インフィニット・オブ・ダークネス   作:nasigorenn

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久々なので結構難しいです。


第四十二話 盗人の末路

 『巻紙 礼子』と名乗る女性に連れられて、一夏は人気の無いアリーナの更衣室へ向かうことに。

一夏がその事を疑問に感じたと思ったのか、女性は一夏に振り返り笑顔で説明する。

曰く、静かな所で話がしたいということらしい。

一夏はそれを無表情で聞いていたが、実際の所は辟易していた。

今、この学園内で使われていないアリーナの更衣室に向かっているというだけで、その話は明らかな嘘だということが丸わかりであった。

そもそも、何故そこが静かだと分かるのか? それは調べなくては分からないはずのことであり、それを知っている時点で何か目的があることを露呈しているに等しい。

一夏は事前に情報を受けているので、今自分の目の前を歩く女性が亡国機業のオータムという人間であることを知っている。

あの『北辰』が所属している大本組織の人間がどれほどの者かと思ったが、こんな露骨に尻尾を出すような人間では期待外れもいいとこである。

それでも一夏が話に乗ったのは、何よりも此方にとっても人気がない所の方がやりやすいからだ。

一夏は期待外れの事に落胆するとともに、何故か早く終わらせて簪と合流しようと考えてしまった。

それを考えた瞬間に疑問に思う。

何故、自分はそう考えてしまったのか……と。

自分の中に生じた説明しがたい何かに苛立ちを覚える。

確かに簪に一夏はすぐに戻ると約束した。

だが、正確な時間を指定したわけではない。故に簪の所へ戻るのにいくら時間がかかっても問題はないのだ。だが、何故かそう考えてしまった。

その苛立ちを誤魔化すために、一夏はその思考に無理矢理結論付ける。

はっきりと言えばこんな期待外れの相手をしているのは時間の無駄だと。

そう結論付け、一夏は女性と一緒に歩き、アリーナの更衣室へと向かった。

 アリーナの更衣室に入ると、中は静かで人の気配が一切感じられない無人であった。

女性は部屋の中央まで歩くと、一夏に振り返り笑顔で話しかける。

 

「すみません、織斑さん。こんな所まで来ていただいて」

 

軽く頭を下げて謝る女性に一夏は何も感情を浮かべずにただ聞いていた。

その様子を見て、特に気にしていないと判断したらしい。女性は一夏に謝りつつ一夏に頼み事をしようとする。

 

「すみません、織斑さん。実は織斑さんに折り入ってお願いがありまして」

 

一夏にそう言うと、女性はさらに笑顔を浮かべて一夏に言った。

 

「織斑さんのISをいただきたく思います」

 

一夏はそれを聞いて何も答えない。

その様子を見て聞こえなかったと判断したのか、女性は先程の上品な笑みとは打って変わって獰猛な笑みで表情を塗り替えて荒々しく言い直した。

 

「テメェのISをよこせっつってんだよ、このダボォッ!!」

 

そう言うと共に、女性ことオータムは一夏に向かって回し蹴りを放った。

一夏はそれを見切り、体を少し反らすだけでその蹴りを避ける。

その表情は何の感情も浮かべずに無表情のままである。

その事に苛立ちながらオータムは一夏に吠える。

 

「何だぁ、その面は! 何で驚かねぇんだよ!!」

 

それを聞いても一夏の表情は変わらず、何の感情も窺えない声で答えた。

 

「……貴様の目的は既に知っている…亡国機業のオータム……」

「何だよ、知ってて着いて来たってかぁ!」

 

オータムは荒々しく一夏にそう聞くが、一夏は何の反応もせずに淡々と言う。

 

「……この程度で北辰と同じ組織の人間とは……呆れてものも言えない……」

「んだとっ!! あのクソの名前を言うんじゃねぇ!」

 

そう叫ぶと更に一夏に向かって飛びかかり、蹴りを2、3発放つ。

一夏はその全てを表情少し変えずに避けていく。

それが癪に障ったのか、オータムは激怒しながら一夏に向かって叫ぶ。

 

「チョコマカと逃げてんじゃねぇ! このガキっ!!」

 

一夏が後ろに少し跳んで距離を取ると、オータムはISを展開する。

 

「こいつでとっととぶっ潰してやるぜ!」

 

一夏に向かって吠えるオータムは蜘蛛の様なISを身に纏っていた。

アメリカで開発された『アラクネ』というISで、多脚に見えるものは移動補佐もするが、それ以上に火器を積んだ武装腕である。装甲も堅めであり、機動性よりも火力に重きを置いているISだ。

ISを展開次第、オータムは一夏に向かって呼び出したアサルトライフルと武装腕を使って一夏に集中砲火を浴びせる。

一夏はこれを真横に飛び込み回避。一夏が先程までいた場所は弾雨に晒され、見るも無惨な光景へと変わっていた。

一夏は起き上がると共にISを展開する。

その姿を見てオータムが怪訝そうな声を上げた。

 

「あぁ? 何だ、その姿? 報告で受けてたのと違ぇじゃねぇか!」

 

オータムの目に映ったのは、ショッキングピンクをした全身装甲のISであった。

それは一夏がいつも使っているISの姿ではない。

一夏が展開したのは『パッケージ』ブラックサレナを装着していないエステバリスである。

一夏は何も言わずにアサルトライフル、『ラピッドライフル』を展開してオータムに向かって応射する。

一夏が撃った弾丸はそのまま吸い込まれるようにオータムに着弾するが、その装甲は全く損傷を受けない。

 

「舐めてんじゃねぇ! このクソガキッ!!」

 

オータムは銃弾が当たったことに苛立ちながら一夏へと更に襲い掛かる。

多脚とアサルトライフルを用いての雪崩の様な弾雨を部屋に響き渡らせるが、一夏は更衣室のロッカーを盾にして銃弾の嵐を防ぐ。

その様子を見て、オータムはさらに激怒していく。

 

「とっとと死にやがれぇええええええええええええええええええええええええ!!」

 

一夏はそう叫ぶオータムを見て、あることを疑問に感じた。

敵の目的は此方のIS。もしかしたら一夏自身も含めているのかもしれないが、あの攻撃のしようから見て一夏の身柄は含まれているとは考えづらい。

ではどうやってISを奪うのか、その手段が気になった。

量産型と違い、専用機などは個人のデータで調整されているためただ奪っただけでは使えない。中のデータを書き換えるにはかなりの設備が必要であり、場合によっては盗んでも書き換えられない何てこともある。つまり専用機は盗んだところで戦力になるとはっきりは言えないのだ。

では、何故あそこまで奪うと公言して正面から襲撃してきたか……それが一夏には気になった。

だから……釣ってみようと判断する。

一夏はわざと銃撃に当たり、壁まで跳んだ。

それを見てオータムは愉快そうに笑いながら一夏にさらに砲撃を加えていく。

 

「おいおい、最初の威勢はどうした、クソガキ! そんなんじゃすぐに死んじまうぜぇ!」

 

オータムは更に弾雨を濃くして一夏を追撃する。

エステバリスの装甲から火花が弾け、装甲が弾痕で汚れていく。

そのまま一夏はワザとその弾雨を全身で受けて、後ろにあったロッカーを倒しながら吹っ飛ぶ。

装甲を破らない限りエステバリスではシールドエネルギーを消耗しないからこそ出来る方法である。

 

「オイオイ、この程度かよ。たく……こんなのだから男は……」

 

倒れたままでいる一夏にオータムは近づくと、動けない一夏をワイヤーを使って宙吊りにすると白い六角形の機械を呼び出した。

そして聞こえているか分からない一夏にオータムは上機嫌に説明し始めた。

 

「こいつはなぁ、離剥剤(リムーバー)つって、ISを相手から引き剥がすことが出来る。こいつでテメェのISをいただかせて貰うぜ」

 

オータムは手に持った六角形の装置をエステバリスの胸に押しつけると、装置から触手のようなコードが出てきてエステバリスのボディに絡みつき、そして紫電が走った。

離剥剤を使用すると強引に操縦者からISを解除することが出来る。ただし、その際には強烈な激痛が操縦者に襲い掛かり下手をすればショック死する可能性もあるのだ。

だが……

 

「………それが手か………」

 

エステバリスから何の感情も窺えない声が聞こえ、オータムの表情が固まる。

 

「え……」

 

それを皮切りに、いきなりエステバリスが動き始めた。

右腕に巻かれていたワイヤーを無理矢理に引き千切ると、未だに紫電を発している離剥剤を鷲掴みにして強引に引き剥がした。

そしてオータムに見せつけるかのように右手を前に出し、掴んでいた離剥剤を握り砕いた。

 

「なっ!?」

 

驚愕に顔を歪めるオータムを尻目に、エステバリスは空いた右腕にナイフを展開してワイヤーを切り裂き床に着地する。

離剥剤があるからこそ、相手からISが奪える。

だからこそ、オータムは一夏のISを奪いに来た。

一夏はそれを理解すると同時に、やはり落胆していた。

北辰達だったら、そもそもこんな幼稚な手は使わない。

奴等なら、一夏を確実に殺すか無力化してからISを奪うだろう。そんな抵抗できる状態で使うような間抜けは奴等の中に一人もいない。

奴等と比べてその程度のことしか出来ないオータムに一夏は呆れるしかなかった。

そのまま何も言わずに一夏はオータムの方へと歩いて行く。

アカツキに頼まれたこともある以上、オータムを捕らえなければならない。

一夏はまるで物事を淡々と片していく境地で歩を進める。

一方、オータムは近づいてくる一夏に段々と恐怖を感じてきた。

離剥剤を使えば、当然操縦者に激痛が走る。それもショック死するかもしれない激痛である。

そんなものを受けて、平然としていられるはずがない。痛みに伴う血圧の上昇や、それによる呼吸機能への障害、さらに意識障害なども引き起こすのだ。

そんな消耗しているのが当たり前だというのに、目の前にいる一夏は何も無かったかのように普通に歩いてきているのだ。

その異常な光景にオータムは恐怖し、ついには耐えきれなくなった。

 

「何で平然としてんだよ! 化け物かテメェ! 死ねぇええええええええええええええええええええ!!」

 

アラクネの多脚と両手に呼び出したアサルトライフル。

その全てを使って暴風の如き集中砲火をエステバリスへと放つ。

しかし、エステバリスは薄黒い膜のようなフィールドを展開。

放たれた集中砲火の弾丸は、膜によって全て四方へと逸らされてしまった。

エステバリスは何も無かったかのように更に歩を進め、オータムはがむしゃらに火器をエステバリスへと撃ち続けるがその全ては逸らされてしまい、エステバリスには傷一つ着かない。

尚も平然と歩を進めていくエステバリスがオータムの目には明らかに不気味に映った。

まるで不死身のゾンビを相手にしているような、そんな恐怖をオータムに感じさせる。

段々と近づいて行くエステバリスに、オータムは後ろへと下がっていく。

そして気がつけばアラクネの後ろの多脚が更衣室の壁に当たっていた。

それにオータムは気づき、そして前からゆっくりと、しかし確実に近づいてくるエステバリスを見て恐怖が頂点を突き破った。

 

「っっっっっっっっっっっっっっっっっ………………………!!!!」

 

声にならない叫びを上げ、オータムはアラクネに着いている自爆装置を作動させて強制排除でアラクネを外し、自立行動モードでエステバリスへと走らせる。

これがアラクネ最大の攻撃である。アラクネは蜘蛛のような姿に変形すると、エステバリス目指して突進する。

オータムはそのまま恐怖から逃げるようにアリーナの方へと走っていく。

そしてオータムがアリーナに出た途端、背後から爆発の轟音と衝撃が伝わってきた。

その衝撃にオータムは前のめりにアリーナの地面へ転がる。

体は転んだので痛かったが、それを感じて恐怖が解け始めた。

オータムはそのことに心底喜び、恐怖で消耗した体を起き上がらせる。

ふらふらと立ち上がっていくと、目の前に急に青白い光の粒が現れ始めた。

その粒は集まっていき、やがて形を成すと辺りが見えなくなるくらいの閃光を走らせた。

その光に目をやられ、オータムは目を瞑ってしまう。

そして目を開けたとき、オータムの前には…………

 

ほぼ無傷のエステバリスが立っていた。

 

あまりの恐怖に声を失ってしまうオータム。

そんなオータムに一夏は無慈悲に告げる。

 

「………終わりだ………」

 

そう告げた瞬間にフィールドランスを展開し、高速で三回振るう。

目にも止まらない早業に、オータムには何も見えなかった。

そして次の瞬間、オータムの体は床に落ちた。

 

「え………」

 

オータムの口から呆気にとられた声が出る。

何故なら、本来自分の視点からは見えないものが映ったから。

それは……自分の両足と、地面に転がる両腕だった。

 

「っっっっっっっっっっっっっっっっっっっ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?!?」

 

それを認識した瞬間、手足の斬られた切断面から血が噴き出し、オータムは今まで感じたことの無い激痛に襲われた。

その痛みのあまりショックで気を失ってしまう。

一夏はオータムがもう動かないことを確認して顔を別の方に向けて其方に言う。

 

「………これで終わった……速く持って行け……」

 

そう一夏が声をかける先には、いつの間に来たのかツキオミとゴートが立っていた。

 

「もう少し織斑は女性に優しくしたほうがいいんじゃないか。あぁ、これじゃ早くしないと死んじゃうよ」

「しかし、持ち運びやすくなったのだから問題はないでしょう」

「そういう問題か、ゴート?」

 

二人は軽口を叩きながらオータムへと近づき、特殊なトランクにオータムを止血処理して詰めていく。

そんな二人を見ながら一夏はエステバリスを解除する。

 

「………俺はもう行く……」

 

二人にそう伝えると一夏は学園の方へ歩いて行く。

するとツキオミが一夏の背中に向かって少し大きな声で言ってきた。

 

「眼鏡の可愛い娘とのデート、楽しんでこい」

 

一夏は何も言わずにそのまま歩いて行くが、内心ではやはり見られていたことに若干苛立っていた。

 


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