インフィニット・オブ・ダークネス   作:nasigorenn

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第三十五話 復讐人のいつもの

 福音撃墜の知らせを聞いて一応安堵する千冬達。

ブラックサレナが突然現れた時には驚いたが、誰も怪我することなく無事に帰って来れた事に今となってはそこまで問題ではない。

仮設CICでは真耶達教員が皆の無事を喜んでいた。

千冬も何だかんだと言いつつ、皆が無事であったことが嬉しくて頬を緩ませていた。

ただ一人、束だけはそのことを素直には喜べずにいた。

他の有象無象はどうでも良いが、箒が無事なのは嬉しい。だが、そこではない。

箒を活躍させることができなかったから? いや、それもあるが些細な問題である。

では、なんなのか? 

それは……一夏のことであった。

束にとって、第四世代機『紅椿』は自信作だ。

現在あるISの中でも最高の性能を持っている。少なくとも、まだ専用機に慣れていない箒が使っても余裕で福音を倒せるとは見積もっていた。

まぁ、多少は苦戦するかもしれなかったが、それは誤差の範囲だ。

だが、その前に一夏が来て福音を倒してしまった。

圧倒的な強さを持って、何者をも近づけずに敵を蹂躙し殲滅する。

そのISは束の全く知らないIS。使われているコアもよく分からない、束から言わせれば紛い物だ。だが、その紛い物が福音を倒した。束が作った訳ではないが、福音は軍事用ISだ。そんじょそこいらのISとは強さの質が違う。

それを束以外が作ったISが倒したのだ。

千冬達にバレないよう内緒で戦闘データを取ったが、はっきり言ってあの束ですら正気を疑うレベルであった。

所謂、搭乗者保護機構というものがまったく働いていない。

今回の戦闘で見せた起動だけでも、常人がやれば内臓破裂を起こしていてもおかしくない動きであった。あんな戦闘をIS操縦者がした場合、絶対に大怪我を負い戦闘どころでは無いだろう。それを一夏は平然とこなした。この時点で聞いていた以上に一夏の体の状態が危険なことが分かる。

紅椿は展開装甲の展開によってパッケージ換装無しで戦況に対応できる万能機。

だが、このブラックサレナはそれとは全く違うコンセプトであった。多分パッケージであることは推測できるが、そのコンセプトがおかしい。

単独での戦闘に特化しているのだ。防御力と速力のみを重点的に、それ以外の殆どを捨てている。保護機能すら戦闘する方に全振りしているその姿勢は諸刃の剣だ。

 故に束は複雑な思いをする。

自分が作った物以上の性能を持っているかも知れない物への嫉妬と、一夏の安否が胸の中で交錯する。

 そんな束を尻目に、真耶達は箒達を迎えに行った。

それを見て、束は皆とは行かずに、旅館から出て行った。

その姿は誰にも見られていない。

 

 

 

 千冬達が浜辺に行くと、箒達が浜辺に着陸し始めていた。

 

「みなさん、無事で良かったですよ! お疲れ様でした」

 

真耶は着陸しISを解除していく箒達に労を労う言葉をかけながらスポーツドリンクを渡していく。

それを少し複雑そうな顔で受け取る箒達。

実際に箒達は何も出来なかったのだから当然だろう。

だが、極度に緊張していた箒達の喉はカラカラに渇いており、渡されたスポーツドリンクを箒達は勢いよく飲み始めた。

 少し遅れて着陸した一夏だが、何故かISを解除しない。その事に不思議に思った真耶が近づいていく。

それに続いて千冬も一夏に近づいていった。

作戦外の行動を勝手に取った事への説教と、福音を倒したことを褒めるためである。

だが、その言葉はかけられる事は無かった。

 

「ひっ!?」

「なっ!? これは…」

 

二人はブラックサレナの前まで言って言葉を失った。

黒い装甲はあちこち焼け煤けた跡があり、綺麗なところなど一つも無い。しかも装甲全体に亀裂が入りいつ崩壊してもおかしくない印象を受ける程にボロボロであった。

そして装甲のあちこちから、赤い液体が滴り流れていた。

その液体がなんなのか……言わなくてもすぐに想像できるだろう。

二人がそれを想像した瞬間、ブラックサレナは解除され、一夏が砂浜に倒れ込んだ。

 

「織斑君!?」

 

倒れた一夏を見て、急いで簪が一夏の側へと詰め寄った。

簪は一夏が福音と戦っている間から、ずっと一夏のことを見ていた。

アカツキから聞かされたこともあって、簪は一夏を心配する気持ちで一杯だった。

彼が何故ああも強く悲しく、そして優しいのか。

それが嫌と言うほど良く分かり、簪は一夏からどう思われおうとも構わずに彼のことを放っておけなくなった。

一夏のことが心配で仕方ない。それだけが今の簪を動かしていた。

簪は急いで一夏の元まで向かうと、一夏の状態を見て息を呑んだ。

一夏の体は酷い状態であった。

身体中に裂傷が走り血が流れ、腹部からドクドクと血が溢れていた。しかも左足はおかしな方向に曲がっており、血で赤く染まっているのに、顔は真っ青になっていた。動けないのか、ぐったりとしていて呼吸もあまりしていない。

すぐにでも病院に行かなければならない大怪我に、簪は驚きつつも一夏に意識があるかどうかを確かめようとした。

 

「大丈夫、織斑君!! 意識はある!!」

「………………」

 

普段では考えられない程の大きな声で簪は一夏に呼びかけるが、一夏からは何も帰ってこない。

それが更に簪の不安を煽る。

真耶はこの事態に慌て、千冬は事態に驚くが生徒の手前混乱するわけにはいかないと思い気を取り直して真耶に指示を出し、自分でも救急車を呼ぼうとした。

箒達はあまりのショックに固まり、真耶によって急いで別の場所へと移動させられた。

簪が尚も大きな声で話しかけるが、一夏は何も応えない。

そのことにさらに焦燥し、簪は一夏の体を軽く叩こうとするのだが……

 

「は~い、みんなそこまで」

 

 この場に似つかわしくない明るい声が響き渡り、皆その声の方に顔を向けた。

そこには、浴衣姿のアカツキがいつもと変わらない笑顔で立っていた。後ろには秘書のエリナも浴衣姿で控えている。

 

「みんな、そこまでだよ。何、そんな慌てるようなことじゃないさ」

 

アカツキがその場の全員に明るくそう言うと、一夏の方へと歩いて行く。

 

「貴様、何を!!」

 

千冬はいきなり来たアカツキに警戒を込めた視線で睨み付けながら叫ぶ。

それを受けたアカツキは仰々しく反応を返した。

 

「おお、こわ! そんな怒らないでよ。別に変なことはしないからさ~」

 

真剣な千冬にアカツキは巫山戯た感じで返す。それが千冬の神経をさらに逆なで、千冬の額には青筋が浮かび上がる。それを見たアカツキは『おお、おっかない』と言っていそいそと一夏の所へと行った。

 

「そこの可愛いお嬢さん。彼が心配なのは分かるけど、あまり彼に触らないでくれるかな。彼、あまり人に体を触られたくないんだってさ」

 

 アカツキにそう言われ、簪は一夏を触ろうとしていた手を離した。

何故かアカツキの言葉には、そうしなければならないような、そんな思いにさせる何かがあったからだ。

簪に笑顔でそう言ったアカツキは、笑顔を崩さずに一夏へと話しかけた。

 

「やぁ、一夏君。お疲れ様。具合はどうだい」

「………問題無い……」

 

先程まで簪の声に何も応えなかった一夏から返事が返ってきたことに簪は驚き、急いで声をかけた。

 

「大丈夫なの、織斑君! その怪我っ!」

「………問題無い……」

 

一夏の体を心配して声をかける簪に一夏は何の感情もない声で淡々と答えた。

それで一夏が少しは平気だと分かり……

 

「織斑君……織斑君!」

 

 簪は泣き始めてしまった。

さっきまで張っていた緊張の糸が切れてしまった反動である。

一夏の顔にぽたぽたと簪の涙が落ちるが、一夏は何の感情も浮かべない。

 

「おやおや、これは…一夏君、君は女泣かせだね~」

 

アカツキはそんな様子を見て一夏をからかうが、エリナにジト目で見られたので辞めた。

 

「……奴等の行き先は……」

 

一夏は顔をアカツキの方に向け、淡々と聞く。

目の前で簪が泣いていることなどまったく気に留めない。

するとアカツキは巫山戯た感じに答えた。

 

「ごめ~ん、逃げられた。まぁ、いつものことでしょ」

「………そうか……」

 

リラックスしきったアカツキといつもと変わらないように会話する一夏に、ついに千冬が耐えきれなくなり叫び出す。

 

「さっきから何のうのうと話している! 織斑は早く病院に搬送せねばまずいのだぞ!」

 

その叫びを受けて、アカツキは面倒臭そうに千冬に答えた。

 

「だからそんなに怒らないでよ。別に驚くような事じゃないんだからさ。これもいつものこと。今日の狙いは福音とかいうおもちゃじゃないんだよ。アレはおまけ。本命は北辰達だったんだけど、彼奴等福音を暴走させたら基地丸々自爆させてくれちゃってさ~。それに一夏君は巻き込まれただけ。別に……北辰達に挑んで一夏君が死にかけるのはいつものことなんだよ。今更慌てるようなことじゃないって」

「なっ!?」

 

その事実に驚きを隠せない千冬。

アカツキはそんな千冬を鼻で笑いながらエリナの方を向く。

 

「んじゃエリナ君、研究所の方に連絡入れといて。今から一夏君をそっちに送るから」

 

そうエリナに指示を出すと、エリナはどこからか携帯を取り出し連絡を入れ始めた。

そしてアカツキは一夏の方に向かうと、躊躇わずに一夏の体を持ち上げた。

持ち上げた途端にアカツキの浴衣に一夏の血が付き汚れる。

それをまったく気にせず、アカツキは道路へと歩き出した。 

道路ではいつの間にかネルガルの車が止められていて、いつでも乗り込める状態になっていた。

 

「ま、まって!」

 

簪は一夏を持って行こうとするアカツキに急いで声をかけた。

 

「お、織斑君は無事に…治るんですか!」

 

一生懸命な声でそう聞かれ、アカツキはフフっと笑いながら答えた。

 

「それは分からないけど、多分大丈夫でしょ。彼が死ぬなんてことは、目的を果たさない限り絶対にないから。まぁ、君が心配するようなことでもないがね。心配していたことは、伝えといてあげるよ」

 

そう笑いながらアカツキは答えると、簪に笑いかける。

すると簪は安堵すると同時に、顔が一気に真っ赤になった。

それを見てアカツキはニヤニヤと笑い、簪は何故だかは知らなかった恥ずかしくなって仕方なかった。

 アカツキはそんな様子の簪を見て、満足そうに笑いながら車の方へと向かう。

そして手を振り車に乗り込んだ。

気がつけばエリナもいつの間にか車に乗り込んでおり、車は静かに走り去っていった。

そして砂浜は先程の騒ぎが嘘かと思うくらい、静かになっていた。

 

 

 この後……織斑 一夏の姿は二学期になるまで、誰も見なかった。

 

 


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