インフィニット・オブ・ダークネス   作:nasigorenn

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これでやっと一夏の復讐は終わりを告げます。


第五十九話 彼の復讐の終わり

 全てが白銀で覆われた世界…北極。

今、そこでは一つの復讐劇の幕が下りようとしていた。

向かい合う黒と紅。

両者の間にあるのは殺意のみ。

一人は憎悪に身を焦がし、もう一人は愉悦に狂喜の笑みを浮かべる。

この場にいるのは、既に人ではない。

一人の復讐鬼と一人だけになった修羅。

彼等の足下には、燃え散る骸が6つ。

顔は見えないが、その者達の顔は恐怖に歪んでいた。

それらの者達を骸に変えた黒は最早死に体。

身体には3本の錫杖が突き刺さっており、その身体はひび割れていた。

対して紅は軽傷。

左腕がひび割れ、右足からは火花と黒煙を上げるのみ。

しかし、そんな状態であっても両者の気迫は衰える様子を見せない。

それまで両者は只佇み、何かを待っていた。

そしてどこからか風が吹くと共に、両者とも同時に動いた。

 

「ぬぅあぁあああああああああああああああああああぁぁああああぁああああ!!」

「ッ………………………………!」

 

互いに向かって突進する黒と紅。

高速で互い違いにすれ違うと、黒…ブラックサレナは即座に反転してハンドカノンを両手に展開。そのまま紅…夜天光に向かって砲撃を浴びせる。

それに対し夜天光も同時に反転し、ミサイルをブラックサレナに向かって発射した。

どちらの攻撃も牽制なし、相手を殺すことだけを考え放たれた攻撃。

両者は2機を挟んだ中間で激突し、爆炎を燃え上がらせる。

その爆炎をかき分け、両者は再び激突した。

 

「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

北辰が気迫の籠もった叫びを上げながら錫杖を前に出してブラックサレナを串刺しにしようと突撃する。

ブラックサレナはそれを真っ正面から迎え撃とうと体当たりを仕掛けた。

両者のディストーションフィールドが激突し唸りを上げる。

そのまま両者とも弾かれると、互いにすぐに体勢を立て直し再び敵に向かって攻撃を仕掛けていく。

 

「あっはっはっはっはっ!! 愉快、実に愉快だぞ、復讐人!」

 

北辰が外部音声で笑い声を上げる。

その実に愉快そうな笑いに、一夏はさらに憎悪を燃やす。

 

「………黙れっ!!」

 

そう叫ぶと片方のハンドカノンを収納し、大型レールカノンを展開。

夜天光へと明確な殺意を込めて発砲する。

発射された砲弾は高速で夜天光へと襲い掛かるが、夜天光はその砲弾を手に持っていた錫杖で叩き落とした。

 

「いやはや、まだ甘い」

「…チッ…」

 

今度は夜天光がミサイルを放ちながらブラックサレナへと錫杖を構え仕掛ける。

 

「しゃぁあああああああああああああああああああああああああ!!」

 

ブラックサレナはその突進を避けようとハンドカノンと大型レールカノンを乱射する。

発射されたミサイルが破壊され爆発していく。

しかし、ハンドカノンはディストーションフィールドで逸らされレールカノンは連射が効かないため回避されてしまう。

 

「ぬぅんっ!!」

「ぐぅっ!」

 

ブラックサレナの懐まで接近した夜天光は錫杖を振るう。

その攻撃にブラックサレナは咄嗟に大型レールカノンを盾にすることで防ぐ。

だが、ディストーションフィールドを纏った錫杖の威力は凄まじく、錫杖はそのままレールカノンを破壊し、ディストーションフィールドを強引に破ってブラックサレナの装甲へ激突した。

その途端に砕ける装甲。絶対防御が作動しても尚、その猛威は留まることを知らずに一夏の身体を切り裂いた。

自身の左肩から右脇下へと錫杖が肉を切り裂いていくのを一夏はブラックサレナを通じて感じる。

幸いと言うべきか、内臓までは到達していないために戦闘にそこまでの支障はない。

ブラックサレナが生体応急措置プログラムを作動させようとするが、一夏はそれよりも先に残った右手のハンドカノンを夜天光の身体に叩き付けると共に零距離射撃を敢行した。

ハンドカノン自体の威力では夜天光の装甲は破れない。

だが、暴発覚悟で零距離で連射すればその限りではない。

即座に夜天光とブラックサレナの間で爆発が起こり、両者は離れる。

 

「ぐぅ……くくく…くっはっはっはっはっ! まさかそう来るとわなぁ。御蔭で此方の腹が持って行かれた」

 

夜天光の腹部の装甲が砕け散り、そこから血があふれ出ていた。

対してブラックサレナは右手が綺麗になくなっている。

ハンドカノンを零距離で暴発させたため、右手がハンドカノンごと消し飛んだのだ。

既に致命傷だが、痛覚のない一夏は特に何かを感じる事もなくそのまま夜天光を見据える。

現在の状況は矢張り一夏の不利である。

北辰の損傷は左腕の装甲と右足、それと腹部。腹部の出血していた具合を察するに内臓までいっている致命傷だが、ISは生命維持装置があるのでまだ持つだろう。右足の損傷により機動力が下がっているのは僥倖だが、依然その戦闘力は変わらない。

対して此方はかなりの損傷である。

右手の喪失により武器を左手でしか使えない。加えて機体と肉体の損傷も激しい。

特に機体の損傷は酷く、いつ壊れるか分からない状態であり肉体は出血多量による体力の低下が挙げられる。

それらの状況を考えつつも、一夏は口元をつり上げ笑った。

 

(だから何なんだ!!)

 

この身は復讐のためだけに生きている。

ならば、今更身体がどうなろうと知ったことではない。

仇が目の前にいて、こうして戦っている。

仇を殺せれば他は何もいらない。元からそれ以外考えていないのだから、状況が不利だろうが行うことは変わらない。

故に一夏は気にせずに戦いに集中する。

既に此方の攻撃に使える武器は少なく、ハンドカノンでは夜天光の装甲を貫くにはきつい。大型レールカノンがなくなった以上、遠距離戦は不可能と判断する。

イミディエットナイフが1本あるが、この状況ではあまり役に立ちそうにない。

そこで一夏が選択出来る武器は一つだけである。

残った左手に一夏はこの現状で一番有用である武装『フィールドランス』を呼び出した。

そして左手一本でフィールドランスを構える。

 

「来るかっ!」

 

フィールドランスを片手に構えながら突っ込んで来るブラックサレナに対し、北辰は笑みを深めながら錫杖を構えブラックサレナへと突き進む。

 

「がぁあああああああああああああああぁああぁあああああああああああああああ!!」

 

咆吼を上げながら錫杖で斬り掛かる夜天光にブラックサレナは左手のフィールドランスで斬り掛かる。

フィールドランスと錫杖が激突し合い、纏わせたフィールドが悲鳴を上げる。

お互いに力の限り武器に力を込めて押し合い、肉体が軋みを上げる。

そのまま両者とも弾かれるように離れると、何合も同じように激突し合った。

夜天光はそれにミサイルによる牽制を混ぜた攻撃を行いブラックサレナを爆破し、ブラックサレナは体当たりを混ぜた攻撃で夜天光を撥ねようとする。

夜天光はその神速の体当たりを完璧に躱しきることは出来ずかすり、その衝撃だけでもダメージを負っていく。

互いに斬撃を交えた応酬は互いの機体・肉体の両方をボロボロに酷使していく。

ブラックサレナは装甲の彼方此方が切り裂かれ罅が入っていないところがないくらいに壊れていた。装甲の漆黒も今では煤けた黒色に変色してしまっている。

対して夜天光も負けてはいない。

此方も装甲の彼方此方が切り裂かれ罅が入りミサイルの射出口が潰されている。

 

「くっはっはっは! やはり我が思った通りだ。貴様は我を凌駕しうるやもしれんと思っていたが

……もはやそれ以上とはな」

 

北辰は狂喜しながら一夏に話しかける。

その様子は邪悪な無邪気さを感じさせていた。

一夏はそれに何も答えず、返答の代わりに夜天光へ襲い掛かる。

その様子に満足したのか、北辰は笑うのを止めると叫んだ。

 

「だが、負ける気は毛頭ないッ!!」

 

向かってくるブラックサレナに対して、錫杖を鳴らした。

その瞬間に目が見えなくなるほどの閃光が辺りを照らし、ブラックサレナは急に停止した。

それは夜天光の持つ特殊なジャミング。

そして停止したブラックサレナに向かって夜天光が容赦なく錫杖で斬り掛かった。

 

「これで終わりだ、復讐人よ」

「………させるかっ!!」

 

錫杖が当たる一歩手前でブラックサレナは復帰すると、そのまま機体を回転させテールバインダーを錫杖に向かって振った。

 

「何っ!? ぐぉっ!!」

 

ブラックサレナに振るわれた錫杖はテールバインダーに絡め取られ、そのまま夜天光の右手共々引っ張る。

 

「そこだっ!」

 

その隙を突いてブラックサレナ伸びている右腕にフィールドランスを一閃。

夜天光の右腕の肩から先が斬り飛ばされた。

それを終えると共にフィールドランスも役目を終えたと言わんばかりにへし折れて砕けた。

そして両者とも力なく地面へと距離を開けながら降りていく。

既に互いに満身創痍。

使える武器は互いに残っていない。あるのは残った左腕のみ。

互いに静かに降り立ち、また佇む。

 

「よくぞここまで……人の執念、見せてもらった」

 

北辰が一夏に向かってそう言った。

そこにあるのはただの感想。しかし、確かに北辰の求めていた答えがあったのかもしれない。

その言葉に対し、一夏は静かに、しかし憎悪の炎を滾らせて答えた。

 

「……勝負だ」

 

そして互いに構える。

夜天光は残った左手を握り構えるとディストーションフィールドを纏わせる。

もう既にフィールドジェネレーターも稼働限界を過ぎていて、この一撃から先はフィールドを使うことが出来なくなる。

対してブラックサレナも同じ状態であり、フィールドを張る力はもう残されていない。

そしてブラックサレナはハンドカノンを呼び出し構えた。

 

「抜き打ちか………笑止!」

 

ブラックサレナの様子を見て北辰はそう言うと、ほぼ同じタイミングで互いに動いた。

互いに最後の一撃を繰り出そうと、最高速度を出して突進する。

既に崩壊しかけの機体。スラスターが爆発を起こし互いの機体が揺れるが、構わずにそのまま突き進み、互いに最後の一撃を放った。

先に当たった方が勝者という状況。

先に攻撃を当てたのは……………

 

夜天光だ。

 

そのまま振り抜いた左拳がブラックサレナの胸へと突き刺さる。

装甲が砕け散り、深々と突き刺さった胸からは血が溢れ出す。絶対防御が作動しない程に、もう互いの機体のエネルギーはない。

夜天光の拳を受けた一夏は自分の胸部が貫かれた感触と何かが砕けた感触を感じながら口から血を吐き出す。既に口内は溢れ出した血で呼吸することも出来ない。

確実な致命傷にもう死んでいても可笑しくない。

だが…………その目は死んでいない。

 

「ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!」

 

声にならない叫びを吐血と共に吐き出しながら、ブラックサレナはハンドカノンを投げ捨て、左拳を握る。拳にナックルガードが下り、最後の一撃に取っておいたディストーションフィールドを纏わせると夜天光の胸部に渾身の力を込めて叩き込んだ。

叩き込まれた拳は夜天光の胸部装甲を砕き潰し、深々と突き刺さった。

そしてその手から北辰の心臓を潰した感触を確かに一夏へと伝えた。

その感触に一夏は吐血しながらもニヤリと笑う。

 

「ごふっ……見事だ……」

 

夜天光の中で北辰が吐血しながら静かにそう告げると、夜天光は全ての力を失ったようにその場で倒れ込み膝立ちになる。既にもう中から生体反応はなくなっていた。

それと共にブラックサレナのパッケージは全て砕け散り、血まみれのエステバリスが姿を現した。そしてそのまま白い地面へと力なく倒れる。

身体から力が抜けていく感覚を感じながらも、一夏の顔は笑っていた。

エステバリスからは既に生命維持の危険域に突入している警告が発せられている。と言うよりももう持たなくなっていた。

だが、一夏には気にならない。

 ただ今は、全てを終えたことに満足していた。

そんな一夏に向かって、近くに特殊なヘリが着陸する。

そして中からは、コートを着込んだアカツキ達と、同じくコートを着た簪達が降りてきた。

一夏はそのことに気づきはしたが、驚かない。寧ろ驚く程の体力も残されていなかった。

一夏の惨状を見て目をそらしてしまう箒、鈴、楯無。千冬はあまりの光景に泣くことも出来なくなっていた。

9人が一夏の方に歩いて行くと、エステバリスの頭部装甲が砕け散り、中から一夏の顔が出てきた。特徴的な黒いバイザーも粉々に砕けている。

既に力を失った瞳がその9人を捕らえる。

アカツキ達は一夏の顔を見て、何とも言えない顔をしていたが、その表情に込められた意味を一夏は理解していた。

 

(成すべきことは成せたようだね)

 

その思いを感じ、一夏はアカツキの目を見た。

それを見てアカツキは満足そうに頷いた。ツキオミも同様である。

そんな風にネルガルの人間は頷くが、簪はそうではない。

今にも死にそうな一夏に簪は泣きながら駆け寄る。

 

「織斑君! 織斑君ッ!!」

 

簪はそのまま一夏の顔を抱きかかえると、泣きながら叫ぶ。

 

「死んじゃ嫌だよ、織斑君!! 死なないでっ!!」

 

そう叫ばずにはいられない簪だが、簪にだって既に理解していた。

もう一夏は助からないと。

戦闘の一部始終を全部見ていたのだから、一夏がどんな状況か分かってしまう。

常人ならとっくに死んでいるのである。そんな状態で未だに意識を留めている方が奇蹟としか言いようがない。

 

「………さ、更識……か……」

 

一夏は翳み始めた目で簪を見ながら声を出した。

ここに来て束に注入されたナノマシンが効き始めてきたのだ。御蔭で少しづつだが、五感が戻りつつあった。そんな状態のため、声は途切れ、尚一夏が死へと近づいていることを実感させる。

簪はそんな状態の一夏を泣きながら優しく抱きしめ、伝えたいことを口にする。

 

「ま、まだ織斑君に教えて貰いたいこと一杯あるんだよ。射撃戦の効率の良い戦い方とか」

 

そう言いながらも内心で違うと葛藤する。

言いたいことはそういうことじゃないと。

 

「それに、まだ姉さんに勝ててないよ。織斑君に戦うところを見て貰いたいの。だから……」

 

何故こんな事ばかり言ってしまうのかと簪は自分に苛立つ。

今にも消えそうな一夏に向かって言いたいことはそんなことではないのに、それを言う決心が上手く出来ない。言ってしまったら、本当に消えてしまいそうで……。

そんな簪を見て、一夏は…………

 

笑った。

 

そこにあるのは、今までの復讐人の顔ではない。

織斑 一夏の本当の笑顔。

復讐を終えて、やっと全てを終えた一夏の笑顔がそこにはあった。

 

「……更識……唯一の姉妹……なんだ……仲違いしても……仲良くしないと……な………」

 

途切れそうな声で一夏が言ったのは、簪達姉妹への心配だった。

そこには自分が千冬と別れてしまったことへの懺悔のような気持ちが含まれていた。

とても死にゆく人間の答えることではない。

だが、それでも一夏は今にも死にそうな自分よりも簪のことを心配した。

その心に簪はさらに涙を溢れさせてしまう。

自分の事よりも他の人のことを。その優しさこそが、本当の一夏の心だと知っていたから。

そして簪の感情は溢れ出す。

 

「うん、分かったから! お姉ちゃんとこれからはもっと仲良くするから! だから……」

 

そう言いながら笑顔の一夏を見て、簪は叫ぶ。

 

「死んじゃいやだよ、『一夏』!! 私、まだ一夏が好きだって言ってないのに、死んじゃいやだよ! 私、一夏のこと好きなんだよ! これからもずっと一緒に一夏といたい!! だから……死なないで!!」

 

死に際の異性からの告白を聞いて、一夏は簪を見て微笑んだ。

段々と感じていく痛み。だが、今ではそれすらも嬉しい。

人に戻ってきているとわかるから。

 

「……まさか……こんな可愛い女の子に……告白されるなんてな………案外悪くない人生だったな……」

「一夏っ!」

 

簪の告白にそう返した一夏に、簪は更に泣いてしまう。

返事を答えて貰う必要はない。

伝えたいことは本当に伝えた。

そしてもう、一夏の命の炎が消えそうになっていることにも気付いていた。

一夏は幸せそうな笑みを浮かべて、簪に言った。

 

「……更識……ありがとう……」

 

そう告げると共に、静かに目を瞑った。

そして………その場で一夏の炎は消えた。憎悪の炎と共に。

 

「っっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!」

 

白銀の世界に、簪の声にならない叫びが響き、涙が『一夏だった』物の頬を濡らしていく。

 

 

 

 こうして、約3年近くにも及んだとある復讐人の復讐は終わりを告げた。

復讐を終えた彼のその顔は安らかな笑顔だったと言う。

尚、その後彼の身柄はネルガルへと回収されることになったが、それを肉親である織斑 千冬は止めることが出来なかった。

 こうして…………織斑 一夏はこの世から消えた。

 

 

 




尚、まだお話は続きますからね。
これで終わりじゃないですよ!!

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