姫松高校麻雀部監督代行播磨拳児   作:箱女

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38 トップ・プレイヤー

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 ( ……なんなんすかこれ、すっげ居づれーんだけど。いやマジで )

 

 対局が始まる前のほんのわずかなあいだ。館内放送による呼び出しが入って、試合開始のブザーが鳴るまでの隙間のような時間を早めに対局室に来て過ごそうと考えた自身を岩舘揺杏は呪った。彼女は有珠山高校の二年生で、つまりインターハイの出場など初めてのことであった。実際に初戦や二回戦を勝ち抜いてはきたが、それだけで慣れることができるほどに大舞台に立った経験があるわけでもなく、自分のチームの副将や大将ほど設計を間違えたのではないかと思うような太い胆を持っているわけでもない。だからなるべく早めに対局室に入って緊張を解こうと考えたのだが、それが間違いだったなんてことに事前に気付けるわけがなかった。

 

 彼女の目に映る風景は、異国あるいは異星の人間 (うち一人は実際に異国の出身者だ) が話しているようにしか映らなかった。言語は日本のものなのにどうしてそのように感じるのかと問われれば、感情以前に気勢だとかテンションだとか、その辺りからまるで掴めないからだった。実に冷静に話しているようにも見えるが、その奥に煮えたぎった感情が揺れているような気がしないでもない。声を荒げている様子はないのに、そこには確かに戦意に近いものが満ちているように感じられて、岩舘揺杏は一歩を踏み出すのにためらってしまう。彼女は仲の良い友人と遊んだり趣味の裁縫に勤しんだりといった生活を中心に送ってきていたために、それらの感情とはあまり縁がなかったのだ。

 

 

 「おーおー、ひっさしぶりやなぁ、日傘のミョンちゃん。元気しとったかー?」

 

 「あの、ヒロエ? それは私のことでよいのでしょうか」

 

 室内も室内の、むしろ建物の最奥と言ってもいいようなこの対局室でも日傘を手放さない少女が不思議そうに問いかける。明らかに洋榎の声の向きは少女に向けられていることもあって、そこに疑いはないように思われるのだが、突然つけられたニックネームに雀明華は驚いたようであった。

 

 おろおろしているように見受けられるが、眼差しだけはどこか攻撃的で、そのアンバランスさに奇妙な感じを覚える。揺杏は自分の目に見えない部分に対する感覚が優れているとはまるで思っておらず、また実際にその通りであるというのに、今日ばかりはそういったものを認めざるを得なくなっていた。彼女の中の感じ方と言葉による表現が正確に一致しているかはわからないが、揺杏はそれを心の中で風格と呼んだ。そしてそれを放つのが一人ではないのだから始末に負えない。

 

 愛宕洋榎と雀明華。かたや現在の日本の高校生世代の女子麻雀を牽引し続ける怪物のうちの一人であり、かたや未だ高校生の身分でありながら既に世界ランカーに名を連ねている正真正銘の若手のホープである。本来なら揺杏とは関わり合うことのないはずの、テレビの向こうの存在である。有珠山はもともと副将を務める可愛い後輩の姿を全国に見せつけようという甚だ奇妙な理由でインターハイに乗り込んできたのだから、揺杏の正直な気持ちとしてはこんな怪物たちを相手にするのは予定外もいいところだった。

 

 直接向けられているわけでもないのにちくちくと刺さるようなプレッシャーを揺杏が居心地悪く思っていると、その発信地に向かう姿が彼女の目に飛び込んできた。肩より少し長い程度の髪を二つに結って、それぞれ左右の房を前に持ってきて下げている。勝気な瞳をしていて、いかにも気が強そうだ。そうでなければあの中心地に突っ込んでいこうなどとは考えないだろう。揺杏は自身を比較対象に挙げて一人で納得する。

 

 「あら、二回戦で一緒だったのに寂しいじゃない? 私も混ぜてよ」

 

 「構わんで。清澄の、えーと、タケダやったっけか」

 

 「惜しいわね、竹井よ。覚えてくれてるとうれしかったんだけど」

 

 先ほどよりも明確に胃の痛くなりそうな会話だ。揺杏の後悔が深まる。誰だってそうかもしれないが、そういったものを手の届くような距離で眺めて楽しむ趣味を彼女は持っていない。いくつかの意味で自衛のために、揺杏は露骨に視線を逸らして彼女たちの会話を聞かないように努めはじめた。

 

 

―――――

 

 

 

 「天才の条件、というものをご存じでしょうか」

 

 瑞原はやりが出し抜けに口を開いた。やはりまだ中堅戦が開始される前の、ちょっとした時間のことである。おおよそこの時間は観客側からも自由な時間と認識されており、実況も解説もともに麻雀に関係する話からまったく関係ない話まで、それどころか人によっては試合が始まるまで静かにしているなどと本当に自由に扱われている。そして瑞原はやりは、明らかに話をすることに偏重している解説者として観客たちにもコンビを組むアナウンサーにも認識されていた。

 

 唐突なはやりの発言に、アナウンサーは即座に反応することができなかった。ただそうは言ってもその問いかけに対する正しい返答をするというのもなかなか難しいだろう。なにせ天才の条件を問うたのは間違いなくその括りに入るであろう人物だからだ。ある種目においてプロになるということは想像を絶する険しい道であり、更にその中で一際輝くということの意味をはやりの隣に座るアナウンサーは決して見誤ってはいない。

 

 返答に窮するアナウンサーを見たのか、はやりがもう一度口を開く。

 

 「すこし言葉が足りませんでしたね。天才であり続ける条件とでも申しましょうか」

 

 「あり続ける、ですか? 私には耳慣れないように感じるのですが」

 

 ひそめるような声で芯から不思議そうに返す。その意味合いが変わるというよりは、まるで問題そのものが変質してしまったかのような印象さえ受ける。彼女がそう感じたのも当然だろう。少なくとも彼女にとって一般的に天才とは常軌を逸した才覚の持ち主のことを指しているのだが、はやりの言葉との間にはどうもズレが存在しているらしい。

 

 「はい。これは私見なんですが、才能って磨くだけでもダメだと思うんです☆」

 

 「磨く以外に何かするべきことがあるということですか?」

 

 「んー、ちょっと違います☆ そうですね、たとえば――」

 

 そもそもの前提として才能の存在を疑っていない辺りに多少の違和感を覚えながらも、アナウンサーは話を聞く姿勢を取った。実に微妙なものを含んだ話題ではあるが、瑞原はやりのことだからその辺りの事情はもちろん理解しているだろうし何らかの意図があるのだろう。しかし意図はおろか話の方向性さえつかめないようでは相槌を打つこともままならない。だから彼女ははやりに視線を送らざるを得なくなる。高校生どころか中学生の頃から変わらないとされる童顔をふわりと綻ばせて、瑞原はやりは話を続ける。

 

 「たとえば、年齢が上がるにつれて天才と呼ばれるプレイヤーって減ってると思いませんか?」

 

 「ええ、たしかに麻雀に限らずそんな気はしますね。話題に上がる頻度が下がるというか」

 

 言われてみれば彼女にはいくらか思い当たる節があった。というのも彼女はアナウンサーという職業柄、そういった話題を集める子たちについての情報に触れる機会が多いのである。そしてその子たちは大抵の場合において一度の取材で終わってしまう。一般的なニュース番組で二度の取材を受ける子がどれほど稀な存在かということをよく知っているのだ。しかしその論法で行くと、この中堅戦においては話の終着点が無くなってしまうことに彼女は気付いていた。ある意味では仕方のないことと言えるが、彼女はテレビ局の人間としての思考で判断してしまっていたのだ。たしかに彼女の考えとはやりの発言には近いところがあるが、根本的なところで取り違えてしまっていた。

 

 相変わらず話の持っていき方に唐突なものを感じるが、いまさら言ったところでそれはどうなるという類の物事でもない。彼女の目から見て、はやりの顔つきは真面目な方にシフトしているようだった。

 

 「でもそれはある意味で当然だとはやりは思うんです☆」

 

 何かを懐かしむようで、わずかに悲しさの混じった不思議な声色だった。はやりの声からそんな要素を聞き取れた人間など果たして存在していたかどうか。隣に座るアナウンサーですら気にも留めない部分だった。

 

 「……それは、どうしてでしょうか」

 

 「種明かし、というのも妙ですが単純な話ですね。天才であることをやめてしまうんです☆」

 

 あまりに奇妙な物言いが続いたため、アナウンサーは頭を抱えそうになる。これまでの話を整理してみれば、たしかに瑞原はやりの論理はまだ成立している。しかしアナウンサーにとってその論理は自分の常識とはまったく異なる地平に打ち立てられているためにどことなく不安にさせられるのである。もし先の発言が心構えのことであるならば、才能ある者がそれに溺れることなく精進をするように心を入れ替えると読み解くこともできるが、彼女にはどうしてもそう取ることができなかった。おそらくはやりは言葉通りのことが言いたいのだろう、という確信に近い予感が彼女にはあった。

 

 「やめる、とは?」

 

 「言葉のままですね。諦めると言い換えてもいいですが」

 

 いよいよアナウンサーにとって難しい物言いとなってきた。()()()()()()()()()()()とはどのような意味合いであるのか。ニュアンスとしては自らその看板を下ろすことができると言っているようにも取れるが、どうにも彼女には受け入れがたい話であった。自身がそう呼ばれるほどの才覚を持ち合わせていないことを原因とするのか、そうあることを放棄するということを理解できなかったし、また可能だとも思えなかった。

 

 再び視線をはやりへ向ける。彼女の話の目指すところがどこなのかが未だにわからない。話題を選んだ理由までは理解できるが、そこから一歩先に進めない。アナウンサーからすればいつもの通りの展開で、なんだかむなしくなってくる。それでもそんな表情は露とも見せずに彼女ははやりの次の言葉を待った。

 

 「すごい子たちって周囲からとっても期待されますよね?」

 

 答えの決まりきっているような問いかけにアナウンサーは素直に首肯した。

 

 「じゃあ、期待に応えるって具体的にどういうことだと思いますか?」

 

 「え、それは勝つことだとか、結果を出すことでしょうか」

 

 我が意を得たり、とはやりの笑顔が深まる。油断していると同性でもどきりとしてしまいそうになるほどに磨き抜かれた表情だ。真面目な雰囲気は崩さないままに、わずかに楽しそうな色を混ぜて、解説者はアナウンサーの返事を受けて言葉を返す。

 

 「その通りです☆ でも期待に応え続けるというのは現実的ではないと思いませんか?」

 

 「もちろんそうですが、それは……」

 

 「でも周囲の人も一回負けたくらいじゃ期待をかけることをやめませんよね☆」

 

 その通りだとアナウンサーは思った。一度の敗北でそれが否定されてしまうのであれば、現実にヒーローやスーパースターは存在しないことになる。だが彼女の生きるこの世界には、麻雀に限らず実に様々な分野にそういった人々が存在している。それは規模の大小にかかわらず、きわめて重要なことに思われた。

 

 「でも残念なことに、多くの子は負けてもなお期待され続けることに疲れちゃうんですよね」

 

 「ですから天才であることをやめてしまう、と?」

 

 「はい。なのでそれらのことに耐えられる精神的なタフさがとても大事だなって思うんです☆」

 

 「それが瑞原プロの仰る条件、ですか」

 

 もちろんこれははやりの持論ですよ、という注釈を抜け目なく付け加えて彼女はそれを認めた。瑞原はやりにしてはひどく乱暴な論理に聞こえるが、それを口にするだけの確信めいたものがあるのだろう。彼女ほどの立場になれば発言のひとつひとつに責任が伴う。

 

 はやりの言っていることはどこまでも酷に響くかもしれないし、あるいは応援と取れるかもしれない。はっきりと言えるのは、彼女がそういった世界に身を置いて久しく、そして今なお第一線で闘い続けているという事実である。同世代の数多くの才能と、それが枯れてゆく様を見てきただろうことは想像に難くない。最後に明るい調子ではやりは付け加えた。

 

 「それだけに、この世代でなおそう呼ばれている選手はスゴいんですよ☆」

 

 「……愛宕洋榎選手と雀明華選手、ですか」

 

 「白糸台の宮永選手の影に隠れてしまっていますが、それこそ皆さんの想像以上に☆」

 

 

―――――

 

 

 

 中堅戦が始まる直前のわずかな時間のはやりの話を聞いているときには、誰もここまでの結果を想定してはいなかっただろう。いかにトッププロが讃えた素質とはいえ、それを如何なく発揮できるとは限らないからだ。もっと言うならば、そういった前評判の選手が奮わなかったシーンなど、観客たちは今大会に限らずいくらでも見てきている。だが観客席の巨大スクリーンに映るその結果は、それを観ている全員を黙らせるのに十分なものだった。付け加えるならば、対局終了から一分ほどは解説席でさえも言葉を失っていた。会場にどれほど強烈なインパクトを残したかを語るには、これ以上の表現は見当たらないだろう。

 

 ただ一人だけが毅然として席から立ち、他の三人は座ったまま未だに卓上から視線を離すことができていない。それはまるで目の前で起きた出来事が信じられないと言わんばかりの表情だった。決して立っている選手だけがひとり和了り続けたわけではない。それは間違いなく麻雀のルールに則った和了ったり和了られたりを繰り返して決着のついたものであった。もちろんこのインターハイという場で一人浮きを達成した選手に運が向いていたことは事実ではあるが、時間をかけて牌譜を検討してみれば、それ以上に彼女の巧さが際立った対戦だったことがはっきりとわかる。彼女は自分だけを例外として、二半荘を通して他家には三翻以上の和了を許していなかったのだ。

 

 

 「なァ、ミョンちゃん。高みの見物はええけど、おもんない打ち方はあかんで」

 

 明華に対して顔を近づけて、不機嫌そうな声でぼそりと洋榎が呟く。彼女が不機嫌な理由は誰にでも推測のつくものだが、それを理由として実際に機嫌を悪くする人などほとんどいないだろう。しかしこれこそが愛宕洋榎を形成する大きな要素のひとつなのである。そういった意味で、やはり彼女は普通のプレイヤーとは一線を画した領域に棲んでいると言わざるを得まい。

 

 ゆっくりと明華が顔の向きを変えて洋榎に向き直る。対局終了直後の呆然とした表情からは立ち直ってはいるものの、その衝撃はまだ抜けきってはいないようだった。

 

 「……とんだタヌキですね、ヒロエ。合宿の時とまるで違うではないですか」

 

 「そらそやろ。練習と本番はちゃうもんやし」

 

 返って来た言葉が気に入ったのか、すこしだけ表情を柔らかくして洋榎が応じる。それを見て、明華はため息をついた。姫松のエースの底の知れなさがこの瞬間に感じ取れたのかもしれないし、この小さな島国にどれだけ怪物がいるのかと考えてしまったのかもしれない。明華はひとり悟られないように考える。この国の気候風土は麻雀と合っているのだろうか、一つの世代にこれほどの才能がいくつも存在していることを考えればあの小鍛治健夜の出身国というのも頷ける話だ。

 

 寒気を覚えるような闘牌を見せつけておいて、なおも余裕があるような素振りは、果たしてまだ引き出しがあることを示しているのか、それともやせ我慢であって本当は死力を尽くしていたことの裏返しなのかの判別はつかない。いずれにせよそんなプレイヤーを封じ込めるのは生半可なことではないし、実際にできた者もいなかったのだからどうしようもない。そういった意味で明華に負い目はなかった。ただ先々のことを考えて、仮に洋榎がまだ余裕を持って打っていた場合は彼女にとって、ひいては明華のチームに少々懸案事項が増えるだけのことである。

 

 

―――――

 

 

 

 聞こえよがしにため息をつく少女が一人。それも心底イヤそうにするものだから、彼女にとって憂慮するべき事態が発生したのだと思われる。小さな背を思い切りソファに預けて、だだをこねるように足をばたばたさせている。動作も相まって見た目は完全に子供でしかなかった。ゴールデンウイークの合宿での拳児との犯罪的な組み合わせが懐かしい。彼女が年齢的には高校生だと言われたら驚く人の方が多いだろう。あまりの自己主張に根負けしたのか、気だるげにアレクサンドラが声をかける。

 

 「どうしたの、ネリー」

 

 ネリーの前の机に置いてある紙コップの中の炭酸飲料がわずかに波打つ。しばらく手をつけられていなかったようで、紙コップは汗をかいているし、その中身は氷が溶けはじめて表面の辺りに透明な層ができている。このぶんだとすっかり炭酸も抜けきってしまっているだろう。これでは味の薄まったただの甘い液体である。たいていの場合は誰も見向きもしない、処理に困る代物だ。

 

 「んー、キョーコにネリーのやり方見せることになっちゃうな、って」

 

 「決勝行くだけナラ別に必要ないでショウ? 私タチは未だにトップなわけでスシ」

 

 留学生の中で最も日本生活が長いのに、まだ日本語のイントネーションに慣れていないダヴァンが承ける。あるいはわざとやっているのかもしれない。少なくとも現在は彼女が日常会話で意味を理解できずに尋ねるようなシーンを見たことのある部員はいない。そのダヴァンがきょとんとしたような顔で疑問を口にする。彼女の疑問もまっとうなものだろう。いかに愛宕洋榎が大暴れしたとは言っても、それは六万点もの差をひっくり返すほどの革命的なものではなかったのだから。そもそもネリーが出るのは大将戦であり、出番まではもうワンクッションを挟まなければならない。

 

 「このままだとスポンサーがお金出してくれなくなるよ、強いところ見せなきゃダメだよ」

 

 ネリー・ヴィルサラーゼはグルジアの出身で、見た目にそぐわず現実的な思考というか、金銭に対して非常にシビアな側面を持っている。そこには何らかの事情が絡んでいるのかもしれないし、まったくそんなことは関係がないのかもしれない。しかしそんなことはチームとしての臨海女子にとってはどうでもいいことで、彼女が普段からお金お金と騒いでも誰もそんなことは気にしない。だからネリーが先の発言をしたことも、彼女たちにとっては別段おかしなことではないのである。

 

 その声は天真爛漫で、どこまでも純粋そうなものに聞こえる。反面その疑うことを知らぬとでも言いたげな声は、どこか冷ややかさを持ち合わせてもいた。それは態度としての温度が低いのではなく、縋れるものの少なさからくるものであった。たとえるならあまりにも透き通った水晶から受ける印象とでも言えばいいだろうか、透明すぎるのである。

 

 「サトハがいるってだけで十分その証明になってるとおもいますけドネ……」

 

 「だめ。もっとだよ。ハオもミョンファも悪くないのはわかってるけど、あれじゃだめなの」

 

 ぶんぶんと首を振ってダヴァンの発言をネリーは否定する。たしかに企業側から見れば援助するに値するだけのものを見せなければスポンサーが離れていくのは道理である。だがそれは大人側の事情であって、選手側が気にするべき問題ではないのは自明だろう。それでも必死に食い下がるその様子は、臨海女子でなければ異様にさえ映ったはずだ。

 

 「向こう十年くらいは援助し続けたくなるくらいに徹底的に行かなきゃ」

 

 彼女の声色に冗談の要素はどこにもない。仲間たちも言い出したら聞かないことくらいは熟知している。おそらく二回戦で他校を圧倒したことも影響しているのだろう、アレクサンドラが止めたところでネリーは力を見せようとするに違いない。さすがに全力を見せつけるような真似はしないだろうが。いくら子供っぽいところがあるからといって分別がないわけではなく、優勝することこそがスポンサーに対する最大のアピールになることくらいは百も承知しているのだ。彼女が主張しているのは、その過程を華々しく飾ろうというだけのことである。

 

 だがそれを達成するには前述の通り、末原恭子にネリー自身の異能を見せることになる。彼女がどれだけの評価を恭子に対して与えているのかはわからないが、少なくとも二試合を戦いたくないとまでは考えているらしい。ネリーにとってはスポンサーを満足させることと恭子に異能を見せないことはほとんど同じくらいに重要であるようだ。なんとも不思議な価値基準だと言わざるを得ないが、人の価値観に口出しはできない。当然だがネリーも自身の実力には自信を持っている。一度くらい異能を見せたところで負けるとは考えていないし、何よりその程度の打ち手ならば臨海女子のレギュラーの座を勝ち取ることはできていないはずである。彼女が口をとがらせているのはせいぜいがちょっとした有利不利のレベルの話であって、現時点でそんな文句を言えるだけの余裕を持っていることは理解しておくべきだろう。

 

 

 郝と明華は悪くないとしておきながら、ネリーは大将戦に出る自分についてしか言及していない。言い方を変えるなら、ダヴァンに対してエールを送っていないのだ。彼女の先ほどの発言から考えれば、評価に響くから頑張ってよ、くらいのことは言ってもおかしくはない。この事実に対してあり得る可能性をひとつずつ挙げて潰していけば、やがて最後にひとつだけ残るだろう。ネリーの目から見て、仮に準決勝で全力を尽くさないにしても、メガン・ダヴァンが負けることなどあり得ないのだ。

 

 がちゃり、とドアの開く音がして、明華がしょぼくれた顔で控室へと帰って来た。もちろん彼女自身はその結果に満足しているわけがないだろうが、それでも同じチームの仲間たちは温かく迎え入れた。別に全てのポジションで勝たなければならないというわけでもないし、相手が悪かったというのもある。つまるところ臨海女子の優勝への道が完璧ではなくなった程度のことであって、取り立てて騒ぐほどのことではない。結局のところ彼女たちの優位は、まだ崩れるどうこうの話をする段階にさえ来ていなかった。

 

 

 

 

 

 

 




色々気になる方のためのカンタン点数推移


          中堅戦開始    後半戦開始    中堅戦終了

愛宕 洋榎  →   八四四〇〇 → 一〇七三〇〇 → 一二七八〇〇

雀  明華  →  一四二五〇〇 → 一三五二〇〇 → 一三六二〇〇

竹井 久   →   九一四〇〇 →  八六九〇〇 →  七三〇〇〇

岩舘 揺杏  →   八一七〇〇 →  七〇六〇〇 →  六三〇〇〇

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