インフィニット・オブ・ダークネス   作:nasigorenn

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気がつけば装甲正義を余裕で超えてしまった……。
何だか感慨深いです。


第三十九話 更識 楯無襲来

 二学期初日も問題なく進み、時間は放課後に差し掛かった。

生徒達は放課後を満喫しようと、部活に出る者や友人とカフェでお茶をしたりと様々に過ごしていた。

その中で一人だけ、それから外れている者がいる。

黒いバイザーをかけた無表情の青年…織斑 一夏である。

一夏は朝から変わらずに情報を集めていた。

しかし、当たり前のように北辰達の情報は入らない。そのことに若干じらされつつも、それ以外にすることがない以上どうすることも出来ない。

自分のISの整備や調整なども出来ないこともないが、パッケージであるブラックサレナは現在改修中であった。夏休みにあった出来事と損傷の為、急遽修理から改修に変えたのである。

一夏が動かした際、一夏の反応速度に機体が遅れ始めていたことが主な改修理由だ。

ある種においては一夏が成長している結果でもあるが、それで弱体化しては元も子もない。

なので現在、ブラックサレナはネルガルの研究所に預けていた。

エステバリスは手元にあるが、これは学園に来る前にネルガルができる限り改修を行った。

弱いとは言わないが、ブラックサレナがない状態の一夏ではエステバリスが唯一の戦力と言って良い。自衛の為にもそこは急務で行ったのだ。

 なので一夏がISを整備する必要がない。

だからこそ、情報収集をすることしかない。拳銃の整備も出来るが、それは自室でないと何かしら問題が起こる可能性が高い。

無駄な騒ぎは一夏とて本意ではない。

だからこそ、今の行動が一番無難なのであった。

 そのままある程度調べ、日が暮れ始めたので寮へと一夏は帰ることにした。

その帰り道、一夏は自分を尾行している人間がいることを察していた。

実は教室にいたときからずっと監視されていた。それに気付いたからこそ、いつもと変わらないように行動していたのだ。

廊下をゆっくりと歩き曲がると、少ししてから一夏の歩いていた方向に小さな足音が鳴る。

このまま無視しても一夏に問題はないが、尾行している人物からの殺気がヒシヒシと一夏に伝わってくる辺り、只事ではないだろう。

このIS学園で一夏は疎まれている存在だが、殺気を向けられるというのは少ない。

最初こそ多かったが一夏の強さを見せつけた結果、周りの人間はその強さに恐怖し避けるようになっていった。つまり殺気を向けられるような対象から外れたということになる。

その一夏に殺気を向けられる人物を、一夏は知っている限り一人しかいない。

だからこそ、一夏はこの尾行者を捕まえることにした。

次の曲がり角を曲がり次第、反転して制服の袖から拳銃を出し構える。

そして尾行者が曲がり角に入り次第、銃を突き付けた。

 

「………何の用だ……更識 楯無…」

「あれ、もう気付いたの。いつの間に気付いたのかしら」

 

一夏を尾行していたのは更識 楯無であった。

普段と変わらずにおちゃらけたように話すが、その目は怒りに燃えていた。

一夏はそれを踏まえた上でいつもと同じように何の感情も感じられない無機質な声で対応する。

 

「……最初からだ……」

「そう…」

 

楯無はそう反応し一夏に質問する。

 

「ねぇ…貴方が簪ちゃんを泣かせたって聞いたんだけど……どうなの」

 

その質問と共に、一夏への殺気が膨れ上がった。

それは一般人なら失神しているぐらいに凄まじいものだった。だが、一夏はこれを平然と受け流していた。

 

「…………」

 

一夏は何も答えない。

何故なら、既に答えは出ているから。更識 楯無の殺気が物語っている。更識 簪を泣かせたのは織斑 一夏だと。

別に一夏自身、何かしたわけではない。だが、客観的に見てあの場面はどう見ても一夏が泣かせたようにしか見えない。

過程がどうであれ、更識 簪が泣いたという事実はかわらない。

だからこそ、この応答に意味はない。

更識 楯無は織斑 一夏を倒しに来たのだから。

それに一夏自身、答える気がなかった。

どう答えても一緒であり、しかも一夏自身も否定しないのだ。

故に答えない。

その反応を見て楯無の我慢は限界を超えた。

それまで溜込んでいた怒りを全開で爆発させ、楯無は一夏を睨み付け吠える。

 

「簪ちゃんを泣かせたなぁああああああああああああ!! 死ねぇえええええええええええええええ!!」

 

叫ぶと同時に自身のISを部分展開し、呼び出した蛇腹剣を一夏に向かって振るう。

尚、IS学園では指定された場所以外でのISの使用は禁止である。部分展開であろうと例外は無い。破った者にはそれ相応の処罰が下るが、今の楯無は怒りでその事が頭から抜けていた。(一夏はいつも内緒で使用しているが、バレていないので問題ない)

自身に向かってくる蛇腹剣を一夏は後ろへと跳ぶことで回避する。

先程まで一夏がいた床は蛇腹剣で切り裂かれ、無残な姿になっていた。

楯無は蛇腹剣を手元に戻すと、一夏に向かって声高々に叫ぶ。

 

「今のは挨拶替わりよ! 織斑 一夏! 私と戦いなさい!!」

 

先程の攻撃を宣戦布告として楯無は一夏に戦えと言う。

無論、それがスポーツや素手の戦いではないことは楯無の殺気からしてわかるだろう。

一夏はそれを聞いた後に踵を返して去ろうとする。

こんなくだらないことに取り合う気はない、そういう意思表示でもあった。

それを見て楯無の頭にさらに血が昇る。

 

「逃げる気? 勝てないから逃げるっていうの? この臆病者!」

 

怒りに身を任せながら思いっきり一夏を罵倒する楯無。

だが、一夏はそれを無視して進む。

 

「この根暗! むっつり! 朴念仁! 女の子を泣かせて謝らない下衆!」

 

語彙が無くなってきたのか、単調な言葉で一夏を責める楯無。

この辺りに歳頃の女子らしさを感じさせる。

無論、そんなことで一夏が止まる訳が無い。

無視され続け、楯無の堪忍袋の緒が切れるのも時間の問題であった。

 

「無視するなぁあああああああああああああああ!」

 

そのまま一夏に向かって蛇腹剣を振るう楯無。今度は威嚇でもなく本当に当てる気で放った。

何も付けていない人間が受ければ、必ず死ぬであろう威力を、楯無は怒りに任せて一夏へとぶつけようとしたのだ。

エステバリスのハイパーセンサーがバイザー越しにその攻撃を察知し、一夏に伝える。

一夏はその攻撃を横に跳ぶことで回避し、楯無と向き合う。

 

「ようやくその気になった?」

 

怒りを顕わにしながら、肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべる楯無。一夏はいつもと変わらない無表情で楯無を見る。

 

「………戦う気はない…だが、邪魔をするなら…容赦しない」

 

そう楯無に言うと、一夏はもう片方の腕の袖からも拳銃を取り出した。

それは楯無相手にISなど必要ないという意味でもあった。

最早常識となっていることだが、IS相手に通常の兵器はあまり効果が無い。

既存の兵器を余裕で凌駕するISには、同じISでないと対応できないと言われている。

それが常識であり絶対の理。それを知った上で拳銃という最弱の武器を自分に向けてきたのだ。

それがどういう意味なのか、分からないわけがない。

それが怒りに更に火を注ぎ、大爆発を引き起こす。

 

「舐めるのもいい加減にしろぉおおおおおおおおおおおお!!」

 

楯無は怒りのままに蛇腹剣を振るい、一夏へと襲い掛かる。

一夏はその場で銃を構えるとある一点に向かって連射する。

一夏の狙い……それは蛇腹剣のつなぎ目であった。

刃と刃のつなぎ目、それは構造状脆い部分であり、その分狭く狙い辛い部分でもある。

そこを狙って一夏は飛んでくる蛇腹剣に銃弾を浴びせる。

そして後少しで一夏に当たるというところで、蛇腹剣が悲鳴を上げた。

ガチンッと何かの音がすると共に蛇腹剣の先端部分が千切れた。

 

「なっ!?」

 

まさか蛇腹剣を壊されると思っていなかった楯無は驚愕する。

その隙を突いて一夏は一気に距離を詰め、楯無の眉間に銃を突き付けた。

 

「………この程度か……これで終わりだ……」

 

あまりの速さに頭が追いつかない楯無に向かって一夏は静かにそう言うと、踵を返した。

さっきまでの事にやっと頭が追いつき始めた楯無は舐められたことに更に激昂する。

別に一撃加えられた訳でも無く、部分展開とは言えシールドバリアは張ってあるので撃たれた所でダメージはない。

だからまだ勝負は付いていない。

なのに一夏は帰ろうとしている。

それはつまり、『貴様などISを使うまでも無く勝てる』と、そう言っているに等しい。

そこまで馬鹿にされて耐えられるほど楯無の精神はタフではない。

 

「待てぇええええええええええええええええ! 織斑 一夏ぁあああああああああああ!!」

 

楯無は怒りのあまりに我を忘れて自身のIS、『ミステリアス・レイディ』を展開する。

そのまま一夏へと持っていた武器、蒼流閃と名付けられたランスを向け突進しようとした。

だが……

 

「何やってるの! 姉さん!!」

 

その突進は楯無の後ろからした声で止められてしまった。

楯無にとって一番聞き覚えのある声に、さっきまで怒りの形相だったのが一気に青ざめていく。

ギコギコと玩具のような感じに首を動かし後ろを見た楯無の目に映ったのは……

 

「か、簪ちゃん……」

 

今回、楯無が一夏に激怒する原因となった簪であった。

簪はいきなり目の前でISを展開した楯無に驚き避けようとしたのだが、その姉の血走った視線が一夏に向けられていることを知って急いで止めに入ったのだ。

 

「織斑君に何しようとしたの、姉さん!」

 

簪は深淵の炎のように深い怒りを目に宿しながら楯無に問うと、楯無は先程まであった勢いを嘘のように失い、歯切れ悪く答えた。

 

「だ、だって、あいつが簪ちゃんのことを泣かせたって……」

 

それを聞いて簪は怒りをぶつけるように楯無に大声で言った。

 

「それは私が織斑君が無事だって知って安心したから泣いちゃっただけ!! 姉さんが考えてるようなことなんてない。それなのに勘違いして襲うだなんて……最低! 姉さんなんて大っきらい!!」

 

簪は思いの限りを楯無にぶつけると、急いで一夏の方へと向かった。

楯無は最愛の妹にそう言われ、ショックのあまりにその場でうなだれISを解除した。

その後ぶつぶつとしゃがみ込みながら言っていたが、それは誰の耳にも入る事はなかった。

 

「大丈夫、織斑君!! どこか怪我してない? ごめんなさい、姉がとんだことを……」

 

簪は一夏の元まで走ると、泣きそうな顔で一夏を心配する。

一夏はそんな簪を何故か無視することが出来ず、仕方なく答えた。

 

「……問題ない……」

 

いつもと変わらない感情の分からない声。

でも、簪はそれを聞いて一夏が気にしていないということを理解する。

 

「そう…ならよかった。でも、やっぱりごめんなさい。私のせいで……」

「……気にする必要はない……邪魔だから退かしただけだ……」

 

一夏は簪にそう答えると、そのまま先へと歩いて行ってしまった。

一夏にそう言ってもらえた簪は、

 

「よかったぁ…」

 

心底安堵していた。

姉はしょぼくれ、妹は安堵する。廊下には良く分からない空気だけが残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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