最後の更新から半年以上。
想像以上に仕事等で手間が掛かってしまいました。
「まさか、またここへ来る事になるなんて夢にも思わなかった」
辺りを見回しながら紲はぼやく。
紗香の宣言通りにホームセンターに造られた地下の通路を進んでいる。
紲を先頭に、真ん中を栄華、殿は紗香という構成だ。
紲が先導するのは、ここを通過した経験があるから。
とは言え一本道であるし、迷うことは殆んどない。
「でも出口は塞がってるんじゃ?」
「その時は壊せば良いだけよ」
とんでもない事をさらりと告げる紗香を頼もしくも思いつつ、少しばかり恐いとも思えた。
「鮎川さん……上手くやってくれるかな?」
「大丈夫よ」
次なる心配はここまで送ってくれた鮎川だ。
連れてきてくれた後、紗香は彼に頼み事をした。
鮎川は記者の仕事として長くやっているらしく、警察とも顔見知りの人間が多いそうだ。
何れにしても連携は必要であるし、栄華の一族とも後に合流予定らしい。
警察側に大々的に動いてもらう。
囮役を買って出てもらい、龍宮コウジを知る龍人の一族に突入してもらう。
それが大まかな筋書きであるのだが、この大筋が果たして成功するのかは実は紲達も例外ではない。
秘密裏に行われている為に表沙汰になっていない。
故に学生よりも顔見知りの人間が状況を伝えるのは必須だと言えた。
鮎川が先に行ってくれてはいるが、龍人の到着を待たなくては確実なものとして処理はされなかろう。
端的に言えば警察側が即動けないが、状況説明だけでも鮎川に行ってもらおうという寸法だ。
その前に龍宮コウジが癇癪を起こさないとも限らない。
どちらかと言えば学園に囚われている生徒の方が癇癪を爆発させてしまう。
その前に何とかせねば。
「助けるってメイアに言っちまったからな」
「そんな約束を迷わずにするから急ぐはめになるのよ」
「本当はそうではないでしょう? 仲間を助けようとするのは偽る必要がないと思います」
メイアに電話を掛けた際に生徒達の声も聞こえた。
央佳やメイアは大丈夫そうだが、他の生徒は状況に混乱しているようだ。
普通の生活とはかけ離れた、テレビの中の出来事が我が身に降りかかる。
その恐怖が皆に混乱の種を撒き散らすのは当然だと言えよう。
何が起きるかという懸念を放ってはおけず、紲達は潜入を試みる。
その時の鮎川の複雑そうな表情には申し訳無さがある。
だけども紲達が修羅場を乗り越えてきた事を知っており、尚且つ無茶はしないと約束を取り付けられた。
それが彼なりの妥協点であろう。
「サンキューな2人とも」
紲の我が儘に付き合わせた結果がこれだ。
急ぐ事になり、2人も快諾してくれた。
その事に感謝してもしきれない。
「無駄口を叩くのはここまでよ」
紗香の言葉に2人も厳しい顔を作る。
真正面を見れば、梯子がある。
「様子を見てくるから待っててくれ」
紲は先陣を切る。
梯子を登り、程無くして天井に突き当たる。
右手を当てて、腕に力を込めて押し込む。
「おおっ!!」
然程の力を込めずとも天井兼扉が開く。
身を乗り出す前に僅かに空いた隙間から外を見る。
紲が見える範囲内は大丈夫そうだ。
音を起てないようにゆっくりと扉を下ろす。
「ふう。おーい、大丈夫だ。上がってきてくれ」
息を吐きながら目的地への到着に心を安堵する。
下で待つ紗香と栄華にも声を掛ける。
無論、ここに紲達の存在を知らしめないよう注意を払う。
紲に促され、部屋に足を踏み入れる。
梯子で登るとは言っても、身長と少しの高さしかないので登るのは簡単であった。
「それで? 扉は開きそう?」
「いや……無理そうだ」
紲が真っ先に扉に手を掛けて開こうとする。
しかしながら、それは叶わぬ願いと散る。
「ぶっ壊すしか無いな」
紲は腕をぐるぐると回す。
窓を破壊せしめた彼ならば、扉を壊すのも雑作もない。
「待ちなさい。一応、辺りに人が居ないか確認はしておかないと」
紗香が制止を掛ける。
扉の破壊に関しては異議申し立ては無い。
近くに龍宮コウジかその仲間が居るなら話は変わる。
「大丈夫そうだけどな」
「はいはい、勘で言うのは大間違いよ」
紲の肩を叩いて紗香は言う。
彼よりも彼女の方がこの手の察知には長けている。
「その役目、わたくしが引き継ぎます」
「栄華?」
突如として栄華がそう申し出た。
「わたくしも自分の『魔法』だけしか使えないわけではありませんよ?
むしろ、こういった事態の為に様々な技術を学んで来ましたから」
戦う以外の技術、それは時として戦いにも役に立つ。
まして、戦闘が得意でないなら逃走の為に使う選択肢だってあるのだ。
「出来るの?」
「はい」
短く答え、神経を集中すべく目を瞑り――――彼女の纏う空気が一変する。
栄華へ声を掛ける事も憚れる。
『魔力』を用いての行動ではないのは一目で判断できる。
そもそも『魔力』を探知するのに『魔力』は使わない。
基本的に五感や、俗に言う気配を察知する第六感を主に使う。
もし『魔力』――ひいては『魔法』が必要あるとしたら広範囲を調べたい時だ。
前も述べたように五感や第六感を扱うのだから、感覚を強化するのが一番手っ取り早い。
口振りからして栄華は辺り一帯の『魔力』を探知する腹積もりなのだろう。
感覚を強化せずに行うと言うのであれば、栄華の探知能力はずば抜けている裏返しでもある。
仮に『魔力』を扱う事をすれば、あちら側にバレるのは必然と言えるのだから使えば止めはした。
「――――――」
栄華を見ていると呼吸を忘れてしまう。
鋭い目付きがより一層に鋭さを増す。
全てを見極めようと、見透かそうと、見付けてしまおうと、栄華の口ではなくて雰囲気が雄弁に語る。
「1、2………………なるほど」
短く数え、栄華はすぐに納得の言葉を出した。
「紲様。数と位置を把握致しました」
「すげえ。良く分かったな!?」
栄華がさも簡単に言うが、紲は感嘆の声の割合が大きい。
練習も無しに100メートルを10秒切って走るようなものだ。
容易に成し遂げられるものではない事なのを理解して欲しい。
「ふふ、龍人の感覚は鋭いのです。特に第六感が」
「女の勘かしら?」
「かもしれません」
栄華に突っ掛かるように紗香は割り込んでくる。
何と無く、それは分かってしまう。
女性と言うのは、直感が鋭いと聞く。
龍人の感覚が鋭いのが大きな理由なのは分かる。
紗香の言うように女の勘というのも
「それで? どう?」
紗香が端的に問う。
主語が足りていないけれど、栄華にはそれで十分だった。
「人数は2人で間違いありません」
龍宮コウジ、キリヤの両名しか居ないのが分かった。
少数精鋭にも程があろう。
尤も、向こうはそれだけの戦力で十分なのだと受け取っていよう。
それだけの実力を有し、自信がある事の裏付けだ。
事実として、漫画喫茶から学園へ瞬時に移動せしめた。
空間を移動できるような『魔法』の類いなのは当たりを付けられる。
それこそ、瞬間移動と言われても驚きもしない。
しかしながら、それを行ったのが龍宮コウジなのかキリヤなのかの判断までは出来ない。
直に相対してみるまではそういった『魔法』が使える事を頭の片隅に置いておいた方が良いだろう。
「仲間が隠れているとは考えづらいですが……否定はできません」
悟られぬように何らかの手段で『魔力』を隠している場合は栄華もお手上げである。
それに外部から仲間が来ても結果は同じ。
「それはその時に考えよう。それで? おおよその場所は掴めるか?」
行き当たりばったりを推奨されるとは。
しかしながら、そういうifを持ってきても意味があるまい。
最低限の警戒だけはしておき、後は何とかするより他にないのだから。
「本当に大雑把な位置になります」
「構わないわ」
栄華の念押しに紗香はそう言う。
学園の構造を紗香は理解している。
大雑把でも説明をしてくれれば、何とかなると考えた。
学園自体は4階層とそれとは離れて体育館に分かれている。
1階が3学年、2階は教師や特別教室、3階が2学年、4階が1学年と区分されている。
ちなみに生徒会室も魔法相談室も2階に配置されている。
体育館に続く渡り廊下が配置されているのもこの階だ。
「まず1人、これは…………2階ですね。人の多い場所の近くに居ます。部屋は別のようですが」
「人が多い……職員室かしら? 近くだとするなら放送室か学年指導の部屋だと思うわ」
栄華の説明に2年間通った学園の構造を脳内地図に描きながら紗香が予測を当てていく。
「最後の1人は、屋上……ですね」
「へえ、なるほど……」
屋上で外全体を見渡しているのか?
見張り役であるのか?
何にしても位置の把握は済んだ。
「どっちがどっちかは分かるかしら?」
「いえ、そこまでは……」
位置を掴めただけでも御の字なのだ、贅沢を言えたものじゃない。
「紲、あんたは屋上を頼めるかしら? 私が放送室に行くわ」
「その心は?」
「学園内だから器物破損をさせない戦いをしたいのと、放送室を取り返せれば全体に助けに来た事を伝えられる」
「それなら俺も一緒の方が無難じゃないか?」
1人より2人――単純明快な理論だ。
数で押し切り、倒してしまうのがベスト。
「異変に気付かれた時に人質でも取られようものなら手も足も出なくなるわ。それに放送を流すにしても紲より私の方が信憑性は高くなる」
1人ずつ足止めておけるようにしておかなくてはならない。
それに無事に終わりを伝えるにしても紗香の方が学園での知名度は遥かに上なのだから適任であろう。
話には挙がらないが、器物破損をさせないだけの手段を紗香が握っているのだと考えられる。
なら、反対をする理由は引っ込められる。
「OK。分かった。俺が屋上に行こう」
「決まりね」
予定が組み上がっていく。
あとは臨機応変に対応していくのみ。
「来ねーな」
龍宮コウジはこの状況に関して感想を漏らす。
彼の目的は龍崎栄華だ。
一族の長の椅子を狙っている――それが大きな理由でもある。
一族の長となり、龍宮コウジ本来の目的を達する。
目的を達成するには躓く石を先に排除しておかねばならない。
龍崎栄華が何者かに助けを求めるのは読めていた。
一族の者に協力を仰ごうとしても敵か味方かの判別の付かない周囲には容易には依頼できない。
その事は栄華の父親――現族長――も気付いていた。
外部の者に手を借りるしか方法は無い。
その際、真っ先に候補に浮かんだのは“この学園だ。”
この天王寺学園は様々な種族を受け入れている。
エルフや鬼が居るように龍人もまた入学に快諾をしてくれた。
その情報は龍宮コウジも知るところであり、まず龍人が外界と接触するなら確率的には高い。
そして何よりも天宮紗香――――彼女が存在している事が大きい。
高校で『魔法』の才覚を露とし、容姿端麗な姿に一気に人気を博す。
知名度はまだ学園生の内に留まっているが、メディアや一部の『魔法使い』には周知の存在である事には違いない。
当然、龍宮コウジも天宮紗香の情報は掴んでいる。
ここまでの展開で彼女が絡んでくるのは読める。
「それよか、妙なのも居るみたいだな」
1人……天宮紗香以外に龍崎栄華に手を貸している存在が居る。
謎の協力者が龍宮コウジの計画を狂わせるのか?
天宮紗香以上の実力者が居ないとは思わない。
しかしながら、所詮は“学生のレベルでの話だ。”
ルールに縛られた「試合 」と問答無用の「戦闘」とでは訳が違う。
似た球技で野球とソフトボールとでは様々な部分で違いがあるのと同義だ。
龍宮コウジと一介の学生とでは、まず土俵が異なる。
しかし、そんな事を判断できないのも学生――若さ故の無謀が際立つ。
となれば、龍崎栄華は必ず天宮紗香を引き連れて姿を現す。
学園の占拠には気付いていよう。
真正面から突撃を敢行しようと、学園が破壊されないよう施された『魔法』が許すまい。
扉ならば鍵を用いて開けられると考えても不思議はない。
しかし……それこそが龍宮コウジの仕掛けた罠だ。
一緒に連れてきたキリヤの『魔法』を以てすれば扉を開けることは叶わない。
その隙を突き、一気に片を付け――――――
ズドォォォォォッ!! という爆音が響いたのはその頃であった。
何が起きたのかを龍宮コウジは理解できずにいた。
外には何の変化もない。
ならば、今の鼓膜を揺さぶるまでの爆音は何処から起きた?
「しゃーない。事実は受け止めねーとな」
今のは何かを――扉を破壊した音だと龍宮コウジは判断した。
その上でこちらの知らない情報で内部に潜り込んできた。
龍崎栄華が居るなら居場所も特定されよう。
辿り着かれる前に人質を取っておけば事を有利に進められよう。
「それを出来る時間は無さそうだな」
何者かがこの場へ向かってくる足音がする。
いや、誰かなどと考えるだけ無駄だ。
考えられるのは天宮紗香もしくは龍崎栄華の二択である。
数えられるもので1つしかない以上、単体で戦える天宮紗香が送り込まれる筈だ。
やがて扉の前までやって来たのが気配で窺えた。
直後、扉が思いっきり蹴飛ばされる。
勢い余って開け放たれた扉は蝶番が壊れて地面に横たわる。
そこに現れた人物を見て――――龍宮コウジの予想が大きく外された。
「何だ? おまえは?」
その問い掛けで天宮紗香でも龍崎栄華でもない事が分かってしまう。
問われた当人は真っ直ぐに龍宮コウジを見る。
「お前が龍宮コウジだな?」
質問には答えず、別の質問を乗せてバットで打ち返される。
しかし、その質問は確信を持ったもののようで龍宮コウジの答えを待たずに現れた人物は言葉を紡ぐ。
「俺は『魔法相談室』の新原紲」
最初の問いに図らずも答えた。
ただ、それは龍宮コウジの質問に答えたようなものではない。
現れた少年――――新原紲は龍宮コウジを指差し、
「龍崎栄華からの依頼だ。この場で、お前を倒させて貰う」
堂々たる宣言を突き付けられた龍宮コウジは笑う。
天宮紗香でもなければ龍崎栄華でもない、全く無名の少年があろうことか龍人に喧嘩を吹っ掛けてきた。
舐められているのでも、馬鹿にされたのでも無いのだとしたら――とんだハズレが来たものだ。
そして、本気で龍宮コウジを止められると思われているならへそで茶が沸いてしまう。
「やってみろよ。新原紲とやら」
挑発を織り交ぜ、開戦のゴングが鳴る。
如何でしたでしょうか?
遂に龍宮コウジと新原紲が合間見えました。
はてさてどうなることか。そして書く時間は作れるのか……次回も首を長くして待っていて下さい。