FAIRY TAIL~元勇者の生きる道~   作:ヌラヌラ

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LV3~妖精の尻尾へ~

「それでは道案内を頼みましたよリリカ」

 

「はーい!行ってきまーす!ほら、行くよ!」

 

 リリカはサイラス神父に手を振ると、踵を返して反対の手でソロの手を握って歩き始めた。お出かけ気分のリリカの機嫌はどこか良好なようだった。しかし、同伴されるソロの表情はあまり良くはない。それもそのはず、なぜ自分は小さい子供に手を引かれて歩かなければならないのだろうと心の中で問答を繰り返しているからだ。

 

「あのさ……リリカちゃんでよかった?」

 

「うん!リリカで良いよー!君はソロ君だよね?ご飯食べてからあんまり元気ないみたいだけどどーかしたの?」

 

 ソロはこの街が自分のいた世界の街ではない事を神父との会話で確信していた。元の世界は端から端までと言えるほどに見て回ったが、この街は見た事がない。神父に元の世界の国名を訪ねても分からない。死の際でのマスタードラゴンの言葉を信用するしかなかった。

 しかしもう一つ、確信は無いが直感で分かることがある。この世界では死んでも生き返れない。

 元の世界では聖なる加護と呼ばれるものが働き方法は幾つかあるが、ソロとその仲間は生き返る事ができた。しかし、この世界ではそれが無いのだと体で感じ取れていた。

 そして至る一つの思考。

 この世界でなら死ぬ事ができる。

 

「いや……俺も子どもじゃない。場所を教えてもらえば一人でも向かうことができるんだ」

 

 この世界に来てからの縁、それをないがしろにはできない。だからリリカと別れ一人になろうとするも。

 

「……記憶喪失で、わかりやすい道があるのに大聖堂の裏の脇で飢えで倒れてるような生活力の無さそうなソロ君に道を教えただけで辿り着けると思えないんだけど」

 

 リリカの言葉がソロの心に突き刺さる。説明しても信じてもらえないだろうから記憶喪失という事にしているが、生活力のなさそうと言う言葉には少なからずダメージを受ける。

 

「ぐっ……道案内をお願いします」

 

「そうそう、分かればいいの!あっ、もしかしてーあたしがかわいいから照れてるの?」

 

 リリカは上目遣いでウインクをする。確かに整った顔立ちをしているがまだ子供。ソロにはそういった気は無いためただのマセガキにしか見えない。

 

「……それよりも、これから行く妖精の尻尾ってのは一体なんだ?」

 

「うっ、スルーされたぁ。

まず魔法を使える人の事を魔導士って言うんだけど、その人たちが集まって頼まれた依頼を解決していく組織の事を魔導士ギルドって言うの。妖精の尻尾はこのマグノリアの街唯一のギルドでフィオーレ王国で最強って言われてるギルドなの!

だからいろんな国や街に行った事ある人が多いから何かソロ君の手がかりがあるかと思ってるんだけど……っていうかソロ君は魔法使えないの?」

 

「……いくらか使えるよ、傷つける類の魔法が大半だけど」

 

 言い終えたソロは視線を落とすが、逆にリリカの目はキラキラと輝き、好奇心に満ちていた。

 

「ソロ君も魔導士なんだー!実はあたしも魔法使えるんだよ!ねぇねぇ魔法見せて見せて!」

 

「良いよ。少し離れてくれ……火球呪文(メラ)!」

 

 リリカが自分から離れた事を確認すると掌を上に向けて呪文を唱えると、直径30cm程度の炎の球体が発生する。それを天に向かって飛ばし、遥か上空に到達したら掌をギュッと握る。同時に上空の火球は音を立てて破裂し、花火のように散りじりと燃え尽きた。

 

「わぁ……ソロ君は能力(アビリティ)系の炎の魔導士なんだね!」

 

「能力系?他にも違う魔法があるの?」

 

「あれ、その辺は忘れてたのかな?

魔法には二種類あるの。さっき言った能力系と道具(ホルダー)系って言うの。能力系はソロ君みたいに覚えて身につけた魔法の事で、道具系ってのは名前の通り道具を介し使用する魔法の事なの。普通にお店で売り買いのできる物が多いから習得は簡単だけど、能力系より弱い訳じゃないよ。道具を無くしちゃったら魔法が使えないって欠点はあるけどね

あたしも一応能力系の魔導士だよ。爪魔法(ネイル・マジック)!」

 

 リリカの指先が光にが集まり形を形成する。光が消えると綺麗に切りそろえられていた爪が長くなり、華やかな模様が描かれている。

 

「見て見てー!かわいいでしょー!色替(カラーズ)って服の色を変える魔法を見て思いついたんだー!

他の人にもやってあげられるんだよ。ソロ君もどう?」

 

「似合わなそうだし遠慮しておくよ。でも、こんな楽しむための魔法もあるんだな」

 

 移動中、魔法の事を説明し終えたリリカは妖精の尻尾について話を始める。個性豊かな実力者が多い反面、問題児がたくさんいるギルドだと語る。それでも街の人間は悪くは思ってなく、むしろ誇らしく思っているそうだ。そんな事を話していると、大きな酒場のような三階建ての建物の前でリリカは立ち止まる。建物の天辺では妖精の模した紋章の入った旗がなびいている。

 

「着いたよ!ここが妖精の尻尾!お邪魔しまーす!」

 

 リリカが扉を開き、先導される形でソロは続いた。

 中に入ると鼻を刺激するアルコールの匂いが漂うが、もう夕方近いからか人は少ない。その上顔色が悪い人間が多かった。

 

「あら、いらっしゃい」

 

 カウンターの奥から綺麗な声が聴こえそちらに目をやると、スタイルの良い綺麗な顔立ちの女性が立っていた。髪は銀髪で長く、前髪を一つに結って上に上げている。

 

「あっミラちゃん。ねーねーなんで今日こんなに人が少ないの?」

 

 リリカは女性に近づいてカウンターに身を乗り出して話しかけた。

 

「昨日の夜、鳳仙花村で大宴会をやってみんな二日酔いでダウンしちゃってるのよ。たぶん今日はこれ以上人は来ないと思うわ。

えっと……そっちの彼は始めて見る顔よね。

始めまして、私はミラジェーンよ。ミラで良いわ、よろしくね」

 

 ミラジェーンと名乗った女性は笑顔をソロに向けて手を振る。恐らく世の大半の男はこの笑顔に心を奪われる事であろう。

 

「俺はソロだ。よろしく」

 

 ソロも頭を下げて挨拶を返すと、これまでの事情をリリカはミラに説明する。

 

「記憶喪失ねぇ……なにか覚えてる事は無いの?」

 

「それが……」

 

「もー!どうしてこういう時に人がいないのー!」

 

 少し不機嫌になったリカをソロとミラで宥めていると、離れた部屋の隅のテーブルで話していた女子の集団にリリカは呼ばれたので行ってしまった。爪魔法を使って欲しいとの事である。

 

「今更なんだけど、リリカも妖精の尻尾の一員なのか?」

 

「ううん、だけど年が近い子が結構多いから頻繁にギルドに遊びに来ているのよ。はい、どうぞ」

 

 ミラはコーヒーを用意してソロに座るように促した。ソロは礼を言うと座り、ありがたくコーヒーを口にした。

 

「それにしても、リリカにこんなカッコいい彼氏が出来たなんて驚きねぇ」

 

「ブブッーっ‼

ゲホっゲホっ‼あのーミラさん、話聞いてました?

俺は今日彼女と知り合ったばっかりだし、何より年齢の差があるし」

 

「ふふっ冗談よ冗談。ムキになるところが少し怪しいけどね」

 

 本当に冗談なのか真意がわからない笑顔をミラは浮かべ、ソロはコーヒーを一気に飲み干した。そしてため息を一つついて椅子から立ち上がった。

 

「ミラさんご馳走様でした。リリカは忙しそうなので俺はこれで失礼させてもらうよ……実は記憶は無くなってなんかいないんだ。恥ずかしい話なんだけど、俺は旅をしているんだが金欠で何日も食べてなくてね。カルディア大聖堂の前で倒れてしまったんだ。なかなか話し出せず、ギルドまで来てしまってごめん。リリカにも迷惑をかけてしまったよ」

 

「あらそうなの?私は別に構わないんだけど。

でもどこに行くのか知らないけれど、お金が無いのにどうするつもり?」

 

「……実は用事があるのは隣の街なんだ。そこに知人が居てね、仕事を手伝わせて貰って旅費を稼ぐつもりなんだ」

 

 ソロは少し情けないけどねと付けたして目を瞑って苦笑を浮かべて頬をかいて照れを紛らわせる。ミラはそれを見て優しく微笑む。

 

「さて、それじゃあ俺は行く事にするよ。リリカによろしく言っておいてくれ。落ち着いたら礼をしに来るとも」

 

「ええ、気をつけてね!またいつでも遊びに来てね。仕事の依頼も大歓迎だからねー!」

 

 ソロは手を振るミラにお辞儀をするとギルドから出て行った。

 ミラがソロの使ったコーヒーカップを片付て数分が経過したところでリリカが戻ってきた。人の役に立てたからか上機嫌で歩き方のリズムが良い。

 

「ふふふっみんなの爪綺麗にしてあげちゃったー!ミラちゃんもどう?」

 

「お疲れ様。そうね、私もやってもらおうかしら」

 

「うん!じゃあ手を出し……あれ、ソロ君は?」

 

 浮かれていて視野が狭まっていたリリカだがソロがいない事に気づく。その様子はどこか焦っているようでミラも違和感を覚える。

 

「どうしたの?彼なら隣町に知り合いが居るって出てったけど?」

 

「ダメっ!ミラちゃんソロ君がどっちに行ったか分かる⁉」

 

「どうしたのよリリカ、落ち着いてちょうだい。ダメって一体なんの事?」

 

「ダメなんだよミラちゃん……ソロ君を一人にしちゃダメ……だって……だって目を冷ましたとき……ソロ君すごく悲しい目をしてた……ヒグッ……あたし……見たことある……ヒグッ……」

 

 リリカの目に溜まっていた涙がついに抑え切れずに頬を伝う。ミラはハンカチでリリカの涙を拭い落ち着かせるように背中を摩る。しかしミラの胸中にも悪い予感が巡っていた。

 

「あの目……神父様の所に……ヒグッ……懺悔に来る人と同じなんだもん……自殺を考えてる人と!」

 

 

 

 

 

 

「嘘……吐いちゃったな。ゴメンなリリカ、ミラさん」

 

 マグノリアの街を見下ろせる小高い丘の上で、木に寄りかかってソロは呟く。手には街の路地裏で手に入れた長めのロープが握られている。

 それにしても良くあんなに口が回ったものだと、自嘲し、口角を釣り上げる。苦しい嘘ではあったもののなんとか誤魔化せたようだ。

 

「最後に、暖かい人と会話ができて良かった。だが忘れよう……死ぬことに抵抗を無くすために」

 

 ソロは一度全身の力を抜いて落ち着く。今日の出来事を考えないように頭の中を空っぽにするために。

 そしてソロは思い出す。自分一人のために両親を含めた故郷の村人が全員死んだことを。

 ソロは思い出す。自分の身代わりになってその命を散らした幼馴染のシンシアの事を。

 ソロは思い出す。始めて魔物(モンスター)と戦い重傷を負った時の痛み事を。

 ソロは思い出す。始めて死んだ時の直前の寒さと恐怖の事を。

 ソロは思い出す。幼馴染を殺した者は愛する者と仲良く暮らせる世界を憎んだ事を。

 そして最後にソロは思い出す。自らの人生を弄び、幼馴染が生き返る幻影を見せたマスタードラゴンへの怒りと憎悪を。

 

「もう、これでいい。思い残す事はあるが、できるかは知らねえけど残りはあの世で清算する」

 

 踵を返して森へと歩を進める。その哀しき背中を持つ男にはもはや何も聞こえなかった。鳥の囀りはおろか風が揺らす木の音すらも。心を殺した音の無い灰色がかって見える世界。それがソロが望む自殺の時の身心の状態。

 樹々の生い茂る森の奥に着くと、ソロは太い木の枝にロープを硬く結び輪を作ってぶら下げる。

 首を吊るために軽く跳び上がり、ロープを掴んだところで腰の辺りに突如衝撃が走る。空中に浮いていた時間が長く思えるが、重力には逆らえず体は地に落ちた。

 

「はぁ……間に……合った……バカっ!……ソロ君!なんでこんな事しようとしたの!」

 

「……どうして……ここに居るって……」

 

「街の人に聞いたんだよ……見かけない顔の人が歩いてなかったかって……後は走り回って見つけたんだ」

 

 聞き覚えのある声が体内に入り込みむ。声の持ち主は今日出会ったばかりの小さな僧侶の少女、リリカだった。森の中を探したのが服が所々破れているのをみて容易に想像ができた。

 

 なぜ助けた。

 ソロは理解ができない。勇者の称号無き自分をなぜ助けたのか。見ず知らずの人間の自分を助けたのか。神に仕える彼女の宿命がそうさせるのか。

 だったら放っておいてくれれば良い。生き延びる事は自分にとっては救いではないからだ。

 

「ソロ君……首をぎゅってされるの……苦しいんだよ……辛いんだよ……死ぬって怖いんだよ……ソロ君の昔のこと……あたしは何も知らないよ……でも……辛い事があったのはわかったよ……」

 

 リリカのソロに抱きついた腕の力が強まり目から涙が零れ落ちる。しかしソロにとって彼女の人を思う言葉は死の決意を鈍らせる程には届かなかった。

 

「離せよ……わかったとか言うのなら……俺を止めないでくれ……死にたいんだ……何も無いんだ……」

 

 身体を起こしてリリカを引き剥がそうとするが、リリカは離れようとはしない。ソロの身体に顔を埋めて泣き続ける。

 困惑し、どうすれば良いのかもわからないソロは力無く腕を下げる。それと同時に頬に衝撃が走り乾いた音が辺りに響いた。

 

「はぁ……はぁ……死にたいなんて……言わないで!」

 

 息を切らし風に銀髪を靡かせる女性、ミラジェーンがソロの頬に平手打ちをした音だった。何も言わないソロにミラは続けて言う。

 

「人には……どんなに小さいものでも、意味があるの。それを否定するように……死ぬなんて言わないで!」

 

 ミラの言葉にソロは自分の半生を考えた。

 自分の生まれた意味……天界人の女と木こりの男の間に生まれて幼い頃から剣と魔法の研鑽を積み、あの悲劇が起きた。そして村から出て憎しみを糧に旅を始めて仲間と出会って……。

 そこで一瞬思考が止まる。

 

「ねぇソロ君……ソロ君は生きて来て……辛い事しか無かったの?楽しい事、嬉しい事は無かったの?」

 

 灰色の世界に変化が起きる。視界の下方に色が映える。

 

「生きてて良かったって一度も思わなかったの?」

 

 蘇る記憶。

 最初に仲間になり洞窟で離れ離れになり、罠を超えて最後に自分の事を信じてくれた踊り子(マーニャ)占い師(ミネア)

 話に聞いていたよりも情けない印象だったけど自らの船を持ち、大事なところで旅を助けてくれた商人(トルネコ)

 お転婆だけど誰にでも優しくでき、人の為に行動できるお姫様(アリーナ)。その姫を思いつつも身分違い故に伝えられない、確かな回復魔法をう神官(クリフト)。姫のお転婆に国の将来を心配する誰よりも国の将来を案じる宮廷魔導士(ブライ)

 世界中の子ども達が誘拐される神隠し事件が起きた時、いち早く行動し解決した剣の達人の王宮兵士(ライアン)

 自分の故郷を壊滅させた張本人だがその裏には一つの目的があり、憎しみこそあったものの殺す気にはなれなくなった魔族の王(ピサロ)

 蘇る記憶。

 共に魔物と戦った日々、共に娯楽に楽しんだ日々、共に魔法、剣術、武術の研鑽を積んだ日々。

 蘇る記憶。

 真の巨悪を倒し、天界に残らず地上に残ると言った時の仲間達の笑顔。

 そして同時に自分は仲間を裏切ったのだ。

 自殺という形で。

 

「うっ……くっ……ごめん……リリカ……ごめん……ミラさん……ごめん……みんなっ……」

 

 仲間達への裏切りからくる後悔の念。もう少しで思い出す事すらできなくなるかもしれなかった恐怖。そして、自分が生きているという安堵感。全ての感情が目から涙となって溢れ出た。

 

「辛かったわね、怖かったたわね。でも大丈夫、あなたは生きているから。

もう大丈夫みたいね、私はもう行くわ」

 

 ミラは厳しい顔から一転し、ギルドで見せたのと同じ優しい笑顔をソロに向けると踵を返して去って行った。

 

「ソロ君……楽しかった事あったんだね……嬉しい事あったんだね……良かった……大丈夫……生きて行けるよ……楽しい事は辛い事に絶対勝てないんだから」

 

 リリカは抱きしめていた腕を解くと、涙は流れているが眩しい笑顔をソロに向けて、今度は首の後ろに手を回してソロに抱き着く。

 ミラに叩かれた頬が熱を持って痛みが取れない。リカの言葉が心に染み付いて何度も反芻する。リカに抱き着かれて身体が圧迫されるが心臓の鼓動がよく分かる。

 ソロは泣きながら天を見上げて自分を救ってくれた二人に感謝した。


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