1ヶ月経ってしまった……続きです!!
栄華に振り回される紲と紗香。
彼女にとっては「学校へ来る」という当たり前の事柄が嬉しいのだろう。
授業で使われていない教室を案内しては喜ぶ彼女の姿を見てそう察した。
授業を行っているので、全部とは言わないが粗方は説明を終えた。
と言うより、紲の方も入学し立てで何も分かっていないから紗香に任せっぱなしである。
「さて、時間的には少し早いけれど……食堂でお昼にしましょうか」
「良いのか?」
昼前の授業が終わるのにあと30分近くはある。
現時刻が12時ちょっと前なのでお昼には丁度よい。
「話は通してあるから食堂に関しては大丈夫。
それに栄華さんはお昼を用意してないって聞いたからね」
声を萎めて紲にのみ聞こえる声音で教える。
確かに昼休みになれば、食堂は生徒でごった返す。
栄華がお昼を用意してないとなれば、必然的に食堂で済ませる事となる。
さすが生徒会長は考えが抜け目ない。
「しょ、食堂でお昼を頂けるのですか!?」
栄華はと言えばかなりの食い付きだった。
紲とハンバーガー専門店へ行った時と反応が似ている。
栄華は食物に強い関心がおありのようだ。
さっきよりも瞳の輝きが増してる気がする。
「食堂に興味があるのか?」
「はい!! 食堂では“食堂の母”と呼ばれる存在が毎日学校の生徒にご飯を振る舞うと聞きました!!」
そこにはお金を使うんだよ――と付け足してあげたくなったが、そうまで喜ぶ栄華を見るとツッコミをしづらい。
「それなら私はお弁当を取ってくるから先に行ってて。ダッシュで行って来るから妙な真似だけはしないでよね!!」
「わ、分かった」
“妙な真似とやらが”何か分かってはいないが頷いておく。
紗香の妙な押しの強さに紲は気後れしてしまったが故だ。
言い終えると足に『魔力』を纏わせて、本当に走って教室にお弁当を取りに行った。
隣に「廊下は走らない」と書かれた貼り紙はあるのだが、生徒会長が絶賛破っている。
「どうかされましたか?」
「何でもない。とにかく行くとするか」
誰も見ていないし、そんな校則を破った位で紗香の人望が地に落ちるだなんて有り得ない。
あとで紗香をからかうネタにでもしてやろうと思うと、紲は英華を引き連れて食堂へ向かう。
栄華を引き連れて食堂へ来た。
「どのようにしてご飯を食べるのですか?」
さっきよりも目をキラキラと輝かせて、栄華は質問を投げ付けてくる。
こんなにも喜んでくれていると嬉しい気持ちになる。
「こっちだ」
そんな栄華の姿を面白く思いながら紲は食券販売機の前に立つ。
「金はあるか?」
「いえ、持ってきておりません。もしや必要でしたか?」
「そうなんだけど……まあ、良いや」
紲はただでさえ軽い財布を取り出す。
適当に1000円札を入れる。
「どれが食べたい? 選んでボタンを押してくれ」
「どれがどれだか分かりませんね」
レストランのように写真付きのものではなく、文字の羅列だけだ。
紲達にとって馴染み深いものばかりだが、栄華にはそうでないものが多いのだろう。
「何かリクエストとかあるか? 例えば肉を食べたいとか」
「そうですね――カツ丼はありますか?」
「おう。あるぞ」
男子が頼むようなガッツリ系のメニューだ。
女子が頼むものでもあるまいが――最悪の場合は紲が食べれば良い。
「んじゃ、カツ丼にしますかね」
カツ丼のボタンを押して、メニューの書かれた小さな紙――食券――が下部にある取り出し口から出てくる。
「ほれ」
「この紙をどうするのですか?」
食券を渡された栄華は使い方が分からない。
だから問い掛けてくる。
「それをあそこの受け渡し口に居るおばちゃんに渡すんだ」
こちらに手を振ってくれている人の良さそうなおばちゃんを指差す。
「では、行ってきます!!」
本当に子供のように元気よく食券を渡しに行った。
紲はのんびりと歩いて続く。
「紲様!! 紲様!! 見てください!!」
食堂のおばちゃんの仕事は早く、栄華の手には既にカツ丼を乗せた盆があった。
それをはしゃぎながら紲へ見せてくる。
「美味しそうです。実に美味しそうです!!」
「確かにな」
多分、出会ってからこんなにもはしゃいだのは初めてだと思う。
紲は苦笑しながら彼女に同意した。
入学してから日の浅いのもあるが、紗香が弁当を用意してくれるので食堂にはめっきり顔を出さなくなった。
最後に来たのは『エクリプス』を潰す少し前の事だ。
「紲様は食した事はあるのでしょうか?」
「いや、俺も無いな」
食べたのは安いうどん位だ。
しかも1回程度の事である。
「では、御一緒しましょう!!」
栄華はすたこらさっさと席に着く。
向かい合う形での2人席だったので、紲は真向かいに座る。
紲の方のお昼は紗香が持ってくるまで我慢だ。
それにしてだって、目の前で美味しそうにカツ丼を食べるのを見ているのは辛いものがある。
「はい紲様。お口を開けて下さい」
カツを挟んだ割り箸をこちらに向けてくる。
割り箸の使い方は知ってるのか――と、どうでもいい事に気が付いた。
「えと? 何をしてるんだ?」
「決まっております。紲様が食していないのだとしたら、是非とも食べて頂きたいのです。それに、これは紲様のお金で手に入れたものですから」
最後の部分を言われてしまうと断りづらくなる。
それと同時、紲は栄華の行為に心浮かれてもいた。
何故なら彼女の行為は女子が男子に箸を使って食べさせてくれる「はい、あ~ん」という伝説的な行為だったからだ。
まさしく都市伝説レベルの出来事に喜ばぬ奴は居るまい。
こういった知識はあるのだが、如何せん「恥ずかしい」の感情が出てこない。
これも紲の持つ特殊な『魔法』の影響だろうか。
とは言え、このシチュエーションを喜ばしくないなどと誰が思うのか!!
「じゃあ……」
お腹も空いてきた。
このままだと、紲が食べるまで栄華は決して手を付けようとはしまい。
だから、口に運んでもらおうとした――時だ。
「何をやってるのかしらね?」
額をひくつかせる仁王立ちする紗香の姿があった。
「さ、さや姉……っ!?」
紲は紗香から感じ取れる怒気に身震いする。
これは怒気と言うよりは殺気に近しい。
「どうしたのですか? そんなに殺気を散らばして」
「別に散らばしてなんか居ないわよ」
栄華と目線だけで火花を散らす。
その後、紗香は紲の前に持ってきたお弁当を入れた手提げ袋を置いた。
「はい紲。私の“手作りお弁当よ”」
言葉尻の部位を強調し、紲の前に置く。
牽制するように栄華に一睨みを効かせてきた。
「あ、ありがとうさや姉!! 早速頂くよ!!」
居心地の悪い空気を取り払うべく努めて明るく振る舞う。
しかし、一向に空気は取り払われない。
「さ、さ~て。どんなのかな~?」
紲は手提げ袋からお弁当箱を取り出し、蓋を早速開ける。
二段重ねになっていて、一番下はよくある日の丸弁当。
上にはおかずに豚カツ、添えられた野菜、漬物などが綺麗に揃えられていた。
ただのお弁当にここまで力を注ぐのか。
面白くない顔をする栄華。
勝ち誇った笑みを浮かべる紗香。
“原因が分からないが”空腹なので黙々と箸を進める紲。
微妙な空気を纏ったまま、昼休みを迎えるかと思われた。
「さて、今この場には誰も来ませんし、まだ時間はありますよね?」
嘆息を1つして、栄華が唐突に切り出した。
紗香も真剣な顔付きになる。
先程までの牽制する雰囲気は鳴りを潜める。
「ええ、時間はあるわ」
「それでしたら、わたくしがこの学校へ来た目的を果たしましょう」
栄華は進めていた箸を止める。
紲も倣って、箸を置いた。
「紲様、あなたに依頼したい事があって参りました」
「俺に?」
「はい」
栄華は頷いた後、真っ直ぐに紲を見て依頼内容を口にした。
「わたくし達の一族を助けて下さい」
とんでもなく、スケールの大きい依頼が飛び込んできた。
如何でしたでしょうか?
今回はグダグダっとしていましたが、本題は次へ持ち越しです。
栄華が来た理由が如何なるものなのか、そしてこんなにも大仰な依頼を紲はこなせるのであろうか?
3週間後の予定ですが、今回みたいにずれこむかもしれません。