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とある施設のある一室では会議が行われていた。
いや、それは会議というには会話は殆ど交わされていない。ほぼ一方的な話し合いであった。
「手前ぇらみてぇな胡散臭せぇ奴等にこれ以上でかい顔させるかよ! 今回の仕事は俺達だけでやるからすっこんでろ!!」
怒鳴り散らし憤るのは二十代前半の女性である。
黒いタンクトップにショートパンツというラフな恰好に長い癖のある茶髪をしていた。普通に見れば美しい女性だが、今は怒りで顔が歪んでおりその美貌は損なわれていた。
「オータム、あまり騒がないの。ごめんなさいね、この子は素直なのよ」
怒る女性をオータムと呼んだのは、これまた美しい金髪の女性であった。
年頃はオータムと同じか少し上くらいだろうか。美しく豊かな金髪に艶やかな赤いドレスで豊満な身体を包んでいる。町中で見かければ十人中十人が絶対に振り向くだろう、そのくらいの絶世の美女であった。
「だけどよぉ、スコール! 何で男なんかが私達より上の扱いなんだよ!! 上の連中は何考えてんだっ!」
「そこまでにしときなさい。上の人間は現場の人間のことなんてあまり理解してないんだから、あまり文句をいっても仕方ないわ。私達現場の人間は言われたことを遂行するだけよ」
オータムは金髪の女性、スコールにそう言われ、それでもごねる。
そんなオータムを見てスコールは慈愛に満ちた表情で優しくオータムの頭を撫でる。
するとオータムは先程まで辺りに散らしていた怒りを静め始めた。
そしてオータムが静かになるのを待ってから、スコールは改めて先程から話していた人達に話しかける。
「でも、私もこの子と意見は同じよ。今回の任務は私達だけでやるから、あなたたちは静かにしていてもらえないかしら……『北辰』」
スコールが言葉を向けた先には、不気味な雰囲気を醸し出す男が座っていた。
笠を被り全身を外套で包んでいて、何よりも不気味なのは左右非対称の大きさの目である。
その全てが男を不気味にする要因であった。
そう、その男こそ北辰。
『亡国機業』の中にある一組織『クリムゾングループ』の実働部隊の隊長である。
クリムゾングループは亡国企業内でも随一の異端、人体実験の末に男でもISを使えるようにする研究や『無人IS』の研究開発を行っている組織だ。
『男でも使えるISは今現在実験中であり、無人ISは未だに実戦で使えるようなものが出来ていない』
そう亡国機業内では認知されている。
組織内の男性達からの期待は大きいが、その分女性達からのきつい目で見られていた。
そのためか、北辰達は亡国機業内の女性達から疎まれている。
北辰はスコールに言われると普通に答える。
「別に好きにすれば良かろう。我等は我等で好きに動かさせてもらう」
「じゃあそうさせて貰うわ。でも、手を出すなら容赦はしないわよ」
スコールは北辰に意味深い笑みを浮かべながら言うと、オータムとその後ろに控えている少女に声をかける。
「オータム、エム、話は終わったわ。帰るわよ」
「ああ、帰るか! こんな所、とっとと出たいぜ」
オータムはスコールに呼ばれ勢いよく動きスコールの隣に付いて歩き始めた。
そしてエムと呼ばれた少女は無言で二人の後を付いていく。
三人はそのまま部屋を去って行き、部屋には北辰と北辰の部下二人が残った。
「隊長、よろしいのですか?」
静まりかえった部屋の中で、部下が北辰に聞く。
それを受けて北辰はニヤリと笑いながら答えた。
「くく……何、この程度でやられるほど復讐人は甘くない。寧ろ彼奴等の方が苦労するだろう。我等は我等で動くのみだ。いくぞ」
「「はっ」」
北辰は部下にそう言って立ち上がると、部下と共に部屋を出て行った。
夏休みも過ぎ去り、今日から二学期へと突入する。
IS学園も一ヶ月半ぶりに賑やかになっていた。
皆久々の友人との再会に和気藹々としていた。それはどこのクラスでも当然あることであり、一年一組も漏れずに同じであった。
しかし、その中で一人だけ周りの空気からはみ出している者がいた。
席に静かに座り何かを調べている少年……織斑 一夏である。
一夏は学園に着き次第、いつもと変わらずに情報を調べ始めていた。
この夏休みの間、己の中にある復讐の刃をひたすらに研ぎ澄ましてきた。
その結果、その身に纏う雰囲気がさらに殺気を増していたため、クラスの人間は無意識に一夏に近づかないようにしていた。
触らぬ神に祟り無し……という言葉を体現している。
一夏自身、もとから話しかけられる事など無いと分かっているので、気にもかけていない。
だからこそ、より情報収集に余念が無い。
逆に言えば、今現在それ以外に出来ることがない。故に一夏はそれだけに集中する。
そんな一部だけ静かになっている教室にチャイムと共に副担任である山田 真耶が入って来た。
「は~い、皆さん、お久しぶりです。夏休みは楽しめましたか」
ほがらかな笑顔を浮かべて生徒達に話しかけると、
「「「「は~~~~~~~~~い!!」」」」
生徒達は元気よくその問いに答えた。
それを見て真耶は満足そうに笑う。
「みんな楽しめたようで何よりです。でも、今日から新学期ですから気を引き締めて頑張りましょうね」
「「「「は~~~~~~~~~い!!」」」」
皆それを楽しそうに答え、教室には笑いで溢れていた。
こうして新学期最初のHRは笑顔で終わった。
しかし、一夏だけは一切その輪に加わるようなことは無かった。
初日からでも授業があるのがIS学園である。
朝の和やかな雰囲気もすぐに引き締まった物へと戻り、皆授業に取り組んでいく。
そして三時間目が終わり休み時間に入った。
一夏は朝からずっと同じように情報収集をしていた。無論、成果は上がっていない。
それでも、今の一夏にはそれしか出来ることがないのだ。
「あ、あの……織斑君は…いますか……」
そう声を出しながら教室に入って来たのは、更識 簪であった。
簪がクラスの人間にそのことを聞くと、クラスメイトは手振りで一夏の席を指す。
それを見て簪は一夏の方を見た瞬間、自分の顔が凄く熱くなるのを感じた。
いつまでもその場で立っている訳にもいかないと簪は一夏の方へと歩いて行く。
そして未だに何かに集中している一夏に声をかけようとするが、喉がカラカラに渇いてきて上手く言葉を出せなくなりそうになる。
それを唾を飲むことで何とか押さえる。
一夏の姿を見て簪は正直泣きそうになってしまった。それは一夏が怖いからではなく、あの大怪我から無事に学園に戻って来れたという安堵からであった。
泣きそうになるのを堪えつつ、簪は一夏に話しかける。
「あ、あのっ、…お、織斑君……」
一夏はその声を聞いてはいるのだろう。だが、目線は簪の方を向かずに虚空を見ていた。
「…………何の用だ…………」
一夏はいつもと同じように何の感情も感じさせない平坦とした声で簪に答える。
簪は一夏に答えてもらえたことで顔が真っ赤になっていく。
夏休みに自分の気持ちに気付いて以来、簪は一夏のことで頭が更に一杯になっていた。
すぐにでも会いたい、会って話をしたい。一夏の声が聞きたい……
そんな思慕の念に焦がれていた。
だからこそ、簪は一夏に答えてもらえて嬉しかった。
感激のあまり、さらに涙腺が緩んでしまう。
簪は目の前が涙で歪みそうになりながらも、一夏に聞きたかったことを聞こうとするのだが……
「きょ、今日は…お日柄も良く……」
「…………」
緊張のあまりに全く違うことを聞いてしまい、あまりの恥ずかしさに赤面して萎縮してしまう簪。
(なっ、何聞いてるの私~~~~~~~~~~~~~~~! 聞きたい事は違う事でしょ~!)
恥ずかしさで真っ赤になりながら簪は内心懊悩する。
思いっきり失敗してしまったと恥ずかしがりながらも、簪はそれでも勇気を振り絞って一夏に聞きたい事を決死の覚悟で聞く。
「そ、それでね……お、織斑君…大丈夫だったの、その…身体……」
小さく聞こえづらい声、それでも簪は一生懸命に一夏にそのことを聞いた。
夏休みに入って以来、ずっと簪はそのことが気になって仕方なかった。
臨海学校での負傷はどう見たって危険な物であった。普通ならまだ入院していなければならないくらい大怪我である。
想い人がそんな大怪我をしたことに簪は気が気ではなかったのだ。
簪に聞かれた一夏は目線は変わらないままであったが、確かに答えた。
「……問題無い……」
その声はいつもと変わらない声。だが、確かにしっかりとした肯定の声でもあった。
それを聞いた簪は安堵のあまり、ついに涙腺が崩壊を起こした。
「…よかった……ひっぐ…よかったよ~~~~~………」
その場で急に泣き出す簪にクラスの生徒達は何事かと目を向ける。
簪はそのまま子供のように泣きじゃくってしまい、さらに泣いてしまう。
しかし、その心は一夏が無事だということによる安堵で一杯であった。
そんな簪に一夏は何も言わず、ただ情報を集め続けていた。
簪はその後、休み時間が終わるまで泣き続けた。
チャイムが鳴るのと同時に入ってきた真耶は何事かと慌て、簪をあやしながら四組へと送り届けて行く。
その話は瞬く間に一年生全体に伝わり、生徒会長である更識 楯無へと伝わった。
「あ、あの男~~~~~~……簪ちゃんを泣かせるなんて……絶対に許さない!!」
この騒動はこうして更識 楯無に伝わり、一夏は楯無の怒りを買うことになった。