新原紲の魔法相談室   作:ゼガちゃん

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何故だ。

本当はもっと早くに投稿する予定だったのですが、予定外にも筆が乗ったので長くなってしまいました。

おかげで時間もギリギリですが予定通りには投稿できました。

今回は冒頭から長いですが続きをどうぞ。


似た者同士

 それがいつの事だったか、紗香は鮮明に思い出せる。

 小学生の頃に紲は『基礎魔法』が扱えない事と、扱える『魔法』の微妙さからイジメを受けていた。

 

 生まれた時から御近所さんで、『基礎魔法』が使えない事を除けば紲は元気で、気の良い少年だった。

 そう、“自分の抱えている問題を誰にも悟らせない程に明るく振る舞っていた。”

 

 気付け――小学生の頃の自分に文句を言うのはお門違いなのは紗香とて分かっている。

 でも、それでも言いたくなる。

 

 紗香は当時から使える『魔法』のレベルの高さ、『基礎魔法』の習得速度……どれを取っても一級品だ。

 人当たりも良く、外見から来るカリスマ性のおかげで妬みはなく、むしろ羨望の中心だった。

 それはイジメを受けている紲に対しても例外なく――むしろ、彼と行動を共にする事が多かった。

 

 まさか、それが原因だとは紗香は思わなかった。

 

 学校でもカリスマ性のある紗香。対して、イジメられっ子の紲。

 この2人が共に居る事を快く思わない人が居るのは当然の事だと言えた。

 

 紗香にバレたくなく、紲に嫌がらせをしてきた。

 それは目立たぬように、廊下ですれ違い様にぶつかった“ふり”をしたり、外を出歩くなら遊んでいる際の“事故と称して”ボールをぶつけてしまったり。

 

 紲本人にさえ自覚をさせない嫌がらせ。

 偶然だと言い張れば、言い逃れもできる陰湿さを含んでいた。

 この事は健司は知っていたらしく、紲に相談され、陰ながら出来るだけのサポートはしてきていたらしい。

 

 そして、それは思わぬ形で爆発した。

 

 新しい『魔法』を覚えたクラスメイトは“誰かにぶつけて試したい”と思ったが故に、以前から気に食わないでいた紲を公園に呼び出した。

 

 その事を紗香が知ったのは偶然。

 忘れ物をし、イジメっ子の友人が話しているのを聞いたからだ。

 気付けなかった自分が恥ずかしくなったが、それよりも安否を確かめるのが先だった。

 

 その人物を締め上げ、事の真相をさらけ出させた。

 場所は公園だと言うので急いで向かう。

 

 心臓が張り裂けてしまいそうだった。

 走っている事もそうだが紲の身に何かが起きていると考えるだけで落ち着かない。

 

 しかしながら、その心配は杞憂に終わった。

 公園に着いた時、倒れた小学生がたくさん居た。

 そして、紲と見覚えのない男性が居たのだ。

 何言か話し合った後に、彼は紲を引き摺って行ったのだ。

 

「ちょっ、ちょっと待ちなさい!!」

 

 紗香は大慌てで男の前に躍り出た。

 両腕を精一杯に横へ伸ばして「通せんぼ」のポーズをしていた。

 

「お前は……こいつの友達か?」

 

「幼馴染みよ」

 

 強い意志を込めた瞳で男を睨み付ける。

 

「なら、その幼馴染みがイジメられていたのをお前は知ってたのか?」

 

「そ、それは……」

 

 紗香は何も言えなかった。

 幼馴染みと言いながら、彼女は紲へのイジメに気付いていなかったのだから。

 

「それは俺が言わなかっただけで……」

 

「紲つったか? 少し黙っていてくれ。今俺は、この自称幼馴染みに聞いてるんだ」

 

 男性と紗香は視線だけがぶつかり合う。

 紲は黙り込み、何も言えなくなってしまう。

 

「何も……言えない」

 

 本当は何か言い返したい……でも、悔しさが込み上げてくるだけで何も言えない。

 

 学校では何でもできる。

 なのに、男性の言うように幼馴染みとは名称だけで事実、何もできなかった。

 その事を当時の紗香は歯痒く思い――何よりも悔しさしか出て来なかった。

 

「ったく、最近のガキは考え過ぎだっての。俺ならこう返すね。『今は大丈夫だったんだから、次は同じ事を繰り返さない!!』ってね」

 

 自分で言ってきた癖に、身勝手な回答を見せ付けてきた。

 でも、その言葉を聞いた紗香は何処かスッキリとした。

 ああ、何て単純明快な答えなんだ――と。

 

「ほお……中々に良い面構えじゃねえの」

 

 男性は心底楽しそうに紗香を見た。

 だけど、“彼女ではつまらない。”

 “目の前の少女は才能に満ち溢れ過ぎている。”

 才覚も芽吹き、徐々に開花へと近付いている。

 

 この少年はそんな彼女とは“ほぼ真逆を地で行く。”

 『魔法使い』としての芽はほぼ無いに等しい。

 芽吹いてもたかが知れていそうだ。

 “しかし、そこがたまらなく良いではないか。”

 弱者が強者を打ち砕く姿を見るのは堪らなく楽しい。

 まるで“少年漫画な展開は挑むところだ。”

 

「紲、お前はどうだ? ただ守られてるだけってのは?」

 

「それは……嫌だ。俺もさや姉を守りたいんだ」

 

 迷わずに即答してきた。

 その答えに紲への関心は高まり、ますます気に入ってきた。

 

「なら、あとの事は俺にもやらせろ。こいつを“強い”『魔法使い』に仕立てあげるって約束したばかりだからな」

 

 不適な笑みを浮かべながら男は高らかに断言した。

 強くしてやる――と、この男は言い切ったのだ。

 

「こいつはお前の為に強くなると決めた。なら、お前は?」

 

「そんなの決まってるじゃない」

 

 胸の内に(わだかま)るものを一気に吐き出してやる。

 

「私は――――」

 

 その続きの言葉を聞いた後の新原紲の師は……満足そうに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先手必勝――それを行動に示したのは紗香だった。

 携えた剣を両手で掴んで駆け出す。

 

「わざわざ接近戦を挑ませる訳ないじゃないか」

 

 メイアは左右にある棚へ両手を向ける。

 直後、彼女の手のひらから水の球が飛び出した。

 棚――正確には根本の部分を狙って発射された。

 

 ズゴンッ!! と鈍い音と共に左右の棚が紗香の方に倒れてくる。

 

 これには当然、付近までいたメイアも巻き込む所だ。

 しかし、行動に移す事を予め自分は分かっていたので棚の並べられた列からは離れていた。

 

「やるじゃ、ないの!!」

 

 メイアの手管に称賛を送りながら、紗香はこの状況の打破に務める。

 紗香は両手で持っていた剣を片手に持ち、空いた手にも剣が握られていた。

 

「《ソード・スキル》」

 

 これから放つ『魔法』の名前を静かに口ずさむ。

 瞬間、紗香の“身体が動いた。”

 そして、彼女の紡ぐ『魔法』には続きがある。

 

「《武蔵》」

 

 右側へ紗香は跳び、両の手に握り締めた剣が縦横無尽に真正面の棚へ叩き込まれた。

 紗香の真正面の部分だけ、綺麗に棚が切り取られる。

 見事、紗香は倒れてくる棚を避けたのだ。

 

 《ソード・スキル》――彼女の『魔法』の1つ。

 紗香が実際に経験、もしくは“想像した”剣士の動きをそっくりそのまま模倣できる。

 彼女が最後に《武蔵》と付け足したのは彼女が「模倣できる剣士の動き」の種類の名称だ。

 幾重もあるパターンに名前を個別に付ける事で想像しやすくするのだ。

 今回、剣2本を持っていたので二刀流で有名な「宮本武蔵」から捩った二刀流の使い方をイメージした動きを引き出した。

 

 ただし、模倣できる時間は1分が限界。

 更にはいくら想像したところで紗香自身の技量が届いてなければ使えない。

 こういった部分から、この『魔法』にはデメリットが強く映って見える。

 けれども、もちろんメリットはある。

 

「ふっ――」

 

 息を吐き出しながら、紗香は両の剣を外へ水平に構えながらダッシュする。

 今の動きを目に焼き付けたばかりのメイアには紗香の接近は“恐ろしかった。”

 

 メイアの『魔法』は手に炎を灯すなどの手段を用いれば、接近戦にも応用はできる。

 しかし、たった今に見せた紗香の接近戦での“動きの良さを”見てしまってからでは、メイア自身の近接戦闘とは比べ物にならない程の“レベルの高さがある。”

 

 懐に飛び込んでこようとする紗香の走力は想像以上に“速い。”

 見切れるかは自信がないが、回避運動に全力を注ぐ。

 

「せいっ!!」

 

 まるで両の剣を鋏の運動を真似るように、外側から内側に斬り込む。

 

「は、やっ!?」

 

 全てを回避に費やそうとしていたが故に反応できた。

 腰を落として、剣を避ける。

 頭上で ガンッ!! と金属同士が音を奏でた。

 その際に生じる隙をメイアは見逃さなかった。

 

「《ウォーター》」

 

 手のひらを突き出しながら、メイアは『魔法』の名前を唱えた。

 直後、消火栓顔負けの水量の水が放たれた。

 至近距離。紗香に直撃は免れないコースだ。

 

「そうは、いかない!!」

 

 攻撃を避けられたのは紗香としても痛手だ。

 だからこそ、その次のリカバリー手段は用意してあった。

 紗香の眼前に一本の剣が地面に突き刺さる。

 それが彼女を守る為に放水を左右へ切り裂いた。

 結果、近辺にあった棚を粉々に破壊し、地面にクレーターを作る切っ掛けにもなった。

 

「『魔法』の名前も言わずに剣を出すなんて……チートじゃないか」

 

 メイアが文句を言いたくなるのも分かる。

 

 初日でのテストの際に担任の福富に央佳が説明していた事と被る。

 

 通常、『魔法』の発動の際にはその『魔法』特有の固有名詞を唱える『魔法使い』は数多い。

 しかし、別に『魔法』を扱うのには『魔力』さえあれば良いので『魔法』の名前をわざわざ言う必要はない。

 それこそ、相手に「これから『魔法』を使うんで避けちゃって下さいな」と丁寧に教えてるようなものだ。

 ならば、何故『魔法』の名前を口に出すのかと言うと「イメージしやすいから」の一点に尽きる。

 

 『魔法』には誰にでも扱える『基礎魔法』と個人が覚える『魔法』の2つに分類される。

 尤も、『基礎魔法』も広く見れば『魔法』なので大まかな区分などはほぼほぼ無意味ではある。

 ここまでは説明していただろう。

 

 ここからの話はこれらを頭に置いていて欲しい。

 

 『基礎魔法』というのは「誰にでも扱える」のがキャッチフレーズだ。

 どんな『魔法』なのかも教師であれば実演してくれるので目に焼き付けやすい。

 つまりは「頭に映像として残されやすい『魔法』」になる。

 まさしく「身体が勝手に覚える」程に反復して発動を行うので、必要なプロセスを頭の中で完了させて『魔法』の発動ができる。

 例として、《アーマー》は「『魔力』を鎧として身体に纏う」イメージをするので、頭の中で「『魔力』を全身にコーティングする」という想像を行う事はイメージ的にはしやすいだろう。

 『魔法』を唱える事を「詠唱」と名付けるなら、唱える必要のない「無詠唱」に長けている『基礎魔法』は唱えずに済む分、相手にも察知されづらい使い勝手の良い『魔法』だ。

 

 だが、この『基礎魔法』を除く個人オリジナルの『魔法』はこれとは訳が違う。

 使えるのは自分のみ。

 つまり、他人からのアドバイスは一切ない。

 イメージも自分で掴み取る必要がある。

 

 特にメイアの『魔法』は最たる例だ。

 彼女の『魔法』は「自然界で発生する現象」を『魔力』を用いて発生させている。

 発生させられるのは炎、水、風、光など――自然に存在し、起こり得るものである。

 これらは足しかに何度も目にした事があるので唱えずとも扱えるように思える。

 しかし、“これら全てが形を持たない不定形だ。”

 光なんかは特に形が無いものなので、“確実なイメージを以て使いづらい。”

 反復練習の果てに「無詠唱」にて扱える『魔法使い』は数多いが、まだ学生の身分であるメイアには難しい話だ。

 

 そして、学生の身分でありながら「無詠唱」を行っている『魔法使い』がメイアの目の前にいる。

 「剣」を創造しながら戦う天宮紗香がそうだ。

 

 彼女の『魔法』は「剣」を生み出す。

 剣の姿形さえ想像すれば造れてしまう『魔法』は「イメージ力」が必須となる。

 これは一緒に「無詠唱」を行う事にも繋がる。

 なんとも一石二鳥な『魔法』であろうか。

 

 ちなみにメイアは知らない事だが、自分の『魔法』が「イメージ」を重点に置いてあるのもあり、紗香はマンガやアニメを見ている。

 そのまま、どっぷりはまってしまっているのは紲と健司、生徒会メンバー位しか知らない秘密だったりする。

 それらの知識が紗香の「イメージ力」を鍛えるきっかけとなっている。

 

「そんなボーッとしてると、危ないわよ?」

 

 紗香が顔を上げると同時、メイアの頭上から剣が1本落ちてきた。

 タンッ!! と強く地面を蹴り上げて横へ飛ぶ。

 地面に到達した剣は粉々に砕け散って消え去った。

 殺傷力の程度さえ分からない。

 

(でもこれで、コイツの『魔法』の使い勝手の良さが分かった)

 

 何処からともなく出現する剣は実に厄介極まりない。

 だが、それならメイアの背後に出した方が奇襲の成功率も飛躍的に上がる。

 それをしない――否、もし“出来ないのだとしたら?”

 これは、メイア側には突破口に繋がる。

 逆に紗香側には致命的なものとなろう。

 

「《フレア》」

 

 まずは小手調べとばかりにメイアは火球を飛ばしてくる。

 紗香はこれまでに作った剣を全て消した。

 

「フィーレス」

 

 直後、紗香はそう呟きながら“剣を生み出した。”

 十字の剣で、柄となる部分は青白かった。

 それを除けば「変わった形の剣」位の印象しかない。

 

 それを正眼で構え、火球のタイミングに合わせて縦に一閃した。

 すると、豆腐のように火球は真っ二つに割れた。

 

 本来、剣で切り裂けるようなものではない。

 そんな事を行えたのは一重に紗香の生み出した剣の賜物。

 フィーレス――紗香が独自に生み出した“想像の剣。”

 これは火や風、水といった本来ならば切り裂けない、切っても無意味な『自然現象を切り裂く』目的で紗香が想像して創造した。

 名前は一瞬のやり取りでも即座に生み出せるように配慮している。

 

「さて――」

 

 火球を切り裂き、メイアに駆け寄ろうと試みた……直後だ。

 ドォォォンッ!! という衝撃音が木霊した。

 左右に分かたれた火球が紗香の背後で爆破を起こした。

 

「なっ、ぐぅっ!?」

 

 不意討ちな出来事に紗香は前へ仰け反る。

 『基礎魔法』である《アーマー》は最初の段階で行っている。

 これにより、爆破による身体への怪我は無かった。

 しかしながら、あくまで“身体へのダメージの軽減なので”爆破によって発生した熱や瞬間的な突風は防げない。

 彼女の身は前方へと投げ出される。

 

 紗香の背後で爆破が起こる少し前、既にメイアは彼女への突進を行っていた。

 爆破の余波のおかげで前へ押し出せる。

 少なくとも、察知した彼女は後ろではなく前に跳ぶと推測はできたからだ。

 

 だが、先程にメイアは紗香との近接戦闘を拒んでいた。

 なのに接近をするなら、それだけの理由はあると推察できる。

 

「《ウォーター・ソード》」

 

 メイアが『魔法』を言うと同時、彼女の手に水を素材にして作られた「剣」が現れた。

 全体が透き通った液体で剣の形を留めているのも『魔力』によって生み出されたのが理由か。

 

「せいっ!!」

 

 それを真っ直ぐに「突き」の姿勢で構えた。

 そして、直後に――剣は紗香めがけて伸びていく。

 

 その時には爆破が起き、紗香も怯んでいた。

 そこに紗香の腹筋へ水の剣がクリーンヒットを噛ます。

 

「ぐっ、は……あっ!?」

 

 紗香の方も避ける暇は無かった。

 それだけメイアの行動は素早かったのだ。

 それに爆破によって注意が逸れてしまったのも大きな要因だ。

 身体が「く」の字に曲がり、彼女は地面を転がるはめとなる。

 腕などを擦りむき、地面に身体を打ち付けた際の痛みが紗香の中を駆け巡る。

 《アーマー》を起動しておかなければ、今のメイアの一撃で戦闘不能は言い過ぎだが、一時的に行動にぎこちなさがあっただろう。

 

(休んで、る……暇はない)

 

 痛覚を気合いで押し付け、脳から「動け」と四肢に指示を送る。

 早く起きなければメイアからの追撃があると恐れての行為だ。

 

「《サンダー》」

 

 やはり、メイアからの攻撃はあった。

 紗香は先程に作った剣――フィーレスを振るった。

 自然現象を切り裂くと言うことは言い換えるなら“自然現象に触れる”事と同義だ。

 

 ジグサグの動きで雷が迫ってくる。

 本来なら光の速度と変わらない雷の速度。

 これも『魔法』で自然現象を起こしている影響だ。

 イメージが足りず、光の速度を“想像できない”ので肉眼でも捉えきれた。

 

 この点に関しては紗香も無我夢中で気付かなかったが、きっと気付けば安堵していた事だろう。

 いくら《アーマー》でも万能ではない。

 もしもメイアの『魔法』がこちらの防御を上回れば、攻撃は伝わってくる。

 

「甘い……わ、よ!!」

 

 フィーレスの刀身部分が雷に触れる。

 ほぼ一瞬の後、フィーレスを真上に動かした。

 軌道がずれて、雷が紗香よりも斜め上へと進んでいく。

 

「うそ……」

 

「そこまで驚かなくても良いじゃない。私なんて良い方よ」

 

 世の中には素晴らしい笑顔で作った剣を握り潰す御仁も居るのだ。

 幼馴染みの特訓に付き合った際に彼の師と実践形式でやった際にやられた時にはショックは大きかった。

 

「アタイは負けない。負けたら……」

 

 メイアは決意を表に出す。

 必死そうな声音で言い、だけど最後までは言い切らない。

 

「央佳や家族に危害が及ぶかもしれない……とか続くのかしら?」

 

 いや、続きを当てたのは他でもない――メイアには敵だとも言える筈の紗香だ。

 

「なっ!? なんで……!?」

 

 メイアは酷く狼狽し、的確に当ててきた紗香を不思議に見つめた。

 当の正解者は肩を竦めめてから種明かしをした。

 

「言ったでしょ? あなたの事は少し調べさせて貰ったわ」

 

 フィーレスを消して、紗香は戦う意欲の無さを行動で訴える。

 メイアの方も戦意を持たない紗香を討つ気はない。

 紗香の話を待つ姿勢を見せるメイアを見て、彼女も続ける。

 

「正直に言うとね。紲だけはうちの高校に“まだ正式に入学してる訳じゃないのよ”」

 

「なんで……そいつの名前が?」

 

 話題が逸れたように感じたので聞いた。

 だけど、紗香は答えずに言葉を続けた。

 

「あいつは『基礎魔法』が使えない。でも、実力は知っている事を教師に伝えたわ。無論、校長にもね」

 

 メイアは押し黙る。

 彼女は意味無く言っているようにも受け取れる。

 だが、彼女の表情に“何処か既視感を覚えた。”

 

「それでね、とある条件を満たせば紲を入学させる事を許可してくれたわ」

 

「条件……?」

 

「簡単よ。紲に将来性があるか、それを“目に見える形で認めさせれば良いのよ”」

 

 つまりは高評価を貰えれば良いのだ。

 結果を示し、本人の実力を知らしめる。

 

「その為に学園内にアンタらは『魔法相談室』を開設した訳ね」

 

 メイアが既知である程に『魔法相談室』の話は少しずつだが広まっている。

 しかし、直接の依頼は無い。

 

「幅広く依頼を受けて答え、紲の実力が正しく広まる為の場所を作った――これは理由の1つ」

 

 紗香としては生徒会に入れても良かったのだが、それではこちらも手を出せてしまうので止めておいた。

 新たに生徒の相談に乗れるように『魔法相談室』を設立した。

 そして、もう1つ理由はあった。

 

「紲自身の為。あいつが大っぴらに動いても“嫌われない為の場所よ”」

 

 何を言い出すのかと、メイアは思った。

 あまりにも仰々しい内容が飛び出た。

 

「喋りすぎたわね。話を戻しましょう。

 ともかく、紲の実力を知ってもらう依頼は必要だった。

 探していた時に、ある協力者からあなたの事を聞いたのよ。そうしたら、あなたが隠していた埃を見付けた訳よ」

 

「協力者って……」

 

 メイアの頭にチラついたのは央佳だが、この戦いが始まる前にその件は紗香から否定されている。

 誰かも知らない人物がメイアを調べるよう紗香に言ったのか。

 

「それで“偶然にも”紲と知り合っていた央佳があなたと幼馴染みで関係も良好なのは聞いてたわ。家族との間に溝がないのは央佳から耳にしてる」

 

 随分とメイアの事は知られていたようだ。

 

「だから、あなたが『エクリプス』と手を組んでいる理由は想像しやすいわ」

 

 紗香は一度顔を落とし、再び上げた時には“確信を持って告げる。”

 

「あなたは――央佳と家族を人質に取られている。違う?」

 

「…………っ!?」

 

 メイアは目を見開き、言葉を失った。

 その反応だけで十分だ。

 

「なるほどね。そうだと思ったわ」

 

 ヒントなんて何処にも無かった。

 紲から彼女が央佳を心配する発言をしたと聞いた限りだ。

 それが虚偽かもしれないとは思う。

 しかしながら、それが“紲からの発言であれば変わってくる。”

 彼は心の底から“メイアの発言を真実だと捉えたのだ。”

 彼は「絆」に関する話には敏感だ。

 だから、彼女は同じ生徒会のメンバーにも協力を仰いで“徹底的に調べあげた。”

 ボロを出すとも思えず、秘密裏に。

 今回、生徒会メンバーがほとんど顔を出さなかったのは調査に力を入れてもらったのが理由だ。

 その調査結果は見事に的中していた。

 

「なら、“あなたと私は間違いなく似てる”」

 

 紗香は今度こそ確信という言葉を添えて告げた。

 一編の迷いもなく、これは正解だと告げるように。

 

「あなたは“自分と周囲の幸せの為に”動いていた筈よ。違わないでしょ?」

 

「…………そうだよ。アタイは、央佳と家族を守る為に『エクリプス』に手を貸している」

 

「それは、どうしてかしら?」

 

「それは――」

 

 言い渋るメイア。

 だけどもここまで見透かされ、腹を割ったのなら今更かと思ったようだ。

 

「学校を襲撃すると言われて……拒否すれば央佳や家族に危害を先に加えると言われたから。

 力も足りなくて、こんなの誰にも話せなくて、言ったらアタイの大切なものは――」

 

 言葉はそこで区切られた。

 言い過ぎたのだと感じたのだろう。

 だが、もう遅い。紗香は全てを耳にした。

 

「“詳しい理由は分からないけど”あなたはエゴの塊よ。

 身近な者を護りたい――それは立派だとは思う。だけどね、“それ以外の人の事も考えられないのはエゴでしかないわ”」

 

「そうは言うけど、アンタだって似たようなものじゃないか!!」

 

 天宮紗香は幼馴染みの為に自分の立場を利用して彼を入学させた。

 それだって立派なエゴではないか。

 何が違うと言う――

 

「ええ、“だから同じだと言ったじゃない”」

 

 そこで初めてメイアは理解した。

 “己と周囲を守る為に手段を選ばない部分が酷似しているのだと。”

 

「でも、1つ違う点があるわ。

 私は決して、こんなくだらない連中には手を貸さない」

 

「……っ!? 口でなら何とでも言えるわ!! でも、あいつらは本当に強い!!」

 

「なら、勇気を出しなさい!!」

 

 天宮紗香は叫ぶ。

 メイア・アトリブトの想いは確かに分かる。

 こんな話をしたところで信じてもらえるか?

 例え信じてくれたとして、彼らの力を間近に見た彼女では『エクリプス』には何者も勝てないと心の奥底で感じていた。

 

「聞いたわよ。あなたは圧山剛毅と紲が相対した時に“間に入ってきた事を。”

 それは誰にでもできる事じゃないわ。あなたには――彼らと戦うだけの勇気があるの!!」

 

 天宮紗香の魂の叫びは止まらない。

 メイアの気持ちを真に理解できるだなんて言わない。

 それでも……紗香は紲と同じで助けたかったのだ。

 

「私も“最初は勇気はなかった。”だから、紲の事に何も気付けなかった」

 

 かつて、紲のイジメを知らなかった。

 その時の自分は「気付けなかった」のではなくて「気付こうとしなかった」のではないかと思えてきた。

 もっと勇気のアクセルを踏み込んで、紲の事を知ろうとすれば良かったのだ。

 そうすれば、あんなイジメに簡単に気付けた。

 

「私はその時の事を悔いている」

 

 紲は危うい所を助けてくれた師と出会えた。

 でも結果論でしかない。

 もし、何かしらの歯車が違う事になれば今の新原紲は存在しなかった。

 

 もう、あんな想いはしたくない――させたくない。

 紲も、そして、自分も。

 

 今――彼女はあの時、紲の師へ告げた決意を改めて口にした。

 

 

 

 

 

「私は守り守られるだけの強さを手に入れる!! 紲と対等に進んでいける勇気を手にするんだ!!」

 

 

 

 

 

 天宮紗香の決意は、紲を守るとかではない。

 もっと純粋に、“ずっと横に居られる対等な関係で居たい”という単純な想いから来ている。

 メイアの中にズシリと乗っかった。

 ああ、何て真っ直ぐな決意なのだと思う。

 自分もそんな風に思える日がいつか来るのだろうか?

 

「アタイは――助けられて良い筈がない」

 

「そんなの勝手に決めないでよ」

 

 紗香は呆れ顔でいる。

 まるで、友人と接するかのような紗香の態度にメイアは目を見開く。

 

「私達はあなたを助けに来た――それだけで十分でしょ?」

 

 

 

 

 

「いやいや、全くの不十分だ」

 

 

 

 

 

 紗香の言葉を否定し、この場に顔を見せる陰があった。

 

「圧山剛毅ね……」

 

 紗香は乱入者を睨み付ける。

 不適な笑みと共に圧山剛毅は現れた。

 

 ワックスで固めたかのようにツンツンとさせた灰色の髪、肌は日焼けした時みたいに茶色に近い。以前に出会った時と同様に黒のジャンパーの上下セットで身を包んだ三十代程の男だ。

 

 

「何の用?」

 

「おいおい、それはオレの台詞なんだがな」

 

「こっちとしてはどうでも良いわ」

 

 それは煽りでも何でもなく、彼女にとって“純然たる事実に過ぎなかった。”

 

「どうせ、ここでメイアと 私を戦わせる魂胆だったんでしょ?」

 

 メイアと男がホテルに入っていく様子を見ていた鮎川。

 だが、進んでいった先に居たのはメイアただ1人。

 もう1人が圧山剛毅なのは予想ができていた。

 一緒にいたのなら、少なくとも近くに潜んでいたのだろう。

 

「この場所から学校へ続く通路に“何を仕掛けたのかしら?”」

 

 紗香の視線が鋭くなっていく。

 それを意に介した風もなく、圧山剛毅は誇らしそうにしていた。

 

「予想なら出来てるだろ?」

 

「…………『薬』をばら蒔くつもりでしょ? 校内全体に」

 

 紗香が単語にした『薬』にはかなりの重さがあった。

 身体が良くなる薬なんて、世界全体に良い傾向をもたらすものじゃないのは分かっている。

 真逆――最悪の場合は死に至るかもしれないと踏んでいる。

 

「正解正解、大正解。校内に催眠効果を付与した『薬』を充満させる予定だったんだ」

 

「催眠効果ね……随分と手の込んだ事をするじゃない」

 

「味方は多い方が良いからな。オレ達の命令に従う『魔法』を施してあるさ」

 

「ちょっと待ちな!!」

 

 圧山の回答にメイアは慌てた。

 その一言は“聞き捨てなら無い。”

 

「アタイとの約束を破るつもり!?」

 

 学園を狙うと言う事は央佳も必然的にターゲットに含まれる。

 

「約束は破っていない。そこにおまえの幼馴染みが“たまたま居たら”不運なだけの話だ」

 

 メイアとの約束を守るつもりはある。

 嘘は付いていない。

 現に彼女の家族には危害を加える事はしていないのだから。

 それに央佳にも“直接は”手を降していない。

 今回、学校を襲撃する際に“偶然にも混ざってしまった”だけだ。

 

「そ、そんな……」

 

 膝を付き、絶望の淵に叩き落とされる。

 そんな彼女と圧山剛毅の間に割るように紗香は立つ。

 

「やろうってのか? おまえ1人で」

 

「そんな訳ないでしょ。これから紲が来るわよ」

 

「ぷっ、はははっ!!」

 

 紗香の返答に圧山剛毅は笑う。

 彼女の告げた名前の主は知っている。

 

 以前にこの場で一発を入れてきた少年。そして、学園で少しだけ交戦した。

 確かに一発を入れた事と、一瞬だけとは言え自分を後退させた事は評価する。

 

「あんな奴が来たところでオレには勝てない」

 

 あのような偶然は何度も続かない。

 全ては自分の油断が招いた結果だ。

 今度は一切の油断はない。偶然が入り込む余地は……ない。

 

「ふ、ふふ」

 

 今度は紗香が笑みを浮かべた。

 おかしくておかしくて仕方無い。

 

「何だ? オレの評価が間違ってるとでも言いたいのか?」

 

「いえ……間違ってるけど間違ってないからおかしくて仕方無いの」

 

「何を訳の分からない事を――」

 

「まあ、分からないでしょうから気にしないで」

 

 紗香は手をヒラヒラと振るう。

 暗に理解の及ばぬ範囲だと言ってるように聞こえる。

 

「だが、天宮紗香。おまえが見張りと出会わなかったと言うなら――見張りと彼は交戦してる筈だ。

 言っておくが見張りは一筋縄で行くような相手じゃない。『エクリプス』の中でも屈指の《肉体強化》を使う『魔法使い』だ。

 ろくな力も持たない……ましてや、高校生ごときに何ができる?」

 

 圧山剛毅が見張りに選んだ『魔法使い』はそれだけの実力者な訳だ。

 天宮紗香のような実力者はともかく、高校生に成り立ての彼には何も出来やしない。

 

「さあて、それはどうかしらね? あなたは、紲を舐め過ぎてるわ」

 

「ふん、そんな事を言うが紲とか言う奴がここに来るとは思えないが?」

 

 

 

 

 

「誰がここに来ないって?」

 

 

 

 

 

 その声が飛んでくると同時に“何か”が飛来してきた。

 圧山めがけて飛んできたもので、片手で払い除ける。

 

「やっと来たわね。遅いわよ――紲」

 

 この場に現れた――天宮紗香の幼馴染みで、絶大な信頼を寄せている少年・新原紲の登場だ。

 この事実に大いに疑問を抱いたのは圧山剛毅だ。

 

「来るのは分かるようにはしといた筈だけど?」

 

「気付いてたけど遅いわよ。こっちは待ってたんだから」

 

「悪いな。荷物を運んでたのもあったんだ」

 

 紲は頭を掻きながら言った。

 

「何故だ。おまえ、見張りはどうした?」

 

「あのがたいの良い男か? それならぶっ倒してここに来たぞ」

 

「馬鹿な!? おまえみたいなガキに倒せる訳が……」

 

「だけど、そこに転がってるだろ?」

 

 紲が指差した先は、先程に圧山剛毅が“何か”を払い除けた方向だ。

 言われて初めてそちらを見た。

 

「なっ……えっ!?」

 

 時分が払い除けた“何か”が何であるのか改めて思い知った。

 

 

 

 

 

 見張りとして立てた男が白目を向いて倒れていた。

 

 

 

 

 

 まさか、自分の一撃で白目を向いただけだろう?

 いや、だとしたら新原紲がわざわざここまで運んできた理由が分からない。

 

「運ぶの大変だったんだぜ。念のために連れてこないと鍵の閉まってる扉に掴まったらアウトだったからよ」

 

 ヘラヘラと何でもないように言う。

 外傷も汚れも見当たらない――つまりは無傷で倒してしまった訳だ。

 

「何者だ? おまえは……」

 

 初めて戦慄した。

 得体の知れない少年だと感じた事はあった。

 今、それを肌で感じている。

 

「何者かって?」

 

 当の本人は飄々とした態度を崩さない。

 だが、目には力強さは本物だ。

 

「天王寺高校1年 『魔法相談室』新原紲。

 最初の依頼者 紀藤央佳及び生徒会長 天宮紗香の依頼を完遂させる為にここまで来た」

 

 堂々と名乗りをあげる。

 そして、後半には暗に「圧山剛毅を倒す」と告げているのだった。




如何でしたでしょうか?

冒頭から長くてすいません。
ですが、これで紗香が紲に対してあんなにも一生懸命になれているのかが分かってくれたと思います。

紗香とメイアは「誰か1人の為に一生懸命になれる」というよりは「1人の為に手段を選ばない」というスタンスを持っています。

ですが、紗香とメイアの違いは紗香は「周囲に及ぼす影響」を考えてはいますが、メイアは「身内さえ無事なら構わない」といった所です。

でも、根本となる原理が似てる事を真っ先に見抜いた紗香はどうにも憎めない嫌いがあるようです。

そして、いよいよ圧山剛毅との対決です。

次回も再来週の水曜日までに更新できればと考えています。

それでは!!

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