深夜、とある軍事基地から突然に緊急のアラートが鳴り響いた。
基地の防衛兵器が突然爆発し始めた。それが襲撃だということは、誰が見ても分かるだろう。
それによって基地から兵士達が完全武装で飛び出してくる。兵士達は急な事に驚きつつも、襲撃者を迎撃しようと戦意を高めて銃を構える。
だが、その戦意は襲撃者を見た途端に粉砕された。
兵士達が見た物、それは……7機のISだった。
紅い全身装甲の機体が一機。茶色をメインとした装甲で、足が完全にスラスターと一体になっている異形のISが6機。これも全身装甲である。
通常、3機いれば都市を壊滅できると言われているIS。それが7機、基地に襲撃してきた。
この基地は研究・開発がメインに置かれている基地だ。それ故にそこまで軍備は備えていない。
少なくとも……IS7機を相手に戦うことなど出来る訳が無い。
だが、それが分かっていても彼等は抵抗しないというわけにはいかない。
兵士としての職務は、喩え相手に勝てないと分かっていても戦うことである。
故に彼等は銃をISに向けて撃ち続ける。
「ファッッッッッック!!」
彼等は叫びながらISに向かって銃を撃ち続けるが、見えない壁のような物で全て逸らされてしまう。それでも攻撃を止めない彼等が次に見たのは、此方に向かって飛んでくる槍のような物だった。
そして彼等の肉体は全て消し飛んだ。
「もう少しは骨があるかと思ったのだが……いやはや、なんと脆いことか」
当たり一面が炎で燃えさかる中、紅いISからそんな言葉が漏れる。
その声には明らかな落胆が込められていた。
紅いIS……否、『夜天光』(やてんこう)を纏った北辰はそのまま燃えさかる基地へと降り立つ。
周りに動く物はもう何もない。兵器も人も、等しく殺されていた。
北辰がそのまま基地の施設の方へと歩いて行くと、施設の中からISが静かに出てきた。
それは北辰の夜天光と一緒にこの基地に襲撃をかけたIS『六連』(むづら)である。
それを駆るのは北辰直属の部下である、『北辰衆』である。
「首尾はどうだ」
「はっ! 全施設の制圧、完了しました」
そう答える六連の機体には赤い汚れがあちこちに付着していた。それが何の汚れなのか、言わなくても、その報告結果から分かることだろう。
その報告を受けた北辰は、特に気にした様子もなく施設へと入っていく。
北辰達がここに襲撃をかけた目的。
それは、とあるISを奪取することだ。
この基地で開発している、アメリカ・イスラエル軍が共同で開発している第三世代型IS『シルバリオ・ゴスペル』、通称『福音』。
それが北辰達の標的である。二つの軍によって開発されたこれは、『世界初の無人IS』の実験機でもあった。別に無人でなければ動かないと言う訳でも無く、普通のISとしても使用出来る。
その先進的な兵装に軍事をメインに置いた性能は、通常ISとは比較にならないくらい高い。
亡国機業はそこに目を付け、この機体の奪取に乗り出した。
と言っても、北辰達は最初はあまり乗り気ではなかった。
組織にはまだ教えていないだけで、既に北辰達のいる組織『クリムゾングループ』ではISコアとISを作る技術が出来上がっている。
今更余所から奪う必要などまったくないのだ。
だが、その技術を教える気など全くない。そのため、それを隠すためにもこうして組織からの任務を忠実にこなしている。
普通ならばすぐにばれそうなものだが、クリムゾングループにはそれを可能にする『変人』がいる。
その変人の御蔭で、北辰達はこうしてISを平然と使用することが出来るのだ。
後は福音を回収し撤退するのみ。だが、北辰はISを持って帰る気など無かった。
それは、ある情報を入手したためだ。
己をもっとも震え猛らせるあの男……復讐人、『織斑 一夏』。
北辰自体そこまで戦闘狂というわけでないが、それでも今まで戦ってきた相手には不満しかなかった。皆弱かった。殺し合いにならない。己を窮地に追いやれないその実力に辟易していた。自分が死を意識するようなことがなかった。故に退屈。
正直なところ、殺し合える敵が欲しかった。ライバルなんて生優しいものではない、殺意を全面にだして殺し合える本当の意味での宿敵。
織斑 一夏を拉致した当初は、そんなことはまったく考えてなかった。他の人間同様、捕まった後は死ぬまでいじくり回されるだけ。そう考えていた。
研究所が襲撃されたと聞いたときも何も感じなかった。だが……
その一年後、ISを纏い己を殺す事だけを考え襲いかかって来た一夏を見て、少しだけ北辰は一夏に期待した。研究所の研究結果は報告で聞いている。その研究結果によって、自分達はISを纏うことが出来ているのだから。それが生きていて、しかも自分を殺しに来るとは……
期待しないわけがない!
そして戦ってみれば勝負にはならなかった。だが、絶対の窮地に地力で自分達から逃げ出せたのだ。普通ならとっくに死んでいる重傷を負いながらも、それでも撤退した。
それが更に北辰の興味を引き、2回、3回と戦っていく度に驚く速度で成長していく。
そのたびに死んでもおかしくないのに、ものの見事に逃げおおせる。そして次に戦うときには更に成長を遂げて襲い掛かってくるのだ。
自分を殺すためだけに襲い掛かる織斑 一夏。そのあまりの成長に、1対1ならばもう北辰と互角だろう。北辰は心の底から喜んだ。
やっと……全力をもって殺し合える相手と巡り会えた。
それが北辰が一夏に執着する理由である。
その一夏が、この基地から直線上に海を渡った先にある土地にいると分かった。
少し前に会った時、鈍っていたような感じを受けた。
それは困る。北辰はせっかく殺し合える相手が見つかったというのに、それが鈍り始めることは許しがたいことである。
故に……この奪取した福音を使い、IS学園、その一夏達がいる場所へと襲撃をかける。
宿敵が鈍る原因になったであろうものを排除するために。そして、それによってさらに殺意を纏ったより強い織斑 一夏にするために。
そのために、北辰達は福音の所に向かって歩き始めていた。
「くくく……我からの学園行事だ。存分に楽しむといい」
北辰はそう笑いながら言うが、その声を聞いた者はいない。
時間にして、そろそろ夜が明けそうな時間。
一夏は未だに眠らずに情報収集をしていた。
アカツキから聞いた情報だと、この行事を狙って何か仕掛けてくるらしい。だが、具体的にはどう何をやってくるのかが分からない。それを特定し、奴等がいる場所に襲撃をかける。
それがいつものことだ。
だからこそ情報を洗っていると、急に部屋の扉が開いた。
「あれ、まだ起きてたの? 寝ないと体に悪いよ~」
開いた扉の先では、アカツキが浴衣姿で立っていた。
そのままアカツキは躊躇わずに堂々と部屋に入る。普通なら文句の一つでも言われるところだが、一夏は何も言わない。
アカツキはそのまま一夏の前まで行くと、座りくつろぎ始めた。
「あ、そうそう。君のこと、彼女達にばらしちゃったから」
まるで今思い出したことをさらっと言うかの如く、アカツキは重大なことを一夏に告げる。
それは一夏にとって、絶対に知られたくないことであるはずだ。
誰だって知られたくないことはある。それが重ければ重いほど尚更。
一夏はそのことに関して、怒って良い。
だが、一夏は何も言わない。
「あれ、怒らないの?」
「…………余計な気を回したな………」
一夏はそう短く答えるだけだった。
その声は何の感情も感じられないが、一夏はそれなりに感謝していた。
何故アカツキがそんなことをして、自分に言いに来たのか。その気遣いに気付いたから。
一夏はくつろいでいるアカツキの方に顔を向け、話しかける。
「……用は……」
ただ何気なしにアカツキが一夏の所に来ることは無い。
何かあるからこそ、来たのだと一夏は分かっている。
「察しが良くて助かるよ。それでさっそく朗報だ。つい今し方、米国の軍事基地の一つが襲撃された。基地は壊滅状態で、生存者はゼロだろうね。ハッキングして得た監視カメラの映像で北辰達の姿を確認したよ。目的は多分、ここでイスラエルと共同開発しているISの奪取だと思う。奴さん、自分の所の組織内でも色々と内緒が多いようだ」
愉快そうにそう話すアカツキ。
それを聞いた一夏は笑う。口だけがつり上がり、目からは飽和した殺気によって感情が窺えない。
狂喜に満ちた笑み。
それを浮かべ、一夏は立ち上がった。
「それじゃあ、基地の座標情報を送っとくよ。行ってらっしゃい」
アカツキは寝そべりながらそう一夏に言う。
一夏は情報を受け取ると、何も答えずに部屋を出た。
そして懐に手を入れ、ある物を握る。
「……ジャンプ……」
そう呟いた途端に一夏の体は青白く光を発し、旅館の中から織斑 一夏は消えた。
壊滅し、未だに炎上し続ける基地に、青い光が集まり人の形を取ると、それは織斑 一夏となった。
一夏はボソンジャンプを用いて一気に基地にまで飛んだのだ。
そのまま一夏はブラックサレナを展開し、基地に突入しようとしたところでレーダーに反応があった。目の前の基地の入り口に七つの機影。
それが北辰達であることは誰にでもわかるだろう。
一夏はそのまま北辰達に向かって突進する。
「遅かりし復讐人………滅!」
そう北辰が言った途端に北辰達はボソンジャンプをした。
そして同時に……
基地は自爆し、大爆発を引き起こした。
その爆発に、一夏は飲み込まれた。