インフィニット・オブ・ダークネス   作:nasigorenn

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まだMとは戦いませんよ~。


第四十六話 キャノンボールファスト

 時間は過ぎ、キャノンボールファスト当日となった。

IS学園の生徒は皆、近くにある民間の多目的ホールへと集まっていた。

今日はこのホールを用いて専用機持ちによる個人レースとクラスによるリレーが行われる予定となっている。専用機持ちは皆、戦意を高めながら意気揚々としていた。

専用機持ちにとっては自身とISの性能とデータを周りに示す良い機会であり、一般生徒にとっては競争意識を刺激する行事となっていた。

そんな、言わば体育祭のような雰囲気を醸し出すホールの中、只一人だけは物静かに立っていた。

織斑 一夏である。

一夏は一人でいつもと変わらずに情報を収集していた。

学園の行事がどうだろうと、一夏が意識することはない。皆が盛り上がり観客が期待を込めた視線でホールを見守る中、一夏だけはその類から外れていた。

この日、一夏にはレースよりも重要な事がある。

情報の通りであれば、この日のこの行事の際中に亡国機業から奇襲があるということである。

一夏の目的はこの奇襲犯の捕縛であり、レースに真面目に参加する気は毛頭ない。

なので周りの他の人のように機体をいじくったりはしない。

他の専用機持ちは皆機体の調整に余念が無く、追加ブースターを付ける機体やキャノンボールファスト専用のパッケージを装着する機体などが多く出ていた。

その光景は一種の万博会のようであった。

そんな空気の中、一夏に向かって一人の少女が近づいてきた。

 

「お、織斑君!」

 

一夏はその声を聞くと情報収集の手を止め、声がした方に視線を向ける。

そこにはISスーツ姿の更識 簪が顔を赤くしながら一夏の近くに立っていた。

一夏はいつもと変わらない無表情で簪を見ると、簪は嬉しそうに笑いながら一夏に話しかけてきた。

 

「そ、その…織斑君の調子……どうかなって思って」

 

恥じらいながらもそう聞く簪。

その表情は可憐であり、その恰好もあって普通の男性なら見惚れるくらいに可愛らしいものであった。だが、それが一夏に通じることはなく、一夏は淡々と答える。

 

「………問題ない…」

 

明らかに何も感じさせない声に、普通の女性だったらショックを受けているかもしれない。

しかし、簪はちゃんと答えてもらえたことが嬉しかった。

 

「そ、そうなんだ。私はパッケージがないからブースターを追加するんだけど、織斑君は…」

 

少しでも会話を続けたくて、簪は懸命に話しかける。

一夏はそれを受けて平然と答えることにした。通常であれば此方の情報を話して良いものではないが、既に見られているのでそこまで深く言わなければ問題無いと判断する。

 

「……強襲用パッケージ『高機動ユニット』を使用する……」

「そ、そうなんだ。確か前に臨海学校で使ってたのだよね」

「………そうだ…」

 

その受け答えが簪には嬉しくてたまらない。

意中の人との会話は簪はさらに心を弾ませる。

しかし、邪魔をしても悪いと思ったのでそろそろ会話を切ることにした。

 

「そ、それじゃあ…私はそろそろいくね。お、お互いに頑張ろう……」

 

本当は元気よく言おうとしたのだが、そんな大きな声を簪が出せる訳も無く簪は恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら一夏の元から去って行った。

それを見て、一夏はまた情報収集に戻ろうとしたところで通信が掛かってきた。

それに何も言わずに一夏は応じる。

 

『やっほ~、一夏君。ちょっと時間が空いたから遊びにきたよ~』

 

モニターに出てきたのは、いつもと変わらないさわやかな笑顔をしたアカツキだった。

一夏は無表情のままアカツキに応じることにした。

 

「………目的は何だ……」

『いやぁ~、君の活躍を見にねぇ~。そ・れ・に・さっきメガネの可愛い女の子と良い雰囲気だったじゃない』

 

アカツキは一夏を冷やかすようにニヤついた笑顔でそう言う。

見られていたことに若干の苛立ちを一夏は感じる。

しかし、一夏は感情を出さずに確実にはっきりとした口調で答えた。

 

「……くだらないことを言っていると切る……」

『ごめんごめん。まぁ、冗談は置いといてっと。ちゃんとした仕事でもあるんだよ。君はウチ所属の操縦者でもあるからね。我が社の商品のすばらしさを世間様に知って貰う良い機会だから、その視察も兼ねているんだよ。あとね……』

 

アカツキはさっきまでのふざけた笑顔から一転して、少し真面目な顔になった。

 

『君が今回やり過ぎないようにする監視もあるんだ。君が復讐に燃えるのは大いに結構。だけどね~、いくら敵だからってあまり女性に乱暴は感心しないなぁ。美人なら尚更ね。まぁ、前回は持ち運びやすくしようとしたのが分かるから不問にするけど。今回はもっと穏便に済ませたいからね』

 

一夏はそう言われてから確認するように聞き返す。

 

「……つまり……肉体の損傷を最低限に敵を無力化し捕らえろと……」

『まぁそんな感じ。こっちで調べたいこともあるからねぇ~。あまりやられると直すのが大変だし。前の彼女は途中で精神がイっちゃってさ~、あまり怖がらせると良くないんだよね~。それにお願いされたんだよ、『あの人』にね。僕は美女のお願いには弱くてね~』

「………兎か……」

『まぁね』

 

それを聞いて一夏はアカツキが束と何らかの取引を行ったことを理解する。

差し詰め、ナノマシンのことで何か協力してもらったのだろう。確かネルガルはナノ技術がそこまで凄くはなかったはずである。なのに『IFS』のような凄いものを開発出来たというのは、つまりそういうことだろう。

するとここで気になってくるのは、何故束が今回の捕獲対象を欲するのかである。

殆どの人間に関わることをしない束が求める……それはその対象が凄く興味深いからである。

一夏はそれを察し、アカツキに聞く。

 

「アカツキ……今回の捕獲対象には何がある……」

『あれ、もう気付いちゃった?』

「…兎が要求する自体、通常では有り得ない……」

『さすが一夏君! 冴えてるねぇ~』

 

アカツキは愉快そうに笑う。

 

『でもね~、これを君に教えるわけにはいかないかなぁ~。まぁ、すぐにわかる事だしね』

 

まるで勿体ぶるかのような言い方をするアカツキに一夏はこれ以上聞くのは無駄だと察した。

こういうふうに言ってくるということは、会った瞬間に分かるということなのだろう。

それらを踏まえ、一夏はアカツキに返事を返す。

 

「……了解……」

『うん、それじゃそれを踏まえて頼んだよ』

 

アカツキは笑いながらそう言うと通信を切った。

一夏はアカツキから更に命じられたオーダーを念頭に置きつつ、レースの始まりを待つことにした。

 

 

 

 そして少し時間が経ち、一学年専用機持ちのレースが始まろうとしていた。

専用機持ちはスタートラインで皆、今か今かと開始の合図を待っている。

一学年の専用機持ちは計七人。箒にセシリア、シャルロットにラウラ、鈴に簪、そして一夏である。

セシリアや鈴、ラウラや一夏はパッケージを装着し、シャルロットや簪は増設ブースターを装着することで対応することに。箒はエネルギーを操作し展開装甲の出力を変えることで対応するようにしている。

その中で異彩を放っているのは、やはり一夏のブラックサレナだろう。

他のISと比べ、その姿は最早航空機である。

そんな姿に、観客から驚きと興味の視線が集まっていた。

その視線を感じ、皆緊張が走り顔が強ばる。

唯一顔を出していない一夏はその視線を受けても表情はまったく変わらず無表情のままであった。

そんな空気の中、ついにスタートの合図がホールに鳴り響いた。

それを機に動き出す専用機持ち達。

だが、そんな六機をまるで砲弾が横を通り過ぎるような衝撃が横から襲い掛かった。

 

「「「「「「っ!?」」」」」」

 

その衝撃に煽られながら驚く集団。

その遙か先には、すでに一機のISが独走していた。

それは航空機のような形をしたIS………一夏のブラックサレナである。

ブラックサレナはまるで大気を切り裂いて飛ぶ凶鳥の如く、凄まじい速度で先頭を飛行する。

その速度はISの速度にしてはかけ離れている。そんな速度で飛べば、いくら絶対防御があろうとも操縦者は無事では済まない。ブラックサレナは今、瞬時加速し続けていると言っても良い速度を叩き出していた。

その光景に観客の皆は驚き歓喜するが、ISの専門職の人間は驚愕していた。

普通ではまず有り得ない……それを平然とやっている。

それはISに関わる人間なら、誰もが驚きを禁じ得ない光景であった。

そしてそれは専用機持ちにも言える。

箒達は追いつこうと必死に速度をさらに出すが、ブラックサレナはそれを嘲笑うかのように突き放していく。

皆が焦る中、簪だけが素直に驚いていた。

 

(やっぱり織斑君、凄い………格好いい……)

 

簪がそう思い頬を染めていることなど知らない一夏は、先行しながらある物を索敵していた。

そしてその捜し物は一夏に向かって発射されたレーザーと共に見つかった。

飛んで来たレーザーをバレルロールで回避すると一夏は高機動ユニットをパージした。

顕わになった悪魔の様な姿。

それを見て、一夏が探していた物が一夏を睨み付けてきた。

 

「貴様が織斑 一夏か」

 

そう話しかけてきたのは、見たことの無いまるで蝶のような形をしたISであった。

そしてその操縦者は、ハイパーセンサーを解除し素顔を晒していた。

その顔は一夏の知っている人物の顔にそっくりであった。

 

「貴様がどれほどのものなのか、見せて貰う! そして私は姉さんを超える!!」

 

敵はそう叫ぶとともにセンサーを展開し顔を隠した。

そのまま此方に仕掛けようと接近し始める。

それを見て一夏は、何故束が興味を示したのかを理解した。

そして、口元に狂喜の笑みを浮かべ、敵に向かって突撃した。

 

 

 


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