続きです。
「やった……の?」
崩れ落ちる圧山の姿を瞳に映してもメイアは「信じられない」とばかりに何度も瞬きをした。
傷が痛む事で幻覚を見ているのではと半信半疑になっていた。
テロリストである『エクリプス』の圧山剛毅を倒したのだ。
大金星どころの話ではない。
「ふう。疲れたわね」
紗香は緊張をほどく。
彼女の緊張感は最高潮にまで達していたようだ。
「ごめん紗香。あんまり役に立たなかった」
「気にしないで良いわよ。多分、この後の事もあるしね」
後半部分が何を意味しているのかメイアは問おうとしたが、紗香の方が先にこちらを見た。
「メイアさんもありがとう」
「え……えっ!?」
突然に礼を言われ、戸惑う。
自分は何かをしたような記憶は到底ない。
お礼を言われるのは嬉しいが筋違いなのではと疑う。
「何でアタイに礼なんて言うのさ?」
「あなたがあの時に割り込んで来てくれなかったら、私はさっきの圧山の『魔法』を喰らって倒れていたわ」
圧山が《グラビティート・リベンジ》等という攻撃を跳ね返すチートな『魔法』を使ってきた際の事だ。
紗香は大技を振るおうとしたが、もしも知らずに使っていれば紗香の身が危なかった。
メイアが介入してくれた事が彼の『魔法』を見破る切っ掛けであり、注意できるチャンスへと繋がった。
「だから、ありがとう。この勝利はあなたのおかげでもあるの」
「べ、別にそんなんじゃない……」
メイアとの付き合いは短いけれど、彼女が照れてそっぽを向いた事だけは分かった。
紲はバレないようにクスリと笑う。
「それにしてもさっきの『魔法』の威力は凄かったのね……」
確か《ダーク・ウインド・ムーン》と言ったか。
メイアの腹部にある生々しい傷と穴の開いた衣服から威力は推察できた。
「あの『魔法』は本来は『魔法』そのものを切り裂く事を目的にしたもの。重力とは言え、圧山の『魔法』で放出したものならいけると思ったよ。
人体に当てても攻撃力はあるけど、服を破る位で肌には掠り傷位しか出来はしないよ」
結果として、紗香は重力による攻撃を受けずに済んだ。
万々歳である。
メイアも自分の『魔法』なのが逆に幸いしたようだ。
嘘ではなく、見た目程に重傷ではないのは本当のようである。
「そんな良い『魔法』があるなら圧山なんかにビビる事はないわよ」
「そ、う……なの?」
「そういうものよ」
紗香の言葉に半信半疑を再発させるが、彼女の断言を鵜呑みにした。
「あとはあなたの処分だけど――」
紗香が言い欠けた直後、圧山の身体を青い液体が包んだ事で区切られた。
「もう来たわけ!?」
紗香と紲は咄嗟に身構える。
纏う空気は完全に抜き身のナイフだ。
紗香の告げた言葉の意味を知りたかった――が、それよりも早くに液体が霧散した。
「ふう……かなり効いた」
首を回しながら圧山剛毅は言った。
先程まで紗香の一撃で意識は沈んでいたのに……。
「こんな種類の『魔法』を使えるだなんて初耳よ」
紗香は背後を振り返りながら“棚へ向けて言葉を叩き付けた。”
「円山財賀先輩」
紗香が名を告げると、棚の陰から出てきたのは天王寺学園の制服を着た男子生徒だ。
女性受けしそうな整った顔立ち。髪型も首を隠すか隠さないかの絶妙な長さだが、彼には実にマッチしている眼鏡の男子――元生徒会会計の肩書きを持つ男子生徒が此処に居た。
「僕の名前を呼んだのは当てずっぽうではなさそうだね」
「ええ。最初から確信はあったわ。これ見よがしにヒントもばら蒔いていたしね」
紗香の言葉の端々に刃が見え隠れしていた。
しかし、そんな事は円山財賀も気付いていよう。
両者共に相手を気にせずにマイペースを崩さない。
「あなたが生徒会室の前で紲と会った時の事を聞いたわよ」
紲の素性を勘繰るように「紗香さんに呼ばれていたのか」と。
「あの時は俺もたまたま通りがかっただけだから別に生徒会に用がないとも言える。仮に当たっていたとして、紗香の名前が出るのはピンポイント過ぎるだろ?」
生徒会には千鶴や蒲倉も居るのだ。
ならば「生徒会に用があるのかい?」と聞いてくる筈。
「これがまず一点」
「一点――と言う事は、他にも?」
「このホームセンターの資料と生徒会の帳簿」
指を2本立てて紗香は証拠となる事柄を突き付けた。
「ホームセンターの資料には閉店間際にお金が大量に使われていた」
特に取り壊された様子もないのに奇妙な事だ。
「生徒会の方は方でホームセンターが潰れる前後にお金が使われている事が分かったわ」
それは頼んだ修理業者を呼んだ時の事。
穴を掘ったという事から調べていき、業者に事件性を訴えたらあっさりと個人情報を晒した。
「業者を呼んだのは円山財賀先輩――あなただという事も全部教えて貰ったのよ」
「口止めも特にしなかったしね。僕に辿り着くのも致し方無い」
円山は肩をすくめて、おどけた口調で話始める。
内容は紗香の推理に肯定的な意志を示していた。
「正解だ。さすが天宮紗香」
「そう。認めてくれて嬉しいわ円山財賀」
遂に紗香は彼の事を呼び捨てる。
彼女は円山財賀を“敵として認めたのだ。”
もう「先輩」と呼ぶのさえ
「という事は、僕の目的についても分かったのか?」
「ええ。こっちは案外とすぐに分かったわ」
紗香は自信満々だ。
メイアは紲の方を窺ってみると、そちらも把握しているようだ。
1人真意に気付いてないメイアは紗香の回答を待った。
「学園を乗っ取る為、一番の障害になるかもしれない私を消す事が目的じゃないの?」
「そこまでの答えを導き出したなら、僕には言う事は何もない。ちなみに決定打を聞いても?」
「私があなたに帳簿の場所を聞いた時と、業者が口止めされてなかった事。今しがたにあなたも『口止めをしていなかった』って自白したしね」
「お見事!!」
心底楽し気な態度を崩さない。
自分の目的を看破されているのに何故そんな態度でいられる?
(あっ!! まさか!!)
メイアは察した。
目的は天宮紗香本人。此処へ彼女が来たという事は、円山の掲げる目標の達成を言っているものだ。
「生徒会に入って辞めた事も含めて、これ見よがしにヒントを残したのは私があなたに嫌疑の目を向けて、此処へ辿り着かせて始末する為――合っているんじゃないかしら?」
紗香の探偵ぶりには脱帽だ。
円山も称賛の拍手を送る程である。
「イレギュラーな面々も居るが、まあ概ね計画通りだ」
紲とメイアへ対しての言葉だが、彼には眼中にない。
それもそうだ。
まだまだ『魔法使い』として本格的なデビューしたばかりの1年生に何が出来る?
才能の塊でも紗香は高校2年、メイアは1年だ。
「戦える『魔法』を持つ2人の内1人は圧山剛毅との戦いで疲労困憊。1人は未熟者。それに……」
円山の視線は紲へと移る。
「君の『魔法』は調べた。圧山からの話も聞いてはいる」
そこから導いた円山の結論。
そんなのは決まっている。
「多少はやるようだが、『基礎魔法』すら使えない君では僕に勝てない」
はっきりと、事実の槍で突いてくる。
新原紲には圧倒的に『魔法』の才能はない。センスもない。与えられる『魔法』も弱い。ろくなものがない――ないない尽くしだ。
唯一、『魔法』を扱うタイミングを見極められる位だが……彼の『魔法』には脅威は殆んどない。
「しかも、今度はオレも復活だ。逃げ場はない」
円山の仕出かしただろう『魔法』は回復が出来るらしい。
しかし完全回復には程遠く、多少ながら肩で息を整えているのが分かった。
背後から圧山剛毅が歩み寄る。
前門の虎、後門の狼――どちらを選択しても困難しか待ち受けていない。
「逃げる必要なんて何処にある?」
紲が唐突に屈伸運動をし、続いて流れる動作で伸脚をする。
まるで、これから起こる事の前準備だと言わんばかりだ。
「お前らを倒さなくちゃ平穏な生活も保障されないんだ……なら倒すしかないだろ?」
さも、当然の事だとばかりに紲は2人に言い切った。
唖然とするのは紗香を除いた面々。
彼の『魔法』は調べられ、『基礎魔法』すら使えない事も承知されている。
だというのに“この自信は何処から湧いてくる?”
「ふん、虚勢を張るのはそこまでだ。実力の差を見せてあげるよ」
「知ってるか? そういう事を言ってると、案外コロッと倒されるんだぜ?」
堂々とした振る舞いで紲は返した。
「そう言って倒されるのはお前だ!!」
横合いから圧山剛毅が紲に狙いを定める。
ろくな『魔法』を使えぬ者と、世界を震撼させるテロリストとの戦闘のゴングはかくして鳴った。
如何でしたでしょうか?
長くなるかなと思って区切ってしまったのですけど、何となく失敗しちゃった感が……
気を取り直して次回はがっつり書いて行きます。
次回の更新予定は再来週の水曜日になります。