頑張れ、簪ちゃん!!
一夏が最後の戦いを始めた頃、アカツキ達は特殊な大型ヘリを使って北極へと向かっていた。
機内はとても広く、15~16人は乗り込めるんじゃないかと思われるほどに広い。
そんな広い機内では、簪達IS学園から来た6人と、愉快そうに笑うアカツキ、同じく不敵に笑うツキオミ、そしてアカツキの秘書にしてお目付役であるエリナの計9人が座っていた。
その中で簪はと言うと、表情にはあまり出さないようにしていたが、その焦りがにじみ出ていた。
一夏にすぐにでも会いたい。
その想いだけが高まっていく。
それを察してか、アカツキは簪ににこやかに笑いかけた。
「更識 簪さん、まぁ落ち着きなさいな。別に一夏君は逃げはしないよ」
「っ~~~~~!?」
自分の現在の心境をアカツキに察せられてしまい、簪は恥ずかしさから顔を赤く染めてしまう。
しかし、それとは別に一夏を気にしている面々はアカツキに現在の状況を聞いてきた。
「それで……現在の一夏の状況は一体どうなっているんだ」
基本見ず知らずの大人にそこまで堂々と話しかけることが出来ない箒達に変わり、千冬が皆を代表して聞く。
聞かれたアカツキは笑顔でそれに応じる。
「そうだね~。今一夏君は……丁度戦ってるみたいだね。へぇ~、ウリバタケさんが作ったアレを使ったのか。良く出来るなぁ、そんなこと。僕なら怖くてまず出来ないよ。初撃で2機も潰せたのは実にいいことだ。出来れば後一機は仕留めたかったかな」
まるで少しラッキーであることを喜ぶかのように言うアカツキに、千冬は若干の苛立ちを感じてしまう。気になっているのは一夏の状態であって戦況ではないのだ。
それを察したかのようにエリナが千冬に謝ってきた。
「すみません、織斑様。会長はどうもこういうことには疎くて」
「いえ、別に」
エリナの真面目な謝罪を受けて少し戸惑いながらも千冬は応じた。
あのアカツキには勿体ないくらいの真面目さにそれまで感じていた苛立ちが少しだけ収まる。
そしてエリナはアカツキに変わって皆に見えるようホロウィンドウを展開した。
「これが現在の彼の状況です」
エリナの声と共に展開されたホロウィンドウを千冬達は見て、そこに映る光景に絶句した。
「なっ!? これは!!」
「何だ、これは!? 5機と戦っているのか」
「何よ、あの動き!? 私じゃ絶対に出来ないわよ」
「凄い連携!? こんな相手に織斑君は戦ってるの」
「何なの、このIS!? こんなの今まで見たことない!」
「織斑君っ!?」
6人がそれぞれその映像に驚愕の表情を浮かべる。
今までに見たことがない全身装甲のIS。それが代表候補生……いや、国家代表でも出来ないような機動でブラックサレナへと襲い掛かっていく。
赤い一機を覗いた4機から繰り出される連携に熟練度が高いことが窺えておりその猛攻に苦戦を強いられるブラックサレナを6人は初めて見た。
5機の連携に苦戦を強いられつつも、それらに引けをを取らない機動で戦い続けるブラックサレナ。
しかし、数の差には勝てないのか、段々と押されつつあった。
千冬はこの映像を見ながらアカツキに問いかける。
「これは……」
その声が何を聞きたいのかを察したアカツキは皆に聞こえるように答えた。
「これが一夏君の一番の復讐相手だよ。正確には2年前に一夏君を拉致った実行犯だけどね」
それを聞いた千冬と鈴に衝撃が走った。
一夏が誘拐されたことを知っているのはこの二人だけである。
それまで分からなかった犯人達をこうして見ることになるとは思っていなかっただけに、その衝撃は大きかった。
それまでそんなことがあったとは知らなかった箒、デュノア、簪もショックを受けた。
楯無はアカツキの言った2年前という話から現在までの空白の時間が埋まっていくのを感じた。
そして簪はあることに気付く。
今戦っているのは一夏の本願である復讐相手。
そして簪はその相手を一回だけ間近で見たことがあった。
忘れようにも忘れられない、左右非対称の目。爬虫類を彷彿させる『あの男』を。
それを思い出し、噴き出す恐怖に身体を震わせながらも簪はアカツキに聞く。
「あ、あの……アカツキさん……もしかして、あの赤い機体は……」
「ああ、そう言えば君は一回直にあったことがあったけ。そう、君の予想している通りの人物だよ」
「っ!?」
予想していたとは言え、あの男……北辰を思い出した簪は息を詰まらせた。
簪にとって、北辰は2重の意味で恐怖の対象である。
まず、普通に怖いということ。人を害するのに一切躊躇せずに平然と行うその神経、生理的嫌悪を抱かせるあの男に簪でなくとも恐怖しただろう。
そして……一夏を変化させるということの恐怖である。
簪にとって、一夏は無表情で何を考えているかイマイチ分からない人だった。しかし、その内には確かに優しさが眠っていた。あの男と会うまで、簪は一夏からその優しさを感じていたからこそ、好きになった。だが、北辰とあった瞬間、一夏からその優しさは消え、代わりどころではすまない量の憎悪が一夏を満たした。そんな一夏が、簪は怖かった。憎悪に染まった一夏が怖いのではない。そんな風に一夏を変えてしまう北辰が簪は怖かった。
故に二重の意味で恐怖する。
顔を真っ青に染めている簪を見て楯無は簪を抱きしめる。
そして少しでも震えを押さえようと優しく微笑みつつも、アカツキにきつめの声で問いかけた。
「簪ちゃんがここまで怖がるなんて………一体どんな奴よ、そいつ」
楯無に聞かれたアカツキはすぐに答えようとするも、エリナに睨まれて苦笑した。
このままいけばアカツキがいらぬ情報まで口にするかもしれないと危惧したからである。
だが、自分がどうきつく言おうとこの上司がすぐに話してしまうことを分かってしまうエリナは深い溜息を吐く。
それを受けてアカツキはさわやかに笑顔を浮かべて装置を操作し別のホロウィンドウを立ち上げた。
そのウィンドウに映る人物を見て、千冬達はまた驚く。
何故か……それはその人物が『男』だからである。
その様子を見て面白そうに笑いながらアカツキは話し始めた。
「この男は亡国機業の一部隊を率いている『北辰』という男だよ。亡国機業の作戦実行犯であり、一夏君を拉致したのはこいつさ」
「な、男だと!? 一夏以外にも操縦出来る者がいたというのか!」
皆を代弁するかのように千冬がそう口にする。
それを聞いたアカツキは補足のために説明をする。
「それについては少し誤解があるかな。別に一夏君じゃなくても男はISを動かせるよ」
「なっ、それってどういうことよ!?」
それまで静かにしていた鈴がアカツキに食い付いた。
今の世において、ISは女性しか使えない。男で使えるのは今の所一夏しかいないというのが現状であり、一夏が動かせる理由は判明していない。そのはずである。
それがまさか、男でも動かせて誰でもと言われば、流石に驚かずにはいられないだろう。
何せ今まであった常識が根底から覆るのだから。
鈴の声を聞いてアカツキは笑みを深めながら語り始めた。
「実はね……男でもISを使う方法があったんだよ。ただ、それは普通ではいかない非人道的なものでね。成功すれば誰でも使えるようにはなるんだよ。ただし、成功率は低いから大抵は死んでしまうのだけれど」
「成功率が低いって? それに死ぬって……」
その説明を聞いてデュノアが呟く。
女性なら適正さえあれば誰でもISは動かせる。そこに生命の危機なんてものは存在しない。では、何をやったらそんなことになるのだろうか? デュノアは考えてみるが、答えは全く浮かばない。
それすら見越してなのか、アカツキは少しだけ真面目なふりをして答えを明かす。
「男でもISを動かせる方法、それはね………ISコアを人体に直に埋め込むことなんだ」
「「「「「「!?」」」」」」
唐突に明かされた事実に6人の顔が驚愕に固まった。
それを見たアカツキは実に愉快そうに笑い、エリナは何とも言えない表情を浮かべる。ツキオミだけは唯一呆れ返っていたが。
「ISコアを人体に埋め込み、それらをナノマシンで調整する。それにより、コアと人体を一体化させることでISの起動を可能にしたんだ。ただし、そんなことはコアが出来てから今まで一度も行われなかったからね。前人未踏の領域だからどうなるかわからなかった。結果、数多くの人間が適応出来ずに死んだよ」
そう聞かされた簪は一夏の事が心配になり、必死な様子でアカツキに聞いた。
「なら、織斑君は!!」
「そういうことだよ。彼は拉致された後、ISコアを埋め込まれて実験されたんだ。ありとあらゆる非人道的な実験をね。その所為で五感を失っていた」
「そ、そんなっ!?」
簪はその事を聞いて思い出す。
屋上でカップケーキを食べて貰った時に、自分の味覚と嗅覚が昔事故に遭ってなくなったと言っていたときのことを。
あれが本当は、こんなことになったために失ったのだと知った。
その瞬間、簪の目から涙が零れてしまう。
一夏がそれにどれだけ苦しんでいたのか、理解してあげげられなかったと。
簪の様子を見てアカツキは少し苦笑する。
「別にそんな泣かなくても。まぁ、彼の御蔭でその技術は少し進歩したんだ。結果殆ど廃人と変わらない状態だったけど。亡国機業はその技術を用いて、あの男『北辰』にISを動かせるようにして専用の機体をあたえたんだ。彼女が怖がっているのは、前に少し一悶着あってその時に北辰に会ったからだよ。こいつが一夏君の復讐相手さ。誰だって自分の全てを奪った原因の人物を許せるわけないからね」
そう語るアカツキを見て、一夏が如何に復讐に燃えているのかを再認識させられた6人。
そのことを考えてる内に一夏の戦況はまた変わり、赤い機体が錫杖を鳴らすと閃光にモニターが包まれた。そして映像が元に戻ると、そこには5機のミサイルによる波状攻撃を受けて大爆発に巻き込まれるブラックサレナが映し出された。
「織斑君!?」
簪はウィンドウを見て大きな声を上げてしまう。
しかし、次の瞬間に爆炎を突き破って突撃を仕掛けるブラックサレナを見て安堵した。
それを見てアカツキは笑う。
しかし、簪の安堵は次の瞬間にはまた悲痛な叫びへと変わった。
ウィンドウに映るブラックサレナは赤い機体に仕掛けるも、後ろから投げつけられた他の2機からの錫杖によって弾かれてしまう。しかもその錫杖は黒いエネルギーフィールドを……IS学園で強固な防御力を見せつけたフィールドを突き破り、あの堅い装甲を砕いて突き刺さった。
「キャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
その光景に千冬と楯無を除く2人も悲鳴を上げた。
ISは通常、絶対防御があるので操縦者の安全は守られる。
その発動条件は本体である操縦者に直に被害が掛かる場合が多い。
一夏のISであるエステバリスは見た目こそ異端だが、その条件は変わらないと思われていた。
だが、目の前の映像では操縦者である一夏がいる所へと深々と錫杖が2本刺さっていた。
「何故絶対防御が発動しない!」
さすがの事態に声を荒立てる千冬。
そんな千冬を落ち着けさせるようにアカツキは説明する。
「あの錫杖は一夏君が使ってるあのフィールドと同じ物を纏ってるんだよ。あれは収縮させると結構な威力になるからね。さっきの爆発とともに攻撃されて絶対防御すら貫通したみたいだ。大丈夫かな、一夏君」
「何を暢気なことを言っている!」
平然と語るアカツキに千冬は苛立ちながら叫ぶ。
そして簪がこれ以上見ていられないと我慢出来ず、ヘリの背部ハッチへと駆け出そうとした。
このままハッチを破壊して外に飛び出し、一夏を助けだそうと思ったのだ。
どう見ても致命傷を受けた一夏を見ているだけなんて簪には耐えられなかった。
しかし、それは前方からの声で止められた。
「助けようなどと思うな。あれは彼奴が渇望してやまなかった戦いだ。たとえ彼奴のことを大切に思っている奴だとしても、彼奴の邪魔をする権利はない。彼奴が死ぬとしてもな」
一体いつの間に移動したのか、ハッチの前にはツキオミが手を組んで仁王立ちしていた。
「そ、そんな!? でもっ!」
目の前に立ちはだかるツキオミをキッ、と睨みながらも涙が零れる目で簪は食い下がる。
そんな簪にツキオミは堂々と、少しだけ優しく告げた。
「察してやれ。これは彼奴が魂のそこから望んだ戦いなんだ。自分の全てを決算するためのな。それを邪魔したら、彼奴は一生廃人と変わらなくなる。彼奴の復讐は彼奴だけの物だ。誰にも取り上げることは許されない」
そう言われた簪はその場で崩れ降ちて泣き出してしまう。
己の無力さを噛み締めながら、その悲しみで胸を一杯にしながら。
そんな簪を楯無は優しく抱きしめることしか出来ない。
悔しいことだが、あの戦いに乱入出来るような人間はこの場に誰もいないのだから。
しかし、簪は泣きながらもツキオミの目を見て言う。
「確かに何も出来ないかも知れない。でも、それでも私は織斑君に絶対に会いに行きます!!」
その決意に満ちた瞳にツキオミは少しだけ笑みを浮かべた。
そして簪は姉に抱きしめられながらも、ホロウィンドウを見つめる。
そのウィンドウでは、ブラックサレナが両手に持った大型レールカノンで零距離射撃を行い
茶色い4機の内の1機の胸に大穴を開けて沈めていた。
一夏は再び夜天光へと攻撃を仕掛ける。
両手に持った大型のレールカノンを撃ち込んでいくが、連射が利かない分さらに回避されてしまう。
「貴様、よくも同士をぉおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
六連の一機がブラックサレナに叫びながらミサイルを発射し、残りの2機が錫杖で斬りかかる。
そしてそれと一緒に夜天光がミサイルを死角から発射してきた。
「……………チッ……」
一夏は口の中の血を吐きながらもそのまま北辰へと突っ込む。
そして激突する2機の錫杖をその身に受けながらも弾き飛ばし、ミサイルの雨に自ら飛び込んだ。
再び白銀の世界に爆炎の華が咲き、辺りを真っ赤に染め上げる。
それを見て笑みを浮かべる北辰の部下だったが、次の瞬間にその笑みは消えた。
「何? くぅ、やるな」
何と爆炎の中からレールカノンの砲弾が北辰の夜天光目がけて飛んできたからだ。
ディストーションフィールドは確かに凄まじく光学兵器等には無類の強さを発揮する。実体弾にも有効ではあるのだが、流石にレールカノンのような高速弾には利かないのだ。
そのため、発射された砲弾は夜天光に被弾する。
北辰はそれを本能で察したのか、咄嗟に防御態勢を取ることで直撃を防いだが、その威力は確かに夜天光へと刻み込まれた。
左腕の装甲が砕け、右足のスラスターから黒煙が上がり火花を散っていた。
その損傷に北辰は愉快そうに笑う。
事実、今までの人生で一番楽しんでいた。
2年前、自分達に手も足も出なかった小僧が、今では自分達を追い詰めるほどの急成長を見せた。
それが楽しくてしかたない。
復讐という執念一つでここまでの成長を見せた一夏は今、確実に自分の敵であるということを、北辰は心の底から喜んだ。
「死ねぇえええええええええええええええええ!」
若干の恐怖と大きな怒りを感じさせる声と共に六連3機が襲い掛かる。
手にした錫杖を片手に突進してくる3機に対し、ブラックサレナは両手の大型レールカノンを持って迎撃に当たる。
「「「取ったぁあああああああああああああああああ!!」」」
4者が同時にぶつかると共に再び爆発と装甲が砕け散る音がした。
そして爆発が晴れると、そこには………
「ごぷっ……な、何故……」
「そ、そんな………がぁ……」
胸に大穴を開けた六連と、イミディエットナイフが胸に突き刺さった六連がいた。
一方ブラックサレナは3機目の六連の錫杖が右肩に突き刺さり、一夏の右腕が千切れかけていた。
一瞬にして血まみれになる機内。しかし、ブラックサレナに搭載されている生体応急措置プログラムが起動し血を止める。
ブラックサレナはこの攻防において、大型レールカノンを盾にすることで一機の六連の攻撃を防ぎもう片方の手のレールカノンを零距離で発射。即座にあいた手にイミディエットナイフを展開して錫杖を受け流して胸に突き刺したのだ。
流石に3機目の攻撃は防げなかったが。
既に死に体。普通なら動くことしか出来ない。
しかし、一夏は痛覚がまだ戻っていないことに加え、IFSにより身体を動かさなくても操縦出来る。
だからこそ……まだ戦える。
「何ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
死に体でもまだ戦おうとするブラックサレナに残り1機の六連の操縦者が恐怖してしまった。
それがいけなかった。
その一瞬で、状況が変わった。
ブラックサレナは落下する前の破壊された六連の錫杖を掴むと、六連に向かって身体を回転させテールバインダーをたたき込んだ。
それにより、北辰の方へと六連が吹っ飛ばされる。
それを見ながらブラックサレナは奪い取った錫杖にディストーションフィールドを纏わせ、吹っ飛ばされた六連に向かって投げつけた。
豪槍と化した錫杖はその速度を殺すことなく突き進み、体勢を整えようとする六連を貫き、そのまま北辰へと飛んで行く。
「がはっ……隊長……」
そのまま爆発する六連を余所に、北辰は楽しそうに、心の底から声を上げて大いに笑った。
「そうきたか、復讐人よ! もはやここまで成長しているとはな。楽しくて仕方ない」
北辰の笑いを受けながら一夏は『嗤った』。
「………ああ。ここまでだ………北辰!!」
一夏の叫びと共に、最後の決着を付けようと、互いに突撃を仕掛けた。
残り……夜天光1機。