FAIRY TAIL~元勇者の生きる道~ 作:ヌラヌラ
人間を滅ぼし、地上を支配しようとした魔族の上級神官の野望は勇者とその仲間によって阻止された。
人々は彼等を称え、帰還を祝福し歓喜の声を挙げた。
勇者の仲間はその後、1人は王宮兵士として自分の国を守り、1人は王女としてある国を治め、1人は王女に届かぬ恋心を抱いた王宮の神官として彼女を補佐し、1人は相談役としてそれを支えた。またある1人は大商人として家族と共に世界中を渡り歩き商売に励み、ある1人は踊り子として世界中を魅了し、ある1人は占い師として成功し希代の予言者となった。ある1人は魔族の王となって各国の王と人間魔族間の不可侵条約を結んだ後、恋人と平和を噛み締め過去の己の行いを悔いたとされる。
世界中の誰もが平和を愛し、幸せに暮らした。
世界を救った勇者一行。勇者本人を除いては。
「シンシア……シンシアっ!」
かつて村であったのであろう地の花畑の真ん中で緑色の髪をした1人の男、勇者は叫ぶ。彼がこの世の終わりが来たかのような表情をするには理由がある。先ほどまでは自分の身代わりとなって魔物に殺された、とても愛しい人物が天から舞い降り、別れた仲間も自分の元に来てくれた。
いや、そう思わされていた。
愛しき人に触れた瞬間、その人物は光の粒子となって消え、同じように仲間も消滅した。全ては幻、一際の夢だった。
「ふっ……あはははははははははは!
そうだよな……彼女は死んだよ……あいつに殺されたんだ!俺の代わりにさぁ!
生きてるわけないよな……なんで……なんでこんな夢を見せた、マスタードラゴンっ!」
勇者の胸中は絶望と憤怒で満たされた。そしてひとしきり大声を出した後、力なく倒れこみ天を仰いで瞼を閉じた。
「もういい……ここで果てる事にしよう……ここにはみんなが眠ってる。
思えば……天罰なのかな……みんなは……シンシアは……俺のせいで死んだんだからな……」
勇者は鞘から剣を抜き、刀身を握り締める。指と掌から血が流れるが、最早痛みもなくそっと剣を振り上げ自らの胸に突き刺した。
「ぐっ……あああああ!!
……これ……で……いい……元より……俺が……いなければ……この村も……」
激痛で混濁する意識の中、勇者が最後に見たのは、澄んだ青い空に浮かぶ一つの雲。薄れゆく意識、次に生まれるならば、あの流れる自由な雲のようになりたいと願いながら意識は闇へと落ちた。
『勇者よ、なぜ自害など……』
何も無い白い空間にある二つの存在。一つは横たわる勇者、もう一つは巨大な体躯にそれに見合った巨大な翼の白銀の竜、マスタードラゴンである。
「あれを見せたのは貴様か……なぜあんな……彼女の幻影なんかを見せた?」
勇者は落ち着いていた。直感でこの場所がもう自分の居た世界ではなく、また自らの命も尽きると悟っているからだ。
『……悪気はない。人間も体や心を癒すためにリハビリというものをするのだろう。だからお主が最も愛しく思った娘を見せ、まず心を癒してやろうとしたのだ。
……だが、お主の力が強くなり過ぎた。ワシの幻影なぞ容易く破れるほどにな』
「いらない世話だった。俺を眠らせてくれ、誰とも関わりたくない、疲れたんだ」
『ワシや、魔族の王が憎くないのか?』
「……憎いさ。正直、あんたは旅が終わったらぶち殺してやろうとすら考えていたさ。
……だけど、世界を回ってみて思ったんだよ。あんたやピサロを憎み、殺したところで故郷は元に戻らない、誰も生き返らない。それどころか天界と魔物、人間の関係のバランスが崩れてしまうだけだろうよ。それすら見越してんだろ、汚ねえ奴だ。
……安心しろ。復讐から始まった旅だったが、いつしか勇者と言われたんだ、人に迷惑はかけないつもりだ。どうせこんな山奥、仲間にも村の場所は言っていない。見つかるより先に俺の死体は誰だかわからなくなるだろう」
勇者は立ち上がり、マスタードラゴンを睨んだ。
「いつまで貴様とここに居させる気だ!
俺を早く眠らせろ!」
『……ダメだ。今からお主は此処ではない世界へ行ってもらう』
「……はぁ⁉
俺は死にたいと言って居るんだ……ついに言葉も分からなくなったか。もう一度言ってやる!俺を眠らせろ」
荒れげた言葉を投げかける勇者に対してマスタードラゴンは構わず続ける。
『そこで頭を冷やせ、手土産に装備はお主に授けてやろう。
安心しろこれから行く世界では使命など無い。お主が自由に生きるが良い』
「ふざけるなっ‼貴様はこれ以上俺の人生を弄ぶ気か⁉」
体格の差を気にせず勇者は殴りかかろうとするが、拳を握るだけで体はピクリとも動かない。
『ある者から懇願されたのだ。お主を殺すなとな……向こうへ行っても、達者で暮らすが良い』
「……けるな……ふざけんなあぁぁぁぁ!!」
勇者の咆哮とも言える絶叫は空間に響き渡るが、体が光の玉に包まれて消えると同時に静寂を迎える。
『この世界では生きにくいだろう。それに……お主の命は、お主が思っている以上に軽くは無いのだぞ。勇者ソロよ』
マスタードラゴンはそう言い残し、消える。もはや白い空間には誰も居なくなった。