とある国にある亡国機業の秘密基地。
そこの一室では、七人の男と一人の女が座っていた。
女は美しく豊かな金髪に艶やかな赤いドレスで豊満な身体を包んでいる絶世の美女であった。この質素と言うほか無い部屋には明らかに不釣り合いである。
対して男達は室内だというのに笠を被り、黒い外套に身を包んでいる不気味な者たちであった。
金髪の女性……それはこの亡国機業のトップ戦闘部隊のリーダーである『スコール』と呼ばれる女性であった。彼女の部隊は現在、ほぼ全滅していた。
トップクラスの戦闘部隊、ISを用いての戦闘と強奪をメインに行うのが仕事であり、その部隊員は彼女を除いて2名のみの少数精鋭となっている。
それがこの一ヶ月も経たない内に生死不明になった。それも任務失敗という結果だけを残して。
スコール自身、自分の部隊が最強だとまでは言わないが一国の軍隊に匹敵する強さはあると思っている。イギリスの最新鋭の試作機を本国の操縦者以上に使いこなすM、それにアメリカのアラクネを多才につかうオータム。二人ともモンドグロッソに出れば優賞を狙えるかも知れない腕の持ち主である。それがひよっこしかいないIS学園に向かって行き消息を絶った。
IS学園と言えば、ブリュンヒルデの『織斑 千冬』がいるが、彼女は現在専用機がない。いくら『最強』の名を冠する彼女とて、専用機無しでこの二人と戦えるとは思えない。また、日本の対暗部用暗部『更識家』の現当主にしてIS学園生徒会長、更識 楯無が向かってきたところで、あの二人なら逃げ切ることが出来る。
そう考えると、この二人を倒したのは今回のターゲットである『織斑 一夏』しかいない。
ネルガル所属のISを使える男。非公式なだけにまだまだ使える者がでるかもしれない。現にスコールの前にいる者達は全員ISを使える。
だが、その強さは尋常ではない。代表候補生を一蹴する強さがあるのは知っていた。だが、それでもあの二人ならどうにか出来ると踏んだからこそ、向かわせたのだ。
それが、こうも簡単に潰されるとは思わなかった。
その事を目の前にいる男達のリーダー……『北辰』に言ったところ、北辰は肩を震わせて笑った。
「笑わせてくれるな、スコール。アレはそんな甘いものではない。地獄の業火で鍛えられた復讐の刃、全てに復讐する人ならざる者。人を超えた者に人の域から出ぬ者が勝てる道理などない」
とスコールは北辰に言われた。
それは侮蔑の意味も含まれており、そのことがスコールの癪に障る。Mは少し違うが、オータムは信頼している以上、その彼女達を侮辱されるのは我慢ならなかった。
だからこそ、彼女はこうして北辰達の所に来てあることを『頼み』に来たのだ。
「して、我等に何の用だ」
用件を聞いてきた北辰にスコールは感情的になりそうなのを我慢して用件を言う。
「今度の作戦、それに参加させて欲しいのよ」
「ほう…」
今度の作戦。
それは亡国機業のクリムゾングループが主導で考えているIS学園への奇襲作戦である。
裏から活動する亡国機業が何故表だってまでこんな作戦を取るのか? それは戦力拡大のためである。下手をすれば他の国なんかよりもISの保有数が多いIS学園は、言わば宝の山だ。
今までは此方にそれを手に入れる程の力が無かったため出来なかったが、此度はISを使える絶大な強さを持つ男達や、未だに実験中だが結構な性能を持った試作無人機がある。
戦力も充実してきたところで、やっとIS学園に攻め込めると上が決定したのだ。
と言っても、この作戦は亡国機業ではそう考えられているが、クリムゾングループでは只の実験にしか思われていない。無人ISの研究、そのデータを取るための襲撃作戦。
思惑が違うが、それを察せられないようにするのはクリムゾングループの十八番である。
その作戦に参加したいと言ってきたスコールに、北辰は愉快そうに聞き返す。
「何故、そのようなことを?」
「私としても、ターゲットのことはどうにかしたいのよ。オータムとMをやったのはきっとターゲットよ。なら、部下の失敗を拭うのは上司の責任よ」
それがオータムをやられた復讐だと察した北辰は笑いを噛み殺す。
「成る程………別に良い。此方としても、戦力が多い方が良いからな」
「そう言ってもらえると有り難いわ」
そうスコールは言うと、もう話すことはないと判断して部屋から出て行った。
スコールはそのまま廊下を急ぎ足で歩いていく。その顔はある決意を固めた表情をしていた。
(奴等は『人を超えた者』と言っていたけれど、私だって人とは言い切れない。だから、私ならターゲットを殺せる! オータムとMのためにも、死んで貰うわよ。織斑 一夏!!)
その後ろ姿を見て北辰は愉快そうに笑う。
「まったくの思い違いをしている。いやはや、何を勘違いしているのやら……『人を超えている者』とは、肉体ということではない。それに気付かぬ自体で、貴様は絶対に勝てぬよ」
「隊長、良いのですか?」
そう聞いてきた部下に北辰は狂喜の笑みを浮かべて答えた。
「これは『彼奴』の仕上げよ。これにあの女が加わった程度で殺られるようでは、それまでということ。まぁ、今の彼奴ならまずそんな事は無いだろうがなぁ」
その笑みは見る者を心底震え上がらせる凶悪な物であった。
その笑い声は、暗い室内に響き渡るように木霊した。
Mこと織斑 マドカから受けた情報を解析している間、一夏は変わらずの生活をしていた。
いつもと変わらない情報収集を行い過ごす日々。一夏に出来ることはただ情報が来るのを待つことしかない。だが、その心に焦りはなかった。
捕らえた二人からの情報で大体浮き彫りになっていく亡国機業の姿。そしてその先にあるクリムゾングループ……北辰の姿が見えてきたのだ。ならば、後は煮詰め追い詰めるのみ。
そう思うと一夏の口の端がニヤリとつり上がる。
その笑みは狂喜。もしこれをクラスで浮かべたら、その瞬間には皆恐怖に震え上がるだろう。
今は誰もいない屋上だったので、その笑みを見る者はいない。
それはある種幸いであった。
そんな一夏がいる屋上に、突如来客が現れた。
「あ、あの……織斑君……」
扉を開けて一夏の元に来たのは、更識 簪であった。
その顔は恥じらいで真っ赤になっている。
「…………………」
一夏は無言で簪を見る。
それはそのまま用件を言えということであり、簪はそれを察して話そうとする。だが、やはり恥ずかしいのか顔をさらに真っ赤にして言いづらそうにしていた。
一夏は簪が話すまでじっと待ち続ける。そのことが申し訳無く思うが、同時に嬉しく感じてしまう。
簪はそのことに内心で喜びながら一夏に話しかける。
「あ、あのね……今度のタッグマッチなんだけど……知ってる?」
簪は上目使いに近い感じに一夏を下から見つつ聞く。
その瞳には不安と期待が揺れ動いていた。
「………知っている………」
参加する気はないが、学園行事なので把握はしている。
一夏としては当然出る気はないのだが、どうせアカツキに参加するよう命じられるのがオチだろうと予測が出来ていた。
故に不本意ながらに参加するしかないのだ。
一夏が知っていることを分かって簪の顔には笑顔が浮かんだ。
その喜びようは簪を初めて見る人が見てもわかるくらいである。
「そ、それでね……組む人って…もう決まってるかな……」
恥じらいながらもそう聞く簪。
しかし、その質問は愚問としか言いようがない。このIS学園で一夏に話しかけられる生徒など、簪とシャルロット・デュノアくらいだろう。その上でシャルロットは一夏の意を酌んでか出来る限り関わらないようにしている。彼女自身、別に一夏をそこまでは恐れてはいないが、やはりその修羅の如き強さの前には恐怖を感じてしまっているのだった。
そんな一夏にタッグを組もうという相手など、この学園には一人もいないだろう。
「………決まっていない………」
「そ、そうなんだ! だ、だったら……私と組んでもらえないかな……」
簪はそんなことに気付かずに一夏に期待を込めた目で見つめる。
一夏はそんな簪を見つつ、いつもと変わらないように何の感情も窺えない声で答えた。
「………分かった……組む……」
「あっ! ありがとう!!」
一夏の答えを聞いて簪の顔が歓喜に染まる。
若干感動で目は潤んでいたが、一夏は気にしない。
(やった~~~~~! お、織斑君とまたタッグを組んでもらえて良かった~! こ、これって、嫌じゃないってことだよね? ………キャーーーーーーーーーーーー!)
一人ではしゃいで少し喜んだ後、それを一夏がじっと見ていることに気づき簪は恥ずかしさで顔を一気に真っ赤に染める。
「あ、あの……その……」
恥ずかしがりながらも気まずそうにしている簪に一夏は無言で応じることにした。
一夏から見て、この少女は感情を表に出しやすい。それが最近、若干ながらに羨ましく感じる。
「っ……そ、それじゃぁ…私は訓練、あるから!」
一夏に見つめられ、簪は恥ずかしさに絶えられなくなりポストのように真っ赤にした顔を押さえつつ逃げるように慌てて屋上を去って行った。
そんな簪の背中を見つめていると、急遽一夏に通信が入った。
その通信に一夏は即座に応じる。
『やっほ~、どうやらまた青春してるようだね。けっこうけっこう』
出てきたホロウィンドウにはニヤついた笑顔を浮かべるアカツキが映っていた。
一夏は即座に通信を切ろうとする。
『あぁ、待って待って、切らないで! まったく、もうちょっと付き合ってくれても良いんじゃないかな~』
「………付き合うだけ時間の無駄だ……」
『おやおや、これは手厳しいね』
巫山戯るアカツキをばっさりと斬り捨てる一夏。
これも最近では毎回になりつつある。一夏は内心で呆れ返りながら本題を話すよう言う。
「……本題は……」
『はいはい。まぁ、いつものことだよね、これも。それでせっかちな君のためにも、さっそく情報を教えようか』
それまでへらへらと笑っていたアカツキはここで顔を不敵な笑顔に変える。ホロウィンドウ越しだというのに、その身に纏う空気が変わったのが感じられた。
『実は近いうちに亡国機業がまたIS学園に攻め込むってさ。それも今までの手を出した程度の問題じゃない、本格的な襲撃だよ。戦力は詳しくまでは分からないけど、ツキオミ達に調べさせて見たところ、無人機がいくつかって所だね。あの『ダイテツジン』とかが一遍に来られたら流石にこの学園でもきついかもしれないね。それで襲撃の時なんだけど、たぶんさっきメガネの娘が言っていたタッグマッチの日だ。ここまで分かってるんだから、今回は寧ろ向こうの出鼻を挫こうと思ってるんだよ。だからね………向こうがIS学園に来る前に此方から仕掛けようと思うんだ。どう思うかい?」
「………問題無い……」
アカツキから聞かされた情報を受け、一夏は無表情で頷く。
聞いた情報に北辰がいなかったのは残念だが、同時に北辰の意図を理解した。
つまり……
『この程度で死ぬならその程度、失望させるなよ、復讐人』
ということ。
その意図を理解した一夏は口元をつり上げる。
『さっきの娘との約束のために、早々に終わらせよう』
「………了解……」
そう言い、アカツキは通信を切った。
最後の辺りのからかいに若干苛立ちつつ、一夏は屋上から移動する。
(舐めた真似をしてくれる。だが、それに乗ってやろう。その上で……貴様の玩具は壊させてもらうぞ、北辰っ!!!!)
そう空に向かって憎悪を込めながら、一夏は『笑う』のであった。