インフィニット・オブ・ダークネス   作:nasigorenn

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今回はあまりにここの一夏らしくないかもしれません。


第五十三話 復讐人の感謝

 IS学園に戻ってきた一夏を待っていたのは、忌避と恐怖の籠もった視線であった。

別にIS学園に来てから今までずっと怖がられていることはいつもと変わらない。だが、それらの視線とはもっと本質が違う。

他の生徒からはいつもと同じように怖がられている程度だが、一夏の戦闘を……あの無人機五機を瞬く間に殲滅し、スコールを殺したところを見た専用機持ちからはそれ以上の恐怖を込めた目で見られた。

別にそれを一夏が気にするということはまったくないのだが、周りはそうではすまない。

特に一夏と関わったことがある生徒は、そのショックがあまりにも大きかった。

箒と鈴は幼馴染みという身近だった人間が殺人を犯したということにショックを受け、セシリアは一学期に蹂躙されたことを思い出してしまい、顔を真っ青にして放心状態に。ラウラもセシリアと大差ないようだが、此方は軍人故にそこまで殺人については驚かない。寧ろ一夏ならして当たり前だと思っている。

シャルロットは目の前で行われた惨劇に言葉を失ってしまっていた。

彼女にとって、一夏は恩人である。その恩人が殺人を犯したことに何も言えなくなってしまう。

千冬は一夏の精神の状態を知っているので、もはや言葉はない。

一夏は千冬がどう言おうとも、止まらないことは千冬自身嫌という程に理解させられていたからだ。

真耶はというと………気絶していた。

元々温厚な性格の彼女にこの光景はきつすぎたのだろう。

そんな皆の中、楯無は険しい顔をして一夏を睨み付け、簪は床に跪いてひたすらに泣いていた。

一夏はアリーナに来て人がいないことを確認すると、そのまま着陸してブラックサレナを解除した。

寮の自室へ帰るために控え室を通ればこのような視線に晒されたが、一夏は気にせずに廊下へと出る。

そのまま行こうとした所で、一夏の背後から声がかけられた。

 

「待ちなさい、織斑 一夏君」

 

水のように涼やかでありながら、その実中には激流のような怒りが込められた声に一夏は振り返る。

 

「…………何の用だ………」

 

普通の人が聞いたら卒倒しそうな程怖い声に、一夏は何の感情も浮かべずに応える。

その声を聞いた楯無は笑みを消して一夏を軽く睨み付けた。

 

「君……さっきまで戦ってたことがみんなに見られてたってことは知ってる?」

「……………それが…………」

 

先程の戦いで一夏がIS学園の無人偵察機に気付いていないわけがなかった。

IFSにより本当にブラックサレナと一体化した一夏にとって、此方のレーダーに引っかかるものに気付かないはずがない。その上で気にせずに戦っていたのだから。

そう答えられた楯無は目をカッと見開き、一夏に叫ぶ。

 

「何で殺したの!! 殺す必要なんて無かったじゃない! いくら犯罪者だからって人を殺して良いと思ってるのっ!!」

 

その叫びを聞いて、一夏はいつもと変わらない感情の窺えない声で楯無に答えた。

 

「………俺の復讐を邪魔する者は許さない……誰であってもだ。……それにあの方が……都合がいい……」

「っ!? あなた、正気なの!!」

 

楯無は一夏の返答を聞いて正気を疑った。

先の戦闘で人を殺しておいて、そこに何の感情もない一夏に楯無は心の底から恐怖した。

普通、人を殺せば少なからず精神に何かしら現れるものである。

それが禁忌を犯したという恐怖なのか、もしくは犯した事による狂悦なのかは人それぞれだが。

楯無とて暗部の端くれ。殺したことはないが、そういう人間を見てきたことはある。

だが、一夏はそのどちらにも入らない。

恐怖も喜びも何もない。まるで機械のように、ただ人を殺したのだ。

それはもう人としておかしい領分である。たとえ殺人鬼や人を殺す仕事を生業にしている人間でも、人を殺せば少なからず精神に揺らぎが生じる。

だが、一夏からは揺らぎが感じられない。本当にただ殺したのだ。まるで人が無意識に呼吸するように、人を殺した。

一夏はそのまま帰ろうとするが、楯無は少し冷静になりつつ一夏を睨む。

 

「君がそういう人間だっていうことは知ってるわ。でもね、それでも……簪ちゃん、あなたを見て泣いていたのよ!」

「………それがどうした………」

「っ!? どうしたじゃないわよ!! あなた、簪ちゃんの気持ち、分かる? 簪ちゃんにとってあなたは『止めて、姉さん!!』か、簪ちゃん…」

 

楯無が捲し立てるように言おうとしたところで、いつの間に通路に出ていたのか簪が泣きはらした顔で楯無を止めた。

 

「だって、簪ちゃん!!」

「言わないでっ!!」

 

簪の登場に慌てた楯無はそれでもと言おうとする。

それを簪は頭を振って全力で言わせないようにしていた。

その様子を見た一夏は無言で立ち去ろうとするが、それを許す楯無ではなかった。

 

「ま、待ちなさい、織斑君。まだ話は終わってないわよ!」

 

止めようとする楯無に一夏はいつまでもこれでは帰られないと判断し向き合う。

そして楯無が自分では無く簪のことを思って一夏に話しかけていることを理解し、簪に向かって静かに話す。

 

「……更識………屋上で……待つ………」

 

それだけ言うと、一夏はもう用は無いといわんばかりに二人に背を向けて歩き出した。

 

「あっ、ちょっと!?」

 

楯無はそれに納得いかず一夏を追いかけ、一夏が曲がった角を急いで曲がるが、既に一夏の姿はどこにも無かった。

 

 

 

 秋も中頃であり、辺りはもう夕闇に飲み込まれていた。

そんな暗闇の中、一夏は只一人で屋上に来ていた。

そのまま屋上で一夏は冷たい北風を浴びながら情報収集をして、ある者を待っていた。

そんな一夏の背後で、重たげな扉が開く音がした。

 

「……………………」

 

一夏が振り向くと、そこには俯いた簪がいた。

下を向いているので表情は窺えないが、それでも全身から悲しみを感じている雰囲気を発していた。

簪はそのまま一夏が立っている灯りの所へゆっくりと歩いて行く。

そして一夏の前に出て………感情を爆発させた。

 

「織斑君、どうしてっ!? どうして殺したの!! どうして……」

 

叫びながらも泣き崩れかける簪。

いつもの様子とは180度変わり、その感情のままに一夏の胸に飛び込んで胸を握り拳で叩く。

一夏はそのことに何も言わず、簪のなすままにさせていた。

簪は子供のように泣きじゃくりながらも、何故一夏が人を殺したのかを責める。

その事に一夏は無表情に答えた。

 

「…………必要だったからだ………」

「必要って……何で殺す必要があったの!! 確かにあの所属不明機達はIS学園を攻めに来たのかもしれない。だからって殺す必要なんて……」

 

簪の目は真っ赤に腫れ上がり、声も枯れてきていた。

それでも彼女は一夏に縋り付く。

想い人が何でこんなことをしたのか、それを一夏にちゃんと答えて貰いたいから。

一夏も最初はいつもと変わらないように話を切り上げて去るつもりでいた。

だが、予想外の簪の精神にそれは無理だと判断し始めた。

彼女は今の自分が何を言っても納得してくれないと。

何より、何故か胸が凄く気持ち悪くなった。痛みなど感じないのに、何故かそれに似た何かを感じる。

念の為エステバリスで身体検査をばれないように行うが……異常はない。

故に、一夏は簪に素の自分を晒すことにした。

何故か彼女には知っていて貰いたいと、そう思ったから。

一夏は未だに泣きじゃくりながら縋り付く簪をできる限り優しく身体から離し、簪を見つめる。

簪はいきなり動いた一夏に若干驚きながらも一夏の顔から目が離せなくなっていた。

そのまま一夏は顔に付けたバイザーを外す。

すると途端に目の前が何も見えなくなる。それまで見えていた夜空も、夜の暗い校舎も、目の前にある簪の顔も……

一夏は見えない暗闇を見つめながら、ただ………自分の本心である『ただの一夏』として笑った。

そしてゆっくりと話し始める。

 

「いいかい、更識。確かに殺す必要は更識から見てなかったのかもしれない。でも、俺の方にはあるんだ。アイツは俺と同じ復讐者だった。復讐者がその敵と会い戦うのなら、それは互いに殺し合うことへの同意だ。互いに命をかけて殺し合うんだ。そこでもし、勝ったとしても相手を生かそうと思うのは……それは相手と相手の敵を討つ理由全てを侮辱したことになる。それは許されないんだよ。確かに人の命は大切なのかもしれない。でも、命以上に大切なことも確かにあるんだ。確かに彼女に悪い事をしたと思ってる。この罪は絶対に消えないし、死ぬまでまとわりついてくる。でも、俺は死ぬわけにはいかないんだ」

 

簪は一夏の素顔、その悲しそうな笑顔を見て何も言えない。

 

「俺は絶対に彼奴等を殺さなきゃいけない。それは誰のためでもない、俺だけの物だ。それを成すためだけに、今まで必死に這いつくばって生きてきた。そしてこれからもそれは続くよ。俺が死ぬまで、それはずっと続く。この罪は絶対に償わなければならないってことは分かってる。でも、それでも、俺は俺としての全てを取り戻すために立ち止まるわけにはいかないんだ。俺自身が許さない。もし立ち止まったら、今度こそ『織斑 一夏』は消滅してしまうから。それは絶対に許さない。消えるにしても、彼奴等も一緒だ。じゃなければ、この汚い命に価値はないよ」

「そ、そんなこと……」

 

自分を卑下する言い方に簪は否定しようとするが、それも出来ない。一夏の笑顔がそれをさせないのだ。

 

「それにあの女性を殺さなきゃいけない理由は他にもあるんだ。ネルガルが調べた結果、あの女性は身体の殆どが機械のサイボーグだ。その身体のメンテナンスをしているのが……」

 

ここで一夏の表情が変わった。

バイザーを外したことで分かる、簪が初めて見る憤怒の表情がそこにはあった。

 

「『ヤマサキ』……俺の身体をこんなふうにした張本人。北辰達が実行犯なら、彼奴は計画犯だ。北辰に命じて俺を拉致させ、その狂った精神で人の身体を玩具のように実験した奴を……俺は絶対に許さない。だから……絶対に殺す。そのためには、奴の足が着いたものを探す必要があったんだ。そしてそこで見つかった彼女。彼女の脳にあるメモリーチップが彼奴の居場所を突き止める唯一の手がかりだった。それを取り出すには……殺すしかなかった」

 

それを話し終えた一夏は軽く息を吐くと、笑顔で簪に言う。

 

「更識が俺のことを気にかけてくれることは凄く嬉しかった。更識と一緒にいる時間は他の奴等と居るのと違って、苦しくなかった。前にどうして優しくしてくれるか、って聞いたことがあったな」

「う、うん……」

「確かにあの時答えたように、更識には俺と似た執念を感じたからってのもあるけど、実はもう一つあったんだ。更識はさ、昔の俺を知らない。それでも俺に笑顔で話しかけてきてくれる。それがさ……暖かかったんだよ。たぶん、更識は俺に取って日常だったんだと思う」

 

それを聞いた簪は悲しみとは別の意味で涙が溢れてきた。

それは感激に近いのかもしれない。想い人にそう思ってもらえていたことが簪の心を甘く締め付けた。

 

「だからさ、もうここからはお別れだ。ここから先はもっと殺伐としたことになる。俺と一緒にいたら、もっと後悔することになる。だからさ、更識………」

 

そこで一端、一夏は言葉を切る。

簪はその後の一夏表情を見て、凍り付いてしまった。

それは……今までで一番悲しそうな笑顔だった。

 

「今までありがとう。更識と一緒にいる時間はたぶん、幸せだったよ。だからもう……さようならだ」

 

そう簪に言った所で、一夏はバイザーをかけ直した。

その途端に再生する視覚。

一夏の目の前では、簪が涙を溢れさせていた。

そのまま一夏は簪に背を向け屋上から出ようと歩く。

それに気付いた簪は泣きながら必死に一夏を呼び止め追いかける。

 

「まって! まってよ、織斑君っ!!」

 

だが一夏は止まらない。

その歩はしっかりと前に進む。簪はそれでも追いつこうと駆け出した。

しかし、簪の手が一夏を捕らえることはなかった。

簪の手が届く一瞬、一夏は青白い光を放ち、そして………消えた。

簪は触れることのなかった手を見て、その場でペタンと座ってしまう。

そして……………

 

「うわぁあああぁああああああああああああああああああぁああああああああああああああああああああああぁああああぁっぁぁぁぁぁあああああ!!」

 

悲しみの籠もった悲痛な叫びを上げ泣くが、それを慰めるものは誰もいなかった。

 

 


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