一夏は目標……亡国機業の構成員を発見し笑みを浮かべた。
そしてその顔を見て、何故束がそんな条件を付けてきたのかが分かった。
目標の顔は一夏の姉であった人物、『織斑 千冬』に酷似していた。それだけなら変装や整形で何とかなるものだが、そうでないことは目標の見た限りの年齢で察することが出来た。
この手の偽装なら、本人に体型や体重、年齢も合わせるはずである。千冬に似ているが、明らかに年若い見た感じ十代中頃。顔は似ているのに年齢はまったく若い。そこから考えられ、なおかつ先程言った『姉さん』と言う言葉から、一夏はこの目標が『織斑 千冬のクローン』だと推察した。
クローンというのは全く同じ人間だと誤解されがちだが、その成長速度は自然としたものになる。そのため、いくら自分と同じ遺伝子を持ってるとはいえ年齢だけは同じにならない。
今の医学や科学において生物の成長を促進させる技術はあるが、せいぜいより大きく丈夫にしたりする程度である。急成長させるような技術は確立されていないのだ。
だからこそ、その結論が導き出せる。千冬に似ているのに年若い。何よりも、そんな対象の身柄を束が欲するということが決め手となった。
彼の兎は殆どの人間に興味を示さないが、自分と深い関わりを持つ人間には寛大だ。
対象に興味を示すということは、つまり兎にとって対象はそれに値する何かだということ。
故の取引。だからこその無傷での捕獲。
一夏はアカツキの真意を完璧に理解した。
もし、これが何の変哲もない『普通の一夏』だったのなら、動揺して戦闘がおろそかになってしまっていただろう。
だが、ここにいるのは『復讐人』だ。
彼の怨敵『北辰』に復讐する以外、何も持ち合わせない復讐者。
その復讐のためなら、何者をも殺す悪鬼羅刹の類い。
既に決別したも同然の姉のクローンが目の前で現れたところで、この復讐人が止まることはない。
ブラックサレナは目標が此方に向かってくるのを確認して此方も突撃を仕掛ける。
敵……Mの駆るIS『サイレント・ゼフィルス』はブラックサレナに向かって高出力レーザーライフル『スターブレイカー』を三連射する。
その射撃は正確で、さらに回避先を読んでの上手いものであった。
ブラックサレナはそれを最低限機体を動かすことで回避し、反撃に両手に持ったハンドカノンをサイレント・ゼフィルスに向かって発砲する。
その砲撃をサイレント・ゼフィルスは見事に回避し、そのまま接近しながら応射して距離を詰めていく。ブラックサレナも負けじとハンドカノンで弾幕を張りながら接近し、そして互いの影がすれ違った。
これは軽い挨拶のようなものだ。
Mは口元に暗い笑みを浮かべながら反転してブラックサレナに射撃を加えると、ブラックサレナもそれに応戦する。
「こんなものではないだろう。あの男が執着する程の力を見せてみろ!」
Mはそう叫ぶなりサイレント・ゼフィルスに搭載されているビットを四機展開。
それぞれを独自に動かし、自身のライフルと合わせて他方向からの射撃を行う。それはまさにレーザーによる嵐。
通常のISなら回避は困難だろう。
ブラックサレナはそれを有り得ないほどのアクティブな機動で回避する。
その様子にMは笑みを深めながらさらに果敢に射撃を加えていく。
「どうした! そんなのでは私には何もできないぞ!」
今までにない戦闘の興奮を覚えながら、Mはブラックサレナを追い立てる。
ブラックサレナは縦横無尽に宙駆け巡り、レーザーの嵐を回避していく。その結果、下にある町や建物がレーザーの流れ弾にあたって破壊されていく。
この事態にIS学園は緊急事態と判断して観客の避難と鎮圧用の教員部隊を向かわせようとする。
しかし、その前に専用機持ちが勝手に行動を初めてしまったため部隊を動かすことが出来なくなった。
正確に言えば、セシリア・オルコットが敵のISを見て困惑しながらも敵機に向かって行ってしまったのだ。
何故なら、それは彼女の国にとって屈辱の象徴だから。
Mの駆る『サイレント・ゼフィルス』はイギリスから奪取された機体である。
それが目の前で使用されていることにセシリアは我慢が出来なかった。自分の国の失態のせいで周りの人に迷惑をかけることが許せなかった。
だからこそ、イギリスの恥はイギリスが濯ぐべく、セシリアは戦闘が行われている所へと飛び出していった。
それを簪が追いかけて止めようとする。
「お、オルコットさん…危ないから戻って!」
「ですが、あの機体は!!」
セシリアはそう言いながらそのまま先を行く。
簪はその必死さに驚きながらも何とか止めようとセシリアに着いていった。
そして二人はほぼ同時にその場で停止した。
その二人の視線の先には、レーザーの嵐を発生させているサイレント・ゼフィルスとそれを見事に回避するブラックサレナが共に宙を舞っていた。
「っ!?」
セシリアが止まった理由…それはあまりにも激しいレーザーのせいではない。
ブラックサレナ……一夏が戦っているからである。これが一夏と戦う前のセシリアだったら気にせずに攻撃しに行っていたかも知れない。
だが、セシリアにはもうあの一夏の恐怖が刻み込まれてしまっている。
あの時の恐怖がセシリアの体を止める。自身の国のためと言っても、まだ十五歳の少女である。大義だけで恐怖を克服出来るわけが無い。
それに拍車をかけるように、セシリアは感じ取ってしまったのだ。
一夏の殺気を。そして見てしまった……一夏の口元に浮かんでいる狂喜の笑みを。
理解した瞬間、セシリアの体は恐怖で一歩も動かなくなってしまっていた。
そんな恐怖に駆られ震えているセシリアを余所に、簪は別の意味で止まっていた。
目の前で光り輝くレーザーの嵐を、そしてそれを見事に避けていくブラックサレナを見て、簪は……綺麗だとその光景を思った。
まるで幻想的な輝きに溢れ、その嵐の中を高速で動いていくブラックサレナに見惚れていた。
神話に登場する神々を見ているような、そんな気持ちにさせられる。
だからこそ、簪は無意識に口にしていた。
「織斑君………格好良くて…綺麗……」
そして口にしたことを自覚して真っ赤になる簪。
(こ、こんな時に何言ってるんだあろ、私………)
どちらにしろ、二人がこの戦闘に介入するのは無理であった。
尚も続いていくレーザーの乱射にブラックサレナは回避していくが、そろそろしびれを切らせ始めた。
一夏はそのままそのまま回避しながらもハンドカノンで応戦していく。
「ちっ!」
その射撃は回避しながら撃ったと思えないほどに正確にサイレント・ゼフィルスを捕らえる。
サイレント・ゼフィルスはそれを舌打ちしながら回避。
その瞬間に少し薄くなった弾幕をブラックサレナは突き破ってサイレント・ゼフィルスへと突進を仕掛ける。
黒い巨体が砲弾のような速度と迫力を持ってサイレント・ゼフィルスに迫っていく。
サイレント・ゼフィルスはそれを瞬時加速を用いて回避した。
それはギリギリの回避であったはずなのに、Mの口元はニヤリと笑っていた。
「引っかかったな! 貴様のISが頑丈なのは知っている。だが、これならどうだ!」
そうMが叫んだ瞬間、ブラックサレナが爆発した。
「なっ!?」
「織斑君!?」
いきなりの目の前を覆うばかりの爆発にセシリアと簪が驚く。
二人とも、何故ブラックサレナが爆発したか分からなかった。
何故こうなったのか? それはMがサイレント・ゼフィルスに搭載されているもう一つのビット『エネルギー・アンブレラ』を使用したからである。
この兵装は今までのビットと違い防御用のビットだ。エネルギーシールドを張り、自機の周りに展開して全方位からの攻撃を防御する。
だがこれにはもう一つの使用法がある。
それはこのビットに搭載されている高性能爆薬による自爆だ。
Mはこれを使用し、突進してきたブラックサレナを避けるとともにビットを射出。そしてそのままブラックサレナにくっつくかのように動かし、止まったところでビットを自爆させたのだ。
近距離からの爆撃。
いくら丈夫なISだろうと、こんな近距離で爆発させては無事では済まない。
Mは自身が感じた手応えに笑みを浮かべる。
「確かに腕は悪くは無いようだが、それまでのようだったな。この程度で執着する奴の気が知れない。やはり姉さんの前には貴様など取るに足らない」
嘲笑しながらMは爆発したところを見る。
事前の情報でブラックサレナがディストーションフィールドを発生させることは知っていた。
だからこそ、この攻撃方法を取った。いくらMでも、あのフィールドを展開されてはきつい。だからこそ、それを展開させる隙を与えないよう攻めたてこうして爆破したのだ。
だが、その嘲笑は爆炎が晴れるとともに驚愕へと塗り変わった。
「なっ!? ど、何処に行った!!」
爆炎が晴れた先には何も無かった。
墜落していないにしても、かなりのダメージを負ったはずである。すぐに動けるはずが無い。
Mの予想では、爆発したところで浮いていると思っていた。
だが、それどころか実際には欠片一つ無くいないのだ。流石に爆発で全て吹き飛んだとは考え辛い。
そのことに困惑した瞬間、Mは背後から襲い掛かった衝撃に吹き飛ばされた。
「がっ!?」
まるでダンプにでも跳ねられたような衝撃に錐揉みしながら吹き飛ばされるMが辛うじて見たものは、まるで何事も無かったかのように悪魔のように佇むブラックサレナだった。
「なっ……何故っ!? さっき爆破されたはずなのに…何故貴様がそこにいる!!」
襲い掛かった激痛に顔を歪めつつ、Mは体勢を立て直して吠える。
一夏はそれを聞いても何も答えない。その代わりにMの前からまた消えた。
ブラックサレナが爆撃される少し前、一夏は特に何かした訳では無い。
ただ単純に下に回避しただけである。
だが、その速さが最早神業の域に達していてISですら感知できないだけで。
改修されたブラックサレナは以前よりもさらにその性能を上げた。
もはやその機動性はISの比でなく、ISでいうのなら常に瞬時加速しているようなものである。
それも真っ直ぐだけでなく、全ての機動がその速度で行われている。
その機動はもうISではない。もし、ISで同じような速さで動いたら、操縦者は致命的な重傷を負うだろう。それこそ、死んでもおかしくないくらい。
何よりもその反応速度がおかしすぎる。それはもう人間の反応速度を超えていた。
それが新しくなったブラックサレナ。
一夏にしか本当に扱えない『ワンオフ機』である。
真下に動いたブラックサレナは速度を落とすことなく直角に曲がり、そのままサイレント・ゼフィルスの背後へと回り込んだ。
そして背後へと体当たりを仕掛けたのだ。その動きが見えた者はだれもいない。
ブラックサレナはそのまま超高速でサイレント・ゼフィルスに体当たりを仕掛ける。
漆黒の砲弾と化したブラックサレナにMは全ビットとライフルを合わせて集中砲火を放つ。
セシリアのブルーティアーズとは比較にならない火力がブラックサレナへと襲い掛かるが、ブラックサレナはその業火を難なく躱していく。それも、速度を一切変えずに。
それはやがてMの目でも捉えられなくなっていき、またMは凄まじい衝撃と共に吹っ飛ばされた。
その人智を超えた動きに目を見開きながらも機体の情報を見るM。
サイレント・ゼフィルスの機体は各所の装甲がひび割れ火花を散らしていた。
絶対防御があればどんな攻撃でも防げる。
だが、凄まじい威力の攻撃はシールドを貫通してダメージを与える。それを如実に表していた。
依然、ブラックサレナは何もないのかのように浮遊している。
「………その程度か………その程度で北辰と比べようとは……それこそ笑わせてくれる……」
その時、Mは初めて織斑 一夏の声を聞いた。
まるで底が見えない暗闇のような、虚無のような声。しかし……殺気が飽和した声であった。
それを聞いたMは本能で恐怖を感じた。
それまで勢い立っていた自分が嘘であるかのように、その心は冷たく凍り付かされていた。
目の前にいる男は、最早人間ではない。
そう本能が告げていた。
その恐怖と自身のプライドを天秤にかけるが、そんなことに意味はない。
Mにとっての千冬は絶対的なものだが、それはあくまでも人としてである。
ハリケーンや地震を人が止めることは出来ない。
そんな災害のように、目の前の男もその類に入るものだと。
そんなものを止める方法を人は持っていない。
故に本能に従い、Mは離脱しようと瞬時加速を使い離れる……だが……
「………逃がす訳が無い………」
「なっ!?」
さっきまで自分の後ろにいたブラックサレナが次の瞬間には目の前に浮いていた。
そのことに恐怖しか感じないMはもうどうしてよいのか分からなくなる。
倒すことも逃げることもできない。そして……
「……終わらせる……」
後悔する間も与えられない。
一夏がそう呟いた瞬間には、もう目の前まで迫ってきていた。
「ぁああああああああああああああああああああああああああ!!」
恐怖で叫び声を上げながらMは残っているもう一つのエネルギー・アンブレラでエネルギーシールドを張り、持っているスターブレイカーの銃剣を使ってがむしゃらに攻撃する。
ブラックサレナはその速度を維持したまま真横に回転し、テールバインダーを一閃。その高速の鞭によってエネルギー・アンブレラとスターブレイカーを纏めて破壊する。
更にその回転から縦の回転へと移り、サイレント・ゼフィルスへとテールバインダーを振るい地面へと叩き落とした。
「ぐはぁっ!?」
真下にあるアスファルトを砕き、盛大なクレーターを作って倒れ伏すサイレント・ゼフィルス。
それを更にハンドカノンを連射しながらブラックサレナは追撃し、落下速度を合わせた体当たりをサイレント・ゼフィルスに行う。黒き流星は地面にめり込むサイレント・ゼフィルスを更にめり込ませ、強大なクレーターへと発展させる。
「っっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ~~~~~~~~~~~~~~~!?」
もはやMは声すら上げられなくなる。
これだけでサイレント・ゼフィルスは大破状態だ。しかし、一夏は容赦しない。
地面にめり込むMの首を掴むと、そのまま地面に押しつけアスファルトを削りながら遠くにあるビルへと突っ込み叩き付けた。
叩き付けられたビルは壁の殆どを倒壊させ、崩れる寸前までになっていた。
「……………………」
この衝撃で絶対防御が働きMの意識は完全に落ちた。
サイレント・ゼフィルスはこれを止めに、それこそコアを除く殆どを破壊されISとしての体を成さない状態まで破壊され尽くした。
一夏は気絶して倒れているMを確認すると、アカツキに通信を入れる。
「……終わらせた……はやく持って行け……」
アカツキは笑いながらそれに応じる。
『うん、確かに女の子には傷付けてないようだね。でも、本当に容赦ないね、君は』
「……………………」
一夏はそう言われても無視をして通信を切る。
そして一応アリーナへと戻ることにする。
その胸中はほんの少しだけだが、後味の悪さを感じていた。
決別したとは言え、それでも姉というべきか。同じ顔をした人物を倒したことに若干の気の悪さを感じた。
そんな一夏の前に、いつの間にか簪とセシリアがいた。
セシリアは恐怖で顔を真っ青にしていたが、簪は一夏を心配そうに見つめていた。
「だ、大丈夫、織斑君?」
それは一夏の何に対してかは分からない。
簪に話しかけられた一夏は、その声にこう答えた。
「…………問題無い……レースに戻る……」
そう言って簪達よりも先を飛んで行く。
簪はその声を聞いて……笑った。
そして一夏は簪に声をかけられ、何故か知らないが後味の悪さを感じないようになっていた。