インフィニット・オブ・ダークネス   作:nasigorenn

34 / 60
第三十四話 福音と復讐人

 『シルバリオ・ゴスペル』の暴走の話を受け、IS学園一年生専用機持ち達は授業を中断し旅館の一室に集められた。その一室を旅館から急遽借り、臨時CICとして機材を設置。仮の作戦本部とし、早速ブリーフィングを始める。

代表候補生は時として、こういう緊急時において軍事作戦にかり出される時がある。

今回はそのケースであった。

 

「では作戦会議を始める」

 

千冬のその声により、作戦会議が開始された。

その一声により、その場にいる専用機持ち六人の顔に緊張が走る。

彼女達は専用機持ちになった時から、こういうことがあることは理解していた。だからこそ、そこまでの動揺は無い。

ただし……箒だけはそういうことを知っているだけで、実際に理解している訳ではなかった。

急に来た姉に色々とかき回されたが、やはり彼女は十五歳の少女でしかない。心の奥底で新たに手に入れた力にどこか浮かれていた。そのため、そこまで深くは考えてはいなかった。

姉は苦手だが、それでも手に入れた現況最強の力。これさえあれば何者にも負けない。一夏が復讐しようとしている組織も軽く捻り、一夏を救うことが出来る。

そんな淡い期待の籠もった考えすら浮かんでくる。今の箒の心はそんな風に浮き足立っていた。

 そんな箒を余所に作戦会議は進んでいく。

千冬の口から今回の騒動の原因であるISのスペックなどが語られ、それについて専用機持ちは質疑応答をする。それらに関し、千冬は軍事機密により情報の秘匿を約束させた上で答えていく。

そしてそれらを知った上で専用機持ちは作戦を聞いていった。

 現在、この旅館に向かって作戦対象が高速で接近中。後3時間後には此方に到達してしまう。その前に対象に追いつき、撃墜しなくてはならないのだ。失敗すれば、この旅館付近に多大な被害が出るだろう。下手をすればこの辺り一帯が焼け野原へと変わってしまいかねない。

そのため、事態は急を要した。専用機持ち達は本国から送られてきた装備を作戦と照らし合わせ、この現状を打破すべく千冬に進言していく。

そして一緒にこの部屋に入った篠ノ之 束により、『紅椿』単機による展開装甲での高速飛行で対象に接近、そして撃墜という作戦が上げられた。

束本人の思惑と少しずれたが、それでも誤差の範囲と判断して束は千冬に進言する。

装着者の技量と世界初の第四世代機。この二つがあれば、多少イレギュラーでも対応出来ると踏んでの進言である。

それを聞いて反対する他の専用機持ち達。皆、箒が浮かれていることを見抜いていたのだ。

結果、高速飛行可能なブルーティアーズと紅椿に打鉄弐式と甲龍を一緒に運んで貰い、福音と戦闘を行うということになった。ラウラとシャルロットは後ろで控え、仮に突破された際の第二陣として控える事となった。

 作戦開始時刻となり、専用機持ち達は皆浜辺でISを展開。

箒とセシリアは背中に簪と鈴を乗せ、此方に向かっているであろう福音の元へと、高速飛行で飛び出して行った。

 

 

 風を裂き、空を高速で駈ける二機。そしてその二機に背負われる二機。

そろそろ福音と接触するというところで、箒達に急遽通信が入った。

 

「みなさん、注意して下さい! 現在、福音の背後から高速で飛行する物体が接近中! これは……ミサイル? でもサイズが大きすぎる気が……」

 

 緊張した面立ちの真耶からそんな報告が入る。

向こうの調べでもそれが何なのか分からないようだ。それを聞き、四人の顔がさらに強ばった。

そして福音をハイパーセンサーで捉えられる距離にまで近づいた瞬間、四人はあまりの衝撃の事態に驚愕した。

 四人がハイパーセンサーで福音を捉えた瞬間にそれは起こった。

此方に向かって飛行してくる福音が突如、上空へと弾かれたのだ。

それは高速飛行中の急な方向転換などではない。明らかに何かに激突して弾かれた動きだった。

まるでトラックに撥ねられたかのように空中を舞う福音。そして福音とすれ違い様に四人に向かって飛んでくる黒い高速物体。

四人のハイパーセンサーがそれを捉えたのは、福音が上空に打ち上げられた後である。

四人が見た物体。それは……

航空機のような形をしたナニカ。

人が一人乗り込めるくらいのサイズの航空機。それが福音を撥ねた正体であった。

航空機がISを撥ねる。そんな今まで見たことの無い事態に思考が停止しかける四人。しかし、自分達は福音を撃墜しにきたのだと思い返し、外部マイクも使ってその航空機に話しかける。

 

『この空域および海域は現在封鎖されております。危険ですので、至急退避して下さい。尚、この作戦を妨害するような行いをした場合、無力化し拘束させていただきます。ですので、至急退避して下さい』

 

 セシリアが勧告を促すが、その航空機は聞く耳を持たないのかその場で旋回し福音の方へと向かってしまう。

それにより焦る四人。実際、こう勧告こそするよう教わってはいたが、聞かなかった場合の後についてはそこまで深く教わってはいない。何より、その後のことを実戦でやるというのは彼女達にとって初めての事である。戸惑って当然であった。

 だが、その考えはすぐにひっくり返された。

その航空機は、寄りにも拠って福音に向かってまた突進し始めたのだ。

福音は体勢を整え、自身を撥ねてまた突進してくる航空機に攻撃を開始する。

背中の特殊なスラスター。それに搭載されているエネルギーカノンが雨のように発射され、航空機へと襲い掛かる。航空機はその弾雨を時にバレルロールで回避し、またはその弾雨に晒されながら突撃を敢行する。

結果、また福音は撥ねられるという事態に。

IS以上に大きな質量が高速で激突するのだから、それだけでもとてつもない威力となる。

航空機は元々そういうことをする前提で作れたのか、そこまでの損傷は見受けられない。そしてまた航空機は福音へと襲い掛かる。

その機動は既存の戦闘機とはかけ離れすぎていた。航空力学を無視したかのような急旋回や急上昇、そして機体を激突させるという原始的な方法で福音に襲い掛かるその攻撃方法。通常、航空機は空を飛ばすために重量は落とすように作られている。結果、頑丈さも失われてしまう。

現代、ISの登場により技術は格段に上がったが、航空機関連のこの常識だけは変わらない。

だが、その全てにこの航空機は当てはまらない。

その動きは常に高速でハイパーセンサーで追いかけるのがやっとであり、その旋回性は航空機の常識を無視していた。寧ろロケットなどに近いかもしれない。

 その後もこの航空機と福音の戦闘は続いていく。

福音の装甲は衝撃のあまり、あちこちがへこみ歪んできていた。

航空機はというと、装甲のあちこちに被弾した焦げ跡が刻み込まれていた。

お互いにその戦いほぼ互角。お互いに引かず離れずの戦闘を繰り広げていた。

航空機が体当たりを仕掛け、福音がエネルギー弾の弾雨を降らせる。

その光景に箒達四人は安全圏で見ていることしか出来なかった。

 

手が出せないのだ。

 

そのあまりに複雑な激戦に、四人が入る余地は無い。

少しでも入ろうものなら、戦っている福音と航空機によって一瞬で撃墜されそうだと。

そう直感が告げているのだ。

故に手が出せないのだった。

 そしてこの2機の戦闘も終わりをみせた。

航空機の体当たりを福音は躱し、その背後に弾雨を放ったのだ。

それをまともに受けてしまう航空機。

機体を少し揺らしながらも飛行を継続するが、機体の各所から火花を散らしていた。

そのまま行けば墜ちてしまうだろう。そうだとその場の四人は皆考える。そうなった場合は救助しなければならないと鈴が構える。

航空機の背後から福音は更に迫り、止めを刺そうと襲い掛かる。

その前に航空機は飛ぶのにも、もう耐えられなくなったのか瓦解し始めてしまう。

 

だが……それは瓦解では無かった。

 

航空機から外れていくパーツが福音にぶつかり、福音は攻撃を阻まれてしまう。

パーツが外れていくと、そこから急に何かが光った。その途端に福音は後ろへと吹っ飛ばされてしまう。

光った所を見ると、そこにはカノン砲の銃口が見える。

そしてすべてのパーツが取れると、そこには……

 

黒い悪魔がいた。

 

真っ黒い鋼鉄の体に赤い両目。翼のようなものに長い尾。

それは箒達四人が知っている物であった。

その途端に四人のIS、および仮設CICに情報が入ってきた。

その未確認の航空機から、

 

『ブラックサレナ』

 

という反応へと変わっていた。

 

『ブラックサレナっ!? ていうことは織斑君ですか!!』

 

急遽入った通信に真耶の驚愕の声が響く。

それは箒達にも言えたことで、驚愕に皆固まってしまっていた。

昨日アカツキに聞かされたこともあり、皆そのことを意識してしまう。

 しかし、そんな皆を放って置いてブラックサレナを駆る一夏は福音へと突進しながらハンドカノンを連射する。

先程までの体当たりと違った攻撃に戸惑う福音は、ハンドカノンの弾雨に晒され機体をズタズタにされてしまう。連射しながらさらにブラックサレナは加速し福音に迫る。

福音はブラックサレナに向かってエネルギー弾を乱射しブラックサレナを迎え撃つが、ブラックサレナは一切避けることをせずに体当たりを福音に喰らわせた。

まるでダンプに撥ねられたかのような衝撃が福音を襲い、その体はあちこちがひび割れ火花を散らす。

そして力尽きたのか、そのまま海へと落下していった。

 その光景を呆然として見ることしか出来なくなっていた四人。仮設CICでも同じように皆驚いていた。

 

「やったの……?」

 

簪はその光景を見てそう零す。

あれほど完膚なきまでに叩かれたのだ。動けるとは思えない。

それはこの場にいる皆がそう思わずにはいられなかった。

だが……

そう思った直後、突然真下の海から巨大な水柱が起った。

そして急上昇してくる福音。その姿は先程とは変わっていた。

背中の独特的なスラスターが無くなり、変わりにエネルギーで出来た光る八枚翼へと変わっていた。

ISが姿形を変えるには主に一つしかない。

 

「まさか……二次移行!?」

 

その事実に驚愕する簪。

箒達もその事実に考えが至り、驚きを隠せない。

 福音は上空にまで飛び上がると、その八枚翼を大きく広げ、機械的な甲高い雄叫びを上げる。

その姿はまるで解放された獣のようにも見えた。

そして福音はブラックサレナの方を向くと、背中の翼を一カ所に集める。

そして放たれたエネルギーはそれまでのエネルギー弾とは比較にならない。激流のようなエネルギーの大渦がブラックサレナに向かって飛んで行く。

ブラックサレナはこれを大推力のスラスターを噴かして回避する。

大渦はそのまま海面へと叩き付けられ、水蒸気爆発を起こし海水を吹き飛ばす。

その威力は、喩えブラックサレナの防御力が高くても耐えられない。

そう思い、箒達は急いで一夏を助けようとする。だが……

ぞくりっ!? と何かが背筋に走り、一夏の方に向かうのを本能が止めた。

それが何なのか、理解するのに少し時間が掛かった。

 

それは殺気だ。

 

圧倒的な殺気がこの場を支配していた。

それが誰から発せられているのか……考えるまでも無く分かる。

それは一夏から、ブラックサレナから発せられていた。業火のような激しい物ではない。まるで刃物を目の前に突き付けられているような、そんな印象を感じさせる。

 

「おっ…」

 

簪は一夏が心配になり声をかけようとした途端……

 

「え?」

 

簪の目からブラックサレナが消えた。

それとほぼ同時に吹っ飛ばされる福音。

その背後には追撃しようとするブラックサレナがいた。

 IS学園では今まで何かと押さえていたが、今の一夏は完璧に復讐人となっていた。押さえが取れた今、一夏はその力を躊躇なく存分に振るう。

 そこからは圧倒的の一言に尽きた。

ハイパーセンサーでの察知が追いつかない程の速度でブラックサレナは福音を蹂躙していく。

福音はブラックサレナへの反応が追いつかず、文字通り『ピンポン球』になっていた。

距離が離れればハンドカノンの弾雨を浴びせ、接近しては思いっきり体当たりを喰らわせ、テールバインダーで不意を打つ。

福音はなすすべも無くボロボロになっていき、がむしゃらにブラックサレナに砲撃を放つがディストーションフィールドでことごとく逸らされてしまう。

 そしてそろそろ行動不能になって来たと判断し、ブラックサレナは大型レールカノンを展開。

八枚翼を全て根元から打ち落とす。そのままフィールドランサーを展開し、一瞬で福音との距離を詰めると持っていた腕を振るう。

その斬撃により、福音の四肢が斬り飛ばされた。

 

「………これで終わりだ……」

 

ブラックサレナはそう福音に告げると、その場で一回転しテールバインダーを縦に叩き付ける。

それにより海面へと吹っ飛ぶ福音。

その回転の勢いのままに、ブラックサレナはフィールドランサーを福音に向かって投擲する。

放たれたフィールドランサーはその速度のままに福音へと突き刺さり、福音を海面へと叩き付けた。

その衝撃で福音は爆散する。

 

「……任務終了……」

 

それを見届けた一夏は、未だに固まっている四人を尻目に陸へと飛行していく。

その後ろから、赤いしずくが飛び散っていることを、その場の四人は気付くことが出来なかった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。