2話連続ですので第98記からどうぞ
紫の家から出るのにそれなりの時間が掛かった
紫は寒いのがとことんダメなようで、中々起き上がらず着替えようとしないのを藍が無理矢理脱がして着替えさせていた
「藍お疲れ様」
俺の次にスキマから出てきた藍は疲れたような素振りは見せていないが俺はそう労った
「あぁ、ありがとう」
藍はほんの少しだけ疲れを顔に出して笑った
「ここは少し暖かいでしゅね」
最後に橙がスキマから出てきた
今回は珍しく橙も来るようで、後学のため藍の仕事を見せるのだそうだ
「まだ春が少し残ってるんでしょうね」
紫の家を出たときにはまだ外はそれなりに明るかったが冥界は霧がかって少し暗いようだ、だが橙が言うように紫の家のように寒くはないようで肌を刺すような冷たい風は吹いていない
紫のスキマを抜けると目の前には重厚な木製の大きな門
紫が扇子で軽く門を突くとギギギと立て付けの悪そうな音とともに門は勝手に開き始めた
紫から若干の妖力が立ち上ったのを感じたのでおそらく紫が何かしらの術を使ったのだろう
屋敷の中は庭園で砂の地面に石が浮き島のように並んで道筋になりその道筋の両脇には石灯籠が置かれている
浮き島の道筋に沿って進みながら辺りを見渡してみる、だがいつぞやの半霊剣士の老人の姿が見当たらない
誰か来れば真っ先にこの辺りで待っているような気がしたのだがな……
今回はしっかりと紫が来ることを妖忌にも伝えて居たのだろうかと考えつつ俺は紫たちの後を追う
「あらあら、いらっしゃ~い」
屋敷を回り込むと水色のフリルの付いたドレスを着て桃色の髪の上にはドレスと同じ色の帽子、その帽子の上から白い布を着けている女が座っている
彼女はこちらに気付くと朗らかな笑みを浮かべ間延びした声を出した
白く丸い人魂をそこらに漂わせ、おっとりとした雰囲気を出しているのはここ白玉楼の主西行寺幽々子
「結界直しに来たわよ」
「やっと来たのね~待ちくたびれちゃったわよ~」
幽々子は非難するように言うが間延びした声とその雰囲気から怒っているようには感じられず実際にあまり怒っていないのだろう
そう考えながらクスリと俺は笑うと幽々子の後ろに従者のように控える女を見つけた
腰に二本の刀を背負っている白髪を短く切り揃え黒いリボンのついたカチューシャをしている少女だ
白いシャツの上に緑色のベストを着て動きやすくするためか少し短めのスカートを履いている
「立ち話も何だし取り敢えずお茶でも飲んで行きなさいな~、妖夢~お茶淹れて上げて頂戴~あぁ後お菓子もお願いね~」
「かしこまりました」
妖夢と呼ばれた白髪の従者はそう言うと立ち上がって屋敷の奥へと消えて行った
それに合わせて俺達は部屋に上がる
そこは何畳あるか数えるのも面倒になりそうな広間だった幽々子は長い長方形のテーブルの短辺の位置に座っており、幽々子に近い順から紫、藍、俺、橙というように座った
「幽々子、今回の異変どういう積もりなのかしら?」
「積もりも何もないわよ~、私はあの桜の下にあるものが気になった、ただそれだけよ~」
「私、言ったはずよね?あの桜は咲かせては駄目だって封印が解けてしまうからって」
「言ったかもしれないわね~」
幽々子は柳に風と紫の言葉を受け流している
「……はぁ、幽々子あまり心配させないで頂戴」
「ごめんなさいね」
幽々子は目を伏せてそう謝った
「お茶をお持ちしました」
話が一段落すると先程の妖夢と呼ばれた少女がお盆の上に様々な菓子と五つの茶を乗せて持ってきた
「妖夢ありがとうね~」
「どうぞお客人」
少女が長机の中心に菓子を置いてお茶を並べていき用意された茶の前に俺達は座っていく
「虚さんお久しぶりね~」
幽々子が俺の名前を呼んだことに少し驚いた
幽々子と話したのは西行妖の一件だけであり、さらには記憶も失っている
失っているところからなら俺との会話なんて微々たるものだそれにも関わらず幽々子は俺のことを覚えていた
「……あぁ、すまない少し驚いた俺のこと覚えていたんだな」
「忘れないわよ~それとも貴方は私のこと忘れたのかしら~?」
幽々子は悲しそうに目を伏せる、だが雰囲気はあまり変わっておらず実際それは俺を弄るためのフリと言う奴なのだろう
「アンタみたいな人間…いや亡霊か、とにかくアンタみたいな奴は俺の近くには居ないからな、関わりが少ないのにも関わらずよく覚えているよ」
俺は笑いながらそう言った
「少し気になったのだが後ろの彼女は?」
幽々子が何かを言い出す前に少女は口を開いた
「お初にお目に掛かります、私はここ白玉楼で庭師兼幽々子様の剣術指南役を仰せ遣っております
魂魄妖夢と名乗った少女は座ったまま丁寧に礼をしてそう言った
「俺は黄昏虚と言う、魂魄…妖忌の後任か?」
「お祖父様をお知りなので?」
妖夢は少し目を見開いて驚いた顔をする
「まぁ昔少しな」
「お祖父様の居場所をお知りではありませんか?」
妖夢はおずおずと言った様子でそう尋ねてきた
「妖忌は行方不明なのか?すまないが俺は知らないな」
「そうですか」
俺の言葉に妖夢は少し肩を落とした
「彼頓悟しちゃったのよ~」
頓悟……えっとなんだったかな…確か仏教用語だったのは覚えているんだが……
俺が頓悟の意味を思い出していると隣に座っていた藍が近づいて俺の耳元に囁くように言う
「突然長い修行を経ずに悟りを開くことだよ」
「あぁ、スマン藍」
「まぁ外の世界では使うことは少ないだろうしな」
藍はそう言って苦笑を浮かべた
「あらあら~仲が良いわね~」
「えぇ私でも嫉妬しちゃうくらいね」
幽々子が茶化してそれに紫も同調するようにそう言った
「私としては紫様が羨ましく感じてしまいます」
「藪をつつけば何とやら……」
俺はボソリと呟いて話に入らないように庭の桜の木に視線を移した
「紫様は基本いつも虚に張り付いていますよね、結界の管理は私に任せっきりで、酷いときにはスキマに引きずり込もうとしたときもありましたよね?」
「あ、いや」
「我が主ながら恥ずかしいですよ、おまけに何日か前に虚の入浴…」
「止めなさい!藍止めなさい!」
紫が顔を赤くして藍の言葉を遮った
俺の預かり知らぬところで俺は襲われるところだったらしい
「あー、そのなんだ紫」
「何よ?!」
「そのアレだ、言ってくれれば……うん」
俺は歯切れ悪くそう何度も誤魔化すように頻りに目線を動かしてそう言った
気恥ずかしくなり顔が少し熱を帯びているのが自分で分かる、それは俺だけではないようで紫も少し頬が赤みを帯びているのが見えた
「あらあら~良いわねぇ~」
「……なら、今夜くらいにでも」
「うん、まぁ…うん……了解」
紫の言葉に俺は歯切れ悪く了承の言葉を出す
「藍ついて来なさい、結界直しに行くわよ!」
紫は居心地が悪くなったのか立ち上がり藍にそう言った
「ふふっ仰せのままに、橙ついて来い」
「はい!」
藍も続いて立ち上がり橙も後に続く
紫達三人は外に出るとスキマの中に消えていった
「置いて行かれたなぁ……」
俺はわざとらしくそう呟く
実際俺が紫達について行ったところで何ができる?と言うような状態になるので仕方がない
「そうね~でも紫が楽しそうで安心したわ~」
「なんとかまぁ上手くやってるよ」
俺は少し気恥ずかしくなり幽々子から目を逸らして頭を掻く
「えぇ良かったわ~」
そう言って幽々子は新しく菓子を取ってそれを食べ始める
「……魂魄」
「どうかいたしましたか?」
「これは何時ものことなのか?」
「…………はい」
俺は幽々子を見る
幽々子の手元にある菓子、今はカステラが握られているが先程までは大福が握られていたのを覚えている、その前は桜餅と目を離す度に菓子が変わっている
幽々子の健啖家ぶりは生前から変わりがないようだ
「まぁ、そのなんだ…お疲れ様」
「そのお言葉だけでも救われます」
妖夢は頬を綻ばせて笑った
「あらあら~虚さん妖夢は取っちゃだめよ~?」
「残念ながら俺の手はもう埋まってるよ」
俺は両手を頭の位置まで上げて降参というように手を振った
「幽々子様、私はこんな軟弱な男を好みませんよ」
「軟弱かぁ…うんまぁ頭が上がらないしなぁ……」
真顔であり声には動揺の欠片もない妖夢の軟弱と言う言葉に傷付きつつしっかりと言い返すことが出来ない俺はそう呟く
「あらあら~、でも丁度良いのかもしれないわね~」
「まぁこんな優柔不断な男にはしっかり決めてくれる人が良いんだろうよ」
俺は苦笑を浮かべながら幽々子の言葉を認めた
全部流されるままにしている俺もそろそろ決めないと駄目だよなぁ永琳……
いつか会わなければならない大好きな嫁さんのことを思い浮かべつつ俺は天井を見上げた
「…黄昏様、私と斬り合いませんか?」
突然の妖夢の言葉に空気が凍り時間が硬直したように感じた、いやどうやら硬直したのは俺だけのようだ
何かの聞き間違いでないかと耳を疑ったが妖夢の顔は至って真面目だ
確認のために幽々子を見てみるが相変わらずの微笑みを浮かべていてコクリと頷いた
「…………辻切りかね?」
ようやく俺の口から出た言葉はそんなものだった
「なっ?!言うにこと欠いて辻切りとはなんですか!?」
俺の言葉に妖夢は憤慨してそう言った
「いやいや考えてみてくれ魂魄、いきなり殺し合いをしようと提案されればそりゃ誰だって相手が辻切りとか殺人癖でも持ってるんじゃないかと疑うだろう?」
「迷いがあるならば斬ると良い、そうすれば全てが分かる!お祖父様はそう教えてくださいました!」
妖忌はそんな男だっただろうか?
そもそも俺はそこまで妖忌のことを知らないのに思わず答えの出ない自問自答をしてしまった
「ねぇ虚さん、妖夢のお願い聞いてあげられないかしら~?」
「まぁ立ち会いなら別に俺は問題ないが……」
「ならば斬り合いましょう!得物もお持ちのようですし!」
妖夢を見るとその目が輝いている
その目にはとても見覚えがある
豪鬼や勇儀や萃香と言った所謂戦闘狂と呼ばれるような連中と同じような目だ
「真剣でやるのか?」
「当たり前でしょう!真剣でなくして真実など分かり得ない!」
「お、おう」
妖夢はそう断言した
そのあまりの気迫に圧されて俺は頷いた
「なら私が立会人やりましょうか~」
「それではそこの庭でやりましょうか!」
妖夢は俺達が入った庭を指してそう言って部屋を出ていった
「……なんと言うか、なんかなぁ」
俺は妖夢を見送って苦笑した
「ふふっありがとうね~」
「まぁ紫に置いていかれて少し暇していたからな」
俺は立ち上がり縁側に置いてある草履を履いて庭に出る
庭にはそれなりに大きな桜が咲いており近くの砂利の上には桜の花弁が散っている
「あら、ありがとうね~」
縁側の方を見ると妖夢の傍らに浮遊していた白く丸い霊が上に山になった団子の皿を乗せて幽々子の隣に置いた
「それ全部食べるのか……?」
「そうね~ちょっと少ないかしら~」
この女は何を言っている?
自分でも顔がひきつるのが分かる
軽く数えたが三個の団子を突き刺した串が三十本程
それではまだ足りないらしい
俺は痛みが走り出した頭を抑えた
「黄昏様お待たせしました」
張り詰めた空気を纏い気合い充分と言った様子の妖夢が歩いて来た
先程はしてなかった少し古びているのか色が褪せている長い黒の手袋をしている
「魂魄……本当にお疲れ様」
「妖夢で結構ですよ、それに…慣れてますから」
妖夢は力なく苦笑してそう言った
先程までの妖夢の張り詰めた空気が軽くなった
「なら俺も虚で良いよ妖夢」
「さて、始めますか!」
妖夢は腰の二本の刀を抜き放つ
鞘や柄に桜があしらわれた長刀と装飾のない短刀でどちらもかなりの業物のようだ
応対するように俺も太刀を抜く
「業物というほどではなく…鈍でもない?」
「あはは、確かにコイツはあまり良いものじゃない、だけど嘗めるなよ?他人が使えば持てもしない鈍に違いない、だが俺のためだけに作られたコイツはどんな業物も断ち切る、たとえアンタの剣でもだ」
永琳の作った太刀
それは鍛冶師が心や魂を込めるように打ったものと正反対に位置するような太刀
計算され尽くし正確に機械で打たれ俺が使うためだけに作られた無機質な太刀
妖夢は深く息を吸って吐き出す
「『真実は眼では見えない、耳では聞こえない、真実は斬って知るものだ』お祖父様……いえ、御師匠様に教わった言葉です、故に私は貴殿を知るためにも斬る!剣こそが全てを私に教えてくれる!」
「待つんだその考え方は少しおかしい」
思わず待ったを掛けてしまった
妖忌の言葉はおそらくだが剣術は教わるのではなく盗め的な事を遠回しに言ったのではないかと俺は推測した
見るだけでは意味がない、人から聞くだけでは出来ない、だから実際に剣を振れ
詰まるところこう言いたかったのではないだろうか?
「どこがおかしいと言うのですか!」
「いや、知るってのは剣術に限った話だろう?誰かを知るために斬りつけてそれでソイツが死んだらどうする、知った相手が既に故人になってしまったら意味がないだろう?」
「何を言っているのです?死んでも結局のところここへ来るではありませんか」
彼女の勘違いを加速させているのはこの特殊な場所にもありそうだ
俺はそう考えながら頭痛を覚えだした頭を押さえた
「二人ともそれじゃあ準備は良いかしら~?」
幽々子の間延びした声に俺はため息を吐いてコクリと頷きそれに追従するように妖夢も頷いて二本の刀を構えた
幽々子はそれを確認するとコホンと咳払いをする
「双方殺すのは無しで寸止めとすること、良いですね?それでは双方いざ尋常に……
……始めっ!」
幽々子の言葉と共に妖夢は駆け出して俺に接近する
俺は横凪ぎに振られる妖夢の長刀を太刀で弾く
「重っ?!」
妖夢は踏鞴を踏みながらそう叫んだ
それなりに力を込めて弾き飛ばしたが妖夢の手から長刀は離れていない
俺は少し楽しめそうだと思いながら踏み込み太刀を振り下ろす
妖夢はなんとかと言った様子で短刀で受け流した
「言っただろう?特別製だって」
妖夢は俺の側面に回り込んで一歩下がり体勢を整えた
「やはり御師匠様の言葉は正しかった!」
妖夢はとても嬉しそうな声でそう叫びながら動く
その動きを表すならば一撃離脱
長刀短刀問わず一撃斬りつけた後に離れて俺の反撃を封じている
「これだ!私はこれを求めていたッ!もっとです虚様!もっと斬り合いましょう!さすれば真実が視える!刃の真実がすぐそこにあるッ!」
俺は妖夢の剣を弾きながら考える
とても面倒な状態だなぁ、完全に戦闘狂のスイッチが入ってる……
別の事を考えていると妖夢が再度突撃してきた
それなりの速さの長刀での突き、狙いは俺の胸
俺は太刀を立てて妖夢の剣を受け流した
しかし妖夢は待っていたと言わんばかりに体をクルリと捻りながらもう片手に持つ短刀を振る
俺は妖夢と交差するように踏み込んで短刀を躱した
「おっと危ない」
「危なげなく躱しておいてよく言えますね!」
妖夢は再度体を回転させながら俺へと突撃しようと身を低くする
俺はそれに合わせて妖夢の長刀を上へと弾く
だがもう片方の短刀で続く連撃を放とうとする妖夢
その短刀を俺は切り返した太刀で弾く
「そろそろ攻めるぞ」
俺はそう言って自身を守る剣がなくなった妖夢の喉に向けて太刀を突き刺す
妖夢は首を傾けて俺の突きを躱す
その反撃として妖夢は長刀を振り下ろそうとするが
その間に俺は既に太刀を引き戻して再度妖夢の喉を狙いながら突く
妖夢は目を見開いて驚愕の表情を浮かべてギリギリのところで躱してそのまま俺から距離を取った
「……手加減、してますね?」
妖夢は俺を睨みつけギリッと歯軋りするような憤怒の表情を浮かべた
俺は答えない、否定しないそれが答え
妖夢は肩の力を抜くように息を吐いて構え溜めを作った
妖夢の持つ大技か何かなのだろうと俺は察した
「殺す気で行きますよ」
「掛かってこい」
妖夢の雰囲気が変わる、刺すような冷たく鋭い殺気
「
『天女返し』」
そう妖夢が呟いた瞬間妖夢の姿がブレた
先程までとは明らかなる速さの違い
それは長刀と短刀による十字斬り
確かに速い……常人なら気づけば既に斬られているというような体験をすることになるだろう……
……それが常人ならば
「……え?」
甲高く響く金属音
そして妖夢の腕から二本の剣は離れて妖夢の後方へと吹き飛んでいる
俺のしたことは単純明快、ただ妖夢より速く動き、妖夢の長刀と短刀を弾き飛ばした、ただそれだけだ
「化物を嘗めるなよ半霊剣士、俺からすれば止まっているも同然だ」
俺は妖夢へと太刀を向けてそう言い放つ
「そこまで~、勝者虚さん~」
「お見事……です…」
妖夢の顔は驚愕が隠せていないようだがその顔はどこか晴れ晴れとしたようなスッキリした顔だった
俺は着いてもいない血を払うように太刀を振って太刀を納めた
「手合わせ感謝する」
「あっこちらこそです、とても有意義な手合わせでした!」
妖夢は慌てたように頭を下げてそう言った
「それは良かった」
俺はそう言ってパチンと指を弾く
その瞬間先程吹き飛ばした妖夢の二本の剣が鞘の中に収まっていた
ついでにもう一度鳴らして妖夢の隣にある地面の亀裂を
「みょん?!」
「ちょっと驚かせたか、すまんな」
「い、いえ……」
妖夢は不思議そうに自分の二本の剣を触って確かめている
「それなりに遠くに飛ばしたから戻しておいた」
妖夢は二本の剣を抜いて刀身を眺めた
驚いたことにその二本の剣は刃溢れ一つしていなかった
「業物だとは思っていたが俺の太刀を真っ向から受けて刃溢れ一つしてないとは……」
「妖怪の鍛えたこの楼観剣と白楼剣、そこらの剣と一緒にしないで下さい……そして謝らせて下さい、申し訳ございませんでした、私は貴方の剣を侮辱した」
妖夢は頭を深々と下げてそう言った
「あはは、大丈夫だ……コイツは俺みたいな怪力じゃないと使えもしない、それはアンタも吹き飛んだ時にも感じたんじゃないか?」
「しかし、私の剣を受けてもビクともしなかった、それほどまでにその剣は堅牢であったということ、故にして私は貴方に謝罪する、その剣を私は侮辱した」
一向に顔を上げずに言い続ける妖夢を見て俺は察した
あぁ、この子はとても頑固だ
そう思いながら俺は苦笑してコクリと頷いた
「その謝罪を受け入れる……だがこちらも申し訳ないことをした、手加減という無粋なものを立ち会いに持ち込んだ事をここに謝罪する」
「いえ、わた……」
俺は妖夢の言葉を遮って続けた
「そして、もしアンタが見たいと言うのであれば見せてやる、俺の持つ斬撃の境地って奴を」
妖夢は目を見開いて体をブルリと震わせた
「……お願い、致します」
俺は妖夢から距離を取る
そして俺は太刀に手を掛けた
妖夢は相対するように長刀だけを抜いて構えた
「準備は良いか?」
「何時でも」
妖夢は先程よりも更なる気迫を見せながら俺の一挙手一投足を見逃さないように注視している
俺は鯉口を切り、滑るように抜き放ち一閃
チンッと納刀音がなると同時に妖夢の隣の大地が割れた
「え……?」
妖夢は呆けた声を出して目を見開き自身の直ぐ側を通っている地面の亀裂を見る
「ご満足頂けたかな?」
「これは、もう笑うしかないですね……お見事です」
妖夢は乾いた笑い声をあげてそう言った
「ねぇ虚さ~ん、私ずっと無視されて悲しいのだけれど~?」
立ち会いの開始と終了の宣言をしていた幽々子が少し涙目で俺を避難がましく見ていた
「あぁ悪いな」
「それに妖夢~私は殺すのはなしって言ったはずよ~?」
「もも申し訳ありません!」
妖夢はハッと気がついたように慌てて頭を下げた
「話を聞いていたならば分かると思うが許してやってくれ、元々この手合わせに手加減という無粋なものを持ち込んでいた俺も悪いんだ」
「彼もそう言ってるし今回は不問にするわ~」
幽々子はパタンと扇子を閉じて微笑む
「しかし幽々子、お前二重人格とかないか?」
「そんなことないわよ~」
幽々子はコロコロと笑った
二重人格、そう尋ねたくなるほど立会人の合図をした幽々子と現在の幽々子で差異があった
「何時もあれくらいの威厳があればと常々思います」
「まぁ俺はこの雰囲気の幽々子の方が好きだよ」
柔らかく慈母のようであり、無邪気な子供のような掴み所のない雰囲気…嫌いではない
「あらあらどうしましょう~、妖夢~私口説かれちゃったわ~」
幽々子は茶化すように妖夢にそう言った
「幽々子様がなさりたいように、推すわけではありませんが彼は幽々子様をお守りする力があり、剣を打ち合わせる限りでは邪な気配はありませんでした」
「あらあら~」
妖夢の言葉にどうしたものかと言うように幽々子は扇子で顔を隠した
「悪いが…」
「ねぇ虚、少し節操が無さすぎるんじゃないかしら?」
俺の言葉を遮り俺の名前を呼ぶ女の声は底冷えするような声だった
「ゆ、紫まずは話をしようか、全てはそこから始まる事だと俺は考える」
「話?私には幽々子に好きだと告白する貴方の声が聞こえたのだけど?アレは私の幻聴とでも言うつもりかしら?」
振り向くと扇子で口許は見えないが笑っていない目をして俺を見つめる紫の姿
「妖夢さん、これ頂いても良いでしゅ、すか?」
「橙さん、これオススメですよ」
妖夢に助けを求めようとしたが妖夢は橙に菓子を勧めて我関せずを貫くように菓子の話に移っていた
「虚、お前は紫様だけでは足りないのか……」
ジトリとした藍の避難がましい目
「いや、別に幽々子を口説いたわけではなくてだな…」
「酷いわ虚さん、私を弄んだのね」
悲しそうに目を伏せ扇子で口許を隠して弱々しい声を出す幽々子
絶対あの扇子の下で笑ってるやがる!
しかし女の演技力は嘗めてはいけない、端から見れば今の幽々子は男に弄ばれた貴族の女にしか見えない
「……紫様、そろそろ虚を弄るのも止めましょう少し可哀想です」
どうしたものかと悩んでいると苦笑しないる藍から助け船が出された
「全く、オロオロする虚を見るのが愉しいのに」
「中々愉しめたわ~」
詰まらなさそうな顔の紫とコロリと表情を変えて何時もの笑みを浮かべる幽々子
「さてそれじゃ仕事も終わったし帰りましょうか」
「今日はありがとね~」
俺達は幽々子と妖夢に見送られてスキマに入った
「なぁ紫」
「何?」
橙と藍の後に家に入り靴を脱いで家に上がろうとしたとき虚に呼び止められた
振り向くと浮かない顔の虚
「……結界の修復に行ったんだよな?」
「そうだけど、どうして?」
「…………ドレスの裾、焦げたような痕があるぞ」
気が付かなかった
チラリと虚の視線の先の裾を確認すれば焦げたような真新しい汚れがある、だがとても小さいものだ
霊夢のものか、白黒魔法使いのものか、それともメイドのナイフか……
「あら、藍に行っておかなくちゃね」
パチンと指を弾いた音が響いた
瞬きもしていないのに最初からそんなものは無かったというように汚れは綺麗に消え去っていた
「……それは正直どうでも良いんだ、大事なことじゃない、俺が聞きたいのは修復したとき…………誰かに襲われたのか?」
虚の本当に心配しているような声
最後の言葉には沸々と沸き上がっているような怒りの感情が込められている
それがとても嬉しく感じてしまう
「ふふっ心配してくれてありがとね、だけど大丈夫よ」
私は近くに寄って来ていた虚を抱き締める
段差の関係で虚は私の胸の中に顔を埋める形になり、少し苦しそうに動いているが気にしない
「……くふ、紫苦しい」
「ごめんなさいね、でも貴方が心配してくれるって思うと嬉しくてね」
「心配くらいする、お前はもう俺の……いや、やっぱり止めておこう」
ほんのりと顔を赤くして言葉を止める虚
赤くしている理由は先程まで呼吸が出来なかったからか、それともその先の言葉を言うのは恥ずかしいからか
「なによ気になるわね」
「女心を知れって言うなら、お前も俺の心を知ってくれ」
それ以上はもう話したくないのか虚は私を抱き締める力を強めて口を噤んでしまった
私はそのまま虚の頭を撫でる
この幸せな時間が終わるのは藍が戻って来るまで続いた
これにて春の来ない異変の後日談
閉幕でございます