簪とタッグマッチの約束をして数日が経ち、タッグマッチ当日となった。
一夏はそれまでの時間を情報収集と簪との訓練に当てて過ごしてきた。と言っても、訓練自体は昔にタッグを組んだ時と同じで、一夏は簪に助言するだけで一緒に連携したりするような訓練は一切していない。
今のブラックサレナの性能は最早既存のISを……それこそ篠ノ之 束の作った第四世代をも超えている。と言っても、それはそもそも普通の人間が乗るよう考えられていないからなのだが。
最早ISと言ってもいいのか分からない化け物に連携しろと言うのは無茶でしかない。自身一機のみで全てをこなせるのだから、連携する必要が全くないのだ。
だからこそ、一夏が簪とタッグを組んで出来ることは戦術と簪の技量を上げるための助言しかないのだった。
そんな一夏に、簪はそれでも一緒にいられることを心底喜ぶ。
簪にとって、何であれ一夏と一緒にいられるのは嬉しいのだ。思い人と一緒にいられるだけで少女の心は満たされ昂揚していた。
そしてタッグマッチ当日になり、今は二人で選手控え室にいた。
「だ、大丈夫かな……織斑君………」
簪は開会式を待ちながら、これから行うであろう試合に緊張している。
不安に駆られ、そわそわとしながら一夏の方を見る姿は一種の保護欲を掻き立てるだろう。
そんな簪に一夏は何か言葉をかける訳でも無く、平然と壁に背を預けている。
緊張したところでどうしようもないし、結局のところは本人次第ということもある。そのため一夏が簪にかける言葉はない。それに現在はそこまでの余裕はない。
一夏は現在、ひたすらに待っていた。
アカツキからの通信を………亡国機業の襲撃を。
今回の亡国機業のIS学園襲撃の情報を得て、逆に此方から仕掛け出鼻を挫く。
それが今回の趣旨である。今までイニシアチブを取られていたこともあり、そろそろ此方が主導権を握るべきだとアカツキは言い、それには一夏も大いに賛成であった。
故にその時を一夏はひたすらに待ち続けていた。
そして遂に………その時が来た。
突如一夏にプライベートチャネルでの通信が入る。
出た途端に目の前に不敵な笑みを浮かべるアカツキが映し出された。
『やぁ一夏君、お待たせ。やっとデートの相手が来たみたいだ。後数分でIS学園のレーダーに引っかかるんじゃないかな。だ・け・ど、その前に片づけてしまおうか。今から進行方向の座標データを送るから奴等の前に『跳んで』ね』
「…………奴は…………」
『ん~、そこは残念なことにいないんだよね~。敵戦力は前に戦った『ダイテツジン』一機に同じシリーズらしい『デンジン』二機、それと『ダイマジン』が二機の計五機の無人機。何度見ても巫山戯てるとしか思えないデザインだよねぇ。まぁ、男ゴコロを刺激するけどね。それと見たこともないISが一機……この豊満な胸からして相当な美人だと思う。たぶん、彼女達の上司が仇討ちに来たって所かな』
一夏は内心で少し落胆しつつ確認した戦力について考える。
そして自分が随分と舐められたものだと察した。
別にそこまでの怒りはない。だが………そんな『無人機五機』程度で試されるというのは心外だ。
だからこそ、すぐにこの茶番を終わらせようと考えた。
『あ、そうそう。今回なんだけど………『捕らえなくていい』からね』
「………了解………」
そして通信が切れると、一夏は体を壁から離す。
そして外に出ようと扉の方へと歩き出した。
「お、織斑君、どうしたの? まだ開会式まで時間はあるよ」
いきなり動きだした一夏に簪が不安そうに声をかけた。
今、まさに不安の絶頂である簪にとってこの部屋に一人取り残されるのは怖くて仕方ない。
だからこそ、少しでも一夏を引き留めようとしてしまう。これでもし一夏が単にトイレに行くだけだと言ったりしたら、簪は恥ずかしさのあまり気絶してしまうだろう。
まぁ、一夏がそんなことを言うわけ無いのだが。
「………少し出る………」
一夏は簪にそう言うと、静かに部屋を出た。
そして人気が無いところに向かうと、その場でテールバインダーだけを部分展開し、扉に付いている端子からハッキングを仕掛ける。
「……やれ……『オモイカネ』……」
一夏がブラックサレナに搭載されているサポートAI『オモイカネ』にこの場の監視カメラをハッキングさせてニセの映像へと書き換えていく。ブラックサレナのことは見られても良いが、さすがに『CC』のことを見られるわけにはいかない。それ故の処置である。
ハッキングが終わったことを確認すると、一夏はブラックサレナを展開した。
そして自分の懐にしまってあるCCに意識を向けながら言われた座標へと意識を集中させる。
そして……
『ジャンプ』
その言葉と共に、一夏は青白い光となってその場から消えた。
「もうそろそろIS学園ね」
スコールは自分のIS『ゴールデン・ドーン』を纏い、IS学園へ向かって先行して飛んでいた。
此度の襲撃作戦には一夏への敵討ちという側面があるのだ。それは無人機なんかには任せてはならない。だからこそ、スコールは先行してIS学園を目指す。
敵である一夏を討つために。
そして後もう少しでIS学園と言うところで、スコールの眼前に突如青白い光が発生した。
「な、何っ!?」
その事にスコールは驚く。
何せ先程までハイパーセンサーには何の反応も出ていなかったのだ。それなのに目の前に現れた光。その理解出来ない現象にスコールは恐怖を抱く。
そして光が集まっていくと、それは一際輝いたのちに消えた。
その光が消えたところには、黒い悪魔が顕現していた。
「貴方はっ!?」
スコールはその悪魔………ボソンアウトしてきたブラックサレナを睨み付ける。
いきなり目の前に現れた敵に混乱しそうになったが、気を取り直してブラックサレナへと両腕の武装『ソリッド・フレア』を連射する。
「オータムとMの敵っ!!」
発射された火球がブラックサレナへと襲い掛かる。
だが、それがブラックサレナへと当たることは無かった。
ブラックサレナに向かってる際中に、突如火球が全て逸れたのだ。
そのことに驚きつつスコールはブラックサレナをよく見ると、薄い黒色をしたエネルギーフィールドを張っていた。
「それが例の……」
それはネルガルとクリムゾングループがだけが持つ技術……『ディストーションフィールド』である。
それを一応知っていたスコールは改めてその性能に舌を巻く。
ソリッド・フレアの火力はアサルトライフルよりも上であり、それをやすやすと逸らせるあたりその防御力は凄まじい。
一夏はディストーションフィールドを展開し終えると……笑った。
相手には表情は見えない。だが、確かに一夏が笑っていることをスコールは理解した。
その笑いは嗤い。哂う姿はまさに悪魔そのものであった。
ブラックサレナはそのまま顔を目の前に上げる。
「…………行くぞ………」
何の感情も込められていない声で一夏はそう呟くと共に、次の瞬間……
スコールの前からブラックサレナが消えた。
「え………」
スコールはそれまで一夏から目を離していない。なのに、突如目の前から消えた。
その事に思考が追いつかないスコールの耳に届いたのは、大砲の着弾音のような轟音であった。
その音に驚きながら後ろを振り向くと、五機ある無人機の内の一機の『デンジン』が吹っ飛ばされていた。更に追い立てるように黒い影が凄まじい速度でデンジンを追いかけ、そのまま体当たりをデンジンに仕掛ける。
それを受けたデンジンはさらに別方向に吹っ飛ばされ、その巨躯を崩壊させていく。
そしてとどめとばかりに黒い影は目にも止まらない速さでデンジンに突っ込むと、右腕をデンジンの胸部へと突き刺し何かを引っこ抜いた。
そしてやっと黒い影が止まる。
それは……
ブラックサレナだった。
それまでの間の時間は本当にごく僅かしか経っていない。
スコールの目の前から消えてほんの少ししか、それこそスコールが音を聞いて振り向いてからは十秒も経っていない。
その動きを見てやっとスコールは理解する。
消えたのではなく、あまりの速さに消えたように見えただけだと。
無人機でさえ、その速度にはまったく追いついていない。
ブラックサレナはそのままデンジンから抜き取った………
擬似コアを握り砕いた。
それが生物の死の如く、コアを抜き取られたデンジンはその身を崩壊させながら海へと落下していく。
「…………一機目………」
ブラックサレナからそんな呟きが漏れたが、それを聞ける者はこの場には誰もいなかった。