姫松高校麻雀部監督代行播磨拳児   作:箱女

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20 MORE THAN IMAGINED

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 これまで数々の式典をサボってきた播磨拳児が、いくらインターハイとはいえ開会式に参加しているなどと言ったところで、姫松に来る前の彼と面識のある人間は信じないだろう。しかし実際に映像を見れば認めざるを得まい。選手として出場しているわけではないから入場行進に加わっているわけではないが、監督の立場として行進を眺めている姿がそこにあった。もともと背が高いため目立ちやすい上にサングラスと山羊ヒゲ、ついでに言えばそれぞれが式典にふさわしい服装をしているなかでたった一人だけ学生服の拳児は周囲から浮いて仕方がなかった。テレビで開会式の様子を観ていた人も、おそらく無意識のうちに目を奪われたことだろう。

 

 当の拳児の機嫌はあまり良くなさそうだ。臨海女子での一幕でもそうだったように、変に注目を集めるのは好きではないのだ。もちろん不良である以上は目立つし、相応に目をつけられることも理解している。だが現在のそれは不良であるということを根拠にするには規模が大きくなり過ぎていた。期待と疑惑とただの興味がない交ぜになった視線が拳児に突き刺さる。決してケンカを売られているわけではないから拳児にとってみればタチが悪いことこの上なかった。

 

 無意識のうちに舌打ちをするが周囲の喧騒やマイク越しの音声がそれをかき消して、その効果を無いものにしてゆく。広いホールに特有の、あの空気そのものが重みを持って圧迫してくるような空間で粛々と式典は続く。

 

 

 開会式の行われるホールには入場規制がかけられており、とくにマスコミ関係者は事前に許可をもらった者でなければ入ることができなくなっていた。彼らが注目するのは開会式ではなく、そのあとの抽選会であった。すでにシード校は発表されているが、今年はそれ以外にも有望校が揃っており、それらの高校がどの山に入るのかは強い興味の対象となっていた。となれば許可の下りなかった報道陣がホールの外で待ち構えるのはそういった意味で当然の理であり、抽選結果についての話を今か今かと待ちわびている状況だった。

 

 時間帯で言えばちょうど開会式が終わったであろう頃、仕事熱心なのかあるいは上司からの命令なのか、日差しの照りつけるなかで誰かが姿を現すのを待つ報道陣の姿があった。もしこの時間に姿を見せる人がいるとすれば、それはシード校の関係者くらいしか考えられないだろう。

 

 異様なくらいに眩しい屋外と屋内との暗さのギャップのせいで、その場にいた誰もがホールの出入り口に人影が見えたことに気付けなかった。全員が何かしらの個人的な話をしていたのも原因のひとつだろう。通常であれば誰も出てこないはずの時間帯に警戒を続けるというのも無理な話だ。だから彼らは自動ドアの向こうから、この夏で一、二を争う注目度の男が出てきたことを一瞬とはいえ見逃してしまっていた。

 

 誰が一番に気付いたのかはわからないが、いつの間にかホール出入り口前の報道陣の視線は全てたった一人の男に注がれていた。高校麻雀関係者であればもう誰も間違えないだろう男、播磨拳児の姿がそこにはあった。何があったのかはわからないが、あっ気にとられたように口を緊張感なく開けたまま突っ立っている。実際は外に機材を持った人だかりができていたことに驚いたというだけの話であるのだが。そんな拳児を彼らが放っておくわけがなく、すぐに質問の集中砲火が始まった。ノイズのひどいラジオのようにがやがやと混線する質問のなかで、ひときわ鋭く通った音声が監督代行のもとに届いた。

 

 「播磨監督! まだ抽選は終わっていませんよね!? どうしてこちらに!?」

 

 それに対する拳児の返答は非常に簡潔なものだった。

 

 「いや、ソレは愛宕がやるんで」

 

 返答を受けた記者は二の句が継げなかった。抽選とは要するに、このインターハイでの戦い方を左右する重要なステップのことである。それにまるで興味を示さないということは常識で考えればまずあり得ないことだった。なぜなら目の前のこの男はあの姫松高校を統括する立場の人間であるはずだからだ。胆が据わり過ぎているのか監督として無能なのか、記者には判断がつかなかった。

 

 「ど、どの山に入るのか気にならないんですか!?」

 

 「別にどこでも変わんねーんスよ、優勝しかアタマにないんで」

 

 正しい意味で “姫松高校の播磨拳児” という存在が世間に認知されるきっかけとなった瞬間であった。春の入学式での “桜の巻”、夏の終業式での “朝顔の巻” に続く決定的かつ揺るぎない自信を聞く者すべてに感じさせる迫力を伴った発言である。そこにいた拳児を除く全員が、一斉に息を呑んだ。誰もが刺すような日差しも頬を伝う汗も遠くで重なる蝉の声も忘れて拳児の言葉に聞き入っていた。

 

 そしてその言葉はあの宮永照を擁する高校麻雀界の王者たる白糸台高校を打ち倒すことを言外に孕んでいた。あるいは言外などではなくそれを意図したものであったのかもしれない。もはやそれは白昼夢であるかのような時間であったが、彼らがそこから真の意味で目を覚ますのは三日後の、姫松の初戦まで待たなければならなかった。

 

 

 余談だが、この事件はのちに姫松高校で “播磨演説・向日葵の巻” と呼ばれることになる。

 

 

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 「……あ、圧倒的ィィィッ!! 姫松高校、他の三校を、まさに歯牙にもかけませんでした!」

 

 実況ならびに会場内がざわついた理由を、愛理と八雲の二人は正確に掴むことはできなかった。大型ビジョンで見る限り、拳児が監督を務める姫松高校が勝利を収めたことはわかる。周囲の反応から見て、かなり強いだろうことも推測はつく。しかしその出来にまで話が及ぶと、二人は門外漢もいいところであった。ビジョンに表示された点数を見ると姫松が十八万点を獲得しており、他の高校はもともとの持ち点であった十万点をすべて下回っている。

 

 愛理と八雲は周囲から聞こえてくる姫松に関する話に必死に耳を傾けていた。彼女たち二人にはまったくと言っていいほど情報がなかったからだ。騒がれ続けている宮永照くらいならばもちろん聞いたことはあるのだが、直接インターハイを観戦しにくるようなファンとの間には歴然たる差がある。たとえば各学校そのものの評価であったり個人の評価、ビジョンに映っているプレーやその結果の意味など、知りたい情報はいくらでもあった。そうして聞こえてきた話のなかで、今の姫松の勝利は異常と言ってまるで差し支えないものだったという。

 

 これが地区予選であったならばどこにも問題はなかった。インターハイの常連に名を連ねるような名門と、そうでない学校との対戦であったならば。しかしたった今この会場で行われていたのは初戦とはいえ全国大会である。各地区の予選を勝ち抜いてきた高校を相手に、余裕さえ見せながら勝ちあがるというのはそうそう見られるものではない。そこには点数以上の差が存在していた。

 

 

 「……播磨さんの学校、ものすごく強いみたいですね」

 

 初めて生で観戦する麻雀に、どこか気分を高揚させながら八雲が声をかける。性格からくるものなのか、あまり泊りがけで出かけることがないことも影響しているのかもしれない。映画館のものによく似たシートは快適で、長時間座って観戦しても疲れを感じにくい上質なものだった。

 

 「そうね、素人考えでも五人のうち四人が区間トップなんておかしいってわかるわ」

 

 ため息まじりに愛理が返す。その表情はなにか当てが外れてしまったような、そういった複雑な表情をしている。それでもまだ彼女を形容するなら美しいという言葉がぴたりとあてはまる辺り、一般的な顔立ちからは相当に逸したものだということがよくわかる。隣にいるのが八雲ということもあって、周囲のこっそりとした視線を集めつつあった。

 

 「……あの、監督ってことは」

 

 「それはないと思うわ。前に自分より部員のほうがずっと強いって言ってたもの」

 

 八雲の聞きたいであろうことを察して愛理が先回りの返答をする。その疑問は愛理自身も持ったものだったから、このタイミングで八雲が何を聞きたがるかなど手に取るようにわかった。だからといってそれに納得しているかどうかというのはまた別の話で、正直なところ、愛理は拳児が大阪の高校の麻雀部の監督なんてやっていることにまだ違和感があった。本人が理由を話さない以上はどうしようもないが、愛理からすれば拳児の今の状況には理由がひとつも見当たらない。ゴールデンウイークに訪ねたときには “播磨拳児(ヒゲ)だから” という理由で強引に納得もしたのだが、冷静になってみるとどうもそういうわけにはいかなかった。

 

 愛理にとってもっとも不満だったのは、かつてはもっとも身近でさえあった男が同じ建物の中にいるというのに、手が届かないくらいに隔絶された場所にいると()()()()()()()()()()()()ことだった。その感覚は、愛理でさえも何度か味わったことのあるものだった。喉の奥にじんわりとした苦味が走って、開いていたはずの手がいつの間にか軽く握られていた。

 

 

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 「はやー……。これは期待以上って考えてもいいかも……」

 

 観客席との中継を切った解説席で、瑞原はやりは誰に聞かせるともなくつぶやく。しかしそんなつもりはなくてもまだ隣の席には実況を務めてくれたアナウンサーが座っており、興味津々といった表情ではやりの顔を見つめていた。これは余計なことを口走ってしまったかな、と内心で反省をしながら、はやりはとりあえずにっこりと微笑みを向けてみた。もちろん彼女が望んだ効果など得られるわけもなく、あくまでオフレコであるということを約束した上でおまけの解説をすることになってしまった。

 

 「でも点差で見ればあり得ないというほどではありませんよね? 大差ではありますけど」

 

 「正直に言えば点差はどうでもよくって、次鋒から全員が区間トップっていうのが大事かな☆」

 

 次第に彼女の顔が、頭脳派として名を馳せるトッププロのものに変わっていく。かわいらしいと表現するべき顔立ちが変わるわけではないが、明らかに纏う雰囲気がテレビの向こうを意識したものとは質を異にしていくのがわかるのだ。

 

 「たしかにそれもすごいことですが、……どういうことでしょう?」

 

 「単純に言えば団体戦ってみんなが強ければそれが理想ですよね? それなら点も獲れますし」

 

 「ええ、でも姫松ほどのチームであれば初戦ならそう珍しくはないのではないでしょうか」

 

 「それには姫松の選手たちが全力を出した結果ならば、という条件が付くんです☆」

 

 ぴん、と指を立てて、ここがポイントだと強調するようにアナウンサーに向かって話を続ける。牌のおねえさんなどという立場からくる職業病のようなものなのだろうか、いつの間にか体の向きもしっかりと修正されていた。ファンでなくとも憧れてしまうような、超一流の選手からマンツーマンで話を聞けるというこの状況にアナウンサーはまだ気付いていない。

 

 「……力をセーブしてあの結果だと仰るのですか?」

 

 「あくまで個人的にはですが、はやりにはそう見えました」

 

 彼女の頭が回転し続けていることを、アナウンサーはそれとなく感じ取っていた。聞いたところによると、彼女は脳の中でまったく同時に別の物事を考えることが可能であるらしい。

 

 「……とても信じられませんね」

 

 「初戦を中堅でトバして勝ち上がった清澄とは違った意味でコワい学校だと思います☆」

 

 両手の指をかぎづめのように曲げて顔の斜め上にやり、いかにも子供向けの怖いポーズをとって話を続ける。こういうポーズをとる時だけは雰囲気をやわらかいものに変えるため、彼女と話をしていても緊張しすぎるということがない。こういうところが人気の秘訣なのかもしれない。

 

 「やはり播磨新監督の影響があるのでしょうか」

 

 「うーん……。あそこには赤阪郁乃ちゃんもいるから判断が難しいんですよね……」

 

 「一時的に監督代行を請け負っていたという?」

 

 「そうです☆ その彼女より上の指導力となるとそう簡単には見つからないはずなので」

 

 「そんな方が監督を降りたんですか」

 

 「そうなると、はやりとしてはモチベータ―というのが考え得る彼の像かな、と」

 

 はやりはそこまで話すとひとつ息をついた。ここまで話はしたものの確証があるわけではない。本当に赤阪郁乃より指導力に優れている可能性も捨て切れるものではないし、出そうと思えば他の可能性などいくらでも出せる。そんな答えの出ないことについて考えるよりも、録画してある別の初戦の映像を見ているほうがはるかに有益に思われた。

 

 四月にその存在が発表されてあれだけ騒がれておきながら、未だにその経歴のしっぽすら掴ませない播磨拳児という男は、プロ雀士としての瑞原はやりから見ても異質なものだった。そもそもがプロアマ通してどころかあらゆる業種の人間が彼の存在を誰も知らなかったということがおかしいのだ。理沙はどうやらある程度のことを知っているようだが、いつ尋ねてみても “秘密!” と言って教えてくれない。彼に関する謎は、もはや高校生が頭を抱えるレベルを超えてしまっていた。

 

 

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 姫松の団体メンバーが宿泊している部屋の調度は変に凝ったものがなく、肩肘を張らずに休めるという点において高校生に適したものだった。そのぶん広さが十分にとられているため、休憩するにも集まって会議をするにもうってつけのものとも言えるだろう。部屋に宿泊している五人に拳児と郁乃を加えた七人が、備え付けのソファや椅子、あるいはベッドの上に座っている。その表情は様々で、機嫌の良さそうなものからひどく疲れた様子のものまでと実にバラエティに富んでいる。

 

 「あれ~? 末原ちゃんそんな疲れた顔してどうしたん~? 反省会しんどかった~?」

 

 郁乃がそう水を向けると、恭子は弱弱しく笑いながら答えた。

 

 「や、恥ずかしい話ですけど、大将って思てたよりプレッシャーかかるもんやな、と」

 

 それを聞いた仲の良い同級生の二人がにやにやと笑いながら、珍しく疲れたと口にした恭子の傍へと近寄っていく。彼女たちなりに元気づけるつもりなのか恭子を中心に二人は両脇に座り、突然わき腹をくすぐり始めた。ほとんど悲鳴のような叫び声をあげつつ助けを求める恭子に救いの手が差し伸べられることはなく、たっぷり二分ほどくすぐられてようやくそれは収まった。

 

 「な、いきなりなんですか主将! 由子まで! 殺す気か!」

 

 「これだけ元気なら心配する必要はないと思うのよー」

 

 「ホンマやな、それに元気有り余っとんのに弱気発言はダメダメやで、きょーこ」

 

 呼吸が苦しかったのか真っ赤な顔にうっすらと涙を浮かべながら怒る恭子を、洋榎と由子はどこ吹く風と受け流す。間違いなく恭子に対しての洋榎と由子だからこそ許される振舞いなのだろう。ふわりとした笑顔の由子に対して洋榎はしたり顔をしているのだが、そこにどんな意味があるのかはおそらく本人にしかわからないだろう。

 

 目の前で行われていた愉快なじゃれ合いを見ながら、拳児はじっと黙って考え込んでいた。実は反省会の段階から一言も発していないのだが、名門たる姫松高校のメンバーは多くの場合、自力で修正するべき点を見つけ出してしまう。それ以外はコーチ役の郁乃が請け負ってしまうため拳児の出番は無い。当然のことながら技術的な側面で拳児がアドバイスを送るようなことは存在しないのだから正しいかたちと言えば正しいかたちなのである。

 

 一方で人の感情の機微に疎いくせに妙な部分で鋭いところのあるこの男は、末原恭子に関してのひとつの懸念を抱いていた。そういえば彼女と似たタイプの知り合いがいるな、と考えるがすぐに拳児は頭からその男の存在を振り払った。アレは少々どころかかなり特殊な存在だ。拳児は決して口にすることはないだろうが、あの男ほど肉体的にも精神的にもタフな男を思いつけないというのは嘘のつけない事実であった。ひとつ息をついて横に逸れた思考を戻した拳児は、部の監督として恭子に声をかけた。

 

 「オウ、末原」

 

 「なんや」

 

 まだ気が収まっていないのか普段より強い語調で恭子が返す。

 

 「オメーよ、勝ち負けにそれ以上の意味のっけんのは止せ。そのうち足が竦むぞ」

 

 「……なんやそれ。いまいち要領を得んなぁ」

 

 聞くには聞いたが本当にどういう意味なのか測りかねたように恭子はため息をついた。変わらず笑んでいる郁乃はよくわからないが、部員の中で由子だけは拳児の意図を察したようだった。

 

 恭子は自身の武器を “どんな状況においても考え抜くことのできる冷静さ” だと思っている。よく主将である洋榎が口にする、最悪をも想定して動くことができる能力というのも恭子の武器の副産物に過ぎない。ただ最悪に怯えるのではなく、それを考慮に入れて戦うことができることこそが彼女の強みなのである。もちろんそれはきちんとした技術に裏打ちされたものであり、だからこそ恭子は団体戦の大将に選ばれている。チームの勝利を第一に考えたときに彼女がその位置に座ることは、拳児と郁乃の判断が完全に一致した部分でもある。

 

 今ひとつ納得のいかない表情を浮かべていた恭子も、結論が出ないと割り切るや否や話題を個人ではなくチーム全体としての戦い方の感想に切り替えた。

 

 そこでも話し合いは途切れることはなかった。チームの浮沈を左右するのは個人個人ではなく、中堅である洋榎を除いた全員の頑張り次第になるという結論で落ち着いた。これは洋榎が恒常的に活躍するという絶対的な信頼感のもとでの結論である。ほとんど話すことのなかった拳児の聞いていた印象としては暗いものはなかったように感じられた。たしかに漫を除けば揃って区間トップを獲得できたのだから悲観する意味もないだろう。それにただひとり三着だった漫も “爆発” をすることなく他校のエースを相手にその順位だったのだから、これから先に期待が持てるというものである。

 

 もちろん先に反省会が行われたように修正するべき点はどの選手にもあった。いかに高校トップクラスと呼ばれる選手であっても、周囲の場の状況まで完璧に把握し、かつ適切な判断を下すのは困難なのである。それらを埋めるのは地道に積み重ねた経験か、あるいは外から見れば呆れてしまうほどの強運を掴むしかない。最終的に結果論だと言われることも珍しくないが、ある意味それはその通りであって、そもそもそうでなければ牌譜や資料としての試合映像が残るわけがないのだ。それは世界中の誰であっても完璧な解答にはたどり着けないことをしっかりと証明している。

 

 

 「次は永水と宮守と、……おい真瀬、これなんて読むんだ?」

 

 「きよすみ、って読むのよー。って何気にここかなり怖いとこなのよー」

 

 いつもの調子で漢字の読み方を聞くと由子が珍しい反応を返した。同調するように恭子が頷いている。漫と絹恵の二人はぴんと来ていないようで、きょとんとした顔をしている。洋榎は顔つきを変えたわけではないが、わかっていないわけではないようだ。それどころかどこか楽しそうにさえしている。

 

 「あー、たしか初戦でどっかトバして勝ったんだったか?」

 

 「それ以前に長野の代表って時点で警戒には値すると思うのよー」

 

 去年までのインターハイについてまるで勉強してない拳児には、由子の言っていることの意味がまるでわからなかった。それに対して二年生の二人は長野の代表という言葉を聞いた途端に納得の表情を浮かべた。さすがに一年前のインターハイを象徴する怪物を擁した学校は忘れようにも忘れられないだろう。しかもその怪物は彼女たちと同い年なのだからなおさらだった。そして長野県の代表ということは、その怪物を抑え込んで全国の舞台に上がってきたことを意味しているのだ。

 

 二回戦とは、少なくとも麻雀におけるインターハイにおいてのという意味だが、一般に思われているより遥かに厳しい戦いである。どこの山でもシード校と、一度は全国に出てきた学校を相手に勝ち上がってきた学校との戦いになるからだ。それはどこの学校も全国で戦い抜けるほどの武器を備えていることを意味し、また気を抜かなくともシード校でさえ負ける可能性が常に付きまとう。そういった意味でどこが相手でも警戒するのは当然であり、どこの学校も戦術面においては謙虚であることを要求される。手の内を晒しつつ勝ち上がっていかねばならないこのトーナメント形式は非常にシビアなものであると言わなければならないだろう。

 

 「まあまあ、二回戦まで日はあるし、明日きちんとよその研究しよな~」

 

 郁乃の鶴の一声でその日は解散となり、他校についての話はまた翌日へと持ち越されることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 




朝顔の巻については本編未収録です。
ごめんよ!

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