また体調が崩れてしまって。
続きです。
「よし!! あそこに行くぞ!!」
紲は興奮気味にメイアの手を引っ張る。彼が連れて行く目的地は――たい焼き屋だ。
「たい焼き?」
「まずは腹拵えだ!!」
紲は乱暴な理論を振りかざしてたい焼き屋に突撃した。たい焼き屋を経営する若い男にフレンドリーに声を掛ける。
「よう兄ちゃん。たい焼き2つ!!」
「おっ、新原紲じゃんか。今日は天宮の所の紗香ちゃんとデートか?」
どうやらこの兄ちゃんは紲と旧知の仲らしい。紲は苦笑しながら「違う違う」と返す。
「ちょっと彼女を引っ張り回そうと思ってさ」
「ど、どうも……」
連れてきたメイアを紹介する。紹介されたメイアはお辞儀してたい焼き屋の兄ちゃんに挨拶した。
「何だよ何だよ。女を取っ替え引っ替えしやがって……紗香ちゃんが泣いちまうぞ、この女泣かせめ!!」
「別にそんなつもりはないんだけどな」
そう反論を入れている間にたい焼きは出来上がっていた。紲と話をしながらも客の注文に応える店員の鑑だ。
「ほれ、お待ちどうさん」
「ありがとよ」
紲はたい焼きが2つ入った紙袋を貰う。こちらは代償としてお金を支払う。
「さっさとデートに行きやがれ。この色男が!!」
「だから、そういうのじゃねえんだって……」
学生、男女が仲良く一緒にいる姿を見れば誰だってデートだと思う。
どちらもそれに気付かないあたり、鈍いと言わざるを得ない。
「ほれ、ここのたい焼きは旨いぞ」
言いながら紲はたい焼きを手渡す。メイアは戸惑いながらたい焼きを1つ受け取る。
「眺めてないで食えって。俺の奢りだからさ」
紲はたい焼きにかぶり付きながらメイアに促した。彼に背中を押されたことでようやくにたい焼きを口に運ぶ。
「あっ、これ美味しい」
心の底からの感想が口から漏れる。
「だろ? あそこの店のはこの辺だと有名なんだぜ」
「アタイ……全然知らなかった。この街に住んでるのに」
メイアにとっては新発見だ。
「まあ、そんなもんだろ。俺だってこの辺に住んでるのにメイアと央佳に会った事が無かったんだしさ」
世間は狭い――でもだからといって、狭い世界だから全てを把握できているだなんて事はない。
「それにあのたい焼き屋だって出来たのはつい最近なんだぜ。知らないとしたって問題ないだろ」
「知らないから怖いのさ」
たい焼きの件から話題袋を広げていこうと思った矢先、トスしたボールはあらぬ方向へ飛んでいった。
「メイア?」
呼び掛けるも応答はない。メイアは貰ったたい焼きを食べる手を早めた。何かを振り払うように一心不乱にたい焼きを食べ終える。
「なあ、他の所にも行かないか?」
「は? 何でさ?」
何を言い出すのかと思えば……まさかの提案にメイアは面喰らう。
あからさまに嫌がる態度を見せるメイアの意見を無視するように紲は手に残っているたい焼きを一口で平らげた。
「ふぉりゃりゃひきふぁひふぁふぇぶぁ」
「口の中に物を入れたまま喋るのはマナー違反だよ」
メイアの指摘は尤もで、紲はよく噛んで飲み込んだ後に言い直す。
「俺が行きたいだけだ!!」
「分かってはいたけど……アンタ、我が儘だよね?」
紲と話をすればするほどに見えてくる彼の自分勝手さに頭痛がしてきた。
彼と幼馴染みの天宮姉弟は毎回こうも振り回されているのか?
―――いつもさや姉に振り回されてばっかいるからたまにはこういうのも良いな。
真実は逆だったりする。
紗香の素を知ると紲の話を聞けば「まあ、確かに」と納得してくれる人は多かろう。腹を割って話し合える友人には容赦な――もとい、遠慮ない関係を作ってくる。
「俺が我が儘だったら、さや姉と関わるともっと大変だぜ?」
「さや姉? 誰?」
おっと――と、紲は口を滑らせたと手で口を塞ぐ。しかし、時既に遅しと気付いて諦める。
「天宮紗香……昔は『さや姉』って言ってたんだけどな~。中学に上がる前頃にそう呼ぶのを禁止されたんだ」
「ちなみに呼ぶとどうなるの?」
興味本意で聞いてみると……紲は汗だくになっていく。彼の地雷を踏みつけたらしい。
「そ、そうだな。ちょっとお話をし合うかな」
辛うじて絞り出た言葉がそれだった。こうなると、訊くのが段々と怖くなってくる。
「こ、この件はこれで終わりって事で」
紲は声を震わせながらメイアに告げた。彼女の方も怖くなっていたところなので素直に頷いた。
「そうだな。近くに公園もある事だし、そこに行こうぜ」
「は? 何でまた急に――」
「良いから良いから」
これまたメイアの言を完全に無視して背中を押していく紲だった。
公園に着くなり、空いていたベンチに腰掛ける紲とメイア。
「ねえ……何でアタイをここまで連れてきたんだい?」
ここに着くまでに何度も投げた問いだったが、紲は「着いてから話す」の一点張り。途中からは諦めて彼の言葉を信じて公園までやって来た次第だ。
「ん? あー、お互い暇だったから」
「適当に言ってるんじゃない?」
喋り方に棒読み感を抱いたメイアはジト目を作りながら問い質した。
案の定と言うべきなのか、紲は「ふゅー」と下手くそな口笛を吹いている。彼はどうやら口笛を吹くのは苦手らしい。
「分かった分かった。本当の事を話すよ」
メイアの瞳に「参った」と暗に含めながら紲は告げる。
「メイアはさっきたい焼き屋で呟いた事は覚えてるか?」
「呟いた……事?」
紲の出した質問をバットでそのまま打ち返された。苦笑しつつ、さっさと続きを教えてやる。
「『知らないから怖いのさ』だ」
紲が教えると同時、メイアの表情に硬さが戻った。
彼女の呟いた内容の“真なる意味など分かったものではない。”だけど、その言葉に“恐怖を無意識に持っている事だけは察せられた。”
「正直、俺にはお前が何に怯えているかなんて知らない」
人は神様じゃない。心を読める『魔法』なんてあれば分かるだろうが、紲は生憎と持ち合わせていない。
「だけど――」
紲は自分の鞄から1枚の小さな紙切れを取り出した。それをメイアに渡しながら紲は続けた。
「俺は『魔法相談室』室長の新原紲だ。何か困った事があったらいつでも頼れ。助けてやる」
こうやって、手を差し伸べてやれる位の気概は持ち合わせている。
「なっ、はっ……えっ!?」
一方のメイアは面喰らう。渡された紙には「『魔法相談室』室長 新原紲」と書かれた一文と学校の連絡先があった。
「何だ? ひょっとして、やっぱ俺の携帯番号書かないとまずかったかな?」
「いや、そういう事じゃないよ!!」
ならばどういう事なのか?――分からんプイプイの紲はメイアに逆に問い掛けてきた。
「アタイはテロリストと繋がってるんだよ? なのに何で助けようとするのさ?」
「えっ!? そんなのお前が悪い奴とは思えないから」
あっけらかんと……ほぼノータイムで告げられた内容だとは思えなかった。
悪い奴とは思えないから――よもや、その一言で彼はメイアを助けようとしているのだ。
「いくらなんでもおかしいよ!! アタイはアンタを傷付けた」
「あんなのどうって事はない。それに、圧山剛毅に襲われそうになった時に助けてくれただろ?」
アイツは1年で、しかも『魔法』に関しては『基礎魔法』すら使えない奴よ。放っておいても大丈夫だから――ホームセンターで戦っていた時、メイアは紲を襲おうとした圧山剛毅にそう進言した。
放っておいても大丈夫なのだと……圧山剛毅に享受していた。まあ、結果としてはほぼ無意味だったが、紲を助けようと動いていた事実に変わりはない。
この事を話すや、メイアは目を見開かせ、そっぽを向いたのだ。
「まあ、さや姉と央佳に『メイアを更正させてくれ』って依頼もあったけど……」
紲は一拍置いて、“伝えてやった。”
「心の底から俺はお前を助けたいと思ったからなんだ」
きっかけは紲自身の『魔法』だった。
だけど、こうして彼女と触れ合えた今は違う。新原紲は心底からメイアを助けたいと強く決意出来るようになった。
「まっ、お前がどう受け取るのかは自由だ」
紲は立ち上がるとメイアの真正面に立つ。
「お前が持っている“絆”を断ち斬らせなんてさせねえからよ」
それじゃ、用事があるから――紲はメイアに背を向けながら公園を後にした。
「新原、紲……か」
彼が居なくなると、メイアは彼の名前を復唱した。
こんなに親身になってくれたのは央佳や親を除けば初めてだ。
「不思議な奴ね」
受け取った名刺をスカートのポケットに無造作に突っ込んで公園を出ていった。
次は来週の土曜日の予定なんですが、どうにも最近体調が悪いのでもっと遅くなるかもです。
その際はここの前書きに付け足しておきます。