『リア充禁止法』
1条:非モテをバカにしてはならない。
2条:イケメンによる、非モテに対する侮辱行為があったときは、そのイケメンを5年以上10年以下の懲役に処す。
3条:男は人前で公然と女性と手を繋いではならず、キス、えっちぃ行為、その他いかがわしい行為をしてはならない。
4条:前条の規定は、相手が可愛い女子、もしくは綺麗な女子、または幼女である時に限り適用する。ランクD以下のブチャイク女子に対しては、この限りでない。
20××年。
現代社会の電子化に伴い増え続けるキモオタ、引きこもり、ニート、その他の童貞らを保護するべく、試験的に制定された法律、『リア充禁止法』。
男子が勝手に女を作ることを禁止する同法の制定を受け、最近では会社や国債だけでなく人を格付けする会社が生まれた。
リア充禁止法が適用される地区に住む全ての男女は、顔、ルックス、学歴などからランクAからEまでの5段階に分けられる。
さらに、ランクB以上のイケメンによる女子の私的独占を禁じる『女子独占禁止法』のほか、お付き合いする彼女を3次元から2次元に切り替えると補助金が出る『二次オタ推進法』などが成立し、かねてから「リア充爆発しろ!」と叫んでいた世の非モテ達は歓喜に沸いた。
――☆――☆――
学校に行く直前。
『たった今入ったニュースです。今朝、A区のイケメン収容所に収監されていたイケメン二人が脱走しました。二人は元カノの家へ助けを求めに向かったと思われ、ブサメン警察が行方を調べています』
食パンをくわえながら朝のニュースを見ていた僕こと、山田翔太は、画面のテロップを見て軽いため息を吐いた。
(また――か)
昨年末に国会で成立した『特定非モテ保護法案』に関連する法律として制定されたリア充禁止法。
今はまだ試験的導入の段階にあり、リア禁法は僕らの住む政令指定都市でのみ実施されている。
だがその威力は絶大で、非モテの前で公然と女子と手を繋ぎイチャイチャする男や、公園のベンチで女性に膝枕をしてもらうような、いわゆる「うらやまけしからん」男子が次々に逮捕された。
無論、有名タレントとて例外ではない。
おかげでモテ男による非モテへの誹謗中傷といった人権侵害も無くなり、すべては成功をおさめた――
――かのように思えた。
学校カバンを持って家を出る頃には、時刻はすでに午前8時5分をさしていた。
いつもは8時20分から始まる朝の会に間に合うよう、7時50分くらいに出発するのだが、今日は長くニュースを見過ぎて遅れ気味。
まあ急げば今からでも間に合わないこともないので通学路を小走りして学校に向かう。
国道を逸れて小道を抜け、コンクリの階段を上がると、居住区を流れる大きな河に臨む土手に出る。
その河川敷にある小さな野球場に差し掛かった辺りで、僕は背後から自転車の音が近づいて来るのに気づいた。
「おっす、山田」
自転車を片手運転しながら声をかけてきたのは同級生の柴田という男だ。
彼は格付け会社からランクA、つまりはイケメンと診断された男で、女みたいな整った顔に加え、部活でサッカーをやっているおかげで身も引き締まっている。
もし彼が金髪で白いタキシードを着ていたら西洋の貴公子そのものだろう。
「あれ、柴田がこんな時間に登校って珍しいね。 いつもはもっと早いのに」
「それがさー、目覚ましかけたのに寝過ごしちまってよ」
柴田は肩をすくめて苦笑する。
「それより、山田は今日のニュース見たか?」
「ああ、逮捕されたイケメンが脱走したってやつ?」
「そうそう。 実はさー、あの脱走した男の一人が俺の友達の兄貴なんだよな」
「マジで!? っていうか、なんで逮捕されたんだよ」
「イケメンだからに決まってんだろ」
男子による女子への身勝手な行動を禁じる法律、リア充禁止法。
一般人は普通に過ごしていれば逮捕されることはないが、『前代未聞の例を見ない悪法』と呼ばれるようになった原因ともいえる条文がその中にある。
リア充禁止法 第5条
『ブサメン警察は、女子をたぶらかすおそれのあるイケメンを逮捕できる。』
つまり、「イケメンだから」という理不尽な理由で逮捕・監禁されてしまうのだ。
「俺さー、最初にリア充禁止法ができた時には『チャラ男がいなくなってラッキー』とか思ってたけど、何か違うよなー」
前方の鉄橋を見つめる柴田は、僕の歩調に合わせてペダルを漕ぎながらそう言った。
自分で言うのも何だが、僕はどちらかというと非モテの部類に入る。
特段にルックスが優れているわけでもないし運動オンチの立派なアニオタである。
だから僕もリア充禁止法ができたときは少し安心したが、今では逆に違和感を抱いている。
「でもまあ、法律でそう決まってるんだから仕方ないよ」
「そうだけどよ……。 なんつーか、日本も変わっちまったよな~」
柴田はフワ~っとあくびをしながら嘆くように言う。
同時に、僕は家に忘れ物をしてきたことに気付いて立ち止まった。
「どした?」
「やばっ、今日って水曜日だよね?」
「まさか今日提出の数学の課題を忘れたとか?」
僕は頷いた。
昨日の夜に宿題を終え、机の上に開きっぱなしにしてあった確かな記憶がある。
宿題が予想よりも早く終わってゲームする内に、ノートをカバンに入れ忘れたんだ。
ちくしょう! あの時すぐにカバンに入れとけばこんなことには……
「ダッシュで取りに帰る」
「俺は先に行ってるからなー!」
嘆いていても始まらない。
僕は柴田の声に返事を返す暇も無く来た道を全力疾走した。
家に帰って自室の机を見ると、案の定、ノートは開かれたまま放置されていた。黒く滲んだ消しカスや芯が出しっぱなしのシャーペンも昨日のままだ。
(やばいな)
時刻はもう8時14分。
ただでも急いでいる今日みたいな日に限って忘れ物をするんだからツイてない。
片道15分ほどの道を全力で走れば6分で間に合うかな……。
カバンにノートを詰め込み、急いで玄関に向かう。服の袖を机上の文房具入れに引っ掛けて中身をばら撒いてしまったが、今は悠長に拾っている場合じゃない。
とにかく急がないと。
家の鍵を閉め、再び学校に戻る。
幸いにも全ての信号がタイミングよく青になってくれたおかげでノンストップで通りを駆け抜けることができた。
学校まであと少し。
信号の無い住宅街の角を曲がろうとしたその時だった。
「きゃっ!」
「うわっ」
背の高いブロック塀の角を曲がった瞬間、誰かと正面衝突して僕は軽い尻もちをついた。
「す、すみません! 大丈夫です……か?」
「いたた――って、あれ? その声は翔君?」
ふと顔を上げると、そこには僕と同様に尻もちをつく見覚えのある女性がいた。
長い黒髪のポニーテールに、華奢な身体。加え、あのチェック柄の短いスカートは――
「神崎さん?」
「あー! やっぱ翔君じゃん!」
僕を指差して朝っぱらから甲高い声を発するのは、僕と同じ居住区にあるS校の同級生、神崎優香。
今は吹奏楽部に所属していて、『ミスS校グランプリ』で優勝するほどのランクA美女だ。
彼女とは幼稚園からの長い付き合いでよくお互いの家に遊びに行ったりもしていたが、通う高校が違うせいで最近はめっきり会わなくなっていた。
「久しぶり――っていうか大丈夫? 手、貸そうか?」
「ううん。 自分で立てる」
神崎さんは自力で立ち上がると、スカートを手の平でパンパンと2回ほどはたいた。
香水を付けているのか、制服から漏れるふんわりとした花の匂いが鼻孔に触れる。
「その……ごめん、前見てなくて」
「私の方こそごめん。 よそ見してて……」
しんと張り詰めた気まずい空気。
一応、僕が勢い余ってぶつかったことに怒ってはいないらしいが、なんか神崎さんの顔が赤いしどうしよう。
とにかく、ここは何か話しかけないと。
「あ、あのっ」
「?」
「か、神崎さんがこんな遅くに登校って珍しいね。 朝練とかはないの?」
「今日はオフの日だから練習は無いよ。 ……ねえ、せっかく久しぶりに出会ったんだしさ、途中まで一緒に行かない?」
S校と僕の通う高校とはわずかに数百メートル離れているだけで、途中まで道は同じだ。
しかも彼女とはメールで何度かやり取りすることはあっても、こうして面等向かって会話するのは1年ぶりくらいだったから、できることなら僕もそうしたかったが、
「ごめん、朝の会が20分から始まるから急いでるんだ。 それに、二人で歩いてるとこ警察に見られたらアレだし」
「……そっか…」
「じゃ、僕先に行くから」
「うん。 また後でね」
僕は幼馴染の神崎さんに手を振ると、そのまま学校へ向け走り出した。
――☆――☆――
学校に到着したのは20分ジャストだった。
誰もいない校門をくぐって下駄箱に行こうとした時、門を入ってすぐのところでパトカー2台が連なって止まっているのに気づいた。
紺色の制服を纏った若い警察官数名が何やらブツブツ話している。
事件でもあったのだろうか。
下駄箱ですぐに上靴に履き替えて教室に向かうも、各クラスは異様な雰囲気に包まれていた。
例えるなら、まるで生徒の誰かが神隠しにでも遭ったかのような騒ぎっぷり。
まだどこのクラスも担任が到着していないらしく、生徒は廊下に出て真剣な顔をして話をしている。
20分を過ぎて教室に入ると、仲の良い同級生の藤田という男と、笠原という男が二人で浮かない顔をして話しているのに気づいた。
「おはよ、藤田」
「山田……」
「外でパトカー止まってたけど、何かあった?」
すると正面の藤田は苦そうな顔をし、ぽつりとこぼすように告げた。
「柴田が……逮捕された」
「逮捕!?」
「ほら。あいつ、4組の南さんと結構仲よかったろ?」
4組の南さんというと、確か彼の幼馴染で、サッカー部のマネージャーをやっている女子だ。
柴田本人は付き合っていないらしいがそれなりに仲が良かったのは知っている。
リア充禁止法ができるまでは、近所の幼馴染ということで親がいない日によく晩御飯を作ってもらったりしていたらしく、それを聞いた僕たちが「リア充爆発しろ!」とか言って遊んでいたのを覚えている。
「南さんがどうかした?」
「俺も人から聞いた話で不確かな情報なんだが、柴田がポケットに手を突っ込んで歩いてたら、後ろから南さんがやって来て『寒いから手つなごうよ』って言ってあいつの腕を握ったらしくて」
「それが?」
「偶然通りかかったブサメン警察に『リア充禁止法』および『女子独占禁止法』違反の現行犯として逮捕された」
女子独占禁止法。
端的に言えば、男子による女子の私的独占を禁じる法律のことだ。
これはいわゆる『アイドルの共有』を目的とした法律で、芸能人・アイドルのスキャンダルを無くす手段として一役買っているという。
だが、どうしても女性とお付き合いしたい場合、まずは公正女子取引委員会に申請して許可を貰わなければならない。
柴田は南さんと付き合うための許可を委員会から受けていなかった。
だから逮捕されたのだとあとで聞かされた。
――☆――☆――
結局、親友の柴田は帰ってこなかった。
保釈されたのかどうかは分からないけど、高圧的な取り調べを受けたに違いない。
一方で彼と仲の良かった南さんは授業を欠席し、放課後になっても「自分のせいで――」と保健室で泣き続けていたのだという。
得と言うべきか損と言うべきか、リア禁法を破った場合、罰せられるのは男子だけだ。
女子はむしろ保護対象として扱われ、女子がリア充禁止法を破ったとしても罰せられることも逮捕されることもない。
ゆえに自分が軽率な行動をとったせいで柴田が逮捕されたことに、自責の念を抱いているのだと聞いた。
その日の帰り。
今朝に柴田と出会ったあの河川敷の土手で僕は座りながら夕日をぼんやりと眺めていた。
サッカー部は毎週水曜日が練習オフの日なので、いつもなら談笑しながら彼とこの道を歩いているはずだった。
だが……
「なんだかなー」
手元の小石を河に投げ入れながら、心の中に浮かんでくる言葉を口にしてみる。
「理不尽だよな」
返事は返ってこない。
ピチャンピチャンと濁った水が跳ねる音だけが聞こえる。
10センチくらいある大きめの石を投げいれようとしたそのとき、背後から誰かの足音が近づいてくる気がして振り向いた。
一瞬、柴田が帰って来たのかと期待してしまったが、視界に入ったのはテディーベアの縫いぐるみを付けたカバンを持つ神崎さんだった。
「半日ぶり。 こんなとこで何してるの、翔君?」
「いや、なんにも」
僕は立ち上がると、咄嗟に笑みを繕って誤魔化した。
神崎さんの上ずった口調から察するに、どうやら僕らの高校で逮捕者が出たことはまだ知らないらしい。
「神崎さんも今帰り?」
「まあね。 ところで翔君って今日ヒマ?」
「やることは――特に無いね」
すると神崎さんの口端がニュッと少し上に吊り上った。
「じゃあさ、久しぶりに一緒に帰らない?」
「あーまあ、別にいいけど――」
そこまで言いかけて、僕は遠方の国道にパトカーが止まっているのを目にした。
どうやら今は信号待ちをしているようだが、点滅するウィンカーを見る限りこちらに左折してくるらしい。
もし神崎さんと肩を並べて歩いているシーンなんか目撃されたら――
急に柴田のことが脳裏をよぎる。
「神崎さん、こっち!」
「え!? あっ、ちょっと!」
彼女の手を引き、土手を駆け下りる。
ちょうど近くに鉄橋があったので、僕らは橋桁(はしげた)の陰に隠れてパトカーをやり過ごすことにした。
「き、急にどうしたの!?」
「パトカーだよ。 僕らが肩を並べて話し合ってるとリア充に間違われかねないからね」
間違われるのは僕限定だが。
まあ、鉄橋が大きいおかげで僕らのいる橋桁の下は、上の道を走るパトカーからは死角だ。
おそらくここなら見つかりはしないだろう。
「そ、そういや」
「へ?」
橋桁の下から顔だけを出して上の様子をうかがっていると、僕の背中に隠れていた神崎さんが赤い顔をして声をかけてきた。
「昔、二人でこの鉄橋の下に来た時のこと、まだ覚えてる?」
「僕が神崎さんと?」
「うん」
はて。
来たことがあるような無いような。
ただ、小さいころによくこの場所をかくれんぼの隠れ場所に使っていたのは覚えている。
「悪いけど、覚えてない」
「小学校3年くらいの時に、近所のみんなで集まってかくれんぼやったの。それでね、みんながもう隠れ終わってもまだ私だけが隠れ場所を見つけられなかった時に、翔君が『こっち!』って言ってここに連れて来てくれたんだけど……」
ああ、思い出した。
そう言えば小学校の時、ここら辺で地元メンバーのやつらと大人数でかくれんぼをしたことがあったな。
「えっと、あの時は僕らが最後まで見つからずに残ったんだったっけ?」
「そう! 翔君が『ここなら見つからないから安心して』って言ってここに連れて来てくれた時、すごくうれしかった」
「はあ。 それがどうかした?」
すると神崎さんはさらに真っ赤な顔をし、僕から視線を逸らした。
「こんなこと言うのもアレなんだけど、わたしね、あの時から翔君に惚れてたの」
――はい?
「ごめん、よく聞こえなかった」
「もう! 二度も言わせないでよ! ……翔君のこと、好きって言ってるの」
いかん、ついに耳がイカれてしまったらしい!
モデル級のランクA美女たる神崎さんから『好き』と聞こえたような気がするが、幻聴かそれに近い何かに決まってる。
ランクCのド庶民かつ二次オタの非モテな僕が、よりによって彼女なんかに……。
「ぼ、僕のことが……す、すすすす好きだって?」
念のために問いかけるも、神崎さんは今にも沸騰しそうな顔で「うん」と静かにうなずく。
ま、間違いない。
彼女は僕に恋してる!!
――ということはもしかして人生初のモテ期到来!?
苦節17年間、彼女という存在に恵まれずPC上の女の子と過ごしてきた僕ではありますが、どうやらついに独り身卒業できそうです!!
表情にこそ出さないものの、僕は心の中で嬉し泣きしまくった。
「それでね、一応聞きたいんだけど、翔君は私のことどう思う?」
「ど、どうとは?」
「どんな風に思ってるかってこと」
どんな風に思っているかと訊かれれば、そりゃあ誰が回答者であろうと、こう答えるに決まってる。
「神崎さんって、すんごく綺麗で可愛いと思う」
「ほんとう!?」
「うん」
「わ、私のこと……好き?」
「あ、えと、はい」
ついつい流れで是の答えをしてしまったが、神崎さんは心底嬉しそうな表情をして僕の側に寄り添った。
「じゃあさ、提案なんだけど、いっそのこと付き合わない?」
その瞬間、歓喜の感情と同時に冷たい何かが背筋を這い上がる感じがした。
まるで銃口を後頭部に突き付けられるような――そんな感覚。
自分でもその感覚が一体なにを意味するのか理解するのに時間はそう要さなかった。
「いや、でも……」
「?」
できることなら僕だって彼女の手を握ってあげたい。
夢でもいいから神崎さんみたいな綺麗な人とお付き合いしてみたい。
青春というのを味わってみたい。
そう思っているのにあと一歩が踏み出せない理由――。
――『リア充禁止法』の存在だ。
「ぼ、僕も神崎さんのことが正直……好きだよ。 でもリア禁法あるし……」
「だけど――」
「神崎さんの気持ちは凄く嬉しいし、僕だってどう言葉にしていいかわからない。 でも……逮捕されたくないんだ」
僕は無意識のうちに柴田のことを思い出していた。
最近では男子が女子に送るメールの内容も通話内容も全て警察がチェックしているらしい。
無論完全になされているわけではないだろうけど、もし警察に僕らが秘密裏に付き合っていることがバレたら。
そのときは僕だけがリア充禁止法違反の疑いで逮捕されるだろう。けど、残された神崎さんも辛い目に遭うに違いない。
事実、柴田が逮捕された後の南さんのことを聞かされたから余計にそう思ってしまう。
「ごめん」
付き合うことはできない、とはハッキリ言わなかったものの、神崎さんの心を傷つけるには威力が大きすぎる返事だった。
「……そっか。 ……そ、そうだよね。 ごめんね、なんか気遣わせちゃって」
「ホントにごめん」
「べ、別に気にしないで。 私こそ翔君の立場も考えないで変なこと言って……」
ふと顔を上げると、そこには大粒の涙を流す彼女の姿があった。
さっきまであんなに嬉しそうだった彼女の笑顔がみるみる歪んで崩れていく。いつも会うたびにニコニコしていたあの陽気な笑顔はもうどこにもない。
今はただ、両手を顔に引っ付けてひたすら泣き崩れるばかり。
「神崎さん……」
僕が彼女を泣かせてしまったのか?
――いや、違う。
“本当の犯人”は僕じゃない。
「……こんなのおかしい……よね」
神崎さんの声には涙が混じっていて、語尾はあまりよく聞き取れない。
「おかしいよ……。 人が人を好きになっちゃいけないって」
地面に座り込んで泣き崩れる彼女を見て、ついに僕は確信した。
――何が『モテない人を救済・保護するための法律』だ。
所詮はモテない男たちが自己満足するためだけの法律じゃないか。
そもそも人が恋愛するために第三者機関の許可が必要だなんておかし過ぎる。
――なにが『公的秩序維持に寄与し、女子を保護する法律』だ。
恋愛をほぼ完全にシャットダウンした結果、こんなに苦しんでいる人がいるのにこれでも女子を保護していると言えるのか。
狂ってる!!
リア禁法も、国も警察も何もかも!!
「――神崎さん。 さっき言った事、全部取り消すよ」
もう迷いはない。
どうなろうが山となれ谷となれだ。
「……取り消すって?」
「うん。 付き合おう。 恋愛しよう」
「でもリア充禁止法があるんじゃ――」
「もういいんだ」
僕は学校カバンを地面に置き、そっと彼女の身体を抱いた。
「この地区から逃げよう。逃げて、リア充禁止法の及ばないところで神崎さんと手を繋いで歩いてみたい」
「……ほんとうに…いいの?」
「もちろん」
ありがとう。
そう言って神崎さんは僕の胸に顔をうずめた。
恋愛をして逮捕されるくらいなら、こんな腐った政令指定都市なんか出て行ってやる。
どうせリア禁法は施行されているのは僕らの居住区を含むいくつかの地区だけだ。
それ以外の地区にはまだ適用されていない。
「行こう、神崎さん」
「うん」
家に帰ろうと、立ち上がったその時だった。
背後から何者かがこちらに向け駆けてくる音が聞こえたのだ。
嫌な予感が脳裏をよぎる。
自分は今、神崎優香という“女性を抱いている”。
もしこんなシーンを誰かに見られたら――
――震える手足。
――凍える心臓。
――背後に迫り来るプレッシャー。
そして、僕の後ろを見て蒼ざめた顔をする彼女の双眸に映るパトカーの赤いランプ。
急に鳴り響く恐ろしいサイレンの音―――
「いたぞ!! リア充だ!!!」