インフィニット・オブ・ダークネス   作:nasigorenn

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今回は案外束さんがいい人ですよ。


第五十六話 復讐人への贈り物

 ネルガルの一室でアカツキ達四人が集まり、今後の作戦についての話し合いを行っていた。

 

「出だしは良好! 実に良い感じだね」

 

アカツキは楽しそうに笑い、上機嫌に喜ぶ。

それを補足するようにゴートが作戦の進捗情報の報告を行っていく。

 

「今回のヤマサキ博士の暗殺の成功により、クリムゾングループの戦力拡大を防ぐことが出来ました。これでしばらくは新しい兵器は開発されないと思われます。また、施設からさらに綿密なクリムゾングループの作戦内容と研究データの入手に成功しました。これで更に向こうの出方が分かります」

 

その説明を聞いてゴート以外の三人が頷く。

此度の襲撃の成功に手応えを感じているからか、アカツキの顔はどこか緩んでいた。

それに釘を刺すように、ツキオミが強く言う。

 

「せっかく得たアドバンテージだ。ここで連中に暇を与える気はない! このまま一気に攻め込むぞ。ゴートはこのままシークレットサービスを率いてクリムゾングループの殲滅を継続。俺はアカツキと別件で少しだけ離れるが、すぐに戻る。そして織斑……」

 

ツキオミはそこで一旦言葉を切ると、一夏を真剣な顔で見る。

 

「クリムゾングループの最大戦力である『北辰衆』、これを叩くのはお前の仕事だ。この作戦において奴等を潰すことが成功の鍵を握る。ウチの組織内で奴等に対抗出来るのはお前と俺くらいしかいない。本来なら戦力を分けるのはどうかと思うが………これは言わなくても分かるだろ。彼奴の相手はお前しかいない」

「…………ああ……」

 

ツキオミの言葉に一夏は静かに応じる。

しかし、その瞳には確かな憎悪の炎を滾らせていた。

その様子を見てツキオミはニヤリと笑う。

 

「良い殺気だ。今のお前には勝てそうにない」

「そうだねぇ。僕は今すぐにでも逃げ出したいくらい怖いもの」

 

アカツキがそれにちゃちゃを入れるが、それもいつものことである。

そしてアカツキが話を纏め始めた。

 

「では………たぶんこれが最後の作戦になると思う。いや、最後にしなければならない。これ以上連中の跋扈を許すほど僕の気は長くないんだ。この奇妙な因縁に決着を付けよう」

 

そう言うと、ツキオミ、ゴート、一夏の三人を見回す。

 

「ゴート、君は先程ツキオミに言われた通りシークレットサービスを率いて殲滅作戦を遂行してくれ。ツキオミは僕と用事があるからここから少し離れるけど、作戦に影響はないから。ツキオミ、悪いけど僕は少し遅れるから先に準備をしておいてくれ。そして………一夏君。君は………思うさま全てを賭けて戦ってくれ。これが最後の戦いになるのなら、ここで全てを終わらせよう。君が奴等に執着するように、僕も奴等には手痛い目に合わせられていたからね。いい加減奴等の顔も見飽きた。だからこそ………後悔のないよう、渾身の力で殺しなさい」

 

そう言われ三人は静かに頷いた。

その顔は皆死地に赴く戦士の顔。そして一夏は、復讐に焦がれ焦がれた復讐人の深い笑みを浮かべていた。

そして誰ともなく各自に動いていく。

ゴートは更に大きなクリムゾングループの施設への襲撃をかけるために装備を調え、部下達に作戦を伝えるために部屋を出て行った。

ツキオミはアカツキとの所用のために先に準備をすべく部屋を出た。

二人が出て行ったところで、部屋には一夏とアカツキの二人が残った。

アカツキは一夏の方を見ると、何やら楽しそうなことを考えている笑顔を浮かべる。

 

「これで君に会うこともなくなるかもしれない。だから君に取っておきのプレゼントをあげよう」

 

アカツキはそう言うと、指をパチンっと鳴らした。

その瞬間天井の一部が開きシュタッと何者かが降りてきた。

 

「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃ~んっ!!」

 

そんな場違いな明るい声を上げて立ち上がったのは、紫色の長髪をした奇妙なエプロンドレスを着た女性……篠ノ之 束であった。

一夏は目の前に現れた束には目を向けずにアカツキの方に目を向けた。

 

「…………何故…兎がいる………」

 

その問いにアカツキはイタズラが成功したかのように笑いながら答えた。

 

「さっき言ったじゃないか、プレゼントがあるって。篠ノ之博士、アレ、お願い出来る?」

「モチのロンだよ~! このために作ってきたんだからね~」

 

束はそう上機嫌に言うと、二人に見えるように懐からある物を取り出した。

それは無針注射器であった。中には水のような液体が入っている。

 

「……………これは………」

 

無表情に聞く一夏に束は笑顔で答えた。

 

「これはいっくんの身体を元に戻すナノマシンだよ! いやぁ~、流石に専門外だったから開発に苦労しちゃったよ!でもさすがは束さんだよね~。天災にかかればこれくらいすぐに作れたよ」

 

それを聞いた一夏はまたアカツキの方に目を向けた。

その視線には何故こんな物を用意したのかという真意を問いかけていた。

アカツキはそれを受けて、少しだけ優しい笑みを浮かべた。

 

「確かにこれから行う戦いには必要ないかもしれない、寧ろ五感が戻ったせいで戦闘で足を引っ張るかもしれない。でも、君には最後に『人』として戦ってもらいたいんだ。人の執念、その集大成たる『復讐人』として。これは君に出来る最後になるかもしれない餞別だよ。ただ……」

 

そこで言葉を切ると、束が申し訳なさそうに手を前で合わせて一夏に謝ってきた。

 

「ごっめ~ん。実はそれ、すぐに効くわけじゃないんだ。効くのに結構時間が掛かるの。たぶん八時間くらいかなぁ~。それぐらい経たないといっくんの身体は戻せないんだよ」

「だから君の身体が元に戻るのは、北辰達と戦っているか戦闘が終わったころになってしまうんだよ。その効力が発揮される頃合いに君がどうなってるかは正直分からない」

 

謝る二人に一夏は無言でいたが、静かに腕を出した。

それは二人の善意を酌んでの行動である。

そして一夏はバイザーを外して束のいる方向を向きながら笑顔を浮かべた。

 

「ありがとう、束さん。確かに戦うのには邪魔になるかもしれない。効き始めた頃に俺がどうなってるかはわからない。それでも、こうして俺の身を案じてこんな凄い物を作ってくれて……。正直感謝してる。だから、お願いします」

 

一夏に笑顔でそう言われた束は……涙が溢れてしまっていた。

いつものニコニコとした笑顔からは考えられないくらいに泣き出してしまっていた。

アカツキはそれを見ないように明後日の方向を向く。

 

「いっくん……いっくん……ひっく、ひっく……」

 

他にも言いたいことがあったのに、いつもと同じように笑いながら一夏と向き合おうとしていたのに、ここに来て『復讐人』ではなくただの『織斑 一夏』として感謝されてしまい束の感情の堤防は決壊してしまった。

篠ノ之 束という人物は他人と身内を苛烈に区別する人物である。

身内……自分が認めた親しい人達には最大の友情と愛情を、それ以外の者には何もあたえない。

その身内である一夏から、小さいころから見ていた実の弟と言ってもよい彼に感謝された。

これから死にに行くような戦いをしに行く彼から、本心で感謝されたのだ。

もしかしたらこれからの戦いには邪魔になるかもしれないし意味がないのかもしれない。

それでも彼は笑顔で束に本当に感謝した。

それがあまりにも悲しくて、束は我慢が出来なくなってしまった。

本音を言えば、せっかく身体が治るんだからこんなくだらない戦いなんかしないでIS学園に帰って千冬達と楽しく幸せな学園生活を送って貰いたい。

でも、それが不可能なことは嫌というほど理解させられている。

束は天災だが、人の感情についてはイマイチ理解出来ていない。

天災故に欠けている人間性だが、そんな束でさえ理解させられる一夏の復讐の憎悪。

そのあまりに凄まじい憎悪はどうやっても消えることはない。静める方法もない。

それを押さえる方法はただ一つ。

復讐を果たすだけだ。

だからこそ、束は一夏を止めることが出来ない。

現在バイザーを外しているため、一夏には外の様子は一切伝わらない。

だから一夏は束が泣いていることに気付かない。また、束もそれを理解して泣いている。

そんな事になっていることに気付かないまま一夏は外したバイザーをかけ直そうと動く。

それを見て束は慌てて涙を拭うと、いつもと同じようにニコニコとした笑顔を作る。しかし、その笑顔はどこか歪になっていた。

 

「うん、じゃあ早速お注射いきますか~!」

 

束は妙に明るい声を上げて突き出された一夏の腕に注射を打ち込んだ。

中の液体が見る見る内に一夏の体内へと注入されていく。

全てが入り終わったのを見計らって一夏は腕を引いた。

そして改めて束の方をバイザーをかけた瞳で見つめる。

 

「…………感謝する………」

 

その様子からもう『織斑 一夏』でないことを理解して、束は一夏にバレないように悲しそうな笑顔を浮かべた。

一夏は束に礼を言うと、アカツキと向き合った。

 

「………今まで感謝する……行ってくる……」

 

それだけアカツキに言うと、一夏は出口へと歩き出した。

その背中にアカツキは応援するかのように少し大きな声をかけた。

 

「そうそう、もう一つあったんだ。ウリバタケさんが渡したい物があるってさ。この戦いに向けて密かに作ってたらしいよ。だからそれを取りに開発室に来いって」

「…………了解………」

 

そう返事を返すと、一夏は部屋を出て行った。

それを見送ったアカツキは束に笑いかける。

 

「僕はこの後用事で出かけるけど、篠ノ之博士はどうする?」

「私も一緒にいくよ! だっていっくんのこと、見届けたいもの」

 

それを聞いたアカツキは愉快そうに笑いながら束と一緒に部屋を出て行った。

 

 

 

 世界が如何に賑わおうと、それがIS学園に直に響くことはない。

一夏達が部屋を出て行った時刻から四時間が経った頃、IS学園では放課後になっていた。

その時間、簪はアリーナで一人静かに訓練している。

アカツキから一夏の所に連れてってもらえるよう約束してからしばらく経ったが、簪はずっと待ち続けていた。

心が会いたいと焦がれて仕方ない。

その気持ちがどうしようもないものだから、苦しくて仕方ない。それを訓練で少しでも誤魔化そうと必死になりながら訓練を行っていた。

ある程度訓練をし終えると、簪はISを装着したまま休み始めた。

 

「……織斑君……」

 

もう何度呟いたか数えるのも億劫になるくらい呟いた言葉を口にし、簪は空を見上げる。

その表情はこの少女からは考えられないくらい大人びた印象をあたえていた。

それがここ最近の彼女に日課になりつつある。

いつもと変わらない空を見ながら一夏に想いを馳せていると、突如アリーナに警報が鳴り響いた。

 

「な、何!?」

 

いきなりのことに驚いていると、簪の目の前が突如無色のエネルギーの濁流によって爆発を起こした。

これを簪は見たことがあった。

それは…グラビティブラストだ。

つい少し前にもIS学園に襲撃をかけてきたあの無人機が放っていた砲撃。

それに気づき簪は急いで上を見ると、予想した通り襲撃してきた無人機『ダイテツジン』が二機。それと所属不明のラファール・リヴァイヴ二機がアリーナのシールドを破って突入してきた。

 

「無人機は此方に向かってきた奴等を殺せ! 私達は待機中のISを奪うぞ」

 

入って来たラファールの片方が僚機にそう指示を飛ばす。

それを受けて僚機とダイテツジンが動き始めた。

すると簪に気付いたダイテツジン二機が速度を上げて簪へと迫っていく。

 

「こ、来ないで! やぁああああああああああああああああああ!!」

 

簪はそれに恐怖しつつ、距離をとって打鉄弐式のミサイル『山嵐』を発射して迎撃する。

無人機に当たってミサイルが空に爆炎の華を咲かせていく。

しかし、その爆炎を突き破って二機のダイテツジンが飛び出して来た。

その身には、先程の爆発を物ともしていないかのように損傷は一切見受けられない。

二機はそのまま人の身体ほどの太さを持つ巨腕を振り上げ簪へと襲い掛かった。

簪はその怖さに身を縮め目を瞑ってしまう。

 

「助けて……織斑君!!」

 

そのままいれば凄い衝撃が簪に襲い掛かるだろう。

絶対防御があるので死ぬことはないが、それでも大怪我は覚悟しなければならない。

だが、いつまで経っても簪に衝撃が来ることはなかった。

そのことを不思議に思いながら目を開けると、そこには……

 

白がいた。

 

全身を純白の装甲で覆った人型が簪の前に立っていた。

その両腕から飛び出した長い鉤爪がダイテツジン達の胸を貫いている。

その人型はダイテツジン達から両手を引き抜くと、抉った部分を握り潰した。胸に大穴を開けたダイテツジン二機はそのまま地面へと落下していく。

砂煙を立てながら地面に叩き付けられたダイテツジン達はまるで魂を抜かれたかのようにぴくりとも動かない。

白い人型はそれに目を向けずに首を動かして簪の方をみると、簪にオープンチャネルで通信が入って来た。

 

『織斑じゃなくて悪いな。彼奴は彼奴の仕事でこっちにこれないから俺が代わりだ。文句なら奴に言え』

「えっ、その声…」

 

簪はその声を聞いて驚いた。

何故ならそれは、『男』の声だから。

一夏以外、未だにISを操縦出来る男性は正式には見つかっていないというのに、確かにこの白いのからは男の声が聞こえてきたのだ。

それに驚く理由はもう一つあった。

それは一緒に出てきた顔に見覚えがあったから。

簪はその男のことを知っている。それは夏に入る頃に世話になった『ネルガル』の人間だからだ。

一夏のことを助けに来た男……ツキオミ・ゲンイチロウだからだ。

簪がその事に驚いている間に、アリーナに侵入してきたラファールの二人組は別の意味で驚いていた。

何せあの硬い装甲を持つダイテツジンの装甲を一発でえぐり取ったのだから。

一体どこにいたのかも分からないのに、それはいきなり現れた。

それに警戒して二人組はツキオミにアサルトライフル『ガルム』を向ける。

 

「貴様! 一体何処に!」

 

一人がそう叫びながら引き金を引くと砲口から銃弾が吐き出された。

しかし、次の瞬間に………

 

ツキオミは姿形なく消えてしまった。

その事に二人組は勿論、目の前にいた簪も驚愕する。

青白い光と共に、目の前から本当に消えたのだ。

光学迷彩などでないことは、簪の頬を撫でていく風で分かる。

 

「き、消えたっ!? 一体何処にっ!!」

 

二人組は慌てて周りを見渡すが、その姿は見えない。

勿論ハイパーセンサーにも反応がなく、本当に消えたのだ。

そのまま二人組が困惑している間、その背後に一瞬青白い光が輝いた。

 

「どこを探している! ここだ!!」

 

その声と共に白い人型が突如現れ、その凶悪な鉤爪を持ってラファールのスラスターを破壊し、一気に二人組を地面へと叩き付けた。

そのあまりの衝撃にクレーターが出来上がり、二人組のラファール・リヴァイヴが解除され二人は気絶した。

 

「ふん! この程度俺と『アルストロメリア』の敵ではない」

 

そう言うと、白い人型……IS『アルストロメリア』を解除してアリーナの地を踏んだ。

簪もその光景に驚きつつ、地面へと着陸し解除する。

驚いている簪に向かってツキオミが歩いて行くと、いつの間にいたのかアカツキもアリーナへと入って来た。

 

「やぁやぁ、更識 簪さん。約束通り迎えにきたよ。さぁ、一緒に一夏君の所に行こうか」

 

いきなり現れたアカツキにも驚き頭の処理能力が限界を超えそうになるも、一夏の名を聞いて簪は約束のことを最優先にした。

 

「……はい、行きましょう!」

 

そう返事を返し、簪はアカツキの元へと歩いて行く。

 

(織斑君、今そっちに行くから!!)

 

簪はその決意を胸に、行動を開始した。


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