インフィニット・オブ・ダークネス   作:nasigorenn

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今回はこの作品しては甘いです。
でも最後は注意ですよ。


第四十一話 復讐人の学園祭めぐり 前編

 アカツキの命とは言え仕方なく簪と学園祭に参加することになった一夏。

簪は一夏と学園祭を一緒に回れることに心の底から喜び、内心舞い上がっていた。

 

(やった! ……織斑君とデート…織斑君とデート! …)

 

そんな簪と比べて、一夏は内心どうしてよいか悩んでいた。

今回の話は言わば半日休暇のような物だが、だからと言って喜ぶ一夏ではない。

時間が空いたのなら、すべてを情報収集に当てる。

それが今までの一夏の過ごし方であり、それまで人と一緒に行動することなどなかった。

故に、こんなことになってどうして良いかわからない。

取りあえずは簪に付いていくことにした。

簪は顔を赤らめながら嬉しそう歩き、一夏はバイザーをかけた状態で無表情に歩く。

その光景は少し異様であり、IS学園以外の外来者から見ても少しおかしく見えた。

しかし、本人達がそんなことを気にする事も無く賑やかな廊下を歩いて行く。

 

「お、織斑君……ど、どこ行こうか…」

 

簪は早速一夏にそう聞く。

その顔は赤くなりつつも嬉しそうに微笑み、普通の男性だったら見とれてしまうくらいに可愛い表情をしていた。

だが、一夏はこの期待に応えることが出来ない。

単純に学園祭のことにまったく関わっていない一夏は何処で何をやっているのかを知らない。

正確に言えば知識としてどのクラスが何をやっているか程度は知っているのだが、それと簪が期待しているものとは違うのだ。

何処が潜入しやすかったり、危険物を取り扱っているかどうかなどの如何に相手が潜み武器を入手しやすそうなのかといったものである。

到底女の子が喜ぶようなものではない。

だから一夏は、内心で困りながらも何とか簪に応える。

 

「………好きな所にしろ……」

 

明らかに投げやりな答えであり、普通に聞けば速攻で嫌われるような答えであった。

通常、こういうときは男性がエスコートするものであり、一夏の反応は絶対にしてはいけないものだ。

だが、簪は一夏のこの答えを、

 

『どこにでも付いていくから安心して楽しむといい』

 

そう認識し、顔をさらに赤らめていた。

恋する少女にとって意中の男性の言葉はプラス思考で聞こえるらしい。

 

「あ、ありがとう……じ、実は行って見たい所……あるの……」

 

簪は赤い顔で一夏の顔をジッと見つめながら言う。

それを受けて一夏は無言で頷き肯定の意を表した。

どちらにしろ一夏には女性をエスコートする能力など皆無だ。ならば簪に従うしかなかった。

 その後、簪に連れられて横を歩く一夏。

簪は嬉しそうに歩いて行くのだが、移動していくに連れて人混みで廊下や通路がごった返していた。

このまま通れば離ればなれになることは確実である。

簪はこの人混みを見て若干怯え、一夏に縋るような視線を向ける。

 

「お、織斑君……少しお願い……いい?」

「………何だ………」

「……手……繋いでも…いい……このままだと…はぐれちゃうから……」

「…………好きにしろ………」

 

一夏は無表情にそう返すと簪は感激して頬を赤らめながら喜び、一夏の制服の腕の裾を軽く摘まむ。

簪としては本当は手を繋ぎたい所だが、流石にそれはまだ簪には恥ずかしかった。

簪にとって、手を直に繋ぐの大胆な行動に思えたから。

簪に制服の裾を引かれながら歩く一夏。

一夏自身、あまり人に体を触られるのは好きでは無いので簪のこの行動は少し有り難かった。

そのまま二人は廊下を歩いて行く。

一夏は顔はバイザーを付けているので表情は分からないが、その下は変わらずに無表情であった。

対して簪は真っ赤になっていて、内心幸せで顔がにやけそうになってしまっているのを必死に堪えていた。

 

(織斑君の手、繋いじゃった……裾だけど。これだけでもドキドキする…)

 

そして一夏は簪に引っ張られながら向かった先は……占い屋であった。

この時代の最先端をいくIS学園で占いなどというオカルトは如何なものかと思うが、いつの世になろうとも女子というのはこういう物に興味を持つものらしい。

簪は一夏を覗き込むように見つめる。

 

「こ、これなら……織斑君も楽しめるかなって……」

 

恥ずかしそうに顔を赤らめながらそう一夏に言う簪。

それは簪なりの一夏への気遣い。

一夏に味覚が無いことを知っている簪は、前の失敗を踏まえて飲食店を避けたのだった。

学園祭では飲食できるカフェなどの出店が多く出ている。

当然簪も行ってみたいが、それでは料理を味わうことの出来ない一夏が学園祭を楽しむことが出来ない。

一緒に回るのだから、一夏にも学園祭を楽しんで欲しい。

だからこそ、簪は一夏でも楽しめる出し物を選んだ。

一夏は簪の気遣いに当然気付き、何とも言えない気持ちになる。

感謝といえばそうなのだが、哀れまれているような……そんな感じがする。簪が一夏を哀れんでいるわけではないので、一夏にとって複雑な気持ちになった。

だが、決して嫌ではない。

それが何の感情なのかは分からない。ずっと昔に失ってしまったもの故に一夏に思い出すことは出来ない。だが……一夏にとって、決して不快ではなかった。

 

「……………」

 

一夏は無言で簪に頷くと、簪は嬉しそうに笑った。

そして二人で占いの屋へと入っていく。

 

「いらっしゃ~い」

 

部屋に入ると間延びした声で挨拶される二人。

簪は一夏の手を引いて席に座る。

丁度二人で座る椅子のようで、簪が座った後に一夏もその椅子に座るのだが、

 

(うわぁ!? 織斑君がこんなに近くに! わ、私の肩当たってる! ひゃあ~~~~~~!!)

 

一夏の体が近づき、簪の肩に当たったことで簪は顔を真っ赤にしてしまう。

意中の相手にここまで近づかれてドキドキしてしまい、冷静でいられる女の子はいない。

簪は今にも心臓が口から出てしまうんじゃないかと思っていた。

 

「どんな占いをご所望ですか~」

「ひゃ、ひゃい! あの……」

 

占いをする生徒からそう聞かれ、簪は慌ててその生徒の耳元に占って貰うことを小さい声で言う。

一夏は気にしていないが、余り聞かれたくないことなのだろうと推察する。

 

「あ、そういうことですか~……へぇ~~」

「ぅ~~~~~~」

 

簪の話を聞いた生徒は妙ににこやかに笑うと、簪は恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら可愛らしく唸る。

 

「それじゃどれどれ~~~~」

 

生徒は水晶を取り出すと簪を水晶越しに見て、その後簪の手相を見て占う。

 

「ど、どうですか……」

 

恥ずかしいけど結果が気になる簪は消えそうな小さい声で生徒に聞く。

生徒は少し真剣そうな表情を浮かべて簪に占いの結果を発表する。

 

「えぇ~っと……基本的には良い方かな。目標にしていたことがもうそろそろ達成されるかもしれない。金運は普通。ただ……恋愛運はちょっと複雑だね。悪くは無いと思うんだけど、何か障害がいくつも立ちはだかってきそう。前途多難かもしれない。でも、相手も決して悪くは思ってないと思う」

「そ、そう…ですか…」

 

結果を聞いて喜ぶ簪。

少し前なら確実に後ろ向きに考えていたのでへこんでしまう結果だが、今の簪にとっては朗報である。一夏との仲が悪くなく、一夏も悪く思ってないということは簪にとって嬉しい限りの情報だ。

 

(織斑君との仲が悪くなくてよかったぁ~~~~~~)

 

簪は心底そう思いながら話を聞き終えると、今度は一夏の番になった。

一夏は先程簪がされたのと同じように占われる。

実は少しでもおかしい真似をしたら銃を抜く構えを一夏は取っていたが、それに気づける者はいなかった。

そして占いが終わり次第、占った生徒は冷や汗を掻きながら実に言いづらそうに結果を発表した。

 

「そ、その~~~~……正直最悪としか良いよう無いかも。て言うか、他の運勢が全部見えない。死相しか見えないんだけど……」

「そ、そうなんだ……」

 

その結果を聞いて簪はショックを受け、一夏は何も感情を浮かべずにいた。

気まずい雰囲気が流れ始め、簪は慌てて一夏に話しかける。

 

「お、織斑君! つ、次、次に行こうか!」

 

簪はそう一夏に言うと、少し強めに一夏の上着の袖を引っ張る。

一夏はそれに逆らうことはせずに、そのままその部屋を後にした。

 

 

 

 その後、簪に連れられて美術部の爆弾処理ゲームなどに参加する一夏。

爆弾処理では簪以上の速さであっという間に爆弾を無力化し、見事に賞品を受け取った。

しかし、一夏がそんなものを喜ぶ事など無く、貰った賞品……何やら黄色い顔に水色をした服を着た良く分からない生物のぬいぐるみを簪に上げた。

実はとある市のゆるキャラで最近全国でも有名になっているのだが、それを一夏が知るわけがない。

 

「い、いいの?」

「……俺には必要ない……」

 

簪は一夏を顔を赤らめながら聞くと、一夏は何の感情もなくそう答えた。

捨てても良かったが、近場にゴミ箱がない。そのままポイ捨てすればそれを見た人に拾われて返されるのがオチである。結果、ぬいぐるみを物欲しそうに見ていた簪に上げるという選択肢を選んだ。

そのぬいぐるみを受け取った簪は顔を真っ赤にしながら喜び、ぬいぐるみを力の限り胸に抱きしめる。

 

(お、織斑君から貰っちゃった! これってプレゼントってことかな……キャァーーーーー)

 

簪の胸の前で変形し原型がわからなくなるぬいぐるみ。

一夏はそのぬいぐるみを静かに見ていた。

 

 

 

 そのまま簪がしばらく喜びを噛み締めた後、美術部から出て他の出店なども見ていく二人。

そんな二人を影から尾行する者達がいた。

 

「かぁ~、何やってるんだ、あの唐変木は。そこはもっとがっといっても良いだろうに」

「…隊長、あまりそういうことは…」

 

スーツを着た男の二人組で、片方はすらっとした身長に腰まで届く黒い長髪。女性ならば誰もが見惚れてしまう美しい顔をした年若い男。もう一人はがっしりとした体型に巌のような顔をした男であった。

二人は一夏達を遠くで見ながら特殊な小型カメラで写真を撮っていく。

 

「そうだが、ゴートよ。私達はあの腹黒に命じられて写真を撮っているんだぞ。ならもっと面白そうな写真がとれないと面白くないではないか」

 

そう長髪の男はもう片方に言う。

そう、この二人はアカツキに命じられ一夏の応援と監視をしにきたネルガルシークレットサービスのツキオミとゴートだ。

殆ど私用に近い命をツキオミはニヤニヤ笑いながら受け、ゴートは仕方なくそれに付き合っている。

二人は一夏に気付かれないよう気を付けながら尾行を続けていたのだ。

 

「はぁ……」

 

未だにノリノリで一夏を尾行していくツキオミを見て、ゴートは深い溜息を吐いていた。

 

 

 

 昼も近くなり、一夏と簪はそれなりに学園祭を回っていく。

簪は一夏と一緒にいられることに喜び、一夏はそこまで悪くない気分で満たされる。

 

「次は…どこに行こうか」

 

簪は上気した頬を意識せずに一夏に話しかける。

一夏は何も感情を浮かべずに答えた。

 

「………好きにしろ……」

 

そう言われ、次はどうしようかと簪が悩んでいると……

 

『きゅる~~~~~~』

 

そんな音が簪から鳴った。

それが聞こえた瞬間、簪は恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして慌てて音が鳴ったと思われるお腹を押さえる。

 

「や、今のは、あの…その!」

 

そんなふうに慌てながら一夏に弁論する簪だが、その行動で先程音の正体がなんなのか分かってしまう。

一夏は慌てる簪を見てから辺りを見回し、そして目的のものを見つけてから簪に言う。

 

「………行くぞ……」

「え?」

 

言われた意味を理解出来ず疑問符を浮かべる簪を一夏は引っ張ってその目的の場所へと歩いて行く。

簪はその最、初めて一夏に手を引かれたことにドキドキしてしまっていた。

そして行き着いた先にあったのは、和装喫茶であった。

それを見て簪は一夏が言いたいことを理解し、慌てて入るのを辞めようとする。

 

「いや、でも! これじゃ…織斑君が…」

「……問題ない……」

 

一夏は簪にそう静かに答えると、そのまま簪を引きずるように部屋へと入っていった。

簪は一夏に手を引かれていることにドキドキしてそれどころではないため、反論も出ない様子である。

そのまま案内を受けて席に座る二人。

 

「お、織斑君……ごめんなさい……」

 

簪は一夏に飲食店に来させてしまったことを悪く思い謝罪するが、一夏は感情一つ浮かべずにそれを静かに聞く。

 

「……お前が謝る理由はない……」

「で、でも……」

 

一夏にそう言われ簪は一夏を申し訳なさそうに見つめる。

一夏はその様子に何も言わずにジッとしていた。

そして簪の注文を取り終え、待つこと数分。

テーブルの上にはあんみつが乗っていた。

簪はあんみつを見て目を輝かせ、さっそく一口食べ始める。

 

「うん、あま~い」

 

恍惚とした表情であんみつを食べる簪。一夏はそれを静かに見つめるだけであった。

 

「ごめんね、織斑君。わたしだけこんな……」

「………気にするな………」

 

また申し訳なさそうに謝る簪に一夏は何の感情も浮かべずにただ、そう言って簪を見ている。

それが何だか恥ずかしくて、簪は余計に頬を赤く染めてしまう。

そのまましばらく、簪は恥ずかしく思いながらもどこか嬉しい時間を過ごした。

 

 

 

 簪があんみつを食べ終えて店を出た後、次は何処に行こうかと一夏に相談していたところでそれは来た。

 

「すみません、ちょっとよろしいでしょうか」

 

一夏に向かってそんな声がかけられた。

二人で振り向くと、そこにはスーツを着た女性が笑顔を浮かべて立っていた。

ぱっと見で分かる美しい女性で、簪は少しだけ見惚れてしまっていた。

 

「すみません、確かあなたはネルガルの織斑さん、ですよね。私、こういう者です」

 

女性はそう言って一夏と簪に挨拶として名刺を渡す。

名刺には『巻紙 礼子』という名前と会社の役職が書かれていた。

 

「実は折り入って織斑さんに話があるんですよ」

 

女性は笑顔で一夏にそう言い、簪はどうしようかと悩んでしまう。

一夏は無表情のまま簪の方を向き、簪に言った。

 

「……すまない……会社の用事を思い出した……すぐに終わるから……待っていろ……」

 

一夏にしては珍しい長い言葉、そして待ってろと言われたことで簪は嬉しくなってしまい素直に頷く。

それを見た後、一夏は女性の方を向き話す。

 

「………話を聞く………」

「では、こちらに」

 

女性にそう言われ、一夏は女性に付いていく。

その後ろ姿を簪は待ち遠しいように見つめ、女性は内心でほくそ笑んでいた。

だから気付かなかった。

 

一夏の口元が…ぞっとするほどに歪んだ笑みを浮かべていることに……。


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