この作品は一週間に一回更新出来れば良い方だと思いますので、少し遅くなっちゃいますが楽しんでくれれば嬉しいです。
一夏がアリーナを去り、簪はラウラを保健室へと運んだ。
そのまま保健室のベッドにラウラを寝かせると、簪はラウラの看病をすべく、ベッドの近くに置いてある椅子に座った。
さすがにこんなボロボロなラウラを放っておくわけには行かなかったのだ。
保健医が居なかったため、簪はラウラに手当を施していく。
そしてラウラはあっという間に包帯でぐるぐる巻きにされたのだった。
「ほぉ、中々の手際だな」
「!? ……お、織斑先生!」
急に背後から声をかけられ、簪は驚きながら振り向く。
振り向いた先には、千冬がラウラを覗き込むように立っていた。
いつの間に入って来たのか……全然気付かなかった簪は、千冬の登場により心臓が止まるかと思うほどに驚いていた。
驚いて固まっている簪を見て、千冬は苦笑しつつ簪に話しかける。
「そんなに怖がるな。何、取って食ったりはしないさ。すまんな、こいつの看病をさせてしまって」
「い、いえ……別に…たいしたことじゃないです……」
簪は千冬にそう答える。その顔はお礼を言われたことによる照れから赤くなっていた。
そのまま簪が恥じらっていると、ラウラが気がついたのか、目を開けた。
「うっ・・・・・・ここは・・・・・・」
「どうやら気がついたようだな」
ラウラが起き始めたのを見て、千冬がラウラに声をかける。
ラウラは千冬を見て急いで起き上がろうとしたが、全身に走る激痛に呻き声を上げながらベッドに倒れた。
「くっ…~~~~~~~~~~~~~っ!?」
「へたに動くな。更識、ボーデヴィッヒの体の状態は?」
「は、はい……重度の全身打撲です………あまり動けない…です……」
「だそうだ。そのまま楽にしていろ」
千冬にそう言われ、ラウラはベッドに体を預けた。
ラウラは体に走る痛みに顔が歪みつつも、収まるのを待ってから口を開いた。
「何が・・・起きたのですか・・・」
ラウラは千冬の目を見ながらそう千冬に聞く。
それが先程あった試合の事であることは、誰が聞いても明確に分かることであった。
千冬はそれを聞いて話そうとすると、簪は空気を読んで部屋を出ようとした。
「更識、別に部屋から出て行かなくてもいい。どうせすぐに知れることだ」
千冬はそう言って簪を引き留めた。
そしてラウラの方を向くと、真面目に話し始めた。
「一応重要案件である上に、機密事項なのだがな。あれだけ派手にやってしまっては、機密もクソもないんだがな………VTシステムは知っているな?」
「ヴァルキリー・トレース・システムですか? 確か過去の世界大会の部門受賞者の動きをトレースするシステムですよね」
「そうだ、現在はIS条約で禁止されている代物だ。それがお前のISに搭載されていた。操縦者の精神状態、機体の蓄積ダメージ、そして何より操縦者の意志……いや、願望か。それらが揃うと発動するようになっていたらしい」
それを聞いてラウラは何かを考える。
そして思い当たったらしく、気まずそうに答える。
「私が望んだからですね……教官のようになりたいと……」
それがVTシステムの起動条件。
ラウラは織斑 千冬のような、最強になりたいと願ったのだ。
それが千冬には、それが痛い程理解出来た。
教官として教えていたときから、ラウラは千冬を慕っていた。落ちこぼれだったラウラは千冬の御蔭でまた最強の座に戻ることが出来たのだから、懐くのも無理は無い。だが、ラウラは千冬にそれ以上の感情を抱いた。それは憧れよりも上、すなわち崇拝である。
それは神を信じる信徒の如く、ラウラにとっての千冬とは、まさに神と同じであった。
故にラウラの中で千冬は最強で、誰にも負けない絶対者となった。
一夏に負けそうになったラウラはどこからか声が聞こえ、そして願った。
『比類無き最強(織斑 千冬)になりたい』
そう願ってしまったのだ。
その結果が今現在の状態である。
ラウラは千冬に話しながら、自分がどのようになったのかを大体悟った。
つまり………織斑 一夏に負けたということを。
そしてをそれを完全に自覚した瞬間……体が震え始めた。
寒さからではない。部屋の気温は最適になっているのだから。ラウラの脳裏には、砲弾のように自分に向かって突進してくるブラックサレナが思い出されていた。
ラウラが如何に攻撃を出しても、真っ正面からすべてを弾き返す。此方のすべてをことごとく蹂躙するその姿に……ラウラは恐怖した。
顔を真っ青にして震え上がるラウラに、千冬は落ち着かせるために一喝する。
「ラウラ・ボーデヴィッヒ!」
「は、はいっ!!」
「お前は何者だ!?」
いきなりそう言われ、ラウラは動揺してしまう。
誰だっていきなりこんな事を言われたら動揺してしまうだろう。
「誰でもないなら丁度いい。お前はこれから『ラウラ・ボーデヴィッヒ』になるがいい。お前は私のようになりたいと思っているようだが、人は結局自分にしかなれないのさ。それにな……」
「それに?」
千冬はラウラに向かって、普段は浮かべないような笑みを浮かべながら答える。
「お前は私の強さばかりに目が向いているが、私だって人の子だ。そこまで強くはないし、女らしいことはからっきしだ。現に寮の部屋は散らかりきっているしな。料理一つ満足に作れん。それが最強だなんて笑わせてくれるだろう」
ニヤリと笑いながらそう答える千冬を見て、ラウラは………
「……ぷっ……あっはっはっはっはっは!」
あまりにもおかしく見えたのか笑い出した。まさか千冬がそんなことを考えているとは、思ってもみなかったのだ。ラウラにとって千冬は最強の人物のはずだった。そんな……普通なことを考えているとはラウラには考え付かなかったのだ。
「流石に笑いすぎだ、馬鹿者」
「す、すいま…痛ぅ!?」
笑われ過ぎたことにムッとする千冬。ラウラは千冬の様子を見て慌てて謝るが、痛みで顔が歪む。
「ま、まだ…安静にしてないと…駄目……」
このやり取りを聞いていた簪がラウラを急いでベッドに寝かしつける。
「お前は……そうか。この手当をしてくれたのはお前か……礼を言う」
ラウラは簪の姿を見て、手当をしてくれたのが簪であることを理解して礼を言う。
簪はそれまでのラウラのイメージもあってか、あわあわと慌てながら礼に応じた。
ラウラはまるで険が取れたかのように穏やかな気持ちになり、簪に今までの非礼を詫び、簪はそれを慌てながらも応じ、千冬はそんな二人を暖かな目で見ていた。
ある程度簪と打ち解けたラウラは、真面目な顔になって千冬の方を向いた。
「教官……お聞きしたいことがあります」
「教官と呼ぶなと言っているだろうが……。まぁ、今回は見逃してやる。それで、何だ」
「はい…教官の弟、『織斑 一夏』のことです」
その途端、さっきまで保健室に満ちていた暖かな雰囲気が凍り付いた。
ラウラが憎み、今では恐怖の対象になった織斑 一夏。ラウラが知っていることは、一夏のせいで千冬が第二回モンドグロッソの優勝を逃したということだけである。
ラウラにとって、それはあまりにも許せないことであった。だからこそ、一夏がIS学園にいると情報を得て、叩きのめしにきた。一夏がIS学園に来る前の二年間、その間の空白はドイツ軍の情報網を持ってしても分からない。そんな不審極まりない人物だったが、ラウラは憎しみが先行し過ぎて意識しなかったのだ。
だが、今はそれが如何に異常なのかが分かる。
「教官……織斑 一夏は異常です。この空白の二年間に何があったのかは分かりません。ですが……彼はこの私を…『ISを装着する軍人』を圧倒しました。とてもつい最近にISを触った人間とは思えません! 実は………VTシステムに取り込まれている時、少しだけ意識がありました。その時に見た彼の強さは…有り得ないものでした。私は教官の強さに尊敬を持っています。ですが……あの男から感じた強さには………恐怖しかなかった。負けたくないとか、勝ちたいとか、反骨精神といった物を根こそぎ破壊し尽くすあの力は、人が持てるような力ではない。彼は一体何者なんですか」
ラウラは顔を青くしながら千冬にそう聞く。
その顔は、今でも恐怖を感じ怯えている。
ラウラの質問に、簪も気になって千冬の方を向いた。
ただし、ラウラとは感じていることが違ったが。
簪は一夏を見て、怖いと感じたことがない。
確かに凄まじい強さには素直に驚くし、それがおかしなことだということも分かっている。
だが、簪はそのことを一夏を見て納得してしまうのだ。
一夏ならこの強さなのも納得できると。
簪は寧ろ…一夏を見て、『必死さ』を感じる。
人にも自分にも厳しい。それは、何かを必死になって成そうとしているように感じる。
それが何なのかまでは分からないが、簪にはその必死さが羨ましく共感を覚えるのだ。流石にラウラに止めをさそうとしたときには怖かったが……。
その必死さが……何だか愛おしく感じてしまう。
簪はそれを少し自覚してしまい、顔を赤くしてしまった。
千冬はラウラと簪の視線を受けて、どう説明しようかと悩む。
ストレートに言うのは、さすがに憚られた。それを言ってしまっては、千冬の中の一夏が完璧にいなくなってしまいそうで……。
「そうだな……私も詳しくは知らない。だが、彼奴は何かしらの目標があって、それを達成するためにこの二年間を費やしたらしい。しかし、未だに達成出来ていないらしい。それを達成するためには、強さが必要だったから、ああなったとしか言いようがない。すまないが、私はそれぐらいのことしか知らない。すまないな」
「い、いえ……分かりました」
「あ、ありがとうございます」
千冬の答えを聞いて、二人は考える。
だが、二人で考えていることはまるっきり反対のことであった。
ラウラはどうすればあそこまで『人を超える強さ』を持てるのかを恐怖に震えながら考え、簪は一夏の目標に向かって進む姿勢を素直に格好いいと感じて頬を赤く染めていた。
千冬はそんな二人を見てから、保健室を後にした。
一夏は自室で一人、黙々と考えていた。
考えていることは一つだけ……今日の試合の時、ラウラを殺そうとフィールドランサーを振ったときに聞こえた簪の声で攻撃を中止してしまったことである。
あの時、一夏は相手を殺す為に最適な方法を取ったつもりだった。それを簪の声が聞こえた時、無意識に止まってしまった。何故止まってしまったのか、それが一夏には分からない。
止まる理由など何もない。誰が何と言おうと、確実に殺そうとしたのだ。
それが分からなくて苛立つ。
だが、理性の面では少しは説明がつく。
相手はドイツ軍の軍人。下手に殺そうものならば、ややこしい事になったかもしれない。別にそれを恐れていることなんてないが、邪魔をされては困る。それに表では貴重なISコアを破壊してしまっては各国から文句が出るだろう。下手に監視されては困る。
そういった面を考えれば、寧ろ殺さないようした方が正解である。
だから殺すのを止めたと考えれば、あの時止まったのも考えられるのだ。
だが……妙に釈然としない。
それが一夏の苛立ちを加速させていた。
結局、その日一日使っても、一夏の苛立ちが解消されることはなかった。