ソードアート・キリトライン   作:シダレザクラ

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第09話 誓約の二刀流 (1)

 

 

 忙しかった。本当に忙しかった。次から次へと飛び込んでくる依頼の集中砲火に、文字通り目の回るような日々が繰り返され、今日になってようやく一息つけるまで落ち着いたことは僥倖以外の何者でもなかった。ここ数日の持ち込み依頼があと三日続いてたらあたしは倒れていたんじゃなかろうか。いつかアスナが第一層迷宮区において過労で気絶したことがあると苦笑いで話してくれたが、まさか鍛冶スキルの酷使で倒れそうになるとは思わなかった。

 ま、半分は冗談だけどさ。

 でも猫の手も借りたいような忙しい毎日だったのは本当だ。一週間前から急激に客数が伸び、店売りの武器を眺めて買っていく通常のお客さんのみならず、武器のメンテナンスから武器発注依頼、素材の売り込みやらパーティー申請の申し出、ギルドへの勧誘とそれはもう冗談じゃないかと思うほど大勢のプレイヤーが訪ねてきた。

 そのおかげで運悪く、いや、運良く? とにかくたくさんのお客さんが引きも切らせず訪れてきたものだから、最近のアインクラッドで起きた大変動とも言える変事の情報が労せず集まった。もっとも、所詮は噂話に過ぎないのだけど。詳細は血盟騎士団の副団長様にでも聞くしかないかしらね?

 

 ここは第48層主街区リンダース。各所に見られる巨大な水車が目印の、どこか郷愁を思わせる街並みが特徴だ。その工房エリアの一角、こじんまりとした職人用プレイヤーホームがあたしの住居兼職場だった。

 店の名前は《リズベット武具店》。

 購入額300万コルの水車つきホームだった。さして広くない店舗だけれど、あたしは一目見たときからこの建物の水車付き景観が気に入ってしまった。手持ちのコルでは購入に到底足りなかったために我武者羅に鍛冶仕事に取り組み、さらには知り合いに借金までして資金をかき集め、何人かいたライバルに先んじてこの家を確保することに成功したのだった。48層へのアクティベートによって最前線となったリンダースの街開きから3ヶ月後のことだ。我が事ながら随分この家にこだわったものである。どんだけこのプレイヤーホームを気に入ったのかって話よね。

 

 もちろん借金は既に返済済み。お金の問題は現実世界だろうとアインクラッドだろうと容易く人の関係を変えてしまう危険なものだ。借金なんて本当はしないほうが良いとわかってる。それでもこの家が他のプレイヤーに取られてしまうことに我慢できなくて、親友と自負するアスナを拝み倒してお金の無心をした。そんなあたしにアスナは苦笑いで協力してくれて、それからアスナに紹介してもらった攻略組兼商人プレイヤーのエギルの助けも借りて念願の開店資金を確保することが出来たのだった。まさにあたしにとっては大恩人の二人である。その恩義に報いるためにも身を粉にして働き、店舗開店から一ヶ月後には全額返済できたのだった。

 それからはのんびり鍛冶と店主の仕事を楽しくこなしてきた。この家を購入したのは寒風吹き荒れる冬の季節真っ只中だったから、かれこれ二つの季節を挟もうとしている。フィールドによって気候変動の激しいアインクラッドで厳密に四季を区分する意味は薄いけれど、最近は初夏の陽気を思わせる気象設定が続き、そろそろ本格的な夏に突入していくことだろう。工房に篭って鍛冶仕事を行い、店に顔を出して接客仕事を緩やかにこなす日々、そんな中で確実に歳月は流れていた。

 割と頻繁に訪ねてくるアスナの愚痴を聞いたり、最前線から伝わってくる攻略組の奮闘に一喜一憂しながら、アインクラッドの囚われ人と化している現状からは想像できないくらい、あたしこと鍛冶屋リズベットは穏やかに過ごしていたのである。

 

 その平穏が崩れたのは一週間前だ。

 まず鍛冶に用いる素材の在庫が心許なくなった。プレイヤーが持ち込む素材買い取りが不調で、普段あたしが素材の確保に利用している、武具から素材までなんでもござれの卸元であるエギルが攻略組への参加で不在。そんな事情があって野良パーティー募集の応募に参加し、鍛冶素材の確保に出向いていたときのことだった。キャラクターレベルの上昇だけでなく、鍛冶スキルが完全習得(コンプリート)したのである。あたしはその事実に舞い上がって、スキルコンプリートしたことをぽろりと漏らしてしまったのだった。

 しまったと思ったのは野良パーティが解散した翌日になってから。

 開店前から店を訪ねてくる大勢のお客さんの姿を見て初めて、あたしが鍛冶スキルを完全習得したことが広まってしまったのだと悟った。その時は自分の迂闊さ加減に内心頭を抱えて跪づいてしまったくらいだ。表面上はにこやかに来店の挨拶を口にしていたけれど、あたしの表情筋は引きつっていた、間違いなく。

 

 アインクラッドにおいてスキル情報は秘匿するのが常識だとされている。けれどその常識の例外が職人スキルだった。身の安全に直結する戦闘スキルやステータスを公開するのはメリットよりもデメリットが勝ると考えられているのだが、こと職人スキルに関しては事情が別だったからだ。

 例えばあたしのメインである鍛冶スキル。

 スキル熟練度が上がれば上がるほどレア素材の加工ができるようになり、強力な武具が作成できる確率が上昇する。それに武器や防具のメンテナンスに関してもより短時間で数値を回復させられるようになるし、武器強化の成功確率にも補正がかかるようにもなる。つまり店の知名度や売り上げのことを考えると、職人スキルに関しての熟練度は公表してしまったほうが本人にとって得だということも十分にありえるのだった。実際に自分の数値を公表している職人プレイヤーを何人かあたしは知っている。

 

 とはいえ、あたしは自分のスキル数値を公表するつもりなんてなかった。そりゃ、親しくしてる人間――筆頭はアスナ、次点でエギル――にはそれとなく伝えてきたりもしたが、こうも大々的に宣伝する気など微塵もなかったのである。今回の件は間違いなくあの時の野良パーティーの誰かが、情報屋にあたしのスキル情報を売っぱらったのだろう、ちくしょうめ。

 自分の経営している店が閑古鳥の住み着く寂れた店舗になってしまうのは遠慮願いたいが、だからと言ってあたし一人で運営している店のキャパを越える依頼など手に余るだけだ。この店にはもう一人従業員がいるにはいるものの、彼女は生憎とお手伝いキャラのNPCであるため鍛冶仕事は出来ない。よってあたし一人で依頼をこなすことになる。賄える仕事量だって限りがあるのだった。

 そこへマスタースミスの情報がばらまかれてしまったものだからもう大変ってやつだ。あたし以外にもマスタースミスの称号持ちはいるだろうに、なぜか依頼はあたし宛に殺到した。

 

 まぁ、理由はわかってるんだけどね。スキル熟練度を最大まで上げてる鍛冶プレイヤーの多くは有名ギルド付きの職人プレイヤーだ。要はギルドという組織の支援を受けて豊富な素材を仕入れ、日々スキルを磨いて武具作成に励んでいるプレイヤーだった。彼らは別に会員制の受注体制を取っているわけではないけど、やっぱり外部から注文を頼み込むのは気が引けるのが人間というものだった。特に中層、下層のプレイヤーにとって攻略組に連なる有力ギルドお抱えの職人は敷居が高い。

 そんな状況の中、新たに現れたマスタースミスはどこのギルドにも所属していないフリーのメイサー、なんて情報が飛び交えばそりゃお客様も殺到するというものだ。ひも付きでないフリーのマスタースミスはどうもあたしが初だったらしいからなおさらである。

 全てはあの時、マスタースミス到達に浮かれて口が軽くなったあたしの自業自得だった……。

 って、そんなんで納得できるかーっ!

 あたしがアインクラッドに閉じ込められたのは15歳の頃、高校受験が迫る秋のことだった。ちょっとした気分転換になればと軽い気持ちでログインし、何がなにやらわからぬ内にデスゲームに巻き込まれた。それから1年と8ヶ月。本来なら現実世界で花も盛りの女子高生をやってたはずなのに、こんな世界に閉じ込められた挙句にワーカーホリック化とか、いくらなんでもあんまりだ。癒しを、あたしに潤いを寄越せ!

 

「リズー、遅れてごめんねー。いるよね?」

 

 あ、癒しが来た。

 

 

 

 

 

 血盟騎士団副団長《閃光》アスナ。

 泣く子も黙る攻略組のトッププレイヤーの一人にして、最強ギルド血盟騎士団を団長のヒースクリフと共に掌握する女傑である。ソードアート・オンラインは当初から女性プレイヤーの数が少なかったことに加え、最前線で命がけの戦いを厭うプレイヤーは男性以上に女性の方が割合的には高かった。そのため、最前線で活躍しているような女性プレイヤーの数は非常に少ない。彼女はその数少ない女性プレイヤーの筆頭にして、アインクラッドにおける超有名人であった。

 男女問わず目を瞠るに違いない美貌と均整の取れた体つきは、同じティーンエイジャーのあたしとしては羨ましい限りだ。もちろん、ただ顔が良いだけで彼女に尊敬と信頼が集まっているわけではない。常に最前線に身を置き戦い続ける勇姿も然ることながら、フロアボス発見の報を聞くや血盟騎士団のみならず攻略組全体の取りまとめすらしてのける抜きん出た統率力も見逃せない。攻略組を主導しているのがアスナだということは衆目の一致するところだった。

 

 常に凛とした威厳を纏い、戦場に在ってはその瞬速の剣技を駆使していの一番に切り込んでみせる。万事が万事この調子で活躍する女性プレイヤーに声望が集まらないはずがなかった。

 しかし、そんな女性プレイヤーの鑑とも言えるアスナではあるが、彼女の私生活における可愛らしさを知っているプレイヤーは少ない。攻略組の中では常に気を張っていなければいけない事情もあり、アスナのプライベートを知る人間は極めて限られた。その数少ない一人であることがあたしの密かな自慢だったりする。

 

「うわぁ、さっすがリズ! この剣すごいよ。それに、強化スロットもほとんど成功で埋まってる……!」

 

 童女のように陰のない清らかな歓声をあげたかと思えば、思慮深い眼差しであたしが手渡した細剣をまじまじと観察している姿に思わず苦笑が漏れてしまう。緊張に張り詰めたアスナの鋭利な表情も魅力的なのだろうが、あたしはこんな屈託ないアスナの顔が好きだった。男の子にモテそうな娘だこと、と少々の嫉妬混じりに羨むのもいつものことだ。

 血盟騎士団副団長ではない、女の子としてのアスナの姿がここにある。

 アインクラッドでアスナのこんな無防備なはしゃぎ様を見れるのは、もしかしたらあたしだけかもしれない。そんな、誰に対してのものかもわからない優越を覚えるくらいには、目の前の親友は女性から見ても魅力的な少女だった。まあ、喜んでる源が新しい剣だというのがこの世界ならではだと思うけどね。

 アスナに渡した剣は、あたしがマスタースミスになって真っ先に打とうと決意していた剣だ。前々からアスナと交わしていた大切な約束だった。

 

「スキルコンプリートした暁には真っ先にアスナの剣を打ってあげる、勿論お得意様価格でね」

 

 そう告げた時のアスナの嬉しそうな、そして照れくさそうな顔を今でも覚えている。

 攻略組の向かう戦場は過酷な場所だ。いくら最強ギルドと名高い血盟騎士団でも今まで死者ゼロでやってこれたわけではない。現在の最前線は第70層、ここまで来るために最前線では血盟騎士団の団員を含めて多数の死者が出ていた。そして、いよいよ第三のクォーターポイントにして最難関と目されている第75層が近づいてきている……。

 そんな危険な戦場に赴く親友の身を心配しないはずがないのだ。公人ではない、私人としてのアスナを知っているだけに余計に心配にもなってしまう。確かに彼女は強いかもしれない、だからと言って戦場が似合うなどとはどうしても思えなかった。

 あたしは戦闘もこなせるメイサーだけど、攻略組が戦う最前線に通用するほどの力はない。デスゲーム開始以来、早い段階から戦闘面でのスキルやステータスを諦め、本命を鍛冶スキルに絞って生きてきた。そのおかげでフリーの鍛冶屋としては破格のスキル熟練度にだって到達できた。そんなあたしが最前線で戦うアスナのために出来ることは、とにもかくにも強力な武器を作り出すことだ。

 

 敏捷ステ向きの細剣《ランベントライト》。

 今まであたしが作り出してきた剣の中でも一番優秀なステを誇る細剣だった。

 気持ちとしては親友のためにタダで贈りたいところだったのだけれど、残念ながらあたしの懐はそこまで暖かくなかった。というのもこの剣を打つまでには鍛冶素材アイテムを沢山仕入れて、そしてその分だけ失敗素材を量産してきたからだ。マスタースミスと言えども打つ剣打つ剣全て強ステの名剣というわけにはいかない。優秀なレア素材から下層でも手に入るボロ剣が出来上がるなんてのも珍しい話じゃないのである。もちろんそんな事情をアスナに話すことなどない。アスナには剣ステから相場に見合った値段だけを貰っていた。

 ランベントライトは泣きたくなるくらい大赤字もいいところの仕事だったけど、何度も失敗しながら打ち上げたあたし渾身の一品であり、アスナのために、親友の助けとなるために精一杯を込めた作品だ。後悔なんてあるはずない。満足できるだけのレア武器を作り出した充実感に、完成した瞬間工房で一人歓声を挙げたくらいだった。

 

「強化素材分はあたしのサービス。アスナはお得意様だからね」

「そんな、悪いよリズ」

「いいのいいの、あたしがここまで早くマスタースミスになれたのも、アスナがレア素材をたくさん持ち込んでくれたおかげなんだから」

 

 それはあたしの強がりではあったけど、同時にアスナへの感謝の気持ちでもあったのだ。

 アインクラッドで取得できるスキルは多種多様に渡るが、熟練度の上がりやすさにはスキルごとに差がある。攻略に直結する戦闘関連スキル、つまりソードスキルに対応する各種武器スキルは上がりづらく、逆に攻略に関係のない料理や釣りのような娯楽スキルは上がりやすい。鍛冶スキルは丁度その中間、やや戦闘スキル寄りの上がりにくさと言ったところだろうか。

 熟練度はスキル使用回数をこなせば上昇する。とは言え、鍛冶スキルに関しては安物素材をいくら精錬し続けても一定以上の数値にはならないことが確認されていた。加えて、上等の素材を使ったほうが一度の上がり幅も大きい。そういった制限があるために、ギルド付きの職人とフリーの職人の間にはどうしても熟練度上昇速度に差が出てしまう。あたしの店が大繁盛を見せているのも、フリーの鍛冶プレイヤーで初のマスタースミスという事情があるのだ、ギルド所属の鍛冶プレイヤーならマスタースミスもそう珍しくはない。特に血盟騎士団、聖竜連合の二大ギルドならそれなりの数を揃えているだろう。

 

 いつかアスナに聞いたことがある。どうして武器の作成や修繕を血盟騎士団お抱えの鍛冶職人に頼まないのかと。

 昔からアスナの武器の面倒は全てあたしが担ってきた。それこそあたしが低階層で露天商をしていた時に知り合ってからずっとだ。その関係は今でも変わっていない。

 だからこそというべきか、組織の規範となるべき血盟騎士団副団長が、自分のギルドに所属していない外部プレイヤー謹製の武器を使っていて不満が出ないとも思えない。そう心配したからあたしの懸念を率直にアスナにぶつけてみたのだけど、そんなあたしの心配にアスナは最初目を丸くして、それから可笑しなことを聞いたとばかりにお腹を抱えて笑ったのだった。

 

「うちのギルドはそこまで規則に雁字搦めじゃないわよ。攻略に励むこと、戦闘中は指揮権の上位プレイヤーに従うこと、この二つ以外は規則なんてあってないようなものなんだから。よく誤解されるんだけど、血盟騎士団にはレベル上げのノルマだって課せられていないもの。……まぁ、最前線で攻略に励むならレベル上げは必須だから自然と熱も入るのだけれどね。誰だって死にたくないもの」

 

 ということらしい。

 あたしは野良パーティー専門でギルドに入るということがなかった、だからギルドがどういうものなのかは漠然としかわからない。もちろんマスタースミスになる前にもギルドに勧誘されることはあったし、特に信条があってギルドに所属していないわけでもなかったから、アスナにでも誘われればふらりと血盟騎士団に入団していた可能性は十分にあった。歓迎されるかどうかはわからないけど。

 しかしまぁ、あたしは今の気楽な立場を気に入っているし、何よりゲームの世界とは言え一国一城の主なのだ。この店を構える前ならともかく、いまさら自分から進んでどこかのギルドに入団する気もなかった。

 

「それで、剣を取りに来るのが遅れたのはどうして? 攻略組で何かあったの?」

 

 大赤字だったくせに格好つけて適正価格にサービス強化までしたのだ、これでそうした裏事情がばれた日にはあたしの立つ瀬がない。っていうか恥ずかしくて死ねる。だから早々と話題転換を図ったのだけど、どうも選ぶ話題を間違えてしまったらしい。あたしの疑問を受けたアスナは剣を受け取った喜びから一転、ずーんと擬音が聞こえるほど盛大に落ち込んでしまった。

 ……ちょっと、ほんとに何があったわけ?

 

「リズ……四日前に発表されたラフコフ討伐戦の情報、ここまで来てる?」

「そりゃあね、《ラフィン・コフィン》って言えばアインクラッド最大最悪の癌集団だもの。その壊滅の知らせなんてそれこそ一両日中に広まったんじゃないの?」

 

 ここのところあたしの店に足を運んだ大勢のお客さんが口に出す話題もそのことばかりだった。おかげで妙な噂や真偽の不確かな推測を意図せず大量に仕入れることになってしまったわけだけど。可能ならばアスナから詳細な事情を聞きたいとも思っていた。

 

「そう、そうだよね」

 

 はぁ、と非常に重苦しい溜息をつくアスナの姿は疲れきっていた。妙な感じだ。

 

「どうしたのよアスナ。そりゃあ、同じプレイヤー同士の争いなんてあたしだってどうかと思うけどさ。相手はレッドギルドの連中だったんだし、ラフコフの連中のほとんどは監獄エリアに送られたって聞いて、皆喝采こそあげなかったけど内心喜んでたと思うわよ」

 

 発表されたラフコフの構成人数は30人強、結成された討伐隊は倍の60人を超える精鋭を集めたのだと聞いた。戦闘は激戦を極め、攻略組の中から選抜されたという討伐隊、討伐対象のラフコフ双方に死者も出たのだという。それでも最終的には討伐隊の勝利に終わり、アインクラッドにおいて犯罪の限りを尽くしたラフィン・コフィンは壊滅した。

 もちろん、プレイヤー同士で殺しあうことにほとんどの人が眉を顰めてみせたけど、それは表向きの話だ。皆、内心では胸を撫で下ろしていた。これでPKの危険が一気に低くなり、今までよりずっと安全になったのだという喜びは隠しようがなかったのだ。あたしだってラフコフ壊滅の報を聞いた瞬間、確かに安堵したのだから他人事みたいに言えないんだけど。

 

「外聞を憚る討伐隊だったから、ラフコフ討伐隊の結成を呼びかけて主導した《黒の剣士》以外の参加プレイヤーの名前は公表されない、ってことだったけど……。ねえアスナ、もしかしてあんたも参加してたの?」

 

 密やかに問いかける。

 もしそうなら無神経そのものの問いだったかもしれない。あなたは人殺しをしてきたのかと聞いているようなものだったから。

 けれどアスナは静かに首を横に振った。ムキになって否定しているような素振りもない。ただ力なく否定を示したアスナの姿に、あたしは内心ほっと息をついていた。安心したのだ。

 ラフコフ討伐の必要性は理解していても、殺し合いをしてまで人間同士で争うことに感情面で納得できるはずもない。そして、そんな血生臭い場所に親友が参加していなかったことに心底安堵していた。討伐隊参加者には悪いが、あたしにとってはアスナのほうが大事だ。PK、すなわち人殺しの可能性のあった戦場、そんな場所に誰が好き好んで親友を送り出したいと思うものか。

 

「わたしは、いえ、血盟騎士団からは誰一人討伐隊には参加していないわ。《血盟騎士団は攻略以外には力を貸さない》。それが今回の討伐戦が終わった後、団長が発表したうちの公式見解ね。……表向きは」

「表向きねぇ。ってことは他になにかあったってわけか」

「うん、実際にはキリト君――黒の剣士と団長の間で話し合いが持たれてたらしいの。《血盟騎士団は討伐隊に参加させるな》。そう黒の剣士から団長に要請されて、団長はその要請を受け入れた。わたし以外の団員には作戦の実施そのものを秘匿したわ。皆が討伐戦の事実を知ったのは黒の剣士の発表の後ね。団長は元々攻略以外には興味がないって公言してる人だから団長の声明には皆も納得したし、誰もうちの発表を疑っていないんだけど……」

 

 輝かしい美貌を沈鬱に曇らせ、アスナはまた一つ溜息をついた。ふむ、これは単なる愚痴じゃないな。声に深刻な響きがこれでもかと込められていた。

 

「どういうことよ。血盟騎士団と言えば攻略組きっての高レベルプレイヤーが集まるギルドじゃない。その上団長のヒースクリフはユニークスキルって噂されてる《神聖剣》持ちの凄腕。ヒースクリフには一歩譲るとは言え、あんただって攻略組の五指に入る実力者のはずでしょ。それだけの戦力を抱える血盟騎士団をなんだって討伐隊に参加させないわけ?」

 

 もしかして《黒の剣士》とあんた達って仲悪いの?

 そう尋ねるあたしにアスナは曖昧な表情を浮かべて、如何にも言いづらそうな口調で続けた。

 

「団長はキリト君を高く買ってるし、わたしもキリト君との仲は悪くないわ。……ただ、困ったことに団員の中にはキリト君のことを嫌ってる人も結構いるのよ。理由は色々みたいだけど、一番は団長とわたしがキリト君に一目置いて便宜を図ってるのが気に入らないみたい」

「なるほどねー。つまりは嫉妬か」

「そんなずばり言わないでよリズぅ」

 

 途端に情けない表情になって萎れてしまうアスナ。うん、やっぱあんたは無理にキリっとした顔してるより力抜いてるほうが可愛いと思うわ。具体的にはつり目より垂れ目ね。癒しにもなるし。

 それにしても可愛くて綺麗って反則だとつくづく思う。目の前で嘆く少女に比べ、凡庸極まりない容姿の我が身のことはこの際横に置いておこう。世の中には触れないほうが幸せなこともあるのだ、きっと。

 

「仕方ないとは思うけどね。黒の剣士ってあれでしょ? おたくの団長さんに並ぶレアスキル《二刀流》保持者にして、最多ラストアタックボーナス獲得者。そのくせずっとソロを貫いてて、元オレンジプレイヤーだもん。良くも悪くも注目を集めずにはいられないプレイヤーだし、そこに自分達の団長副団長揃って優遇の姿勢を見せられちゃ、下っ端にとって面白くないのは当然だと思うわよ?」

 

 美貌の副団長様は気づいていないようだが、アスナと男女の関係になりたいと考えてる団員だっているはずなのだ。そのくらいアスナは魅力的な少女だったし、ただでさえ男女比が男性に傾いている世界なのだから。あたしでさえ交際の申し込みが持ち込まれるくらいだからね、アスナだったらあたしよりもずっとそういう話もきてそうなもんだけど。

 だから多分、黒の剣士に対するやっかみもあるんじゃないかなとあたしは思ってる。アスナの口ぶりから随分親しい印象を受けるし。

 

「でもキリト君、うち以外のギルドとは仲が良いのよ。《風林火山》とか《青の大海》とか、それに《聖竜連合》とも……」

「名だたるギルドばかりねぇ……って、聖竜連合? 去年のクリスマスに黒の剣士が聖竜連合相手に百人抜きしたとかいう噂が流れてたから、てっきり険悪だとばかり思ってたのだけど?」

「決闘騒ぎがあったのは確かみたいだけど……流石に100人抜きは誇張だと思うよ? 第一、聖竜連合の前線プレイヤーは100人に届いてなかったはずだし」

「んなことはどーでもいいの。規模はともかく決闘がデマじゃないっていうならなんでよ?」

「そこはうちと一緒。聖竜連合の団長がキリト君と親しいのよ。ううん、親しいっていうか、良い取引相手としてお互い結びついてるって感じかな。例えばキリト君は最前線で手に入るレアドロップ品を、聖竜連合は対価に攻略マップ情報を交換する、って感じに緊密な連携体制を作り上げてるみたい。……うちにはそんなこと言ってきたことないくせにぃ」

 

 そんな愚痴を零して頬を膨らませる血盟騎士団副団長様。なんというか、素直に仲良くしたいのに組織のしがらみのせいで上手くいっていない、そんな感じなのかしらね。

 

「この前のシュミットさんの件もあってから、本格的に聖竜連合は親キリト君派で固まってきてるみたいだし」

 

 なんて、まだ鬱々と嘆いている姿には、皆の憧れる《閃光》の面影はどこにもなかった。

 立場とか肩書きって難しいなぁと十代の乙女らしからぬ思考に一瞬気が遠くなる。この世界にこなければ能天気に笑ってるだけで、今みたいに組織とか人間関係のパワーゲームなんて考えることもなかっただろうに。

 

 それにしても《キリト君》、か。

 黒の剣士をあたしは直接知らない。けど、アスナが度々口にする《キリト君》が《黒の剣士》を指していることは承知しているし、親友がそれほど気にしているプレイヤーなのだからと、伝手を頼って色々情報を集めようとしたこともあった。そうすると出るわ出るわ、嘘か真かわからないような逸話のバーゲンセールに目が点になったわよ。

 聞いた経歴だけでも波乱万丈そのもので、どれが正解の情報なのかを調べることすら億劫だった。というか投げ出した。情報の裏取りには情報屋を当たる必要があるのだろうが、生憎とあたしには親しい知り合いとしての情報屋は存在しなかったし、顔も知らないプレイヤーのためにそこまで労力を割くこともないだろうと判断したのだ。なにより行列御礼とは言わないがそれなりに固定客のついた武具店を経営する立場なのだ。おいそれと情報を洗っている暇もない。

 

 黒の剣士本人を知っている知人、それもそれなり以上に親しいプレイヤーにも二人心当たりはあった。一人は言うまでもなくアスナだ。そしてもう一人はアスナの紹介で知り合ったエギル。エギルも攻略組の一員であるし、なにより経営している雑貨店を黒の剣士が度々利用していることから、攻略組の中でも親しい方らしい。意外なプレイヤー同士の結びつきだと当時は感心したものだ。

 それにアスナはなんというか……あれはどう見ても惚の字なんだよねぇ。本人がどこまで自覚してるかはわからないけど、好意があることは間違いない。そういえば恩人だとも言っていたか。そんなアスナに「黒の剣士って仲間殺しって罵られてるけど本当?」とか聞けない。

 エギルは見た目厳ついおっさんだけど、その実面倒見の良い人柄で、商人としてもやり手の男性だった。しかも薄利多売主義なのか、鍛冶素材を安く卸してくれるだけに非常に有り難い存在だ。そんな彼に黒の剣士のことを尋ねてみたことも何度かあったのだけれど、決まって答えは一緒だった。

 曰く、

 

「直接見て判断したほうがお前のためだ」

 

 だ、そうで。

 エギルは頼りになる男だけど、時々真意の掴めないことを言うのが困りものだ。別にあたしは黒の剣士に特段の興味があるわけではない。単に親友の気にしている相手で、しかも聞いた評判に芳しくないものがちょっとばかし含まれるから、少しばかりアスナが心配なだけだ。それにしたってあたしがでしゃばるのは筋違いなのだから、直接会ってどうこうなどということになるはずもない。他人の事情に嘴を突っ込む気などなかったのである。

 だから、エギルの言葉の真意は今もって分かっていない。

 

「ちょっと、聞いてるリズ?」

「聞いてるわよー。ところであたしの疑問はどこ行ったのかしら? まだ答えてもらってないけど」

 

 愚痴の半分は聞き流してたけどね。

 そんなことはおくびにも出さずあたしが問うと、アスナはキョトンとした顔で小首を傾げたのだった。ホント可愛いわね、眼福眼福。

 

「疑問?」

「だから、なんで剣取りにくるのが遅れたのかってこと。昨日今日とフロアボス戦とか攻略会議はなかったはずよね」

「ああ、そのことね。……もしかしてリズ怒ってる?」

「まさか。気になったから聞いただけよ。この程度で怒るリズベットさんだと思うてか」

 

 ちょっとだけ、一刻も早くアスナの喜ぶ顔見たかったのにいつまでも待ちぼうけさせられて悔しいなぁ、とか思ってなかったわけじゃないけど。まあ最近は予想外の忙しさだったから、好都合だったといえば好都合だったんだけどさ。客足の中々途絶えなかった我が店の惨状じゃ、こうして営業時間中にアスナとおしゃべりなんてできなかっただろうし。

 

「さっきの話にも関わるんだけど、うちのギルド内で黒の剣士をフロアボス戦から外せって言い出した人がいてね……。賛同する人もいたから、宥めるのに時間かかっちゃって」

「それでゴタゴタしてたってわけね。事情はわかったけど、また黒の剣士? 原因はなんなのよ」

 

 もしかしたらアスナの想像以上に血盟騎士団と黒の剣士の反目はひどいんじゃなかろうか。そんな疑念を抱いてしまう有様だった。

 アスナもアスナで頭痛をこらえるかのように眉間に皺を寄せている。こらこら、花の乙女がそんな顔するもんじゃないわよ。

 

「キリト君、ラフコフ討伐戦に参加したプレイヤー全員に破格の報酬を約束していたみたいなの。コルにしたって一人頭20万コルは下らないって話だし、レアアイテムに至ってはどれだけの貴重品がばらまかれたかわかんないもの。で、それをうちの団員が伝え聞いて、《やはり黒の剣士はボスドロップアイテムを独占してた》とか《協調性のないソロプレイヤーは攻略会議に参加させるべきじゃない》とか、そんな感じの不満が続出してね。血盟騎士団に声をかけなかったことも面白くないみたい。だからと言ってプレイヤー同士の戦いをしたかったと言えばそれも違うんだけどね。キリト君の戦力を考えるとフロアボス戦から外すなんて出来ないのは皆わかってるはずなのに、どうしてああも頑ななのかな……」

「理性と感情は別物ってやつでしょ。にしても、討伐隊の提唱者が黒の剣士とは聞いてたけど、報酬も全部一人で出したって、それどんな大富豪よ。絶対一個人で賄える報酬額じゃないでしょ」

「わたしもそう思うんだけどね。……報酬に関して文句を言った人はいなかったみたい。もっとも、報酬目当てで討伐隊に参加した人もいないだろうから文句も出づらいものだったとは思うけど。キリト君のことだから、最低限の装備品とアイテム以外、値打ち物は全部渡しちゃったのかもしれない」

 

 ……え、マジなのそれ?

 アスナの言葉通りならとんでもない話だ。装備の耐久値はメンテでどうにかなるとは言え予備の武器防具は必要だし、日々の衣食住を賄い、より強力な装備や利便性の高いアイテムを購入するためには1コルだって無駄には出来ない。特に攻略組は自己強化に努め続ける必要性が高いのだから、なおさらコルは必要だろう。それを全部ばらまいた? そこまでやる、いえ、出来る人っているものなの?

 黒の剣士はそこまでしてラフコフ討伐を成し遂げたかった、そういうことなのかしら。どんな理由があればそんなにも思い切ったことができるのだろう。財産のほとんどを手放して、やったことと言えばプレイヤー同士の争いだ。下手をすればPKだって……。それすら厭わないほど《黒の剣士》は《ラフィン・コフィン》を憎んでいたのだろうか。それとも正義感から? 怨恨の可能性だってもちろんあるし、考えたくはないけど復讐の線だって。

 

 ぶるりと身体が震え、顔からは一気に血の気が引いた気がする。

 寒い。

 見も知らぬプレイヤーに恐怖したのは初めてだった。

 

「リズ? どうかした?」

「あ、あはは、なんでもないわよ。ちょっと考え事をしてただけ。悪かったわね、急に上の空になっちゃって」

 

 いけないいけない。考え事もほどほどにしないとね。

 

「そんなことないよ。わたしもリズに色々聞いてもらえてすっきりできたし、これでまた頑張れそう」

「こらこら、あたしゃあんたの相談役じゃないんだけどね」

「リズは割とそういうの向いてる気がするけどね。うちに来てくれたら歓迎するよ?」

「ちょっと心引かれるけど、遠慮しとく。あたしは今の気楽な立場も気に入ってるから」

「残念。それじゃわたしはこの辺でお暇しようかな。次に来るときはリズの打ってくれた《ランベントライト》の使い心地をお土産話に持ってくるね」

 

 そう言って愛しげに腰に提げた細剣を撫でてくれる姿は鍛冶屋冥利に尽きますな。何といっても丹精込めて製作する武器だ。自分が使うわけではなくても愛着は湧く。大事にしてもらえるにこしたことはなかった。

 

「ん、わかった。お土産、楽しみにしてるわ。それといつものお店の宣伝に関しては、あー、しばらくはいいわ。のんびりしたい」

「あ、あはは。災難だったみたいだね、リズ」

 

 苦笑いのアスナの様子を見ると、あたしの状況は伝わっていたのだろう。血盟騎士団は情報が早いことでも有名だ。あれだけの騒ぎになってたんだし、不思議でもないか。

 そう思っていたら、アスナがどこか申し訳なさそうな表情で少しずつ出入り口の方へと移動していく。はて、何かあったのかしら。

 

「えーっとね、リズ、ちょっと手遅れだったかも」

「なにがよ」

「実はここにくる前にお勧めとしてリズのお店紹介しちゃったの。今日か明日には武器作成の依頼が持ち込まれると思う」

「……いや、まぁいいけどね。お店が繁盛するのは良いことだし」

「割と無茶な剣を欲しがるお客さんかもしれないけど、それはわたしのせいじゃないから許してねリズ。それじゃ、今度こそさよなら!」

「ちょっとアスナ、なによそれ、って逃げるなーっ!」

「あはは、ごめんねリズー。またねー!」

 

 楽しげに笑って遠ざかっていくアスナの姿を呆れ顔で見送り、それからうーんと大きく背を伸ばす。別れ際に変なことを口走っていた親友だけど、アスナの紹介でくる人は大抵礼儀正しい優良なお客さんだったのでそう心配することもないだろう。紹介された人にとっても、おかしなことするとアスナの顔を潰すことになるから、パーティーとかギルドへのしつこい勧誘とかもないし。気楽なものよね。

 さてと、それじゃあ今日のノルマをこなしちゃいましょうか。

 

 

 

 

 

 失敗したなぁ。

 そんなつぶやきの代わりに辛気臭い溜息を一つ吐いて、重苦しい現実を忘れようと努力してもみたのだが、生憎とこんな地獄そのものの現実、忘れようと思っても忘れられるものじゃない。そもそもアインクラッドに囚われた時点で地獄への片道切符を渡されたようなものなのか。寝て起きたら全て夢だった――そんな夢想を一体何人のプレイヤーが抱いて、そしてその度砕かれてきたことか。

 アインクラッドは今日もプレイヤーの怨嗟と嘆きを吸い込みながら変わることなく空に浮いている。

 そんな益体もない思考は留まることを知らず、今まさに負のスパイラルへ陥ろうとしていた。まさか自分の使う剣の本数を忘れて、報酬としてばらまいてしまうような愚かしいプレイヤーがいるとは思わなかった。

 

 ……俺のことだけどさ。

 一応言い訳はあるのだ。心身ともに疲れきっていただとか、元々約束していた報酬として用意していたものだったとか、ずっと張り詰めていた緊張がようやく切れてこれまでにない注意力散漫な状態だったのだとか。

 駄目だ、清清しいまでに馬鹿な言い訳にしかならない。

 二刀流の剣士が剣一本しか持ってないとか、なんというスキルの無駄遣いだろう、自分の間抜けさ加減に今回こそは愛想が尽きた。しかし他人に愛想を尽かすならともかく、その対象が自分自身だと関係を切るというわけにもいかない。どんなに馬鹿で阿呆で間抜けな人間だろうが、それが己である限り一生付き合っていかなければならないのだ。当然のことだというのにこの情けなさは何だと言うのだろう。

 ひと段落ついた、と思うにはまだまだ先は長いはずなのに。

 

 現在の攻略最前線が第70層であり、既に迷宮区攻略が開始されて久しい。フロアボスの広間も直発見されるだろうことを思えば、早急にメインウェポンを確保し、戦力を整えなければならなかった。まかり間違ってクォーターポイントである75層までに代わりの剣が見つからないとかなったら悪夢だ、今度こそ死ぬかもしれない。そんな未来を回避するためにも現在の愛剣に遜色ないレベルの剣が必要だった。

 そのために最近になってマスタースミスだと知られ、一躍脚光を浴びているという噂の鍛冶屋を訪ねにきたのだが、目の前の建物を見て少し不安になった。マスタースミスというからには金回りの良さそうなイメージがある。しかしリズベット武具店は明らかに他の店舗に比べて小さくこじんまりとしていた。もちろん外装と中身が異なることは良くあることだし、剣を打つ鍛冶スキルさえ確かなら文句をつける気などないわけだけど。

 

「あんまし儲かってるようには見えないよなぁ」

「お客様、まずは当店の品揃えを見てからご判断くださります? クレームはその後承りますわよ?」

 

 ぼそっとつぶやかれた声は誰にも聞かれず風に流されて消えるはずだったのに、どうやら折悪く俺のつぶやきは誰ぞかに拾われてしまったらしい。しかもその内容を踏まえるに聞かれてはまずい相手に聞かれたらしかった。俺の背後から発せられた声には誰でもわかるくらいはっきりと怒気が滲んでいたのだから。

 首を竦める思いで恐る恐る振り返ると、笑顔なのにこめかみを引き攣らせるという器用な真似をしている女性の姿があった。年の頃は俺と同じか少し下くらいか? どちらにせよまだまだ歳若いプレイヤーだった。

 赤褐色に染まった上着の胸元には鮮やかな赤いリボンがアクセントとして飾られ、上着と同色のフレアスカートをきっちり着込んでいる。その上に純白のエプロンとくると、一体どこの給仕さんかと目を瞬くことになった。それは彼女の髪が淡い桃色に染められていたのも理由の一つだろう。この世界ならではのコーディネイトにNPCかと本気で疑うところだった。似合ってるけど。

 まずい、そんな観察よりもまずは謝らなくては。

 

「知り合いにマスタースミスが経営してるって聞いてたから、てっきりもっと大きな店かと思ってさ。失礼なことを口にしたのは謝罪する。ごめん。――それで、もしかして君が鍛冶屋リズベットかな?」

「マスタースミスって言ってもコンプリートしたのは最近でしたからね。それと謝罪はいただいたのでお気になさらず。お客様の仰る通り、あたしが《リズベット武具店》店主のリズベットです。武器がお入用でしたらどうぞ見ていってくださいな」

「助かるよ、ちょっと急ぎで剣が必要になってさ。片手直剣で筋力値重視の品は扱ってる?」

「最近は敏捷重視の武器主体で作成してたので豊富とはいえませんけど、数点用意はあります。まずは店内にご案内しますね」

「ああ、よろしく」

 

 ……よかった。

 俺の失言によって変にこじれることなく済んだことに内心ほっと安堵し、先導するリズベットに続いて店の扉をくぐる。

 店内は小綺麗に整理整頓されていて、見た目ほど狭苦しい印象は受けなかった。奥のカウンター席には給仕姿の女性が一人。視界に映るカーソルがNPCだと示しているから、お手伝いキャラか。なるほど、店主不在の間の接客は彼女の仕事というわけだ。

 リズベットに導かれて片手剣の並んでいる棚まで歩を進め、一品一品吟味していく。最近マスタースミスになったと口にしていたし、どうもリズベットの口ぶりから敏捷ステ優先の店っぽかったからあまり期待していなかったのだが、案の定だ。並んでいる品は俺からすると重さが物足りない。

 

「お気に召しませんか?」

「無難な良い剣が揃ってるけどそれだけかな。この程度の剣ならわざわざマスタースミスを頼らなくても手に入れるのは難しくない」

 

 俺の顔色から芳しい状況でないことを感じ取ったのだろう。さらに続けた俺の率直な感想に、客の要求を満たせない店主としての申し訳なさと、自分の作品を力不足だと断じた俺への不満をわずかに覗かせていた。割と素直な表情を見せる女の子だなと思う。隠そうとしても難しい感情表現をそういうものだと割り切り、開き直って開けっぴろげにしているような印象を受ける。同じ闊達さでもシリカとはまた違った明るさだ。

 

「敏捷寄りですけど先日上がったばかりの片手直剣があります。あたしの自信作ですよ。よろしければご覧になります?」

「願ってもない。是非頼むよ」

 

 加えて稚気な部分も併せ持っているようだ。先までの顔は不満を漏らす俺の鼻をどう明かしてやろうかと思案している顔だったし、今は自身の作品を見て驚けと言わんばかりの不敵な笑みだった。見ていて飽きない表情というのはきっとこういうことを言うのだろうなと思う。

 リズベットが了解の声を上げて店の奥に消え、それから間もなく一振りの剣を抱えて戻ってきた。重そうに歩いているところを見ると、敏捷寄りとは言え結構な筋力値を要求されそうである。

 ――面白い。

 自信ありげなリズベットに呼応するかのように俺の唇が持ち上がる。俺はこういうノリが結構好きだった。出会いは悪かったが案外この店主殿とは馬が合うのかもしれない。

 

 そんなことを考えているとリズベットがどうぞと剣を差し出してくる。文句を言えるもんなら言ってみやがれという副音声がついているように思えて可笑しかった。それに近いことは考えているんじゃないかと思うけど。

 手渡された剣を片手で受け取り、まずは重さをチェックしてみる。ふむ、さっきまでの剣に比べたら十分重い。その重さに見合うだけの攻撃数値も誇っているのだろう。続いて鞘から刀身を抜き出してみると、薄赤い輝きがまず目に飛び込んでくる。火焔の揺らめきを思わせる見事な意匠に、ほぅと感心するように息が漏れてしまった。これは相当な名剣ではないだろうか、陳列されたものと比べても雲泥の差があるように思えた。リズベットの自信も頷けるというものだ。

 

「へぇ、これはすごいな。中々お目にかかれないレベルの剣だ」

「そうでしょそうでしょ! 全力で取り組んだ細剣は中々良いのできなかったくせに、軽い気持ちで片手直剣打ったらいきなりそれが出来るんだもの。この時ばかりは物欲センサーの存在を信じたわよ、あたしは」

 

 ……びっくりした。

 なんだか妙なテンションを振り切ってしまったようだ。熱心に取り組んだという細剣は失敗続きだったらしいから、もしかしたら相当鬱憤がたまっていたのかもしれない。そこに加えて傑作とも言える剣がなんとなく打った材料から出来てしまった、となると確かにショックだったというのはわかる気がする。

 彼女が口にしたように、物欲センサーの理不尽さはゲーマーなら一度となく体験するものだろう。もっとも今の俺達の境遇では、成功にしろ失敗にしろその切実さは凡百のゲームなど目じゃない。なにせ命に直結しかねないのだ、嫌でも真剣になる。

 

「その、リズベット?」

「あ……ご、ごめん、じゃなくて申し訳ありませんお客様。あたしったら失礼な真似を」

 

 はっと目を見開き、自らの醜態を思い出したのか顔を真っ赤にしたり真っ青にしたり。忙しなく変わる顔色を観察するのも楽しそうだが、これ以上は悪趣味というものだろう。

 

「無礼を働いたのは俺も同じなんだから気にしないでいいって。それにアスナから親友って聞いてたから、あんまり肩肘張られるとやりづらいんだよな。敬語がポリシーなら止めないけどさ、そうでないならもうちょっと砕けてくれると助かる」

「接客口調もようやく板についてきたところなんですけどね。……まあいっか。それにしてもアスナから……? ああ、そういえば昨日そんなこと言ってたわね。うちの店を紹介したとかなんとか」

「多分それだ。ひも付きでない鍛冶屋、出来ればマスタースミスって注文だったんだけど、まさか本当にマスタースミスを紹介されるとは思わなかった。正直期待してなかったから驚いたよ」

 

 血盟騎士団や聖竜連合所属の鍛冶プレイヤーにもマスタースミスはいるのだが、彼らは毎日団員の武具の修繕やら新武装作成の挑戦と処理しなければならない仕事が山積みで、とてもギルドに所属していない俺が頼める状況ではない。そもそも頼んでも聞いてもらえるかどうか。血盟騎士団なんかラフコフ討伐以来俺との関係において決定的に亀裂が入ったのか、会う団員会う団員全てが俺を睨みつけてきたぞ。一体どうなってるんだか。まさかヒースクリフが妙な説明でもしたんじゃないだろうな。

 別にやつらが憎くて声をかけなかったわけじゃないんだ。むしろ逆で、奴らに敬意を払っているからこそ、攻略に支障が出るような事態を避けたかっただけなのに。だというのに随分と妙なことになってしまった。大体、ヒースクリフとアスナがこちらに友好的なのだから下もそれに倣うと思いきや、全く逆のまま今に至るんだものな。ここまで嫌われるとは思ってもみなかった。

 

 ふむ、これは俺を嫌ってる奴が率先して敵意を煽ってる可能性もあるか。憶測であんまり人を疑うもんじゃないけど、その場合やっぱり最有力候補はクラディールかな。

 フロアボス戦にほとんど参加しないプレイヤーなので直接顔を合わせたことは少ないが、その少ない邂逅でも奴が俺を嫌っていることは一目瞭然だった。隔意そのままに嫌な光をした目を向けてくるのだ、奴の感情なんか嫌でも悟る。伝え聞く限りかなりの腕利きなのは間違いないのだろうが、人の好き嫌いが激しいのか俺に対する反感を隠そうともしない男だった。血盟騎士団の中で俺へ反発する勢力の急先鋒がやつだろう。

 ……まぁ悪いことじゃないか。外に敵がいるうちは組織内部でまとまっていられる。攻略組最強ギルドとして血盟騎士団には固い結束を続けてもらわなくちゃならないんだ、そう考えると今の状況は別に悲観するほどのことじゃない。ヒースクリフとアスナがフロアボス戦できっちり手綱を握っている限り問題はなかった。

 

 ただ今回みたいな場合は痛し痒しなんだよな。プレイヤーメイドの高性能武器を作り出せるのがひも付き鍛冶屋に偏ってるだけに、俺みたいなソロプレイヤーだと職人を確保するのも一苦労なのだ。フリーの職人は総じてスキル熟練度が低い。そんな連中に頼むくらいならモンスタードロップ品かクエスト報酬品を使っていたほうが幾らかマシだった。特に俺の場合はフロアボスドロップ品で装備を固めていたから、フリーの職人ならずとも俺が満足できる装備品を作り出すのは難しかったはずだ。

 エクストラスキル恩恵でレアドロップ率に補正もかかってるし、今回も俺の間抜けっぷりがなければ問題なかったはずなんだけど……。

 俺の現状は結局自分の不手際に戻ってくるのだ、溜息の二つ三つ出ようというものである。

 

「公表されてるフリーの職人じゃあたしが一番スキルコンプリートが早かったみたいだからね。で、その剣どう? 結構自信作なんだけど」

「最前線でも十分通じる名剣だと思う。ただ、俺としてはもう少し重いほうが好みかな」

「これでも軽いの? どんだけ筋力優先でステ振ってるんだか。その剣で駄目なら市場に出回ってる剣の大半は無理ね。後はフロアボスクラスのレアドロップに期待するか、筋力値優先でプレイヤーメイドのレア武器作成に賭けるしかないんじゃない?」

 

 俺のステ振りは偏りのないバランス型だから言われるほど筋力重視じゃないんだけどな。単にレベルが高いせいで筋力偏重プレイヤー並の数値を誇っているだけだ。

 なにはともあれ、もう少し重い剣が欲しいという俺の要望に呆れたような声で答えるリズベットだった。その指摘は多分正しいのだろう。武器の専門家のお墨付きだ、無視できる意見じゃない。

 

「リズベットなら打てるのか?」

「んー、正直この剣より重い武器ってハードル高すぎるのよ。あたしが敏捷値優先の剣を打ってるのも、別に筋力値優先武器を軽視してるわけじゃなくてね。ここのところ、具体的には50層以降から筋力優先に向いてる新しい金属が発見されてないって事情もあるのよ。70層に到達したんだからもう少し待てば発見される可能性も高いけど……実際のトコどうなのかしらね?」

 

 首をひねるリズベットに答える言葉を俺は持たない。新種の金属が見つかっていないのは俺もずっと懸念だったのだ。60層以降に敏捷ステ向けの新金属が発見されたのだから、70層以降は順番的に筋力ステ向けの金属なのだと信じたいところなのだが、希望的観測で行動すると碌なことにならないのはこの世界で学んだ教訓である。まずは今出来る最善を尽くす、話はそれからだ。

 

「ゆっくり待てるならそれでもいいんだけど、生憎と俺には時間がなくてさ。すぐにでも強力な剣が必要なんだ。具体的にはこの剣と同じくらいのが欲しい」

 

 難しい顔で何やら考え込んでいるリズベットの前に愛剣《エリュシデータ》を差し出した。

 

「うわっ、何これ、めちゃくちゃ重い……。しかもあたしの知らない剣だ。作成者の銘も刻まれてないみたいだし、これってもしかしなくても魔剣クラスのモンスタードロップ品じゃない。あんた、もしかして攻略組?」 

 

 鍛冶屋ご用達の鑑定スキルで調べたのだろう、目を大きく見開き、驚きも露わに俺へと視線を移した。一瞬でそこまで読み取るあたりスキル熟練度も高いみたいだ。マスタースミスなのだから当然か。

 ちなみにアインクラッドにおける武器の区分は大雑把に言って二種類。鍛冶スキルが生み出すプレイヤーメイド品か、モンスタードロップ品か、である。クエスト獲得報酬としての武器は絶対数が少ないため、前者二つとは並ばない。そして現時点における高レベル鍛冶屋謹製の高性能品と、それらに準じる数値を誇るモンスタ-ドロップ武器を指して名剣と呼称し、それすら凌ぐ希少で強力な剣を指して魔剣と呼び習わすのが慣例だ。

 その慣例に倣うならば、リズベットの言った通り俺の愛剣であるエリュシデータは魔剣分類となる。エリュシデータは50層のクォーターボス相手にラストアタックボーナスを決めた時に入手したモンスタードロップ品だった。70層現在においてもこの剣を超える片手直剣にお目にかかったことはない。さすがにクォーターボスから入手しただけはある。

 と、まあ、そんなことよりも。

 

「アスナのやつ、何も説明しなかったのかよ……」

「無茶な注文されるかも、とだけ聞いた気がするわ。実際無茶な注文されてるけどね」

 

 二人して溜息をついた。なんだか無駄に遠回りをした気分だ。アスナのやつ、普段はしっかりしてるくせになんで今回に限ってこんなポカをやらかしてるんだよ。嫌がらせか? いや、なんか疲れた顔をしてたし、単純に伝え忘れた可能性が高いか。マスタースミスを紹介してもらった礼もしてないし、今度会ったら労ってやろう。

 

「あれ、じゃあ俺のこと何も聞いてないのか?」

「なに? あんたって有名人だったりするの……って、ああ、そういうこと。そりゃ話が噛み合わないはずだわ。随分な軽装をしてるから良いトコ中層プレイヤーかと思ってたのに、攻略組も攻略組、トッププレイヤーの一人じゃない。そりゃ、あたしの想定してたステ数値とずれるわけだわ」

 

 言葉の途中でリズベットの視線が逸れていたのは俺のプレイヤーネームを確認していたのだろう。ネーム表示は通常の視界には表示されず、一度キャラクターカーソルに視点を固定して一定時間経過後に視界の隅に表示される仕様のため、ぶっちゃけ手間がかかる。意識しない限り日常生活では使われないし、そもそも人の名前なんて一々気にされないものだ。アインクラッドでは現実世界と異なる文化が形成されているものの、目に入るプレイヤー全ての名前を一々確認するような習慣はない。

 それでも一手間かければ名前が容易に知れる、というのはゲーム世界ならではのルールだと感心もするのだが。今生きている世界をゲーム世界だと確認したくないがためにネーム表示機能を使わない、なんて感傷めいた思いを抱いているプレイヤーもあるいはいるのかもしれない。

 

「黒の剣士は二刀流使いって聞いてたけど、それなら必要なのは予備の剣? 慎重と言えば慎重だけど、メンテさえしっかりしてれば武器なんてそうそう消滅したりしないでしょ。ひとまずは今使ってる剣で十分なんじゃない? このエリュシデータだってしっかり手入れされてるし、そんなに焦ることもないと思うけど?」

「あー、それがだな、二本目の剣は壊しちゃって、三本目の予備は協力してくれたプレイヤーに報酬として渡しちゃったんだ。で、今手元にはエリュシデータしかない」

「はい?」

 

 素っ頓狂な声をあげてリズベットは固まってしまった。そりゃそうだろうな、自分の武器が壊れて、それを忘れて予備を放出したとか正気の沙汰じゃない。ただなぁ、あのときは俺も尋常な状態じゃなかったし、思考も千々に乱れてたんだ。間抜けだと思う反面、仕方ないと諦めてもいる。

 

「なるほどね、それで早急に二本目の剣が必要だってわけ。……控えめに言うけど、あんたって結構間が抜けてるのね」

「面目次第もございません」

 

 返す言葉もなかった。

 噂に名高い黒の剣士様とも思えない話よね、と呟くリズベットの指摘が心に痛い。とてもとても痛い。目に見えない氷の刃が心臓めがけてぐっさぐっさと突き刺さってくるようだ。叶うことならこのまま不貞寝したかった、もしくは穴掘って埋まりたい。

 

「その報酬に渡したって剣を返してもらったりできないの? ほら、改めて買い取るとかさ」

「元々メインで使ってた二振りの剣に比べて予備のは明らかに格下なんだ。正確に言うと《エリュシデータ》が飛びぬけて強くて、二本目がそこそこ、予備は妥協そのものだった。買い戻してまで使いたいとも思えないんだよな。まあ、どれもレアドロップ品には違いないんだけどさ」

「贅沢な話ねぇ」

「生き残るために必死なんだと解釈してくれ。それに二刀流は強力なスキルなんだけど、二本の剣の攻撃力数値に開きがあると使いづらいんだよ。ダメージ計算が面倒で仕方ないし、徹底したリスク管理の出来ないスキルなら使わない方がマシってことにもなりかねない」

 

 二刀流はヒースクリフの神聖剣と並び、全プレイヤーの中で一人だけに発現するユニークスキルだと囁かれている。その希少性に恥じない圧倒的な性能を秘めているスキルなのだが、弱点がないわけじゃなかった。

 まずは両の手に剣を携えることにより、盾が装備できないことからくる防御力の低下。しかしこれは元々盾なし片手剣スタイルだった俺にとってはデメリットになりえない。むしろ二刀流スタイルに慣れるにつれて武器防御の有効性が高まっているくらいだ。

 次に武器耐久値の消耗速度の速さ。以前のスタイルよりも手数が増しているのだから当然武器の消耗が激しくなるのは承知していたが、二刀流スキルそのものに武器耐久値に対するマイナス補正がかかっているようなのだ。盾なし片手剣スタイルでの消耗速度より明らかに耐久値が削られるスピードが加速している。ただ二刀流によって攻撃性能自体も抜群に伸びているので、結果的にモンスターを攻撃する回数が減り、耐久値減少も気にならないレベルで収まっていた。トータルで見ればトントンの収支だろうと思う。メンテさえしっかりしておけばこれも弱点足り得ない。

 

 二刀流で一番の問題は、やはり短期決戦仕様のスキルということだ。二刀流というだけあって、当たり前だが両手に剣を持つ必要がある。そして両手のどちらもが塞がれてしまう為、盾なし片手剣スタイルだった頃に比べると戦闘中にアイテムを使いづらいのだ。以前は空いた左手で消耗品のポーションや結晶を戦闘の最中でも労せず使えていたのだが、二刀流スタイルに変更したためにどうしてもアイテム使用にワンテンポ遅れるようになってしまった。攻撃力の倍加と引き換えに継戦能力は間違いなく低下したと言えよう。それに投剣スキルも以前ほど多用は出来なくなった。

 可能ならばソロを諦め、パーティー編成を試みたいところである。恐らく二刀流が最も生かせるのはパーティーを組んだ上での切り込み隊長、つまり真っ先に敵陣に切り込み、その飛びぬけた攻撃スキルで敵を圧倒する生粋のダメージディーラーの役割だ。仲間の援護が期待できるのならば継戦能力の不安も弱点にはならない。

 

 まぁ所詮はないものねだりだし、俺の懸念も贅沢に入る部類のものだということはわかっている。いくら弱点があろうが、二刀流最大の真価である手数の増加と強力無比な専用ソードスキルが使える魅力は何者にも変え難い。極まった攻勢スキルの評価が揺らぐことはなかった。二刀流専用ソードスキルなど反則も良い所の威力だと、スキル保持者の俺ですら思うくらいの代物なのだ。だからこそ、その性能を十全に引き出すために《エリュシデータ》と伍する新たな剣が必要となる。

 

「間に合わせの剣を用意するにしても、俺が武器作成の仕事を依頼したことのあるフリーの鍛冶屋って一人しかいないんだよ。で、そいつは中層プレイヤーで、マスタースミスには程遠いやつだしな。フロアボスを相手にするような剣を打つにはスキル熟練度が心許ない」

「へえ、黒の剣士の知り合いって考えるとちょっと意外な感じ。もしかしてあたしの知ってる鍛冶プレイヤーだったりするのかしらね」

「どうだろ、フリーって言っても冒険業からは完全に引退して半分隠遁してるようなプレイヤーだからな。グリムロックってやつなんだけどさ」

「グリムロック、グリムロック……駄目ね、聞いたことないわ」

「まあ本題はそこじゃないから忘れてくれ。フロアボス戦に必要な剣が欲しいのにフロアボスのドロップ品に期待するとか本末転倒も良いとこだからな、プレイヤーメイド品ならもしかしたらって思ったんだけど……。そっか、マスタースミスでも無理か」

 

 仕方ない、当面は盾なし片手剣スタイルに戻って攻略を進めるか。そのうち適当な剣もドロップされるだろ。後はアルゴにでも有力な剣の情報を頼むことにして――ああ、金属の情報も一緒に頼むか。あるいは顔の広いエギルを頼ってみるのも手だな。フロアボス戦までに何かしらの解決策が見つかるといいんだけど。

 

「ちょっと待って、そんなに急いで結論出さなくてもいいじゃない。あたしはあくまで《難しい》としか言ってないわよ。一言も《無理》だなんて口にしてないでしょ」

「そうは言ってもなあ、なにか当てでもあるのか?」

「一応あるわよ。第55層の片隅に小さな村があってね。そこで発生中のクエストなんだけど、NPC情報をまとめると新種の金属が手に入る可能性が高いのよ。筋力値優先の武器が欲しいならその金属を使うのが一番可能性が高いんじゃない?」

「55層で? そのクエスト、未だに達成者がいないのか?」

 

 最前線で発生するクエストならともかく、55層は開放されてからもう長いこと経つから、そこで受けられるクエストも大抵のものはクリアされてるはずなんだけど。未だに達成されていないとなると、よほど難しいクエスト達成条件でも設定されてるのか?

 

「そこなのよね。クエストボスっぽいドラゴンは確認されてるし、何度か討伐もされてるのよ。けどドラゴンを倒して手に入るのは明らかにボスの強さに釣りあわない少額のコルとかどうでもいいアイテムばかり。何かフラグ立てが必要なんだろうって結構な数のパーティーが条件を変えて試したみたいだけど、残念ながら全部外れ。今となっては半ば放置されてるクエストね」

「それはまた難儀なクエストだな」

 

 さてどうしたもんだろうと腕組みをして考える。リズベットの話しぶりから高い確率で鍛冶素材アイテムのクエストには間違いないのだろうが、成功者が未だにいないというのはよっぽどフラグ管理が厳しいのか、それとも何か見落としている情報でもあるのかだ。無策で挑もうものなら、折角向かったはいいが無駄足踏むだけの結果になりかねない。

 かといってこのまま剣一本で攻略に戻るのもそれはそれで不安だ。迷宮区は問題ないにしてもやはりフロアボス戦には万全の態勢で臨みたい。市場に出回っている剣ではモンスタードロップ、プレイヤーメイド双方に満足できる品はなかった。それを思えばリズベットの提案に乗るのも確かに一つの案だろう。

 

「クエスト達成条件の絞り込みは出来てるのか?」

「推測程度なら。鍛冶素材クエストっぽいし、やっぱり鍛冶屋同伴が必須なんじゃない? っていうのが通説。ただそれも既に試された組み合わせでやっぱり駄目だったらしいから、プラスアルファで何か必要だと思う。例えば――」

「マスタースミス」

 

 重なった声にリズベットがにんまりと笑った。

 

「そういうことね。他にも鍛冶屋がソロで出向くとか色々考えられるけど、そこまでいくとお手上げ。条件厳しすぎだわ」

「55層っていう中途半端な階層を考えるとあまりきつい条件はなさそうだよな。マスタースミス同伴ね、確かに可能性はありそうだ」

 

 シリカの時と似たようなものか。あの時はペット蘇生アイテムに縁深いビーストテイマーがフラグに必須だった。鍛冶に使う金属となるとリズベットの言う通り鍛冶屋が最有力だろう。それに鍛冶スキルのようなサポートスキル主体のプレイヤーは、どうしたってレベルや戦闘スキルで最前線のプレイヤーには及ばないから、戦闘能力を試すようなクエストも想像しづらい。ソロでクエストボスを撃破とかシビアなフラグの可能性は薄いはずだ。

 

「今までクエストクリア報告がないのは、ギルド付きの職人が冒険に出る機会自体が少ないからってわけか」

「多分そうでしょうね。あたしらフリーの職人と違って、有力ギルドお抱えの鍛冶屋に戦闘能力は期待されてないもの。ギルドにしたって完全後方支援職のプレイヤーを担ぎ出してまで、クエストクリアに躍起になったりはしないでしょ」

「かくして55層のクエストは忘れ去られてしまいましたとさ、と。理屈はわかるけど勿体ない気もするな」

「現状、攻略組のプレイヤーは特に武器に不満を感じてないってのもあるかもね。攻略組でもあんたくらいじゃないの、魔剣クラスじゃないと満足できないなんて言ってるやつ」

 

 一理ある。スキルコンプリートに達した鍛冶屋の数が揃ってきている有力ギルドは、ギルド員数分の名剣を揃えることも苦ではなくなってきているのだ。ただ、そのおかげで攻略もより安全に行えるようになってきているのはいいが、最近攻略組の戦い方が以前にまして保守的なものにシフトしているのが気になる。血盟騎士団、特にアスナが攻略を主導しているにも関わらず、60層以降の攻略速度が明らかに落ちているのだ。戦力が充実するほど命を惜しむ風潮になるのもわからないではないのだが、このままの攻略速度で推移するようだとちょっと厄介なことになるかもしれない。

 

 加えてラフコフ討伐戦の影響も懸念材料だった。攻略組からも大分戦力を引き抜いての編成だったために、討伐戦前後の攻略にある程度の支障が出るのは織り込み済みだ。問題はこれからである。やつらと繰り広げた凄惨な戦いが攻略組の士気を低下させることは十分考えられる。ただそれに関して俺ができることは何もなかった。精々ソロプレイヤーとして一層の奮闘をするくらいだろう。

 俺の求める魔剣クラスの剣か……。名剣クラスでも攻略には問題なく参加はできる。しかしあの男、PoHの行方がわからないだけに油断も出来ない。ラフコフという巣穴を壊されたあの男が、討伐の首謀者であった俺に報復する可能性は決して低くはないのだから。備える意味でも装備の充実は必須だった。

 ……あの時、やつを取り逃がしたのは痛恨だったな。たとえどれだけ後悔してのた打ち回ることになろうが、やつだけは確実に葬っておかなければならなかったのに。

 

「――ちょっとあんた、聞いてる? ああ、もう、キリトッ!」

 

 びっくりした。急に耳元で大きな声がしたかと思えば、リズベットが頬を膨らませて俺を睨みつけていたのだった。どうも考え事に夢中になっていたらしい。まずった、反省しないと。

 

「悪い。それで何だって?」

「だから、55層に向かうかどうか聞いたの。それともし行くのならこのリズベットさんがついてってあげる、って言ったのよ」

 

 リズベットの提案に面食らったのは仕方ないことだろう。いきなりだということもあったし、何よりいくらアスナの紹介だとは言えそこまでしてもらう義理もない。剣を必要としているのはあくまで俺である。リズベットにとっては新種の金属という鍛冶素材ゲットのチャンスとは言え、成功率の低いクエストにわざわざ出向くこともない。

 

「驚いてるみたいだけどさ、あんた同伴する鍛冶屋に心当たりでもあるの? 知り合いだっていうプレイヤーはマスタースミスじゃないみたいだし、ギルド付きのマスタースミス相手じゃそもそも連れ出せないでしょ」

「……まあそうだけどさ。だからと言ってリズベットにそこまでしてもらうわけにもいかないって」

「細かいことはいいのよ。別にあんたのためってわけじゃないし、あたしにはあたしなりの考えがあるの。一応言っておくけど、メイサーとしての腕だって捨てたもんじゃないんだからね。もう少しでスキルコンプリートするとこなんだから」

「へえ、そいつはすごい」

 

 鍛冶スキルも多種にわたるがそのうちの一つをコンプするだけでも手間なのだ。武器作成の副産物としてある程度メイスのスキル熟練度が上がることを差し引いても、リズベットのスキル上昇度の速度は並じゃなかった。鍛冶屋としての腕を突き詰めなければ、もしかしたら攻略組でも指折りのメイス使いにだってなれた可能性もある。

 全く、アスナといいリズベットといい、羨ましくなる才能だな。

 感嘆混じりの溜息を吐き、それからリズベットに深く頭を下げた。

 

「そういうことならよろしく頼む。道中の安全は俺が可能な限り確保するから、リズベットには後衛を頼みたい」

 

 55層のモンスター相手ならリズベットの手を煩わせることもないだろう。時間もあまりかけられないことだし、シリカのときとは事情も違う。雑魚敵は俺が速やかに排除してしまって問題あるまい。

 懸念とまでいかずともリズベットの思惑とやらが気になるところではあったが、それも詮索するほどのことではないだろうと思う。鍛冶屋ならば優良な金属の供給ルートは確保しておきたいものだし、俺達がクエストを成功させることが出来ればその達成条件を情報屋経由でばらまくことで市場にも出回るようになる。ゲームクリアへの目的意識が高い鍛冶プレイヤーなら新種の素材発見に乗り気になるのもおかしなことじゃない。

 そうなると問題があるのはむしろ俺の方か。

 

「なぁ、折角やる気になってるとこ悪いんだけど、プレイヤーメイドの特注品って相場はいくらくらいなんだ?」

「知らないの? まあいいけど、そうねぇ、あんたが所望するレベルの剣は特殊素材必須だろうし、それをマスタースミスに依頼するとなるとどんなに安く見積もっても10万コルは下らないわね。……でも攻略組ならそう難しい値段じゃないでしょ?」

「普段ならそうなんだけど、生憎持ち合わせがなくてな。今日は見積もりの予定だったんだよ」

「あー、そういえばそんなことを聞いた気がするわ。そっか、アスナの言ってたことは当たりか」

 

 当たり? よく聞こえなかったが、何故か納得しているようだ。話が早くて助かるのだが妙な気分になるな。どこかで《黒の剣士情報》でも出回ってるのだろうか。本当に隠したい情報はその限りではなくても、俺に関する重要度の低い情報なら嬉々として売りさばきそうな情報屋が一人いることだし、油断はできない。

 それともアスナか。こっちは律儀なやつだから人のプライベートを簡単に漏らしたりはしないだろうが、親友相手の上に顧客情報の一環として話した可能性も十分ある。

 そこまで考えてから、ふっと軽く息をついて思索の全てを振り払った。思考が脇道に逸れている。

 

「換金してない現物なら幾つかある。クエストに付き合ってもらうわけだし、前金代わりってことで一つどうだ?」

「どうだって言われてもね、実際にアイテムを見てみないことには」

「そりゃそうか。少し待ってくれ、今オブジェクト化するから」

「ストップ。続きは工房のほうに移動してからにしましょう。旅支度も済ませたいしね」

 

 早速メニューウィンドウを開こうとした俺を、リズベットが軽く手を上げて制した。なんだか本当に話が早いな。どうなってるんだ?

 

「これからすぐ向かうのか?」

「急ぎなんでしょ? 日を改めたいならそれでも構わないけど」

「いや、よろしく頼む」

 

 俺の返事を待つことなくリズベットはさっさと店の奥へと歩いていってしまう。俺にとって都合よくとんとん拍子に話が進む流れに首をかしげながら、それでもアスナの親友なんだから疑う必要もないだろうと、一抹の不安を振り切るようにリズベットの後に続いた。

 妙なことになっている。しかし何に違和感を覚えているのかが今一つつかめない。不気味というほど切迫したものは感じられず、しかし順調というには引っかかる部分が多すぎる。今の状況はおかしなはずなのに、一体何がおかしいのかがわからないという、ひどくあやふやな感覚だけが残った。

 リズベットか。悪いやつじゃなさそうだし、打てば響く会話の応酬は心地よいものだが、何を考えているのかイマイチ謎だ。隠し事に向く人となりとも思えないんだが……。結局のところ今日が初対面の相手なんだよな。アルゴみたいにあからさまに腹に一物ありますってタイプのほうが、警戒しやすい分迷わなくて済む。

 まあいいか。

 気になることはあっても折角示されている好意なのだ、有り難く受け取っておこう。俺を騙してなにか得があるとも思えないし、何よりアスナの紹介なのだから疑うのも馬鹿馬鹿しい。

 何事もなくクエスト達成できますように。信じてもいない神様に祈るだけ祈っておいた。

 

 

 

 

 

 ちょっとあからさまだったかも。

 後ろについてくる黒衣の剣士の気配を感じながら歩を進めてはいたが、内心は結構慌てているあたしだった。

 黒の剣士との会話を思い出すまでもなく、勇み足に過ぎたことは自覚している。鍛冶屋として商談を進めるわけでもなく、まして報酬の話もなしに同行を申し出てしまったのは、明らかになにかありますと言っているようなもの。振り向いたりはしないけど、今頃猜疑の目を向けられているんじゃないかと思うとちょっと怖い。

 だって、立場が逆ならあたしだって思うもの、こいつ怪しい、って。

 そりゃ、なんだか噂に聞く黒の剣士と実際の人物像のかけ離れ具合に驚いたとか、妙に会話のテンポが良い相手だったとか、親友の想い人候補に興味があったとか色々理由はあるけどさ、結局のところこれが一番! って理由はないのよね。強いて言えばお節介、かしら?

 ……自分自身でも不思議よね、どうしてあんなことを言っちゃったりしたのか。

 

 《黒の剣士》は怖かった。

 もちろん《はじまりの剣士》の逸話は知ってるし、そのおかげで初心者プレイヤーの生存率が跳ね上がったのは否定できない事実だ。一万人の集まった広場で、たった一人茅場晶彦に挑み、ベータテスターとして朗々と生き残る算段を語ってみせた姿は余人には真似のできないものだったのだろう。

 あたしは一万人の大群衆に埋もれて、はじまりの剣士の姿を直接見てはいない。けれどあの時はじまりの剣士が語った言葉は、後に鼠のアルゴ編纂の指南書(ガイドブック)に簡易文章化されて掲載されている。ベータテストに参加できなかった9000人弱のプレイヤーの大半は、はじまりの剣士に感謝していることだろう。

 

 けれど、アインクラッドにおける最大のタブー《仲間殺し》を最初に犯したのもまた彼だった。やがてそのプレイスタイルと黒の装備を一貫して使っていたことから《黒の剣士》の異名で呼ばれ始めるようになった。通りが一番良いのは《黒の剣士》または《はじまりの剣士》だけれど、彼には様々な呼び名が常に付き纏う。中には彼を侮蔑し、忌避するものもあった。その筆頭は《仲間殺し》、そして《オレンジ》、次いで《ビーター》。もっとも、ビーターという呼び名は軍の中でしか通用していないみたいだけれど。

 二つ名なんてものはそうそう幾つも定着したりはしない。そういう意味では良くも悪くも《キリト》というプレイヤーは他のプレイヤーの耳目を集める特異なプレイヤーとして認識されてきたのだろう。

 

 功罪相半ばするアインクラッド屈指のトッププレイヤー。そう呼ぶには功績が大きすぎるとは思うけど、決して清廉なだけの人柄ではないのだと思っていた。だって、そうでもなければ致し方ない理由があったとされるオレンジ化はまだしも、同じ人間であるラフコフ討伐を主導したりなんて出来ない。誰もが関わることを恐れ、目をつけられないよう息を潜めていた相手が、殺人ギルド《ラフィン・コフィン》だったのだから。

 皆、本心ではわかっていた。やつらをどうにかしなければあたしたちに未来はないって。それくらいラフコフの連中はPKを繰り返していたし、やつらに呼応するかのように犯罪者プレイヤーの数は増えていった。だからこそ黒の剣士がラフコフを《狩った》のだと聞いても、誰も黒の剣士を声高に非難したりしなかったのだ。もちろん思う所はあるだろうし、プレイヤー同士の抗争だって認めたくなかった人間が大半だろうとは思う。けど、誰だって自分の身は可愛いものだ。身の安全と禁忌に対する倫理観を天秤にかければ、前者に傾くのも不思議じゃない。あたしたちが自分の手を汚したわけでもないのだからなおさらだ。

 

 PKさえ躊躇わない冷徹で非情な凄腕の剣士。そんなあたしの想像と、アスナが時折零していく《キリト君》の人物像が重ならないのも無理はなかった。直接見ているのはアスナの方なのだから、真実はあたしの想像でなくアスナの語る姿にこそあるのだと思っても、中々納得できるようなものでもない。どうしてもその落差を埋め切れなかった。

 そして今日、そうと知らずに《黒の剣士》と出会い、《キリト》を知った。

 彼の正体を知った時になんでもないように対応できたのは、きっと彼を黒の剣士ではなくキリトとして認識していたせいなのだろうと思う。だって、あたしの前で情けない顔で笑い、とぼけた声で会話に応じていたのは、どう見てもそこらにいるなんてことのない男の子だったのだから。噂に名高い攻略組のトッププレイヤーの逸話よりもよっぽど印象深かった。

 もしかしたらエギルの言いたかったのはそういうことだったのかも。《黒の剣士》の足跡に対して《キリト》はあまりに不似合いだ。多分、一目見てあれが最強プレイヤーの一翼だと聞かされても誰もが首をかしげるだろう。勿論戦闘では別の顔を見せるのかもしれないけど。

 

 だからこれがアスナが心奪われた男の子なんだなとすんなり納得できてしまった。我ながら単純だとは思う。でも、一度そう認識してしまうと次は単なるお客様として見れなくなってしまった。これはあたし自身重々承知していることなのだけど、どうもあたしは身内意識がとても強いっぽい。意識して他人との間に壁を作らないと、気に入った相手にはとことん尽くして――こほん、お節介を焼きたくなってしまう悪癖があるようなのだ。

 ただ今回の場合はアスナのためなのかイマイチ判別できなかった。

 というか――なんか妙に馬が合う感じなのよね、こいつ。

 飾らずに言えば話していて楽しい、ということ。異性相手だというのに遠慮なく言葉をぶつけ合えるというのは初めてだったし、とても新鮮な感覚だった。そうして気づいたらクエスト情報を明かし、一緒にクエスト遂行に向かうことにしていた。驚きだ。あたしってこんな即断即決できる女だったっけ?

 あ、遠慮のない物言いが出来ると言えば――。

 

「ちょっといい、キリト?」

「なんだ?」

 

 出立のための準備をしているあたしから少し離れて、所在なさげに壁に寄りかかっているキリトに話しかけた。

 

「さっきあたし、あんたのことキリトって呼び捨てちゃったじゃない?」

「ああ、そのことか。別にいいよ、リズベットを無視して考え込んでた俺が悪いんだし。大体、アインクラッドじゃそっちのほうが主流だろ?」

「だからっていきなり呼び捨てて良いものでもないでしょ。そりゃ、アインクラッドではそういう礼節とかは無視されがちだけどさ。あたし客商売してるせいかその手のことには未だに向こうの感覚が残ってるのよ」

「そんなもんかな、MMO的には敬称抜きが正しいわけだから、別に悪いことじゃないと思うけど。……それで?」

「これから一緒にクエスト行くのにお客様とかあんたって呼び続けるのもどうかと思うのよ。だからあたしはあんたをキリトって呼ぶから、あんたはあたしのことリズって呼んで。友達認定した相手にしか呼ばせないんだから感謝してくれていいわよ」

 

 自分の台詞が照れくさくて、意味もなくふふーんと胸なんて張ってみせる。やってからこっちのほうが恥ずかしいと気づいて余計に赤面することになった。気づかれていない、と思うのは虫が良すぎるわね。早いとこ忘れよ。

 

「へえ……うん、光栄だな、喜んで呼ばせてもらうよリズ。ところでリズ、報酬のことなんだけど」

「……なんだか面白がってない、あんた」

 

 具体的には赤面したあたしをからかう方向で。

 

「滅相もない。俺はいつだって真面目な男だぜ?」

「それならまず吊り上げた唇を固く引き結んでから弁解なさいな。ふん、いいわよ別に。後でアスナにキリトに泣かされたってチクるだけだから」

「そいつは勘弁、事実の捏造はどうかと思うぞ」

「はいはい、ならさっさと商談に入りましょうかね」

 

 拗ねたように頬を膨らませたあたしをキリトは苦笑いで見ていたが、やがて作業用の台の一つにアイテムをオブジェクト化した。そこに現れた食材アイテムを見てあたしは思わず目を見開き、その驚きから即座に鑑定スキルを発動させてしまったほどだ。

 

「ちょっと、これ《ラグーラビットの肉》じゃない。押しも押されぬS級食材。良く手に入れられたわね」

 

 アインクラッドで最大の娯楽とは何か。言うまでもない、食事である。元々中世の欧州世界がモチーフとされている世界だから、用意されている娯楽の種類も質もたかが知れていた。その上デスゲームという重圧がのしかかる中で、日々の疲れとストレスを癒すのが《食》であることに反論などあるはずもない。

 アインクラッドの食事事情は大まかに分けて三種類。携帯食料のような店売りの大量販売品を食すか、NPCが提供する料理を食すか、もしくはプレイヤーの取得する料理スキルを駆使して調理される料理を食すか。

 料理スキルの熟練度と食材アイテムの質にもよるが、NPC提供の料理とプレイヤー謹製の料理を比較すると圧倒的にプレイヤーメイドの料理のほうが美味だ。だからこそ料理スキルを取得したプレイヤーはどこに行っても歓迎されるし、食材アイテムの等級が上がれば上がるほど比例して市場価格は釣りあがる。それはこの世界で数少ない娯楽である食事、特に美食が如何に価値あるものかを端的に示していた。

 

 キリトが取り出した《ラグーラビットの肉》は最高級食材に分類されるレアもレアな一品だ。

 このレアアイテムをドロップするのはその名の通りラグーラビットという小型モンスターなのだが、このモンスター、まず出現率が非常に絞られていて滅多なことでは出会えない。その上索敵範囲が非常に広く、死角以外の方向から近づくと一瞬でワープして逃げ去ってしまう。巷で幻の食材アイテム扱いされてるのは伊達ではなかった。

 武器の届く範囲まで近づくのは至難のため、後は投擲武器に頼るしかないわけだがそれも問題がある。補助武器である投擲武器ではどう足掻いたところで微々たるダメージしか与えられない、そしてラグーラビットのライフは投擲武器一発では削りきれない嫌らしいHP設定がされていた。ダメージを受けた瞬間ラグーラビットはワープで逃げてしまうため、連続で射ることも不可能。残った手段は一射によるクリティカル判定を狙うしかなかった。

 そこまでしてようやく手に入る最高級食材。果たしてどんな料理が出来、どんな味がするのか。自然と喉を鳴らしてしまったあたしの名誉のために言っておくが、決してあたしは食いしん坊でもなければ意地汚くもない。幻の食材が目の前にあれば誰だって似たような反応をするはずだ。

 

「それでクエストに同行する依頼料と剣を打ってもらう手付け金くらいにはなるかな?」

 

 けれどキリトのやつは飄々とした顔をしていて、S級食材を手放すことには特になんとも思ってもいない様子だった。惜しいとか思わないのだろうか。

 

「お釣りがくるわよ。なにせ入手例が両手で足りる数だからね。オークションにでもかければかなりの額になるはずだけど……あんた、自分で食べてみようとか思わないわけ?」

 

 あたしならまず自分で食べることを考える。コルなら後で稼げるけど、ラグーラビットの肉は市場に滅多に出回らない。欲しいと思った時に自由に入手できるようなものではないのだ。

 

「残念ながら俺は料理スキルを取ってない。食ってみたい気もするけど、今は剣優先だしな。流石に安全より美食を優先するわけにもいかないだろ」

「そりゃそうだろうけど……。キリトならプレイヤーメイドの剣を打つ相場価格くらいすぐ稼げるんじゃないの? なんなら依頼料金は後払いにしてあげてもいいけど?」

「そこまで気を遣ってもらわなくてもいいよ。それに食いたくなったらまた狩ればいいだけのことだし」

「狩ればいいって、随分簡単に言うのねぇ。それが出来ないから幻扱いなんでしょうに」

「確かに見つけられなきゃどうしようもないけどな。俺の場合、ラグーラビット自体は確実に仕留められるから、見つけさえすればどうにかなる」

「へー、そうなんだ」

 

 って、ちょっと待った。こいつ、何か今とてつもなくすごいことをさらりと言わなかったか?

 

「ちょっと、ラグーラビットに攻略法があるとか初耳なんだけど。投剣スキルでクリティカル狙う以外に何か良い方法でもあるの?」

「あると言えばある。かと言って誰にでも出来るやり方じゃないというか、うん、そんな感じ」

「そんな感じって、あんたね。まあ、無理に聞いたりはしないけどさ」

「いや、そんな大層な理由があるわけじゃないんだけどな。……リズにならいいか。一応、口外無用ってことにしといてくれよ」

 

 溜息をこぼすあたしにキリトは少し困ったように笑っていたが、なにやら一人納得すると懐から小さな刃物を取り出した。あれは、スローイング・ダガー? いきなり何を始めるのかと思いきや、なぜかキリトは取り出したダガーをあたしに差し出してきた。それからシステムメニューを呼び出し、皮製の篭手をオブジェクト化して作業台の一つに置いてからあたしに振り返る。

 

「リズ、ちょっとそれ投げて篭手にぶつけてみてくれないか? その篭手はレアアイテムじゃないから遠慮せずに。おっと、今更だけど投剣スキルは取ってあるか?」

「一応ね。ゲーム開始初期の頃に取ってずっとお蔵入りしてたスキルだけど……。投剣スキルの使えなさ具合を知ってたら取らなかったわよ、絶対」

「それはご愁傷様。これはこれで使い道もあるんだけどな」

 

 苦笑するキリトにあたしは肩を竦めて応える。同意しづらい言葉だ。

 ゲーム開始からほどなく投剣スキルの情報は明かされ、あたしは遠距離から安全にモンスターを狩れるスキルなのかと喜び勇んでスキルポイントを費やし、投剣スキルを取得した。あたしと似たような理由で投剣スキルを取っていたプレイヤーも多いんじゃないだろうか。そしてあたしと同じく後悔したはずだ、使えないスキルだという意味で。スローイング系列の武器カテゴリーは攻撃力が低すぎてどうにもならない。

 あたしは普段スローイング系の補助武器は使わない。だから少しだけ狙いをつけるのに手間取ったけど、こんな近距離で、しかも動かない的なのだから外すはずもない。ソードスキル同様に投剣スキルもシステム補正が働いて命中しやすくしてくれるから楽なものだった。

 あたしの投じたダガーは狙いたがわずキリトの用意した的へと命中した。ダガーは刺突属性だからピックのように貫通して継続ダメージを与えることもない。防具の耐久値を削る赤色のライト・エフェクトが一瞬散りばめられ、ダガーは篭手の乗った台座を滑り落ちて乾いた音をたてた。

 

「で、これがどうかしたの? たいした反応もないけど」

 

 てっきりキリトの使う投擲武器に何か特殊な効果でも施されてるのかと思ったのだけど、受け取ったダガーを鑑定してみても、実際に攻撃判定を成功させてみても特に変わったことはない。

 

「防具の耐久値をチェックしたらスローイング・ダガーを渡してくれるか。次は俺が投げるから」

「耐久値って言っても、スローイング・ダガーで削れる数値なんて微々たるものじゃない。……はい、チェック完了。篭手のダメージは微々たるものだけど、ダガーの耐久値は限界ね。後一回使ったら壊れるわよ、これ」

「ダガーに関しちゃ安物の消耗品だから気にしなくていいよ。注目して欲しいのはあくまで防具の耐久値のほうな」

 

 防具の耐久値は最大からほんの少しだけ削られているだけ。まあそんなもんよね、と納得しながらキリトにダガーを手渡す。するとすぐにキリトはあたしから受け取ったスローイング・ダガーを発射した。キリトのそれは手首の返しのほんのちょっとした動作だけで素早く、かつ滑らかに射出するもので、その手馴れた様子からキリトが補助武装を普段から活用していることがありありとわかる。動作一つでここまで差が出るものなのなんだ。

 

「これで的を外しでもしたら大笑いするところだったんだけどね」

「悪いな、俺は極めてつまらない男だからリズの期待には応えられそうにない」

 

 そんな馬鹿なやりとりをしつつ、ダガーのダメージによって耐久値の削られる篭手の様子を見守る。現象そのものはあたしの時と同じ、強いて違いを挙げるなら耐久限界を超えたスローイング・ダガーが、床に落ちる前にポリゴン片を散らして消滅したことくらいか。

 でも、それだけのはずがない。それだけで終わるのならキリトがわざわざこんな真似をする必要はないのだから。そしてあたしはすぐにキリトの行動の意味を悟らされたのだった。

 

「ちょっと、なによこれ。……あたしが投げた時の倍以上耐久値が削れてる。投擲武器なんて誰が使っても変化なんてないはずなのに」

 

 ソードスキルや各種武器の熟練度とは違って、スローイング系の武装に対応する熟練度項目はあってないようなものだった。威力の増加が目に映る結果として出てこないのだ。ぶっちゃけ、投剣スキルの熟練度なんて上げるだけ無駄、というのが大半のプレイヤーの共通認識だろうと思う。

 投擲武器そのものの種類も、属性の違いはあれど攻撃力を増すような上位武器は存在しないはずだった。だからこそスローイング系の投擲武器は数少ない遠距離武装でありながら使用者が少ないのだ。せめて初期武器として配布されていたスモールソードの半分でも攻撃力が期待できればまだ話は別だったのだけれど、フレンジー・ボアにさえ通用しない貧弱さでは補助武装という肩書きすら危うかった。結局、モンスターを釣るための餌扱いにしかならない。

 

 そんな極小ダメージしか期待できない代物だから、キリトがやってみせたようにいくら他人の倍のダメージが出せようと通常モンスターやフロアボスを相手にするには全く意味がない。しかし、ラグーラビットのような特殊モンスター相手だとその微々たる差が無視できない差となるのだ。

 つまりキリトのスローイング・ダガーは常にクリティカルダメージ相当の威力を発揮できるということ。なるほどね、だからラグーラビットを見つけさえすれば確実に狩れるってわけか。とはいえ出現率自体がかなり低く設定されてるモンスターだから、この先出会えるかどうかまではわからないけど。

 

「武器そのものはあたしもキリトも同じものを使ったし、補助武装にレベル補正はかからない。つまり、何かしらのスキル効果ってことかしら」

「当たり。俺の持ってるスキルで《射撃》ってのがあってな。弓装備を可能にするスキルなんだけど、余禄でスローイング系のダメージと命中にも補正が入るんだ。そのおかげでクリティカルなしでもラグーラビットを狩れる」

「……どこから突っ込めばいいのかしら。そもそもアインクラッドには弓カテゴリーの武器なんて一つもないじゃない。何よその死にスキル」

「70層以降のどこかで手に入るんじゃないのか? 今のところ補正目当てでしか使えない微妙スキルだけど、多分エクストラスキルなんだろうな」

「そうでしょうね、情報屋にも出回ってないスキル情報でしょ、それ。公表する気ある?」

「弓カテゴリーの武器が発見されるまでは様子見かな。発現条件が不明だし、今のところフードファイター志望のプレイヤーにしか意味がない。俺は攻略優先スタイルを変える気はないから、《食材モンスターを狩ってきてくれ》みたいな変な依頼が持ち込まれても対処に困るし」

 

 そう愚痴って溜息をつくキリトだったが、あたしはそれどころじゃない。まさかそんな重要極まりない個人情報をぽろりと漏らされるとは思ってもみなかった。ここはあたしのホームでセキュリティも厳しい工房だというのに、思わず周囲に視線を巡らせて人の気配を探ってしまったくらいだ。 

 キリトの語ったスキルは確かに今のところ死にスキルも同然だろう。しかしこのまま攻略が進み、もしも弓カテゴリーの装備が出現したとき、現在まで積み上げられてきた戦術が一気に過去のものとなる可能性があった。遠距離攻撃が可能な武器にはそれだけの破壊力がある。

 恐らくはキリトの言った通りエクストラスキル、それも極めて出現条件の厳しいスキルの一つなのだとは思うけれど……もしもこのスキルの情報が発表されたら二刀流スキルを超える騒ぎになるかもしれない。まあ反響の大きさは実際に扱える弓カテゴリーの武器が発見されているかどうか、その武器とスキルが十分に攻撃力を秘めているかどうかにもよるだろうけど。

 

「……それをあたしに話してくれたのは何故かしら? あたし、キリトから無償の好意を受けるほど親しくなった覚えはないんだけど」

 

 自然と目つきがきつくなってしまった。

 いつかはアスナと同じようにキリトとも親友になれたらという希望がないわけではなかったが、今現在に限っては取らぬ狸のなんとやらというやつだろう。美味い話には裏を疑え。それがアインクラッドで生き抜く知恵でもあった。窃盗や詐欺が横行していた過去は未だ生々しくプレイヤーたちの記憶に残っている。

 けれど、そんなあたしの厳しい眼差しにキリトはひょいと気軽に肩を竦め、何でもない口調で続けたのだった。

 

「深い意味なんてないさ。強いて言えば俺に付き合って危険なクエストに同道してくれる礼と、アスナ曰くの無茶な注文に誠実に対応してくれたことへの感謝かな。後はアスナへの信用込みってとこ、リズがアスナの親友だって言うなら俺も無条件でリズのことを信じられる。それと、無償の好意を先に示してくれたのはリズだろ。だから俺はリズを信じてプライベート情報の一部を明かした、それだけのことだよ。不審に思ったのなら謝らせてもらうけど?」

「ううん、そんなことないわ。そこまで言ってもらえてとっても嬉しいし」

 

 やば、反則。そんなこと言われたら何もいえないじゃない。

 答える声もちょっと上擦っていたし、これ以上の言葉も出ない。もしかしたら今のあたしの状態は感極まるというやつなのかもしれない。柄でもないっての、もう。

 

「よっし! それじゃあ準備も終わったことだし行きましょうか!」

 

 慌てて強引な話題転換を図っちゃったけどいいや。まさか台詞一つで感激しちゃいましたなんて、恥ずかしくて身悶えしちゃいそうだ。それにキリトがあたしに向けてくれた信頼の大部分はアスナあってのものなんだし、まずは落ちつかないとね。

 意識を切り替える意味でも殊更明るい声を響かせて立ち上がった。見よ、客商売で鍛えた鉄壁のスマイル。乙女の武器だという涙は自由自在に操れなくても、日々の習慣と化した笑顔の大安売りは大得意なのだった。……いったい誰に自慢できるものなのやら。

 

「了解。モンスターは俺が引き受けるから、道中の案内役はよろしくな、リズ」

「まっかせなさい。攻略組でもトップクラスだっていうキリトの実力にも期待してるからね。それじゃ、しゅっぱーつ!」

 

 おーっ、と律儀に応えて握りこぶしまで掲げてくれたキリトにノリの良いやつ、と苦笑を浮かべた。

 やっぱり想像と全然違うなぁ。アスナが惚れたのはこっちのキリトなのかしらね。それともあたしの知らない黒の剣士の方? 噂自体が大部分嘘っぱちって可能性も少しだけあるかも。

 

 こっちの世界では男女交際なんてしないって決めて今まで男性を近寄らせてはこなかったけれど、キリトが相手なら二人きりでもクエストに同道できそうだ。アスナの大事な人認定しているせいか異性に対する警戒心が先立つことがないのも大きい。この分なら楽しい冒険になりそうね、と知らず笑み崩れてしまう。まさか出会ってすぐにここまで意気投合できる相手がいるとは思わなかった。

 心の中でアスナに、ちょっとだけキリトのやつ借りるわね、と謝ってから、まずは久しぶりにうきうきと高揚する胸の鼓動と、それから緩みそうになる表情を鎮める作業にとりかかることから始めようと思った。

 

 




 《投剣》スキル並びに投擲武器の弱体化、《射撃》スキルの補正効果は拙作独自のものです。
 《職人ギルド》が存在せず、職人クラスがギルド付とフリー職人に分かれているのは拙作独自の設定です。

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