カンピオーネ~生まれ変わって主人公~《完結》   作:山中 一

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七十三話

 人跡未踏の奥多摩の山中に、大断層を形成する。

 ランスロットの戦いの結果は、この上ない自然破壊というものであった。

 色濃い自然が残る山々を深く傷つけたことは、聊か問題がある。しかし、同規模の破壊が都内で起こっていたらと考えると、この程度の被害で済んでよかったとするべきだろうか。

 『まつろわぬ神』がその気になれば、都市の一つや二つは軽く破壊できる。

 そこまでの力を振るう機会がないというだけで、およそすべての神格にこうした危険性があるのだ。無論、同様の力を持つカンピオーネも、人類からすれば大いなる災厄を引き起こす可能性があるという時点で神々と変わらない。

 カンピオーネが持つ力は強大極まりないもので、人間では彼らをコントロールすることはできない。しかし、その一方で、彼らを頼らなければならない場面も多々ある。

 自分ではどうにもならないモノにすがるとき、それは隷属に近い力関係となる。

 決して対等にはならない。己の命運を明け渡す覚悟が問われるのである。

 正史編纂委員会の次期総裁の座が確約されている沙耶宮馨は、だからこそ頭を悩ませていた。

 東京都在住の草薙護堂は、世界に七人しかいないカンピオーネの一人だ。

 まだカンピオーネになってから半年と少ししか経っていない新参者ながら、歴戦の猛者たちと共闘しあるいは打ち倒してきた。権能の数も確認されているだけで四つ。ランスロット戦で、さらに新たな力を得た可能性もある。

 すると、四年前にカンピオーネになったサルバトーレ・ドニよりも権能の数では上回ってしまう。

 尋常ならざる成長速度だ。もちろん、運もあるのだろうし、カンピオーネからすれば権能の数は重要ではないというが、ただの人である馨には、権能の数や効果で実力を推察するしかない。

「さて、どうしたものか」

 彼女にしては珍しく、長時間黙考を続けている。

 大抵の問題に関しては、即断即決ができるほどに優秀な馨ですら、この問題を早々に決断することができない。リスクがあまりにも大きいからだ。組織を思うなら、熟考に熟考を重ねるべきなのだが――――組織とかどうでもいいからなあ――――という思いも内心には存在する。

 馨が悩んでいるのは、護堂との関係についてだ。

 今までは、付かず離れずの距離を維持しつつ、護堂との私的な友人を介して組織が関わっているという状況であったし、その友人が後々さらに深い関係になってくれれば、正史編纂委員会は護堂の下に就くことなく、その力を借りることができると踏んでいた。虎の意を借る狐ではないが、非常に都合の良い関係を維持していたのだ。

 それも、そろそろ見直さねばならない時期にある。

 護堂は十二分に力を付けた。

 以前までの護堂であれば、成長の度合いを測るという目的で距離を取ることもできたが、世界的にも名を知られた今、うかうかしていては他の勢力に先を越される可能性が出てきている。

 幸い、護堂と近しい人物――――リリアナ・クラニチャールやエリカ・ブランデッリのような他国籍の呪術師など――――は、既に他のカンピオーネの影響下にあり、今すぐ護堂に鞍替えすることは考えられないが、他の勢力が出てくること自体は否定できない。

 ゴールデンウィークの一件で組織の中の膿はほぼ出し切ったが、建て直しには時間が必要である。そして、その解れが、日本国内にある正史編纂委員会に属さない呪術師たちの活動を活発化させていることにも繋がっている。

 近日中に判断するべきだ。

 正史編纂委員会が、護堂の下に就くのか、それとも距離を取るのか。

 どちらにしてもリスクはある。特に前者は、老人たちが不快感を示すに違いない。彼らは、血統と歴史を重んじる。カンピオーネであっても、トップに据えるのは感情的になってしまうことだろう。

 

 ――――まあ、そうなったらそうなったで、また膿を出せばいいか。

 

 不穏なことは口に出さない。

 壁に耳あり障子に目あり。どこで誰に聞かれているか分からないから。

 馨は、努めて普段通りの表情を作り、職場の廊下を歩いていく。

 

 

 

 □ ■ □ ■

 

 

 

 ランスロット戦を終えた護堂は、都内の病院で目を覚ました。

 真っ白な病室は、ヴォバン侯爵と戦ったとき以来なので久しぶりだ。消毒液の独特な匂いが、清潔感と非日常を感じさせる。

 護堂は、身体を起こした。

 自分の身体に目立った外傷がないことを確認し、時計に目を向ける。

 時刻は、午前十一時。

 昼前か。そう思ったとき、腹の虫が鳴った。

 激しい戦いの後で、エネルギーが不足しているのだ。ただでさえ朝を抜いているのだ。身体の治癒が済んでも、これでは体調を万全のものとすることはできない。

 まだ敵が生きていて、自分は病院送りだ。

 そうなってもなお、自分の身体は誰に憚ることなく食事を要求している。生物として当たり前と言えば当たり前だが、緊張感に欠けるのはどうしたものか。

 護堂は苦笑しつつ、再び枕に頭を預けた。

 

  

 護堂が退院したのは、その半日後のことである。

 日は既に没しつつある。

 丸一日連絡がなかった上に、病院に運び込まれたことについて、静花は心配しつつ怒り心頭と言った具合だった。

 根津の自宅まで、一時間ほど掛かってしまうが、その時間内にうまく静花を説得する言葉を思いつくことはないだろうと半ば諦め、護堂は病院を後にした。

 

 

 今、護堂が抱えている問題は三つ。

 第一に、宿敵とも言える蘆屋道満。

 判明しているのは容姿のみ。目的も能力も詳しいことは分かっていないながらも、存在は確実という厄介な神様もどき。

 第二に、ランスロットとグィネヴィア。

 最強の《鋼》の復活はなんとしても阻止したい。日本で暴れている時点で護堂は倒すべき相手と認識しているが、アレクサンドル・ガスコインの動向もあるため未だ予断を許さない状況だ。

 そして、第三に――――

「いい加減、ちゃんと説明してよ!」

 妹・草薙静花への対応である。

「昨日の夜にどこにいて、どうして病院に運び込まれたのか」

 帰宅して、落ち着いたところに静花がやってきて言ったのだ。

 護堂の部屋のベッドに腰掛け、足を組んで睨んでくる。

 もともとつり眼がちの勝気な少女なので、似合っているのだが、小柄でまだまだ幼いところがあるので、威圧感は皆無だ。

 だが、護堂が言葉に詰まるのは、なんといっても説明できない事態に遭遇していたからである。

 護堂がどう説明したらいいものか、と悩んでいるところに祖父が顔を出した。

「おや、まだやっていたのかい?」

 ひょうきんな祖父は、護堂のことを心配しつつも放任してくれている。

 護堂が『まつろわぬ神』との戦いをし続けていられるのも、祖父が護堂に深く干渉しないようにしてくれているからである。

「ほら、静花。護堂も困っているだろう。そのくらいにしてあげなさい」

「でも、病院に行くまでに何があったのかも言えないなんておかしいよ。せめて、それくらい言ってくれてもいいじゃない」

「そう言わないの。誰しも人に言えないことはあるからね。僕だって、護堂くらいの頃は無茶したものさ」

「お爺ちゃんと一緒にしちゃダメ! お兄ちゃんはお兄ちゃんなんだからね!」

 ハッハッハ、と笑う一郎に静花は食って掛かる。

 祖父の武勇伝は、護堂とはまた別の意味で凄まじい。

 後ろから刺されなかったのが不思議というくらいである。

 最近は、護堂も人のことが言えなくなってきた嫌いはあるが、それでも十人近い女性と恋を語らった祖父には及ばない。

「護堂の事情はどうあれ、帰ってきたんだからいいじゃないか。深い詮索はナンセンスだよ」

 一郎は、護堂について問い詰めることはしないようだ。

 静花は納得していないという空気を発していたが、この家の最高権力者がこう言ってしまっては振り上げた拳を引っ込めざるを得ない。

「むうう……ちょっと、まあ、今日のところはこのくらいで見逃してあげる。けどね、これが続くようなら絶対に聞き出すからね!」

「ああ、分かった。覚悟しておくよ」

 護堂の返答を聞いたのかそうでないのか、静花はさっさと踵を返して部屋から出て行った。

「助かったよ、爺ちゃん」

「気にすることはないよ、護堂。ああ、今後は家族に心配をかけないようにね」

 保護者として、しっかりと釘を刺す。

 放任しつつ、見守るというのが彼のスタンス。本当に悪い道に進んでいるのなら、全力でそれを阻むだろう。草薙一郎とはそういう男である。

 護堂の人生経験をすべて合わせても、彼には及ばないのだ。

 一郎からの絶対的な信頼を感じる。だからこそ、護堂もそれにはできるだけ応えたい。

 護堂が頷いたのを見て、一郎は部屋を去って行った。

 今後、カンピオーネとしての活動を続けるに当たり、家族との関係もどうあるかが問われてくるのだ。できれば表面化する前に何とかしたいところだが、それも不可能に近い。

 悩んでも仕方がないか、と護堂は考えるのを止めた。

 答えが出ない問題に、悩みすぎるのは馬鹿らしい。護堂は思考を切り替えて、ベッドに寝そべったのだった。

 

 

 

 ■ □ ■ □

 

 

 

 ランスロットとの戦いが一応の終結を見た翌々日。

 正史編纂委員会に所属する媛巫女として、公務員のような立場にいる晶でも、中学校に通う生徒であることは、同年代の少年少女たちと変わりない。

 仕事や修行のない日は、学校に通い授業に出るのは当たり前のことであり、余程の事情がない限りは欠席は認められない。

 誰が認めないのかというと、組織の上層部にいる者たちだ。

 それは近代化の流れの中で、少女たちの一般教養が必要不可欠になってきたという社会的な意味合いもあり、旧時代的な思想のままでは若年層からの突き上げが厳しいという極めて情けない事情でもあった。

 しかし、それは媛巫女や呪術師たちの中でも平均的なレベルの者たちに限られる話である。

 常に特殊な鍛錬を積んでいなければならない清秋院恵那のような媛巫女は、その限りではない。

 そして、高橋晶という少女は、これといって特殊な鍛錬をする必要はなく、さらにいえば霊視といった、極一般的な媛巫女たちが生まれ持って有する力を持たない点で落ちこぼれである。

 その代わりに、大地との霊的繋がりが異様に強いという身体的特徴があるおかげで媛巫女としての活動が許されているのだが、その力に対して有効な鍛錬法が確立していないため、修行は晶が独学で行うような状態だ。よって、修行によって学校に通えないという言い訳が通用せず、後ろ盾もないため、晶は平日は学校に通うという日々を送っている。

 学校が嫌いというわけではないが、勉強が得意ではない上に、呪術業界で必要な知識も身に付けなければならない晶にはそれなりの負担となっているようにも思われる。

 

 日が暮れつつある。

 冬が近づいてきたこの季節。夜闇が押し寄せてくる時間は日増しに早まっている。

 所用を終えた晶は放課後の教室に戻ってきた。扉を開けようとしたとき、中から聞き慣れた少女の声が聞こえてきた。

 草薙静花。

 晶の親友といっても過言ではない少女。

 真面目で気が強く、それでいて高い協調性を持ち、サバサバとしていて話しやすい。グループ化しやすい女子生徒の中で、彼女はどこの派閥にも属さず、グループ間の調整役のような役目をクラス内で担っている。

 それ故に、静花は本人の知らぬ間にクラスカーストのトップに位置づけられている。

 静花を敵に回すことは、自分の仲間以外のすべてを敵に回すことに繋がるからである。

 もっとも、クラスが打算で連携しているわけではなく、感覚的にそう理解しているだけで、グループ同士の仲が悪いというわけではない。

 もしも、グループ間の仲が悪ければ、このクラスはそれこそ地獄のような様相を呈することだろう。

 明るく、顔立ちも良い彼女は、男子からも密かな人気がある。

 

 晶は扉の前で立ち止まり、教室内の様子を窺った。

 すぐに中に入らなかったのは、静花と一緒に男子生徒がいたからである。

 申し訳ないとは思いながらも、晶は興味の赴くままに教室内に意識を向ける。

 だが、それも長くは続かなかった。

 どうやら、晶がこの場にきた時点で、佳境を通り過ぎていたらしい。

 静花と男子生徒の会話はすでに途切れており、なんともいえない雰囲気が漂っていた。そして、その男子生徒は自分のカバンを肩に掛け、晶がいる扉まで歩いてくる。

「うわ、ヤバッ」

 晶は、慌てて掃除用具を入れるロッカーの影に身を隠した。

 教室から出てきた男子生徒は、晶が隠れるロッカーとは逆方向に去って行った。

 男子生徒が廊下を曲がったところで、晶はロッカーの影から出て教室に入った。

「あれ、晶ちゃん。先生の用事、終わったんだ」

「うん。まあ、話を聞いただけだからね。陸上部に入らないかって」

 晶の身体能力は呪力を使わなくても平均を大きく上回っている。短距離走では学年二位。長距離走ともなると男子学生のタイムを含めてダントツの一位である。

「体育の成績良いからねー」

 異様とも思えるそのタイムに、疑問の声を発する教員もいた。しかし、それも体育での晶の動きを見れば、真実であると認めざるをえず、その晶が帰宅部に属していることがもったいないという話になったわけだ。

 学校側としては、より高い能力を持つ選手を育成することで知名度を高めたいという思い以上に、生徒の才能を正しく発揮できる環境を整えたいという善意からの申し出である。しかし、大会であるとか運動であるとか、その程度のことに興味はない晶にしてみればまったく迷惑な勧誘でしかない。

 晶を誘った陸上部の顧問も、けんもほろろ、取り付く島もないという晶にこの日の勧誘を諦めてしまった。

「中三の秋に誘われてもね」

「うち、中高一貫だから。今から入っても、高校も持ち上がりで続けられるじゃん」

 静花がそう言うと、晶はなるほど、と頷いた。

 一般の中学校であれば、この時期から部活動などありえない。大会は終わっていて、それこそ全国大会に残っているような強豪チーム以外の三年生は引退している。だが、中高一貫校であれば、むしろ三年後期は高校生への過渡期となり、四月からの本格的な高校デビューに向けた独自のカリキュラムを組んだ練習ができるというわけである。

「で、断っちゃったんだ」

「陸上、興味ないし」

 それに、忙しい。

 忙しいと思っていると、実際にはそうでなくても忙しく思えてしまうものだが、ランスロットの行動次第では、即座に動かなくてはならないのだから気が急くのも仕方がない。

 もちろん、静花はそんな晶の事情は知らない。だから、ただもったいないな、と思うだけである。

「断るといえば、静花ちゃんこそ、さっきのは告白じゃないの?」 

「ちょ、見てたの!?」

「最後だけ。ほんのちょっと。ちなみに何を話してたのかは聞こえなかった、というか話し終わってからしか見てない」

「見られてるってだけでも恥ずかしいんだって!」

 静花は、西日でもそれと分かるくらいに顔を赤くして呻いた。

「ふぅん。まあ、その気持ちは分かるけど」

 とは言いつつも、晶の顔はにやけている。

「で、受けたの?」

「聞くの!?」

「そりゃそうだよ」

「気持ち分かるって言ったのに」

「それはそれ」

 同情はするが、興味に任せる気持ちは抑えない。

 晶もまた、一女子中学生として、友人の恋バナに食い付いたのだ。

 静花はため息をつき、

「断ったよ。恋愛、興味ないもん」

 先ほどの晶と同じような回答だった。

「えー」

「『断るといえば』でこの話に入ったのになんで残念そうにするのか」

「それはそれ」

 どうにもならない女の性か。

 実際に付き合っていたらどういう反応をすればいいのか。晶には彼氏持ちの友人がいないので、その話をどう発展させるべきか分からない。

 それに、恋愛に興味がないという静花のスタンスと、今の晶のスタンスは正反対だ。興味があるからこそ、静花の件にも食い付いたのである。

「もう、下校時刻になるし帰るよ」

 静花はさっさと荷物をまとめて教室を後にしようとする。

「あ、ちょっと待って」

 晶は、自分の机からカバンをひったくるようにして静花の後を追った。

 

 

 

 晶の家は、草薙家に近い高層マンションにある。

 草薙家を学校と挟む位置にあるので、登下校はほぼ静花と一緒になる。

 すっかりと日が暮れて、人工の光でうっすらと白くなった夜闇を眺めて歩く。

 商店街も、買い物客が少なくなってきた。家々の明かりが道を照らす。店のシャッターを閉める老婆がいて、歩道に積もった落ち葉を掃く男性がいる。

 それぞれが、その日の仕事を切り上げて家に戻っていくのを眺めていると、それだけで日常を感じることができる。

 当たり前の光景。

 しかし、『まつろわぬ神』の襲来などで、いとも容易く壊れてしまうものでもある。

「どうしたの?」

 と、静花は問う。

「なんでもない」

 と、晶は答えた。

 晶はふと、立ち止まった。そこにあるのは、小さな公園。商店街の空いたスペースに申し訳程度に用意した砂場しかないようなこじんまりとしたものである。

「ああ、そういえば」

 通り過ぎてしまったが、晶にとっていろいろな思いを巡らせる場所も公園である。唐突に、小さな公園を見て思い出してしまった。

「公園、がどうかしたの?」

「ん。えっと、ここに来る前に、大きめの公園があったよね?」

「うん? あったけど。それがどうかしたの?」

「いや、大したことじゃないんだけど。……この前あそこで先輩に告ったんだよねー」

 結果としてはダメだったものの、それでも一歩前進したようなものだった。護堂の考えを知ることができ、自分の想いを伝えることもできた。失敗の原因は相手の都合によるもので、相手に意中の女性がいるわけでもなければ、自分を嫌っているというわけでもない。それが分かっただけでも、収穫はあった。少なくとも、まだまだチャンスはいくらでもあるのだ。

 そのように自分を奮い立たせている晶であり、この宣言もある意味では己の気持ちを明確にしていくための儀式である。

 殊に静花に告げるのは、静花がブラコンであると理解した上での行動である。

「………は?」

 そして、衝撃の事実を告げられた静花はそこで放心状態となった。

 晶が自分の兄に対して非常に懐いていることは承知していたし、それが単なる先輩後輩の仲から来るものではないことも察していた。

 友人が自分の兄に告白したことをどう受け入れていいのか分からなかった静花は、そこで思考をストップすることとなったのだ。

「こ、こここ告った。告ったって、告白したの!?」

「うん」

「ど、どうして!? だって、あのお兄ちゃんだよ!?」

「いや、あのって」

「ちょっと見てくれがよくて勉強できて運動もできて面倒見がいいってだけのあのお兄ちゃんだよ!?」

「あとそこに優しくて強いも入れたほうがいいかもね」

 それだけ揃っていれば、文句を付けるところもない気がする。静花の護堂評があながち間違いじゃないということは、晶でも知っている。その点に関しては、中等部の女子でも話題に挙がるからである。つまり、これは身内贔屓ではないということだ。

 本当に厄介。

 現状では祐理と恵那が晶の乗り越えるべき壁であるが、潜在的な人気から考えるに、不特定多数がここに加わってくるのは必至である。

 カンピオーネという肩書きだけでも、全国各地から立候補者がいるのだ。優良物件の中でも最高峰であろう。

 もちろん、晶が惹かれているのは、そのような肩書きや能力ではない。

 詳しく説明しろと言われても、不可能だ。助けられたこともあるし、戦っている姿を見たこともある。しかし、それがすべてではない。護堂と触れ合い、言葉を交わす中で、自然と彼の存在が心に入ってきたのであり、『なぜ、好きなのか』とか『どこが好きなのか』と言った質問をされても、言葉にできるものではなかった。

 なんとなく、というのが、一番しっくりくる言い回しなのだが、そう言ってしまうと軽い女のようで嫌だ。

 そもそも、微妙で繊細な心の機微は言葉にできるものではない。

 だから、全体の空気感に惹かれるという答えは、的を射ているように思う。それは、総括的であり、曖昧模糊とした掴みどころのないもの。だからこそ、自分でも把握できず、持て余した気持ちに振り回されるのだ。

 ゆえにこそ、晶は思う。

 言葉にできる好意は紛い物だと。

「まあ、結局ダメだったんだけどね」

「え……そ、そうなの」

「うん。でも、誰か好きな人がいるってわけでもなくて、単に先輩が恋愛について考えられないってだけみたい……ああ、兄妹で似たような恋愛観だね」

 からからと笑う晶に、静花はおずおずと尋ねる。

「それで、晶ちゃんはこれからどうするの?」

「そうだね。たぶん、これまで通りなんじゃないかな。チャンスはあるし、芽が出ないってわけじゃないはずだから」

 晶は自分が護堂にとって最も身近な異性の一人であると自覚している。嫌われていなければ、十二分に機会はある。

「前向きだね」

「まあ、後ろ向いてても仕方ないから」

 晶はそう言ってはにかむ。

「ということでお兄さんをください」

「え、やだよ」

「……」

「……」

「…………」

「…………」

「えッ、ここは友だちを応援するとかそういう場面じゃないの? 友だちだよね?」

「それはそれ」

「そんなブーメランいらないからッ」

 


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