インフィニット・オブ・ダークネス   作:nasigorenn

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今回一夏は全く出ないです。


第三十一話 語られる復讐人の秘密

 束と会った後、一夏は旅館の中から周りの土地まで散策して調べ上げていく。

クラスの皆が海で青春を謳歌している中、一夏はただ一人情報収集をして過ごしていく。

アカツキに言われたことが確かなのなら、きっと北辰とまた相まみえることになる。

その事が一夏の殺意を駆り立てていた。

少しでも、一秒でも早く北辰達に会い……殺したい。

それが今の一夏の頭の殆どを占めていた。

 

 

 

 その後、自由な時間も終わり辺りは暗くなっていく。

生徒達が遊び疲れながら旅館に戻った時には、もう夜になっていた。

 しかし、彼女達はまだまだ疲れ知らずの十代女子。

テンションを更に上げて旅館内で騒いでいく。そのまま夕食となり、彼女達は旅館で出された夕食を実に美味しそうに食べていた。その中に一夏の姿がないことが彼女達をよりリラックスさせていた。

その一夏はと言うと……自室で未だに情報収集をしていた。

臨海学校への参加は最低限果たしたのだから、後は一夏が参加する道理はない。本来ならばそんなことが通る訳が無いのだが、北辰と再び会って以来、一夏から発せられる威圧感は凄みを更に増し、千冬や他の教員にも何も言えなくなっていた。そのため、一夏は気にせずに作業を続行していく。

あっという間にIS学園一の問題児となった。当然、そんなことを気にする一夏ではないが。

そしてその日、一夏が部屋から出て来ることはなかった。

 

 

 

 一夏が自室に籠もっている中、千冬や箒、鈴、そして簪の方では別の出来事が起きていた。

 入浴を終えて、後は就寝するのみの状態である。勿論、皆眠る気など全く起きないのだが。

千冬は部屋で一人、酒を呷っていた所で扉をノックされた。

誰かと思い千冬はドアを開けたが、そこには誰もいない。生徒のイタズラか何かと思いドアを閉めようとした所、足下に何かが落ちていることに気付いた。

それはただの紙切れ。ゴミかと思い拾いあげた千冬だが、その紙を見て表情が凍り付いた。

紙には、

 

『織斑 一夏の秘密が知りたいのなら、○○○○号室に来い』

 

そう書いてあった。

それはイタズラというには、あまりにもきつすぎる。

一夏が何故ああなったのか、いくら調べても分からない千冬にとってこの手紙は無視出来ないものであった。以前アカツキから一夏が拉致され人体実験をされたことは聞いていた。

だが、具体的に何をどうされたのか? そもそも拉致した組織などについては、何も知らない。

一夏から何も聞けない以上、千冬はこの手紙を信じて指定された部屋に向かった。

 箒や鈴、簪に限っては自分の荷物の中からその紙が出てきた。

皆そんな手紙が出てきた以上、気にならないわけがなかった。

結果、手紙を受け取った者達は指定された部屋へと歩いて行った。

 そして指定された部屋の前で皆顔を鉢合わせた。

 

「お前達、どうしてここに?」

「「「お、織斑先生も何で!?」」」

 

千冬が真剣な声でそう箒達に聞くと、箒達は自分達の荷物から出てきた手紙を千冬に見せた。

それを見て驚く千冬。まさか自分以外にも手紙が送られているとは思わなかったのだ。

千冬は自分にも同じ手紙が送られてきたことを箒達に告げると、箒達も驚く。

そしてこの場に揃った四人は目の前の部屋に警戒心を抱きながら扉を開けようとするが、その前に声がかけられた。

 

「ちょっと待って欲しいな、ちーちゃん、箒ちゃん」

 

その声がした方を向いた瞬間、千冬と箒は驚愕で顔が固まった。

 

「な、何でお前がここに!?」

「ね、姉さん!?」

 

そう、千冬達に声をかけてきたのは篠ノ之 束であった。

服装はこの旅館では違和感がありすぎる服装であった。まるで不思議の国のアリスの服だ。

鈴と簪は目の前に現れた人物が、あの『篠ノ之博士』であることを理解して固まっていた。

千冬は気を取り直して束に問う。

 

「何故お前がここにいる」

 

そう千冬が聞くと、束はいつもと変わらない笑顔を浮かべつつ、実に不機嫌な声でその問いに答えた。

 

「それがね~、私宛にメールが来たんだよ。『織斑 一夏の秘密が知りたいのなら、○○○○号室に来い』ってね~。しかも送信者がまったく分からないんだよ。『この私の頭脳を持ってしても調べられない』んだよ。明らかに私のことを馬鹿にしてるよね~。そのまま言うことを聞くのは癪だけど、私だっていっくんのことは知りたいからね~。久々に会ったらいっくん、まるで別人みたいだったし。てっきり反抗期かちょっと遅めの中二病かと思ったよ」

 

 まるで嘲笑われているかのように束は感じたのだ。

実際、本当に調べて分からなかったのだから、苛立っても仕方ないのだが。

 そして千冬達に束を入れて五人。

その指定された部屋に入って行った。

 

「やぁやぁ、いらっしゃい。良く来たねぇ~」

 

部屋に入った五人に、そんな緩い声がかけられた。

聞き様によっては、癪に障る声かもしれない。そしてその声を千冬は聞いたことがある。

その声を出した人物が目に入った瞬間、千冬は嫌悪感を顕わにした。

 

「貴様は……あの時の!」

「やぁ、一夏君のお姉さん。おひさ」

 

千冬の殺気の籠もった視線を我関せずと流し、その男はふざけた感じに挨拶をする。

それが更に千冬を苛つかせた。

そんな千冬を無視して、その男は他の人達にも挨拶をしていく。

 

「篠ノ之博士や他の娘達は初めましてだね~」

 

そのちゃらけた声を無視して今度は束がその男に話しかけた。

 

「随分と人を馬鹿にしてくれたね~。君みたいなのが私に何のようだい?」

 

顔こそ笑顔だが、その目は全く笑っていない。常人ならその目で見られた途端に、恐怖で体をガチガチと震わせるだろう。だが、目の前の男は全く気にせずに話を続ける。

 

「いやぁ~、君たちにちゃんと届いて良かったよ。本当は僕がやりたかったんだけどね~。秘書に止められちゃって」

 

そう男が言うと、別の所から声が帰ってきた。

 

「会長ですと、この子達の私物(下着)とかを漁りそうでしたので」

 

その声がした方に急いで千冬達が顔を向けると、そこには浴衣を着た女性が立っていた。

キチッとした佇まい、その身に纏う雰囲気はまさに秘書そのものであった。

その秘書はジト目でその男を睨みながら言うと、男は少し慌てた感じに抗議の声を上げた。

 

「そんなことはしないよ。僕は紳士だからね。少女達の心を傷付けるようなことはしないよ」

 

そう答えるが、秘書はまったく信じていないようだ。そのやり取りのせいで、さっきまでこの場に満ちていた殺伐とした雰囲気が霧散してしまった。

男はそれをワザとしたのか、コホンっと咳払いをして気を取り直した。

 

「う~ん、まぁ場の雰囲気も解れたところで本題に入ろうか。エリナ君、みんなにお茶をお願いね」

 

男がそう言うと、秘書…エリナと呼ばれた女性は部屋に置いてあった急須からお茶を人数分淹れ、千冬達へと配っていく。

それをいぶかしげに千冬達は見るが、男はそこら辺に座るように言い、千冬達は適当にその場に座った。

 

「ではまず、僕の事を言おうか。と言っても、全部は教えないけどね。僕の名前はアカツキ。まぁ、一夏君の『友人』だよ」

 

その男、アカツキは明るくそう自己紹介をする。

しかし、その紹介を受けたところで千冬達の表情が和らぐことはない。皆、目の前の男の事より、一夏のことが気になるからだ。一名を除いて。

 

「お前の名前なんてどうでもいいよ。でも、私に宛てたメールは気になるね。どうやって送ったのさ」

 

束がアカツキに食ってかかるが、アカツキは、あははっと笑っているだけであった。

 

「別に? ただ普通に送っただけだよ。家の社員は優秀だからね」

 

ニヤリと笑いながらそう答えるアカツキ。それを聞いて千冬はアカツキの正体に気付き始めた。

 

(まさかこの男……ネルガル重工の関係者か!)

 

アカツキは束をさらに押すように言った。

 

「篠ノ之博士は天才ではあるけど、残念ながらその程度。人に興味が無い人間じゃあ、僕達には勝てないかな」

 

それを聞いて青筋を浮かべる束。それを見て、千冬は内心で驚いた。この親友以上に人を苛つかせる人間がいるとは思わなかったのだ。

 

「ムッキーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 

そんな声を上げる束。それを見てもアカツキは笑顔を崩さなかった。

 

「さて、コントはこれで以上にしようか。そろそろ真面目なお話だ」

 

アカツキは笑顔で皆にそう言ったが、その身に纏う雰囲気からふざけた雰囲気が抜けた。

それを感じて、千冬達は身構えた。束や千冬は納得がいかない感じだが、さすがにそれでも一夏のことが気になり押し黙る。

 

「さて……一夏君の秘密だけど、そうだね。ことの始まりから話そうか」

 

そうしてアカツキの口から語られる一夏の秘密。

拉致した組織名や拉致されてからされた実験の数々。そしてそれによって失ったもの。そうなった原因である拉致した実働部隊を追いかけて鍛え過ごした一年。そして復讐しようと戦いを挑み、何度も瀕死の重傷を負った一年間を語っていく。

ただし、アカツキは何故拉致されたかについては語らないのだが、それに気付く者はいなかった。

 それを聞いて千冬達は何も言えなくなってしまった。

特に箒や鈴、簪にはあまりにもショックが大きすぎた。

幼馴染みがまさかそこまで酷い目に遭っているとは思わなかった二人は、何故気付いてあげられなかったと泣きそうになっていた。

簪はもっと悲しそうに顔を俯かせた。この五人の中で、簪だけはその実働部隊を見たのだ。

簪はあの出来事をすぐにでも思い出せる。水着を買いに行ったあの日、一緒にクレープ屋台の近くのベンチに座っていた時に来たあの男達のことを。

その時の恐怖が蘇り、簪は体を震わせた。

千冬は一夏が何故ああなったのかが分かり、そんな目に遭わせた組織…『亡国機業』に怒りを募らせていく。束だけは前向きで、一夏がそうなった原因がナノマシーンであるならば、それを駆除して一夏の体を元に戻そうと決意した。

 

「と、まぁこんな感じが一夏君の秘密かな」

 

そう説明を終えたアカツキの顔は、何とも愉快そうな表情をしていた。

千冬は怒りを堪えつつ、アカツキに疑問に思ったことを聞く。

 

「何故私達にこの話をした?」

 

そう聞かれることが分かっていたかの様にアカツキは笑った。

 

「それはね……一夏君の邪魔をさせないためだよ」

 

「「「「「はあ!?」」」」」

 

そう答えられ、理解出来ない千冬達。

普通、こういう話をしたときは一夏を止めて欲しいとか、そういう風なお願いをする場面である。それが真逆だとは、誰も思わないだろう。

 

「それは……どういうことだ?」

「どうもこうもその通りだよ。君達に一夏君の復讐を邪魔させないために教えたんだよ。彼は嫌がるだろうけどね。これで君達は一夏君の復讐する理由を知った。それを知った上で彼を止められると思うかい? そんな、味わったことも苦痛を受けたことのない者の言葉が彼に伝わるわけがない。だからこそ、教えたのさ」

 

アカツキは実に愉快そうに教えた理由を語る。

千冬達はこれを聞いて絶句した。癪に障るが、アカツキが言っていることはもっともなことなのだ。

一夏の苦痛は一夏にしか分からない。それを実際に受けた者でなければ理解は出来ない。理解のない者の言葉が、あの一夏に届くわけがない。

それを理解させられた。

アカツキは話し終えたらすっきりしたのか、気を緩めくつろいでいた。

それが何だか負けたような気がして、千冬はアカツキに質問する。

 

「だが……何故貴様等は一夏の支援をしている。彼奴の復讐は個人の問題だろう。いくら敵が共通だからと言って、一夏を支援する理由はないはずだ」

 

そう言う千冬を見て、アカツキはこの部屋で話していた限り、一番愉快そうに笑った。

 

「それはね~…彼に可能性を見たからさ」

「可能性?」

「そうだよ。いや、執念と言うべきか。少しブラックなことを言うとね、彼が捕まっていた施設に襲撃をかけた時、人は全員始末しようと思ってたんだよ。目撃者を残すのは不味いからね。それで僕の襲撃部隊が一夏君が捕らわれていた部屋を開けた時、何があったと思う?」

 

それを聞いて千冬はわからないと言い、先を促した。

アカツキはそれを来て、口元をニヤリを開けた。

 

「部屋にいた人間は二人。一夏君とその施設の研究員だ。彼はね……研究員の首を絞めて殺したんだ」

 

「「「「!?」」」」

 

その瞬間、千冬達はショックのあまり息をするのも忘れてしまった。

 

「別にそれだけなら驚くようなことじゃないよ。僕が彼に感心を抱いたのは、彼の体の状態だ。彼はね、この時点で五感の殆どを失っていたんだ。見えず、聞こえず、何も感じず…なのに彼は自分の身が危険に晒されていると察知し、研究員を殺した。それを気付く術もなにもないのに。それはもう人間技じゃない! まさに執念がなせる復讐人の技さ」

 

アカツキは満足そうに、実に愉快で満足そうに千冬達に答えた。

そこには、一種の崇拝のような念も感じられる。

 

「だからこそ、僕は彼を支援するんだ。人の執念、それが何を成すのかを見たいからね」

 

 アカツキがそう言うが、もう千冬達の耳には入らなかった。

あまりのショックに足下がおぼつかなくなる。

そうして千冬達はアカツキ達の部屋から去って行った。

聞いたことのあまりの重さに心が押し潰されそうになりながら……

 

ちなみに、束だけはこの話を聞いても特に気にせず、一夏の体を治すことだけを考えていた。復讐を止めろとか、そんなことを言う気は全くなかった。

束にメールが行ったのは、アカツキなりのお遊びであった。

 

 

 




次回、またあの人が出ますよ。

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