アウグスタ・ラウリカは、スイスにおける最大の古代ローマ遺跡である。
五世紀現在の人口はおよそ二万人。
水道設備や公衆浴場、議事堂、闘技場、神殿、教会と五世紀の日本ではありえない街並をしている。古代ローマの植民市としてはこれが一般的だというが、西と東の文明力の差は極めて大きい。もちろん、物事には様々な見方があり、西洋的な文明と東洋的な文明を同列で語ることはナンセンスではあるが、グローバル社会で育った護堂からすれば、古代ローマの文明は、この時代の最高峰を走っているのは間違いないと実感できるものであった。
アウグスタ・ラウリカは、フリウス所有の農村から馬車で二日ほどの距離にあるという。
古代ローマの街道は千五百年後まで残るものもある石造り。その道を優雅に馬車で旅するというのも、悪くない選択肢ではないかとも思ったのだが、サスペンションも何もない馬車で石造りの街道を進めば絶対に身体に悪影響が出る。
土雷神の化身を使って一瞬で移動するという手もあるにはあるが、護堂にはアウグスタ・ラウリカの位置が分からない。
分からないところに移動はできない。地中を彷徨うことになるのは御免だし、下手に神速で自分の知らない土地に行ってしまうと戻って来れなくなるかもしれないのである。
「で、あればわたしの飛翔術で移動するのが一番手っ取り早いでしょうね」
と、リリアナが言った。
「行けるのか? その飛翔術って」
「もちろん、行けます」
リリアナは自信満々に言い切って見せた。
飛翔術は直線しか移動できないという制限があるものの、高速で長距離を移動する飛行呪術である。なるほど、それならば馬車で二日の距離を瞬く間に移動することすら可能であろう。
「アウグスタ・ラウリカの場所ならば、わたしは知っています。何せ、観光したことがありますからね。それに、飛翔術はその気になれば大陸横断すら可能とする術です。目的地がはっきりしていれば、すぐにでもお連れできます」
「魔女の力って、便利すぎやしないか? 大抵のことは不自由なくできそうだけど」
長距離移動に霊視、その他呪術の中には魔女にしか使えない秘術もいくらかあるというし、薬物についても詳しい。剣を振り回しているよりも、このほうが魔女の一般的なイメージに近いのは分かるが、実際にその恩恵に与るとなると、実感としてその反則さが理解できる。
「そうですね。そのためか、わたしたちは歴史の影に隠れることになったわけですが……テンプル騎士に取り込まれていくのも、魔女だけでは生き延びられなかったという背景もあるようです」
「日本の媛巫女もそうだけど、血縁が物を言うんだから、生き残りを図るのは大変だよな」
血に由来する力を後世まで残そうとするのなら、それ相応のパトロンが必要になる。古代から近世にかけて政治体制が激変し続けた西洋では、統一された意思の下に血族を守っていこうというのは難しかったのだろう。その点、日本はまったく異なる歴史を歩んできたと言える。
俗の部分では血縁と家名の双方を重視していたがために、養子縁組などで家を守ってきたものだが、聖の部分は多分に血縁が絡む。武士ならば源平藤橘、貴族ならば五摂家、そしてその上に何人にも犯されない神聖不可侵の天皇家が君臨していた日本の聖の世界。血縁を重んじるが故に外部の者が取って代わることもできず、その発想自体がタブー視された。
日本の文化の外にある勢力との出会いが少ないからこそ、自国内の常識だけが通用する社会であったとも言えるが、結果的に媛巫女の血は現代まで受け継がれることとなったのである。
様々な形に姿を変えて、時代に翻弄されながら生き残りを図った魔女とは同根ながらも相容れない存在ではなかろうか。
強大な権力の庇護を受けて成り立つ媛巫女と野に下り研鑽を積み重ね、騎士にまで取り入った魔女。それは、あたかも日本に於ける貴族と武士のような立ち位置の違いになっているような気がする。
「リリアナさんの能力は反則的ですけど、まあ、この時代で簡単に移動ができるってのは強み以外の何物でもないと思いますよ」
と、晶が言った。
「交通機関もないですし、現代人には辛い状況ですよね」
「まあ、そうだよな。馬車って、そんなに速くないんだろ。そんなペースで二日も旅したことないよなぁ」
「普通は景色が吹っ飛んでいきますからね。交通機関を使うと」
色々と高速化した二十一世紀。
その環境で過ごした日々は、非常にゆったりとした時間が流れる古代では苛立ちを募らせるものにもなってしまう。
ずいぶんとせっかちな生き方をしてきたのだろう。
「確か、平安時代の人は話す速度が非常に遅かったみたいですね。現代人と会話したら、平安時代の人は聞き取れないだろうって」
晶が言うと、リリアナが頷いた。
「それなら、分かる気がする。耳から入ってくる情報の処理速度が違うんだろう。盲目の人が利用する音声サービスには、一般の人では付いていけないくらい早口のものもある。耳が発達している分、健常者の会話速度はじれったくなると聞いたな」
あまり福祉に興味のなかった護堂には初耳の情報であった。
必要に迫られれば、人間はその分野を発達させる。情報に溢れた二十一世紀では、それを処理するために五感についても古代から変化しているのであろう。
「リリアナは本当に物知りだな」
「いえ、それほどでも。日々の学びは糧となります。意外なところで豆知識が活きることはあります」
誉められて嬉しそうにしつつ、リリアナは謙虚に答えた。
「それはあれですか。ネタになるってことですか? 小せ――――ぷぉ!?」
リリアナを小説ネタでからかおうとした晶の顔にすばやくリリアナが何かを投じた。
小さな紙屑のようなそれは空中で広がると、晶の顔を包み込む。
「むあっ!? 何だぁ、こや!?」
驚いた晶は身を仰け反らせ、紙を顔から取り除く。人間が咄嗟に紡いだ程度の呪術で、晶をどうこうするのは不可能に近い。驚かせるのがいいところであろうか。
晶に引き千切られた紙はかなり繊維質のように見える。構造としては、パピルスに近い。
「何するんですか!?」
「今のはそっちが悪いだろう。当然の対応だ」
ぷい、とリリアナは晶から目を背ける。
リリアナはリアクションがはっきりしているのでからかいやすい。しかし、そういうタイプの人間は往々にしてからかわれなれていないので、そのキャラ付け自体がストレスになることもある。もっとも、彼女の場合はエリカとの付き合いが長いので、その辺りは慣れているだろう。
「そろそろ行きましょう。一息に行くと負担もかかりますので、休憩を挟みつつアウグスタ・ラウリカに向かいます」
■ □ ■ □
眼下に古代ヨーロッパの自然を見下ろしつつ、護堂と晶はリリアナに抱えられて空を飛んでいる。
吹き付ける冷たい春風がひんやりとして心地いい。
飛翔術で空を飛ぶと、まるで飛行機に乗っているかのように景色が過ぎ去っていく。
直線しか移動できないという欠点はあるものの、それはメリットを打ち消せるほどのデメリットとはなっていないだろう。戦闘で用いるのならばまだしも、移動するだけならばこれほど便利な術はない。
飛行しているのは地上三百メートル程度の高さである。
二十一世紀ならば高層ビルの屋上くらいの高さになるが、この時代にはそのような建造物は一つもない。現段階で世界最大の建物は、ギザの大ピラミッドが誇る約百四十六メートルである。
「古代人からしたら空を飛ぶってのは夢のまた夢だよなぁ」
眼下を流れる森や川、小さな集落を眺めながら護堂は呟いた。
「手を伸ばそうとする人は少なからずいましたが、一様に失敗していますからね。まあ、魔女はこの時代で唯一飛行を可能とした人間ではありますが、それを除けば成功例は皆無。まさに夢物語です」
人類が空を飛ぼうと思ったのはいつの頃からなのか。
人体を如何に駆使したところで飛行することは叶わない。しかし、人間には不可能を可能にする知性という武器があった。道具を作り、儀式を行い、鳥のように空を飛ぶ夢を追い求めてきた人類。多くの生き物は、その目的に従って肉体を変化させ、多種多様な能力を手に入れてきたが、人間は肉体ではなく周囲の環境に手を加えることで己の目的を果たす方向で進化した。
高い知能がそうさせた。
肉体は目的を果たすために変化するものではなく、目的を果たすための道具を生み出すことに特化した。
空を飛ぶ。そのための変化を肉体ではなく道具や呪術という外部に求めたのである。
魔女達は、遙か古代の時点でその試みに成功した。
しかし、技術面では近現代に至るまで誰にも手の届かない夢の領域にあった。
護堂とて、こうして魔女リリアナの手を借りるか、権能を使うかしなければ生身で空を飛ぶことなどできない。道具もなしに空を飛ぶというのは、それだけ稀有な経験なのだ。
視界を遮るもののない遙かな高みから大地を眺める。
それだけで、脳の中心に叩き込まれる根拠のない全能感に胸が震える。
まるで、この世のすべてを見通しているかのような気持ちにすらなる。
「護堂さん。あれを……!」
リリアナが護堂の耳元で声を挙げる。切羽詰ったような声である。その原因を護堂も視認した。何せ、この高さだ。見たくなくても目に入る。
大きな城塞都市の正面に、騎兵の一群が迫っているのである。さらによく見れば、その騎兵の前を走る数騎の兵がいる。装備がまったく違うのは、属する組織が異なっているからだろう。前を走っているのは、アウグスタ・ラウリカに逃げ込もうとする誰かであって、後ろから押し寄せているのは、それを阻もうとする敵軍に違いない。
「フン族、か?」
「あの騎兵隊の面々、アジア系の顔立ちに見えます。おそらくは、その通りかと」
フン族の集団は、ざっと三百騎くらいいるだろうか。
本気で戦争をするには数が少ない。
戦うためにここまで来たというよりも、何か別の目的で移動していたところで、ローマ側の兵と偶発的な遭遇戦になったというような感じに見える。
戦争には詳しくない護堂であるが、さすがに三百騎程度の兵力で巨大な城塞都市を陥落させるのは無理がある。放っておいても、彼らは撤退していくに違いない。
歴史の流れには、極力干渉してはならない……とは言われた。
現状、ローマ側とフン族側のどちらが良いとも悪いとも判断できない。未来の時代を生きた護堂の価値観で、相手を判断するのはあまりに愚かなことである。
それでも――――。
「リリアナ、このまま突っ込んでくれ!」
「承知しました!」
リリアナもその気だったのだろう。
着地地点は、逃亡を図るローマの騎兵とフン族の集団の中間。
空から青い光を纏って舞い降りる護堂たちは、そのまま迫り来るフン族の集団に相対した。
突然、地上に現れた三人組に、先頭の騎兵は目を丸くして手綱を引いた。
さすがに、全力で走ってきていきなり止まるのは不可能である。
馬首を廻らし、フン族の一群は護堂たちを避けるように逸れていく。
その流れに沿うように、護堂は一目連の権能で創った神槍を地面に打ち込んでいった。強力な呪力の高まりに馬が脅え、空から地面に杭のように打ち込まれる槍を見てフン族の面々は顔面を蒼白にした。
護堂は、特に何を思うでもなく騎兵を眺める。
三百騎に単独で挑んで、勝利できる人間など皆無である。呪術の心得があろうと、それは同じだ。それこそ、聖騎士クラスの実力者であれば生還することも可能だろうが、それでも相応の覚悟をする必要がある。
その厳然たる事実も、カンピオーネを前にすれば屈服するよりない。
護堂は事ここに至っても恐怖の一欠けらも抱いてはいなかったのだ。
護堂が、彼らを見て思ったのは――――向かってこられたら、殺さないように手加減しなければならないから面倒だ、ということであった。
端から敵とすら認識していない。
それは、人間が蟻の観察をするときに、蟻を潰したり、傷付けたりしないように細心の注意を払うのと同じ感覚である。
同じ姿容をしていたとしても、両者の実力差はあまりにも隔たってしまっている。
相手もそれを理解したのだろう。
これは勝てないと悟り、一目散に逃げ去っていく。
それは見事な退却振りだ。
ヒットアンドアウェイをまったく無駄なく遂行している。獲物に対する執着など、まったく感じさせない撤退であった。
「あっさりと退きましたね」
晶が護堂の後ろから声をかけた。
彼女も護堂が投じた槍と同種の槍を肩に担いでいた。いざとなれば、護堂よりも先に自分が前に出ることで、敵を黙らせる。
式神である彼女は、護堂に比べれば幾分か加減もできるし、鬼の鎧は示威効果が十分に期待できる。
そのつもりでいたのであるが、非常にあっさりと撤退していったものだから肩透かしを食らった。
「カンピオーネの力を目の当たりにして、まともに戦う意思を維持できるものではないだろうからな。それに、フン族の頂点に位置するウルディンはこの時代のカンピオーネの可能性もある。となれば、向こうもそれなりの知識はあってもおかしくないだろう」
リリアナの言うとおり、フン族の中のどれくらいの人員が神殺しのことを知っているかは定かではないにしても、誰も知らないということはないだろう。
ウルディンが神殺しであるのなら、当然その部下たちは神殺しに挑む愚かしさを理解しているだろう。たかが三百騎の軍勢では、一撃で蹴散らされるということをだ。
「護堂さん、それよりもこれからのことを相談しませんと」
「これからって?」
護堂はリリアナの言葉に首をかしげる。
「わたしたちは今、フン族を追い散らしたのですよ。それも神殺しの力で」
「あ、そうですね。先輩が神殺しであることが相手に伝わったかもしれないから、ウルディンさんが出てくる可能性もあるってことですね」
「……ああ、なるほど、これからのことってそういうことか」
ウルディンの配下を蹴散らしたのだ。
理由はどうあれ、敵対行動とみなされてもおかしくはない。
そして、神殺しに対抗できるのは神殺し。その道理に従うのならば、護堂の相手をするのはウルディン――――五世紀の神殺しに他なるまい。
「まずは、拠点の確保を。このアウグスタ・ラウリカをわたしたちの次の根拠地としたいと思うのですが」
「あー、人がいっぱいいそうだけど……背に腹は代えられないか」
それに、曲がりなりにもウルディンに対抗してきた城塞都市である。
フリウス氏の農村に比べれば、神殺しとして滞在するのに気を遣わなくていいかもしれない。
「でも、どうやってだ? リリアナはいいとして、俺と晶は東洋人だぞ。街の人からすれば、フン族と変わりないと思うけど?」
「その点については、交渉で何とかなると思います。この時代のローマなら、東洋人だから総てが敵というわけでもないですし……」
リリアナはなにやら思案するような表情を浮かべて砦を見上げた。
リリアナが見つめるのは物見台。
一際輝く鎧を身につけた、この街に詰めるローマ軍の司令官と思しき人物であった。
□ ■ □ ■
交渉の余地など初めからなかった。
神殺しに対抗できる者など、『まつろわぬ神』か神殺ししかいないのだから、フン族の騎兵に襲われて何もできなかったアウグスタ・ラウリカのローマ兵では到底話にはならない。
もっとも、彼らの士気は思いのほか高く、ウルディンからこの街を死守してきた実績からも力と強権による圧力では屈服しないだろうというのは分かっていた。
リリアナは護堂を王として迎え入れさせるのではなく、一人の傭兵として雇い入れるように仕向けたのである。
怪物ウルディンに唯一対抗できる者として。
護堂が空から神槍を降らせたところを見ていた者も一定数いたらしく、それも交渉を優位に運ばせた。
結果として、護堂たちはアウグスタ・ラウリカの一等地に自らの邸宅を構えるに至った。
身分としては独自の兵を持たない軍団長として。
あくまでも駐留する上での名目上の名義である。
ベッドとソファは兼用だ。
食事を摂るときに、寝転がりながら食事をするのが古代ローマのマナーということで、ソファとベッドが一体となったものを使うのである。
護堂は白いソファに腰をかけてため息をついた。
「どうかしましたか?」
晶が護堂の様子を心配して話しかけてくれた。
「ああ。ちょっとな」
「……もしかして、ウルディンさんのことですか?」
「ん、まあ。結局、戦うことになるのかもしれないだろ。何と言うか、呪われてんじゃないかとな」
「それはもう盛大に呪われてますね。神様を殺しちゃった人ですから、そういうのはデフォルトかもしれないですね」
「よくよく考えれば罰当たりだもんな……神殺しってのは」
神様を殺すというのが、そもそもありえない話である。それを実現し、地上の王となったからには、それなりの運命が待っているのは常識的に考えれば当たり前のことであろう。
もちろん、神を殺すような人間に常識は通じないのが常である。が、何かと騒動に巻き込まれたり、引き起こしたりする者が大半とあっては、そのような星の下に生まれているのだろうと思うしかない。
不幸だと叫びたくなるくらいには不幸なのだが、それに見合うだけの幸運も兼ね備えているから文句は言えない。後は早死にさえしなければいい人生を送れるだろうと、達観できるくらいにはなっていた。
「戦うとなれば、ウルディンの能力も調べなくちゃならないか」
「あ、あああの、先輩。その、わたしが知っている神様なら、教授、できますからね。アジア系。インドとかその辺りであれば!」
晶がどもりながらアピールした。
言霊の『剣』を使うための前準備に教授の術をかけてもらうのだが、そのためには対象となる神についての知識を持つ者とキスをする必要があった。
まつろわぬガブリエルのときには、リリアナが教授をかけた。
ガブリエルの出自を詳しく知らない晶では教授がかけられず、忸怩たる思いをしたのである。もしも、次の敵がアジア系で、自分の知識にある神様であれば、今度こそはと護堂に好意を抱く少女として自分の存在を忘れられないようにアピールしている。
「分かったよ。そのときは、晶に頼む」
「先輩!」
晶は喜悦に笑みを浮かべる。
満面の笑みであった。
昨晩の件で護堂の気持ちもしれたことだし、晶にとってこの時間旅行は決して損なものではなかったのかもしれない。少しだけ、距離を近づけることができたような気がするのである。
ドアがノックされたのはそのときであった。
外から呼びかけてくるのは護堂と共に旅をしている銀色の女騎士である。返事をすると、ゆっくりとドアが開かれた。
現れたのはリリアナではなかった。
黒髪のショートヘアとゆったりとした白い外套が落ち着きある雰囲気を醸し出している。目鼻立ちの整った、愛らしい乙女である。
「こんにちは、草薙護堂さん。まさか、同時代のお仲間とこのようなところでお会いできるとは思っておりませんでしたわ」
にこやかに、彼女は言った。
初対面且つ護堂からすれば大先輩に当たる人物ではあるが、彼女自身はとてもフレンドリーな人柄のようだ。口を開くだけで春風が
「始めまして。ええと、アイーシャさん、とお呼びして構いませんか?」
護堂は立ち上がって尋ねた。
護堂の知識にも名前しか存在しない謎のカンピオーネ、アイーシャ夫人は、愛らしく微笑んで頷いた。
「それはもちろんです。どうぞ、お好きなようにお呼びください」
カンピオーネらしからぬ、人好きのする笑み。
これが二十一世紀に存在する七人の魔王の中で最も傍迷惑な権能を持っている神殺しなのかと護堂は本気で疑問を覚えた。
とても、神を弑逆するようには見えないからだ。
しかし、それでも相手はカンピオーネである。護堂がこの時代で色々と大変な目に合っているのも、彼女が原因なのだ。油断だけはせず、しかし温和そうな性格から争いにだけは発展しないように注意する。
ともかく、これで元の時代に戻るという最大の目的は果たせそうだ。
護堂は内心でほっとすると共に、どのようにして元の時代に戻るよう説得するか考えるのであった。
■ □ ■ □
ライン川の畔に聳える巨大な砦。
かつては、ローマ軍が詰めていたそこは、すでに敵の手に墜ちていた。たった一人の男の手によって強壮を謳われたローマ軍は蹴散らされたのである。
周囲を囲む森の中にはこの時代にはありえない生物が跋扈している。
デイノニクスと後に呼ばれることとなる恐竜と酷似した身体つきの神獣たちである。
その内の一体、前足が翼になった翼竜に跨っていた男が遂にこの砦に戻ってきた。
筋肉質な肉体。
短く狩った髪。
そして、アジア系の顔立ち。
現時点でフン族の頂点に君臨する王――――ウルディンである。
「お待ちしておりました、ウルディン様」
そして、ウルディンの帰還を出迎えたのはゲルマン系の顔立ちの女性とフン族出身の少女であった。
「よう、クロティルド、ルスカ。出迎えご苦労」
と、にこやかに笑うウルディンは、一人目の妻と四人目の妻に気さくに話しかける。
数日間、どことも知れぬ場所をほっつき歩いていたことを二人が怒っているのが目に見えて分かっていたからご機嫌を取ろうとしてのことだ。
「まったく、あなたという人は。また、勝手に出歩いて。置いていかれる身にもなってください」
と、静かに抗議するクロティルドに対してルスカは半ば諦めの境地で呟く。
「まあ、生きて帰ってきたしね。それだけでも上々」
「ハハハ、物分りがいいなルスカ。よし、今晩の相手はお前にしよう。コンスタンティノポリスの連中が寄越した酒でも飲みながらな」
「ん」
頬を染めつつ、頷くルスカ。そして、その隣のクロティルドは絶句する。
「あ、なっ」
言葉にならない呻き声を発しつつ、震えるクロティルドははっとしてウルディンに視線を戻した。
「そ、それどころではありません。ウルディン様の夜の件は置いておいて、まずは報告があります。例の聖女の件で、斥候に出ていたドナート殿からです」
「あん、何か進展があったのか?」
「はい。おそらくはよくない方向に」
武勇と呪術のみならず学識に優れたクロティルドが「よくない」と表現するからにはよっぽどのことがあったのだろう。
ウルディンは表情を引き締めて、クロティルドに先を促した。
無課金だけどアルトリアとタマモキャットが手に入って有頂天な我。それにしてもガチャから優雅たれが出た時の衝撃ときたら……腹筋に候