インフィニット・オブ・ダークネス   作:nasigorenn

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今回は簪ちゃんとデート回。ですがあの人も出ますよ~。


第二十八話 復讐人は宿敵と再び相対する。

暗い通路の中、7つの影が動いていた。

 

「隊長、次の任務は」

「うむ、少し遠出になるが、日本の近くへ向かう。上手くいけば、復讐人と相まみえることになるやもしれんなぁ」

 

 7つの影の先頭は、そう愉快そうに声を上げて笑っていた。

その笑い声は、暗い闇の中で木霊していく。

 

 

 

 トーナメントも無事終わった翌日にシャルル・デュノアは名を戻し、『シャルロット・デュノア』と名乗って転入し直してきた。

本人も何かを決意しての行動なのだろう。その顔は何かを吹っ切った良い笑顔となっている。

その調整の関係で真耶はげっそりとしていたが、それを気にする一夏では当然ない。

シャルロットが女だと言うことが発覚しクラス中が騒いだが、一夏と同室だったということを思い出すと皆静かになってしまった。

一夏が普通の少年だったのなら、これはこれで結構な話題になっただろう。

だが、今この場にいる織斑 一夏に限ってはそんな話にはならない。『あの一夏』に限っては、浮いた話や年相応の話などは一切出ないのだから。

 その後、ラウラも普通に登校してきたが、それまで一夏に向けていた殺意はすっかり消えていた。

そのかわりラウラの心には、一夏への恐怖が刻み込まれていた。

 

『窮鼠猫を嚙む』

 

そんなことわざが日本にはあるが、嚙んだ所で倒せるわけではない。

ラウラと一夏を比べるには、『兎と獅子』と言ったほうが良いだろう。猫と鼠ならまだ戦いようもあるかもしれないが、兎はどうあがいても獅子には勝てない。攻撃力も走る速度も何もかもが勝てないのだ。

ラウラは一夏と戦い、それを本能で察してしまった。

自分ではどうあがいても勝てないと。

故にもう関わりたくなかった。一夏の本気の殺気を受けたら、ラウラは絶対に死ぬだろう。ラウラの心はあの一戦でへし折られてしまった。

 と、各自思うことを考えながらまた日常が始まっていく。

無論、一夏がそれらについて考えることなど一切ないのだが……。

 

 

 

 (何故こうなってしまったのだろうか……)

 

一夏は現在の状況を見て、そう考えてしまった。

 シャルロットが転入し直してから一週間近くが過ぎていた。

その間に何かあるわけもなく、一夏はいつも通りに情報収集に集中していた。

これもいつもの通り、何も見つからなかったのだが。

クラスでは、そろそろ間近になった『臨海学校』の話題で持ちきりになり、皆楽しそうにしていた。

当然一夏がそんなことを気にすることはなく、行くことに意味を見出すこともない。

一夏としてはそんなお遊びをしている暇などなく、すぐにでも北辰達の居場所を突き止めたいところであったが、これも学園行事。アカツキが休むことを許さなかったのだ。

 

「せっかく海に行けるんだから、是非とも楽しんできてくれたまえ。若い女の子の水着姿を無料で、間近で拝めるんだよ! 絶対に行くべきだ!」

 

 アカツキはそう言って、秘書の女性にきついことを言われていたが。

何はともあれアカツキにそう言われては、一夏は聞くしかない。

考え方を変えれば参加さえすればよいのだから、後は自由で良いはずである。何処であろうと情報収集は出来るのだから、場所が変わっても問題は無い。

そう一夏は判断した。

 そこまでは問題ない。

別に泳ぐ気もないのだから、水着を手に入れる必要もない。

では何故………一夏は現在、駅前のショッピングモール『レゾナンス』に来ているのか?

それには少し前に遡る。

放課後、誰もが出て行った教室で一人、一夏がいつも通りに情報収集をしていた時にそれは来た。

 

「お、織斑君……す、少し…いいかな…」

 

 いきなり開いた教室のドア。

それ自体は全く気にしない一夏だが、ドアを開けた人物には少し目が行った。

 

『更識 簪』

 

一夏にとってよく分からない少女。

少なくとも一夏は彼女のことを嫌ってはいない。過去のしがらみと一切関係が無いため、一緒にいてもそこまで苦にならない。訓練をしている姿から、自分と似たような執念を感じる少女でもあった。

この少女だけが一夏に話しかける。それを一夏は煩わしくは思わなかった。

一夏にとって簪とは、

 

『少し気に掛かる、それでいて話していてもあまり苦にならない少女』

 

といった評価である。

少なくとも………嫌いではない。

 

「……何の用だ……」

 

いつもと変わらない感情を感じさせない声で一夏は答えると、簪は顔を真っ赤にして指を胸元でもじもじと動かしながら恥ずかしがり、一生懸命に言った。

 

「あ、あの! ……明日のお、お休み…一緒に出かけませんか……」

 

一夏としては断るべきだったが、断ろうと口を開きかけた瞬間、簪は泣きそうな顔になったのだ。

そして一夏は答えた。

 

「……わかった……」

 

 そう答えてしまった。何故そう答えてしまったのか、一夏本人にも全く分からない。

それに内心驚きつつも、そう答えたのを聞いた簪が花が咲いたかのような笑顔になったのを見たら、そこまで気にならなくなった。別にどこにいようと自分のやるべきことは何処でも出来ると考えた。故に問題は無いと自分で納得してしまった。

 そして翌日、一夏はレゾナンスで待ち合わせをすることになった。

世間では所謂デートだが、一夏はそんなことを考えない。服装はIS学園の制服を着ていた。

一夏には私服が無い。基本はISと専用のISスーツ、そしてバイザーさえあれば生活には困らない。町中を出歩くようなこともしないため、服を持つ必要がなかったのだ。

 IS学園の男子制服という珍しい恰好だが、一夏が周りから注目をされることはなかった。

気配を消して、一夏は風景に溶け込んでいる。これぐらいは過去2年の訓練と実戦で積んでいる。そのため、駅前にいる人々は一夏を気に掛けることはなかった。意識して見れば分かるだろうが、意識しなければそこに人が立っているくらいにしか認識されないだろう。

 待っている一夏がしている事といえば、結局情報収集である。

それに集中すること約5分。

一夏はこちらに駈けてくる足音を聞き、聞こえた方に顔を向ける。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…ご、ごめんなさい、織斑君。……その…待った?」

 

簪が一夏の方に息を切らせながら向かってきた。

一夏はそれを見ると、いつもと変わらない表情で答える。

 

「……問題ない……」

 

事実、簪が遅れようと一夏には問題がない。

簪は一夏の返答を聞いてそれでも謝ってきたが、一夏はこれを聞いても何も答えなかった。

どうやら簪は一夏と出かけられることが嬉しいらしく、テンションがいつもより若干高めであった。

恰好も熱が入っていて、水色のワンピースに真っ白なトップスを羽織っていた。

それに合わせ、最近暑くなってきたこともあり麦わら帽子を被っている。

その姿はまさに可憐の一言に尽きる。その証拠に、その簪の姿を道行く男性達がちらちらと見ていた。

一夏がその服装を褒めることもないのだが……。

 一夏と簪がレゾナンスに来た目的。それは……簪が水着を買うことである。

どの水着が似合うのか、一夏に観て貰いたいと簪は思ったのだ。一夏はどう思っているかはともかく、簪にとって一夏は気になる男子であった。

 それが完璧に恋なのか、将又別の感情なのか? 

それは簪には判断することが出来なかったが、本人が意識していないだけで、それは恋に近い感情であることは明白である。

 簪は一夏と一緒にいることにドキドキと胸を高鳴らせながら歩いて行く。

まるでデートみたいだと考える度に、簪は自分の顔が熱く真っ赤になるのを感じていた。

 

「きょ、今日は…良い天気…だね…」

 

 と天気の話を振ってしまうくらいに簪は緊張していたが、一夏はいつもと同じように淡々と答えるのみである。答えるだけマシではあるが。

 そのまま一夏と簪は水着売り場にまで行き、簪はさっそく水着を選びに行く。

一夏は店の外で待っていようとしたが、簪に呼び止められた。

 

「ま、待って…織斑君! そ、その…私の水着…観て欲しい…かな」

 

 恥ずかしがり、顔をポストよりも真っ赤にさせながら言う簪。

一夏はそれを何故か聞き入れてしまう。どうも簪の『一生懸命』な所に、一夏は言うことを聞かなければいけないような気を感じた。

 そして約10分後……試着室のカーテンが開いた。

 

「ど、どうかな…」

 

 恥じらいながら出てきた簪の恰好は、白いビキニ姿だった。

簪にしては珍しく露出が派手で、色気重視の水着である。

普通、このタイプの水着は胸が大きな人でないと似合わないが、簪には似合っている方だろう。

体が小さいので分かり辛いが、簪だって決してスタイルが悪いわけではないのだ。ただ、簪の周りにいる人が胸の大きい人だらけなだけで。

 簪は恥ずかしがりながらも一夏に感想を求める。簪にとって、この水着は結構冒険しているのである。

 一夏はというと、どう答えれば良いのか内心で困っていた。

基本、一夏は人を褒めるようなことはしない。故に簪の水着姿にどう答えればいいのか分からないのだ。

 困った末に、一夏は他のハンガーに掛かっている水着を指差した。

 

「……悪くはない……だが、こちらの方が…良い……」

 

 一夏が指差した水着は、薄い水色のワンピース。

一夏には、その色が簪に合っていると、何となく思い挿しただけであったが、簪はそれを聞いて笑顔になった。

 

「こ、こっちの方が…似合ってる?」

 

 簪は一夏が自分の為に似合ってる水着を判断してくれたことが嬉しくて、いつもの様子からは考えられない速さで水着を取ると、試着室に駆け込んだ。

そして5分後にまた声がかけられ、カーテンが開く。

そこには一夏が指差した薄い水色をしたワンピース水着を着た簪が顔を赤くしながら立っていた。

その姿は可憐で、妖精のような美しさがあった。

 

「お、織斑君…似合ってる?」

「…………………」

 

 そう聞く簪に一夏は無言でいたが、それが肯定という風に取れて簪はかなり喜んだ。

 

 

 

 その後も一夏と簪は少し出歩いていく。

簪は小物や服、好きなアニメのDVDなどを色々な店を観て廻っていく。

一夏ははしゃぐ簪の後ろについて回り、簪を見守っていた。

少なくとも、ここまでの間に一夏の気分は悪くはなかった。

無駄だと分かっていたが、悪くはない。そんな気分である。

 そして時間は3時頃。

簪は駅から離れた公園にあるクレープ屋に一夏を連れて行った。

この店は学園で話題になっている店であり、女の子ならば誰でも一度は必ず行きたいと評判である。

簪はそこでイチゴのクレープを頼んだ。一夏はというと、屋台には近づかずにベンチの近くで簪が買い終えるのを待っていた。

簪はクレープを持って一夏と一緒に近くのベンチに座り食べ始めた。

 

「……美味しい!」

 

 一口食べて簪が笑顔になった。クレープの味は評判通りでありとても美味しいらしい。

簪は美味しそうにクレープを食べ始め、一夏はそれを眺めていた。

 

「お、織斑君…どうしたの…」

 

簪は一夏に見つめられていることに少ししてから気付き、真っ赤になる。

そしてクレープ見て、一夏を見ると少し考えた。

 

(もしかして……クレープを食べたい…のかな…)

 

この時の簪は浮かれていて忘れていた………一夏が味覚を失っていることを。

浮かれている少女にしては仕方ない事なのかもしれないが……

簪はこれから自分がやろうとしていることに心臓がドキドキと高鳴っていくことを感じる。

それは普段からすれば有り得ないほどに大胆な行動であった。だが…今簪と一夏の間に流れる雰囲気は決して悪くはない。それが簪の背を押す。

 

「お、織斑君……クレープ…食べる?」

 

 簪は恥ずかしそうに顔を赤らめながら一夏にそう聞くと、一夏にクレープを差し出す。

それは食べかけ物であり、つまりは間接キスになってしまう。きっと簪は無意識にそのことを理解しているだろう。

 一夏はと言うと……

 

「えっ…………」

 

簪はいきなりのことにそう声を漏らしてしまった。

簪が差し出したクレープを一夏は……叩き落としたのだ。

急な事に理解が追いつかない簪。さっきまでの雰囲気からは考えられない行為に、普通なら泣き出していただろう。だが、簪は泣いていなかった。

頬に伝う生暖かい液体の感触。

それは涙ではない。簪はそれを感じる前に、それが何であるかを理解した。

それは………血だ。

無論簪の物ではない。ならば誰の物なのか? この場には簪以外には一人しかいないのだから、その人物の血である。つまり……一夏の血だ。

 一夏が簪のクレープを叩き落とした瞬間、腕に衝撃が走り何かが刺さる感触がした。

それは簪を狙って放たれたクナイである。簪が一夏にクレープを差し出していた時、一夏は此方に向けられた殺気に反応して簪を庇った。

結果、簪が差し出したクレープを叩き落としてしまったがそれどころではない。

一夏はクナイが飛んで来た方向に視線を向けると、そこには笠を被った人達が立っていた。

数にして7人。真ん中に立つ男は左右非対称の目をした、爬虫類を彷彿とさせる男だった。

 

「くくく……随分と和やかなことをしているようだな…復讐人よ」

 

 リーダー格と思われる男はそう一夏に話しかけた。

 

「……北辰……」

 

一夏はそれに対してそう呟くだけ。だが、その口元からは凄惨と言っても良いほどの笑みを浮かべていた。

そしてそのまま制服の袖から拳銃を出すと、躊躇なく引き金を引く。

 

「きゃっ!?」

 

簪は急に鳴った銃声に驚く。

一夏は気にせず4発ほど北辰に撃ち込むが、銃弾はすべておかしな方向へと逸れていった。

 

「………ディストーションフィールド……」

「その通りよ。貴様…もしかして温くなったか。でなければそのような負傷もしないはずだ」

 

北辰は愉快そうにそう言う。

一夏は返答替わりに2発さらに撃ち込むが、当然ディストーションフィールドに拒まれた。

 

「やれやれ……あまり失望させてくれるなよ、織斑 一夏。この程度でしかないなら……この場で捕獲させてもらう」

「隊長、女はどうしますか?」

「好きにしろ。我はそんな物に興味などない」

「は!」

 

北辰が部下にそう言うと、部下は一夏達に襲い掛かろうと構え始めた。

 

「お、織斑君!」

「………逃げろ……」

 

 一夏は簪をクナイの刺さった腕で庇いつつ、簪にそう言う。

腕からは未だにだくだくと血が流れていた。一夏はそれを感じはするが痛みは感じない。

一夏の顔には狂喜の笑みが浮かんでいた。

簪はどうすれば良いのか分からず慌てていると、北辰の部下の一人が一夏に飛びかかろうと動いた。

その瞬間……

その男は後ろへと飛び退いた。

さっきまで男が行こうとしていた場所には、複数の弾痕が刻まれていた。

 

「やれやれ、貴様等は随分と無粋な真似をしてくれるな」

 

 そんな声が一夏達の背後からかけられる。

一夏と簪が後ろを向くと、そこにはクレープ屋の制服を着た長髪の男が立っていた。

一夏はその男のことを知っている。

 

「………ツキオミか……」

 

一夏の前に現れたのは、ツキオミ ゲンイチロウ。

ネルガルのシークレットサービスのリーダーだ。

一夏とは2年前からの付き合いである。

 

「久しぶりだな、織斑」

「何故……お前がここにいる」

「北辰達が日本に来ているという情報を入手してな。それでお前の周りを張っていた。お前はあいつのお気に入りのようだからな」

 

 ツキオミはそう一夏に答えると、北辰の方に向く。

 

「大人しく投降せよ」

 

降伏勧告を迫られた北辰はニヤリと笑う。

 

「嫌だと言ったら」

 

それを聞いてツキオミもニヤリと笑った。

 

「死んで貰う」

 

そうツクヨミが答えた途端に、公園のあちこちから黒いスーツを着て拳銃を持った人達がわらわらと出てきた。人数にして二五人はいるだろう。

そして一夏達が座っていたベンチの隣に置いてあったゴミ箱が独りでに持ち上がった。

 

「!? きゃあ!?」

 

簪はそのことに驚き、ビクッとしてしまう。

持ち上がったゴミ箱は真っ二つに割れると、中から厳つい大男が出てきた。

 

「……ゴートか……」

 

一夏が出てきた男にそう言うと、男は頷き返す。

これも一夏の知っているネルガルの人間だ。

ツキオミを除く全員が北辰達に銃を向ける。いくらディストーションフィールドとは言え、出力が低ければこの拳銃の量の弾丸には耐えられない。

 

「どうやら今日はこれまでのようだな。ではお暇するとしよう。あまり我を失望させるなよ、復讐人よ」

 

 北辰は周りを見てやれやれ、といった感じに呆れると、一夏にそう言う。

そして体が青白く光を発し始めた。

 

「ちっ! させるか! 撃てぇ!!」

「『跳躍!!』」

 

 ツキオミが命令を発するのと北辰が光となって消えるのはほぼ同時だった。

北辰達は消え去り、撃った弾丸が北辰達がいた所を破壊する。

 

「……ボソンジャンプで逃げられたか……」

 

一夏はそう言いながら北辰達が消えた跡を見ていた。

 

 

 

 その後、一夏と簪はツキオミ達に護衛されてIS学園へと戻った。

簪は混乱し過ぎて訳が分からず何も喋らずにじっとしていた。一夏はツキオミに話しかける。

 

「奴等の狙いは…」

「そこまでは分かっていない。ただ、日本で存在を最近確認されたので調べていた。お前のほうに連絡が遅れたのは謝ろう」

「いや、いい………」

 

そのまま簪と別れ一夏はただ一人、屋上に行った。

屋上で風に吹かれながら考える。

 

(ついに見つけたぞ……北辰! やっと…やっと殺せる! だが……奴の言う通りかもしれない……俺はもしかして……温くなったのか? 奴に勝つためには……捨てなくてはいけない!!)

 

そう考える一夏の顔は、この学園に来たときから、一番凄惨な狂喜を宿した笑顔だった。

 

 

 

 

 


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