熱は完全に下がりましたが、体力がかなり無くなっていて大変な今日この頃。
続きです。
メイアと別れた紲は再び廃墟となったホームセンターに足を運んでいた。
「メイアの話を聞く限りだと“何もねえ筈だけど”」
だとしたら“先日にどうして取引の場所として此処にメイアと圧山剛毅は居たのだ?”
「この場所に“あの時限りの用事があった”」
それはメイアがいた事を考えれば承知の事だ。では、そもそものメイアの目的とは何だったのだ?
「圧山はメイアを使って何をしようとしてやがったんだ?」
さっき聞いておけば良かったと今更ながらに後悔した。ただまあ、メイアの口振りからポロッと出てくるとも思えづらかったので関係のない事だと話を流した。
―――薬を蔓延させる為、ってのが当初の見解な訳だけども。
本当にその通りかは紲には判断のつかない事だ。
「あとはウダウダ考えたって仕方無いか。さや姉も気付いてるだろうし、そっちに任せよ」
考える事を放棄した結果、全てを紗香に丸投げする事にした。
「そういや、さや姉と言えば――」
圧山達『エクリプス』とやらが紗香を狙う話をしていたのを思い出す。
しかし、話の流れや口調からは最初から「予定に無かった」と窺えるものが紲には感じられた。
もし、予定外に紗香が『エクリプス』にとって不利益となり得る行動を取っていたとしたら? 実は『エクリプス』と接触していて、既に計画を潰していたとか?
―――あり得そう。
想像するだけで、本当の出来事に思えてくるから不思議だ。
ただまあ、そういった線が少なからず残っている事を覚えておくべきだろう。
紗香には事前に話はしてあるので無闇に突っ込むような事はない………………と思う、きっと、多分。
「今はともかく“目の前だ”」
紲は考えを新たにし、ホームセンターの方に意識を切り換えた。
先程から探索しているが目ぼしいものはやはりと言うべきなのか見当たらない。
「ここも……封鎖されちまったみたいだし」
紲と央佳が学校から潜入する際に用いた地下通路の出入口が綺麗に閉じられていた。他の床と同化し、蓋としての機能を失われている。
「あの後に誰かが来た……」
そこでメイアの顔が思い出される。彼女が此処に来ていた理由はこの出入口の封鎖だったのか?
「そういう事にしとくか」
結局のところ、頭を捻っても正解を教えてくれる教師が居るでもないのだ。
地下通路の出入口のドアを一瞬ぶち壊そうかとも考えたが念のために止めておく。
「あとは本当に探索だけだな」
無駄骨になってしまいそうな程に広い。見落としも多いだろう。とにもかくにも紲は目的の場所に向かう。その場所は……事務所だ。
このホームセンターの裏口から近い位置に「関係者以外立ち入り禁止」と貼り紙が貼られていたドアの前に立つ。貼り紙は年月を掛けていたので色素が薄くなっていた。
「さて、行きますかね」
紲は貼り紙の警告を無視して扉を開いた。中は埃が充満しており、一歩踏み込んだ紲を噎せさせた。
「ケホッ、ケホッ……埃が酷いな」
若干、涙目になりながら紲は事務所を見渡した。
埃が乗っかっている長テーブルが真ん中に鎮座していて、その周りで椅子が3脚倒れている。そして、部屋を取り囲むように本棚があって、ガラスが少し割れた窓が1箇所にだけある。
「事務所ってこんなもんだっけか?」
まだ高校生に成り立ての彼はアルバイト等の経験が無いので裏方の造りなどほとんど知らない。
だが、知らないにしても質素が過ぎる。テーブルと周りを取り囲む本棚以外に何もないというのは些か寂しさが漂う。
「それよか探索だよ」
此処まで戻ってきた当初の経緯を思い出して、目についた長テーブルから調べる。だけども、調べても長テーブルには引き出しはない。念のために這いつくばって、下側を見てみるが、何もない。
諦めずに本棚の方に取り掛かる。本棚はガランとしていて、バインダーがあちらこちらで倒れているだけだ。どんな資料があるか一目で分かるように名前が書いてあるバインダーしかない。
「調べる事が少なくて済むと考えるっきゃねえな」
空振りで終わってしまいそうだが、これらの資料も集めてみれば5つ程しかなかった。全部をこの場で読んでも良いが、万が一を考えて全て学生鞄に突っ込んだ。
ここをこれ以上探索しても、あまりの広さに集中力を切らすだけなので打ち切りである。
ホームセンターを後にした紲は学生鞄を引っ提げながら帰宅した。
学校へ寄ろうかとも思ったが、面倒だという事や手に入った資料を他人の目に晒したくないという事から止めたのだ……
「何で紗香は此処に居るのさ?」
「気にしなくて良いじゃない」
現在、紲の部屋に紗香がお邪魔していた。
美少女と2人っきりという男子なら泣いて喜ぶシチュエーションなのだけれども……どうやら、そんな感慨は微塵も起こらないらしい。
「それより、ホームセンターはどうだった? 何か手掛かりでもあったの?」
「手掛かりかは分からないけど」
紲は学生鞄からくすねてきた資料を取り出した。
勝手に持ってきた事を普通なら咎められよう。だけど、紗香はさして気にした様子は皆無だった。
「“言われた通りに”事務所にあったから持ってきた」
実はホームセンターに行く件も含めて、ほとんど紗香の指示だった。
紲自身も行く予定ではあったが、彼だけではそこまで頭は回らなかったろう。紗香に事務所の件を含めてメールを送られた事でようやくに気付いた位だ。
「これで何か手掛かりが見付かれば良いけど……」
「あまり期待はしない方が良いでしょうね」
紲の胸の内を察したように紗香は釘を刺した。彼もそこの所は分かってるようで小さく頷いた。
「持ってきたバインダーは5つ」
紗香はバインダーに書かれているものを見た。売り上げ、売り上げ2、売り上げ3、費用、費用2と簡単に書かれているものだ。
「…………何だか、適当な感じが漂ってくるわよね」
「俺も同感だけど、スルーしてあげよう」
紗香と同じことを思っていたが、今やりたい事とは異なるので資料を開いた。費用のバインダーを開いてみた。何にお金を使ったのか……それがビッシリと書いてある。
「目眩がしてくる」
活字ばかり、しかも紲には分からない領域の事柄しか記されていないので目が痛くなってくる。
「本当、紲はこういうのが駄目ね」
紗香も費用2と書かれているバインダーをスラスラと読み解いていく。
「健司に協力を依頼した方が良いんじゃないか?」
紲が早くもギブアップ宣言をすると、紗香は「駄目よ」と一刀両断。
「今日は健司をこき使ったから休ませてあげてるのよ」
「俺なら良いのかよ……」
何とも弟想いな美しい姉の愛だろうか。その優しさを少しでも良いから幼馴染みに分け与えてあげてくれと切に願う。
「ひょっとして、俺に用があるから理由を付けて健司を置いてきたとか?」
冗談めかして紲の告げた内容が耳に届くと、紗香はみるみる顔を赤くしていった。
「べ、べちゅに……ふちゃりっひりゃにひゃりちゃきゃっちゃわけちゃにゃいにゃにょ!!」
「いや……そこまで言わなくても」
紗香が噛み噛みながらに言った内容を理解しているから少し傷付いた。
ちなみに彼女が言った内容は「別に2人っきりになりたかった訳じゃないわよ」である。
噛みながらも強く否定されるとさすがに紲も心が折れてしまいそうだ。
「そ、そういうつもりじゃなかったのよ……ごめん」
「まあ、さや姉もお年頃だし仕方無いって」
ひょっとしたら好きな相手が居るのかもしれないから勘違いされたくないのかもと勝手に紲は解釈した。残念な事に自分にはまだ縁遠い感情なのでアドバイスも何も出来たものではない。
「そんな上から目線で言われるのはちょっと腹が立つわね……それに、妙な勘違いしてるでしょ?」
勘違いかは分からないが、的外れかもしれない考察をしていたのは確かだったりする。
「それと……」
にっこりと笑いながら紗香は紲に近付いていく。
「さや姉って呼ばないの!!」
「うおおおっ!! すんませんでした!!」
紗香から滲み出る並々ならぬプレッシャーに押し負けて、すぐに土下座を敢行した。
この後、紲は文句の1つも言わずに資料を読み漁ったのだった。
今回は中途半端な形になってしまいましたね。
紲の独り言が多かったのは彼の癖ということで(えっ?)
次回は少し空いて来週の月曜日です。