東方暇潰記   作:黒と白の人

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第89記 風呂の窓

扉を開けて風呂場に入る

壁はおそらく檜で出来ている、床は石を削って滑らかにしているものでザラザラしたような感触はなかった

浴槽は所謂、五右衛門風呂(ごえもんぶろ)と言われるもので大きな木製の桶の中には床板と呼ばれる木の板が浮かんでいる

 

俺は先に体を洗うため椅子に座り目の前にある蛇口を捻ってお湯を出す

 

目の前にあるのは蛇口とシャワーと鏡

蛇口はおそらくステンレス製、シャワーはプラスチックだろうか?幻想郷の文明レベルがちぐはぐで少し気になるな

 

そんなことを考えつつ俺は桶に溜めたお湯を頭から被り鏡に写った自分を見る

 

「この身体は一体どうなっているのだろうな」

 

ふと思い出したように俺は呟き、腕を伸ばしてマジマジと自分を見る

筋肉はあるがそれは人間と比較して里で農業を営んでいる者達と変わりはない程度にしか見えず

とても地面殴ってを破壊するような力があるとは思えないし、足だって五十m以上を軽々と跳ぶことができるほどの力があるとは思えない

 

あぁもう考えるな、その結論はとうの昔に出した、例え自分にそんな感覚なかろうと俺はもう化物なんだ、ヒトではないのだから……もう考えるな

 

そうやって思考を停止させると今度は先程の藍の顔が浮かび急激に体が火照るのを感じた俺は急いで蛇口を捻り水を桶に溜めて頭から被る

夏の暑さと火照った体の熱さを冷ます水が心地よい

 

「よし、何も考えるな俺」

 

鏡に写る自分に言い聞かせるように俺は言った

 

「どうしたのだ虚?」

「い、いや何でもないぞ!」

 

外から藍の声が聞こえる

五右衛門風呂は外から薪などを燃やして温度を上げる、さらに藍は先程外で湯加減を聞くと言っていたのだから丁度裏手にいるのは当たり前のことだ

声を聞くと先程の台詞と藍の身体の感触などがフラッシュバックする

体が火照るのを感じた俺は再度同じように水を頭から被った

 

「冷った!」

「う、虚?!大丈夫か?!」

 

藍の慌てるような声に俺は少し慌てながら大丈夫だ、と返した

 

「大丈夫だ、問題ない!」

「そ、そうなのか?ならば良いが……」

 

速く風呂から上がろう

俺はそう思い石鹸を手に取り、手早く身体を洗って身体を流す

風呂の上に浮いている床板を上手く踏んで沈ませ湯槽に浸かる

 

「湯加減はどうだ?」

「あぁ別に問題はないぞ」

「ならば良し」

 

俺はフゥと息を吐き出す

自業自得だが水を被って冷えていた体に暖かいお湯が心地よい

 

「なぁ虚よ……」

 

檜の天井を眺めて少しボーッとしていると外から藍に呼び掛けられた

 

「なんだ藍?」

「お前はここを出ていくのか?」

「……一応そのつもりだよ」

「私が、ここにいて欲しいと言えばお前は残ってくれるか?」

 

少し掠れるような小さな声で藍は言う

 

「難しいかな」

「……そう、か」

 

ため息と落ち込むような声色

 

「ずっとは、な」

 

自然と口からでた言葉、俺はそう付け加えた

 

「え……?」

「ずっとこの場所に留まるのは出来ない、けどたまに泊まりに来る位なら出来るかもしれない」

 

俺は窓から外に向かってそう言った

 

「そうか、そうか!」

 

先程の掠れるような小さな声とは反対に今度のは力強い嬉しそうな声だった

 

何か着々と駄目にされている自分が居る気がするのは間違いではないのだろうなぁ……

 

そう思いながら俺はバシャンと音を立てて風呂の中に潜った

数十秒の間湯の中に潜り顔を上げる

 

「おーい虚?おーい?!」

「どうした藍?」

「全く驚かせるな!急に返事がなくなって心配したぞ」

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ」

 

俺は苦笑しながら返した

 

「全く、紫様がスキマを開いて虚の足を掴んで引きずり込んだかと思ったぞ」

 

何故だろうかその場面がかなりリアルに想像できてしまった、いきなり身体を掴まれて不気味な空間に引きずり込まれる……恐怖だな

この幻想郷ができる前に紫はこうやって妖力を集めていたのだろうか

 

「……流石にそこまでのこと紫はしないだろう」

「どうだかな、紫様は我儘な御方だ、欲しいものは何がなんでも手に入れる……この意味が分かるか?」

「あまり分かりたくないな……」

「つまりまぁ、私から言えることはこれだけだ、覚悟しておけよ?」

 

風呂の温度は暖かいのに冷や汗が止まらない

 

本気で逃げることも考えるべきだろうか?

 

そんなことを考えていると藍から無慈悲な言葉

 

「あぁそうだ、言い忘れていたな私達のこの家なのだが紫様がスキマで送る、もしくは紫様のスキマの力を封じ込めた移動符が無ければ帰れぬぞ」

 

なん……だと……?

 

「……マジで?」

「マジと言う言葉が少し分からぬが、本当か?と言う意味ならば事実だ、だからな観念するのだ虚」

 

藍の声は優しげな諭すような声だった

 

「……」

「さて、速く上がらねば逆上せるぞ」

「そろそろ上がる、かなり長く浸かって逆上せかけてるのが自分で分かる」

「成る程ならば介抱が必要だな」

「やらんでいい、それにその介抱は危険だと俺の勘が告げている!」

 

もし俺の目の前に藍が居たのならキランと目を光らせていた気がする

 

「安心しろ、ただ介抱するついでにお前の欲望も解放して快楽の世界に案内するだけだ」

「安心できないないし、上手くないからな?!そしてそんな案内は望んでない!」

 

ケラケラと藍は笑っているが冗談等ではなくきっと本音なのだろうと俺は思った

 

「やはり私はお前と居ると楽しい」

「そろそろ上がらないと本気で逆上せかねんな」

 

一つ溜め息をつき俺はそう言って風呂から上がる

 

「そうか分かった、紫様を見つければ声をかけておいてくれ」

「あいよ」

 

俺はそう返事を返した

 

俺の体が熱いのは風呂上がりの火照りもあるだろうが別の事もあるのではないだろうかと思いながら風呂の磨りガラスの扉を開けた


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