新原紲の魔法相談室   作:ゼガちゃん

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お待たせしました。
亀更新で申し訳ありません。

続きです。


開幕する

「ヤバいヤバいヤバい!!」

 

 屋上で紲と龍宮コウジの戦闘はまだ続いていた。

 龍宮コウジは紲の異常さを認め、全力で以て向かってくる。

 

 足に『魔力』を流し、紲との距離を一気に詰める。

 

「フッ!!」

 

 短く息を吐きながら龍宮コウジは拳を放つ。

 ただ拳を放つのではなく、そこに『魔力』をコーティングさせる。

 そうする事でただの突きがメリケンサックを装備した突きに早変わりだ。

 

「ぐっ!?」

 

 そんなものを顔面にめり込ませようとしているのだ。

 喰らえば一溜まりもないのは当然の話。

 拳の軌道を読んだ瞬間、身体を沈み込ませて拳を回避する。

 

「甘い!!」

 

 そんな回避など龍宮コウジにはバレバレであった。

 即座にこれまた『魔力』でコーティングされた蹴りが飛んでくる。

 

「っ!?」

 

 両腕を胸の辺りで交錯させ、反射的に蹴りを受ける。

 無論、それだけでは受け切るなど到底無理な話である。

 

 今度は紲の方が腕に『魔力』を纏わせ、鎧のように強固にさせる。

 『基本魔法』とも呼べる全身を守る《アーマー》を使えない紲は『魔力』を一部に集約させる事で代替となる方法で防御する。

 だが、それでも足りない事を紲自身が一番に理解している。

 

 姿勢が低いのは難点だが、それこそ下へと避けた効果が出てくる。

 

「っ!!」

 

 当たる寸前――――インパクトの刹那の瞬間を狙い、紲は“低姿勢のままで後ろへ跳んだ。”

 

「ぐっ、おっ!?」

 

 それでも威力は殺しきれず、紲は固いコンクリートの床を滑る。

 

「…………ほお、なるほど」

 

 今の結果を見た龍宮コウジは理解する。

 身体を沈ませたのは龍宮コウジの攻撃を「蹴りのみ」に絞らせた。

 相手に決定打を与えたい状況、だからこそ咄嗟に「蹴り飛ばす」選択を取った――――否、取らざるを得なくした。

 極限の状況で、戦い慣れているからこそ出された選択。

 経験値を利用した見事な回避方法。

 逆に拳を選択していたらどうしていたのか?

 僅かに時間はある。

 これまでの新原紲の動きから避けるだけの余裕はあっても不思議ではない。

 それとも、龍宮コウジも知らぬウルトラCでも用意していたか。

 

「いずれにせよ、楽しくなってきたな」

 

「嫌な喜び方だな」

 

 別に彼を喜ばせたいが為に紲は奮闘している訳ではない。

 

「栄華の為にも勝たなきゃいけないんだ」

 

「龍崎栄華か?」

 

 紲の宣言に龍宮コウジはその中の含まれた固有名詞について訊ねてくる。

 

「そうだよ」

 

「あいつが頼ったのは、おまえだった訳だな」

 

「さあな?」

 

 栄華がどんな理由で紲を頼ってきたのかは分からない。

 でも、彼女は打算だとか計算とかは二の次にしていたように思う。

 少なくとも新原紲の事を最初から信用してくれていた。

 心の底からの声を紲は無下にしよう等とは考えない。

 

「まあ、栄華の事も含めて学校にまで手を出してるお前を止めなきゃって点はあるからな」

 

 理屈ではない――――彼にとっては頭で考えるものではなく心の底から込み上げてきた答えなのだ。

 栄華を助けたい、学園の皆を守りたい、それが新原紲の原動力だ。

 

「他人の為…………その原動力は大したもんだな、実際」

 

 紲の原動力を耳にし、龍宮コウジの返しは馬鹿にしたような物言いであった。

 さすがに言われた当人も悪意ある言い方に良い思いをする訳もない。

 

「どういう意味だよ?」

 

「いや、何。おまえの異常さに感嘆していただけさ」

 

「何が異常だって言うんだよ?」

 

 龍宮コウジの遠回しの話し方に紲は突っ掛かる。

 紲の受け答えに「待ってました」とでも言いたげに龍宮コウジは同様に言葉を以て返した。

 

「今までの話を聞いてるとさ――――自分の事は勘定に入れないタイプだろ?」

 

「はあ?」

 

 質問を質問で以て返される。

 自分の事は勘定に入れてない…………一体、何を言ってるのか分からずに当然ながら紲は呆けた声が出る。

 

「いやさ、戦う理由にそうやって他人を絡ませないと戦えないタイプなんだろ?」

 

「別にそういうんじゃない。ただ栄華の為に戦わなくちゃならないって思っただけだよ」

 

「“そういう所だよ”」

 

 紲の即答に対して龍宮コウジの切り返しもす素早かった。

 

「自分を二の次に置いて戦うだなんて普通なら出来やしない」

 

 褒めてるのかどうか分からなくなる。

 だが、素直に褒めてる訳ではない事位は分かる。

 

「そうじゃないって否定するなら、おれに栄華お嬢や学園以外の理由で戦う姿を見せてみろよ!!」

 

 言葉を叩き付けると、脱兎のごとく駆け出してきた。

 間合いを詰めたいのがありありと伝わってくる。

 だが、それは紲にとっても好都合な展開だ。

 

 基本的に紲の攻撃は『魔力』を通しての肉体攻撃。

 遠距離攻撃の手段が少ない以上、接近戦は相手の土俵だろうと願ってもない事ではある。

 

「っ!!」

 

 だからこそ、龍宮コウジと同様に疾駆する。

 恐れもせずに駆けてくる姿を見て龍宮コウジはほくそ笑む。

 近接戦闘が龍宮コウジの土俵である事の裏返しにしか思えてならない。

 

「俺が戦う理由を知りたいとか何とか言ったよな?」

 

 栄華の為でも、学園の為でも、それは所詮は借り物の理由だと言う。

 

「それはな、お前が知らないだけだよ!!」

 

 互いに疾駆するのだからぶつかり合うのも速かった。

 

「おらぁっ!!」

 

 紲は握り拳を真後ろへ持ってくると、身体を大きく捻って弾丸のように顔面へ打ち込む。

 パチンッ!! と、乾いた音で紲の渾身の一打は受け止められた。

 

 彼の戦闘スタイルを見ていれば分かってしまう。

 有効打が紲自身の肉体による打撃のみ。

 そうなると、狙うは倒す確率の高い急所だ。

 頭部や金的、狙いやすさで言うならやはり頭部だ。

 なので、読んでいた――――が、

 

「んっ!?」

 

 紲の拳を受け止めたと言うのに勢いは止まらない。

 それはそうだ。

 互いに全力で駆けており、先手を紲が繰り出した事で飛来してくる物体に龍宮コウジは自ら飛び込んでいったも同然なのだ。

 

「っ!!」

 

 歯を食い縛り、体重を前に乗せる。

 地面に付いた足を更に強く蹴り上げる。

 腕に力を込めて、身体を地面に倒れ込んでしまう位に捻る。

 

 ドォッ!! 龍宮コウジの手もろとも紲の拳を叩き込む。

 

「――――――っ!?」

 

 突然の出来事に龍宮コウジは何が起きたのかを理解できずに硬直してしまう。

 しかし、紲はその一瞬を見逃すまいと身体を即座に動かした。

 

 勢いをそのままに身体を一気に低くする。

 

「せっ!!」

 

 地面スレスレに足を旋回させる。

 龍宮コウジの足を狙い打ちし、彼の体勢を崩させる。

 

「ぐおっ!?」

 

 一瞬の浮遊感から己が地に足が付いていない状況なのは分かった。

 

「《龍の足》」

 

 それが『魔法』によるものだと紲もすぐに分かった。

 龍宮コウジの両足に『魔力』が循環していく。

 彼の両足を『魔力』で象られた一回り大きい龍のような足に覆う。

 それで学校の屋上を踏み着けて崩れていたバランスを無理矢理に直す。

 

「っ!!」

 

 そんな事など紲には御構い無しだ。

 それならそれで体当たりをもう一度するだけ…………

 

「ふんっ!!」

 

 紲の行動よりも先に龍宮コウジは気合いの声と同時に足を振り上げた。

 

「うおっ!?」

 

 まさかの事態に紲はバックステップを踏む。

 急な事なので一歩ばかり遅れる。

 直撃を何とか回避しようと身を捻る。

 背中を《龍の足》の爪が裂く。

 

「ぎぃっ!?」

 

 学ランを容易く切り裂きながら紲の背中に横一文字の傷を作る。

 感触から傷が浅いのは救いだが、それでも勢いあっての一撃と言うのはそれだけに留まらない。

 巨大な団扇を振るわれたかのような風が発生する。

 瞬間的な事ではあるが、紲は発信源の傍に居た事でまともに食らう。

 ボールのごとく身体を投げ出され、屋上の地面にキスするはめとなる。

 

 学校の制服は『魔法』を扱う関係上、刃物などでも切れないように、『魔法』でも破けないように、鎧のような役目も担えるよう頑丈な造りになっている。

 それをも貫通してくるのは紲にとっても予想外だった。

 全力で回避をしていなければ胴体が真っ二つにされていてもおかしくない程の威力だと身に刻み込まれる。

 

「くっそ」

 

 悠長に構えている場合でないと身体に指令を送る。

 龍宮コウジが倒れる紲が起き上がるのを待つ程に心の広い人物だとは思っていない。

 起き上がった直後、龍宮コウジは《龍の足》を発動させた状態で横からの蹴りをかます。

 

 まともに受けては紲の身体がバラバラになりそうだ。

 それは先程に爪の箇所だけを掠めた時に実感している。

 ただ紙一重に避けるだけでは、結局は繰り出された蹴りの風圧で吹き飛ばされてしまう。

 だから、求められるのは完全なる回避である。

 それを行うのが難しい程に龍宮コウジの攻撃はドンピシャのタイミングで行われた。

 

「う、おおおおおおっ!!」

 

 なので紲は“蹴りが向かってくる進行方向へと駆け出した。”

 龍宮コウジの《龍の足》が追随してくる構図になってしまう。

 だから、与えられた選択肢の中で唯一の突破口へと足を踏み出した訳だ。

 

「愉快愉快。けどよ、“いつまでも続くと思ってねえよな?”」

 

 紲の咄嗟の判断は面白いと評する。

 さっきの轍を踏むか、もしくは新たな道を模索するのかの選択だ。

 紲は後者を選択した訳だが…………龍宮コウジの方が有利である。

 

 直後、《龍の足》が先程よりも大きさを増した。

 目算でも直径では3メートルはありそうな太い足へ変貌を遂げる。

 大きくなる――――それは“逃げ場を減らす行為だ。”

 

 屋上というフィールドは上空以外は動ける範囲に制限がある。

 その為にも上に逃げられないよう大きさを増強させて、紲の行き先を一点に絞らせた。

 このまま進む先は屋上を囲うフェンスだ。

 

「っ!!」

 

 そんな事、言われずとも分かっている。

 否、後手後手に回っていく手前に“これしか後ろから迫るものから逃れる手段が取れなかった。”

 

「とっ、おおおあぁぁぁっ!!」

 

 掛け声と共に走り幅跳びの要領でフェンスに掴まると勢いよく登り始める。

 しかし、それでも龍宮コウジの攻撃の完全回避とまでは言えない。

 迫り来る巨大な《龍の足》を振り上げれば、上空へ逃げようともハエ叩きの要領で打ち落とせる。

 

「逃げ場は無いぞ!!」

 

 ここまで良くやったと称賛する意味でも告げている。

 この学園で天宮紗香以外にも強者が居た事に驚いている。

 しかし、所詮は学生レベル。

 地力の差、特に経験値が違いすぎる。

 稚拙な策で龍宮コウジの『魔法』や戦闘技能を越えてくるのは不可能な話だ。

 

「それでも、良くやったと褒めてやるよ!!」

 

 その時は迫る。

 フェンスごと新原紲を叩き落とす。

 仮に上空へ逃げたとしても逃がしはしない。

 

「いや、まだだっ!!」

 

 龍宮コウジの勝利宣言を受けてなお、紲は叫ぶ。

 彼が諦めていないのは伝わるが既に逃げ道は閉じている。

 そう思っていたからこそ、紲の選択に龍宮コウジは目を見張る。

 

 

 

 

 

 何故ならフェンスから“下へと飛び降りたからだ。”

 

 

 

 

 

「うおおおおおっ!!」

 

 雄叫びを上げながら紲は落ちていく。

 馬鹿な選択を、と龍宮コウジは呆気に取られる。

 《アーマー》を扱えぬ彼が屋上から飛び降りるなど、文字通りの飛び降り自殺を行うに等しい。

 だからこそ、紲が屋上から飛び降りる筈がないと龍宮コウジもその選択を除外していた。

 だというのに、彼は“選んだのだ。”

 

 ガシャッ!! と、フェンスを遅れて突き破る。

 その直後に ドンッ!! という大きい衝撃音が木霊した。

 

「今のは…………まさかっ!?」

 

 一瞬フェンスを突き破った破片の落ちた音かと思われたが、それにしては音が大きすぎる。

 《龍の足》を解除して突き破ったフェンスに近付き下を覗き見る。

 この真下には校舎と体育館を繋ぐ連絡通路がある。

 その通路の屋根――――新原紲はそこに着地していた。

 

「はっ、はは」

 

 内心では新原紲の意外な強さに感心している。

 どの『魔法使い』とも違う異色の戦い方。

 本来なら誰でも扱える『基本魔法』を見たところ彼は扱えていない。

 攻撃に関しても打撃中心である事から決定打に欠ける『魔法』ばかりなのが容易に想像できてしまう。

 

 そして今回、『魔法』でも何でもない地形を利用しての回避。

 分かっていたとしても、失敗したらどうなるか分からない。

 それでも紲は飛び降りて成功させた。

 

「面白い、面白いな。新原紲」

 

 笑うしかない。

 そして、表面化した力しか見抜けない自分がまだまだだと自覚させられる。

 

 

「どうやらおれはまだおまえを過小評価していたようだ。許せ」

 

 突然の謝罪。

 それと同時に龍宮コウジも紲と同じフィールドまで降り立つ。

 ドォンッ!! 辺りに響く衝撃は凄まじいの一言に尽きる。

 屋根も降り立った衝撃に耐えられないのか、ヒビが入っているではないか。

 

「んじゃあ、続きと行こうぜ」

 

 紲への評価を改めた龍宮コウジが バコンッ!! と、屋根を蹴り砕きながら突進してくる。

 

「くっ!?」

 

 速い、確かに速いが1つ欠点が挙げられる。

 体育館と繋げる通路だというのもあり、一本道として造られている。

 

「《サンド》」

 

 手のひらに一握りの砂を生成し、それを投げる。

 目で追い付けなくとも軌道は読めているのだ。

 だから、当てようとするだけなら難しい話ではない。

 ただ、当たってくれるかどうかとは別問題である。

 

「当たらねえよ!!」

 

 撒かれた砂を腕を振るうだけで払い散らす。

 そうしながらも加速するのはさすがの一言である。

 だから、紲も負けずに手のひらを向ける。

 これを成功させる為の伏線でもあるのだ。

 

「《ライト》」

 

 突如、かざされた手のひらから光が発せられる。

 光の強さは懐中電灯程しかない。

 それでも目に光が入ればまともに開けてもいられない。

 龍人と言っても人間と生態系が変わらないのだから条件反射に目を瞑ってしまう。

 

「ぐっ!?」

 

 証拠に呻きながら龍宮コウジの速度が落ちた。

 

―――ここだっ!!

 

 こちらからも龍宮コウジの懐へと飛び込む。

 右拳に『魔力』を乗せる。

 それもただ乗せるのではなくて、右腕に纏わせるように渦を起こす。

 

「螺旋擊!!」

 

 決定打の『魔法』を持たない紲が編み出した『魔力』による打撃。

 『魔法』で強化された学校のガラスを砕く威力だ。

 それをがら空きの胴へ叩き込――――

 

「あっ、ぶねえなっ!?」

 

 視界が回復していない内なのに“身体を右へズラして回避してみせた。”

 

「『魔力』を使ってるおかげで、見えなくても読めるってもんだな!!」

 

 言う通りではあるが、咄嗟に判断できる龍宮コウジの方が異常なのだと文句を付けたくなる。

 けれど、これで終わってくれよう筈がない。

 

「《龍の足》」

 

 すかさず、右足に先程と同様の『魔法』が掛けられる。

 横から蹴り込まれる。

 

 避けられぬと判断するのは素早かった。

 咄嗟に両腕に『魔力』を込めて胸の前に持ってきて交錯させる。

 次の瞬間には龍宮コウジの蹴りが両腕に直撃する。

 

「ぐっ、づあっ!?」

 

 短く悲鳴を挙げながら紲は身体を後ろへ投げ出す。

 前からの勢いに逆らうのは正面から吹く突風の中で前進するのと同じ位の愚行である。

 後ろに下がる事で勢いを最大限流すしない。

 だからこそ、自ら後ろに身体を投げた訳なのだが…………

 

「ぐおっ!?」

 

 それでも、流しきるのは難しい。

 龍宮コウジが蹴りを振り切る頃には、紲の身体は屋根を転がっていく。

 二転三転…………紲の視界がコロコロと変わっていく。

 止まった時には体育館の壁に背中を打っていた。

 

「がっ、あっ!?」

 

 背中からの激痛が走る。

 けれど、それでうずくまっていては良い的でしかない。

 既に龍宮コウジは接近してくる。

 

「こうなったら…………」

 

 身体を起き上がらせる。

 紲が立ち上がったのを確認するや、龍宮コウジは駆け出す。

 その顔には笑みが描かれ、右の拳を叩き込もうと後ろ手に引く。

 

「面白がりやがって…………」

 

 それが良い事なのかは紲にも不明だ。

 突撃してくる龍宮コウジの動きは直線的だ。

 そこへ合わせて紲は体育館の壁めがけてジャンプする。

 

「でやっ!!」

 

 そこから無理矢理、龍宮コウジの頭上を飛び越える壁ジャンプを決行した。

 

「はあっ!?」

 

 勢いを殺しきれない龍宮コウジは体育館の壁に真正面から振り抜かれた拳が激突。

 如何程の威力があったのか、壁にヒビが入る。

 

「うおおおおおっ!!」

 

 この機を逃すまいと、紲は龍宮コウジの背後に肩からのタックルをかます。

 未だに拳を叩き込んだ状態で尚且つ身体の勢いが前進していく龍宮コウジ。

 最後の一押しで体育館の壁を突き破る。

 中へ入る事になるが、その先には“足場がない。”

 急転直下――――体育館の地面に激突するのは自明の理であった。

 

 バコッ!! 地面に穴を作る音がする。

 龍宮コウジがそれで終わってくれる等とは微塵も考えていない。

 壁の大穴から下を見下ろす。

 龍宮コウジは地面に穴を空けながらも大きなダメージを負った様子はない。

 むしろ、紲の方を見て不敵な笑みを浮かべながら告げる。

 

「さあ、続けようぜ」

 

 紲も冷や汗を垂らしながらどうしようかと思考を巡らせる。

 どのみち背を向ける選択肢はない。

 足に『魔力』を込めて、同じ舞台まで飛び降りる。

 

「望み通り…………やってやるよ」

 

 無事に着地してみせた紲は龍宮コウジを倒すという決意を持って相対する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メイア達、図書室に閉じ込められた生徒達の状況はと言えば――――

 

「こ、こんなにしんどい作業だとは…………思わなかった」

 

 男子生徒の1人が床に造った人一人が入れる程の大穴を眼下にしながら息を荒げる。

 

 穴を掘る作業事態は攻撃的な『魔法』を使えば容易く造れる。

 問題となるのは校舎の床の破壊の方だった。

 校舎そのものが“そう簡単には砕けないよう『魔法』で強化されている。”

 けれど、これには実は裏技があるのをメイアは目撃した事がある。

 新原紲が窓ガラスを物理的に破壊してみせた時の事だ。

 彼が破壊せしめたのは偶然でも怪力だからでもない。

 ただ単に『魔力』の使い方を人一倍理解していただけなのだ。

 あの時、彼は自身の腕に『魔力』をコーティングさせて一気に振り抜いて窓ガラスを割ってみせた。

 

 同時に『魔法』ではなく、それで砕けた事に疑問を抱いた。

 その時は規格外かと思ってもいたが、シンプルな回答があっただけなのを後に知る所となる。

 

「ア、アタイもこんなに疲れるとは…………思いもしなかったね」

 

 額に汗を垂らす一堂、その中でも際立っていたのはメイアである。

 発起人である彼女が人一倍に頑張ったのを裏付ける証拠だ。

 

 床を砕いた要因は「一点突破」の一言に尽きる。

 同じ箇所を何度も何度も何度も――――砕けるまで『魔法』を叩き付けていた。

 紲は『魔力』を回転させる事で窓ガラスに振動波のようなものを与え続けた結果なのだと言う。

 要は壊れるまで根性を見せただけの事だ。

 

「これを…………あとは、横に掘るだけです」

 

 隣で央佳が言うものの簡単な話で終わってはくれない。

 横穴を校庭まで結び付けるように穴を堀り続ける必要がある。

 そこまで何メートルもある距離に穴を作るのに『魔力』が保つのかどうかもある。

 それに何より『魔法』を用いての力業による穴掘りだ。

 何かの拍子に岩盤の崩れから生き埋めにならないとも限らない。

 

「でも、やるしかない」

 

 柱などを形成して、崩れないよう細心の注意を払えば良い。

 あとはテレビの丸受けで『魔力』を使って素手で穴掘りをしてやろうではないか。

 

「よし!! 行こう!!」

 

「はいです!!」

 

 メイアの先導に央佳は腕を高々と挙げて賛成をする。

 他のメンバーも呼応し、それぞれやる気に溢れるように声を上げる。

 

 

 

 

 

 

 その直後に ガラッ と音をさせながら図書室の扉が独りでに開いた。

 

 

 

 

 

「え?」

 

 何が起きたのかをメイアは理解できなかった。

 扉が開くのは自然な筈だが、先程までうんともすんとも言わなかった扉が勝手に開いたのを疑問に思わない訳がない。

 だから、メイアの口から溢れたのは疑念の声である。

 

「一体、何が起きたのです?」

 

 央佳も同様の疑念に視線を扉へと向ける。

 何者かがこの図書室に投げ込まれるように入って来て――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放送室を占拠するキリヤの前には天宮紗香、それと龍崎栄華の2人が並んでいる。

 両者の力を知るからこそ、キリヤは思わず後退って壁際――――窓ガラスが背中に当たる。

 

「どうにも、自分みたいなのに2人掛かりは異常な程の戦力オーバーじゃないッスか?」

 

「安心して。それだけ認めてる事の裏返しだから――――ね!!」

 

 直後、浮かべていた数多の剣がキリヤへと殺到していく。

 左右上下…………あらゆる角度から死角無しに剣の雨が降り注がれる。

 

 壁なんかは『魔法』により強化されていて、傷付く心配はない。

 放送機材からは当たらない位置にあるので大丈夫。

 テーブルとパイプ椅子に関しては後で補充してもらうだけだ。

 

「こんなの、狭い部屋の中で投げ付けてくるものじゃないッスよ!!」

 

 キリヤが次に取った行動は窓ガラスに手で触れる事だった。

 直後に窓ガラスが独りでに開いた。

 そこへすかさずキリヤは身を投げ出した。

 

「なっ!?」

 

 さっきまで開く気配を見せなかった窓が開いた上にキリヤを外へと逃がしてしまった。

 栄華と2人、咄嗟に窓まで駆け寄って下を覗くも誰も居ない。

 

「後ろの扉!!」

 

 次に叫んだのは栄華だった。

 彼女の叫びに反応して紗香も身体を反転させる。

 放送室の扉――――そこも勝手に開いた。

 

「いやぁ~、参ったッス。自分はあまり戦うのは得意では無いものですから」

 

「逃げるのには特化した『魔法』のようだけど?」

 

 本当にそうなのかどうかは紗香にも分からない。

 真実は攻撃的な『魔法』の応用と言われても驚きはしない。

 何と言っても実例(新原紲)を目の当たりにしているのだから。

 

「何より、栄華お嬢様とは特に相性が悪いッス」

 

 今のは栄華の未来予知の『魔法』によるものか、はたまた『魔力感知』によるものか。

 いずれにしても、キリヤからすればいやらしい手立てではあるようだ。

 

「なら、取る手は1つッス」

 

 指を パチンッ!! と鳴らした。

 すると、開きっぱなしだった窓ガラスから白い光が発せられる。

 

「これ、は!?」

 

 すぐ傍にいた栄華の身体は白い光へと引き込まれていく。

 身体が勝手に持ち上がり、そのまま窓の外へと放り出され――――

 

「させない!!」

 

 何が起きているのかなど分からないが、させられないと紗香も身体が咄嗟に動いた。

 剣を杖の代わりに地面へ突き刺し、栄華の腕を掴む。

 

「ぐっ!?」

 

 紗香の方には窓からの引力は発生していない。

 それでも栄華を引き込もうとする力は弱まる気配を見せない。

 

「悪いッスね。こっちも栄華お嬢様に居られると困るんで邪魔させて貰うッス」

 

 瞬間、紗香の腕を弾き飛ばすように下から蹴りが上げられる。

 その勢いに負けて紗香の腕は真上を向かされる。

 そして、手を咄嗟に放してしまった。

 

「栄華!!」

 

 今ならまだ間に合う。

 足に『魔力』を流し込み、跳躍して栄華の腕を掴もうと画策して――――

 

「させないッス」

 

 キリヤの回し蹴りが紗香の眼前に迫る。

 超人的な反射神経で咄嗟にしゃがみこみ、大振りな蹴りを回避した。

 

「せっ!!」

 

 剣を一本造り出すと、横薙ぎに振るう。

 しかし、紗香の方も空を切るだけに終わる。

 直前にバックステップを踏まれ、紙一重でかわされた。

 

「っ!!」

 

 今はそんな事はどうでもいい。

 栄華の方はと言えば、窓の白い光の中へと呑み込まれていった。

 すると、役目を終えたとばかりに白い光はあっさりと消え去った。

 

「栄華!!」

 

 彼女の名前を再度叫ぶものの反応はない。

 だが、今ので何が起きたのかは察せられる。

 

「栄華を“何処へ飛ばしたの?”」

 

 窓から出たのに放送室の扉から入ってきた。

 そこから連想されるのは空間移動系統の『魔法』ではないかと推察できる。

 詳細な条件こそ不明だが、大雑把な理屈としては間違っておるまい。

 

「それはさすがに教えられないッスよ」

 

 敵であるのに自身の情報を漏らすなど有り得ない。

 余程の自信家か、話す事でメリットのある『魔法』位なものだ。

 

「それもそうね。聞いた私が悪かったわ」

 

 それが普通。

 天宮紗香とて伊達に“この手の事柄に慣れてはいない。”

 

「なら、吐かせたくなるようにするだけよ」

 

 随分と物騒な物言いをして――――天宮紗香は剣を片手に疾駆した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃっ!?」

 

 栄華は自分が何処へ飛ばされてしまったのか分からない。

 気付けば別の場所へと放り出されていた。

 

「こ、ここは…………」

 

 周囲を見渡せば本棚とテーブルが置いてある。

 紲に学内を案内して貰った時にも見覚えがあった。

 

「図書室…………ですか」

 

 今の自分の居場所がハッキリと確認できる。

 そこまで距離のある場所まで運ばれなかった事は大きい。

 学内だと言うなら打開策はまだある。

 

「アンタは…………」

 

 栄華は声を掛けられ、そちらを振り向く。

 銀髪に雪のような白い肌、それに空のような澄み切った青い瞳。

 可愛いよりも美人の方が似合いそうな外見をしている。

 そこに付け加えて彼女の両耳は尖っていた。

 『エルフ』と呼ばれる種族。

 その人物――メイア――に真っ先に話し掛けられた。

 

「えと、確か転校してきた先輩さんです?」

 

 彼女の横に立つ『鬼』と呼ばれる種族の少女――央佳――が重ねて質問するように問い掛けてきた。

 身長は腰の辺り程しかないので低い。

 黄色いショートカット、目はクリッとした可愛らしさが外見で表現されている。

 

「名前は、龍崎栄華さん?」

 

「何故、わたくしの名を?」

 

「だって教室まで来ていたんだもの」

 

 言われて栄華も思い当たる節がある。

 本日、紲に会う為に教室まで自らの足で出向いた事実を。

 言われてみると「なるほど」と納得してしまう。

 そうなると、話の筋から彼女等は紲のクラスメイトである可能性が断然高くなる。

 

「アンタが来たって事は…………生徒会長や紲も?」

 

「ええ。来ていますよ、もちろん彼も」

 

 メイアは瞬間的に紲の名前だけは小声で問う。

 ここにはメイアと央佳以外にも生徒は居る。

 一年坊の訳の分からない少年よりも知名度の高い生徒会長の救助の来訪を訊ねるのが一番早い。

 栄華はメイアの意図を汲み取りながら紲の来訪も教えてくれた。

 

 生徒会長だけでも他の面々にとっては嬉しい援軍だろう。

 しかし、『エクリプス』等というテロ組織の事を知るメイアからすると楽観視は危険だと頭の中では警報が鳴りっぱなしだ。

 

「脱出したいんだけど、扉って開くの?」

 

「恐らくは…………無理ですね」

 

 栄華は自身が放り出された図書室の扉を振り返る。

 引けば開きそうな扉であるのだが、それは叶うまいと直感的ながら判断した。

 

「今は何を為さるおつもりだったんでしょう?」

 

「穴を掘って脱出しようとしてたのさ」

 

 脱出方法を聞くと、目から鱗の内容ではないかとメイアも思った。

 扉関連が開かないのであれば穴を掘れば良い。

 考えてもみれば、栄華達も地下道を利用して校内へ潜入してみせた。

 早い話、穴掘りによる脱出はあながち間違いではない発想である事が窺える。

 

「わたくしも手伝いましょう」

 

 外へ出られれば不自由さから解き放たれる。

 そうなった時こそ、他の面々も気負いせずに戦えるというものだ。

 それに他の閉じ込められたメンバーも助けられるかもしれない。

 

 

 

 

 

「なるほど、気になって来てみて良かったと言えますね」

 

 

 

 

 

 途端、開かずの扉がいとも容易く開かれた。

 そこには30代程のスーツの男性が立っていた。

 その男をメイアは、央佳は、生徒達は知らない。

 だが、彼をよく知る人物がここに1人だけ――――

 

「日下、部?」

 

「はい。そうですよ。栄華お嬢様」

 

 名を呼ばれ、事務的な態度で接する日下部。

 何が、何故、どうして――――――頭の中で何度も何度も構成されるクエスチョン。

 その度にレッドシグナルで警報が栄華の中で鳴る。

 本来なら従者である彼にそう思うのはおかしな話である。

 けれど、でも、しかし――――今この瞬間の警戒心はまず間違いなく当たりであると栄華は思った。

 

「あなたは、まさか…………龍宮コウジと繋がっているのですか?」

 

「バレてしまいましたか。まあ、こうして出てしまえば分かる話ですよね」

 

 今ならまだ「助けに来た」と否定する事も叶った。

 だが、栄華の方が確信を持ち始めていた事から無意味だと日下部は断じたのだ。

 

「ええ、龍宮コウジの為に――――栄華お嬢様。あなたには消えて貰います」

 

 これ以上は話すことはないと一歩、日下部は近付いてくる。

 

「待ちなさいよ」

 

 それに真っ向から立ち向かうのは栄華では無かった。

 縁も所縁もない筈のメイアだったのだから。

 

 

「何か御用でしょうか?」

 

「アンタ、彼女の知り合いなんでしょ? 何だってそんな酷い事を言えるのさ?」

 

「あなたには関係の無い事ですのに、首を突っ込むとは珍しい」

 

「そうだね。普段のアタイなら無視を決め込んでいたさ」

 

 彼の――――日下部と呼ばれた男の言う通りだ。

 きっと、これまでのメイアなら静観していたと思う。

 

 栄華とは縁もないし、別に友達という間柄にもない。

 関わった事もないのだから、当然ながら栄華と日下部の関係性も知った事ではない。

 それでも眼前で明らかな敵対発言。

 更には物騒な言い回しまでしてくるではないか。

 これはもう放置しておけない問題なのだ。

 

 こう思えるのも新原紲との出会いがあればこそ。

 彼なら「こうしていた」という考えがメイアの背中を知らずに押していた。

 結果、彼女は栄華の為に前に出た。

 

「けどね、アタイの目の前で妙な真似をされるのも嫌なんだ」

 

 何て我が儘であろうか。

 だが、日下部の言葉からは図書室で残虐な景観が彩られてしまうかもしれない。

 そうなればメイア達だって只では済まされない。

 

「消えるってんならアンタの方にお願いしたいものだね」

 

「言いますね」

 

 最後のは安い挑発だと分かりきっていつつも日下部は反応した。

 そして、“これで意識はメイアにも注がれる。”

 

 無論、栄華も居るのだからメイアのみと言う訳ではない。

 それでも意識の外へ“残りの面々が放り出されたなら最低限構わない。”

 

 ここまで央佳が一切口を挟まなかったのも“その為だ。”

 

「メイアちゃん!!」

 

 唐突に幼馴染みの名前が叫ばれる。

 否、唐突にと言うのは語弊がある。

 直後に異変は発生した。

 

 

 

 

 

 ズドンッ!! “下から”凄まじい轟音がしたのだから。

 

 

 

 

 

 何が起きたのかを日下部も理解できなかった。

 ただ、それもすぐに解決された。

 図書室に似つかわしくない穴から土煙が上がっていた。

 先程、穴を掘る事を前提とした策を考案していた。

 それが今、形作られようとしていたのだ。

 

「行って!!」

 

「で、でも…………」

 

 完成されたのは良いが、逃げ切れるかどうかとは話が変わってくる。

 それにメイアの事を心配する央佳には彼女を置いていく選択肢はない。

 その選択をするのは央佳に限らず、他の生徒も同じようだ。

 彼女に励まされ、ここまで扇動してくれたのに見捨てる真似はできない心情がある。

 

 美しき友情かな。

 しかし、それが今互いの思いやる気持ちを踏みにじる結果へ結び付こうとする。

 

「安心して下さい。誰一人として逃がすつもりは毛頭ありませんから」

 

 笑顔で言う日下部。

 しかし、その内容は全員にはあまりにも凄惨が過ぎる。

 

 しかし、逃がす位の時間稼ぎはメイアにもできる。

 一度とは言っても戦闘経験はある。

 何とかできる自信はある。

 

 そう思っていた矢先だった。

 日下部は人差し指を向けてきた。

 正確には造られている穴へ向けて。

 

「いけない!!」

 

「穴から離れて!!」

 

 栄華、メイア、共に何が起きようとするのか検討が付いてしまった。

 

「《龍の長爪》」

 

 人差し指の爪が異様な程に伸びた。

 すると、穴の上部――横穴の真上――を突き刺した。

 

「せっ!!」

 

 そこから無理矢理に伸ばされた爪を下へと引っ張る。

 それに釣られるかのように土が崩れて――――あっという間に横穴の入り口も纏めて封鎖された。

 それに合わせるように穴の周囲の図書室の床も陥没する。

 

 脱出を不可能なものにされてしまった。

 日下部は脱出ルートまで潰してきた。

 

 伸ばされた爪はゴムが引き戻るかのように日下部の元へと戻っていった。

 それを見届けたのは栄華とメイア位のもの。

 他の面々は閉ざされた脱出口を唖然として眺めていた。

 

「そ、そんな…………」

 

「まだです!! 希望はあるのです!!」

 

 項垂れる一堂に央佳はすかさず希望を提示する。

 今の日下部の行動こそ、央佳達に希望の種を植えさせてくれたのだから。

 

「扉を介さず、地面に穴を掘るような手段なら脱出は可能なようですね」

 

 栄華は一歩前に出て、日下部と対峙しながら問う。

 

「その通りです」

 

 一方、日下部も特別に気にした様子もない。

 それはそうだ。試そうとした内容が一発で当たりを引き当てたのだ。

 遅かれ早かれバレるのだから関係などない。

 

「それさえ分かれば十分ですね」

 

「全くよ」

 

 穴はまた作れば良い。

 今はこの日下部と言う男を何とかする。

 数だけならこちらが上だ。

 『魔法』もまだ使えるのだから諦めるには早い。

 

「ヤル気満々…………ですが、少しだけ人数は減らさせて貰います」

 

「伏せて下さい!!」

 

 日下部は右腕を大きく振るった。

 何の動作かは分からない。

 咄嗟にメイア、栄華共にしゃがみこむ。

 遅れて央佳も状況を呑み込んで同様に腰を落とした。

 

 しかしながら、他の4人の生徒はそうはいかなかった。

 反応が完全に遅れ、全員の両腕を身体に縛り付けるように腰の辺りに白い輪っかが巻き付いた。

 まるでお縄を頂戴されたかのような状態に陥る。

 

「《龍の眠り縄》」

 

 直後、絡め取られた全員が床の上に倒れ込む。

 

「皆!?」

 

「大丈夫。眠っているだけです」

 

 心配の声を上げるメイアを落ち着かせるべく、栄華が日下部の『魔法』の正体を伝える。

 彼との付き合いは栄華にとっても長い。

 『魔法』にしても露呈している。

 それは栄華にとってだけではない。日下部にしても同様の事が言える。

「栄華お嬢様の他に2人も残ってしまいましたか」

 

 だから、前情報のない2人が何を仕出かすのかも分からないので警戒をする。

 日下部の放った『魔法』を回避した直感も侮ってはならないと脳内で警報が鳴り響く。

 

「どうするんだい? 帰るってんなら素直に帰すけれど?」

 

「そういう訳には…………いきませんので」

 

 つまり、戦闘は避けられない決定事項だと言う。

 

「とすれば、決まりですね」

 

 栄華は一歩前に出る。

 この2人は巻き込まれただけなのだから巻き込むまいとする。

 

「水臭いじゃないのさ。アタイも協力するよ」

 

「同じくです」

 

 メイアと央佳がそれぞれ栄華の隣に立つ。

 操られたとかそういう訳ではなくて――――自らの意志で。

 

「何故? あなた方には関わりのない話で――――」

 

「でも、どのみち相手は逃がさせてはくれないでしょ?」

 

 メイアだって目の前の状況位はきちんと把握できる。

 相手が強いことも理解できる。

 何より、自分には関係の無い事だと割り切れても逃げられない現状があるのは丸分かりだ。

 

 メイアも何処までやれるかなんて自信はない。

 けれど、ここで立ち上がらなくてどうする?

 以前の、『エクリプス』に飼い殺されようとした自分と決別する。

 

「紲の為にも、ここで立たなくっちゃ!!」

 

 助けに来てくれてる彼におんぶに抱っこじゃ駄目なのだ。

 闇の底から引っ張り出してくれた彼に顔向けできる自分に変わりたい。

 ここで立ち上がり、挑むのはその為の一歩だ。

 

「わたしも頑張るのです」

 

 隣で幼馴染みが微笑みながら言ってくれる。

 こんなにも頼もしく、嬉しい事はない。

 

 それを見た日下部は嘲笑う。

 何て稚拙な友情ごっこなのだと言わんばかりだ。

 学生の身で勝てるなどと何故思い上がっている?

 

「勇気と無謀を履き違えるのはよくありませんよ?」

 

「そうと言い切れるでしょうか?」

 

 そんな彼の余裕を栄華は真横から斬った。

 

「彼女の行動は無謀かもしれません。ですが…………」

 

 ゆっくりと、龍崎栄華は自らの意志を伝える。

 こんなにも頼もしい“学友を持てたのは幸運である。”

 

「恋する乙女の力は全てを凌駕します」

 

「では、その力を見せて下さいよ!!」

 

 そして、開戦の幕が上がる。

 




如何でしたでしょうか?

実は今回紲と龍宮コウジとの戦いに筆が乗って気付けばえらい長くなってしまいました。
その結果がこれです。

今回の日下部さん、ポッと出のキャラではなくて少しだけ登場させてます。
侵入者が出た時とかに。

栄華の彼への反応が淡白である事に違和感を抱いている事でしょう。
ええ、もちろん理由はありますとも。
それは今回ではなくて次回辺りにでも掘り下げていこうかと。

ではまた次回お会いしましょう。

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