カンピオーネ~生まれ変わって主人公~《完結》   作:山中 一

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三十話

「風が出てきたな」

 護堂は隣の晶に話しかけた。

「そうですね。気をつけてください」

 護堂の言うとおり、風が強い。

 空を見れば、雲が目に見えて早く動いている。

 青い稲は大きく揺さぶられている。

 その風の動きは蛇のように不規則に思えてならない。意思が介在していると感じさせるほどに、不気味な軌道を描いている。

「先輩。一目連は武神ではありませんが。天目一箇神との習合でその能力を多様化させているかもしれません。油断だけは絶対にしないで……」

「ああ。ありがとう、晶」

 槍を出して戦いに備えている晶だが、相手が『まつろわぬ神』なので、戦力としてはかなり低くなってしまう。下手をすれば護堂の足を引っ張りかねない。

 カンピオーネと『まつろわぬ神』の戦いには、人間は基本的に不干渉でなければならない。できることがほとんどない上に、護堂の様に周りを気遣うタイプには重荷になってしまうからだ。

 だから、晶がすべきことは、護堂が戦いやすい環境を整えること。

 結界を張って周囲から戦闘区域を隔絶して極力安全を確保し、そして神獣の類が現れたらこれに対処する。

 それを自分の役目と割り切ってここにいた。

「草薙さん」

「万里谷。どうした?」

 近くに駐車していた冬馬の車から降りてきた祐理が声をかけた。

「呪力に動きがありました。もうすぐ、ここに現れるかと思われます」

 ずっと精神を集中してきた祐理が捉える敵の気配は、南南西から護堂のいるこの田園地帯を目指しているという。

 風が急に強まったのも、それが原因だろう。

 案山子が出てこない。それは、もう依代として使用する必要がないということだろうか。

「あの、草薙さん」

 と、祐理が控えめに名前を呼ぶ。

 護堂は祐理のほうを向いた。

「晶さんも仰っていましたが、決してムリだけはしないでください」

 祐理も、わかっていることだ。カンピオーネの戦いに死力を尽くさない戦いなど存在しないということを。

 まだ、三ヶ月ほどと少ないが、それでも護堂の戦いぶりを見てきた彼女は理解している。

 無理無茶無謀の果てに初めて勝利があるのが、この戦いなのだと。

 しかし、それでも、理性で分かっていたとしても、感情は別物だ。

 自ら望んでカンピオーネになれる人間はいない。

 護堂も偶発的にカンピオーネになってしまったのだろう。そのあたりの詳しいことはまだ知らない。それでも、それ以前にはただの学生として過ごしていた護堂が、命がけの戦いに身を投じなければならない運命に陥ったということが、どれほど彼の人生を狂わせることになったのか、祐理には想像もつかないのだ。

「うん、まあ、善処はするよ」

 二人から無償の心配をされて護堂は、そのように答えにくそうにするだけだった。

 無理はしないと誓えるはずがなく、二人を前に嘘をつけるほど器用でもない。

 くだらないことかもしれない。でも、護堂は根っからのお人よしで、信頼する人間には気休めでも嘘がつけない人間だった。

 その返答を護堂らしいと受け取ったのか、二人はクスクスと可笑しそうに笑う。

「ああ、来たか」

 そして、空を見上げ、護堂が呟いた。

 僅かに顔を覗かせていた月が完全に雲に覆い隠された。

 身体中から戦意の高揚を感じる。

 筋肉が程よく弛緩し、緊張は解きほぐれ、血流は増大する。カンピオーネが『まつろわぬ神』に出会ったとき、彼らの身体は戦うためのソレに強制的に移行する。

 後天的に手に入れた神様レーダーが反応する以上、この上空にいるのはまちがいなく『まつろわぬ神』である。

「二人とも、後ろは任せるけど、いいかな?」

 控えめに、護堂は尋ねる。

 自分の発言の強制力を自覚しているから、命令的な口調にしないように気を使っているのだろう。

 そんな護堂に祐理も晶も力強く頷いた。

「大丈夫ですよ。ご心配には及びません」

「この槍に誓います!」

 護堂は二人の返答を聞いて安心した。

 祐理と晶。どちらも頼れる仲間なのだ。重大なこの場面で、信頼しないはずがない。

「じゃあ、任せる」

 端的にそれだけを言った。

 それ以上の言葉は必要と感じなかった。

 

 

 ■ □ ■ □

 

 

 護堂自身が敵の存在を感じ取っているように、相手側も護堂の存在を感じ取っているはずだ。

 上空にあれほどの力の塊を作っておいて、まったく気がつかないというほど知覚能力に劣るはずがない。

 月が隠れてしまい、周囲は真っ暗闇の中。

 しかし、カンピオーネはフクロウのように夜目が利く。

 この程度の暗がりで躓くことはない。

 護堂は、農道を一人で歩きながら上空を注視する。

 雲の流れが変わった。

 通常は一定方向に流れる雲が、奇怪なことに渦巻状の模様を作っている。それはカタツムリの殻の模様にも見えたし、銀河のようにも見えた。

「フフ、フハハハハハハハハ! ガァハハハハハハハ!」

 遥か上の雲間から地面に叩きつけるかのように大音量の笑い声。

 何がそこまで面白いのか、『まつろわぬ神』は抱腹絶倒しているようだった。

「なんだ?」

 無論、護堂にはその理由に思い当たる節はない。

 ただ、困惑して姿の見えない敵がいるであろう場所を眺めているだけだった。

 すると、今度は。

「んん? そこにいるのは神殺しではないか! 珍しい! 見たところこの国の少年に見えるぞ! なるほど、ついに日ノ本にも現れたか!」

「今認識したのかよ! 遅すぎんぞ!」

 と、護堂は叫び返した。

「ハハハハ! 仕方あるまい。お主が小さすぎるのだ!」

「嘘つくなよな。俺がお前を感じているのと同じで、お前も俺を感じていたはずだぞ! 一目連!」

「一目連。うむ、その通り! よくぞ我が名を当ててみせた! 天目一箇神、天之麻比止都禰命とも人は言う!」

 ビリビリと響き渡る轟音は、ライブスタジオで聞くヘビメタのようだ。これだけでも、十分に人を殺せるのではないかと思えるほどに、この神の声は凄まじくでかい。

「取り戻したのだ! 我が神名をな! 長かったぞ。時間を忘れるほどにな。己が誰であるのかすら定かでないままに幾星霜の時を漂泊し、請われるがままに雨を呼ぶ……だが、それもこの日まで! まずは、我が力を利用した愚かなる人間共に神の恐ろしさを思い知らせてくれよう!」

 なるほど、と護堂は頷いた。

 この神がいきなり大笑いをしていた理由がわかった。

 失っていた真の名と性を取り戻し、『まつろわぬ神』として降臨することができたことがよほど嬉しかったらしい。

 一目連の話を聞く限り、その原型となる力自体はずいぶん前からこの国を漂っていたらしい。おそらくは過去の雨乞いの儀式などで呼ばれた力の残滓かなにかだろう。一目連が関わる儀式だったのかもしれない。一目連は雨乞いなどでの信仰を集めるからだ。

 それが、長い時間をかけて、まつろわぬ一目連として降臨した。

 その力が核になったのか、それとも一目連という神格を呼ぶ呼び水になったのかは分からないが、火雷大神やヴォバンの嵐と雷を受けて、まつろわぬ性に目覚めたのかもしれない。

「ちなみに聞くけど、思い知らせるとは具体的にはどんな感じで?」

「決まっておろう。我は雨を呼び風を呼ぶ嵐の神ぞ? あそこにある程よい湖を多少増水させてやるだけよ」

「おいおいおい! 霞ヶ浦を溢れさせるってのか!? 冗談じゃすまないぞ!!」

 護堂はさすがに青くなって叫んだ。

 ここからそう遠くないところに霞ヶ浦という湖がある。

 平野部にある湖のためか面積は広大で日本第二位を誇り、なんと茨城県の面積の三十五パーセントを占めるほどだ。

 それが溢れかえればどうなるか。

 辺り一帯は水に沈む。平野部ゆえに水の引きも悪いだろう。水質もかなり悪く、栄養過多。COD、リン、窒素などが多量に含まれ茶色く濁っているところもある。

 周りに広がる田畑は使い物にならなくなる。

 伝染病を併発する可能性もある。

「はあ、マジか……」

 本当に勘弁してくれといいたい。

 戦うのはもう、仕方がないと割り切るにしても、どうして見ず知らずの人の生活を背負わなければならないのか。

 プレッシャーが大きすぎる。

「とりあえず、お前を倒さないといけないな」

「ハハ、今さらだな。我等と君たちとは、遥か古より戦うのが定めだろうに!」

「勝手に決めんなっつの……」

 護堂は嘆息し、

「おい、さっさと出て来い! 相手してやるよ!」

 声を張って叫んだ。

「…………フアハハハハハハハ! よかろう。その意気やよし! この一目連が押しつぶしてくれよう!」

 カッ! と突然の雷光が空を覆う。

 一瞬、まぶしさに目を細め、次の瞬間に驚きで眼を広げる護堂。

 無理もない。

 護堂が見上げる空には、海蛇のように空を泳ぐ巨大な蛇体が横たわっていたのだから。

 目測では全長六十から七十メートルはありそうだ。

 ただの蛇ではなく、前足と離れたところに後ろ足がついているところを見ると竜のくくりに入るものだとわかる。

 一目連は片目の竜神。それゆえに天目一箇神と習合するに至ったわけで、一目連の相が強いのだから竜神で出てくることも分かるのだが、スケールが想像以上だった。

「嘘だろ!? 完全に怪獣じゃねえか!?」

 思わず叫ぶ。

 それほどの威容だったからだ。

「どうした! 我が姿に臆したか!」

「冗談! 叩き落してやる!」

 そして、護堂と一目連の戦いが始まった。

 

 

 

 □ ■ □ ■

 

 

 

 一目連は片目の潰れた竜であり、天候を司るとされる神だ。

 その信仰は伊勢湾近辺が最も盛んであり、三重県にある多度大社の別宮の名は一目連神社である。

 愛知県から三重県、和歌山県等では一目連が神社を出て暴れると暴風が起きるともされている。一目連神社の社殿には扉がないが、これは、この神が神威を発揮するために自由に出入りできるようにするためだともいう。

 そして、重要なのは、一目連神社の祭神は天目一箇神であるということだ。

 風雨の神と製鉄の神。元々は別物の神でありながらも習合したのは、単に両者が片目の神だということではないだろう。

 製鉄は農業と縁が深い。

 鉄製農具の普及は深耕を可能とし、穀物の生産量を著しく上昇させたことは言うまでもなく、また、製鉄業を行う際には強い風が必要だ。古い時代には人力で風を起こすことができず、自然の暴風を利用していた。

 これが、風とたたらの関係性である。

 たたら場は大量の木材と砂鉄を確保する必要性から、人里はなれた山奥に作られることが多く、その中に独自のコミュニティーを形成していた。彼らは生活に必要な取引など以外とは外界との交流はほとんどなく、周囲の農民たちからも区別されたという。

 どれだけ特殊な環境化にあるか、某ジブリ映画を見てもらえれば分かるかと思う。

 コミュニティーの外からやってくる者は鬼である。

 西洋においても、教会で洗礼を受けていない人間は村に住むことを許されず山に住み、そしてそれが妖精として語り継がれたように、外界のたたら場の人間も妖怪になりうる資質をもっている。

 イッポンダタラのような妖怪もこうした背景を伴っている可能性がある。

 そうした隔絶したコミュニティーであっても、農閑期になれば農民たちは出稼ぎにたたら場を訪れた。

 少ないながらも、秋と冬の間だけは、交流があったのだ。

 天目一箇神と農耕民の融合を示す神話が『播磨国風土記』に記されている。

 ここでは、託賀郡の条に天目一命の名で天目一箇神は登場する。

 土地の女神、道主日女命が父のわからない子を産んだが、子に盟酒をつぐ相手を諸神から選ばせたところ、天目一命についだことから天目一命が子の父であるとわかったというものだ。

 道主日女命=農耕民族。天目一命=製鉄民族であり、この神話は農耕民族と製鉄民族の融合を示すものだと考えられる。

 これらのことから、一目連と天目一箇神が習合されていったのだ。

 

「そら、いくぞ神殺し!」

 わざわざそう宣言して、一目連は鎌首を擡げ、急降下してくる。 

 ただそれだけで、轟ととてつもない風の音。それはもはや衝撃波だった。

 巨大な口が開く。

 口の中はおぞましい乱杭歯がずらりと並んでいた。やはり蛇ではなく竜なんだと、護堂は妙な納得をする。

「ヤバッ」

 思いのほか、その急降下は早かった。

 まさに蛇の捕食を思わせる素早さ。しかも巨体のために速度がよく分からないという厄介さ。

 護堂はとっさに土雷神を発動し、土中に逃れる。

 落雷が土に還ることを神格化したこの雷速で、土の中を神速状態で移動する。

 次に顔を出したとき、護堂が一瞬前までいた場所が大きく抉り取られていて衝撃を受けた。

 一目連の蛇体が通過しただけで、農地はとてつもない破壊に晒された。

「化物め! 人の迷惑を考えろ。ちくしょう!」

 避けると農地が壊滅する。とはいえ、これほどの質量の体当たりを受けて無事でいられるはずがない。

 生憎と護堂には神と接近戦を演じられるような頑丈さも、筋力もない。

 素早く動き回って手数で攻めるタイプ。一目連と殴り合えるのはヴォバン侯爵か羅濠教主くらいのものだ。

「ネズミのように素早いな、少年!」

「蛇にネズミのようとか言われても嬉かないわ!」

 ただの獲物じゃねえか、と内心文句を付け足す。

 一目連は上空で方向を転換する。再び、地上の護堂を狙う。

「さあ、次はどうかな!?」

「二度はさせねえ!」

 愚直に突っ込んでくる一目連に合わせて呪力を練り上げる。

『弾け!!』

 渾身の一撃を見舞う。

 言霊なだけに距離が近いほど、その効果は高くなるようだ。

 これほどの大質量を弾き飛ばすためには、それだけの呪力と集中力が必要だった。本当に危険を感じるギリギリまで蛇体を引きつけて言霊をたたきつけた。

 イメージは砲撃。

 目視を許さない音速の一撃が一目連の顎下に炸裂した。

「ぬ、お!?」

 頭を上に跳ね上げて、一目連は勢いのまま真上に昇っていく。

 腹部が地面を掠め、側面が護堂の二の腕に触れた。

「痛ッ……」

 シャツが削れ、鮮血が迸る。

 ただ、触れただけで、肉が削り取られたかのようだ。

 すれ違いざまに見た一目連の身体は、鋼色。逆棘状の鱗がびっしりと全身を覆っていた。

 ああいうモノを学校でも見たことがある。

 美術で勾玉を作ったときだ。

 金鑢。間違いなく、あの身体は金鑢でできている。しかもその鑢はダイヤモンドはおろか山すらも削り取るほどの代物なのだ。

「一撃喰らえばお陀仏。マジですり身か」

 …………笑えねえ。

 天目一箇神の製鉄神としての側面が鋼の身体というわけか。

 とはいえ、あれほどの巨体にちまちまと言霊をぶつけてもどれほどの効力を得られるか。

 頑丈な表皮。膨大な呪力。呪術への対抗力を考えれば、その内面までダメージを通せるか怪しいもの。

 改めて自分の攻撃力のなさに歯噛みする。

 攻撃能力が高く、あの鋼の鱗に対向できそうな権能。

 決め手が少ない以上はカードを切るタイミングが重要なのだが、ここで使わなければいつ使う。

「我は焼き尽くす者。破滅と破壊と豊穣を約束する者なり。全てを灰に。それは新たなる門出の証なり!」

 体内を巡る呪力が加速する。 

 さしずめ蒸気機関に石炭をくべるが如く。心臓が脈動し、送り出される血液は総じてガソリンとなる。

「ほう、なにかする気だな! ならば我も友を呼ぼう! 雨よ、風よ、雷よ! 我と共に来たれ!」

 とたん、風が猛り、雷鳴が響きわたり、雨が降り注いできた。

 土砂降りというほかない。あまりの豪雨に視界を確保するのも難しいというほど。シャワーのほうがまだ優しい。

 しかもそれは、護堂にとってはかなり厄介なものだった。

「今雨を呼ぶとか……クソッ」

 せっかく練り上げた呪力が四散していくのを感じた。

 雨に打たれ、燃え上がっていたエンジンが急速に冷やされている。

 土砂降りの中では火の手は上がらない。

「む、どうした? なぜ、権能を使わない?」

 うねる蛇体から、疑問の声が響き渡る。

 護堂は舌打ちするだけでそれを無視した。

 使いたくても使えなくなったからだ。

 とはいえ、これだけ周囲に水があれば、伏雷神が使用できる。

「雷雲に潜みし、疾くかける稲妻よ。集い来たりて我が足となれ!」

 護堂の全身が発光し、火花を散らす。

 神速の状態へと移行したのだ。

 さらに、護堂は雷に顕身して虚空を雷速で移動する。

 護堂が持つ空中戦用の権能は、この伏雷神の神速と、ガブリエルの言霊による空間干渉の二つだ。

 自由自在に空を移動でき、神速であるので、雷速は言霊よりも遥かに優れていると言える。

「むう、それは神の足か!? 厄介なものを!!」

 護堂はあっさりと蛇体の背に飛び移った。

 あまりに身体が巨大すぎて、神速で飛びまわる護堂に対処できなかったのだ。

 人とハエの戦いによく似ている。

 自分の周りを飛びまわるハエを煩わしいと思っても、それを叩き落すのは至難の業だ。

「でかいのが仇になったな!」

「たわけが。その程度で我の背後を取ったと思うな!」

 一目連が加速していく。

 危うく振り落とされそうになりながら、護堂は背中にしがみつく。

「コイツ、乱暴な!」

 一目連はドリルのように横回転を繰り返す。さすがに背中にしがみついてもいられず、落下してしまう護堂は、目の前で大きく開かれた口を見た。

「あ、っぶねえ!?」

 閉じ合わされる口に僅かに先んじた雷速で、辛うじて回避することができた。

『砕け!』

 すれ違いざまに、言霊をたたきつける。

 金鑢の鱗が砕けてバラバラと崩れた。

 だが、内側まで攻撃が届いているわけではない。鎧に罅が入ったからといっても肉体にまで届けなければ倒すことなどできはしない。

 雷となって護堂は飛ぶ。

 護堂が空を駆けるたびに、閃電が弾け、光の線がその軌跡を追う。

 巨大な怪物に挑みかかる人型の戦士。

 それはあまりにも無謀な挑戦だ。

 護堂の攻撃は幾度繰り返しても決定打にはならず、対して相手の攻撃は一撃当たればそれだけで致死させるに足る威力を秘める。

 単純に質量と体積の問題だ。

 一目連はあまりに大きく、あまりに重い。

 カンピオーネの呪術への抵抗力を考えても、下手に風や雷を操るよりも、体当たりをして物理的に押しつぶしたほうが確実に相手を倒せるのだ。

 そのために、一目連の攻撃は単調な体当たりと噛み付き攻撃がほとんどだった。

 雷速の護堂を追おうにもその巨体ゆえに小回りが利かず、必殺を逃してばかりいる。

 護堂は避けると同時に言霊と発し、回避し、また言霊を叩きつけるを繰り返し、地道に敵の装甲を削り取っている。

 もっとも、その護堂の身体もずいぶんと疲弊している。

 断続的な神速の使用と一目連の体当たりの余波による裂傷が護堂を少しずついたぶっていた。

「千日手だな。これは……」

「ちょこまかと気ぜわしいヤツめ!」

 護堂は再び背中に飛び乗った。 

 言霊を連続して放ち、同じ箇所を徹底的に削りまくる。

 鱗は砕け、血飛沫が雨を赤く染める。

 砕けた鱗がカッターの刃のように風に乗って護堂の身体を掠めて切り傷を与えていく。

「調子に乗るなよ! 神殺し!」

 一目連が身体を捻り、そして、叫ぶ。

 護堂は直感にしたがって顔を逸らし、半身になった。

「ぐ、ふ!?」

 だが、間に合わなかった。

 護堂は驚愕に目をむいた。

 一瞬の空白とその後の脳を焼く激痛が攻撃を受けたことを物語っていた。

 腹部と右肩を左の太ももに、鉄杭のような鋭利な刃物が突き刺さっている。じわり、と血が滲んで服をぬらし、滴る赤が鋼の身体を汚しては雨に流されていく。

「ガハッ。く、な、にを……」

 吐血しながら、倒れこむように後ろへのけぞる。

 逆棘状の鱗が鋭い刃物となって伸び上がり、護堂を貫いていたのだ。

 さらに追い討ちをかける鱗の刃が、体勢を崩した護堂を狙って次々と逆立っていく。

 鋼色の稲が植えられているようにも見える光景だった。

 これには堪らず護堂は背中から飛び降りた。

 逆流する血を吐き出して、真っ逆さまに落ちる護堂。

 上空四百メートル地点。東京タワーよりも高いのだ。地面に叩きつけられれば、死ぬことは間違いない。

 いかにカンピオーネが頑丈であっても、これはさすがに死ぬ。

 しかも三箇所に穴が開いている状態。

 カンピオーネでなければ即死していただろう。

「油断したな。神殺しよ! その肉を喰らい、我が糧としよう!」

 落下する護堂を一目連が追う。

 蛇が獲物を狙うのとまったく同じ動きで、その何倍も速く、豪快な動きで牙をむく。

 交錯する刹那。護堂は雷へとその身を変えて、一目連の死角に回り込んだ。片目が潰れているがゆえに、そちら側への対処はどうしても遅くなるのだ。

『砕け!』

 頭部の右側に放たれた言霊は、空間すらもゆがめて一目連の顔に炸裂した。

 大きく進路を逸らされた蛇体は、血を撒き散らして墜落する。

 バランスを崩されたことで、体勢を維持できなくなったのだろう。

 これで倒せたと思うのは気が早い。『まつろわぬ神』の頑丈さは異常なのだ。おまけに全身が鎧で守られているような相手だ。これはリング上で滑っただけ。K.O.には程遠い。

 その一目連は地面に激突する寸前に鎌首を擡げてこれを回避、さらに身をくねらせて上に向かうと、護堂に向かって口を開いた。

「さすがに一筋縄ではいかないな! ならば、こういう趣向はどうだ?」

 蛇体から、強力な風が押し寄せる。

 見えない自然の風と違い、呪術の風は呪力を内包するがゆえによく視える。 

 第六感の研ぎ澄まされた護堂には、猛烈な勢いで壁が迫っているようにも視えたのだ。

「く……うわッ!?」

 呪力を高めてこの風に対抗しようとしたその時、急に雷の身体が実体に戻ってしまった。

 術破りの風だったのだ。

 しまったと、思いながら慌てて言霊を紡ぎ、落下する身体を押し上げた。

 そんな護堂の一連の行動は、一目連にとっては格好の隙となる。

「バハア!!」

 勢いよく、口の中から飛び出してきたのは鉄杭だった。

 一本一本が人間大の大きさの鉄杭が、数百本。それが護堂のみならず、その周囲全体を巻き込むように放射状に射出されたのだ。

 ミサイルのような速度と威力で放たれた散弾銃。

 狙いなど端からないのだ。

 護堂がいる場所を含め、まとめて吹き飛ばすためのもの。

 一瞬速く危険に気づいたものの、雷速は間に合わない。

「天を覆う漆黒の雷雲よ。光を絶ち、星を喰らい、地上に恵みと暗闇をもたらせ!」

 頭で判断するよりも速く、護堂は聖句を唱え、黒雲の中に消えた。




やっと三十の大台に突入しました!
ここまでやってまだ原作二巻までしか進んでないとか……

以下余談
別のカンピssの舞台を新潟に設定したので、せっかくだからと方言を調べていて出てきた語
【ばふらんかぜofばふらかぜ】
 性○為をした後で裸のまま寝て引いた風邪。
 布団をばっさばっさするところから来たとも。

 新潟……
 なぜそんな限定された用法を?
 他の地域にもあるっぽいです。
 方言萌えそうだ、ぜ!

 西住殿--------------! 熊本弁……熊本弁をお願いしま-----------すッ!! 

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