて、なお宮永照は淡々としていた。そこには動揺の気配のようなものすら感じられない。それはあたかも異能が存在していない通常の麻雀のように、自分が和了ることもあれば他家が和了ることもあると考えているようにしか見えなかった。これこそが異端であることに漫は気付けない。彼女の経験では、まだ相手が強過ぎるから仕方ないのだと蓋をすることしかできなかった。時には無知こそが活路を拓くきっかけになることがあるかもしれないが、往々にして知識や経験はあるだけあった方が役に立つものである。

 

 宮永の親が流れて東三局。できる限り攻めたい漫の親番ではあったが、最低打点のかわりに最速をたたき出す宮永が三巡目にしてあっさり漫から和了りを奪っていった。読みも何も関係のない、ただの事故のような放銃だった。最低限の出費だったのが唯一の救いと言うほかないだろう。

 

 漫に直撃を叩き込んだ和了も含めて宮永は三連続で和了ってみせ、親番を迎えて再び二位以下に差をつけようと打点を上げていく姿勢に入った。一度だけ連続和了を止められたとはいえ、点数状況は明らかに白糸台優位に傾いていた。彼女の親番をどれだけ早く止められるかが他校、とりわけ姫松と阿知賀にとって大きなポイントとなるのは明白であった。仮に次鋒から後ろに控える面子が同程度の実力を備えているとして、だとすれば先鋒終了時点での得点差はそのまま優勝への距離を示すものとなるからだ。あるいはそれでさえも楽観的な思考だと見るべきなのかもしれないが。

 

 

 ( こんまま何もせんと引き下がれるか! ここで役立たんとかおらん方がマシや! )

 

 何もできないうちにただ和了られ続けてそう気合を入れたのがきっかけになったのか、はたまた偶然だったのかはわからない。しかし漫の身には実感としての状態の変化があった。体の奥に何かが灯る。そこから強烈な熱が駆け巡る。一拍置いて今度はじんわりとした暖かさが指先まで浸透していく。導火線に、火が点いた。

 

 一定以上の実力を有していれば画面越しにさえ伝わる彼女の異能の発動を、同卓している相手が見逃すはずもなく、卓上の三対の視線はためらいなく漫へと注がれていた。それぞれ視線の色は違うが原因は同じに違いない。辻垣内智葉と真正面から打ち合ってプラスで残したという実績があるのだ、いかに宮永照といえど無視することはできないだろう。

 

 山を崩していけばどんどんと手が仕上がっていくのがわかる。これがもしインターハイ団体決勝なんていう場でなければ、役満を目指して打ち進めていきたくなるような配牌だ。しかし今の漫は場を弁えるということを理解していた。たとえどれだけ安いものでも、ここで和了ることの意味は計り知れないものになる。見せつける必要があるのだ、姫松は決して白糸台にも臨海女子にも劣らないのだということを。

 

 三巡目に宮永の捨てた牌を鳴いて一向聴、次の巡目で急所を引き入れて聴牌。誰にも文句のつけられないような鮮やかな手並みだった。早い段階で鳴きを入れているのだから他家から警戒されていることを漫はしっかりと意識した。当然ながら宮永はまだ和了を狙いに来るだろうが、この局に限っては速度において漫がリードしている。この構図はそうそうあるものではない。宮永が今局で四翻の役を作らなければならないからこそ発生している事態なのだ。麻雀にはタンヤオ、ピンフあるいは役牌といった作りやすい役がいくつか存在しているが、それ以外となるとそこまで簡単には完成しなくなってくる。そこで火力を増すために便利になるのがドラなのだが、この卓においてはドラは絶対に外に出てこない。その影響で役を上げるのが通常よりも難しくなっているのである。宮永照も翻数を上げるためにドラを使用することが間々あり、それが使えないということで、ある段階以上になると普段に比べて幾分か速度が落ちているのも事実であった。そしてその多少なりとも落ちた速度は他家がつけ込むためのチャンスだった。言い方を変えれば、この卓の趨勢を握っているのは、ある特定の意味において、阿知賀女子の松実玄に違いなかった。

 

 そのとき漫を包んでいたのは、まだ彼女の中で言葉のかたちにはなっていなかったが安心感そのものだった。こんな面子を相手にこんな状況で打つなど間違いなく初めてのことであるはずなのに、この先で何が起こるのかさえあらかじめ知っているかのような心持ちだった。漫がその安心感とその根拠に気付いたのは、その局が終わってからのことだった。

 

 「ツモ! 2000・4000です!」

 

 安心感の根拠は()()()()()()()()()()()()()()()()()にあった。それが実感となって身体の内側から湧いてきたとき、漫は驚愕した。これまでそんな体験をしたことはないし、ましてやその感覚を疑いなく受け入れて安心していたということなど後から考えれば信じられない。漫の異能にそんな効果はないし、仮に能力の発展ということを考えたとしてもそこに繋がる要素などない。とりあえず試合の最中であるから漫はいったんそれを放っておいて、対局に意識を向けることにした。その実体は何のことはない、ただ漫が雀士として新たな扉を開けたというだけの話であったのだが。

 

 漫のこの満貫自摸は大きな打撃になるはずだった。少なくとも漫自身はそうなるだろうと考えていた。宮永照と辻垣内智葉の間に、格下である自分が割って入ったのだ。これで彼女たちの余裕を削れるはずだった。しかしこの期に及んでまだ相手を甘く見ていたのは漫に他ならなかった。彼女たちに油断があると見ることそのものが根本的に間違っている。先に挙げた二人は、初めから漫を格下だとは認識していない。強者は油断をしないということを知っていたはずなのに、それを徹底できなかった。その意味で漫はまだ雀士として不完全ではあったが、比較対象が悪いと言うべきなのかもしれない。精神的に成熟している高校生など本来ならゼロでもいいくらいなのだから。

 

 

 宮永照の親番という危機を防いだにしても次に待っているのはまた最速に戻った彼女で、それを思えばこの卓には晴れることのない暗雲がずうっと続いているように漫には感じられた。それこそあっという間に、抵抗らしき抵抗もさせてもらえないうちに宮永は残りの二局を和了っていってしまった。あっけないと言えばあっけない、ある種の必然性を伴っていたさえと言えるかもしれない前半戦の幕切れだった。

 

 

―――――

 

 

 

 前半戦と後半戦の間のおよそ十五分は、選手ごとに、あるいはそうでない人にとってもそれぞれ均等でない密度を持って流れていった。言葉を交わす者は極端に少ない。この試合に対して何かを語ることはまだ無意味であると観客たちはやっと理解していた。決定的になりそうなぎりぎりのところで、辛うじて踏みとどまっている。

 

 対局室の雀卓は選手たちがいない間もただ照明を受け続けていた。プロの対局の中でも、とくに重要なものしか行われない卓だ。高校生が触れるにはこうやってインターハイ決勝まで勝ち上がってこなければ、直に見ることすら叶わない。無論、実際に卓につくことになってしまえばそんなことに気を払う余裕はなくなってしまうのだが。

 

 しばらく経って選手を呼び出すブザーが鳴り、少女たちが次々と姿を現した。ひやりとした空気が対局室から扉の開いた廊下へと流れていった。

 

 

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 高ぶる気持ちをどうにか抑えつけて漫は卓についた。爆発状態はまだまだキープできているが、それでも和了れたのはたった一回だけだ。実際的な点数でも精神的な部分でもダメージらしきものは与えられていない。宮永が前半戦の最後の二局をあっさり和了ったことがそれを証明していた。

 

 はたして現時点での得点差が健闘に分類されるのかどうか。そんなことすら漫の頭には浮かんでいなかった。重要なのはどれだけ和了れるか、この一点だった。手数や安定感では宮永照と辻垣内智葉の両名に及ぶべくもないが、決してゲームにならないというわけでもない。前半戦での和了を考えれば、偶然を含めて簡単ではないが出し抜くことも不可能ではないのだ。なにしろ彼女は強力な武器を使える状態にある。決勝戦という舞台でこれだけの好条件が揃っているのだから、やってみせなければ嘘だろう。漫のやる気はそれほどに高まっていた。

 

 

 立ち上がりの二局は必要経費と考えて、漫は食い掛からないことに決めていた。和了りはじめの宮永には、どれだけ速度に傾注しようと漫には追いつける気がしなかった。勝負になるのは相当にうまく事が運んだとしても三つめの和了からだと無理やり自分を納得させた。宮永の和了で精神を波立たせてはいけないが、だからといってそれに無感動や無関心になってもいけない。この辺りの心のバランスが非常に難しかった。“卓を囲まなければわからないことがある”。なるほど、と漫は思う。宮永照と卓を囲むということは、彼女が作り出す状況すべてを相手にしなければならないということなのだ。良くも悪くもたしかに彼女は今の高校麻雀界の中心だ、誰であっても巻き込むだけの力を間違いなく宮永照は持っている。

 

 和了ることを諦めた二局を消化して、宮永の連荘が始まる局。彼女が親番であることを考えてもできるだけ早く阻止したいところに違いはなかった。もし連荘が続けば、それだけで試合が決してしまうような局面にならないとも限らない。できるだけ傷を浅くして、可能ならば回復まで持って行く。団体戦を戦うならば基本的な心構えだが、それを先鋒でここまでシビアに要求されることもそうはないだろう。

 

 漫の手は爆発状態も影響して高火力かつ完成も近い理想的なものだった。麻雀はいつだって自摸次第の競技ではあるが、漫のような手であればより痛切にそれを思うだろう。配牌にして二向聴、急所らしい急所もなくのびやかに育つことが見て取れた。ドラという火薬が封じられてなおこれだけの破壊力を有しているところを考えても驚異的と言うほかない手だった。

 

 これなら三つめの連続和了の宮永が相手でも勝負になる、和了れる、と漫は判断した。もとより心情的には退がることをよしとしない性格の彼女は、一気に前のめりになった。ここで連続和了を止めてやると意気込んだ。少し前まであった冷静さは、どこかへ吹き飛んでしまったようだった。

 

 それぞれの心の中の激情は別にして、基本として卓の上は静かなものである。牌と牌がぶつかる軽い音と、ラシャの上に牌が置かれる音しかしない。それでも卓についている彼女たちの間では命の削り合いに近いやり取りが行われているというから不思議なものだ。当然そんな環境が居心地のいいもののわけもなく、ゆっくりと、だが確実に疲労は漫を蝕んでいた。

 

 漫が攻撃的な表情を隠さなくなった東二局の一本場はおおむね彼女の思う通りに進行していた。三巡目で手が一歩進み、五巡目で聴牌の形をとった。手替わりの可能性こそまだ残しているものの、このままリーチをかけずに黙っていれば誰かが待ち牌をこぼすかもしれない。そうでなくても自摸和了りがある。漫は大きく期待した。流れを変えられるかもしれないとさえ思った。

 

 びゅう、と風が通り抜けた気がした。

 

 漫が聴牌にこぎつけた直後、つまり六巡目に宮永照は牌を倒した。特別なことなど何もなかったかのように。手元へと伏せられた彼女の視線は対局開始時から変わりなく感情の色のないもので、勝負できると思った手を潰されたこともそうだが、その視線が余計に漫の心を粟立たせた。冷たい何かが首に巻きついてくるような感じすらした。気持ちをこの局に乗せていただけにそのダメージは大きかったが、すんでのところで踏みとどまった。まだ試合は終わってはいない、気持ちを切らしてはいけないと漫は自身に言い聞かせた。風は火種を吹き消そうと揺さぶり続けている。

 

 決して漫が悪いというわけではなかった。ただ、この卓がわずかにでも欲を出すことを許さない卓であることが原因だった。たとえば彼女が準決勝で実行していたように、勝つつもりでありながら基本的に相手が上であるというスタンスを貫けていたのならば、これほど動揺することもなかっただろう。今すぐに精神を立て直すのは不可能だったし、ここで爆発状態が途切れなかったこともどちらかといえば漫にとって不利に働いた。攻めっ気が残ってしまったのだ。

 

 

 続く二本場はドラが手を作る上で大きな位置を占めやすい四索ということもあって宮永の手が遅れ、そして智葉の一撃が漫へと突き刺さった。シンプルに、深いところまで届く刃だった。

 

 導火線が、切り落とされた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 




色々気になる方のためのカンタン点数推移


         東三局開始前   後半戦開始時   東三局開始時

辻垣内 智葉  → 一一五七〇〇 → 一一〇一〇〇 → 一一二三〇〇

宮永 照    → 一二〇九〇〇 → 一二八一〇〇 → 一四〇三〇〇

上重 漫    →  八三八〇〇 →  八七九〇〇 →  七七五〇〇

松実 玄    →  七九六〇〇 →  七三九〇〇 →  六九九〇〇

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