続きです。
「朝か……」
窓の外は快晴。なんて晴れやかな空模様だろうか。
本来ならばすっきり起きれると言うのに現状の俺――新原紲――にはそんな余裕はない。
身体を起こしながら先日の事を思い出していく。
円山財賀を倒した後の処理は迅速だった。
鮎川は警察を呼んでいて、この地下に突入して来た。
事情を説明しても良いのだが、学生の身分の俺達を警察が「はい、そうですか」と信用してくれる等とは1ミクロンも思わない。
でも顔も世間に知れ渡りつつあるさや姉が事情を説明してくれたおかげで納得してくれた。
あとの事を警察に任せ、それぞれ帰路に着いた。
何よりも疲労の方が大きかったのもある。
はてさて、だけれども此処で1つ問題はあった。
その翌日も学校があるという事実だ。
「ダルい……」
テロ組織を1つ潰したんだから特別休暇をくれと文句を言いたい。
まあ、そう言いながら制服に着替え始める。
昨日の戦いで制服もズタボロになってしまった。
入学して数日で新しいのを買う必要が出てきそうだ。
身体もボロボロではあったので《ヒール》で怪我は治した。
けれども、治せるのは怪我だけで『魔力』の回復や体力は回復しづらい。
師匠からは――
「生活に支障を来したり、戦いの最中は別だが基本は《ヒール》じゃなくて自然治癒をさせるんだ」
との事で。
『魔法』で直ぐに回復させるよりも身体にじっくりと馴染ませて体力向上を狙う寸法だ。
その意見は尤もだと感じ、俺は素直に頷いていた。
「紲~っ!! 紗香ちゃんと健司君が来たわよ」
「あいよ」
丁度着替えを終えたところで母さんが階下から大声で幼馴染み姉弟の来訪を伝えてくれる。
しかし、俺はこう見えても寝坊はしない質だ。
時計を見ても寝坊という事はない。
もし寝坊なんてしようものならさや姉に叩き起こされるに違いない。
さや姉が起こしに来なかったのなら、急ぎではないにしても伝えたい事があるのだろう。
鞄を持ち、リビングに顔を出した。
母さんは台所で洗い物をしているようだ。
父さんも居ないところを見るにもう出社したのだろう。
「そこに朝御飯用のおにぎりあるから持っていきなさい」
「朝御飯は良いけど……お昼のお金は?」
育ち盛りなんだ。
朝だけで1日を乗り切れる訳がない。
普段ならお昼のお金も一緒に用意してくれているのに今朝はない。
「大丈夫よ。お昼に関しては」
「いやいや、俺のポケットマネーにも限界はありますのよ?」
バイトを始めた訳ではない。
お小遣い制でもないので財布の中身はスッカスカだ。
「学校に行けば分かるわよ。ほら、急がないと紗香ちゃんと健司君が待ってるでしょ」
仕方無い……最悪は水を腹に貯めて飢えを凌ごう。
おにぎりをさっさと食べ終え、玄関を出た。
「おはよう紲」
「うっす」
さや姉と健司がそれぞれ出迎えてくれる。
健司は起こされた組なのだろう。まだ眠そうに見える。
「おはよー。と言うか、今日は早いな? どうかしたの?」
「昨日の一件について話しておこうと思ってね。その為に早く来た訳よ」
昨日の一件――そんなの、テロリストとの事以外に思い付かない。
こんな道端で話せる事でもない。
朝早くに学校で話せば、聞く人間も少ない。
「了解。それじゃあ、行きますか」
俺達は学園へと向かうのだった。
「えと……ここは?」
学園に着くなり、さや姉に連れられて生徒会室――の隣の部屋に来ていた。
紲の記憶が正しければ生徒会室の隣にこんな教室はなかった。
室内は一般的な教室の半分位の広さだ。
なのに、窓際の付近に机と椅子が1つずつあり、壁際にパイプ椅子がいくつか畳んで置かれている。
「ようやく来ましたか」
「ごめん。遅れちゃった」
さや姉が両手を合わせて先にこの部屋に来ていた生徒会書記の羽生先輩に謝っていた。
何でこの人が?
「ありがとう千鶴。助かるわ」
「全く。一応は以前から教えてくれていたから出来ましたが……もうこれっきりにして頂けますようお願いしますね」
さや姉……羽生先輩にこの部屋を造らせたのか。
と言うか、この短い時間に仕上げた羽生先輩が何者なのか物凄く気になる。
「では、あたしは教室に行きます。あとはよろしく頼みましたよ生徒会長」
普段と変わらぬ調子で羽生先輩はこの教室を出た。
さて、さや姉にこの教室がどういうものかを問い質さねばならないらしい。
「紗香……どういう事だよ?」
危うく心の中と同じで「さや姉」って呼ぶところだった。
言ったら間違いなく拳骨が飛んできそうだ。
それにこれを用意するのに“生徒会長の権限を使ったようにも見られる。”
「言ってなかったかしら? 今日からこの部屋は紲、あなたの『魔法相談室』の拠点となる場所よ」
「…………はい?」
突然の切り返しがこんな返事になるのも勘弁して欲しい。
それ程までにとんでもない単語が飛び出してきたのだから。
え? この部屋って、俺だけの為に用意してくれたの?
嬉しいんだけど、羽生先輩にすごく申し訳が立たない。
あとでお礼を言いに行こう。
「事件についての話をしたいんだけど、他にも来るから待ってね」
言いながらさや姉はドアの方に目を向けた。
タイミング良くドアが開かれ、そこに姿を見せたのは――メイアと央佳だ。
「来たよ」
「お待たせしたのです」
「揃ったわね」
まあ、確かにメイアも事件の当事者だから呼んだ理由は分からんでもない。
央佳まで呼んだのは何故なんだ?
「さて紲。あんたはテロ組織を1つ潰したわ」
「まあ、いつもの成り行きパターンだけどな」
「成り行きで潰すあんたの方がどうかしてるよ」
ごもっともなツッコミ、ありがとうございますメイア殿。
でも俺の場合は事件の裏にデカイ組織の陰があるなんて良くある事なんだ。
いや……本当、どうしてこう厄介事を引き付けるのかね。
「実はあんたは今仮入学って形なの?」
ん? 今何か「仮入学」とかいう単語を俺に向けて使っておられる生徒会長様が居るんだが?
え? マジなの?
「何らかの実績を残さないとあんたは入学出来ず、退学処分を受けるのよ」
「ちょっと待ってちょっと待ってお姉さん!!」
あまりの出来事に混乱する。
え? 何で今このタイミングでそんな話をするの?
「その反応……姉ちゃん、紲に話してなかったの?」
「紲ならすぐに厄介事を起こして解決すると思ったからよ」
「俺はトラブルメーカーかよ!!」
俺を事件発生装置みたいに言うの止めてもらえないですかね!!
「そうでしょ?」
「違うのか?」
「アタイはてっきりそうなのだとばかり」
「そ、そういう事を言うのは……どうかと思うのです」
さや姉、健司、メイア、央佳が口々に言う。
うう……央佳だけだよ、フォローをしてくれようとしているのは。
俺が早々事件を起こしたり、引き寄せたりだなんて……………………いや、自覚はあるんですがね。
今回も発端は自分の『魔法』によるものだけどさ。
俺がメイアと央佳の絆の危うさに気付いたのが発端だ。
首を突っ込んだ結果が今回に繋がる。
「今回の事は残念な事にニュースにはならなかったわ」
鮎川さんは俺達の関与を知っているものの、事件の中枢を知らない。
一応は俺達の関与を上に報告したようなのだが「高校生にそんな大それた事が出来るわけがない」と一蹴されたとさや姉は続ける。
そんな有り得ない出来事が有り得ちゃった訳なんですがね。
一般の高校生が「テロ組織を壊滅させました」なんて言って馬鹿正直に通じるとも思ってはない。
名誉が欲しくてやった訳でもないから良いのだけれど、今のさや姉の実績云々の話を聞かされた後では落胆は大きい。
「でも、メイアさんを素行不良から脱する事に成功したのは紲の功績だから便宜は図れると思うわ」
実際には素行不良ではなくて脅されていたからなのだが……知らない人からすればそう映ったろう。
第一、テロリストとの関係を話さなくてはならなくなるので、それに比べれば軽い方か。
「まっ、あとはメイアさんなんだけどね……」
さや姉の視線がメイアへと移る。
彼女がテロリストと関わった事実、未遂とは言えさや姉に一服盛ろうとした。
ここまで話に出なかったのが不思議な位だ。
「あの……」
「央佳」
央佳はきっとメイアを擁護しようとしたのだろう。
だけども、当のメイアはそれを制した。
「言い訳ならアタイは幾らでも出せる」
メイアは『エクリプス』に脅されていた。
それは事実だし、俺も彼女に助けられた。
けど、メイアはそんな言葉で“逃げたくはないのだ。”
恩着せがましく、「助けた」のだと言葉を使って逃げる自分を許せないのだ。
これは俺の予想でしかないから間違ってるかもしれない。
都合良く物事を考えている結果なのかもしれない。
でも、例え空想だとしても今のメイアの真剣な眼差しにどうして疑いが持てる?
「アタイは、どうしたら良い?」
罪を償いたい――口にするだけなら難しくない。
だけども、行動に移せるかどうかとは別の話だ。
償いの方法なんて誰にも分からない。
しなければ自責の念で今にも押し潰されてしまうのだろう。
だから、方法をさや姉に求めた。
どうすれば償えるのか……知る為にメイアは此処を訪れた。
そりゃそうだ。自分が一番に償うべきだと確信する相手は他ならぬ天宮紗香なのだからだ。
「そうね。本当を言うと私も気にはしてないのだけれど……」
そんな言葉を投げたところでメイアが自分を責める事を止められやしないのはさや姉は分かってる。
だったら、責任という棘を課題を押し付ける事で取ってやれば良いんだ。
「なら、1つ。あなたは紲の事が好き?」
「え?」
さや姉の思わぬ返しにメイアは惚ける。
俺自身も何を言ってるのか一瞬分からなくなった。
「『え?』じゃないわ。どうなの?」
「そ、それは……まあ、嫌いじゃ……ない」
歯切れ悪くもメイアは答えていた。
その後に「に、人間としてだよ!!」と強く付け加えてきた。
うん。確かに恋愛感情は稀薄だけど傷付く事ってあるんだよ?
「だ、だからって好きとかそういうのとは別で!! 確かに圧山や円山と戦ってた時には格好良いとか思ったけど……そ、それで好きになるとかマンガじゃないんだからある訳無いよ!!」
傷口に塩を塗らんでおくれよ。
ただでさえ心に負った傷が必死な弁明で広がってしまったじゃないか。
「メイアちゃん……?」
央佳はメイアの様子を見てたしなめるでもなく、驚いているようだった。
もしくは困惑とも取れる。
何かいつもと違うのか?
幼馴染みの彼女だから分かる事かもしれない。
俺に分かるのはせいぜい“顔を真っ赤にさせて、妙に焦っている事位だ。”
「へえ……はぁ~、ふぅ~ん」
健司は横でにやけ面をしながら俺を見てくる。
何で「面白い事になってきたな」って顔をしてやがる?
くそ……何でこんな奴なのに女子にモテるんだ。世の中不公平だ!!
「…………」
さや姉は音もなく俺の真横に立つ。
え? 何か表情が「ご立腹ですよ」と言わんばかりだ。
そして無言で……いててえええっ!? 頬を引っ張っ……痛い痛い痛い!!
止めて!! 引っ張らないで!! しかも無言で一心不乱にやって来るから尚怖い。
「ふん!!」
数秒もしない内に解放されるが不機嫌な事に変わりない。
俺、知らない間に何か悪い事しちゃってた?
「まあ、良いわ」
さや姉は話を続ける。
脱線してたけど、今はメイアの件だ。
「あなたは紲と友情を結んだ筈よ」
「どういう事なのです?」
央佳が疑問というボールを投げた。
そうか、央佳はあの時居なかったから知らないのか。
「それはな――」
面倒だが仲間外れにするのも良くない。
健司が簡潔ながら俺の『魔法』の事を教えた。 俺が伝えるべき事柄なのに言わんで良いのか?
央佳も理解してくれたようだし、俺としては別に構わないのだけどね。
「紲の『
「そう……だったの」
メイアがこの事実を重く受け止めているようには見えない。
むしろ、嬉しそうにさえ見えるのは気のせいなのか?
「嬉しそうね」
「い、いや……別に……」
さや姉も俺と同じ感想だったようだ。
その感想をぶつけてみるや、メイアは顔を赤くしている。
返答の方も焦りが混ざってるように聞こえる。
「なら、私があなたを許す条件を言うわ」
遂にさや姉の口からメイアの贖罪の為の条件が提示される。
無理難題だけは勘弁してやりなよ……と祈る。
「メイア・アトリブト。今日から紲と私と仲良くしなさい」
多分、彼女の言葉にメイアも央佳も呆然としただろう。 いや、そりゃそうだ。
贖罪の内容が「仲良く」だなんて飛び出ると誰が予想するか。
「ちょっと待ってくれよ姉ちゃん。オイラが入ってない」
そんな中、健司が制止を掛ける。
理由が仲間外れが嫌だからと来た。
ったく……俺もさや姉と同じ注文をしただろうから、本当お人好しトリオだよ。
「そんな事で良いの? もっと他にあるんじゃ……」
「だまらっしゃい!! ついでに健司も!!」
メイアへ容赦ないさや姉の凸ピンが炸裂した。
先程の発言が気に入らなかった健司にはグーパンが綺麗に入った。
メイアと健司は
何でオイラまで?――と理不尽な現実に嘆いていた。
さや姉の弟と言うのは実にハードだな。
「私達は助けられたのよ。メイアに」
「そうだよ」
ここから先は俺が伝えるべきだ。
さや姉からの重いバトンを受け取り、彼女と面向かう。
「お前が俺と友情を結んでくれたから新しい『魔法』を使えるようになった。出来なかったら円山を倒すのは難しかった」
言外に告げている“勝てなくはない”の部分。
メイアからの協力が無くても倒せはした。
けど、その結果に“全員が無事な保証はない。”
基本、遠距離も得意とする相手は苦手なんだ。
円山はそれが出来たし、俺には周囲を守りきる手札はない。
メイアが必死に立ち上がり、俺の手を握って、敵に立ち向かい、助けてくれた。
いずれにしたって、彼女の功績無くして今はないのだ。
これで「お咎め有り」だと、少なくとも俺は言い出せやしない。
さや姉が有罪と告げたら断固拒否して反論しただろう。
けれど、彼女は“肯定してくれた。”
「観念しなメイア」
だったら、心置きなくその“我”を貫き通せる。
踞るメイアへ、俺は手を伸ばす。
「お前がどんな罪を背負っていようが関係ないんだ。俺達は……メイア・アトリブトと仲良くなりたい」
きっとメイアには呆れられている事だろう。
でも、そうはいかないんだ。
以前に師匠から指摘されていた。
俺の“きずな”について。
本来「きずな」とは「絆」と書くのが主流だ。
だが、俺の名前に使われている「紲」には“世界”なんて仰々しいものはない。
罪人を縛り上げる――何とも物騒な意味合いだ。
けど残念。これが俺の名前の意味でもある。
何で、こんな不吉そうな漢字を付けたのか……師匠に言われてから聞いてみた。
そうしたら親は俺が生まれた際に「きずな」という呼び方を使いたくなったらしい。
その時、本来の「絆」ではなくて「紲」とした理由は――
「俺は、どんな奴とも“絆”を結ぶって決めたから」
誰かがどんなに罪を犯そうと、誰かが道を踏み外そうと、誰かが戻れなくなろうと、一緒に解決に勤しみ、理解して引っ張っていく1人になって欲しい。
俺の親は、そんな理由でこの名を与えてくれた。
だから、とても誇らしい。
俺はこの名に決して恥じずに生きていく……そう決めたんだ。
「それでも自分が許せないなら、俺も一緒に考えてやる。どうしたら良いのかを、な」
結局、俺にできる事なんてたかが知れてる。
こんな事しかできないさ。
「……分かっちゃいたけど、アンタって変だよ」
メイアの返答はそんな悪態だった。
けど、彼女の笑顔に安堵させられる。
その笑顔に偽りはない。真実しか……映し出されていない。
「アタイは多分、この罪を背負ってく。絶対に、忘れたりしない……だけど」
メイアは1つ、小さな深呼吸をする。
そして、決心をした――そう言わんばかりに告げる。
「“紲や生徒会長”がアタイを許そうとしてくれている事に報いたい」
メイアは今後も「自分を許せない」と主張すると思う。
だが、メイアは今自分を許す為に一歩を踏み込んだ。
手段や理由は俺達が与えてしまったが、今はそれで良い。
「いつかは分からないけどさ、お前が自分で自分を許せるようになる……そんな日が来るようになるまで一緒に居てやるからさ」
周りがとやかく言ったところで最終的に決めるのは自分自身だ。
許しだって、結局は自分が納得できないなら終わらない。
せめて、メイアが自分を許せるようになるまでは“友達として”一緒に居てやる。
「って、あれ?」
何だか空気が凍り付いてる。
さや姉なんか頬をひきつらせて俺を睨み付けてくる。
健司は「あちゃー」と呟くし、央佳は手を口元まで持っていって顔を赤くしていた。
そして、メイアは魚みたいに口をパクパクと動かして上から首まで真っ赤だ。
あ、あれ? 今ひょっとしておかしな事を言ったのか?
「はは、相変わらずだな紲」
この空気をぶっ壊す軽快な発言が横から割り込んできた。
そちらに目を向ければ、誰かは一目瞭然だ。
俺なんかは言わなくても分かる。
嫌だが……本当は嫌だが、恐る恐る振り返る。
あの頃と同じ格好。ジーパン、それに白のポロシャツを着た無精髭を生やした男が立っていた。
忘れるなんて出来るものか。
この人は俺の――
「し、師匠っ!? 何でここに!?」
俺の師匠である神坂幹太だ。
本当、マジで神出鬼没だな。急に現れやがった。
「ん~? 紗香から面白い動画が届いてよ」
ニヤケながら俺に見せてきたのは……俺と蒲倉先輩の対戦だ。
瞬間、俺は戦慄を余儀無くされた。
思い出した……確かさや姉が「師匠に送るから」とか言ってた……。
あっ、師匠の顔が凄い楽しそうだ。
「まさか、“こんな雑な勝ち方をするとは思ってなかったぞ”」
良い笑顔で仰られる。
や、ヤバい……顔は笑ってるのに背後には阿修羅がごときオーラが見える。
「い、いや……蒲倉先輩も十分に強いですから……」
「一発貰った後の次への行動が遅すぎる。起きた瞬間に相手の懐に飛び込む位の勢いで走れ」
師匠からのおキツイ言葉を頂く。
言われてしまうと返す言葉もない。
蒲倉先輩の攻撃を受けた後にすぐに攻撃に転じなかったミスは尤もなんだけど……
「鍛え方が足りなかったか」
急に何を呟いているの!? 止めてください!! 怖いです師匠!!
「でもまあ、『エクリプス』を潰したんなら上出来だ。久々に『魔法』も1つ覚えたんだろ?」
「そうです!!」
「どんな『魔法』なんだ?」
俺は説明した。
手から砂を出す《サンド》について。
「あ~、なるほどな。相変わらず微妙だな」
痛いところを突かないでおくんなせえ……。
当人が一番気にしてるんだから。
でもさっきの件はこれでスルーして――
「まあ、良い。久々に俺が特訓してやるとしよう。この動画の件もあるしな」
やっぱりお忘れではございませんでしたぁぁぁあああああ!?
絶対に特訓とか言いながら俺で遊ぶつもりだ!!
そうだったもん!! これまで俺を鍛えながらも苛ついていた時は俺をボコボコにしたもの!!
「いや……ほら、俺授業あるしさ」
「安心しろ。この学校の教員とは顔見知りなんだ」
さすが俺の師匠……俺の逃げる余地をとことん潰してくる。
助けて!! 助けてくれ!!
「ほら、立ちなさい紲。私も付き添うから」
「オイラも付き添ってやるよ」
「付き添いじゃなくて助けてくれ!!」
くそ……この幼馴染みーズは師匠の厳しさを知ってるから傍観の位置取りを決めやがった。
「あ、あの……いくらなんでも授業をサボってしまうのはどうかと思うのです」
「アタイも。先生からの許可を本当にもらえているのか疑問だね」
央佳とメイアは師匠に対してそう言ってくれる。
うう、本当に何てできたお子さんなんだろう。
今度ご両親にお礼を申し上げたい。
「心配するな。正式な依頼として受理させてるからよ」
「い。依頼?」
「忘れたの紲? あんたの役職よ」
言われて……思い出した。
『魔法相談室』というさや姉が用意してくれた俺の『
俺の事を良く知る彼女が用意してくれた場所だ。
俺は《リンク》の副作用とでも言うべきか、それによって勝手に人の問題に首を突っ込んでしまう傾向がある。
慈善活動は結構だが、赤の他人が勝手に人様の問題に介入しても良い目を向けられやしない。
その事を俺はよく知っていた。
ならば赤の他人が介入する余地を作れば良い。
それがこの『魔法相談室』なるものだ。
この場所を作る事で、俺が突然介入しても不自然に思われないようにする。
そして、俺は『基礎魔法』を使えないのに入学している事から教師に目を付けられている可能性はあった。
生徒会長の色眼鏡で見られていると思われているやもしれない。
なら、この『魔法相談室』で点数を稼げれば……そんな目も無くなるのではないか。
多分そこまでも見越してさや姉は頑張ってくれたんだ。
生徒会長の権限まで振りかざして。
嬉しい、素直に嬉しいんだけど……なんちゅう依頼を受理してくれはったんですかあんさん!?
師匠の言動からとんでもなくキツい内容なのが伺えまっせ!!
「頑張りなさい。頑張ったら約束通りにお昼作ってきたからあげるわ」
宥めるかのようにさや姉はそんな提案をした。
母さんが朝に昼を渡さなかった理由が今ここで明かされる!!
何故にこのタイミング!? いや、まあ確かにさや姉の料理は美味いのは知ってるけどさ!!
それと律儀にこの前の昼の件の約束を守ってくれてありがとう!! でも連れていくのは阻止してくれ!!
「それじゃあ、行くぞ。俺のストレス発散のサンドバッグになってくれ」
「今サンドバッグとか言った!? やめろおおおおおおおおおおおおお!! 放してくれええええええええええええ!!」
さや姉と健司が合唱している。
この瞬間、耐久力の強化と言いながらサンドバッグとしてボコボコにされる未来が見えてしまいました。
新原紲の魔法相談室――本日も絶賛活動中です。
如何でしたでしょうか?
「紲」という文字には本編のような意味合いもあったのですが、どんな人とも絆を結べるようになって欲しい事からあえて付けてみました。
だからといって、圧山や円山のように根っからの犯罪者とも打ち解けられるのかと聞かれれば「NO」ですし、友情を育みたいと思っていない「矛盾」も抱えています。
さて、1年と3ヶ月程で今シリーズは終わり……だと思いましたか? 残念。まだまだ続きます。
何せ疑問となって残したところはありますからね。
では、次回の更新は3週間後にできたら良いなと思っています。