インフィニット・オブ・ダークネス   作:nasigorenn

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今回はこの作品にはおかしいくらい甘いです。


第三十六話 夏休みの過ごし方 簪の場合 

 臨海学校も終わり、IS学園は夏休みに突入した。

いくら世間でも類を見ない学園とは言え、当然夏休みはある。主にこの休みは実家に帰るのに使われ、その中に更識 簪も入っていた。

 今、簪は実家に帰省中である。

更識家は古くから伝わる対暗部用暗部の名家。

それだけに裕福であり、屋敷もかなりの大きさがある。

古き良き日本屋敷であるが、中身は最新のテクノロジーにより最適化されていて見た目の割には凄く住みやすくなっている。

そんな屋敷の一室。和風な屋敷には似つかわしくない洋室のベットで簪は寝っ転がりながらテレビを見ていた。テレビには簪が大好きな特撮ヒーロー物が放送されていた。

いつもならそれを目を輝かせながら見ている簪だが、臨海学校以来まったく夢中になれないでいた。

 

「はぁ………」

 

そんな疲れたような溜息を吐きながら簪はベットで転がる。

テレビを見つめていながらも、まったく中身が頭に入ってこない。

大好きなヒーローよりも、簪は別のことで頭が一杯になっていた。

 

「何で……織斑君のこと……考えてるんだろ……」

 

簪の頭の中は、織斑 一夏のことで一杯になっていた。

いつも無感情で何を考えているのかまったく分からない人。でも、どこかやっぱり優しい人。

戦う相手に容赦はしない恐ろしい人。でも、簪を何度も助けてくれた人。

今まで人とそこまで接することがなかった簪にとって、初めて意識する他人。

確かに布仏家の人達も他人ではあるが、簪からすれば古くから付き合いがあるので家族や身内と言っても過言じゃない。

そういうことを考えれば、まさに初めて意識した他人なのだ。

簪は一夏のことを考えると、何とも言えない気持ちになる。

助けて貰った恩もあるし、訓練を手伝って貰った恩もある。

恩人と言えばそうだろう。だが、恩人というだけではないという気持ちも確かにあるのだ。

何というか、簪は一夏と会うのが楽しみで嬉しかった。

一夏は何に感情も浮かべないがちゃんと答えてくれるし、簪のペースで話しても嫌がったりしない。

それが簪には嬉しかったのだ。

物静かと言えばそうなのだが、会話が切れても苦にならない。

少なくても簪はそう感じた。

その気持ちは友人にも感じられはするが、それだけではない気がする。

簪は一夏と一緒にいると、何故か胸が満たされるような、温かいような…そんな安心感で満たされるのだ。学園では一番恐れられている生徒と一緒にいてこんな気持ちになるのも変な話だが。

それに臨海学校では、死んでしまうんじゃないかと思い心配した。いなくなっちゃ嫌だと思った。一夏が消えてしまうんじゃないかと恐怖したのだ。

友人にも感じないその気持ちに簪はどうすればいいのか分からないでいた。

 

「ぅ~~~~~~~~~~~~~」

 

そのまま枕に顔を埋めながら唸るが、当然答えなど出るはずがない。

この時、簪は考えすぎていた為にわからなかったが、一夏のことを考えている簪の顔は赤くなっていた。

いくら考えても答えが出ない。悶々とした気持ちでテレビを見るが、全く頭に入ってこない。

完全に簪の思考は行き詰まっており、どうしようもなくなっていた。

そのため、部屋に人が忍び込んだことに気付かなかった。

 

「か~んざ~しちゃん!!」

「わひゃぁ!?」

 

いきなり耳元で大きな声をかけられ、抱きしめられれば誰だって驚くだろう。当然簪は驚き、可愛らしい声を上げてしまった。

 

「も、もう、何、お母さん!」

 

簪は背後から自分を抱きしめた人物を軽く睨む。

そこには簪の母が抱きついていた。

簪と同じ水色の髪をした、美しい和服の女性。和服越しだというのに、スタイルの良さが窺えて簪は凄く羨ましく思っている。名は更識 渚。

簪にとって、尊敬できる親であり、同時に苦手な大人でもある。

渚は一通り簪を抱きしめると少し離れた。

 

「いやね~、簪ちゃんったら、帰ってきてもどこか上の空なんだもの。お母さん、寂しいわ」

 

渚は少しおちゃらけた感じにそう簪に言う。

簪にとって、いつもと変わらない母であった。だが、その通りだったのも事実であり、見破られたことが恥ずかしくて簪はそのことを否定する。

 

「そ、そんなこと…ない」

「だったらなんでテレビ見てないの? 簪ちゃん、気付いてる? 目が泳いでるわよ」

「っ~~~~~~!?」

 

だがやはり親は子のことをよく見ている。

いくら簪が隠そうとしても、渚にはお見通しであった。

 

「お母さん、ちょっと心配なの。ヒーロー好きの簪ちゃんがそれに熱中できないで何か別のことを思い詰めているのが。何があったのか……話してくれない?」

 

渚にそう言われ、簪は酷く動揺した。

この母には何も隠せないのだろうかと思ったし……何よりも、相談しようか悩んでいたのだ。

簪は姉と不仲な以上、相談できるのは母くらいしかいない。

自分よりも長く生き、経験を積んでいる母ならば、このもやもやした気持ちがなんなのか分かるかもしれない。だが、何故か恥ずかしくて中々切り出せないでいたのだ。

それを察してか、簪に助け船を出してくれた。

簪はそう言われて……観念して話すことにした。

 

「あ、あのね、お母さん…」

「なぁに?」

「そ、そのね……実は……」

 

こうして簪は母に自分が抱えている気持ちを打ち明けた。

渚はそれをただ静かに聞いている。

 

「だ、だからね……どうしたらいいんだろうって……」

「成程ね~。まさか簪ちゃんがね~…うふふ、そっか…」

 

簪の話を聞いた渚は、何やら嬉しそうに笑っていた。

 

「簪ちゃん。何でその織斑 一夏君のことが気になると思うの?」

「え? それは…私は……分からない」

「もう答えは出てるのに?」

「え?」

 

不思議そうに首を傾げる簪に向かって、渚は優しく言った。

 

「男の子のことが気になって、その子がいなくなってしまうんじゃないかと怖くなる。その子と一緒だとどこか安心して一緒にいたいと思う……もう答えなんて出てるじゃない。簪ちゃん……その男の子のこと、好きになっちゃたのよ」

 

簪はそう言われた瞬間……顔が爆発するかと思う程真っ赤になった。

 

「え!? え、そんな…私……」

 

混乱する頭を必死にどうにかしようと簪はするが、渚の言葉のせいでどんどん一夏のことを考えてしまう。

そして………理解した。

 

(わ、私………織斑君のことが……好き……なんだ)

 

それは自覚した瞬間、全てを塗り替えていった。

簪は一夏が好きだと認識した瞬間、さっきまで感じていたもやもやが全て感じなくなっていた。

胸にあるのは、もう別の感情である。

一夏に会いたい、会って話がしたい、一夏と一緒にいたい。一夏と……

その思いが溢れかえり、簪はどうして良いのか分からなくなってしまった。しかし、先程と違いどこか嬉しい。

そして一夏の顔を思い出しては、簪は顔を真っ赤にして枕に顔を埋めるのだった。

 

「あらあら、まさかお姉ちゃんより先に恋するなんてねぇ~。うふふ」

 

そんな娘の様子を、渚はただ嬉しそうに見ているのであった。

 

 

 この夏、更識 簪は織斑 一夏を好きだと自覚した。




次回は滅茶苦茶黒いお話の予定です。

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