姫松高校麻雀部監督代行播磨拳児   作:箱女

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33 燭火

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 世の中に女子高校生は数多くあれど、辻垣内智葉ほど “立って待つ” という仕草に親和性を持つ女子高校生もないだろう。顎をすこし引いて腕を組んでいるその立ち姿は、まるで絵巻の一場面のようでさえあった。これでもし彼女が制服でなく和装姿であったりすれば、ここがインターハイの会場であることに誰も気付けなかったに違いない。

 

 前年におけるインターハイ個人戦第三位。新世代の怪物を相手にして、もちろん彼女自身もそう呼ばれるだけの実力は有している、見事に戦い抜いた傑物であることも注目を集める大きな理由の一つだろう。この世代に圧倒的に君臨する()()()()を打ち倒す最右翼としての期待を背負う身でもあるのだ。彼女たちは好むと好まざるとに関わらず、どれだけ否定したところで宮永照という名から逃れることはできない。それはほとんど重力のように誰も彼もにまとわりついて縛り付けるものですらあった。辻垣内智葉は、それを断ち切ることが可能と目される数少ないひとりである。

 

 

 対局室へとつながる重たい扉を押し開けて、漫がはじめに目にしたのは卓でも他の何でもない、智葉がただ立って待ち構えているその姿であった。卓上を照らすためのはずの照明が、どうしてか彼女のためのもののように見えてしまって漫は一度だけ首を横に振る。呑まれてはいけない。漫の脳裏にしっかりと焼き付けられているあの日本刀のような妖しい美しさは、影をひそめるどころかより鋭さを増してそこに在った。

 

 漫の心境も複雑と言えば複雑ではあった。彼女のここ最近の心理面に付随した技術的な急成長は合宿で智葉と卓を囲んだことに起因しており、漫自身もまたその自覚を持っている。まさか勝てるなどと大言を吐くつもりはないが、それでも対戦するのに多少の気後れを感じるくらいには智葉に対して親しみを抱いていることもあって、心の準備をする必要があるのもまた事実であった。

 

 「辻垣内さん、お久しぶりです」

 

 声をかけられた智葉は軽く顔だけ漫の方へと向けて、浅く笑んでから体ごと向き直った。

 

 「上重か、息災だったか?」

 

 「え? あ、その……、はは」

 

 まるで耳慣れない言葉は体の中で弾んでは遠くへ行ってしまうような感じがして、正しい返事の仕方などわからないままに漫は笑ってごまかした。思い返せば合宿では恭子といちばん話が合っていたような気もする。ならば漫が知らないような言葉を日常的に使っていたとしても何の不思議もない。なんとなくこのままでは居心地が悪くなるような気がしたので、漫はまた自分から話を振ってみることにした。

 

 「できればぶつかるのは決勝までとっときたかったんですけどね」

 

 「なに、準決勝ともなればどこもそうは変わらないだろう」

 

 智葉の言葉から受けるこの感覚を漫はよく知っている。麻雀における強者は基本的に油断をしない。だからこそそこに隙などなく、強者は強者であり続ける。漫も麻雀に触れて久しく、なおかつ自身の特性も相まって継続的に強さを発揮することの困難さは理解している。そこには明確な線が一本引かれており、その線を踏み越えられるかどうかがある一つの宿命的な評価項目を決定している。目の前の丸メガネの女性はその向こう側の住人だ。もう少し突っ込んだ言い方をするならば、漫がいずれ乗り越えていかなければならない相手である。

 

 智葉と漫とを比べればどちらが格上かは明白だが、半荘の一回や二回程度であれば紛れが生じる可能性はある。誰であっても勝ち続けるということは不可能であり、漫が考え得る最高のかたちで次鋒にバトンを渡そうとするならばその幸運を願うしかない。彼女にしてはひどく後ろ向きな考えに思われるかもしれないが、それほどに彼我の実力差は開いているのだ。

 

 そうしてほんの少しの言葉のない時間が流れると、同時に二つの観音開きの扉が開いた。姿を見せたのは漫からすれば二度目の対戦になる清澄高校の片岡優希と、初顔合わせになる有珠山高校の本内成香であった。威勢よく歩いてくる片岡とは対照的に、本内はどこか緊張したような面持ちをしていた。この準決勝の場においてどちらが反応として普通かと聞かれれば後者が圧倒的多数だろうが、振る舞いとしては前者が正しいだろう。そういった意味ではやはりこの片岡という少女は大物なのかもしれない。漫がそんなことを考えているうちに彼女たちは卓へとたどり着いて、席決めの運びとなった。

 

 

 当たり前のように片岡が起家を引き、漫が南家、智葉が西家、本内が北家の順に席に着く。ここはインターハイの、それも準決勝の場の先鋒戦であるのだから、本来であれば誰に対しても注意や警戒を払うべき状況である。しかし西家に座るただひとりの少女の存在が、漫だけでなく他二名にも均等に注意を払うことを許さなかった。彼女は特別に気合を入れているわけではない。手を膝の上に置いて、いつものように集中を高めて牌がせり上がってくるのをただ待っているだけだ。漫が以前打った合宿の時とはまた違う完全な戦闘モードの辻垣内智葉は、同卓する三人にとって途方もなく高い壁に感じられた。

 

 牌の山がせり上がり、賽を回すボタンが押される。からからと乾いた音が鳴って、崩す山が決定される。賽の目に従って配牌を揃えれば、もう対局が始まる。始まりの合図は片岡の打牌だ。

 

 

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 漫はこの卓ではおいそれと前に出ることはできない。それは恭子から言い含められていたことでもあったし、また漫が事前対策を聞く前に自力でたどり着いた結論でもあった。チームとして後ろにキープレイヤーを置いている有珠山の本内はそこまで怖い存在ではないが、東場における片岡の脅威を漫は忘れたわけではないし、それ以上にこの卓には智葉がいる。少しでも油断すれば斬って落とされる。麻雀という競技においてそれはあり得ないことだと断ずる人もあるかもしれないが、彼女と卓を囲めばその言葉の意味を理解するだろう。偶然の領域にさえ立ち入る高みがあることを知るだろう。

 

 立ち上がりは他の団体戦の例に漏れずに静かなものであった。基本的にその大前提は崩れない。早い段階で鳴きを決めるような手が来ることはそれほど多くないし、初手からリーチなど以ての外だろう。漫はそういった、いわば常識的な安心感とともに手を進めようとする。配牌は決して悪くない。打点は足りないがそれなりに早そうな手ではある。他家の手の具合にもよるが、これならば自身が先手を取ってもおかしくないと漫は考えていた。

 

 まだ誰も攻撃的な気配を見せない三巡目、漫は自摸ってきた白が欲しいところではなかったためそのまま捨てる。次いで智葉が八筒、本内が六萬を捨てたところで動きがあった。片岡がその六萬を鳴いたのである。事前の情報どころか二回戦での対戦も踏まえて片岡は鳴かない、と思い込んでいた漫の衝撃は大きかった。実用レベルで戦術の幅が広がることの意味を、漫は体感的に理解している。東場に限定されるとはいえ、もし彼女のあの火力に速度が加わるとすれば、その脅威はハネ上がる。少なくともいつもの漫では手に負えないことは間違いない。漫は内心で舌打ちをして攫われていく六萬を見送った。

 

 ただ一つの鳴きがその局に与える影響は軽視できるものではない。もちろん論理で言えば鳴きはおろか和了であっても局に影響を及ぼすことなどあり得ない話ではある。しかし、そこには確実に論理に収まりきらないものが存在している。鳴きの意図がきれいに通った場合の、鳴いた側と他家の精神状況を考えれば多少はイメージがしやすいだろう。精神的優位を手に入れることは競技としての麻雀において極めて重要な要素であり、たった一つの鳴きがそれを左右することなど珍しくもなんともない。したがって、この鳴きに対する警戒は自然と強くならざるを得ないのだ。東一局の最初の鳴きであることと、精神状態が打ち筋に強く影響するだろう片岡がその主体であるからだ。

 

 面こそ食らったものの、()()自分が取るべき対応を漫はしっかりと理解していた。資料と実際に卓を囲んだ経験から、片岡はまっすぐに勝利へと向かうスタイルであることがはっきりしている。東場は強く、南場は弱いという特質を自身でも把握しているのだろう、彼女は南場になると守り一辺倒の戦い方になる。良くも悪くも片岡優希というプレイヤーはわかりやすく、その彼女が東場で鳴いたということは攻めに出たということに他ならない。であれば勝負ができそうな手が来ていない限り、漫は振り込まないことを最優先で考えればよい。

 

 そこから一巡回って五巡目、片岡が自摸牌を手に収めて手出しで牌を捨てる。これまでの傾向と鳴きを加えたという要素を合わせて考えれば、そろそろ聴牌にたどり着いていてもおかしくはない。なんとも厄介な相手だな、と何度も思ってきたことをまた頭に浮かべたその時だった。抑えのきいた、しかし芯の通った声が空気を切り裂いた。

 

 「……ロン。5200だ」

 

 誰もが意識をそちらへ向けてはいなかった。なぜならそこに何の気配もしなかったからだ。ばらばらと倒されて開けられた手は明らかに出来上がっているのに、そこへと向かう途中で誰も彼女の仕上がりに気付けなかった。決して油断があったわけではない。なぜならば辻垣内智葉はこの卓における絶対的な強者であり、その彼女に対して注意を払わないことは自殺行為に近いとさえ言えるからだ。ただ、そのレベルの警戒を受けてなお何も悟らせなかったという現実がそこにはあって、それは正しく次元の違いを見せつける和了であった。

 

 東一局で得られた情報は決して少なくない。清澄の片岡が鳴きを使って攻撃にバリエーションを持たせるようになったことと、辻垣内智葉がそれに素の速力でついていけるということがそれである。もちろん全ての局でそんな芸当ができるわけでもないのだろうが、東一局の、それも二回戦で姫松を抑えて一位通過した清澄の選手の得意戦法を真正面から潰すという流れのインパクトは壮絶なものがあった。人によってはこれだけで格付けが済んでしまったと思いかねない。ただ、そこに漫は小さな疑問を感じ取った。短いとはいえ合宿でともに生活した経験のある漫からすると、“潰す” という行為がどうにも智葉と重ならない。結果としてこうなった可能性も否定はできないが、彼女が格付けを印象づけるような打ち方をするとは漫には思えなかった。

 

 ( 清澄が怖いんかな? ……片岡さんは弱点がはっきりしてるのに? )

 

 漫のこの疑問は出発点としては間違っていなかった。ただ、まだ彼女には頼れる先輩たちがいる上に、その疑問を推し進めるための経験が足りていなかった。それらの事情も相まって、その一歩先までたどり着くことができなかったのである。しかしこの疑問自体を持つことができたのは実際にいま卓を囲んでいる漫だけだったため、智葉の和了の意図を理解できている者は臨海女子の面々を除いて存在していなかった。

 

 

 せっかくの親番だというのに、漫の手はそれほど良いとは言えないものだった。同じ卓に東場の片岡と智葉がいることを考えると悪いとすら言える。無理に攻めれば餌食にされる。和了れないのも痛いが、直撃を食らうのはもっと痛い。漫はまた静かに機を窺うことに決めた。とりあえずは先ほどの局よりも智葉に対する警戒を強めて打ち進めるのが重要だ。たとえどれだけ早い巡目であっても聴牌気配がまるで読み取れないようでは話にならない可能性がある。最悪でも準決勝の間には “勝負” のフィールドまで上がらなければ先が辛い。漫の判断は、奇しくも姫松の控室の意見とまったく同じであった。

 

 さすがに鳴きを混ぜた片岡ほどの速度を常に出すのは無理ということなのか、東二局では片岡が満貫を自摸和了ってみせた。やはり東場においてはこの少女の力は尋常ではなく、それこそ智葉に通じるというただその一点だけで評価に値することであった。

 

 和了っても和了られても、智葉の持つ静謐な雰囲気はわずかにも揺らがなかった。決して彼女は誰かに対して攻撃的な意識を向けていない。だがその静謐さの向こうには何かを予感させるものがあった。薄いカーテンの向こうから、何かは判然としないが、何かが飛び出してくるような無言の圧力があった。その佇まいに思わず漫は身震いしそうになる。膝の上に置いた手を強く握ることで、漫はそれをなんとか堪えた。

 

 続く東三局も片岡が仕掛ける。麻雀における速さとは究極的な意味では最強の要素であり、そこに明確な勝機を見出せるのならば注力するのは当然だとさえ言える。とくに片岡からすれば稼ぐポイントであった親を流されたこともあって、とにかく先手を取りたいに違いない。もちろん彼女がそう考えているだろうことは誰もが理解している。だからといって取れる対策があるわけではないのが速度の本来の恐ろしいところである。そのはずなのだが、ことこの卓に至っては事情が違う。何度でも繰り返そう。彼女が卓に着くということはそういうことなのだ。

 

 

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 設置されているカメラの位置の関係上、解説席は解説を務めるプロと実況のアナウンサー以外は壁とスポンサーのロゴくらいしか映らない。本来であれば解説席そのものを映す必要はないのだが、そこはさすがトッププロと言うべきか、ファンの根強い要望によってそれが実現されている。そのため時折、観客席の巨大スクリーンにそのときの解説と実況が大々的に映し出されるのだが、その図はなかなかに壮観である。実際には画面を四分割してそれぞれの選手の手元をスクリーンに映すこともできるのだが、分割するとそれぞれのスペースが狭くなるのと同時に情報量が増えすぎて混乱してしまうという弊害がある。これは麻雀の熟練者であればそうそう問題にはならないが、観客もそういった人ばかりではない。したがってほとんどの場合、観客席のスクリーンには解説が選んだ誰か一人の手元か、あるいは河の様子がわかるよう卓上を映すのが主流となっている。ちなみに解説席には全選手の手元と卓上全体とを映した都合五つものモニタが設置されている。

 

 「はやや、今のは大きな一撃ですね」

 

 Bブロックの準決勝の解説を務める瑞原はやりが、普段とは少しだけ声のトーンを変えて東三局の感想を口にする。実況のアナウンサーは彼女の言葉に反応した。もちろんこの解説を聞いている人向けの丁寧な方向付けという側面が強い。当然のことだが解説席の音声は対局室には入らない。だからこそトッププロたちは思い切り打牌の意図などの説明ができるのである。

 

 「大きな、とはどういうことでしょうか。点数そのものはそれほど大きくありませんでしたが」

 

 「実はですね、今の和了には点数以上の価値があるんです☆」

 

 今はスクリーンにはやりの姿は映ってはいないが、人差し指を立てて話をしているだろうことが多くの人の頭に浮かんだ。それほど彼女はテレビによく出演するし、またそういった教授する立場にいることが多い。

 

 「清澄高校はなんと今年初めて予選に出場してそのまま準決勝まで勝ち上がってきています☆」

 

 「瑞原プロ? いま和了ったのは臨海女子の選手では?」

 

 アナウンサーもはやりとコンビを組んでそれなりに経つが、話の組み立てについていけないことがよくある。初めから話の全体像が出来上がってしまっているのだ。そのため多くの実況と解説で見られるような、実況による質問に答える形式での解説は期待できない。そのかわり、その解説の完成度は他に見られるものではない。ただ彼女の解説の出来がどれだけ素晴らしかろうと、それは解説書を読むのに近い完成度なのである。ある程度話を進めて、そこから前に戻ると意図がすっと通るような構造をしているのだ。それを話を聞くだけで理解できる人間などほとんど存在しない。はやりとコンビを組む以上、一般人としての理解力を以て疑問を投げていかないとならない。そうしなければ話についてこられる観客がいなくなってしまうからだ。

 

 まったく頭が良すぎる人間というのも困りものだ、とこの場以外では体験したことのない感情を一撫でしてアナウンサーは話の続きを聞くことにした。

 

 「そうですね☆ でもだからこそ今は清澄の片岡選手のお話をしないとダメなんです」

 

 「と言いますと?」

 

 「先程言ったこともありまして、清澄の選手の情報は極端に少ないのですが」

 

 「……インターハイ予選に出るのさえ初めてだとおっしゃってましたね」

 

 はやりはにっこりと頷いて、ひとつ息を吸った。

 

 「その少ないデータの中で、片岡選手は東場に自信を持つプレイヤーというのが見て取れます」

 

 アナウンサーはまだ彼女の言わんとするところが掴めていない。たしかに事前にもらった資料によれば片岡が東場を得意としていることは理解できる。しかし、それと辻垣内智葉の和了とがどう繋がるのかがわからない。もし彼女が麻雀に覚えのある人間であれば気付けたのかもしれないが、あいにくとそういった人生を送ってきていない。ここは余計な口を挟まずに視線で続きを促そうとアナウンサーは判断した。

 

 「これまでの東場を平均すれば七巡目には和了ってますし、打点もかなりのものです☆」

 

 まるで淀みなく言葉が流れていく。声量も発音もきちんとマイクの向こう側を意識したものだ。ともすればただの観客になってしまいそうになるのをアナウンサーは必死で堪える。

 

 「そこで大事なのがですね、実は彼女、これまでほとんど鳴きを使ったデータがないんです」

 

 「ということは、鳴かずにその速さで和了してきたということですか?」

 

 「はい。でも片岡選手はこの準決勝では鳴いてますし、それだけ速度も増しています」

 

 ここまで説明を受けて、やっとアナウンサーは彼女の言いたいことを理解した。片岡からすれば全力に等しい速度を当たり前のように対応されたことになる。もちろんそれが意味していることに当事者たちは気付いているだろうが、外から見ている観客からすればなかなか気付けない。ただの “和了った” “和了られた” がまったく違った意味を持つ。それは戦意をチップにしたパワーゲームであり、その見地で先手を打つということがどれほど大きいことなのかは、現実に卓についている選手たちにしかわからない。

 

 「すると和了れなかった片岡選手はそのぶん辛いですね」

 

 「まさにそうなんですが、実はそれだけではないんです☆」

 

 まだ何かあるのか、とアナウンサーは顔には出さずに驚嘆した。瑞原はやりは今の東三局が終わった直後から話を始めているから特別な思考時間などないはずである。やはり頭脳スポーツにおけるトッププロとは常識の外の人種であり、またそのレベルでないと解説が務まらないこのインターハイという大会の凄まじさを彼女はあらためて実感した。

 

 「おそらくどの高校も他校の選手については調査を進めていると思われます☆ 準決勝ですし」

 

 「そうですね、事前の調査は大事と聞きます」

 

 「ということは片岡選手の強みも当然理解しているはずなんです。東場に強い、って」

 

 そこまで言うと、はやりはまた一つ笑んでこれはすごいことですよ、と前置きを入れた。

 

 

 「辻垣内選手は彼女より先に和了ることで間接的に姫松と有珠山にもダメージを与えたんです」

 

 

―――――

 

 

 

 もし瑞原はやりの言うことがそのまま的を射ているのだとしたら、智葉の次に取る行動など限られる。そして実際問題として、智葉に彼女の言う意図があるのは事実であった。準決勝に勝ち進んだチームが弱いはずがないのは自明のことであり、それらに対して辻垣内智葉という選手が油断をするかと問われればそれは否である。また団体戦であるということも考慮すれば、後ろのメンバーが戦いやすいように少しでも他チームの戦意を削いでおくのは常道と言えるだろう。もし仮に今の和了で清澄ならびに他二校の戦意をわずかなりとも削ぐことができたのであれば、智葉のするべきことはただひとつ。その綻びから更にダメージを与えることだ。

 

 智葉の雰囲気が、滲むように変化していく。姿勢も目つきも変わったわけではないのに、彼女の内部で何かが変わったことが視覚以外の感覚を通して伝わってくる。幸いと言えるかどうかは判断が難しいところだが、漫は絶望的なプレッシャーならば既に二回戦で味わっている。そのおかげで雰囲気だけで精神的に後退するような事態には陥らずに済んだ。いや、それどころか漫の気分はどこか高揚さえしてしていた。

 

 彼女自身の意識にはっきりと浮かんでいたわけではないが、間違いなく世代を代表する選手に、漫は姫松の主将の姿を重ねていた。自身が変われたと思った合宿後でさえ、たったの一度しか勝てなかった天才の面影を見ていた。彼女は誰に言われるでもなく、その二人を超えなければならないことを理解している。それが今日なのか遠い未来なのか、あるいはその日が永遠に来ないのかはわからないが、それは上重漫をかたちづくる重要な要素のひとつであることに違いはない。ばち、と何かが弾ける音が聞こえた気がした。

 

 ホール全体を熱波のようなプレッシャーが駆け抜ける。それはプロアマを問わず一定以上の実力者であれば誰もがそちらを意識せざるを得なくなるほどのものだった。その中心は対局室であり、更に言うならばそれは()()()()()()()()()、姫松の先鋒である上重漫から放たれるものであった。

 

 

 

 

 

 

 




色々気になる方のためのカンタン点数推移


        先鋒戦開始   東三局一本場前

片岡 優希  → 一〇〇〇〇〇 → 一〇一五〇〇

上重 漫   → 一〇〇〇〇〇 →  九四七〇〇

辻垣内 智葉 → 一〇〇〇〇〇 → 一〇七一〇〇

本内 成香  → 一〇〇〇〇〇 →  九六七〇〇

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