FAIRY TAIL~元勇者の生きる道~   作:ヌラヌラ

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LV9〜緑髪と雫の耳飾り〜

 

 ソロが妖精の尻尾に加入してから早くも一週間が経とうとしていた。かつての旅で多くの人と関わった経験は無駄ではなかったようで、まだ会った事の無い人が何人もいるがすっかりギルドに馴染んでいる。

 自分の意外な社交性の高さに内心驚きながら今日もナブと並んで依頼板の前に立ち、仕事を探している。

 

「はぁ、今日も今日とて金欠だ。

うーん……なあナブ、どの仕事が良いと思う?」

 

「お前、それを俺に聞くかよ?

っつーか最初のクエストでそれなりに大金手に入れてたじゃねーか」

 

「知ってるだろう?

次の日に今日までの最低限の食費と宿代を残してカナの胃袋に入ったよ」

 

「なんつーか……ドンマイ」

 

 咄嗟に言った事ではあるがソロが自分で奢ると言ったから取り消せ無い、しかしカナが妖精の尻尾で一番のうわばみである事を知らなかった為に起きた悲劇である。次々に樽の中の酒が一人の女性の腹に消えて行くのは目の前で起きた事ではあるが未だに信じられないでいる。

 加えて言えば今日までの日を装備によって変わる己の力の幅を深く知るための鍛練とカルディア大聖堂での手伝いに費やしたせいでニ回目の仕事に行けないでいた。

 

「じいちゃんには色んな仕事をやってみろって言われたけど……おっ、これなんかいいな」

 

 ソロが手に取ったのは前回には及ばないが報酬はそれなりの運搬の仕事である。依頼書によると鉱山で取れた原石を移送したいのだが経路の治安が悪く頻繁に盗賊が現れるらしいので荷物の出し入れと護衛、そして移動は馬車で行うためにいざという時に馬の扱いが出来る事が条件と書いてある。

 馬を扱うという事で元の世界でどんな悪路にも止まる事のない力強さを持った仲間の馬(パトリシア)を思い出しながら依頼書をミラの元へと持って行く。

 

「ミラさんこれを頼むよ、あと悪いんだけどどの辺なのか教えてくれないか?」

 

 ミラに依頼書を渡すとソロはテーブルの上に先日購入したこの大陸(イシュガル)の地図を広げて羽ペンを取り出してミラへと差し出した。

 

「良いわよ、えーっと……依頼書によれば……ここね!」

 

 そう言ってミラは地図に印を付けるとペンをソロに返す。

 

「ありがとう、それじゃあ行ってくる!」

 

「ちょっと、一人で大丈夫なの?」

 

「大丈夫だ旅には慣れている。改めて、行ってきます」

 

 ソロは振り返らずに手を挙げてそのままギルドを後にする。

 

「あら?」

 

「どうしたんじゃミラ」

 

 ソロを見送ってからミラは何かを思い出したように手を叩き、マカロフはそれに気が付き声をかける。

 ミラはマカロフに近づいて先程受け取った依頼書を見せた。

 

「マスター、この辺りって確か……」

 

「おおっ確かあやつも仕事で行っとる筈じゃな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同日の昼下がり、仕事を終えたソロは一人不機嫌な表情を浮かべて森の中を歩く。別に目的地までたどりつのが困難だったとか仕事がうまくいかなかっただとか、報酬に関していざこざがあったという訳ではなく仕事自体は運良く噂の盗賊にも遭遇する事無く円満に完了していた。

 ただ、依頼主と会った時にほんの些細なトラブルとまでは言えない出来事があっただけだ。

 盗賊の頭は顔こそ知れ渡ってはいないものの、緑髪と雫のような形の耳飾りが被害者に印象深く残っているらしい。

 

「ったく……傍迷惑な話だ。俺と同じ髪の色とスライムピアスみたいな耳飾り着けてる盗賊なんてよ。依頼主にも最初は警戒されるし……まあ、ギルドの紋章見せたら納得してくれたから良かったけど」

 

 呆れの込もった溜息を吐いて独り言を零し、目を閉じて枝葉の揺れる音が響く森の中で耳を澄ませていると、それに混じって何かが地を踏む音も同時に耳に入る。

 

「おい、そこの者。こんな森の中で何をしている?」

 

 次に聞こえて来たのは口調の強い女性の声だ。

 ソロはそちらの方へ視線を向けると気が強そうだが端整な顔立ちと腰まである緋色の髪、そして鎧とスカートを身に付けている美女が腕を組んで立っていた。

 鎧の形から察するに相当良いプロポーションをしているなどと考えてしまったが、頭を数回振って考えを切り替える。

 

「ああ、すまない。風の音に耳を傾けていたら美人が来たから少し驚いてしまった。

俺はちょっとこの辺で盗賊を……」

 

「やはりそうかっ!!」

 

 ソロの言葉を遮り、怒気を露わにして鎧の美女はソロへと駆け寄る。そして何も持っていなかった筈の手に光が集まり一本の剣がいつの間にか握られていた。

 なぜこの女が自分に襲いかかって来るのか、なぜ自分のふくろの中身や天空の装備を出す時と同じ様な事が起きたのか、そもそも彼女は何を怒っているのか。

 思考の波がソロの頭に到来するが、まずやるべき事は一つ、彼女の攻撃を防ぐ事だ。

 咄嗟にソロは天空の剣を出して女の斬撃を受け止める。距離があった事が幸いしてなんとか防御できたが、剣の鋭さにソロの頬を一筋の汗が流れる。

 

「危ねぇな……なんのつもりだ、いきなり人に斬りかかって来るなんて!」

 

「ほう、見事な換装と反応の速さだ、加減をしたとはいえ今の剣を受けるとはな。

……近くの村でお前達が盗んだ金はどこだ、アレは国へと納める税だそうだ……死人こそいないが怪我人は大勢いる……お前達の非道、私は許す事が出来んっ!」

 

 女の剣に込める力が増したため、危険を感じたソロは剣を弾いて迫合いを止めて後方へと下がる。

  そして先程の彼女の言葉で疑問は全て解決した。彼女が手に出した剣が何度か話に聞いた換装である事、彼女が剣を向ける理由が自分が盗賊だと誤解されている事、そして本物の盗賊の行いに怒りを持った事。

 ソロ自身、こういった勘違いを無くすために盗賊を探して成敗するため森を彷徨いていたのだが、見事に裏目に出てしまい自分が一番されたくなかった誤解を受けてしまった。

 

「待て、俺は盗賊じゃない!君と同じで盗賊を退治しに来た!」

 

「……その虚言を私が信じると思うか?

先程貴様は自分が盗賊だと言ったではないか。それに何よりその髪の色と耳飾りが動かぬ証拠だ!

……怪我をした子供が泣きながら思い出してくれた手掛かりだ……貴様らは私が一人残らず捕らえてやる……覚悟しろ!」

 

 ソロに向かって再び女は剣を構える。もはや話合いで誤解を解くのは不可能だと悟ったソロも同じく剣を女へと向ける。

 相対する二人の間に一枚の木の葉が揺れ落ちたのを機に同時に動き出す。

 互いに剣を振い、時には受け止め、時には躱し激しい攻防が繰り広げられる。二人の剣速は凄まじく、刹那の時間が永遠に感じられ、辺りには風が吹き、刃と刃が触れ合う時には火花が散る。

 幾度も打ち合って現状のソロと女の剣の腕は互角であった。但し互いに剣での攻撃のみで魔法を使っていないため戦闘能力自体が互角だとは言えない。

 もっともソロは他の天空の装備を使用する気はない。やっと天空の装備二つ使用(30%の力)に慣れたところで元々手加減の苦手な自分が更なる力を出して相手を殺さない保証が無いからだ。

 

「ここじゃ狭いな……場所を変えよう、着いて来れるかな?

速度上昇呪文(ピオリム)!」

 

 ソロは迫り合いを力任せに押し返して自身の素早さを上げる呪文を唱えて女に背を向けて走り出す。

 元々ソロは足が遅い方だが重ね掛けをせずとも速さは段違いに上がり、樹々を縫うようにあっと言う間に女を後方へと置き去る。

 

「逃すか!換装、飛翔の鎧!」

 

 女の身体が光りに包まれると身に付けていた装備が消え、新たに獣を思わせる模様の耳飾りと胸当てが印象的な軽装の装備へと変化する。剣も先ほどとは別物の二振に増えている。

 飛翔の鎧、その名の通り女も素早さが向上しソロの後を追う。着かず離れず、二人の距離が変わる事はなかったが、やがて森を抜けて木々は無く拓けているが先には聳え立つ岩壁がある場所に出たためソロは足を止め、女も距離を置いて止まる。それとソロに掛かっていた速度上昇呪文(ピオリム)の効果が切れたのは同時だった。

 

「行き止まりのようだな、もう鬼ごっこはできんぞ」

 

「場所変えるって言ったはずだ、ここならお互いに自由に動けるだろ?」

 

「ほざけっ!」

 

 女は二本の剣を構えてソロへと接近する。

 

火球呪文(メラ)火球呪文(メラ)火球呪文(メラ)!」

 

 速いスピードで迫り来る女に対してソロは牽制で火球を連続で3発放つが、初弾次弾は難なく躱して三弾目を上へと弾くとソロに向かって2本の剣を振り下ろした。されど女の剣はソロの身体まで届く事は無く、天空の剣によって阻まれる。

 ソロは女の剣を上手く往なして横に大きく剣を振るうも、女は後方へと飛んで躱して再び距離を空ける。

 そして一呼吸入れると再び高速でソロに接近してすれ違い様に剣を振るい、距離を取る。それを何度も繰り返すも全てにソロは反応して剣を防ぎきる。

 あくまで速度上昇呪文(ピオリム)は移動速度、つまり足の速さのみを上げるものであり、女の攻撃の回避こそ不可能となったが移動速度以外に変化はないためソロが女の攻撃を防ぐ事は容易ではないが可能であった。

 

「換装以外にも魔法が使えるようだが……剣術と換装に比べると随分と粗末だな、それで私を倒せると思ったのか?」

 

 女は一撃離脱ではソロに有効打を与えられないと考え距離を取って剣を下げて言い放つ。

 女の指摘はなかなか的を得ている。

 そもそもソロは一人で魔法と剣を同時に使う戦い方はしない。

 元の世界では誰かが敵の注意を引きつけている所に魔法を使える誰かが魔法を放ち命中させる、または逆に魔法で敵を牽制しておいて物理的な重い一撃という役割を分担した戦法を取っていたためだ。

 並の腕の有象無象ならばそれで十分だが対峙している女は相当な手練れであり一人でかつてと同じ戦法を取るのは酷であった。

 

「確かにアンタ相手に魔法を使う余裕はなさそうだな。だがどうする、アンタも俺にダメージは与えられない状況は平行線だろ?」

 

「ふん、ならば手を変えれば良いだけの事だ。

換装、天輪の鎧!」

 

 女の身体が再び光に包まれると、新たな鎧の形を形成する。今度の装備は鉄の胸当てと肩まで覆われている手甲、大きなロングスカート。そして何より目を引くのは背にある四対の天使の翼を模した優美な装飾だ。

 より女の美しさに磨きがかかった装備にソロは目を奪われるが臨戦態勢は崩さない。

 

「舞え、剣達よ!」

 

 女が手をソロに向けて翳すと女の周囲に数十もの球体が出現し、それらはそれぞれ一本の剣の形となり切っ先がソロへと向けられている。

 

「おいおい……まさか……」

 

 ソロは無意識に剣を持つ手に力が篭り、脳内では最悪の攻撃が予想される。

 そして女の目付きが鋭くなると同時に一斉に剣がソロへと猛スピードど飛来した。

 

「ちっ……嘘だろっ!」

 

 ソロの悪い予想は的中した。しかしソロも戦闘経験は豊富であり、同時に対処法も脳内で三つ程練られている。

 一つ目は身体硬化呪文(アストロン)で身体を鉄の塊へと変化させて飛来する剣の攻撃を受け付けなくする方法。しかし硬化中はダメージを負わないが一切身動きが出来ず、解除は任意で行えないので硬化中に剣を自身の周囲に展開されれば終わりなので却下。

 二つ目は魔法反射呪文(マホカンタ)を用いて剣をそのまま跳ね返す方法。しかし、この魔法はあくまで術者が放つ魔法を反射する魔法であり、もしあの剣が魔法でできた物でなくて普通の剣で女がそれを操っている場合は何の役にも立たず剣に切り刻まれるだけなので却下。

 ソロは残る三つ目の対処法を行う事にした。

 

真空呪文(バギ)!」

 

 ソロが女の方へ手を向けて呪文を唱えると二人の間に風が吹き荒れたかと思えば、一瞬で一つの竜巻が発生する。大きさはそれ程大きくないが、竜巻によって女の放った剣は明後日の方向へと飛び、中には弾かれて地面に落ちる物も多かった。それでも勢いを殺し切れずに数本ソロへと向かってくるが、それらはソロによって地面に叩き落される。

 だが、向かってくる最後の剣を防いだ瞬間、真空呪文(バギ)による竜巻を女が右手に持った剣で切り裂いてソロへと近づき、剣を構える。

 ソロは大技が来ることを予感するも今の体勢では剣での防御は恐らく不可能だと判断し、一つの呪文を唱える。

 

天輪(てんりん)五芒星の剣(ペンタグラムソード)

 

防御上昇呪文(スカラ)!」

 

 女はすれ違いざまに両の手の剣を五芒星を描くように振るい音を置き去りにする高速の剣がソロを襲う。

 迫り来る女の剣に対してソロは守備力を上げて腕を体の前で交差させて防御体勢を取った。

 ソロの防御上昇呪文(スカラ)の効果が現れるのと女の剣がソロの身体に触れ、肉を裂いたのは同時だった。

 

「上手く致命傷は避けたようだが……その身体ではもう先ほどのように剣を振るう事は出来んだろう。観念するんだな、私とて必要以上に貴様に傷を付けるつもりはない」

 

 女はソロの方へと振り返り剣を下ろして言い放つ。

 身体中至る所から血を流し肩で息をするソロはそれでも天空の剣を手放す事なく、それどころか剣先を女の子方へと向ける。

 一般的な目で見て女がソロに与えたダメージは立つ事は不可能に思える程深く見える。しかし何度も命を落とし、それに近い怪我を負った事のあるソロにとって受けたダメージは小さくは無いが大きくも無いと言ったところであった。

 それでも、もし防御上昇呪文(スカラ)を唱えていなかったら。防御に移っていなかったらと考えると女の剣の威力は恐ろしく致命傷を負っていた事に違いは無い。

 

「それでも……防御の……上からでコレかよ……恐ろしい女だな……」

 

 ソロの口から女に対する畏怖と感嘆の入り混じった言葉が溢れる。

 腕から流れた血の雫が地面に流れ落ちた瞬間、ソロの持つ天空の剣の刀身が青く光り出した。

 

「天空の剣よ……今こそ……力を解き放て!」

 

 空いている手の人差し指を女に向けてソロが言った時、天空に剣の光がソロへと伝播する。そしてソロの指先から凍てつく波動が迸る。

 女は警戒し剣を構えるが眩しい光に包まれる。

 浴びた光に寒さを覚えると同時に女は違和感に気がつく。手に持っていた剣が、いや宙に浮いていた剣も光に飲まれるように粒子となって消失する。そしてそれは身につけている鎧にまで移り、光が収まった時には一糸纏わずに見るもの全てを魅了すると言わんばかりの体を晒していた。

 

「なっ……貴様っ!なにをしたっ!!」

 

 動揺はあるが決して恥じらう事無く、それどころか胸も股も隠そうともせずに仁王立ちで女はソロへと言い放つ。

 思いもしなかった自体にソロの方が大きく困惑して傷の痛みも忘れ女の体を魅入ってしまっていたが彼女の言葉で我に帰る。

 

「ああっ!その……すまない……こんな事になるとは思ってなかったんだ……とりあえずコレでも着てくれ!」

 

 慌ててソロはふくろから一つローブを取り出して女へと投げる。緑色で両の袖と裾に棉が着いているが、何よりも目を引いたのは首から胸のあたりに龍を思わせるような装飾がされている少し変わったデザインのローブだった。

 ソロの考えとしては天空の剣の効果で相手にかかっている魔法の効果を消し、宙に浮いていた剣の操作が出来なくなる事を予想していたのだが、まさか剣が無くなりそれどころか鎧まで無くなるとは完全に予想外なことである。

 女は少し乱暴な手つきでローブを掴み、そのまま胸のあたりまで持っていき体の正面を隠す。手には取ったが敵から受け取った物をそのまま身につける事はしない。

 

「……わからんな。盗賊のくせに私に服を渡すなどとは」

 

「だから俺は盗賊じゃない……痛たっ、とにかくお互いに一度剣を下げようか……安心してくれ、そのローブは効果はあるがアンタに害は無い」

 

 ソロに興奮で忘れかけていた傷の痛みが戻り、片手で目を塞ぎながら天空の剣を地面に突き刺して一時停戦を申し出る。

 女の方も悪態はついていたが、実は剣を合わせるうちにソロが盗賊かどうかという事に疑問が生じている。鎧を消されて屋外で全裸にされた事で印象は悪い方へ振れているもののその後の対応は盗賊とは思えない行動であった、しかし目撃者の手がかりにはピッタリ当てはまっているため女は頭を悩ませる。

 

「……分かった。貴様の提案を飲もう」

 

 そう言うとソロから受け取ったローブに体を通していく。

 布の擦れる音で女がローブを着始めて少し耳を傾けるようになってくれた事に安堵すると同時に、自分でやった事とはいえこの開けた場所で堂々と着替え始めるとはこの女には羞恥心という物が無いのかとソロは少し失礼な事を思案する。

 

「やっと落ち着いて……っ!?

速度上昇呪文(ピオリム)!」

 

 指の隙間から女の様子を見ていると、その先の茂みが一瞬光ったのをソロは見逃さなかった。

 再び体の痛みを忘れ去り速度上昇呪文(ピオリム)を唱える。

 しまったという顔をして咄嗟に拳を振るう女の攻撃を躱して横を通り過ぎ両手を広げて立ちはだかると同時にソロの腹部に一本の矢が突き刺さる。

 

「ぐあっ……姿を見せろよ……本物さん……」

 

「おい……しっかりしろ!」

 

 地面に刺さっていた天空の剣が粒子となって消失する。ソロは数歩後ろへと下がると女の体に当たり、体が地面に崩れ落ちようとするが女が支え肩を揺らす。

 

「ははぁっそんな身体でまだ動けるとはな。だがお前が妖精女王(ティターニア)のエルザの魔法を封じてくれたから問題はねぇな」

 

 ソロと女に相対する茂みの奥からボウガンを手に持った大柄な男が歪で醜悪な笑みを浮かべながら手下を数十人は引き連れて現れる。

 大柄な男は耳に白い雫のような耳飾りを着け、髪の色は緑色だが真ん中の部分のみを残して逆立てそれ以外の部分は刈り取るという奇抜な髪型をしていた。

 手下であろう男達も色は違えど同じ奇抜な髪型で統一されていた。

 

「緑の髪に……雫の耳飾り……お前は本当に盗賊じゃないのか?」

 

「だから……そう言っただろ……それより……やはり……そういう事か……さっきチラっと……紋章が見えた……あんたは妖精の尻尾(フェアリーテイル)のエルザ……話は聞いてる……俺は……新入りだ……」

 

 そう言うとソロは震える手でズボンの裾を捲り自身の脹脛の紋章を女の魔道士、エルザに見せる。

 エルザは驚愕の表情を浮かべた後すぐに怒りの表情に変わる。

 

「新人が入ったと噂には聞いていたが……お前がそうだったのか……それなのに私はっ……!」

 

 エルザが怒ったのは他の誰でもない。今度は自分自身に激しい怒りを覚える。家族とも言える同じギルド(フェアリーテイル)の仲間の言葉に一切耳を貸さず、傷つけ、事実を見抜けず重傷を負わせてしまった事の悔悟の念に胸を締め付けられる。

 

「お二人さんよお、仲良しこよしの会話劇はもう良いか?

しかし俺たちはツイてやがるなぁ!美人女魔道士の妖精女王(ティターニア)様は魔法が使えず、同じくらい強えガキはくたばりかけてやがる!」

 

「……っ!貴様ら、こいつに手出しはさせんぞ!村人達のため、こいつのため全員粛清してくれる!」

 

 男の言葉にエルザは我に返りソロを地面に寝かせると立ち上がり、盗賊の群れへと向きなおる。

 その勇ましい姿をみて盗賊供は耳が痛くなるような品の無い愚かな笑い声をあげた。魔法の使えない魔道士はただの人だと言わんばかりにエルザとソロを蔑視する。

 

「ケケケ!バカ言っちゃいけねぇなぁ!わざわざオイラ達は一味全員で来てやったんだ!この人数に敵うわけないだろう!」

 

 盗賊の三下であろう男が嘲笑いながらエルザへと言い放つ。

 

「お前達……コレで……全員なのか……?」

 

「お前!大人しくしていろ!」

 

 割って入るようにソロは言い、エルザを制してフラフラと今にも倒れそうに立ち上がる。

 

「ああ?テメエが知った事じゃねえだろぉ。まあ冥土の土産に教えてやるよ、オイラ達は52人揃って来てやった!でも最近人数が増えてきたから村を襲わなくちゃやってけなくなったんだ!ですよねボス!?」

 

 三下の男はお調子者のムードメーカー的存在なのだろう。男どもの下卑た笑い声が湧き上がるが、エルザはより不快感を露わにする。

 

「そうか……ぬうおおおおおおっっっ!!

ぐっ……全回復呪文(ベホマ)!」

 

 ソロな雄叫びのような絶叫をしながら力任せに腹部に刺さった矢を力任せに引き抜くと同時に力を込めた事で身体中の切創と腹部の傷から血が噴き出す。

 しかし瞬時にソロの体が緑色に発光し瞬時に全身の傷がと流れていた血が消え去る。

 

「はっ!!」

 

 そしてソロは手に持っていた矢を三下の男に向かって投げると男の膝の辺りに命中する。

 すると男は情け無い声を出して蹲り理解できる言葉を発さなくなった。

 

「なっ、テメエ!瀕死だったんじゃねえのか!」

 

 蹲る三下の男を見て、一瞬にして無傷の状態になったソロを見て、盗賊供もエルザですらも狼狽えてしまっていた。そしてボスの男が放った質問にソロは再び天空の剣を出してから答えた。

 

「お前バカか?人間あんな矢の一本で俺が瀕死になんかなるわけ無いだろ。

彼女の剣の方がよっぽどダメージとしてはデカかった……まあ、俺を殺したかったらお前達全員が破壊の鉄球でも装備するんだな」

 

「ぐぬぬ……だが妖精女王(ティターニア)が魔法を使えない事に変わりはねえ!野郎供、あいつは妖精女王(ティターニア)程は強くねえ!やるぞぉ!」

 

 ボスの男が鼓舞し、手下の男達はそれぞれ武器を構える。

 

「で、君はエルザで良いんだよな?

あいつら、勝手に勘違いしているけどあんた問題無く魔法を使える。さっきのアレは魔法を封じる類いのものじゃない」

 

「なんだと!?それなら私がやる、君はさっき私が傷をつけてしまったんだ。その償いを少しでも……」

 

 もう傷なんか無いのにエルザは申し訳なさそうにソロから視線を逸らした。

 ソロは優しくエルザの肩に手を置いて首を横に振る。

 

「俺の方があんたに悪い事をした。だからそんな顔はしないでくれ。

それに……あんな奴らに侮られているのも腹が立つし、アイツらに対して怒っているのは俺も同じだ。

君は俺が討ち漏らした奴をなんとかしてくれ」

 

 そう言うとソロはエルザの前に踊り出て、ふくろから一つの腕輪を手のひらの上に出現させる。

 腕輪は緑色が基本で四ヶ所に青い宝石が埋め込まれている。

 

「野郎供!行くぞ!」

 

 ボスの男の一声で手下の男達も一斉に二人に襲いかかった。

 

「星降る腕輪……元々強力な効果だったのに、この世界ではリスクがついたがもっと強力になったな」

 

 誰にも聞こえない声で呟くと、ソロは手に持った星降る腕輪を装備した。

 そしてソロの姿が全員の視界から消えた。

 

「なっ……これは……一体……」

 

 エルザは自分の目を疑う。ソロが超スピードで動き始めた所までは視えたが、すぐに見失ってしまった。しかし端から盗賊が次々と宙を舞い、地に伏し、飛ばされ木や岩壁に打ち付けられる様を見てそれはソロの仕業だということが理解できた。

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……なんとか保ったな……!」

 

 盗賊の残りはボス一人という所で、姿の見えなかったソロがエルザとボスの間に現れる。ボスに背を向ける形で。

 激しい息切れをするソロは腕に装備した星降る腕輪を外すと腕輪は消え、天空の剣を地面に突き刺し杖のように寄りかかり疲労からソロは膝をついた。

 10秒とかからない時間の中で部下を全員戦闘不能に追いやられたボスはソロに恐怖し、カタカタと震えながらもボウガンをソロの背中へと向け放った。

 

「こんの……化け物があああああぁぁっ!」

 

 再びソロに向かって放たれる矢、しかしそれはソロに命中する事は無かった。

 最初に着ていた鎧と剣を換装したエルザが矢を弾き、そのままボスに向かって一閃。声すら挙げる事も無くボスは倒れ盗賊の一味は全滅した。

 当然の結果ではあった。元の世界を救った勇者とこの国一番のギルド最強の女魔道士を相手にして一介の盗賊が勝てる理由はなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 盗賊の被害にあった村のはずれでソロは石に腰をかけて一人星空を見上げていた。

 あの後無事に盗賊のアジトから盗まれた金は回収できた。

 盗賊の一味はエルザの連絡で駆けつけた衛兵に引き連れて投獄される事が決まったらしい。

 ソロは金を返すためにエルザと共に村を訪れると最初は村人にとって恐怖の象徴である髪の色に恐怖を与えてしまった。しかし怪我人の怪我を回復魔法で治すとやがて恐怖は感謝へと姿を変えた。

 今しがた最後の怪我人を治したところで休憩したいと一人になっていたところである。

 

「なんだ、こんな所にいたのか」

 

 背後から声をかけられたのでそのまま仰け反って後ろを見るとエルザが腕を組んで立っていた。気が付けば鎧は身につけておらずブラウスのような服を着ていた。

 

「ああ、色々あったから少し疲れてね……良い村だな。ある村人が家を壊されたら別の村人が治すのを手伝い、怪我をした村人の手当てを無事な村人がして助け合う……当たり前の事かもしれないがそれが普通に出来ている、良い事だと思うよ。壊れた家も直そうかと提案したが断られたしな」

 

 自身も山奥の村出身だった事もありどこか懐かしさを覚えてソロは静かに笑った。そして体を起こして向きを変えてエルザに向き直った。

 

「皆、お前に感謝していたぞ。

その……すまなかった……お前を盗賊だと勘違いして言い分も聞かずに手まで挙げてしまって」

 

「いや、あんたが謝る事はなにも無い、俺があんたの立場なら同じ行動をしていたはずだからな。

……それより俺の方こそすまない。あー……鎧を勝手に外してしまって……知らなかったんだあんな事になるなんて!」

 

 エルザがソロに向かって頭を下げた後、慌ただしく説明をしながらソロも頭を下げる。

 その後しばらく二人は互いに謝り合って自分の方が、自分の方が、というやりとりを続けていた。

 

「フフフっ、すまんなんだか可笑しくなってしまったな。私の非礼を許してくれるのならお前の気にしている事は水に流そう。特に私は気にしていないからな」

 

「ああ、じゃあこの件はこれで終わりにしよう」

 

「では改めて、私はエルザ・スカーレットだ。

まだ名を聞いていなかったな、教えてくれないか?」

 

 エルザはソロへと手を伸ばすと真っ直ぐな目で見据える。

 エルザの伸ばした手をソロは掴んで頷いた。

 

「これは失礼、俺はソロだ。

これからよろしく頼むよエルザ。

しかしあんたは強いな、予想だけどあんなの手の内のほんの一部なんだろ?」

 

「それはこちらの台詞だ。盗賊を倒した時の力をなんで私の時には出さなかったんだ?」

 

「単純な事だよ、星降る腕輪(あの道具)は使うと超高速で動く事が出来るが体力の消費が激しいんだ。しかも一回の使用で10秒を超えたらぶっ倒れちまうしな。

それに剣を合わせて確証はないけどあんたがエルザなんじゃないかって思ったんだ。

ギルドのみんなから特にナツとミラさんから話を聞いていた。長い美しい髪で凄まじい換装の速さと剣の腕を持つ強い人だってね」

 

 エルザの手を離したソロは身振り手振りをしながら語った。

 

「そんな事を言っていたのか……悪い気はしないが私もまだまだなのだがな。

だが剣の腕ならソロもいい腕をしているじゃないか。私と打ち合える人物なんて随分久しい……いや、剣を合わせてみて、戦闘能力は本気を出した君の方が高いだろう……魔法も多種多様な物が使えるようだしな」

 

 歴戦の強者であるエルザはソロの強さを肌で感じていた。あの状態で魔法は弱いものしか使わなかったにしてもソロは本気で戦っていたがエルザはその先の力も感づいていたのである。

 

「ギルド最強の女魔道士にお褒めに預かり光栄だな。俺もまだまだだよ、それにあんたは武力とは別の強さも持ち合わせているだろ」

 

「それはお互い様だろう。仕事の後だったんだろう?

君も同じ行動を取っていたではないか」

 

「いいや俺は違うよ、俺と同じような格好をした奴が悪事を働いてたら俺の仕事に支障がでるからな」

 

 自分のダメだと言うソロの言葉にエルザは笑った。

 

「素直じゃないんだな、それならば私と一緒に村まで来て怪我人の傷を治したりしないだろう」

 

 ソロはバツが悪そうに頬を掻いてエルザから目を背けた。エルザはそんなソロを見て微笑み、どこか自分達は似た者同士なのだと零した。

 

「あー……もうこの話は止めよう!

それより今度ちゃんとした手合わせしてくれないか?

不謹慎かもしれないが剣を思い切り振れる相手がいて楽しいと思えてしまったんだ」

 

「フフっ私で良ければ相手をさせて貰おう。しかし見事な剣技であったな、どこで身につけたんだ?」

 

「……幼少期から剣の達人の師匠に、その後は旅に出て実践の中と、俺よりも強い戦士と手合わせの末にってところかな。その人に比べたら俺の剣技なんて子供レベルだろうな」

 

 ソロの発言にエルザは驚愕する。

 

「そんな人物がいるのか?

……世界は広い、やはり私はまだまだなんだな。詳しく聞かせてもらえないか?」

 

 ソロの魔力が戻るまで間、二人は月明かりに照らされ話をしていた。もちろんソロは元の世界の事を隠しつつ、何故かエルザはギルドに加入する以前の自身の幼い頃は話さなかったが最初に戦ったはずの二人の仲は間違いなく良いものになった。


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