姫松高校麻雀部監督代行播磨拳児   作:箱女

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本作の方針についての活動報告があるのでお目通しいただければなあと思います


28 二回戦⑥

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 控室に戻るなり大粒の涙を零して謝り倒す絹恵の肩を、やさしく二回だけ叩いて恭子はその場を辞した。あとのことは残りのメンバーに任せておいて問題ないだろうとわかっていたからだ。誰も絹恵を責めないことを逆に本人は辛く感じるかもしれないが、そこは播磨拳児がどうにかするはずだ。おそらく力任せの強引な励ましや説得なのだろうが、意外とこれが効くのだから面白い。

 

 中堅戦で稼いだリードを削られてしまったのは事実だったが、恭子はそこまで深刻な事態だとは捉えていなかった。ここは全国大会の場だ。主将である愛宕洋榎が団体戦で惨敗する以外のことは何が起きてもおかしくはない。それは姫松にとって良いことの場合もあるだろうし、悪いことの場合も当然あり得る。そう考えていた恭子からすれば、現在の状況は想定の範囲内も範囲内、ベストとは言えないだけでどちらかといえば状況は良いものでさえある。トップに立っていることは誰がどう言おうと間違いなくアドバンテージなのだから。

 

 

 早めに着いたと思った対局室には既に宮守の姉帯豊音、永水女子の石戸霞が立って待っていた。席順を決めてから座るのがマナーであるため、それは当たり前のことなのだが、恭子はもはや少女と形容しては失礼にあたるだろう巫女の装束に身を包んだ女性と、真夏の大会だというのに冬服のブレザー姿にキャベリンを被ったその二人の立ち姿を視認したときにたじろいでしまった。決して実力の差を感じてなどというわけではない。

 

 ( 二通りの意味でデカいな……。巨人とおっぱいお化けってなんやこれ…… )

 

 控えめに見ても拳児よりも背の高い高三女子と、今までの人生で見たなかで一番豊かな胸をした高三女子のインパクトは恭子の顔を引きつらせるのには十分なものを持っていた。その辺りのことはまるで麻雀には関係がないが、恭子は奇妙な心労を覚えた。恭子はとりあえず挨拶だけはして、残る清澄の大将を待つことに決めた。

 

 ほんのわずかな言葉を交わした印象ではどちらも緊張はしていないようだった。名門の名と初戦を勝ち抜いた実績は伊達ではないということなのだろう。もともと舐めてかかるつもりもないが、より気を引き締めて卓を囲まなければならないことを恭子は悟った。彼女からすればいつだって相手に不足はないのだから、いつも通りと言えばいつも通りなのかもしれない。

 

 さほど時間を待たずに最後の扉が音もなく開いた。拳児の言った通りに姉帯と石戸がまだ全力を見せていないとしても、それでもなお恭子がもっとも警戒するべきだと考える少女が姿を見せる。先の二人と違って目立った特徴のない、それこそ人ごみに埋もれてしまいそうな容姿をした清澄の大将。昨年のインターハイの団体戦MVPをかっ攫っていった天江衣を擁する龍門渕を、長野予選で下した原動力。熱心な麻雀ファンからすれば、拳児が姫松の監督代行に就任したことよりも大きな事件であるとさえ言える出来事だった。彼女の名は宮永咲。その名前は、やはりある一人を強烈に連想させるものだった。

 

 

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 ( ……オリやと逃げ切れそうにないからな、先手打とか )

 

 恭子が卓上の四枚の牌から選び取ったのは南だった。上家に永水の石戸、下家には宮守の姉帯、対面には清澄の宮永といった具合である。洗牌されて山がせり上がり、賽の目にしたがってそれを四人が崩していく。先の副将戦の役満自摸のおかげで得点状況はある程度まで平らになっていた。それの指すところの意味は、半荘が二つもあればどの高校が抜け出してもおかしくないというものである。ルールの上では二位までが準決勝進出となるが、そこに入ることの困難さを恭子は理解していた。

 

 ざっと牌を揃えて手早く理牌を行う。現時点で恭子が欲しい手は軽くて早い手である。もちろん打点が高ければそれに越したことはないが、それより優先するべきなのは他家に和了らせないことだった。細かく刻もうが親の連荘で回数を重ねればそれは十分な武器になる。手始めに東一局をさっさと和了って親番を持ってきたいというのが恭子の考えであった。

 

 配牌はちょうど恭子の求めていた軽い感じの手であった。白を鳴くタイミング次第では警戒されることなく和了れるだろう。あとは手広く構えてドラが絡めば御の字といったところだ。だが逆にどの場合でも恭子は他家を警戒し続けなければならない。拳児の言う “本気を出してない状態” は本来持っている異能を行使していない場合も含まれている。そこの判別が彼にはついていないだけであって、実際には言うほど拳児は異能と無縁ではなかったりする。しかし異能という観点を持つことができないのだから、結局は無縁ということになるのかもしれない。仮に石戸と姉帯の二人が異能を隠し持っていた場合、何が起きるかはそれこそわかったものではないため、恭子は常に気を張っていなければならないのだ。彼女自身の言を借りるなら、凡人には凡人なりの戦い方がある。石戸が西を切ることで、二回戦第三試合の大将戦が幕を開けた。

 

 

 まずは様子見ということなのか、恭子の目にはどの選手も派手な動きをしているようには見えなかった。始まってたった数巡で目立つプレイングなど普通ならそう見られるものではないが、このインターハイという場においては特別に珍しいものとも言えない。それだけにこの状況は恭子にとってはプラスに働くと言えるだろう。アクションを起こさないでいてくれるなら、そのぶん余計な気を回さずに済む。速攻を仕掛けたい人間にとってはなんともありがたい話なのだ。

 

 四巡目にうまいこと赤ドラを引き入れた恭子は、流れそのままに白を鳴いた上で綺麗に自摸和了ってみせた。要求を完璧に通した、文句のつけようがない一局だった。これなら主将である洋榎にだって後れを取らないと恭子でさえ思うようなものだった。点棒を三人から回収するときに値踏みするような視線を感じたが、そんなものは初めから覚悟している。これからこの面子から逃げ切らなければならないのだ、怯えるにしても今更というのはいくらなんでもタイミングを間違えすぎている。そんなことよりは自分の親番について考えを巡らせているほうがはるかに有益だった。

 

 麻雀を打つにあたって親番が稼ぎ時であることに異論はないだろう。子に自摸和了られたときに被害が多少は大きくなるが、それと和了ったときに得られる点数を天秤にかければプレイヤーの心理がどちらに傾くかは明白である。したがって恭子にとってもここは小さくない勝負の局になる。半荘一回で回ってくる親番は二回である。団体戦は半荘が二回だから四回あることになるが、その一回一回でどれだけ稼げるかが姫松の浮沈を決定すると言っても過言ではない。これから勝ち上がるために全力を出すであろう彼女たちの火力が低いのではないかなどと考えるのは、楽観を超えて浅ましい願望でしかないからだ。

 

 実際はどうあれ手繰り寄せた親番で稼いでおきたいのには変わりがない。もちろん度が過ぎてはいけないが、速度を中心とする方針を動かすつもりもなかった。どのみち他の高校も勝つためにはどこかで仕掛けなければならないのだ、先手を打って迎え撃つ準備をしておくことは常道である。

 

 親を迎えての恭子の配牌は今度もなかなか悪くない。これを和了れば連荘になり、連荘が続けば流れが来る。流れを寄せれば相手には焦りが生まれ、そして焦りはミスを生む。恭子がまず手にしたいのはこのかたちだ。言い方を変えるなら、他家に気分よく打たせてはいけないということだ。少しでも窮屈に打たせなければならない。たとえば無理をしてでも大きい手を狙わなければならなくなるように仕向けるだとか。おそらくそうでなければ手作りが優先される序盤以外は緩んだ打牌などしないだろう。インターハイ団体戦の大将戦とはそういうものだ。

 

 

 恭子本人からしても、安手とはいえ親番で二連続で和了れたことは意外であった。警戒こそ怠るつもりはないが、ここで安全圏まで逃げ切ることができれば勝つ公算が一気に高くなる。勝負時はいつだって揺蕩っていて、存在していないことさえ珍しくない。恭子はそれが今来ているのかもしれないと思い始めていた。

 

 東二局二本場九巡目、恭子の手は門前混一に加えて中の刻子。他家の捨牌を見ても高そうな聴牌の気配は見えない。ならばここで押さない意味はない。恭子はリーチの宣言とともに牌を曲げ、千点棒を卓の中央に供託した。自身の河を見れば索子が危ないだろうことは断言できないまでも推測が立つ。大将戦かつトップ目の親リーチであるという状況を考えればそうそう甘い打牌は期待できないし、仮に突っかかってくるにしても相応の準備が必要である。そう考えていた恭子は、悪くても流局までだろうという見当をつけていた。

 

 「じゃあー、私も通らばリーチでー」

 

 即座に反応したのは下家に座る宮守の姉帯だった。自身であればまず競らないであろう場面でのおっかけリーチに、恭子は奇妙なものを感じた。多面張などの好条件であればまた話は変わるが、恭子が他家だった場合にこの場面でのリーチを否定する要素はいくつもあった。まず捨牌から手の予測がしやすいのだから和了らない限り自摸切りせざるを得なくなる危険性をわざわざ選ぶ必要のないこと、それを踏まえた場の進行度もまだ焦るほどのものではないはずである。また突っかかる相手が親であることもその一つだ。()()を疑いたくなるにはこれだけで十分である。もちろん恭子の考えすぎの可能性もあるが。

 

 続く二人は共通の安牌を捨てて、恭子の自摸番である。姉帯の不気味なリーチのせいもあって、できれば一発で和了っておきたいところだったが、望めばいつでも和了れるほど麻雀は甘いものではなかった。やむなく欲しいものではなかった牌を河に捨てたところで声がかかった。

 

 「ロン。リーチ一発平和で3900。二本付けだよー」

 

 「……はい」

 

 倒された手の待ちはごく一般的な両面待ちのもので、決して突っかかれるようなものではない。手役も不思議なもので元をたどればリーチと平和のみである。自分が和了れなかったことに対して異論を唱えるつもりはないが、この和了にはまともと言えない部分がいくつもある。もちろん偶然である可能性は否定できない。往々にしてそういうことはあり得るからだ。しかしそれは一般的な、たとえば雀荘などでの話であって、ここインターハイでやるような打ち筋ではないというのが確信には至らないまでも恭子の見解だった。

 

 ( 播磨の言うとったのはこれか……? いや、まだ早計か )

 

 仮に今の現象が異能によるものだったとして、その場合の恭子の結論はシンプルなものだった。別にその異能を真正面から叩き潰す必要はどこにもない。その異能の及ぶ範囲に入らなければいいだけの話だ。いくつか仮説を立てて反証を挙げ、それは回避が可能なものであるとの判断を恭子は下している。その異能の及ぶ範囲だけはまだ確証が得られていないが、それもほぼ時間の問題だろう。無論先ほどの姉帯の和了が異能でなかった場合も考慮して、恭子は打ち筋を変える必要はないというところに着地した。

 

 

―――――

 

 

 

 表情こそさほど変わってはいないものの、明らかに頭を働かせている宮守を除いた三人をテレビ越しに見ながら大きくあくびをひとつ。この試合が終われば自分たちの出番だというのにまるで緊張を見せないネリー・ヴィルサラーゼは、その鋭敏な感性であの場に何らかの力が働いたのを見抜いていた。

 

 「アレどんな仕組みかなぁ」

 

 「あら、珍しいですね。準決勝の対戦相手が気になるのですか」

 

 なぜかいつでも日傘を手放さないお嬢様然とした少女がそれを承ける。彼女が言うようにネリーは余程のことがない限り卓を囲む相手に興味を示さない。そこにある絶対的な条件は、強者であることだ。麻雀以外のことに関しては気まぐれに振る舞う彼女だが、麻雀に関してだけは一貫している。少なくとも臨海のレギュラー陣と打ちあえるようでなければ歯牙にもかけないのが常である。

 

 声をかけられて初めて考え込んで、そのあとで素直に頷いた。無意識のうちに口にしていた言葉に意味を与えられて、やっと思い当たったような顔をしている。ソファにだらりともたれかかっただらしない姿勢だが、どうやら姿勢以外はそうでもないらしい。

 

 「ミョンファは残り一個の席、どこだと思う?」

 

 「うーん、そうですねえ……」

 

 明華はネリーの言葉にとくに疑問を持たないようだった。画面で展開されている麻雀はまだまだ情報が集まっていない。末原恭子の連続和了とそれを止めた姉帯豊音の和了、あとは局のあいだの打ちまわし程度しか得られているものはない。他の材料としては現時点での得点があるが、それを踏まえても結論を出すのは難しい。彼女たちの共通認識をきちんと理解するには、彼女たちと同じ領域まで行かなければならない。

 

 控室には監督を含めた団体戦のメンバーが揃っている。郝だけは本に目を落としているが、他は全員がテレビに映る試合を眺めている。自分たちが勝ち上がることを大前提として、その次の相手をよく見ておこうということなのかもしれないし、あるいはただ単純に試合を観ているだけなのかもしれない。

 

 「ねーメグ、次の試合サボっていいから準決勝でどこかトバしてー」

 

 「ハ? いきなりどうしたんでスカ?」

 

 だらしない姿勢のまま間延びした声でネリーがダヴァンに声をかける。軽い口調の割になかなか重たいお願いである。ダヴァンもまったく身構えていなかったところに不意打ちが来たと見えて、振り向く速度はかなりのものだった。

 

 「決勝ならしょうがないけど、他でキョウコと打ちたくないの」

 

 「ああ、そういうことでスカ。とはいってもトバすには前の協力が必要でスヨ」

 

 困ったようにダヴァンが返す。自分だけの力では大変ですよ、と言っているようだが彼女には去年のインターハイ準決勝で他校をトバして勝ち上がった実績がある。大変そうだとは思っても無理だとは言わない辺りに彼女の自負がうっすらと感じ取れる。

 

 「ま、末原サンに見られると困る気持ちはわかりますけドネ」

 

 そう言って今度はダヴァンが意味ありげな視線を智葉に送る。彼女のポジションは先鋒であり、つまるところ試合展開のかじ取りを任される場所である。智葉の働き次第で、うしろに続く臨海のメンバーたちの動き方が決まってくる。しかし昨年の時点で高校レベルではほとんど並び立つ者のいない領域にいた彼女の安定感は常軌を逸していると言っていい。彼女と勝った負けたの話をするのならば、それこそ世代最強を決めるような卓を作らなければならない。インターハイに出てくるレベルの高校の普通のエース程度では簡単に切って落とされる。そんな智葉にその種の視線を送ることの意味などわざわざ言葉にするまでもないだろう。

 

 視線を向けられていることを理解しながら、智葉は無視を決め込んだ。周知のことではあるが、彼女は基本的につれない人間であった。

 

 

―――――

 

 

 

 待ちの狭いおっかけリーチで親番を潰されてなお、恭子はその次の局でもリーチを打って攻めることを選択した。彼女の手の勢いが死ななかったこともあるが、それとは別に明確な理由があっての決断だった。何であれ情報は早ければ早いほど、また正確であればあるほどその価値は高まる。先ほどのおっかけで潰された局が偶然なのか、あるいはそうではないのかも十分にそれにあたる。それはたとえ恭子がもう一度点棒を払うことになっても、である。なぜなら末原恭子には隠し玉がないからだ。他の有力選手の多くに見られる異能を彼女は有していない。そのことの意味を恭子はきちんと理解している。ここぞで頼れる絶対的な武器を持たないのだから、機会というものの価値を間違えることがない。そして恭子は、早くて正確な情報が機会を生むということをよく知っている。

 

 結果はまたしても恭子の放銃であった。それもリーチ直後の姉帯へのおっかけリーチに対して。大将戦が始まってからの自身の連続和了のことも踏まえて、これはもう()()()()()()と考えた方がいいと恭子は判断した。たった二回の現象では根拠として弱いと言えるかもしれないが、これ以上は無為に点を与えるだけになりかねない。場合によっては清澄か永水がリーチをかけてくれるかもしれないのだから、それ以上の検証はそちらに任せれば十分である。

 

 恭子の取れる戦略のうちの一つが取れなくなっただけで、本人からすれば実害はそれほどない。リーチをかけなければ打開できない状況などそうそうあるものではないし、それ以前にそんな状況まで運ばせるつもりは恭子にはないからだ。それにどちらかと言えば、先程の二連続の恭子からの直取りで立場を悪くしたのは姉帯であると考えた方が自然だろう。彼女が自身の異能を活かそうとしたならば、鳴くことは許されていないからだ。もちろんストロングスタイルで戦い抜けるだけの自信を彼女が持っている可能性はあるが、その程度ならば問題はないと恭子は考えていた。姫松の部には “爆発” の特性を持つ上重漫がいる。その手の経験には事欠かない。

 

 

 「槓。……自摸、嶺上開花。700・1300は800・1400です」

 

 頼りなく見えるほどに女の子らしい手が、本来ならその局で触れられることのないはずの王牌へと伸びてゆき、事前に和了ることがわかっていたかのように自然な動作で手牌を倒す。連続和了で勢いづいたかに思われた姉帯を止めたのは、恭子がもっとも警戒していた清澄の宮永だ。

 

 ( ……こうまであっさり難しい役決められると自信なくすわ )

 

 ため息とともに点棒を支払い、改めて恭子はその脅威を認識する。宮永の槓に対応する手段がないわけではないが、それには運を味方につけた準備が必要だ。そしてそれは彼女に対する決定的な一撃になり得る。仮に次局で条件が揃ったとしても、恭子はこの東四局というタイミングであれば見逃すだろう。宮永咲との勝負を決める場面が、きっとこの先どこかで訪れる。恭子はそれを待たなければならなかった。

 

 自らの身を削って情報を集める判断をしたとはいえちょっとした点棒を失ってしまったことは、現時点でのという但し書きが入りはするものの、そのぶん勝利から離れてしまったことと変わりはない。平たく言えば点棒を取り返す必要があって、いま恭子の頭脳はそのために全力で回転していた。さっきまでと違ってそれほど足の早そうな手ではないことも手伝って大忙しである。それでもなお他家に対する冷静さを保っているのはさすがと言ったところだろう。だがそのせいもあって、場に動きがあったときにもっともはやく反応したのも恭子であった。

 

 鳴かないはずの姉帯が鳴いたのである。おっかけリーチからの一発ロンが彼女の持つ異能ではないかと疑っていた恭子は、素知らぬ表情の下で情報の修正に追われることとなった。これは非常に厄介なことになった、と恭子は一瞬だけ眉をひそめる。恭子が異能を持っているプレイヤーに対してそれほど恐怖を抱いていないのは、基本的に彼女たちがそれに頼ったプレイスタイルになることが多いからだ。だからこそ恭子は嶺上開花に頼り切りにはならない宮永咲をもっとも警戒していたのだ。しかし今の姉帯の鳴きは、異能にもたれかかった戦い方をしないか、あるいは異能を複数抱え込んでいる可能性のどちらかを意味している。

 

 結果その局で和了ったのは姉帯であったが、その過程は誰であっても一目で異能が関わっていると断じたくなるようなものだった。彼女はあの後も次々と捨てられた牌を鳴いた。計四回の鳴き、つまり待ちは残ったたったの一枚の牌、いわゆる裸単騎のかたちだったのだ。待ちも一枚のうえに防御面も最弱というインターハイのレベルではまず見られないかたちを姉帯豊音は意図的に作り、そしてすぐさま当たり牌を引いて和了ってみせた。もはや異能を考えないほうがどうかしていると言いたくなるほどの奇妙な和了であった。

 

 ( 異能の二つ持ちに前例がないわけやないけど、……ここで来るかぁ )

 

 

 永水女子が未だに動きを見せないことが気にかかってはいたが、得点状況での懸案事項といえばそれくらいで、あとは恭子の想定の範囲内であった。推移としては順調であり、このまま試合が進んでいくことを悲観寄りなリアリストである恭子でさえ願いたくなるほどであった。この大将戦の前半戦をのちに恭子が悔やんだのは、ここで知らず知らずのうちに和了って逃げる思考から点棒を守りきる思考にシフトしてしまった部分である。前提としての宮永という脅威と未だ全貌の知れぬ姉帯、そして不気味な石戸に腰が引けてしまっていた。特別ななにかを持っていない少女なのだからそれは仕方のないことなのかもしれないが、その場は心の強い者だけが生き残れる空間であり、日和った者が餌食にされるのは避けられなかった。

 

 宮永と姉帯による直撃と石戸の自摸和了により、姫松の得点はついに十万点を下回った。二着まではほとんど差はないとはいえ、現時点での順位は三着。二回戦の突破が危ぶまれていた。

 

 

 

 

 

 

 




色々気になる方のためのカンタン点数推移


          大将戦開始   後半戦開始

石戸 霞   →  七九五〇〇 →  八一四〇〇

末原 恭子  → 一一五三〇〇 →  九九九〇〇

姉帯 豊音  →  九五八〇〇 → 一〇四〇〇〇

宮永 咲   → 一〇九四〇〇 → 一一四七〇〇

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