インフィニット・オブ・ダークネス   作:nasigorenn

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これでこの物語も終わりです。
皆様、今まで読んでいただきありがとうございました。
そしてお気に入り数1300越えに驚愕し嬉しい限りです。
本当に皆様、ありがとうございました


第六十話 そして彼と彼女は……

 彼はふと目を覚ますと、そこには闇が広がっていた。

何も見えない暗闇の中、彼は自分の状態について思い出す。

自分は『あの最後の戦い』で死んだはずだと。

 

(ここは…………どこだ? 俺は死んだはず………)

 

そしてすぐにどこか見当がついた。

あれだけ非道の限りをしてきたのだ。自分が天国などに召されるわけがない。

ならば…そんな自分が行き着く先は地獄しか有り得ない。

 

(地獄というのは、ここまでに暗く静かなのか……)

 

彼はそんなことを考える。

聞いた話だと灼熱の地獄で鬼がいると仏教では伝えられているものだが、実際は違ったらしい。

そして、そんなことを考えてしまう自分に笑ってしまった。

まさかそんな下らないことを考えるとは、思わなかったからだ。

それもこれも、執念の行き着く先……復讐を果たしたからだろう。

今まで心の殆どを締めていた復讐心がなくなったため、そんなことを考える余裕が出来ていた。

成すべき事は成した。

故にもう心残りはない。強いて言えば、別れ際に告白されたことの返事を返せなかったのは少しばかり気がかりになる程度である。

だが、彼はもう死んだ身。今更気にしても仕方ないと割り切った。

今はただ、この何もない暗闇に身を任せてゆっくりとするのも良いだろう。時間は限りなくあるのだから………。

そう考えて目を瞑ろうとした彼だったが、急遽目を見開くことになった。

 

「あれ、やっと起きたんだ」

 

その声を彼は知っている。

彼が知っている中で、一番あくどいあの男の声。

その声を聞いた瞬間、彼は自分がいるところが地獄でないことを察する。

寧ろ地獄の方がどれだけ穏やかなことかと思ったくらいだ。

彼はその声がした方向に目を向けると、そこにはニタニタとした笑みを浮かべた長髪の男が立っていた。

 

「やぁ、久しぶり。目覚めはどうだい?」

「……………最悪だ…」

 

彼はその男にそう答えた。

せっかくゆっくり出来ると思ったのに、この男の所為で彼は自分の状況を改めて認識させられたのだ。

彼は身体を動かそうとしたが、激痛が走り即座に呻く。

それが彼の現状……生きているということを嫌でも理解させられた。

彼はその痛みに堪えつつ、その男へと聞く。

 

「………何で……生きているんだ……」

 

改めて声が出辛くしゃがれた声を出す自分に彼は驚いた。

気付けば喉がカラカラであり、身体が水分を欲している。

それを察して長髪の男がいつの間にかコップに注いだ水を渡してきた。

 

「取りあえずこれでも飲んで落ち着きなよ。喋るのもしんどいでしょ」

「……………」

 

彼はその提案を無言で受け、受け取った水を身体に浸透させるようにゆっくりと飲む。

染みこんできた水分によって身体が潤っていくのを感じながら、彼はその水を飲み干した。

そしてそれを終えるとコップを持ったまま長髪の男に再度聞く。

 

「何で……俺は生きているんだ? あの時、死んだはず……」

 

彼の質問を受けたその男は、何やら驚きと呆れ返りの混ざった笑顔で答えた。

 

「いや~、死んだと思ったんだけどね。どうやら君の身体は君が思っている以上に執念深いらしい。君の遺体を回収して研究所に持って行く際中、急に心臓が動き始めるんだからさ。しかもよく調べたら、胸に埋め込まれたコアの御蔭で心臓が潰れなかったようだ。流石に出血はまずかったけどね。それで急遽、君の治療をしたんだよ」

 

その後、その男から改めて自分の当時の状態を聞かされたが、聞いていた彼自身呆れ返るしかないほどにその状態は酷かった。

死んでいるのが当たり前だというのに、自分の身体はそれでも生きようとしていたのだから。

それに関して彼は戦いを始める前にある人物にしてもらった物が原因ではないか? と疑ったが、

 

「いや、あの人のアレは君の身体を治すためだけのものであってそんな機能はないよ。まさか本当に人外になっているとは思わなかったよ」

 

その男は面白い物を見るような目で彼にそう答えた。

彼は気付かぬ内に自分の身体が正常に戻っても戻りきっていないことに少々引く。

そしてまた、別の事に気付いた。

それは彼の右腕である。あの戦いで自分の右腕は使い物にならなくなるくらいボロボロになっていたのだ。それが綺麗さっぱりと治っているのは可笑しい。

 

「何で右腕が治ってるんだ? 腕は肩から千切れかけてたし、右手はハンドカノンの暴発で消し飛んだはずだが?」

 

その質問にその男は意地悪い笑みを浮かべた。

 

「君が運び込まれてから結構経ったからね。君の右手を細胞から培養して作り、元通りにくっつけるくらい何てことはないよ」

「………どれくらいあれから経った?」

 

明らかに異常なことに彼は驚かない。

彼が知る限り、その男の有している組織は人格は崩壊しているが腕は確かな天才揃いである。当然、自分の細胞から何までのデータもとってあるのだから、それくらい難なく行えるだろう。

 

「あれから三週間くらいかな。君の右手をくっつけるのに一週間は経ったけど」

 

その時間を聞いて彼は改めて呆れてしまう。

自分はあの戦いで満足して逝けると思ったのに、自分の身体はそれを良しとせずに生き残ろうとした。

その生き汚さに呆れるほかないだろう。

彼の考えていることにその男は気づいているのか、笑いながら改めて聞いてきた。

 

「さて、せっかく生き残ったんだからこれからどうしようか。僕としてはウチで専属の操縦者をしてほしいかな。君の胸のコアは砕けちゃったけど、君の御蔭でもう擬似コアは完成したからね。気兼ねなくISに乗れるよ。何なら、IS学園にだって通えるけど、君はどうしたい?」

 

その男の問いかけに彼はクスリと笑う。

その笑みには自虐の念が込められていた。

 

「あまりイジワルなことは聞くな。今更どの面下げてあの学園に行けというんだ? あの戦いでもう、『俺』は死んだんだ。死人が生者の前に出しゃばっていいわけがない。それにな……普通の身体に戻ったんだ。そんな痛いのはもう御免だ」

「ま、それもそうだね」

 

彼の答えに男は笑う。

それはその男自身が望んでいた答えらしい。

 

「なら、どうする。僕としては、せっかく身を粉にして働いてくれた大切な友人だ。君の御蔭で僕達の悲願は叶ったんだから、その立役者である君の願いは何だって叶えたいと思っているよ。何か願いはないかい? あるんだったら、それを僕は全力で助けよう」

 

その男の提案に彼は少し考え込む。

いきなりそんな事を言われれば誰だって考え込むものだろう。

そして今までの願いがたった一つしかなかった彼は、その提案にどう答えようかと真剣に悩んだ。

そうして悩むこと数分。

彼はとあるものを思いついた。

それはまだ小さい頃にあった夢。無邪気だったころに思い描いた将来。

それをお願いしてみるのはどうだろうかと。

せっかく元の身体に戻った今なら、それを叶えることも出来るかもしれない。

 

「だったら、俺は…………なってみたい」

 

その願いを聞いた男は………その場で爆笑した。

それはもう可笑しいとばかりに笑い、笑われた彼は自分の頬が熱くなっていくのを感じた。

 

「あっはっはっはっはっはっ!! いや、真逆君からそんな願いが出るなんて思いもしなかったよ! 実に可愛らしいことじゃないか」

「あまり笑うな……」

 

恥ずかしさを紛らわせるように殺気を込めてその男を彼は睨むが、男はその殺気をそよ風のように受け流す。

そして一頻り笑ったら笑うのを止めて彼に話しかけた。

 

「わかった。そんなささやかなことでいいなんて思わなかったけどね。是非とも協力させてもらうよ、君の夢に。他に何かあるかい?」

 

そう聞いてきた男に、彼は改めて答える。

 

「だったら……新しい名前と戸籍を用意してくれ。さっきも言ったが、『俺』はもう死んだからな。死人は出歩くわけにはいかない」

「ああ、分かったよ。そうだな~……それじゃあ名前は僕が決めよう」

 

いきなりそう言われた彼は少し驚き、そして男に聞く。

 

「随分と急だな。真逆変な名前を付けるつもりじゃないだろうな?」

「いやいや、そんな事ないよ。実は君が学園に本名で行かなかった場合を考えて用意しておいた名前があるんだよ。結局使わなかったからお蔵入りだったけどね」

「どんな名前なんだ?」

「それはね……………………」

 

彼は男からその名を聞いて、やっと……笑った。

 

 

 

『拝啓  織斑 一夏様。

 

冬もますます厳しくなり、寒さで凍える毎日となっております。そちらは如何でしょうか? 出来れば天国でゆっくりと過ごしていることを願います。貴方は誰よりも頑張っていましたから、ここいらで羽をゆっくりと伸ばして休んで下さい。

 

貴方がいなくなってから、早三ヶ月の時間が経ちました。

貴方がいなくなっても世の中は全く変わらずに進んでしまいます。それが私は少し悲しいです。まるで貴方がいたことが嘘であるかのように感じてしまって。

あの後の近況を方向させていただきますね。

あの後、私は姉さん…ううん、お姉ちゃんと仲直りをしました。

私が気にしているように、お姉ちゃんもずっと気にしていたみたいで、泣きながら謝ってました。お互いに似たもの同士なんだなぁ、って改めて思ってたら、私も泣いちゃって、気がつけばどちらが謝っているのか分からない始末です。でも、御蔭で今ではわだかまりなく、お姉ちゃんと仲良くしています。ただ、それでタガが外れたのか、過保護になってしまうお姉ちゃんにはちょっとタジタジですけどね。

でも、だからってお姉ちゃんに挑戦することは変わっていません。仲直りしたからって、お姉ちゃんが目標であることはかわらないから。貴方のように、自分の信念を貫いてお姉ちゃんに勝とうと日々頑張っています。

あまり長話も何ですから、今回の報告はこれで以上です。

次回もまた、すぐにご報告に上がりますので、それを楽しみにしていただければ幸いです。

 

                            敬具

 

 

追記

 

私は今でも貴方のことを想っていますので、返事を聞けなかったことには少しばかり怒っております。出来ればその事を後悔してもらえると有り難いです   

                      

                              更識 簪より  』

 

 

「簪ちゃんもよく一週間に一回報告にくるわよね~」

 

そう少し呆れながらも笑うのは、水色の髪をしてプロポーション抜群の美しい少女……IS学園生徒会長の更識 楯無である。

彼女にそう言われた少女は頬を恥ずかしさで赤らめながら楯無に答える。

 

「だってお姉ちゃん……一夏に会いたいんだもん」

 

少し悲しそうな笑顔を浮かべつつも恥じらい答えるのは、更識 簪。

楯無の妹であり、復讐人であった『織斑 一夏』が唯一心を開いていた少女である。

簪はそう楯無に答えると、手に持っていた手紙を目の前の墓に添える。

御影石で作られた美しい日本式の墓石。その墓標に刻まれたのは『織斑家』という文字。

織斑 一夏の姉である織斑 千冬が買った彼のための墓である。

と言っても、この墓には一つも遺骨は入っていない。

遺体は彼が属していた組織に引き取られ、返却されることはなかった。

そのことで幾度となく抗議したが、それを聞き留めてもらえることはなかったのだ。

そのため、彼の遺骨は入っていない。

しかし、簪にとってはここが彼の墓であった。

現在、簪達がいるのはIS学園から離れた郊外にある墓場。その中でも見通しが良い丘の上に作られたのが彼の墓。

簪は一週間に一回、必ずと言っていいくらいにこの墓に墓参りをする。

その際に、自分の近況を手紙に書いて報告し、墓に添えるようにしていた。

簪にとって、それは一夏との思い出を大切にすると同時に、一夏への抗議でもある。

一夏は告白しても答えを言わないで消えてしまったのだから、告白した側としては文句の一つでも言いたいところである。

 

(私は私で頑張ってるから。一夏みたいに頑張ってるからね。だから一夏。ゆっくりと休んで……)

 

墓の前でそう願う簪のことを楯無は姉として優しく見守る。

この墓参りが簪の傷を癒すのに必要だと分かっているから。

そして思う。

 

(簪ちゃんの心にここまで入って来て、それでさっさと消えちゃうんだから。本当に妬ましいわよ、織斑君! 覚えてなさい!)

 

そう楯無は今はこの世にいないであろう一夏に毒づくのであった。

 

 

 

 そしてしばらく二人は墓で話し合った後、これからどうするか話し合う。

今日は休日であり、時間は丁度お昼頃。そして二人のお腹が丁度同時に空腹を訴えた。

互いに鳴った腹の可愛らしい音に赤面しつつ、昼食を取りに行こうと提案する楯無。

その提案を受け、簪はあることを思い出した。

 

「あっ!? そう言えばこの辺の近くに美味しいラーメンの屋台があるってクラスの人達が噂してたよ」

「ラーメン? そう言えば聞いたことはあるけど実際に食べたことはないわね?」

 

楯無と簪は対暗部用暗部の家柄にして名家である『更識』のお嬢様である。

故にそう言った『俗な食べ物』を口にすることが今までなかった。

しかし、興味は二人ともあり、それを聞いて即座に昼食をその屋台で取ることにした。

 

「簪ちゃん、そのラーメン屋さんってどんな感じなの?」

 

その屋台があると噂されている所に二人で移動している際、楯無が聞いてきた。

そのことに簪は噂を聞いた程度ながらに答えた。

 

「ええっとね。何でも二ヶ月前くらいに始めたらしいんだけど、これが凄く美味しいんだって。それで今じゃ学園でも結構噂になってるんだ」

「そうなんだ。ちょっと楽しみね」

「うん!」

 

初めて食べるラーメンに二人とも胸を弾ませながら歩いていると、その屋台らしきものを見つけた。

見た感じは木製の屋台で、少し前に作られたらしく真新しさを感じさせる。

だが、その屋台から流れてくる良い香りは、二人の食欲を刺激していく。

お昼が始まったばかりの所為なのか、お客さんは入っていないようだ。

屋台の名前は……

 

『天河ラーメン』

 

と書いてあった。

たぶん店主の名前を使っているのだろう。

二人はその如何にもなラーメン屋に期待を膨らませながらのれんを潜った。

 

「すみませ~ん、営業してますか」

 

楯無の明るい声に店主であろう人が声を出す。

 

「あ、今丁度営業開始です!」

 

簪はそんな勢いの良い声を聞いて、目の前にいる店主が思った以上に若い人だと認識した。

そして店主は振り返り、満面の笑みを浮かべて二人に挨拶をした。

 

「いらっしゃいませ、お客様! ようこそ、天河(てんかわ)ラーメンへ……え?」

 

そして店主は挨拶をしながらその顔を固めた。

その顔を見た簪と楯無もあまりの衝撃で固まってしまった。

何故なら、その人物は本来いるのが可笑しいから。

他人のそら似かもしれない。簪の知っている人物はそんな威勢の良い声は出さないし、こんな綺麗な笑顔なんて浮かべない。

だが、その店主は簪の顔を見て固まっていた。つまり簪のことを知っている。

そんな人物など、一人しかいない。

そして簪は顔を真っ赤にして、腹の底から大声で叫んだ。

 

「あぁあああああああああああああああああああああああ! 一夏ぁあああああああああああああああああああああああああっ!!!!」

 

 

 

 この後、この店の店主、『天河 明人(てんかわ あきと)』と名乗っている織斑 一夏だった彼と簪達は一騒動起こすわけだが、それはまた別の話である。

ただ言えるのは、その騒動の際に簪が喜びで涙を流しながら騒いでいるということであった。

 

 

 

 

 


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