東方暇潰記   作:黒と白の人

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第93記 八雲と朝食

「虚は温かいな」

 

俺は藍に肩を貸してもらい、少しずつ力の戻ってきている足でなんとか歩いていると藍はさらに密着させようと腕に力を込めて俺を抱き寄せる

 

「ここは、春だからな」

「そう言うことではないのだがな……愛してるよ私の旦那様」

「知ってる、俺もだよ藍」

「ふふ、恋と言うものはこうも幸せになれるものなのだな」

 

藍は頬をほのかに赤く染め、気持ち良さそうに目を細めて喜色満面の笑みを浮かべた

 

「その恋をたくさん知った俺は幸福者なのか?」

「そうであろうな、だが私はこれだけで良い、お前からの愛だけで私はこうも幸せになれる」

「…………」

 

藍が無意識的だろうと意識的だろうとそんなの関係なくこれは……駄目にされる

 

「虚、照れておるのか?」

 

俺の顔を覗き込むように藍は俺を見上げる

 

「……たぶん、もう立てるから大丈夫だ」

「ふふ、分かった」

 

藍は俺の腕を放すがピタリと密着したまま藍は離れ気配がない、今度は俺が藍を支えるように歩く

 

「本当はこのままで居たいのだが朝食が冷めてしまっては元も子もない」

「そうだな」

 

藍はユッタリとした歩みを少し早めたので俺もそれに合わせて早めた

 

「おはようございます!」

 

金木犀(キンモクセイ)銀杏(イチョウ)(キク)が咲いている外を眺めて居間の前に着いた

中を見ると二人は朝食に手を付けずに待っていたようだった

 

「あぁおはよう、朝食まだ取ってなかったのか?」

「えぇ藍が貴方を呼びに行ったから待たせてもらったわ」

「それは、悪いことをしたな…すまない」

 

俺はそう言って二人に頭を下げた

 

「いいから早く座りなさいな」

 

紫にそう言われ俺は敷かれている座布団の上に座った

朝食は艶のある白米、昨夜も見た油揚げ増量の味噌汁、漬け物、そして綺麗な形の卵焼きと鮭…………鮭?

 

「「「「いただきます!」」」」

 

ほぼ全員が同時に言った

 

最初に油揚げ増しの味噌汁を手に取り油揚げと豆腐を食べ味噌汁を飲む、味の染み込んでいる油揚げと味噌の味が温かく旨い

 

もう切られている卵焼きを一切れ摘まみ口に運ぶ

味は少し砂糖多目の甘い卵焼きだった

砂糖が多いと言ってもしつこい味ではなくほのかに甘いかなと感じる程度でこっちもまた旨い

 

藍がクスリと笑った

俺は箸を止めて藍にどうした?と視線を贈る

 

「いや、すまないな旨そうに食べるなと思ってしまってな、作った身としては嬉しい限りだ」

「にゃにかほっこりとしますね」

 

紫と橙にも視線を贈ると二人とも笑っている

 

「正直旨いしな」

 

俺は少し決まりが悪そうに笑った

 

「……ねぇ虚?」

「なんだ?」

「気になっていたのだけれどソレ何?」

 

紫は俺の腰に差している太刀に視線で指す

 

「…………太刀だが?」

「……」

「……能力で創りました私の武器でございます」

 

そんなことは分かっていると言わんばかりの細められた紫の絶対零度の視線に耐えられず俺は顔を逸らしてそう答えた

 

「虚、私は鬼ではないけれど嘘は嫌いよ?」

「嘘は言ってない」

「………………そう」

 

俺がそう返すとたっぷりと間を置いて紫は微笑んでそう言った

 

まだお怒りかな、これ……

 

「えっとだな紫」

「何かしら?」

「…………なんでもない」

「何よそれ」

 

紫はクスリと笑って気の抜けた声でそう返した

少しだけ空気が軽くなった気がした

 

「名前を呼んでみた、ただそれだけだ」

「…………そう」

 

紫は目を見開きパチクリと瞬きして

それだけを口からこぼした

 

「御馳走様です!」

「……御粗末様だ、橙ここだ」

 

頬にご飯粒付けた橙がパンと拍手を打ちそう唱え、藍がそう返し自分の頬を指差す

 

「そ、それでは行ってきましゅ!」

 

橙は顔を赤くして頬に手を当ててご飯粒を口に運び、後ろの襖を開けて走り去る

 

「橙、気を付けてな!」

 

玄関の方向から橙が元気な声で、はい!と返したのが聞こえ気配が消えた、おそらく紫の転移符を使い何処かへと移動したのだろう

 

少しゆっくりと食べすぎたらしい、ふと気がつけば紫も藍もほぼ食べ終わり俺が一番遅かった

俺は少し食べる手を早める

 

 

最後にポリポリと良い音を鳴らしながら漬け物を食べて俺は手を合わせ唱えた

 

「御馳走様」

「御粗末様だ」

 

四人分の朝食を藍は腕と尻尾を使って持ち上げ居間から運び出す

それを見て何か手伝おうかと言う隙もなく藍は居間から足早に出ていった

俺はそれを見送り、茶を一口飲んで一息つく

 

「虚」

「ん、なんだ紫?」

「……いえ、貴方の名前を口に出してみたかっただけなの、他意はないわ」

 

先程の仕返しだろうか?

心なしか少し嬉しそうに紫は俺の名前を呼んだような気がした

 

「くふ、なんだソレ……」

「あら貴方の真似をしただけよ?」

 

溢すように俺は笑って紫にそう返した

紫は微笑むように笑ってそう言った

 

「貴方と居ると退屈しないわね」

「そう言ってもらえると嬉しい限りだよ」

 

俺がそう返すと紫は手元の茶を一口飲んだ

俺も釣られるように茶を飲む

 

「でも昨夜のことは忘れないわ、絶対に」

「ゴフッ?!」

 

盛大に俺は噎せた

咳を込んでなんとか気道を確保する

それを眺める紫はケラケラと人の悪い笑みで笑っている

 

「何故蒸し返した?!」

「許せないから」

「いやちゃんと謝ったよね?」

「謝罪のキスが私は不満よ、よってもう一度キスを所望するわ、今度は藍よりも…は流石に酷だから情熱的にしてくれたらそれで良いわ」

 

拗ねるように紫はプイと子供のようにそっぽを向いて顔を扇子で隠した

 

これは無理矢理俺が紫の扇子を取り上げて押し倒すようにキスをしろと言うことだろうか?

 

「……」

 

俺は紫の後ろに座り直して抱き抱え、紫の肩から顔を出して首筋に唇を落としてみた

 

「ん!……何で首なのよ?」

「……一番密着出来たのが紫を後ろから抱き抱えることだったから、かな?」

「…………合格」

 

考えるように暫く間を置いて紫はそう言った

 

「間が空いたと言うことは合格ラインギリギリか?」

「もちろんよ、本当はキスしてほしかったのだけれど理由がそれなりだから合格にしてあげるわ」

 

紫の言葉に俺は苦笑を漏らしながら手厳しいなと返した

 

「こうやって誰かに背中を任せるって中々いいものね」

「俺で良かったのか?」

「何を今更なこと言ってるのよ」

 

紫はヤレヤレと言うようにため息を吐いた

 

「虚、私が満足行くまで愛してくれる男は貴方以外いないわ、何故だか分かる?」

「……」

 

紫は答えを待つように間を置いてチラリと後ろの俺を見る

 

「愛しているからよ、今の私には貴方しか見えてないわ、貴方以外に私を満足させてくれる男はいるかしら?いえ、いないに決まってるわ」

 

紫は口許を隠していた扇子を閉じ俺に体を預ける

 

「……よく素面でそんなこと言えるな、恥ずかしくないのか?」

「あら?私には何故愛しの人へと愛を囁くのに羞恥を感じるのかが理解できないわ」

「うわ言い切ったよこの女……」

 

俺はため息を吐く

 

「……でも悪い気はしない」

 

俺は紫を抱き締めて力を強め

紫の髪に顔を埋めた

 

「……少しくすぐったいわ」

「我慢してくれ」

「……はいはい」

 

紫はくすぐったそうに身を捩り、クスクスと笑う

 

「紫」

「何かしら?」

「いや、やっぱり何でもない」

「そうなの……もう少し強く抱きなさいな」

「了解」

 

言われた通りに俺は紫を抱き締める力を強めた

 

「私が重いと言いたいわけじゃないけど、ビクともしないわね貴方」

「……あぁ、この太刀のせいかな?」

「太刀?」

 

そう言って紫は俺の腰にある太刀に手を伸ばし引き抜こうとする

 

「……重いわね」

「たぶん百キロは軽くある……はずなんだがなぁ」

 

先程藍に尻尾のみで持ち上げられた挙げ句に太刀を腰に差したまま肩を貸されていたのを思い出した

 

「藍に簡単に持ち上げられでもしたの?」

「正解」

「そんなことで落ち込んでいたのね、意外と貴方妖怪に詳しくないのね、なら少し説明してあげましょうか」

 

紫は扇子を開いて自身を扇ぐ

 

「藍や橙みたいな妖怪を一括りにすると妖獣という括りにすることができるわ、妖獣、その名のとおり妖怪の獣よ、この括りにいる妖怪は獣の特徴があって何かしらに優れるわ」

 

ここまでは良いかしら?とチラリと俺を見て言う紫に俺は頷く

 

「そうね例えば藍、彼女は言わずとも分かる狐よね?狐は人間を化かすことに長けているわ、化かすと言うことは騙すこと長ける、けどそこは妖怪、つまり術に優れるわ」

 

紫は満足そうに頷きながらそう説明していく

 

「例えば橙、この子は猫又、つまり猫ね、猫だから俊敏性、身体能力に優れているわ……まぁまだ幼い所もあるし、式になってまだ短いから、私達にとってはその辺の木っ端妖怪よりは動けているかしら?って程度だけどね」

 

紫は茶を取り一口飲み一息ついた

 

「ふぅ、さてこれで講義は終わりよ、何か質問はあるかしら?」

「結局のところ俺の太刀が持ち上げられたのは藍が高位の妖怪であり妖獣であるからという認識で良いのか?」

 

俺がそう言うと紫は頷いて言う

 

「えぇ、その認識で良いわ、貴方のその太刀確かに重いのだけれども私達妖怪からしては持ち上げて振ることが出来ないわけでもない程度の重さしか感じないわ」

「つまり紫もこれを振れるのか?」

「……振りたいとは思わないわね」

 

暗に振り回せると紫は言った

 

「そうか……」

「……ねぇ虚少し汗臭いわ」

 

俺は紫から距離を取った

紫は少し寂しそうな顔をした

 

「………………朝食の前にコイツを振ってたからな」

「お風呂、入ってきなさいな」

「……そんなに臭った?」

 

紫は何も言わず少し迷った素振りを見せて頷く

俺も何も言わずに立ち上がる

 

「でも、貴方がとっても近くにいるって感じれたから……悪くはなかった、かもしれないわ」

 

少し照れくさそうに紫は薄く微笑んだ

居間の障子を開けた所でそう言われ俺は振り向く

 

「……そうか」

「えぇ」

 

俺は目をパチクリと瞬きさせてそれだけ返すと紫はコクリと頷きながらそう言った

 

「そうなのか……ふむ、俺も…俺も紫を抱き締めて近くにいるって感じれたから、悪くはなかった」

 

俺がそう返すと紫は照れくさそうに笑った

 

「……ふふ、ありがと」

 

紫は呟くようにそれだけ言ってスキマを開いて逃げるように消えてしまい、居間に俺は一人取り残されてしまった

 

「…………風呂行こうかな」

 

紫が居なくなったのを確認して俺は居間から出て行った


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